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”除染の盲点”8人中7人が死亡3/28毎日放送(動画・内容書き出し)

福島原発の事故を受けて、放射性物質の除染が本格派していますが、
実はあるものの存在が見落とされている可能性があります。
チェルノブイリの原発事故の際、1400キロも離れた場所で、除染作業をしていた作業員が、
相次いで7人も死亡しました。
一体何が起きていたのでしょうか?


20120328 なぜ死者7人も? “原発事故”除染の盲点 投稿者 PMG5
毎日放送・NEWS23クロス 2012年3月28日

何故死者7人も?
原発事故”除染の盲点”
NEWS 23X


友はもう何も語らない。

「そこに墓があります」

オットー・ツェルナーさん79歳
今から26年前ある作業に従事したことで次々と仲間を失った。

除染11

この場所には同僚だったノイケルヒさんが眠る

オットー・ツェルナー:彼は癌で亡くなりました。原因は放射能、放射能です。

1986年4月。
旧ソ連のチェルノブイリで起きた原発事故。
破壊された原子炉から大量に放出された放射性物質は、周辺の国々を汚染した。
この時、放射性物質を運んだのは風や雲だけではなかった。

ドイツのTVニュース
東ドイツからの車両は全て徹底的にチェックされます。
除染12

これは事故の直後、原発から1400㎞程離れた、東西ドイツ国境の様子だ。
多くのトラックが足止めされている。
当時、ウクライナや東欧から農産物など、安い物資がトラックで西ドイツに運ばれていた。

除染13

しかし西ドイツは放射能汚染を恐れ、東側からの入国を拒否。
車両が列をなした。

そこで東ドイツ政府はツェルナーさんら運送公社の職員8人に”トラックの除染”を命じたのだ。

オットー・ツェルナー:
ガイガーカウンターを渡されて、私達が放射線量を測定するようにと指示されました。
測定器はガリガリとけたたましい音を鳴り響かせていました。
耐えられずに除染作業中は音を消していたのです。

除染14

すでに放射性物質に汚染されていたトラック、
しかし作業員たちは、マスクなどで防護もせず、モップを使い除染の作業をこなした。
その数は100代から200台に上るという。

任務は洗車だけではなかった。

エンジンに送る空気をろ過する「エアフィルター」の交換だ。

除染15

このフィルターには、埃や細かいちりなどが付着する。

オットー・ツェルナー:
フィルターも放射能に汚染されていました。
外から空気を吸い込むので放射能が溜まるんです。
外側より、フィルターの方が汚染されていました。


除染作業は2カ月で終わったが、3年後に悲劇が始まる。
まず、フィルターを交換していた作業員(30代)が肺がんで死亡した。
まだ30代だった。

除染16

10年のうちに、除染の作業員8人中6人が亡くなった。
すべて”がん”だった。


作業員の死亡と放射性物質の因果関係はあるのか?
そもそもトラックはどれほど汚染されていたのか?
ある場所に原発事故後の記録が残っていた。

”放射能汚染の記録”

ドイツ・ミュールハウゼン

三澤肇
当時トラックは国境に程近い東ドイツのこのサービスエリアにも集められていました。
そして、交換されたエアフィルターは、あそこの倉庫に保管されていました。

除染20

山積みになっていたといわれるエアフィルター。
この扉の前で東ドイツ政府の命令を受けた放射線の専門家たちが線量を測定していた。

トリーネ教授 マクデブルク大学病院:
倉庫の入り口を測定したところ、毎時20ミリシーベルトの放射線量を記録しました。 

Q:1時間当たり?

トリーネ教授:そうです、1時間当たりです。とても高い数値です。

除染17



当時もメモが残っている。
2レントゲン、つまり20ミリシーベルト。

除染18

これは国際的な基準で、原発作業員が年間で許容される被ばく量に相当。
それを1時間で浴びてしまう計算だ。


トリーネ教授:
この線量を一度に浴びてしまうと、遺伝子に異常を起こす恐れがあります。
すぐ、という訳ではありませんが、3年から4年後には甲状腺がんを発症する恐れも出てくるのです。


その後ツェルナーさんと一緒に除染にあたっていたノイキルヒさんも、
直腸がんと前立腺がんを相次いで発症して亡くなった。

除染にあたった作業員8人のうち7人ががんで死亡した事になる。

除染19


オットー・ツェルナー:
わたしは、日本でも被害者が出てしまうのではないかという不安を感じています。
大量の放射線を浴びれば病気になるし、がんに苦しんで死ぬことにもなる。
そう考えただけでも、気が重くなります。


原発事故の現場から、遠く離れた場所で起きた被ばくをどう捉えるのか。
警鐘が鳴らされている。


ーースタジオ


出水麻衣:
VTRにも出てきたツェルナー氏の上司のイノキルヒ氏

彼がこの二つの癌を同時期に発症したのは事故から9年後の95年でした。
ノイキルヒ氏は、除染中の放射線が原因として保証を求め、裁判所に訴えます。
そして98年裁判所は、放射線がリスクを高めた等として、一度は労災を認めました。
ノイキルヒ氏は初めてチェルノブイリ事故の被害者となったのです。

除染21

ところが、ノイキルヒ氏の死後、2001年、一転して二審が一審判決を棄却
その理由は、学問的に「放射線の量が癌を発症するには十分と言えない」というもので、
放射線被ばくによる裁判の難しさを浮き彫りにしています。



キャスター:
当時のチェルノブイリの除染作業というのは、
今と比べると随分放射線防護の仕方がずさんではあるんですけれども、
作業員が次々と亡くなっている、
このドイツのケースから、日本はどのような事が学べるんでしょうか?

播磨卓士 TBS解説委員:
そうですね、今出てきたドイツの例はね、毎時20ミリシーベルトという、
ま、日本とは比べ物にならない高い値が出ていたということですね。
ですから、その意味でも、日本のいまの状況と、今回の例は、かなり違う訳ですけれども、
ただ、その車のエアフィルターに汚染が溜まりやすいというのは確かに盲点なんですよね。

ですから、日本でも原発事故当時の車のエアフィルターが今どうなっているのかという事には
充分注意を払わなければいけないと思います



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[政府の除染モデル事業の実態]賃金ピンハネ「詐欺のよう」3/28東京新聞より



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