「てんでんこ ‐津波を生き延びる知恵‐」片田敏孝教授(動画・内容書き出し)

自分の命は自分で守るという事
していますか?

今まで、どこかが、だれかが、守ってくれていると思っていました。
国や、行政や、メディアや、お医者さんや、学校の先生、
危険があれば教えてくれて、それに対する対策をとってくれていると思っていました。
そして、助けてくれると。

けれど、そんなふうに思うのは間違いなのです。
どんなときだって、自分の命は自分のものなんだなって、だから自分で守らなければいけないんだと。
こんな基本的な事を忘れてしまうほどに退化していた自分を改めて見つめ直しました。

片田先生のお話しは津波に関してだけども、奥が深いです。




「てんでんこ ‐津波を生き延びる知恵‐」(アルジャジーラ・イングリッシュ放映)を制作した際に行った
防災研究家、片田敏孝教授(群馬大学)へのインタビューをまとめたものです。

内容を書き出しました。

「てんでんこ ‐津波を生き延びる知恵‐」



「てんでんこ」は道徳的に容認できるか?


「津波てんでんこ」という言葉はですね、
津波の時には自分の命だけを守り抜けと、
最優先に守り抜けという事を言っているんですね。

考えように於いては、特に日本社会においては、倫理観に反する事です。
「自分さえ助かればいいのか」この考え方です。
そうです。
多くの子どもたちはそこに多くの疑問点を感じます。

この、「津波てんでんこ」というのはですね、
初めて聞いた時に、やはり、二つの感覚がありました。

一つは、本当にできるんだろうか?こんな薄情な事が。
それは家族のきずなという事を考えたときに、たとえば自分の家族に置き換えた時にですね、
「これが出来るのか?」って考えた時に、
「津波てんでんこ」これは実際は無理なんじゃないかと、

という事も思う反面、それをも押して、こんな言葉を残した、その背後にある津波の厳しさというものを、
まざまざと感じた訳です。

日本は、家族のきずなとか、ご近所との繋がり、それから、地域のお年寄りや、そういった方々を敬う気持ち、
こういう気持ちが非常に強くてですね、
自分が生き残るということ以上に、
周りの人達が、自分だけが生き残ることを良しとしないんですね。
そんな中で、津波の避難という事になってくるとですね、
自分だけ逃げる前にみんながいろんな音が心配になります。

「お隣のおばあちゃん大丈夫かな・・」
「裏のちっちゃい子は大丈夫なんだろうか」
「ああ、あそこは大丈夫か」

そんな事を言いながら、もし、みんなに声かけて回っていたならば、
必ず自分は間に合わなくなってしまいます。

家族の絆が被害を大きくしていくという日本の社会の特徴、そこに大きな津波、
この二つがそろった特に、「津波てんでんこ」あえて津波の時には、
その倫理観を押しつぶしてでも、自分の命を守るんだという事
これを強く、古人が、過去の人達がですね、
自分たちが辛い思いをしたがゆえに、その反省に立って、分かるんだけども、
自分の命はまず自分で守るんだという事を、強いメッセージとして残してくれたのが、
「津波てんでんこ」、「命てんでんこ」なんだなと、思いますね。



自分が逃げる事は他の多くの人を救う事になる

2:35

まず自分の命を守る事、それが周りの人の命を救う事になるんだと、
これは人間のですね、心の特性から言っても言える事なんです。
それはどういう事かと言いますと、地震があった時に、沿岸部の人達は、みんな津波の事が頭に浮かびます。
そして「逃げなきゃいけないんじゃないかなぁ」と思うながらも、
なかなか逃げようとしません。
人間にはですね、ノーマルシーバイアスという、正常化の偏見という言葉こことのなかに生じます。

「自分は今大丈夫なんだ」と、
「異常な状態に置かれていない、正常な状態に置かれているんだ」と、一生けん命思おうとするんです。

だから、たとえば非常ベルが鳴る。
その時にも、非常ベルが鳴ったということの意味は分かるんだけれども、
今本当に火事なんだって、本当は思いたくないんですね。

だから、今火事なんだろうかどうなんだろう?ってキョロキョロと様子を伺う

その時に、誰かが「火事だ」と叫ぶと、さすがに今火事だと思って逃げざるを得ない状況が出来あがって逃げる。
もしくは、非常ベルが鳴った後に煙の臭いがしてくるとかですね、
こういう状況の中で、第二報までなければ人間は逃げないという事です。

で、この、津波の時もそうなんですね。
地震が起こる。
今津波が来るかもしれないと思って、みんなキョロキョロしている。
結局みんなで、友達や、あの子も逃げていないこの子も逃げていない彼も逃げていない、お隣さんも逃げていない。
と思いながら、自分が安心してしまう。
お隣さんはお隣さんで僕を見ながら、隣は逃げていないと思いながら、みんな安心する。
安心のテンポラリーのネットワークが出来てしまう訳ですね。
そうやってみんな
逃げずにそこに津波が襲ってきて、みんなが死ぬ。
で、そんな中でですね、子どもたちに問いかけたんですね。
非常ベルが鳴った時に一番先に部屋を飛び出していくというのはすごく勇気がいる事だと。
何となく弱虫みたいだし、多くの場合は誤報が多くて戻ってくる時にすごく恥ずかしい
だから、みんなそう思うと逃げられない。
そうやってみんな逃げない。
だから、君が一番最初に逃げるんだ。
そうすればみんなが疑心暗鬼の状態でいるから、誰かが逃げ始めると、
群集心理と言いまして、誰かが逃げ始めるとそれについて逃げるという行為が行われていきます。
このような、君が逃げれば、みんなが付いて逃げてくる。
だから、君が逃げることが、多くの人を救う事になると言って、
子どもたち一人一人に君が率先避難者になれと、君が率先避難者になるんだと、
一人ひとりに、こう、教えていったわけです。

で、それがですね、
「てんでんこ」の行動というものが、他の行動を誘発していく。
みんなが「てんでんこ」だと思っていれば、彼も逃げたかれも逃げただから、ぼくも。という、
他の「てんでんこ」を生むということになるんですね。
結局より多くの人の命を救う事になるんだという、

これは心理学の知見に基づいた話なんですが、
「てんでんこ」というのは、必ずしも自分の命を守る事だけにはつながらないんだと、
だから、自分勝手な、自分だけ良ければいいという事にはならないんだよというようなことを、
子どもたちには今のような例を使って話をしてきました。


日本はですね、学校の先生方、学校がどれだけ責任を負うのか、
また、防災は行政がどれだけ責任を負うのかという、
そういう依存心が非常に強い防災が、これまでの日本の防災でした。

ですから、「津波てんでんこ」の教育をするに際してですね、
とても、その背後にある、これまでの防災の取り組みの背後にある、
「学校に任せ切っていますよ」という、この姿勢を否定すること。
そして、学校は全責任を持てるということも否定をすること。
自分の命は自分で責任を持っているんだという、
命を守るということの原理原則というものを元に戻さなければならない
という思いは、強くありました。






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「これはみんなで助かろうという事です」避難の三原則その3”率先避難者たれ”片田敏孝先生 3/11(内容書き出し)

すごくいい番組だと思いました。(最後の方だけ偶然見ました)
再放送しないかなぁ~って思っています。
ほんの一部動画が公開されていました。

この部分は私も見ていた部分です。
非常ベルが鳴っても私も自分からは逃げないな・・なんて思いながら、
そして、逃げる勇気が大切なこと、その事によって他の人も逃げられること、
感動した、まさにその部分の動画がありましたので、書き出しました。



hinan11.jpg
片田敏孝先生
群馬大学大学院 教授
広域首都圏防災研究センター長


2012年3月11日 Eテレ午後4時~4時50分
片田先生の「命を守る特別授業」
”釜石の奇跡”大津波を生き抜いた子どもたちに学ぶ

番組の一部を下記のサイトで見る事が出来ます
シンサイ未来学校↓
http://www.nhk.or.jp/sonae/mirai/tokubetsu.html
色々な説明も出ていますのでお勧めです。ご覧くださいd(◕‿-。) ネ❤


避難の三原則 その3率先避難者たれ(音声のみ)


避難の三原則 その3率先避難者たれ 片田敏孝 


どうしたら犠牲者を出さずにすむような町になるんだろうか、
そのためには自分自身が逃げられる自分であること、
生き抜く力を持っている事が大事だと思うんだけど、

そのために三原則という三つ目にね、
ひとつ、「率先避難者たれ」という言葉を付け加えて釜石の子どもたちとは勉強してきたんです。

これ、どういう事かっていうとさ、たとえばさ、あそこ(天井)に付いている、火事があると非常ベルが鳴る。
そのセンサーだよね、これね。
今この瞬間だよ。ここで非常ベルが鳴ったとする。
逃げるかな?みんな。

これまで、非常ベルが鳴った事がある人、

hinan13.jpg

あ、結構いるね。

その時に君逃げた?

男子生徒:いいえ、逃げてません。

逃げてない?

男子生徒:はい。

津波警報が出た。
逃げなきゃいけない事は分かっている。みんな分かっている。
でも、
その日その時にサッっと行動に移すことが普通出来ない。

何故かって言うとね、実は人間は
「自分は大丈夫」だとか、それから、
「前も大丈夫だった」とか、

それから、津波に飲み込まれて、がれきの中でこんなになって・・・死んでいく自分って、想像できる?
誰も出来ないんです。

だから、まさか自分がそんな状態に置かれているなんて、
誰も思いたくない、思えない。

隣の子を見ながら、
「みんな逃げようとしていないし、自分だけ逃げていくのはカッコ悪いし、」
なんか、このまんま、このまんま、このまんま、
慰め合うようにこのまんまで、一網打尽で死んでいく。

こんな感じなんです。

逃げない事って、全然、特別な事でも何でもなくて、
これまで、みんなが防災意識が低くて、もうどうしようもない奴だって、
そんなことじゃないんだ。

人間誰だってそうだ。


そうなるとね、
いいか、君が一番最初に逃げ切る。


hinan14.jpg


そうするとね、考えてごらん。
たとえば今ここで非常ベルが鳴るだろ?
ダーッっと一人が走って逃げ始めたとする。
そうするとみんな、動揺するだろう?
で、「あっ、一緒に逃げなきゃ」ってみんな動き出すよね。

そう、みんなが逃げる、それによって。
誰かが逃げ始めると、みんなが逃げられるっていう、こういう構造なんです。

だからいいか、
率先避難者になる。
真っ先に君が逃げる事は、君の命を守り抜くと同時に、
周りのみんなを巻き込んで逃げる事に繋がっていくんだ。

誰か一人が勇気を持って逃げ始める事によって、みんなが逃げられる。
そんな役割を果たすことも、この避難の三原則の一つ。
これはみんなで助かろうという事です。





ーーーーー



隣の子を見ながら、
「みんな放射能怖いって言っていないし、自分だけ怖がってるのはカッコ悪いし、」
なんか、このまんま、このまんま、このまんま、
慰め合うようにこのまんまで、一網打尽で死んでいく。

「逃げる」を「放射能が怖い」に、言い替えてみたけれど、
「原発はアブナイ」でもいいとおもう。
木下黄太さんが、メディアは規制されている訳ではないけど、「空気を読んでしまう」と言っていたけれど、
とにかく、今の日本人は空気を読み過ぎると思う。
周りを見て、隣を見て、そして、心の中で思っている本当の事を言わない。
この事は避難で逃げる場合にも繋がってくるんだと
片田先生の授業で思いました。




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