夢の原子炉『もんじゅ』真の姿5/17田坂広志氏(内容書き出し)



「検証 夢の原子炉『もんじゅ』真の姿とは!?」

検証 夢の原子炉『もんじゅ』真の姿とは!? 投稿者 tvpickup

BS朝日1 午後のニュースルーム
 2013.5.17.
キャスター/野村修也氏(元国会事故調委員)、
ゲスト・田坂広志(多摩大学大学院教授、菅政権時の内閣官房参与)
テレビ朝日アナウンサー /野村真季(のむら・まさき)


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およそ1万か所の点検漏れのあったもんじゅ。
「禁止命令」
去年9月保安院の抜き打ち検査
「点検をした」と嘘の報告

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もんじゅは停止していても年間200億円の予算を費やす。
これまでに投入された国費は1兆円近い。


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10:40~文字起こし

野村真季:
今日は安全管理だけが問題ではない。もんじゅの本当の問題点について話し合っていきたいと思います。
ゲストをご紹介いたします。
多摩大学大学院の田坂広志さんにお越しいただきました。
どうぞよろしくお願いいたします。
田坂先生、まずはっきりさせておきたいところなんですが、
高速増殖炉もんじゅと、ま、一般に言われている原子炉というのはどこが違う部分なんでしょうか?


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田坂広志:
そうですね、一番分かりやすく申し上げますと、
普通の原子炉の場合には燃料を燃やして、ある程度それを燃やして終わりなんですが、
高速増殖炉の場合には、今まで燃やせない燃料、
たとえばウランの238と呼ばれるものが、燃やせた事によってプルトニウム239に変わるんです。
で、これがまた新たな燃料になるという事で、
俗に言う「燃やせば燃やすほど燃料が増えていく」と言われてる訳ですね。
ただ、無限に増えるわけではありませんので、
燃えなかったウラン238がプルトニウム239に変わるという意味で、
ま、資源としていろいろと有効利用ができるという考え方が根本にありますね。

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野村真季:
今ご覧になっている絵なんですけれども、画面の左手が現在使っている、ま、サイクルですね。
そして「将来は」という事で国が進めたいのがこのサイクルですね、
高速増殖炉を使ったサイクルという事になるというわけですね。

田坂広志:
そうですね、これが一応理想として語られているんですが、
まぁよく「夢の原子炉」と言われているんですが、
実はこの「」という意味は、もちろんワクワクするような意味合いもありますけれども、
極めて難しい技術的なチャレンジだという事もあるんですね。

というのは、これはもうよく知られている事ですが、
高速増殖炉という技術をやるためには、
燃料から出てくる熱を冷やすためにナトリウムと呼ばれる極めて危ないものを冷却材、
冷やすための材料に使わざるを得ないんです。


通常の原子炉はご存じのように水で冷やしていますけれども、
この高速増殖炉はナトリウムというものを使う。
で、これは、ナトリウムというものはご存知かと思いますが、
これは空気に触れただけで火災を起こす。
水に触れると大爆発を起こすようなもの
なんですね。

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で、コンクリートの上に落ちてもやはりこれは爆発する可能性があるわけです。
これが実は冷やす時に、ナトリウムで非常に高熱になったものを水でこれをまた冷やして、
これでタービンを回すわけですけれども、
間が大体3.5mmとも言われるんですが、
本当に薄いパイプの壁で仕切られているだけです。
「万が一ここに穴があいた時にかなり危険性がある」という事は昔からよく分かっている、
そこを何とかしようという事が技術的に非常に高度な調整になっている訳ですね。



野村真季:
そのナトリウムを使っているという事は、福島のような事態が万が一起こった場合にですね、
どうにもこうにも冷やせない」という事になりませんか?

田坂広志:
そうですね、これはもうあんまり考えたくない事態ですが、
本当に福島の事故が起こった後、ああいう事が起こり得るという前提で考えると、
福島も本当に大変でしたけれども、
あの、もう…、言葉にならない位に大変な状態になるとおもいます。
ナトリウム、水で冷やせない止めらないですので、
一体どうやってこの状態を予測出来るかというのは、
おそらくまともに考えた方はいらっしゃらないんじゃないでしょうかね。

福島以前は普通の原子炉もああいう事故を起こすとはだれも思っていませんでしたので、
したがって改めて、高速増殖炉のもつ潜在的な危険性は、
やはりしっかりと議論しなければいけない段階に入ったと思いますね。


野村真季:
野村さん、こういったもんじゅの話もそうですけれども、
「事故が起きないことを前提にるくられている」
ここにやはり問題点というのはありますよね。


野村修也:
そうですよね、やはり今回のニュースにもありますようにね、
結局「事故が起きないだろう」と思って安易に対応してるから、
点検などもいい加減になっているんだ
と思うんですよね。
やっぱり問題点というのは、
これはやっぱり理想の話が先行していて、
現実には相当難しい事をやろうとしていたっていう事なんですよね。


田坂広志:
で、大きく問題が二つありまして、
一つは、「技術的には極めて難しい」という事は今申し上げました。

ただ、技術者の夢としては、だからこそそこにチャレンジして、
「世界でも高速増殖炉は次々とストップされてきましたけれども日本はそれが実現するんだ」
という、この掛け声できたわけですね。

ただ今回の、原研機構の問題というのは、
実はそういう極めて危険性の高い高度な技術的な挑戦をやる組織として
非常に品質管理的なもの、点検等をこれほどいい加減にやってしまったという事をみるとですね、
いったいそんなに高度なしかも危険な技術的な挑戦をやるにふさわしい組織的な体系になっているのか?
という事が問われると思うんですね。



これは、私はよく申し上げるんですが、
よく「原発の安全性を保つためには基準を厳しくして技術的にしっかり対応すれば良いんだ」
という方が多いんですが、実はそれだけではないんですね。

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これをいくら頑張ってみても、それを品質管理したり確認する組織とか人がいい加減だった時には、
俗に、人為的組織的制度的文化的安全性と言いますけれども、
こちらがいい加減だと原子力全体の安全性は非常に低いものになる。

これまで世界で起こってきた原発事故のほとんどが、むしろこちらの要因なんですね。
その事を考えると、今回の原研機構の、
島崎さんが「これほどのいい加減な組織をよく許してきた」というふうな言い方をされていましたけれども、
これは国民の実感でもあると思いますね。


野村真季:
田坂先生のお手元のフリップをちょっと見せていただきたいんですけれども、
このもんじゅの核燃料サイクル、極めて難しいんだと。
夢というか、実現はほとんど難しい状態ではないかというようなところを、
もうちょっと詳しくお話しいただきたいんですけれど。

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田坂広志:
そうですね、
今申し上げたように世界中がチャレンジして、ま、撤退しているのが現実です。
「だからこそ日本は頑張るんだ」という勇ましい言葉は結構ですが、
やはり技術的に先ほど申し上げたようにきわめて難しい。
特にナトリウムで冷やすという事そのものが。
原子力というのはもともと材料工学の極限のチャレンジなんですね。
そういう意味では世界的にも非常に難しい事をやっているという事の認識があるのか?
その割には、比較的お役所的な体質で運営してきてた原研機構の問題が、今回は非常に強く出た。

これが核燃料サイクル。
夢物語というのはワクワクすることばかりではない。
危険、非常に大きな危険と隣り合わせなんだということを理解していただくべきだと思いますね。


野村修也:
ちょっと意外なのが、
「この核燃料サイクルというのは回せば回すほど燃料が増える」というふにずっと聞いてきたんですけれど、
この二番目に「核のごみも増えるんだ」という、これちょっと衝撃的なんですけれど、
これはどういう事ですか?


田坂広志:
これはごく自然な事で、
燃やしますね。
プルトニウム239というよく燃えるものが生まれてくる。
これを取り出せばまた燃やせるというのはそうなんですが、
取り出して再処理をするわけです。
その時にいわゆる死の灰と呼ばれるものがまた出てくる訳です。
つまり、回せば回すほどもちろん燃料も有効利用できますが、
この放射性廃棄物というものがどんどん出てくる。
こちらも増殖されてくるんだという事はしっかり理解しておくべきだと思いますね。



野村真季:そのリサイクルできるパーセンテージが極めて低いというふうに伺ったんですけれども、

田坂広志:
そうですね、俗に1%という事もよく言われますけれども、
まあの、これは、むしろ政策的にですね、核燃料サイクルというものを回さないと、
日本の場合長期にわたってのウランの資源の問題とかですね、
エネルギーセキュリティの問題を議論する方がやっぱりいらっしゃるわけです。
それから、あえて申し上げると、
やはり再処理とか、濃縮工場というのは、「潜在的な核武装」という意味合いがありますね。
これはあんまり大声で言う方はいらっしゃらないんですが、
日本でやはりこの核燃料サイクルにこだわり続ける方々の中には、
「日本はそういう潜在的な核武装の技術体系を放棄するべきではない」と言う考え方も
どこかにあるんだな思うんですね。



野村修也:
今は潜在的な核武装というのは要するにプルトニウムとかそういったものについて、
結局それを場合によっては核兵器に使えるという、そういう状況を保ちたいという、
そういう話だと思うんですが、
もう一つちょっと気になりますのが、
結局、よく田坂先生がおっしゃっておられるんですけれども、
この核のゴミとかですね、あるいは燃料の再処理という事が上手くいかないのであれば、
そこから逆算して考えていくと、
「そもそも原子力発電所って動かすのがもう無理なんだ」とよくご発現されていますけれど、
そういう

田坂広志:
そうですね、
核燃料サイクルってよく再処理工場と高速増殖炉が動けば回ると勘違いをしている方が多いんですが、
実は、核燃料サイクルを完成させるためには、一番最後のボトルネックがあるんですね。
これが高レベル放射性廃棄物の最終処分と呼ばれるもので、

これが出来ないと、仮に高速増殖炉が成功下、再処理工場が上手く動いたとしても、
必ず核燃料サイクルは壁に突き当ります。
最後のゴミの捨て場所が無い。
特に10万年の安全性が求められる高レベル廃棄物の最終処分の方策が無いという事は
もう、致命的な問題になってくる訳です。
これを学術会議などがしばらく前に、去年の9月だったでしょうかね。
「日本ではもう最終処分はできない」という事をはっきりおっしゃったわけですね。


野村真季:
このサイクルが出来ないという事は、この20年を見ていてもよく分かるわけで、
もんじゅが稼働したのは1年にも満たない訳ですよね。
「じゃあもうやめた」という事にはならないわけですか?
そこに決断というのは下せないものなんでしょうか?


田坂広志:
はい、これはやはり政府というか、政治の流れの中で、地元とか原子力産業の意向というものがありますので、
やはりここで簡単にやめるわけにはいかないという、
何かの、ま、政治的な圧力なるものもあると思うんですね。
ただ、安全とか、技術的可能性の1点から見ると、
このもんじゅ、高速増殖炉については一回ゼロに戻してみて、
「本当にこれは解決できるのか?」と、
さらには、高レベル廃棄物の問題が解決策があるのか?というような所から議論をスタートしないと、

ただ地元は経済効果がこれを止められたら無くなるとかですね、
今の日本の原発再稼働の議論というのは、かなり多くが、
「地元がそれでは経済的に困る」
「産業界としてもそれでは困る」ということでやらざるを得ないという流れがあります。


むしろそれは少し、形としてはいびつなので、
このフリップにも書いてありますが、たとえば、
原子力環境安全産業」のようなものをですね、しっかり立ち上げる。
除染とか原発の解体とかですね、こちらにも非常に産業の需要の可能性がありますので、
これを地元でやはり経済効果として提供していく。
さらには「脱原発交付金
交付金を切りかえるという事ですね。
推進することによる交付金ではなくて、脱原発を進めていく時に
地元にある一定期間きちんと交付金を落とすというような事をやらな居と、地元は何が何でも反対と、
つまり撤退することは認められないという流れになると思います。、


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野村修也:
先程ちょっと、VTRでも、地元自治体の方がやっぱり言っておられたんですけれども、
仮にですね、これは先ほど先生からもご紹介ありましたけれども、
海外ではもうやめちゃっているんですよね。

で、止めている方向が主流だと考えると、
日本の場合も、もんじゅは止めるんじゃないかとそういう話になりますが、
地元の自治体の方はむしろここを、
「たとえば廃炉の研究のために活用していけばまだ活用の余地がある」
みたいなことを言っておられましたけれども、
そういう利用の仕方はあるんですか?

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田坂広志:
まさにその通りですね。
それがここにある「原子力環境安全産業」と書いてあるものなんですが、
「原子力環境安全産業」と呼ばれるようなものがありません。
廃炉とか除染とか、安全性の技術とか、
こういうものは実はこれから世界全体が求める技術でもあるわけなんですね。
たとえば中国で100基の原発をつくる。
じゃあその安全性をどう担保するのか?
そういう分野では日本が世界に貢献することはま大いに成し得る領域ですので、
これをしっかり地元の対策と併せてやっていくべきだろうと思いますね。


野村真季:そうすると地元の要望にもこたえられる。

田坂広志:そうですね。

野村真季:
その一方で最終処分場が決まってない。
その原発の問題がクリアになっていないまま先に進んでいるという感も否めないんですけれど、


田坂広志:
そうですね、
ここが、ま、今国民がずっと注視している部分で。
たとえば今回のこの規制委員会の判断はなかなかな英断をされたなと思います。
で、実は規制委員会の一番大きなミッションというのは、単なる個別の規制をやる事ではなくて、
今この瞬間は失われてしまった日本の原子力規制に対する信頼を回復する。
この一点です。
これが出来ないとこれから原発を仮に進めようとしても、撤退するとしてもですね、
どっちにしても原子力行政が動かなくなります。

その意味で敦賀の問題もそうですけれども、
原子力規制委員会にはここでしっかりと、
国民から見て「よくそこまでやってくれた」と。
「国民の命と安全を守るためにここまで体を張ってくれた」という、
その姿をいま残されるべきだとおもいますね。

野村真季:
その、原子力規制委員会が「よくやった」というお話が今ありましたけれども、
野村先生、これやはり政治の問題というふうに言われていますけれども、
原発進めるのか脱原発にするのか、
その判断においてもなにかこう、政治というものがかかわって来るような話になりますよね。

野村修也:
今のところは非常に大事な点だと思うんですけれども、
田坂先生がおっしゃられたように、原子力の安全性というものは、科学的な問題ですから、
やはりこの規制委員会がしっかりと判断するという
ここをですね、政治が様々な形で横やりを入れるという事だけは避けた方がいいと思うんですね。
これこそが世界の信頼を回復していく一番大事な点だとそういうふうに思うんですよ。


田坂広志:
そうですね、
もし、横やりを入れて無理やり進めようとすると、
結果として、原発を推進したいという方々が、原子力の可能性を閉ざしてしまう事になるだろうと思いますね。
この皮肉が待っているという事はよく理解されるべきだと思いますね。

野村真季:田坂さん、どうもありがとうございました。






ーーー

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<前半>「何が問われているのか? 脱原発と民主主義」 飯田哲也×田坂広志×津田大介12/2(内容書き出し)

以前、田坂氏の改憲を文字起こししました。
そしておっしゃっていることがとても分かりやすく、またお話が聞ける機会がないかと思っていたところ、
今回ニコ動での配信がありました。
聞いておきたかったので書き出しました。


総選挙2012 「何が問われているのか? 脱原発と民主主義」
飯田哲也×田坂広志×津田大介

2012年12月2日
【出演者】
飯田哲也(日本未来の党・代表代行、環境エネルギー政策研究所所長)
田坂広志(多摩大学大学院教授、元内閣官房参与)
津田大介(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)

津田飯田田坂2012120211


津田:
先ずお伺いしたいのが、今度の総選挙で脱原発を言わないで、
どちららかというと経済対策ばかりを非常に注目されているなか、
今回のこの選挙は脱原発そのものが争点にならないんじゃないか、というなかで、
ある意味で言うとこの日本未来の党が立ち上がって、
急速に脱原発が一つの争点になってきたんですけれども、
こうした動きを田坂さんはどのようにご覧になっていらっしゃいますか?

田坂:
もう今やどの党も脱原発を言っているような状態なんで、
脱原発を希望する有権者もどの党を選んでいいかわからないという状態だと思うんですね。
特にどの政党を支援するという立場では、私はありませんけれども、
一つ未来の党にお願いしたいのは、
脱原発の議論をもっと深めていただきたいと思うんですね。
というのは「脱原発」といった瞬間に、
私は官邸でもそのことをやりましたけれども、
政策といういのはパッケージで出さなければらならないんですね。
ただ「脱原発やります」というだけだったらダメ。
だったら、「技術者が減っていく可能性をどうするか」だとか、
「地方自治体で立地自治体がどうなるのか」などいろんな事を、トータルな
ある種の政策の生態系として論じないとですね、ほとんど現実的にならないんですね。

そういう意味で、そういう深堀の視点をですね、是非、新しい党には問題提起いしていただきたい。
実は脱原発の問題で議論されていない事を非常に重要な事、今日はその話をしたいと思いますが、
重要な論点がいくつかあるんですね。
そういうあたりに焦点を当てるような議論にしていただきたいと思います。


津田:
ちょっと意地悪な質問なっちゃうかもしれないんですけど、
大阪で橋下さんの下で脱原発案なんかをつくっていた時には、
「今すぐ再稼働がゼロでも日本の電力供給は賄えるじゃないか」みたいな事を言っていたじゃないかと。
それに比べると今回、未来の党が出した卒原発のプランだと、
10年ですよね、2022年までに段階的にプランを立てて脱原発を実現していくという、
これはある意味、飯田さん個人というところからすると、
後退って考えればいいんですか?それとも矛盾しているわけではない。
これはどういうふうに捉えますか?

飯田:
未来の卒原発プログラムは、実は今日の朝初めて、あ、昼か、
公表したんですね、
それは10年間掛けて、もちろん廃炉をしていくんですけど、
原発を動かさずに、
つまり今の大飯は止めます、と。
他の原発も全部動かさないかたちで、
後は10年かけて、段階的に廃炉をしていくという、
再稼働をしないというプランでやっていきますよという、そういうプランになりました。

津田:本日発表されたばかりのやつですよね。

飯田:
最初の3年は未来への助走期と位置付けていて、
この3年は日本の原子力政策の大混乱期だと。
この大混乱期を何とか3年乗り切っていきましょう。
で、乗り切れば、新しい電力市場の中で、次の何年間をしっかりやっていくということで、

最初の3年間は、何が大混乱期か?というと、
原発はまず全て、大飯も止めますから、
全原発が止まると。
全原発が止まったところで、今の電気料金を値上げしないと来年の夏で倒産しますします。
だから今値上げをしようとしているんですね。
でも、勝手に不安全な原発をつくっておいて、
それが動かないと最初は停電だと言っておいて、
今度はそれが動かないと倒産するから「「値上げだ」という論理は通らないと思うんですね。
かと言ってそれをどうするのか?と。
倒産か値上げか?と。
出口のない議論になるので、
我々が出している案では交付国債という、大体20%ぐらいコストが燃料費でアップするので、
電気料金を2割上げなきゃならないと。
大体一年当たり1.5兆円です。
これを3年間は交付国債として国が約束手形のように、東電には貸し越しているんですね。
電力会社にとっては売り上げになり、そして後で返さないといけないお金。
大体3年間で5兆円位になりますが、
これをいったん貸してあげましょうと、電力に。
でもそれは優しい貸し越しではなくて、混乱を避けるためですね。
そうすると倒産もしなくて済むし、値上げもしなくていいと。
しかし、その3年の間にやる事がいっぱいあるわけですね。
まず原発についてはしっかりとした廃炉のプログラムをつくらなければいけないのですが、
何と言っても使用済み燃料です。
日本に1万5000トンあるプールに入っている使用済み燃料ですね。
これは9月に日本学術会議が出している通りですが、
再処理はそもそもしてはならない事なんですが、地層処理もできないと。
簡式の100トン級のキャスクというものに、
100年、あるいは200年という単位で貯蔵する以外にないんですね。
で、その貯蔵する場所を決めなければいけないと。
それをこの3年の間に徹底的に議論しましょうというのがひとつあります。


津田:
ある意味で言うとちょっと先送りじゃないかなという意見もありますけれども、
田坂さんはこの飯田さんの今の計画、未来の党の計画というのは現時点ではどうご覧になっていますか?

田坂:
この手の話というのはまず根本的なところから押さえるべきだと思うんですね。
ここしばらくの各党の論戦を聞いていると一番大切な事を言っていないのが、実は私は一番気になるんです。

津田:一番大切なことというのは?

田坂:
それはね、やはり使用済み燃料の最終処分が日本ではもう出来なくなったという、
この現実をしっかり見据えるところからやっぱり議論をたてるべきだと。

津田:
まさにあれですよね、民主党は原発1030年代に、というのを出しましたけれども、
あれは一方で核燃料サイクルは継続という事を言っていますからね。

田坂:
そうですね。
あのあたりは確かに矛盾していると指摘されるのはまた後で説明しますけれど、
確かに矛盾の構造があるんですけれども、
むしろここでまず率直に申し上げたいのは、
各党の議論を聞いているとですね、
「脱原発「とか、「原発ゼロを目指すのか目指さないのか」という議論をよくやってるんですが、

ずーっと私が申し上げているのは、
もうこの段階では、原発ゼロ社会というのは目指すか目指さないかの問題ではなく、
もう避けがたくやってくる現実なんだと、いう事をしっかりと見据えるべきだと思うんです。

これは決して何か感情的な反原発の立場で申し上げているのではなくてですね、
私自身40年前から使用済み燃料と高レベル廃棄物の地層処分の研究を、
日本でも米国の研究所でもやってきた人間で、
例のユッカマウントプロジェクトにも参加した人間なんですけれども、
やはり40年経って、今の時点でも世界中のどこも、
ま、フィンランドの片隅で若干実験を行なわれていますけれども、
まだ地層処分は出来ていないんですね。

かつ日本では学術会議が、日本のこの地質環境では10万年の安全はもう証明できないと。
少なくても現実の科学では。
したがって地層処分はできない。
長期貯蔵に行くべきだ。
そうであるならば、総量規制を入れざるを得ない。
従って原発はいずれ遅かれ早かれ停止せざるを得という事を言っているわけですね。

この現実からスタートするべきで、
後はいずれゼロにならざるを得ないという所から逆算して、
どのくらいの速さでゼロに準備するかという、その議論だと思うんですね。

ここがむしろ国民から見てわかりにくくなっている。
なんとなく、しばらく3年様子を見てとか、10年だとかとか、いろんな議論があるんですけれども、
私はその先になにかひょっとしたら、
原発を頼れるもしくは頼る場面が出てくるのかと思っていらっしゃるんであれば、
「そうはならないですよ」と。

後でまたちょっと詳しく話をしますが、
放射性廃棄物の問題というのは私の専門中の専門ですけれども、
これからパンドラの箱が開いたように、
最後は高レベル廃棄物使用済み燃料の問題ですが、
その手前も今、がれきですら捨てられる場所がないんですね。受け入れるところがない。
この後、もっと高濃度のイオン交換樹脂とかフィルターとかが、福島事故で大量のものが発生している。
さらには汚染土壌、東京ドーム23杯分でしたか、位出ている。
さらには、廃炉に入った時に極めて高放射線の廃棄物が、大量に出る。

これはハッキリ申し上げますが、「日本で捨てるところはない」だろうと思いますね。

その事を見据えたところから、この原発政策論を語っていただきたいというのが、
かねてから私が申し上げていることですね。


津田:
ある意味で言うと最初のところの部分のパーツとして、
「脱原発は可能なのか」という所で話しをするんですけれども、
田坂さんの今のお話を伺うと、
もう「可能なのか」という議論の段階ではなく、それは避けがたく来るものであるから、
現実にどう、やり方を
ハードランディングになるのかソフトランディングになるのかという事でもあると思うんですけど、
そういうふうな話しになってくるのかと思うんですけど、
じゃあそのためには具体的な方法論というのはどういう事が考えられるのか?という事であるんですけど、
飯田さんの方から具体的な方法論を申し越し頂けますか?

飯田:
問題群として、核のごみの話しが一つです。
それから廃炉をちゃんとやっていくという話と、
ただ、廃炉というのは技術的にはですね、東電の福一を除けばそんなに難しくなくて、
むしろ財務的な問題です。
「原発を廃炉」と宣言した瞬間に、
その原発を資産として持っている電力会社は、債務超過に陥って、倒産するかもしれないと。
その問題も解決しなければいけない。
それから先程の「今原発が動かないから電気料金を上げさせてくれ」と。
そんな、「足りなくなったからおこずかいを頂戴」みたいなですね、それは許されないだろうという事で、
3年間、電力システムを徹底的に改革をするという意味で、
たとえば交付国債をいったん入れて、
電力会社の倒産はいったんは猶予するけれども、そして電気料金の値上げも避けるけれども、
その間に発送電分離をして、本当に完全競争状態をつくると。
そこから先でですね、ま、完全競争状態にすれば、
それこそソフトバンクの孫さんが
「直ちに電気料金を2割下げる」と言っている訳でして、
そういうふうな形で、それは下がるか下がらないか、基本的には下がると思いますが、
その後で交付国債を10年でもかけて国に返せるお金なので、国民の痛みとしてもそんなに大きくないと。

それから東京電力もあります。
東京電力は、今ゾンビみたいな形で生きていますから、
最大の問題は、株主と銀行が責任を取っていない分、国民に全部負担がきているんですね。
しかもいまのゾンビの構造だと、ほぼ100年、ずーーっと吸血鬼のように吸い続けていくと。

これは国民にとっても不幸なんですが、東電の中にいてまともにビジネスをやりたい人にとっても不幸なので、
ここもいったん破たんをさせて、株主と銀行の責任を取らせて、国民負担を最小化することで、
先ずは切り離してですね、
福島の事故処理、これはもう国が直轄でやります。
そして損害賠償、これは今の機構がちゃんとやると。
そしてそれを除いた新生東京電力はさらに発送電分離と電力供給に分けて、
それを競売に掛けることによってですね、これは非常に高い資産として売る事ができると。
その切り離した発送電を、日本全体を統合させることで、
ナショナルグリッドのような、ヨーロッパ的な市場もできると。

津田:
これ、でも、いわゆる電力自由化、発送電分離、
そしてある意味で言うと全ての電力会社をある種東電化しようというようなそういう考え方も、
処理の仕方をね東電化していくみたいな形もあるように思うんですけど、
廃炉にする事で、これ本当に3年で出来ますかね?混乱はしないですか?

飯田:
混乱しないような、
東電とそれ以外はちょっと違うと思うんですね。
東電は実質国有会社なので、もうちょっとしっかり国が踏み込んで、
先程の破たんをさせ、株主の責任をとり、という、
これは東電は東電で切り離してできる。全く問題なくできる。
で、他の電力会社は、それこそ関西電力とかはですね、
「何で東電が事故を起こしたのに俺たちにとばっちりが来るんだ」と思って、
彼らはすごく消極的なわけですが、
しかし「全く安全じゃない」という事が今や誰の目にも明らかになっている。

津田:今、大飯の破砕帯調査なんかでもその辺はね。

飯田:
だとすればそこの責任をちゃんと電力会社がとるというプロセスで、
とりあえずは3年という機関で電力システム改革、
絵はとりあえずこれまでの民主党政権の中で教科書的な絵はかいてあります。
ここから必要なのは教科書じゃなくて、
現実の関電なら関電、九電なら九電を相手に具体的なプログラムに落としていかなければならないですね。

津田:
今ツイッターで未来の党の卒原発の構想というのは
この卒原発工程に原発立地自治体の、
今立地して、交付金をもらって、ある意味それが麻薬みたいだという批判もありますけど、
そういった原発立地自治体を今後どうしていくのかというビジョンが見えないんですけれども、
自治体への配慮を欠いたまま行政の判断だけで原発を無くしていくということができるのか?
反発もあるでしょうみたいな、こういった意見にはどうお考えですか?

飯田:
廃炉地域経済シフトプログラムというのを入れているんですね。
ドイツなんかでは廃炉になっているところがポチポチ出初めているわけですね。
原発を持っている地域というのは原子力という丸ごとの技術者を持っているわけではなくて、
一番多いのは土木建設作業員的な会社と技術者ですね。
それから電気工事。
あるいは様々な化学物質を扱ったり、ま、若干放射線を扱ったりと。
で、その技術は水平展開が可能なので、
ドイツなんかで言うと、原発を廃炉にした地域に集中的に風力発電の輸出入港にすることによって、
今そこが非常に栄えているというような地域もあります。

で、原発の最大の問題というのは、
地域経済が単に原発が無くなったら、その地域経済が冷え込むだろうというのは、
これはそこだけを見ると非常に大きな間違いで、
原発から地域に来る経済というのは、外に依存している経済なんですね。
関電が風邪をひくと、おおい町はもう肺炎になるような感じですね。

ところがその経済が地域で新しい仕事を生み出せる構造にすれば、非常に元気になっていくと。
その構造転換も一緒にやらないといけないので、
その意味でこれまでのようにともかく口をぽかんと上にあけて、
国から降ってくる電力や寄付金を、あて先不明の寄付金とかですね、
そんなもので土木作業員がその日暮らしで仕事を待つのが経済ではないわけですよね。


津田:
きちんとその廃炉というものも、
今コメントでもありましたが廃炉ビジネス自体が、
日本というものがね、世界でもこれから最先端に、廃炉ビジネス化していく道というものがあって、
それがおそらく日本がたどる道というのが、
今後、中国や韓国も数10年後にはたどらなければならない道に、
田坂さんのお話しのようになっていった時に、
それはまた、一つビジネスチャンスになっていくという可能性も出てくるという事ですかね?
廃炉していくことは。

飯田:そうですね、ただそんなに魅力的なビジネスではないと廃炉そのものはですね、はい。

津田:
ただいずれにしてもですね、そういう方向が見えてきている中で、
ここから先脱原発をね、政治、非常に政治の争点になりにくかった政局の中でですね、
なかなかここが進まない原因でもあったんですけれど、
田坂さんから見て、この脱原発というものが、
政治、まさに参与という立場で関わってみたときに、
311以降の脱原発の運動そのものが、かなりある意味で言うと
政府の中でもダッチロール状態のようになかなか定まらないところがあったと思うのですが、
このあたりどういう所にそのむずかしさがあったとお考えですか?

田坂:
まず私の政権に関わる立場をはっきり申し上げると、
一人の原子力の専門家として、3.11の直後に私が確実に
「あ、これはもうこうなってしまうな」と思ったのは先ほど申し上げた話ですね。
「もう使用済み燃料の処分ができなくなる」そうすると遅かれ早かれ原発はゼロ社会に向かわざるを得ない。
従って私が総理に進言した脱原発依存の政策というのは、
正確に言うと、脱原発依存を目指すのではない。
つまり原発に依存しない社会を目指すのではない。
原発に依存できない社会がやってくる事になる。
ではどのように準備するのかという事
で政策提言を申し上げたんですね。

しかしその後の民主党政権の中でのいろんな動きを拝見してて、
ある意味で大変な努力はされたと思うんですが、
根本のところでやはりメスが入らない、もしくは解決策が見いだせなかったのが、
たとえば立地自治体。先程も話題になった事ですね。

立地自治体の抵抗によって政策が前に進まなかった事が沢山あったわけです。
たとえば大飯も「安全だから稼働する」という議論よりも、
あれは本質論のところでみれば、
福井県にとってみれば、原発銀座を抱えている自治体。
そこからの電源三法交付金が膨大に流れ込んでいるわけですから、
これを将来にわたって突如失うという事はやはり、受け止めがたかったわけですね。

青森県も同じで、再処理という技術そのものにとことんこだわっているわけでは、おそらくない。
むしろ、やはり電源三法交付金のような事を、地元経済、ここにやはりこだわりがあるわけです。

そうするとこういう問題についてはある程度政策的にしっかりとした対策を打たないとですね、
単に「脱原発をします、明日から交付金は落ちません」では済まない。
それが私が最近の本で書いた
脱原発交付金」というものを定めてですね、
年限を区切って、地域の経済的自立を支援しながら、その矛盾を解決していくべきだと。
それをやらないまま進もうとすると、必ず国内で猛烈な抵抗にあいます。

おおい町ではご存じのように8割が再稼動賛成、2割が反対という状態です。
隣の小浜市では逆で2割が賛成8割が反対という、
交付金が落ちているかどうかだけで随分世論が違ってしまうというこういう構造になりますので、
この問題を解決するためには脱原発交付金の政策が一つ。

もうひとつが、今話題になった事ですが、
私は「原子力環境安全産業」の様なですね、
原子炉の安全な操業、もしいくつか操業するのであればですが、
さらには、解体ビジネス、放射線廃棄物処理処分、環境モニタリング、
こういうあたりの技術とサービスを日本で世界でも最高のものに育てていく。
その事をおそらく中国やベトナムや海外が必要とする時期が遠くないですから、
こういうもので国際的な産業として育てていくというようなビジョンを出さないとですね、
日本における今度は原子力産業もまた、
衰退していくのが困るという事で、国民の利害の問題とは関係なく、
ただ存続させてくれという動きになりますので、

そういう意味で、政策というのは最初に申し上げたように、
政策パッケージとして論じなければならない。
原子力環境産業と同時に、環境エネルギー産業という自然エネルギー省エネルギー、
このあたりの産業をこの立地自治体で育てていくというような政策も
おそらく必要になってくるんではないだろうかという気がするんですね。

先程の飯田さんのお話しは、私の耳で聞くと、
そういう政策もお考えになられているのかなというふうに聞こえてきますけれども、
いずれにしてもそれが非常に重要になってくると思いますね。

津田:飯田さんいかがですか?今のご指摘は。

飯田:
日本の政治の、田坂さんはもう当事者として、官邸の中で本当に苦労されて、
かなりいい仕事をされたと、遠目に、遠目にというか、近目もありましたけれど、
複雑系なんですよね、すごく。
官邸と経産省、それから国と地域と、
この本当に複雑系の中で1足す1が2で通らない世界があってですね、
その部分をどういうふうに変えていくのか?っていうのが、
ですから先程の青森県とか福井県が頑張る事によって政策がゆがむとか、
明らかに矛盾していること、
ま、今回の民主党の30年代のやつですが、
その中に原発ゼロにするという方針がありながら、ブレずに核燃料サイクルをやると書いてあって、
これは完ぺきに矛盾しているわけですが、
その矛盾しているのは青森が頑張ったからだ。とかですね、

実はその青森がやっている事自身の中にもすごく矛盾があって、
もう六ヶ所の再処理工場は完全に破たんしていますし、全く無意味な事業なんですけれども、
それを青森県は「生産工場だ」というふうに、
なんていうのでしょうか、
「嘘だと分かっているのに嘘と思いたくない」という現状があってですね、
この「再処理を止めるというんだったら、3000トンある、溜まっている使用済み燃料棒を戻すぞ」という、
なんか…すごく奇妙奇天烈な力学になっているんですね。

津田:ちょっとした脅しですよね、あれはね。

飯田:
脅しなんですけど、非常に根が深いんですよ。
その根が深い問題を実はわけ入って解いていかなければならないんですが、

先ず政治の方は、1年ごとに大臣が変わると。
政府というか、基本は経産省ですけれど、経産省も2年ごとに担当が変わると。
しかも根本的にあんまりやる気がないというか、
そんな大変な問題に手を突っ込んだらですね、自分の首が飛ぶような。

だから問題が非常に複雑系で根が深くて、いろんなところにわたっているのに、
それを解く側というのがそれを解ける体制になっていないんですよね。


ーーー



田坂氏会見本編↓
<会見・本題>「脱原発は選択の問題ではなく、不可避の現実である」
田坂広志氏11/2自由報道協会会見(内容書き出し)


質疑応答↓

<1.望まない被ばく>「今後何十年と極めて重い心の重荷を背負う事になる」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<2.放射性廃棄物>「国民の意識の成熟が問われる問題」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<3.立地自治体>「地元の経済的自立を図るための政府の支援」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<4.原子力の技術と輸出>「原発ゼロ社会にすると原子力技術者がいなくなる?」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<5.核武装>「『プルトニウムを減らすために大間を稼働しなければいけない』は詭弁」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<6.原子力規制委員>「何を言うよりも大切なことがある。誰が言うかだ」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)



「嘉田さん、橋下さん、小沢さん、そしてがれき問題」
飯田哲也氏インタビュー11/28岩上安身氏(一部分書きだし)






<6.原子力規制委員>「何を言うよりも大切なことがある。誰が言うかだ」 田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)

11月2日に自由報道協会主催
以下は質疑応答の一部分です。




質問:
ロイター通信Maedaと言います。
原子力規制委員会というのが、発足してもう2カ月経って、
実際に今度は再稼働に向けての安全性を見るという事で、
地層の部分の調査、今日は大飯にみなさんパネルの方々が行ってらっしゃるんですけれども、
そちらの方向にどんどん、
つまり安全であることを確認して、
安全でないものと安全であるものを分けると、いうような形に、
今原発の政策の在り方がなってきていると思うんですけれども、
このまま行っていいのかな?という素朴な疑問がありまして、
かなり今回の原子力規制委員会は法的には力を持っていると思うんですね。
なので、そこを誰がどのようにコントロールできるのかな?
その、最終処分場の問題は原子力規制委員会で、議論するものではなくなってますので、
その部分をどういうふうに、現実の原子力発電というものと、つなげていったらいいのかな、
ちょっとわからないので、もしご意見があったらお願いします。



田坂広志:
あの、いずれにしても、原発をたとえば再稼働するとかしないという事はですね、
どこかの組織なり、何かの公的機関が決めざるを得ないのは事実ですね。

仮に止めたにしても「誰が決めたのか?」という問題になってきますので、
その意味においては私は、原子力規制委員会が、ある役割を果たすことは当然あり得るんだと思います。

で、むしろ問題はですね、
国民の納得感だと思うんです。

これはどうしてか?というとですね、
仮にですけれど、今みなさんが原発に対して非常に疑問を持っている方で、
皆さんがたとえばこの中で誰か一人を選ぶ。
この人はもう本当に、頭が下がる位に
国民の命と安全の観点からだけ判断する人だという信頼があったらですね、
仮にその方が、
「とはいってもみなさん、全体のエネルギー状況を考えた時、これについては安全を徹底確認しました。
だから、これは例外的にまずはこの稼働を認めて下さい」と言った時の受け止め方とですね、

なんかよく分からないけれどもどうしてあの人が選ばれたの?となってですね、
その人が同じ事を同じ文脈で言った時の受け止め方が違うんだと思うんですね。

これは人間心理で、
何を言うよりも大切なことがある。誰が言うかだ」という名言がありますが、
同じ事を言ってもあの人が言うとなんか信用できない。
この人だったら、なんか信用できるといった世界は現実にあります。


これは誰かを固有名詞的に誰かを批判している訳ではありません。

そもそも原子力規制委員会のメンバーが、
本当に適任かどうかというような議論を私が決めつける立場にはありません。

むしろ、この方々が選ばれるプロセスが、なぜあのような形を取ってしまわれたのか?が
わたしには、残念です。
私が逆にあの委員の立場だったとしても、
あの首相指名というような形は止めていただきたい。


逆に選定のプロセスから、広報の段階から国民的な討議にかけて、いろんな情報もオープンにして、
まさにパブリックコメントなんかも受けた中でですね、
最後にある部分国民の意見も反映した形で選ばれていくような、
そして国会同意人事をとられれば、納得感がもう少し高まるわけですね。

どこまで高めるかというのは、この後細やかな議論があり得ますけれども、
少なくとも今のやり方だと、
「この人達は政府から見て信頼できる人だ」
「経歴調べてもほんとにちゃんとした人だ」
「いろいろヒアリングしたけれども、原発についてはしっかりしたものを持ってる。
もうその通りなのかもしれませんが、

原子力の問題のほとんどすべての問題は、
パブリックアクセプタンスの問題です。
国民がそれを受容するかどうか?納得するかどうか?
これは特に放射性廃棄物使用済燃料の問題は、全ての問題はパブリックアクセプタンスの問題です。

従って、政府はこういう国民の納得と了解、信頼を得るという事についての手順論を、
もっと成熟するべきです。

今は私から見ると相当荒っぽいやり方をされているように見えます。

これは残念ながらそう言わざるを得ないと思います。



ーー会見全てーー

会見本編↓
<会見・本題>「脱原発は選択の問題ではなく、不可避の現実である」
田坂広志氏11/2自由報道協会会見(内容書き出し)


質疑応答↓

<1.望まない被ばく>「今後何十年と極めて重い心の重荷を背負う事になる」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<2.放射性廃棄物>「国民の意識の成熟が問われる問題」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<3.立地自治体>「地元の経済的自立を図るための政府の支援」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<4.原子力の技術と輸出>「原発ゼロ社会にすると原子力技術者がいなくなる?」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<5.核武装>「『プルトニウムを減らすために大間を稼働しなければいけない』は詭弁」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<6.原子力規制委員>「何を言うよりも大切なことがある。誰が言うかだ」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)



<5.核武装>「『プルトニウムを減らすために大間を稼働しなければいけない』は詭弁」 田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)

11月2日に自由報道協会主催
以下は質疑応答の一部分です。


<余剰プルトニウム>



質問:
AP通信の山口と申します。
核燃料サイクルを維持する理由のもう一つとして、
外国からのプレッシャーというか、アメリカの意向が反映されているという議論があったんですけれども、
核セキュリティーの観点から余剰プルトニウムをためないために、
原発で燃やし続ける必要があるという議論があることについて、どういうふうにお考えになりますか?


田坂広志:
これもね、最近日本が脱原発に行くと
アメリカとの関係がおかしくなる」とかですね、
核不拡散について非常に問題が大きいんじゃないか」とか、いろいろおっしゃる方がいますが、
実はあまり一貫した筋の通った議論というのは拝見したことがないんですね。
なんとなく気分として語られている方が多いような気がします。

むしろこの手の話は表層的な議論よりも、本質論で見つめた方がすっきりしていますね。

核不拡散」という事の一つの意味は、当然のことながら、
日本は核武装はしません」とか、
核兵器に転用することはありません」という事のもとで、
再処理まで、核燃料サイクルまで認めてもらっている訳ですね。

したがって、この議論は私は少し詭弁だと思っています。

日本はプルトニウムが、もうある。
「これは燃やして無くさないと日本は核武装するんじゃないか」と思われる。
「したがってこれは、燃やさなきゃいけない」
そうすると、「大間のようなプルサーマルの原発を稼働しなきゃまずい」
もしくは、「再処理工場と高速増殖炉を、核燃料サイクルを維持しなきゃダメだ」という、
これは極めて、私は詭弁だと思います。


それをやってもプルトニウムはまた次に出てきますから、
グルグル無限に続くような話になってしまいます。


そうではなくて、もし本当に脱原発の方向に向かうのであれば、
もう今すでに存在している40何トンかのプルトニウムについてはですね、
わたしは、国際的な査察にゆだねるような新たな政策論を世界的に提唱するべきだと思います。

つまり日本はこれについてはもう全く、「核兵器への転用はいたしません」と、
従って、
世界的なしっかりとした管理のもとで、使わないような仕組み制度を受け入れますという事で、やるべきで、
場合によってはそれを、国際的な機関で、空間的にも別の場所に持っていくことはあり得るかもしれません。
で、それがすぐにできるわけではないですが、
そういう姿勢を政策的に一挙に示すという事ですね。
つまりそういう姿勢を日本が明確に世界に対して示すという事で、まず国際的な信頼を得るいうことで、
そこをごちゃごちゃやっていると「怪しげだ」と思われると思います。

ただ、あの…
日本ではやっぱり、プルトニウムだとか、再処理というものを、
ごく少数かもしれませんが、
日本での核武装、潜在的核武装はやっておくべきだという論者の方もいらっしゃいますので、
こういう方々からすれば、むしろ再処理技術、濃縮技術そしてプルトニウム、
こういうものは何らかの理由を付けて
日本にずっと置いておきたいという考えがあることも一面の事実かとは思います。


このあたりはまた非常に難しい政治的な議論になってくると思います。





ーー会見全てーー

会見本編↓
<会見・本題>「脱原発は選択の問題ではなく、不可避の現実である」
田坂広志氏11/2自由報道協会会見(内容書き出し)


質疑応答↓

<1.望まない被ばく>「今後何十年と極めて重い心の重荷を背負う事になる」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<2.放射性廃棄物>「国民の意識の成熟が問われる問題」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<3.立地自治体>「地元の経済的自立を図るための政府の支援」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<4.原子力の技術と輸出>「原発ゼロ社会にすると原子力技術者がいなくなる?」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<5.核武装>「『プルトニウムを減らすために大間を稼働しなければいけない』は詭弁」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<6.原子力規制委員>「何を言うよりも大切なことがある。誰が言うかだ」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)







<4.原子力の技術と輸出>「原発ゼロ社会にすると原子力技術者がいなくなる?」 田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)

11月2日に自由報道協会主催
以下は質疑応答の一部分です。

<原子力技術者>




質問:
ザ・プレスジャパンのSakurai Mayumiと申します。どうぞよろしくお願いいたします。
除染事業について関連した質問なんですけれども、
除染作業に携わった作業員の方、あと、原発作業員の方が、
今後不足されると予想されているんですけれども、
不足された場合に先生はどのようにお考えなのでしょうか?
また、除染作業員とか原発作業員のケアについて、先生はどのようにお考えなのでしょうか?

田坂広志:
これも、この2冊目の本でそのテーマを取り扱いましたが、
あの、なにを申し上げたいかと言いますとね、
今世の中で出ている議論は、少し、ちょっと…錯綜した議論があります。

原発ゼロ社会を目指すと原子力技術者がどんどんにいなくなってしまう」から、
原発ゼロに向かうためのいろんな廃炉とかすらができなくなるじゃないか」
だから原発は必要だ」という、
なんかちょっと論理的には詭弁論になってくるんですが、

この議論に対して私が明確にこの本で申し上げたのはですね、
原発技術者がいなくなることも無ければ、原発技術が必要無くなるという事もないです。

というのはですね、廃炉を仮に今、
極めて強い脱原発的な政権が生まれて、「一挙に廃炉にする」と、仮ににしても、
原発の廃炉というのはやっぱり数10年、最低でも30年かかるものです。
さらには日本には福島という原発の事故を起こしたものがありますので、
これの廃炉の作業というのは、さらにプラス数10年というオーダーが必要だと思います。

そして除染についても賽の河原の石積みのように永遠と続くわけです。

従ってですね、これもむしろ政府として、
「仕方なくやらなければならない技術だ」と思った瞬間に、
技術屋の方は気持ちで言えば「もう、何とも未来の無い産業だ」という事で去っていきます。

むしろ私はだからこそ、この本で申し上げたのは、
原子力環境安全産業」と呼ばれるものを政府の方針で、世界でも最も優れた産業として育てるべきだと。
これが私のお答えです。

つまり、これから我々は原子力という物の持つ負の側面。
マイナスの側面もすべて払しょくしていくための営みを今からやらなければいけないわけです。

しかも世界でもいちばん難しい廃炉の技術まで、開発しなければならない立場に立っています。

これはある意味では、短期的に言えば非常に辛いことですが、
長期的に見れば、世界全体から見れば、必ず求められる技術ですね。

おそらく世界全体、まぁこれからまだまだ増やそうという国もあります。
たとえば、中国は100基のオーダーで、原発増設の計画、新設の計画がありますが、

お分かりのように日本は黄砂が飛んでくる国です。
従って、日本だけ脱原発やりましたでは、何も話は終わらない。

韓国で事故が起これば、玄海原発で事故を起こすのと同じような被害を受けます。
従って、我々の脱原発という考え方は、
いずれ遅かれ早かれ世界全体の、
この原子力の安全性をまずさらに高めるという事はまず第一歩。
ゆくゆくは脱原発に向かって
すべての国が向かっていくような事を支援するという産業と技術が必要になると思います。

したがってまず日本で、
これは全く必要に迫られて開発する技術でもありますけれど、
単に「やらざるを得ないからやる」という次元ではなく、
むしろ、今回の福島の事故を契機として、
世界で最も優れた「原子力環境安全産業」、
言葉を変えれば、原子力の負の側面を払拭していく産業を、
最高の技術を持った産業として育てていこう、

これを国際的な産業にしていこう、
これを海外でまだ原発推進なり、原発を取り込む国に対して、技術的な支援を
産業的な支援としてやっていこうという方針を打ち出されるべきです。

それをやれば技術者は、またそこに一つの大きな使命感を持たれて頑張っていかれると思いますし、
それは、必ず、日本だけではなく世界にも役に立つ産業になっていくと思いますが。



ーーー
<原発輸出>



質問:
フリーランスのSimadaと申します、よろしくお願いいたします。
高レベル廃棄物というか、原発が今の日本、人類の技術ではそもそも無理筋だという中で、
たとえば、ベトナムが日本の原発を買いたいと、
日本としては購入する側がいるならば輸出するという方針だと思うんですけれども、
無理だとわかっていても輸出するという事に関しては、これはどう倫理的に判断すればいいでしょうか?

田坂広志:原発の建設の輸出ですね?
Simada:はい。

田坂広志:
原発を海外に輸出するという話ですね、
これは、これから本当にいろんな議論が出るテーマですね。

「日本が脱原発に向かうんだから、当然そんな危ないものを海外に輸出するべきではない」
というのも一つの考え方ですね。

でも、もうひとつの考え方は、
じゃあ、日本がそういう事の技術的な提供をしないでですね、ま、どこかの国がですよ、
たとえば一般論として申し上げますが、
かなりいい加減な技術でいい加減な原発をつくって事故を起こされた時、
「日本が被害を受けるじゃないか」という考え方もまた一理あるわけです。

従って私は、本当は細やかに理想論で申し上げればですね、
先程の「原子力環境安全産業」の中に、
非常に原発の安全性を高める、もしくは安全な原発技術というものも、私は含みこんでおいて、
それを提供することはありだ・ろ・う、とは、思ってます。

ただしこの議論をあまり軽々にしたくない理由があります。
それは何故かと言えば、こういう議論を出した瞬間に
「そうでしょ、だから日本で原発をやらなきゃいけない、やりましょう」というですね、
この話に流し込む方が、今はむしろ日本では極めて多いと思うんですね。

従って私はこの話はしばらくは、本当は凍結した状態で、先ほど申し上げたような方向に行くべき。

もっと分かりやすく言えばですね、
国民から見てこの政策を出した瞬間に、
「なんだ、結局輸出とか何とか言いながら原発存続の政策を密輸入しているのか」と、
その疑われる信頼感の無い政権である限りはやるべきではない。

逆に国民から見て、この政権はきちっと信念を持って、
しかも何年もかけて脱原発に向かって動いてくれるという、そういう政権であれば、
そういう議論をテーブルに載せて、
「国民のみなさん、こういう考えのもとで海外に対する支援を行う事をいかがd得しょうか?」という議論は
スタートし得ると思います。

ただし、日本は政権が実に短期間で代わる国だという事を考えると、
あえて申し上げれば二つの事はしっかりとやっておくべきだと思います。


一つは脱原発の政策について、本当にその方向で行くんなら、
政府はもちろん、その事をしっかりとやってもらいたいですが、
脱原発基本法のようなものをしっかりと定めてですね、
政権が代わっても法律的にそこが縛られているという仕組み。


もうひとつは、国民投票です。
国民投票というのは今は日本の制度では法的にきちっと整備されていませんが、
やはりこのシングルイシューで国民に方針を決めていただくという制度を日本に導入しておかないとですね、
やはり総選挙のようなものがシングルイシューで戦う事は必ずしも健全な形ではありません。

私は、こういうテーマについては、国民投票。
これは海外でも国民投票は随分原子力に関してやっていますので、
日本も、こういう形で国民が一つの歯止めを刺しておくという事ができる仕組みを作るべきだと思います。

政権が代わっただけで、もしくは総理が代わっただけで、政策が変わるという状態では、
わたしは、あまり、あの…危なくて、
そういう政策論について踏み込んだ議論はするべきではないと思っています。





ーーー



質問:
フリーランスのHiroseと申します、よろしくお願いいたします。
先生は五井平和(財団)というところで何度か講演をされていてですね、そこで、
「原子力という技術体験は人類にとって不要か?と問われれば答えは慎重です。
なぜなら私は人類に与えられるもの全てに意味があり、
その意味を深く考えることによって人類は成長し、成熟していくと思うからです。
その歴史的スケールで見るならば、原子力も人類に与えられた一つの英知なのでしょう」
というご発言があるのですが、
では、先生がお考えになられる原子力の有効利用というものがあるとするならば、
いったいどういうものなのか教えていただきたいてもよろしいでしょうか?


田坂広志:
あの、その発言はもちろん今も同じ考えです。
むしろですね、原子力については私は、仮にここで人類全体が脱原発に向かったとしてですね、
仮に300年先に何かのまた、人類全体が置かれている環境の変化が起こった時に、
人類の英知からすれば原子力というものはですね、
その気になれば技術としては、私はそれほど難しくない回復なり、
また、再利用ができると思っているんです。

ただですね、私が今の時代に非常に強く原子力のイージーな推進に反対する理由は、
先ほど申し上げた、人為的組織的制度的文化的な問題が、解決できないからです。

もっと分かりやすく言えば、
この非常にリスクの高い技術体系を見事に使いこなして見られるほどですね、
人類というのは本当にかしこい社会を作っているのか?と。
この根本的な問いが今あります。

少なくても福島を見て、私は人類社会というのは、
これはもう具体的に見ても、いまの行政の在り方も産業の在り方も、資本主義のあり方も含めて、
私はこの極めて巨大なリスクを持った技術体系を使いこなせるほどには賢くない。
ただしその事を持って、
「この原子力という技術が人類の未来永劫、全く意味を持たないか?」と問われれば、
「それは分からない」としかお答えしようがないです。

従って、具体的な方策・運用云々という文脈のところの発言ではありません





ーー会見全てーー

会見本編↓
<会見・本題>「脱原発は選択の問題ではなく、不可避の現実である」
田坂広志氏11/2自由報道協会会見(内容書き出し)


質疑応答↓

<1.望まない被ばく>「今後何十年と極めて重い心の重荷を背負う事になる」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<2.放射性廃棄物>「国民の意識の成熟が問われる問題」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<3.立地自治体>「地元の経済的自立を図るための政府の支援」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<4.原子力の技術と輸出>「原発ゼロ社会にすると原子力技術者がいなくなる?」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<5.核武装>「『プルトニウムを減らすために大間を稼働しなければいけない』は詭弁」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<6.原子力規制委員>「何を言うよりも大切なことがある。誰が言うかだ」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)



<3.立地自治体>「地元の経済的自立を図るための政府の支援」田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)

11月2日に自由報道協会主催
以下は質疑応答の一部分です。

(音声のみ)


質問:
赤旗日曜版記者の三浦と申します。
使用済み核燃料の問題がもう解決できないという事であると、
六ヶ所の再処理工場はですね、当然すぐに注視するべきだという結論になるかと思うんですが、
そこら辺はいかがお考えでしょうか?

田坂広志:
これも重要な今回の政策論の中で話題になった事ですね、
まず、原発ゼロ社会がやってくる。
したがって、原発ゼロに向かって、
どう、社会に対するインパクトを最小にしながらそれを受け入れていくか?という話ですから、
元より再処理工場は核燃料サイクルそのものも必要ない。
従って再処理工場は止めるべきだというのはご指摘の通りだと思います。

で、あえて二つの事を申し上げたいと思います。
これが結局そうは言ってもしばらく再処理工場の存続を認めるような形になっていく理由は、
分かりやすく言えば、青森県の地元の方々、行政の方々が中心ですが、
やはりそこのお考えが強くあると思うんですね。

分かりやすく言えば、
「核燃料サイクルを止めるんであれば、
青森県が貯蔵している六ヶ所村の使用済み燃料を全部持って帰ってくれ」と。
これは決して異常なことはおっしゃっていないと思うんですね。

もともと、
「再処理をして核燃料サイクルをやりますから、ここは最終処分場にするわけではありません」と、
「ただただ貯蔵するための場所でもありません」
「再処理をするためのまさに保管施設としてお願いしています」という事は歴然たる事実ですから、
この青森県の方がおっしゃるこの考え方はもちろん間違っていない訳です。

ただですね、
現実にこの使用済み燃料を全てのサイトに戻すか?
今、全ての原発の使用済み燃料の貯蔵プールの満杯率が平均7割ぐらいまで来ていますね。
もうこのまま全部再稼働に向かったら、実は後6年位で満杯になると言われているわけです。

ですからこの状況の中で青森県がそういう事をおっしゃった状況でですね、
おそらく政府としては非常に苦渋の決断をせざるを得なかったと思うんですね。

で、あえてもうひとつ申し上げれば、その青森県のお立場というのは、
これは結構重要な問題なので、率直に申し上げますが、
ここまで原発立地自治体、もしくは原子力施設立地自治体というのは、
電源三法交付金というものがかなり潤沢に落ちているわけです。
もちろんリスクと引き換えに受けたという面がありますから、
それはそれで一つの政策判断だったんですが、
その施設がなくなるという事は、その地元の利益の観点から見て、
やはり受け入れがたいという心理が今世の中にずーっとあるわけですね。

それを象徴するのが、たとえば大飯の再稼働の時に、
おおいの町と隣の小浜市で調査をやると、再稼動賛成反対でやると、ご存じのように、
おおい町は8割が賛成2割が反対。
すぐ隣の小浜市になると、ほとんど距離も変わらないんですが、これは2割が賛成8割が反対dえすね。

これに象徴されるように地元への電源三法交付金というものが存在して、
これにやっぱり依存して経済が成り立っている地域ですから、
ここで施設を止めることはいかにも耐えがたい。

この心理というものを我々は行政の観点から、私はしっかりと把握、理解するべきだと思います。

従って私が政府に提言したのは、
「脱原発交付金」に切り替えるべきだと。

つまり地元から突然経済的ななにかをですね、支援を取り払ってしまうというのは、
少しやはり極端な行政になってしまいます。
従って、原発、原子力施設を推進することによって地元が恩恵を受けるという形は持たれませんが、
脱原発に向かっての何年間かの期間限定で、地元への交付金は差し上げます。
従ってその交付金を使って、地元の経済的自立を可及的速やかに図って下さい。
そのための支援は政府として全面的にしますという政策論と抱き合わせ
でないと、
核燃料サイクル辞めました。
再処理工場やりません。
この地域ストップします。
従って交付金は落ちません。という事では、当然地元は非常に強い抵抗を示してくる。

その抵抗の仕方は今申し上げたように、論理としては非常にすっきりとしている論理ですね。
ですからそこの裏の舞台まで考えるとですね、少し深い政策論が求められるかと思います。






ーー会見全てーー

会見本編↓
<会見・本題>「脱原発は選択の問題ではなく、不可避の現実である」
田坂広志氏11/2自由報道協会会見(内容書き出し)


質疑応答↓

<1.望まない被ばく>「今後何十年と極めて重い心の重荷を背負う事になる」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<2.放射性廃棄物>「国民の意識の成熟が問われる問題」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<3.立地自治体>「地元の経済的自立を図るための政府の支援」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<4.原子力の技術と輸出>「原発ゼロ社会にすると原子力技術者がいなくなる?」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<5.核武装>「『プルトニウムを減らすために大間を稼働しなければいけない』は詭弁」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<6.原子力規制委員>「何を言うよりも大切なことがある。誰が言うかだ」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)







<2.放射性廃棄物>「国民の意識の成熟が問われる問題」 田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)

11月2日に自由報道協会主催
以下は質疑応答の一部分です。


田坂広志氏 音声



質問:
今伺ったように
原発ゼロ社会とは選択の問題ではなく、不可避の現実であるという、
そういう事実の前で、これから日本は何をしなければいけないんでしょうか?
高レベル放射性廃棄物、使用済み燃料というのを、どうしたらよろしいんでしょうか?


田坂広志:
これも本当に重要なご質問なので、少し丁寧に申し上げるとですね、
これは直ちに非常に難しい現実に直面する訳です。

たとえば先程の学術会議の提言をふまえて、
「その通りだ」と考えて「長期貯蔵をやろう」と、
もしくは「暫定保管」という言葉も同じなんですけれど、
で、そこまでは仮に政府が方針を定めることはできるとは思うんです。やろうと思えば。

問題はその「長期保存の施設をどこにつくるか?」なんです。
「暫定保管施設」を。
これはもう極めて大きな現実的な問題にすぐに直面します。

つまり一般政策論としては長期保存します、100年でもやりますという事は簡単に言えるんですが、
じゃあどの地域に作るか?となった時に、
皆さんは今もうすでに、がれきの搬入ですらですね、
日本全国の地域の方々が、やはり非常に抵抗がありますね。

この抵抗を感じる方々に、特に私は被害があると申し上げるつもりはないんですけれども、
誰といえども、自分たちの地域に放射性物質で汚染された可能性があるものが持ち込まれることは、
がれきですら、やはり非常に心理的な抵抗があるのが現実です。

ただ、放射性廃棄物の専門家の目で見れば、
がれきはその中でも本当に軽微なものですね。
ほとんど汚染の無いものも含まれている訳ですから。
ところがそれですらこれほど強い社会的な拒否の気持ちが動く。

これから出てくる放射性廃棄物というのは、
もっともっと、大変な放射性廃棄物が出てくる訳です。


たとえば福島で汚染水を処理すると、極めて高放射能の廃棄物が今どんどん溜まっています。
あの解体をやると、外側の解体した建屋も汚染は結構していると思います。

いやそれ以上に、
最後の本丸の福島の原発、メルトダウンを起こした3つの原発というのは、
そのまま、世界に存在する高レベル廃棄物の中で、
最も扱いにくい厄介な高レベル廃棄物
です。
それがいずれ出てきます。

そして今ご質問の使用済み燃料。

こういうものが、もっと非常に危険度の高いものが貯蔵に向かう訳です。

もう一回申し上げますが、
一番軽微なものも貯蔵施設ですら今、日本中で受け入れるところがなかなか無い。
その事で政策が行き詰る。


私は「パンドラの箱を開けてしまった」と最初の本で申し上げましたが、
これは誇張ではないです。
パンドラの箱を開けてしまったがゆえに、これから次々と難しい問題が飛び出してきます。

それがこの放射性廃棄物の処分以前に、
貯蔵の場所すら見つからないという問題がこれから次々と出てきます。


この問題にどう処するかという事ですね。

あの、あえてもう一言付け加えれば、これは、解決策というのは、
政府が強権を発動して、「どこどこの地域」とやるわけにはいかない。
これはおそらく政策論的にはですね、一度国民的な議論にしっかりと付するしかないと思います。

つまり我々は放射性廃棄物がやっぱり近くに貯蔵したりする事は、
やっぱり誰といえども抵抗がありますが、
本当は我々がこうやって電力を使ってきた結果として生まれているものでもあります。
もちろん、
「原発推進は政府が勝手にやったんだろう」とか、
「電力が勝手にやったんだろう」という心情を持たれる方もういらっしゃるかもしれませんが、
現実に社会全体として原発を進めることによって生まれてきた廃棄物ですから、
国民全体として、この最後の貯蔵という負担をどう分かち合うかという議論からはじめないと、
あの、なにが起こるか?と言えば、
今存在しているところから動かせない。
従って、存在しているところが貯蔵場所、
最悪の場合は処分場所になって行くというような話になっていってしまうと思います。

その事も含めて、先程国民の意識の成熟が問われる問題が今目の前にあると申し上げた訳です。




ーー


核廃棄物の貯蔵


質問:
プレジデン社の石井と申します。
時間の猶予はどれ程ありますか?という質問です。
どこに貯蔵するか、国民的議論に付するしかないと先程田坂先生はおっしゃいました。
その議論によって、どこに貯蔵するという事を決めるまでの、時間的な余裕というのは、
我々に果たしてどの位あるのか?という、
時間的余裕というものがどれ位あるのかという事に関してお伺いしたいと思います。


田崎広志:
これもいいご質問だと思います。あの…ただ、まず理解すべきは、
今ですね、行政とか政策が動かない理由は何か?という事から申し上げたいと思うんですが、

政策がうまく動かない理由というのは、その…
原子力に於いて最も大切なものは何か?という事を行政が理解していないからです。

たとえば行政の方に
「原子力にとって大切なものは何ですか?」と聞くと、必ず二つの事をおっしゃいます。
「安全です」そして「安心です」と。
確かにその通りなんですが、実はもっと大切なものがあります。
「信頼」ですね。

つまり、どれほど日本の行政が、もしくは私が仮に、
「みなさん安全ですから、そして安心して下さい」って言っても、
この行政もしくはそれを言っている識者の田坂が信用できないとなればですね、
信頼できないとなった瞬間に物事は一歩も動きません

つまりこれを裏返して言うとですね、

政府としてある期間、
「国民のみなさん、今政策を進めていますのでお待ちください」という事が言えれば、
この期間は多少取れます。

ところがですね、この政府に対する信頼が無いとですね、
地元住民の方からすれば
「今すぐ何とかしろ」
「すぐに持ってけ、撤去しろ」という、
このたぐいのやはり非常に厳しい反応が出てくる可能性が非常に高くなります。
従って私はもう1年半前から申し上げているのは、
「今、行政が絶対にやらなければならない事は信頼の回復だ」と、
「これ抜きには一歩も進まない」と申し上げてiます。

いまの石井さんのご質問に対して、少し違った角度のお答えになってしまうかもしれませんが、
たとえば私が行政の責任者で、
「この貯蔵施設を作るのに10年はやはり必要だ」と、仮に思ったとしてもですね、
問題はその10年待っていただけるか?という事なんです。

それを本当にお願いして、国民なり地域の住民の方に
「こういう手順で進めていきますので10年間お待ちください」
これは仮に30年でも結構です。

それを納得していただくためには、この政府は、
責任を持ってこの約束を守る」とか、
言っていることに裏と表が無い」とか、
国民の命と安全を一番重視して考えてくれている」と、
これは
間違っても産業界の意向に沿って、虜となって動いている訳ではない
という事がしっかりと理解された時に、
こういう国民、もしくは住民の方々との話し合いが、比較的円滑に進む可能性があるわけです。


したがって、
とは言っても100年というオーダーで私は当然ないと思いますから、
10年とか30年とかというオーダーの中で、どれ位
地域の住民そして国民との、行政の間で合意ができるか、
このあたりがポイントであろうと思います。

ただし、福島の原発の廃炉だけでも、私は30年でもとても無理、
あれは普通の廃炉とは全く違う概念ですので、
高レベル廃棄物のかたまりをどうするか?という問題ですので、
その問題だけ見ても数10年、50年近い歳月は、最初から覚悟せざるを得ないです。

どこまでの猶予という意味が、テーマごとに違ってきますけれども、
そのことを付け加えておきたいと思いますが。



ーーー

処分に関して国民的議論を巻き起こすには?


質問:
東電株主代表訴訟のHorie Tetuoと申します。
今まで原発推進という事でやっていけば、推進すれば自然に止まるだろうというような事で、
さきほど、最初にありましたように、使用済み燃料をどう処理するか、
この事の論議というものが出てくれば、自然的に原発は止まるだろうというふうな話しがありましたけれども、
問題は、この使用済み燃料をどうするか?というこの論議をどうやってやって、その遡上に乗せるのか?
国民的論議にするのか?という事は、「なかなか今の状態の中ではない」というふうに思っておりますので、
たとえばですね、「東京に使用済み燃料を持ってくる」とかというような、
極端な意味で、「推進する意味でこういう事が必要ですよ」というふうな何かテーゼ的なものを、
何か案があって論議を巻き起こすものっていうんですか?
そういうものが何か、こう、お考えになる部分というものは無いでしょうか?


田坂広志:
これもいいご質問を頂きましたので、やはりお答しますが、
さきほど申し上げたように使用済み燃料というのは、
一回、「国民一人一人の問題なんだ」というようなですね、
その意識の流れを作らないと、なんか、
「うちはとにかく引き受けたくない」とみんなが言いだすとですね、
「たまたま今存在している地域にずっと押し付けることになる」という、
これはやはりやるべきではないんですね。

「東京に使用済み燃料」というのは、なかなか刺激的な言葉ですが、
そこまで明瞭な言い方でないにしても、
我々が電力の恩恵によくした結果発生している使用済み燃料については、
電力の消費の量に、過去の、
消費の量で、ある意味案分した形で、
正確に言うと原発に依存した電力の消費の量に案分した形で、
「それぞれの地方自治体が責任を持って対応すべきだ」というような政策論は私はあり得ると思います。

ただしそれは間違っても全ての県が具体的に何本ずつ持つという事ではありませんが、
そういう政策論から始まって、それぞれの自治体が、
じゃあ、その使用済み燃料を最終的にどうするか?ということで、
地方自治体ごとのまたいろんな議論をしていただくというプロセスを、
私は一回やるべきだと思います。


そうしないと、たまたま受け入れてない県だけは、都道府県は、
「うちはとにかく受け入れたくない」の1点張りで行けば、
この話は非常にイージーに、その県にとっては解決できますので、
従って場合によっては法律制度的に、
使用済み燃料については、全ての恩恵をよくした国民、そして自治体が、
「責任を持ってその最終的な貯蔵あり処分の問題を検討するというような考え方を出すことは、
私は考え方としては「あり」だと思います。

ただしそれを今直ちにやることは相当なパニックになりますので、
あくまでも政策論的な基本的な考えとして申し上げておきます。


もうひとつはですね、もっと具体的なレベルで申し上げると、
この今の原子力委員会そのものを今後どうしていくか?
原子力安全委員会は規制委員会に変わりましたので、とりあえずはひとつ区切りがついていますが、
原子力を推進する立場の原子力委員会が、
今後どういう組織になっていくか?
無くなるか?という議論が出てきます。

このあたりの文脈の中で、是非メディアの方にお願いしたいのは、
「原子力の推進計画」と呼ばれるものの中に、
必ずこの使用済み燃料の最終処分を含めたものを持って、推進なり利用計画と呼ぶんだという事を
常識として広げていただきたいという事です。


今まではその部分だけは「地層処分やります」の1行で終わりですので、
それに対して真っ向おっしゃっていただいたのが、学術会議。
これは明確な国の機関です。
正確には公的なオーソリティーですね。

そしてこの方々は政府からの正式の諮問に応じてですね、報告書を提出したわけですから、
これはどこかの学者の方々が集まって、なんとなく私的研究でやったわけではありませんから、
これを正面から政府が受け止めて、
「地層処分ができない」という前提で、
「どうするんですか?」という事を今後の原子力を仮にしばらく利用するにしてもですね、
その計画の中に入れるべきだと。
入って無いものは計画とは呼ばないと。
この国民的な議論を起こさせることかと思います。





ーー会見全てーー

会見本編↓
<会見・本題>「脱原発は選択の問題ではなく、不可避の現実である」
田坂広志氏11/2自由報道協会会見(内容書き出し)


質疑応答↓

<1.望まない被ばく>「今後何十年と極めて重い心の重荷を背負う事になる」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<2.放射性廃棄物>「国民の意識の成熟が問われる問題」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<3.立地自治体>「地元の経済的自立を図るための政府の支援」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<4.原子力の技術と輸出>「原発ゼロ社会にすると原子力技術者がいなくなる?」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<5.核武装>「『プルトニウムを減らすために大間を稼働しなければいけない』は詭弁」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<6.原子力規制委員>「何を言うよりも大切なことがある。誰が言うかだ」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)






<会見・本題>「脱原発は選択の問題ではなく、不可避の現実である」田坂広志氏11/2自由報道協会会見(内容書き出し)

自由報道協会
[日時] 2012年11月2日(金)15時30分(14時30分 受付開始)
[会見者] 田坂広志氏
[テーマ] 今後の原子力の課題について


この会見を偶然Liveで見ました。
田坂広志教授を初めて知りました。
その内容は、簡潔明瞭で、非常に分かりやすく、事実が見つめやすいものでした。
「原発ゼロ」ということは
それを誰かが選択する以前に、避けようのない現実であるという田坂先生のお話は、
今、原発が無ければ困るという人にも、即廃炉と言う人にも、
みんながきっちりと理解しておかなければならない事実なのだと思いました。

音声を取りましたので、そこから書き出しました。



ーーー
田坂広志氏11021

私もまず最初に自由報道協会の方にお礼を申し上げたいと思います。
私自身、あんまりこういうところにしゃしゃり出てくるような、話をなんですけれども、
今、日本で原子力の話がいろんな形で言われている訳ですが、
ほぼ、わたしの目で見る限り、極めて重要なことは、あまり議論されていないという印象があります。
メディアの方には一人一人いろいろとお話をするようにしているんですが、
やはり何かの理由があるのかもしれませんが、
原子力の問題で根本の問題に触れないような論調が多いように思われます。


そんな事を感じていました矢先に、自由報道協会の方から、
こういう場を使って何かのメッセージを出したらどうかという、
そんなお誘いをいただきましたので、
本当に感謝を申し上げながら、この場を務めさせていただくことにいたします。

私の経歴などについては今ご紹介を、
少し身に余るようなご紹介も含めて頂きましたので、本題に入ってまいりたいと思います。

で、私自身の経歴で、もう一回だけ申し上げておきたいのは、
私は原子力の、いわゆる原子力ムラと言われるところを。ま、20年間歩んだ人間です

これはもう、隠しようのない現実の私の経歴になって残っていることですので、
1970年に大学に入り、71年から原子力工学科に進学を決め、
そして、後に国立研究所に、アメリカの国立研究所に行くこともあり、勤める事もありましたが、
民間企業でのいろいろな原子力のプロジェクトにも携わって、
91年にその世界から、ま、離れたわけです。

離れた訳というのは、決して原子力について極めて強い批判を感じたからではない
これも正直に申し上げておきます

むしろ、自分のやるべきことはもうやった。
後輩の皆さんが本当に優秀な方々がいらっしゃるので、
これからは世界で最も安全な原子力を実現してもらいたいという気持ちを持ち、
同時に私自身、それ以外の自分で取り組んでみたいシンクタンクという、
やりがいのある仕事がありましたので、そちらに向かったわけです。
これが91年ごろですね。

そしてこの20という数字に意味があるのか分かりませんが、
20年原子力ムラで勤めた人間が、働いた人間が、
20年離れて、2011年、何故かまた原子力の世界に戻ることになってしまったわけです。

私はこの事故が無ければ
かりにそれなりの高い立場、たとえば原子力委員長とか、そういう立場でお誘いいただいたとしても、
戻る事はなかった人間かと思います

ただ、あの3月11日の事故の後、
一人の市民としてまずはあの事故を見ながら、
なぜSPEEDIが動かないか?
実は、SPEEDIのような環境安全に関わるシュミレーションは私の専門でもありましたので、
あのSPEEDIをかいするために、ま、国費を何百億円も使い、何年もの歳月を使って作ったものが、
一番必要な時に動かないという現実も見ながら、
本当に福島の方々の事にも、やはり、これはどうなっていくんだろうか?という思いながら、
外から政府に対しては、いくつかの提言をしておりましたが、

結局29日、内閣官房参与として、政府の仕事を手伝う。というよりももう、
東京電力と経産省、保安院そして官邸。
この方々とこの事故対策に取り組むという日々が始まったわけです。

で、5カ月と5日勤めて内閣総辞職とともに内閣官房参与を辞任する事になりましたが、
5か月の前半は、やはりこの事故対策、
やはり事故対策だけではもう、私自身が進めるべきことは十分ではない、
原子力行政の改革にも取り組むことになり、
さらには原子力政策、現在話題になっている原子力脱原発依存という、
こういう政策論にも関わることになったわけです。

で、まぁこういう立場の人間ですので、
原子力ムラの裏も表も、率直に申し上げればよく分かっております

その意味では、
何か運命的にこの世界に戻って原子力行政と原子力産業の改革という事を論じざるを得なくなった時に、
かつて私が見てきたことが何かの意味があるんだろうと思って、
今、ささやかな活動をしております。

とはいえ、僕の経歴はもう十分にご理解いただいたと思うので、
実は今日申し上げたい事、時間さえあれば、もう、いくつもありますが、
今日はたった一つ、是非とも多くの国民の方々に伝えていただきたい事を中心にお話をしたいと思います。

最初に結論を申し上げます。

よくこの間に政府が、原発ゼロ社会、30年代という事も述べて、
いろんな意見を、批判もあるようですが、
いずれにしても原発ゼロ社会を目指すというビジョンを出したわけです。

で、この原発ゼロ社会というものについての論調がですね、
今回閣議決定がされなかった事がどうかという次元の話はさておいてですね、

私が一番気になるのは、
原発ゼロ社会はみなさん選ぶんですか?という論調が今非常に広がっています。
特に原発を推進するという立場の方々から、
「原発ゼロ社会などを選んだら、この国の経済はおかしくなりますよ」
「電力料金は2倍になるし、雇用も減るし、海外に企業が行ってしまいますよ」みたいな事をおっしゃいます

この議論が正しいかどうか?という事をも、ま、あるんですけれども、


それ以前に私が一番申し上げたいのは、
今この時点に於いて原発ゼロ社会というのは、
政策的な選択の問題ではありません。



つまり、ゼロ社会を選ぶんですか?選ばないんですか?という選択問題ではありません。
これは不可避の現実だという事を申し上げています。


つまり、立場が推進であろうが反対であろうが、
なんであろうが関係なくやってくる、
もう避けることができない現実になっているんだという事を
一人でも多くの国民の方に理解していただきたいと思います。


先ほど申し上げたように私は原子力の世界を歩んだ人間です。
特に感情的に原子力をつぶしたいと思っている人間でもありません。

ただですね、専門家として、今現実のこの状況を見た時に、
もう原発は推進反対に関係なく、
必ず止めざるを得なくなっている状況になっているという事を、
まず、直視するべきだと思います。


よく、原発脱原発の議論に対して、
「そういう非現実的な話しはおかしい」という方がいらっしゃいますが、
いったい誰が非現実的であるか?という事も少し考えてみる必要があると思います。

今、全ての国民、そして政治家、官僚、財界の方が直視しなければいけない現実を見ていないのは
むしろ、もしかしたら財界の方や行政の方ではないのかという印象が私の中にはあります

その事を申し上げたうえで今から、短い時間ですので、ポイントを申し上げたいと思います。


「原発の未来をめぐる7つの誤解」と、あえてつけさせていただきました。

第一の誤解。
この話は今要点を申し上げましたが、ここに書いてあるのは誤解の認識です。
私の認識ではありませんが、よくこういう言葉を聞きます。

福島の経験に学び、原発を世界でも最高の安全を実現しよう」と。
そうすれば原発は再稼働をし、今後も使っていけるというような論調ですね。

もしくはこういう言葉もよく聞きます。
最近の原発は最高の安全対策が行われているんですよ」と。
「福島で原発事故を起こしたけれども、あれはまァ車に例えて言えばT型フォードのような古いタイプですよ」
と。
「今の世界の原発日本の原発最新鋭のものはフェラーリのように最先端の技術が使われていますよ」
ということがよく言わます

この事をもって先ほど申し上げたように
福島の経験に深く学んで最高の原発をつくっていけば、
「いやこれは使っていけるんだ」という論調があります。

ただここでですね、深く見つめておくことがあります。

「そもそも原発の安全性とは何か?」という事ですね。

というのは、良く総理も海外などのいろいろな場で、国際的な会合の場で、
「世界でも最高水準の安全性を実現する」というような事をおっしゃいます。
で、その考えは全く私も賛成です。

ただですね、ここで言う安全性の意味をすこーし誤解されているように思います。

原発の安全性というのは技術的な安全性だけではないんですね。

つまり、
津波対策はしっかりやりました。
さらには電源喪失についてもちゃんとバックアップをやりましたということをもって、
「原発の安全性は極めて高いレベルになりました」ということは、
実は一面にしか過ぎないわけです


本当の原発の安全性というのは、
人的・組織的・制度的・文化的安全性の事です。


これは、是非皆さんのような報道の立場に立たれる方に、
是非、世の中の常識として広めていただきたいと思うんです。


というのはですね、世界の原子力施設の事故というのは、私も専門ドクター論文を書くなかで、
これは随分学びました。

世界の原子力の事故の大半は、その原因は、ほとんどがヒューマンエラーなんですね

一番最初の人身事故と言われるアイダホホールズのS1事故も含めて、
人間のヒューマンエラーです。

このヒューマンエラーというのは人間のミスだという事で、すぐに、まぁ
「だったら人災の訓練、スタッフの訓練をちゃんとやろう」みたいな話になる面もあるんですが、

実はヒューマンエラーと言われるものは、その背後にもっと広い問題が横たわっています。
これを私は人的組織的制度的文化的要因と呼んでいます。

で、一つの分かりやすい例を申し上げると、
分かりやすいというには少し辛い例なんですが、
JCOの臨界事故があったわけです。
これはもう皆さんご存じの世に東海村で臨界事故が起こった。

この施設で事故が起こった時、わたしは東京で仕事をしてたんですけど、
ある会合にあったんですが、
この事故の情報が届いた。
「東海村のウラン転換工場で臨界事故が起こった」
聞いた瞬間に私はこう申し上げたんです。
これはもう忘れもしないですけれども、そこにいらした会合のメンバーに
これは誤報です」と。

私は実はウラン転換工場と同じタイプの工場で働いていましたので、
その工場の設計についてもよく分かっております。
したがって、周りの方に申し上げたのは、
「これは誤報です、あの手の施設はもう、・・たとえば作業員が右に回すべきバブルを左に回したとか、
その程度の事で事故が起こらないように、臨界事故など絶対に起こらないように
そういう設計がなされているんです。だから、・・臨界事故というのは誤報です」と申し上げた


ところが…事実はご存じのように、実は臨界事故が起こっていた訳です。

それをよく調べてみると、これも私は驚いたんですが、
ウラン溶液は本来タンクからタンクへパイプで送液しなければならないものをですね、
作業を急いだ作業員が何故かバケツで汲みあげて注ぎ込んだ訳です。
その瞬間にチェレンコフが見えたといいますから、紫色の光が見えた。
これが見えた方は本当にお気の毒ですが数時間で死亡します。
その死に方も人間の死に方としては一番辛い、全身の細胞が崩壊するような形で亡くなっていくわけです。

で、この悲劇については論じる場面ではありませんが、
何が問題か?と言えばですね、この作業員は、確かにエラーをしたわけです。
でもこの事が先ほどの人的組織的制度的文化歴問題に必ず繋がります。

単に「この作業員がミスをしてしまった、残念だな」では終わらない。
そもそもこの作業員に対する教育訓練はどうなっていたのか?
さらには監督責任者はどこにいたのか?という、人的組織的な問題になります。


さらには何故作業員がこれほど急がなければならないほど、
そういう雇用制度の問題は無かったのか?制度面ですね。
職場の安全文化はどうだったのか?こういう問題があるわけです。

したがって、皆さんに是非お願いしたいのは、
この福島の事故もですね、どうも世の中この1年半見ていると、
「安全か安全でないか?」という事を論ずるときにですね、
実は反対派の方も含めてですね、技術的な面のところで議論することが多いんです


たとえば「電源対策はちゃんとできているか?」
これはもう、重要ですよ、もちろん。
「津波対策は十分か?」
これも非常に重要ですが、
本当はもうひとつ非常に強い質問をしなければならないんです。

あれから1年半たって、あの福島の事故を起こした、
人為的組織的制度的文化的要因については、本当にきちっとこの解決策を取られたんですか?

ということですね。

これは、国会事故調査委員会が、福島の事故は人災だったという事をハッキリと指摘していますね。

この人災というのもどこかの政治家が一人、
何か間違った判断をしたという次元の話だけではないと思いますね。
むしろ、官僚機構、本来こういう場面で動くべき官僚機構がちゃんと機能しなかった。
SPEEDIもそうですね。
それ以外にもいろいろと問題がありますが、

これを誰か個人を攻めろという意味ではなく、
組織全体の持つ「なぜ、安全が求められる場面でその機能が果たせなかったのか?」という事に
メスを入れなければならない。
にもかかわらず、今なにが起こっているか?というと、

みなさん、1年半たって、原子力行政の改革って、何が行われたんでしょうか?
それ以前に、そもそも「組織のここに問題があった」という事がですね、
どれほど行われたのか?
という事をやはり論ずるべきだと思うんです。

たとえばですね、国会事故調査委員会が、
規制当局は電気事業者の虜になっていた」ということをかなり率直に指摘された訳です。
これは、私も原子力ムラに長くいた人間として、あの・・その通りだと思います
あの・・これは事実ですね。
そして国民の多くも「もう、それはそうだろう」と思っているわけです。

では、その虜となった原子力規制組織が、今、どう変わったか?という事を見つめてみたいんですけれど、

おそらく行われたことは原子力規制委員会がメンバーが新たに選任され、
組織としての看板が変わっただけのことだろうと思いますね。

その下にある原子力規制庁については、
スタッフの8割は、原子力安全保安院です。

それがそのままスライドしてきているわけです。
つまり原子力保安院が虜になっていたという文化的な問題があったとすればですね、
それが、そのスライドしてきた組織は何を持って、この虜となっていたその構造が変わったのか?
というところに対するメスが入っていないんですね。


ただその時に行政の側の説明はたった一言で、
ノーリターンルールを導入した」と言っています。
つまり、「元の経産省、保安院には戻れない。
そのルールでみんな骨をうずめる形で新しい規制庁の方へ行っていますので、
「みんなそこで心を入れ替えて頑張るでしょう」という事を言っているわけです。

これも100%信じることがなかなか難しい面があるんですが、
この論理ですら、最後に法案が通る時に、経った一行入ってきてしまったわけです。
5年間の猶予条項」ですね。
つまり、これから5年間は元に戻れる。
元の組織に戻れるという条項が入ってきてしまっているわけです。

私はこれは、最後の最後まで反対したんですが、入ってきてしまいました。
これがなにを意味しているか?

みなさん一つの組織を魂込めて、みんな心を入れ替えて作り上げなければいけない。
その文化をゼロからつくらなきゃいけない、その最初の5年間が、
これは我々がその立場で同じ思いになると思うんです。
誰といえども本省で出世することをみんな求めて、
王道を歩むことを求めて省庁に入ってきたわけですから、
そこから外れてノーリターンと言われることは辛い。
戻れるとなれば常に本省の方を意識しながら仕事をするのは人の心のこだわりではないでしょうか。

そう考えるならば、こういう行政の改革のように見えること、
私は「本当の改革なんだろうか?」という事を言わざるを得ないんです。

そして、原子力行政、原子力産業、
ま、産業の何が変わったのか?というのは、
今日は時間がありませんので一応考えていただきたいと思います。

東京電力は半分国有化されたような状態になっただけ、それ以外は何も変わっていない訳です。
従って、今  について申し上げました。


2番目の誤解
後は本当に手短に申し上げたいと思いますが、
原子力規制の改革を行い、絶対に事故を起こさない安全な原発を開発すれば、
原発の利用を進めていくことができるという、
この言葉がよく語られます


先程の問いをもう一度、
原発の安全性とは一体何なんでしょうか?

これは、原発の安全性とは原子炉の安全性の事だけではない訳です。
原発の安全性とは今日本で取っている政策である、核燃料全体の安全性の事ですね

そして、核燃料サイクル全体の安全性というのは、
再処理工場と高速増殖炉の安全性の事だけでもないんですね。

これもよく反対の方もちょっとここでストップしてしまう方もいらっしゃるんですけれど、
増殖炉が安全であることは大前提ですが、
仮に再処理工場も原発も高速増殖炉も絶対に事故を起こさないものができたとしても、
全く問題は解決していません。

なぜなら、核燃料サイクルを実践するための最大の課題というのは、
高レベル廃棄物と使用済み燃料の最終処分だからです。


そして、これはもう昔からトイレ無きマンションという批判が投げかけられてきたわけです。

で、実は私自身の経歴は、
1971年に原子力工学を選び、そして原子力の専門を選ぶ時に、テーマとして選んだのは、
周りの優秀な友人たちはみな
高速増殖炉とか再処理工場、再処理施設、さらには核融合を選んでたんですが、
わたしは少し違った視点から、高レベル廃棄物の最終処分の問題を選びました

その理由は、あの~、今となっては懐かしい自分の姿ですが、
原子力の未来に夢を抱いていた一人の若い研究者として、
原子力を実現するために一番大きなネックになるのは、結局、このゴミが捨てられない。
廃棄物の処分ができないんだという事を、考えてこの問題に取り組んで、
ドクター論文の高レベル廃棄物の最終処分というものを研究したわけです。

そして、のちに民間企業に出ても、政府の外郭団体でこの研究を、現場での臨床実験もやりました。

いわゆる堀野辺とかそういう名前が上がるような場所ですね。
そして、アメリカの国立研究所に行って、世界でも最も有名な高レベル廃棄物の処分研究、
処分プロジェクト、ユッカマウンテンプロジェクトにもメンバーとして参加しました。

日本でも低レベル廃棄物は六ヶ所村でも処分施設はその設計、安全審査にも携わりました。

言わば放射性廃棄物の専門家としての20年間を歩んだわけですが、
あのー、この問題はいまだに解決していません


というのはですね、3番目の誤解ですが、
こういう議論になると推進される側の方は、これはかつての私もそうですが、
高レベル廃棄物は地層処分ができるだろう」と。
国の計画も今は再処理工場で、使用済み燃料を全部ガラス固化体へと、ま、廃棄物をしっかりと固めて、
それを、30年から50年貯蔵したうえで、これを地下深くに、
今は300メートルより深いという事になりました。
私のころは1000メートルよりも深いという数字だったんですが、
いつのまにか300メートルになっていますが、

「深い、安定な、地下水の移動の少ない岩盤中に埋めればいいんだ」という事を言う訳です。
今の政策も公式にはこうなっています。

ところがですね、私がずーーっと、研究者として格闘し続けたテーマは、
10万年の安全をどのようにして証明するか?という事です。

この10万年の安全というのは、これもみなさんよく聞かれると思いますが、
使用済み燃料というのは、何を持って10万年と言われるか?と言えば、

もともとはウラン鉱床を地下深くから掘り出してきて、それを燃やしてすごい放射能になる。
それを最後地面の深くに埋めるとすれば、
元のウラン鉱床と同じくらいの毒性にまで減衰すれば、これで安全と言えるのではないか?

比較的理解しやすい考え方ですが、
この考えに基づくと10万年かかります。
高(低?)レベル廃棄物の場合には数万年です。

いずれにしても、
現在の科学ではこれは証明できないというのが私の20年間の研究で悩み続けたことです。

で、ところがですね、もうひとつのセプテンバー・イレブンと私が呼んでいるんですが、
今年の9月11日に皆さんもご存じのように日本学術会議が提言書を出したわけです。

これは、正式な報告書を原子力委員会に出したわけです。
で、日本でも最高の権威が三つの事をおっしゃったわけです。
日本において地層処分を行う事は適切ではない」とハッキリおっしゃったわけです。
その理由は先ほど申し上げた現在の科学では10万年の安全は証明できないという、
これは、あの、原子力を推進するためにこのテーマに取り組んできた一人の人間が正直に申し上げれば、
おっしゃるとおりです
これはもう、正鵠を得た指摘としか言わざるを得ないのです。

この事についてはNHKがしばらく前にクローズアップ現代で、
非常に分かりやすくこの事を解説されていたと思いますが、
たとえば今まで地層処分ができるという論理は、
地図を広げて活断層がない地域を全部マッピングして、
活断層の無い地域がこれ位あるから、そこに埋めれば大丈夫だという論をしていたんですが、
実は活断層が無いところでも地震が起こったという事を
NHKは、あの番組で示しました。

そして、地下水の速度が非常に遅いということを論拠としていた地層処分ですが、
これも福島ですか、地下水がある、地震が起こった後にもう、
毎分4リットル出て、1年半たっても地下水が止まらないという状況まで紹介していましたが、
分かりやすく言えば、まだ現代の科学で分からないことが沢山ある。
という事を分かりやすく説明されたと思うんですね。

その事を持って学術会議第一の提言ですが、

第二の提言は、したがって地層処分はするべきではないし出来ない
従って数10年から、数100年です。

こちらの数字の方が重いと思います。

そして、現実にはこちらの数字の方が、我々が直面する問題になると思いますが、
暫定保管をするべきだと、

つまり長期貯蔵をするべきだという事を指摘したわけです。
これも論理、必然的にそのような話だろうと思います。

で、実は世界の主要国の政策をみなさんご覧になると、
アメリカもドイツもフランスもイギリスもカナダも
どこも、一応地層処分をやるという建前で政策はつくられていますが、
よく読まれるとその手前のところに、
長期貯蔵ができるような政策論になっています。


フランスの場合には可逆的処分なんていう言葉を使っていますが
分かりやすく言えばいつでも取り出せる。
貯蔵ですよね。


ですからどの国も処分ができなくなるという事を想定しつつ、公式には認めず、
ただし、いざ、もう処分ができずに長期貯蔵が永遠と続く場合にも
数百年位はできるような体制に入っているのが現実です。

ただし日本は学術会議がそれを堂々と明確に指摘されたというところが、
ある意味では一つ世界から注目される部分かと思います。



で、3番目の提言が従って、長期貯蔵をせざるをえなくなるとすれば、
捨て場所の無いゴミがどんどん出るわけですから、総量規制をするべきだ。
これも、もう常識の範疇だと思います。

捨て場所が見つからないのであれば、とにかくゴミをどんどん出すわけにはいかない。
従って、いま1万7000トン存在するといわれる使用済み燃料を、
仮にですけど、2万トンとか、仮に仮に3万トン、
で、もう打ち止めにするという事をやらざるを得ないわけです。

そうすると当然のことですが、
総量規制を行わざるを得ないという事は、
「原発に依存して電力を供給していく」要するに原発を稼働させるという事は、
この一点からの理由で、限界がやってくるという事です。


従って、最初に申し上げた、
原発に依存しない社会、もしくは原発ゼロ社会というものは、
政策的な選択の問題では、もはや無くなっています

これは不可避の現実と言わざるを得ないです。

で、一言付け加えれば、
廃棄物の方策の問題をまっとうに考えずに、
工場を操業しているのは原子力産業だけではないでしょうか。



後はもうほとんど一言だけで申し上げますが、
今申し上げたのは、もう一度言葉で申し上げれば、
「選択するか否か?」だというのは選択の問題ではない。
これは、「依存できない社会がやってくる」ということですね。


で、もう一つだけ付け加えておくと、5番目の誤解というのは、
ここまで議論しても尚、

「いや、でも例の消滅処理とかというのがあるそうじゃないですか」
「高レベル廃棄物は原子炉の中で燃やすことができるそうじゃないですか」
「なくなるまで燃やしてしまえばいい」
「もしくは宇宙処分というのがあるそうじゃないですか」

これも私も20年研究し続けました。
宇宙処分」はまず、あの瞬間に宇宙処分は無理だというのが世界の常識になりました。
チャレンジャーの爆発ですね。

それから「消滅処理」というのは原子炉の中で燃やし続けるという事で、
わりと素人の方は簡単に「それができるそうじゃないですか」とおっしゃいますが、
大きく二つの問題があります。

ひとつは、エネルギーバランスがそれでとれるんですか?
それから、コストはどれくらいかかるんですか?

という問題。
これは相当重い問題だと思いますが、それ以上に重い問題は、

消滅処理は、・・・これもちょっと長い時間がとれませんので一言で申し上げれば、

原理的に重元素、
重くて半減期の長いものを中性子をぶつけて、
これを軽くて半減期の短い元素に変えるという概念
なんですが、

じつは、核物理学で研究をすると、

この中性子を当てて壊れた後にですね、
実は、軽くて長半減期の放射性物質が出てきてしまいます。
これはテクネチウムと呼ばれる元素ですが、これが実は一番悩ましいです。

つまりこれ以上壊しようがない。
だけれども、極めて長半減期のものになるという。

ですからあんまりこういう事をイージーに原発を進める事の根拠として語ることには私は慎重です。


そして、「未来の世代がどうせ解決してくれるよ」というのも、言葉の使い方の問題だと思いますが、
現実に学術会議が真摯な姿勢で提言されているのは、
「未来の世代の科学の発達や技術の発達に期待せざるを得ない」という事を
謙虚におっしゃっているわけです。
しかしこれをあまりイージーに逆手にとって、
「未来の世代が解決してくれるよ」という事で原発を進めるというのは、
わたしは姿勢として「似て非なる姿勢」だろうと。

これはもう明らかに世代間倫理の問題になります。

地層処分をやって、埋めて、もし地表に汚染が戻って来るとしても、100年以上先だと思います。
ここにいらっしゃる方は私も含めて、我々の世代の方が被害を被ることはないだろうと思いますが、
だからこそこの問題は非常に成熟した国民の判断が求められる。


原発そのものは現在の国民にも被害が及びますけれども、
廃棄物の処分は、我々がほんの少し無責任になればやれてしまう政策的な課題だという事が、
私はむしろ非常に怖いと思います。


国民一人一人の意識の成熟が、実は今求められている。

だからこそ、国民の意識の成熟という事は、これは私自身も問われていると思いますが、
メディアの方々もまた、国民がまっとうに考えるべきテーマを、深く問うていただきたい。
これは数百年を超えて、ま、10万年とまでは言わないですけれども、
未来の世代に非常に難しい問題を先送りする政策なんだ」という事。
その事を申し上げてまずは私からの問題提起とさせていただきます。




質疑応答ーー


<1.望まない被ばく>「今後何十年と極めて重い心の重荷を背負う事になる」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<2.放射性廃棄物>「国民の意識の成熟が問われる問題」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<3.立地自治体>「地元の経済的自立を図るための政府の支援」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<4.原子力の技術と輸出>「原発ゼロ社会にすると原子力技術者がいなくなる?」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<5.核武装>「『プルトニウムを減らすために大間を稼働しなければいけない』は詭弁」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<6.原子力規制委員>「何を言うよりも大切なことがある。誰が言うかだ」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)






<1.望まない被ばく>「今後何十年と極めて重い心の重荷を背負う事になる」田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)

11月2日に自由報道協会の主催で行われた田坂広志の会見を拝見しました。
以下は質疑応答の一部分です。
被ばくしたことによる国民のさまざまな苦悩に対し、
先生はご自身の経験を踏まえてお話しして下さいました。
その内容は私自身とても同感するものでした。
その部分を書き出します。

2012年11月2日 自由報道協会主催
田坂広志氏 質疑応答より(音声)



質問:
放射能の人間に対する影響という問題なんですが、
今現在、肉体的・精神的両面にわたって、
様々な苦悩、苦痛というものがあるという事が伝わってきています。

低線量被ばくとか、内部被ばく被害、
そういうものが公には認められていない現状がありまして、
避難勧奨地域というような形で、
線量が高いという事も認められない状態のまま汚染地域にいる福島の人達、
それから福島以外の東京にもそのような場所がありますが、
そういう人たちの苦悩、それを救う道というのはあるんでしょうか?
その辺をお聞きしたいです。


田坂広志:
これも本当に深く大切なご質問だと思うんですね。
で、あの、これほど多くの方がいろいろな検討をされて、
なかなかに、あの…
福島の方々を始めですね、被害を受けられた方々の苦しみというものがなくならない訳ですから、
何かうまい妙案があるという事は当然申し上げられない訳です。

ただ、一つ私は、政府と行政がしっかりと理解すべきことがあると思っています。

つまりその苦悩というものが存在し、それがどういうものなのか?という認識が、
私は残念ながら「甘い」と思います。

というのはですね、
この福島で放射性物質が環境中に広まって、量のレベルは、高は別としても、
被ばくをされた方々の被害とは一体何なのか?」という事がですね、
極めて狭い範囲でしか議論されていないんですね。

それは何なのか?と言うと、
基本的には健康的被害というレベルでしか議論されない訳です。

健康的被害というのは、分かりやすく言えば、
「これ位、なんミリシ-ベルト浴びたから、これ位浴びると将来どの位癌になる可能性があるか」とかですね、
もしくは「基準から見て十分に低い」とか、
基準から見て「無視していいレベル」だとかといういろんな議論があるわけです。

この議論の基本はどこまでも
「健康被害は起こりませんよ」とか、
「いや起こるんじゃないか」というところで議論している訳です。

ところがですね、
実は福島の方々の受けている被害というのは、
もちろんこの後健康被害が出るかでないか、これはもう本当に、
このあと我々は本当に祈るような思いで見守ることになるわけですけが、

実は健康被害だけではないんです。

心理的被害があるという事を私はずっと申し上げているんです。

それはどういう事か?と言うとですね、
基準値より下であろうがなんであろうが、
自分の意図せざる、そして全く、受け入れるつもりなど全くない被ばくを受けた方にとってですね、
それから後の何十年というのは、極めて重い心の重荷を背負う事になるんです。


この意味が分かる方が、残念ながら行政の方に少ないような気がします。
政治家の方にも少ないような気がします。

むしろ、
「今基準以下なんだからそんなに騒がない方がいい」
「これ位の基準では発がんは起こらないよ」と、
「さぁ、大丈夫なんだ」って、
「あんまりそういう事を言うもんじゃない」という、
こういう議論があります。

一面の一つの考えではあるんですけれども、
私のささやかな経験をあえて申し上げます。

私は若いころ、自分自身が意図して、つまり自分が求めて原子力の研究に携わった人間です。
そして私は研究者の時代はずーっと放射性物質を扱っています。
ただし、
放射線管理の手帳も持ち、
毎日きちっと線量を測りですね、
そして管理区域と呼ばれるしっかりと管理されたところで、
性質もよく分かった放射性物質を扱って、何がしかの被ばくをしています。

これも国内法の基準とICRPの基準から見ても十分に無視できるほどの、
無視とは言いませんけれども、許容できるレベルの被ばくです。

そして私はその分野の専門家です。
放射線健康管理学を、つまり放射線管理をやるのを専門にした人間ですから。

その専門家の立場で、私は若い頃に被曝をして、
実はそれから10数年たって、放射線被ばくが原因となっても起こり得る病気
大体お分かりになると思いますが、…に罹ったんですね。

その瞬間に私はやっぱり…ものすごい辛い…心の、その、苦しみの経験があるんです。

私は誰よりも、そういう被ばくがどれ位人体に影響を与えるかについては良く、
一番よく分かっている人間です。

そしてその理性の方は、
「これ位の被ばくで、そんな病気になる筈はない」という事も分かるし、
「それが起こるとしても確率は非常に低い」と思うんです。

でも現実に病気になった瞬間には、やっぱり人間というのは
「あれが原因じゃないか」と思って苦しむんです。


しかし私の場合は自分で、その…分かって被ばくした人間です。
しかも管理区域で、放射線現場で線量までしっかり確認した人間ですよね。

福島の方は、全く管理などされていない、突然放出された量も分からない放射性物質で、
自分で意図せず、好むことを全く、好んでやったわけではないんです。
むしろ逃げようと思って被ばくしてしまっているわけです。


どれ位被ばくしたかの記録も残ってない。
ただ被曝したという事だけが非常に明瞭に出てくる。

それをいっくら基準値から見て、
「これ位ですから大丈夫です」と言われてもですね、
もちろんそれはしっかりと示して差し上げるべきだと思いますよ。
きちっと分かっている情報は伝えて差し上げるべきだし、
それが医学的に見てどれ位のリスクかは、それも正確に伝えて差し上げるべきですが、
間違っても、
「あなた基準値がこれ位だから発がんの確率は非常に低いですから心配しなくてもいい」と言って
済ませられる話では、本当は無いんです。



どうしてか?と言えば、
我々ここにいらっしゃる方も含めて、
これから数10年間の間に3人に1人は、あの…癌になられる訳ですね。
あの…癌で亡くなられる訳です。
そうするとですね、皆さん考えてみて下さい。

今、無用の被ばくをされて、そして
「基準値以下ですよ」と言われたとしてもですね、
何十年か先に癌になった時に、人間は必ずその事で苦しみます。

もちろんみなさんレントゲンも受けていらっしゃいますから
被ばくで言えばそっちの方が多いかもしれませんが、
人間の心理というのは、
自分で受け入れたリスクについては比較的心が許容してしまうんです。
でむしろ、
仮に私が突然皆さんにある状態で被爆をね、するような状況にしてしまった時に、
「俺はこんな被ばくはしたくなかった」という思いがあるときは、一番辛いです。

やはり人間ってそういうものですよね。
自分で受け入れたリスクの結果出てきたものというのは
比較的人生の中で心が受け入れることができるんですが、

受け入れたくなかったものが自分にリスクをもたらしたのではないか?
健康被害になったのではないか?と思う時の苦しさというものがあります。

もちろんこの事を申し上げたからと言って、解決策を申し上げている訳ではないんです。
ただですね、私はやはり、
「福島の方々の、まさにこの苦しみという事に対してどう思うか?」という質問を頂いたとすればですね、
まずその、心の苦しみ、
心理的な被害というものを深く受け止めるというところから行政はスタートするべきだ
と思います。

これは、今のご質問に対する一番大切な私のお答えです。





ーー会見全てーー

会見本編↓
<会見・本題>「脱原発は選択の問題ではなく、不可避の現実である」
田坂広志氏11/2自由報道協会会見(内容書き出し)


質疑応答↓

<1.望まない被ばく>「今後何十年と極めて重い心の重荷を背負う事になる」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<2.放射性廃棄物>「国民の意識の成熟が問われる問題」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<3.立地自治体>「地元の経済的自立を図るための政府の支援」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<4.原子力の技術と輸出>「原発ゼロ社会にすると原子力技術者がいなくなる?」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<5.核武装>「『プルトニウムを減らすために大間を稼働しなければいけない』は詭弁」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)


<6.原子力規制委員>「何を言うよりも大切なことがある。誰が言うかだ」
田坂広志氏11/2自由報道協会記者会見(内容書き出し)