クローズアップ現代「福島全県民被ばく調査不安解消できるか」8/3

たった今20011年8月5日午後7時半のクローズアップ現代

途中からですが思い立って内容少しだけ書き出してみました
福島市川又町の住民の方が内部被曝を測った話です
それに対して明石氏はどのように人々に伝えるべきかと悩んでいました
ただ、番組では
「しきい値は無い」と言うECCRの報告には一切触れず
100ミリシーベルト以下は分からない。もしくは安全だという方向で放送していました。

実は・・・私はブラインドタッチができなくて(。♋ฺ‸♋ฺ。)ウルウル
キーを押すのが遅いです
しかもパソコンが古いので変換もめちゃくちゃで出てきます
なので・・・追いつくスピードが遅いから部分的な内容ですが・・・
番組に出た専門家の方の名前が知りたかったということもあります
中途半端かな(。◔‸◔。)??
大体こんな感じでした



・・・・・・・・・・書き出しここから・・・・・・・・・・・・・・・・・

100ミリシーベルト以下なら安全との報道がある

内部被曝のけんさをした川又町の人に
明石真言 (独立行政法人放射線医学総合研究所)
「わずかだから安心だ」

ースタジオー

斉藤 紀(わたり生協病院医師)

調査の眼目な子ども達の甲状腺がんのため
視点は不安の払しょく
福島にいて患者と接して切にそう思う
けれど被害の実態調査に立たなければならないと思う
被災した人の積極的な協力も得なければならない
どのように作られていかなければならないか
この調査の基礎工事が大事だと思う


ーVTR-

将来の不安にどうやって向き合えばいいのか
行動記録を付ける人々がいます

飯館村の住民佐藤健太さん
南相馬。今も高い線量
118μシーベルト

他の住民と動き始めた
行動記録手帳を作りたいと考えて手帳を作った

原発事故以降1年間どこにいたかを書きこみ、万一病気になった時被ばくとの関係を明らかにするために
自分で自分の身を守らなければならないと思ってきた
しかし、手帳に関して
住民からの抵抗がある
被ばくの事実と向き合うのが恐いという

どうしたらいいのかと佐藤さんは講演会に行った
広島で被爆した佐久間邦彦さん講演会を聞いて
60年以上被ばく者として生きてきた経験を福島の人に役立てようと思った

佐藤さんは講演会の後で、手帳を佐久間さんに見てもらった

佐久間さん:被ばくしていると結婚できないとか
そういう面では不安がある
私が開き直れたのは被ばく者なんだと言うことを明らかにすることで前向きになれた


正面から向き合わないといけない都いけないのだと思った佐藤さんは
新たな一文を手帳に加えた

「前向きの生活につなげていけますように」

被ばくしたことへの決意です


ースタジオー

斉藤 紀(わたり生協病院医師):
真正面から受け止めなければいけないという活動
こうしなければ自分の健康を守らないという行動に建ったと言う事に感銘を受けた
この4カ月被曝によって内向きに閉じ込められた事を突破する行動だと感じた


問いかけた事は
多くの方と語り合い何故自分が被ばくしたのか
何故言っぱつがそこにあり導入されたのかを捕まえる一歩だと思う

線量の多い少ないは大事だが
線量自体を自分で見つめとらえ踏み越えていって欲しい
サポートするのは行政であり科学者であり仲間だと思う

茨城県東海村の村上村長「原発は危険が大き過ぎる」と脱原発へ。

茨城県東海村の村上村長が
「住民の命より原発推進政策を維持すること、経産省や東電を守ることが優先された。まるで戦前の軍部のようだ」
と、発言しました。

東海村は1999年の事故からずっと不安な思いを抱いていたのですね
今でも毎年健康診断を行っているそうです
村上村長を支持します。


東海村・村上村長、脱原発を改めて表明

TBS(02日19:37)

1999年にJCO臨界事故が起き、現在も原子力発電所を抱える茨城県東海村の村長が、
原子力の安全に関するシンポジウムで「原発を保有することは危険が大き過ぎる」などと発言し
脱原発の姿勢を改めて示しました。

「私は故郷、暮らし、未来と、原発マネーとは等価交換できないと思う。それをみなさんに問いかけたい」
(東海村 村上達也村長)

1997年からおよそ14年にわたって茨城県東海村の村長を務める村上達也村長(68)は、
原子力の安全に関するシンポジウムでこのように述べ、「脱原発」の姿勢を改めて示しました。

また、村上村長は福島第一原発の事故で住民が放射線にさらされ続けたことを受け、
住民の命より原発推進政策を維持すること、経産省や東電を守ることが優先された。まるで戦前の軍部のようだ
などと発言し、政府の事故対応を批判しました。

そのうえで福島第一原発の事故後、自動停止し、現在、定期検査に入ってる東海第二原子力発電所の再稼動について、
厳しい見解を示しました。

「(今の段階では再稼働は)完全に白紙。政府自体の原発に対しての政策も固まっていない」(村上達也村長)

一方、シンポジウムに参加した住民からは放射能の影響を心配する発言が相次ぎました。

「放射能汚染とそれによる被害は、私どもは好んでなったのではない」
「放射能怖い。知らず知らずに相当浴びている」(住民)

東海村の住民の原発への関心は高く、
シンポジウムには会場に入り切らないほどの人が集まりました。


JCO臨界被曝事故から10年
住民の7割「原子力事故に不安」



国内で唯一の死者を出した原子力事故から今日で10年を迎えました
作業員二人が死亡、住民が660人被ばくしました

1999年9月30日、茨城県東海村でおきたJCO臨界事故。大内さんの治療の記録(途中まで書き出し)

先日の小出先生の声はとてもつらそうでした。苦しそうでした。
お話しを聞きに行った4月末の「終焉に向かう原子力」という講演でも小出先生は話していらっしゃいましたが
その時もJCO臨界事故のことを話されていてとても苦しそうでした。

たねまきJ「福一から10シーベルト」小出裕章氏
(内容書き出し・参考あり)8/1


水野:10シーベルトで死ぬとおっしゃいますのは、どのくらいの時間を持って死亡に至るという・・
小出:通常は2週間で死にます

水野:2週間・・・
小出:以内で、
で、1999年9月30日に茨城県の東海村のJCOというところで被ばくの事故がありました
その時には10シーベルト、あるいは18シーベルトというような被ばくをした二人の労働者が
え・・・生じてしまいまして
日本の医学界が総出で彼らを助けようとしました
その結果、一番沢山被ばくしたのは大内さんという方でしたけれども
83日間延命された揚句に亡くなりました
どんなことをしてもやはり、助からないと言う事です



5/13原発「安全神話」溶融 小出裕章先生
(内容書き出し)


茨城県の東海村で臨界事故が起きた
大内さんと篠原さんはウランを移している時に事故が起きた
国立水戸病院では彼らの診察を「被ばくしているからいや」と拒否された
ヘリコプターに乗って放射線医学総合研究所に行ったが
拒否された「助けられない」
そして東大病院に運ばれた
東大病院に運ばれた時の大内さんの右手。被爆後8日
助けようとしたが努力むなしくこうなった
28日目の写真です
普通は2週間で死ぬのに1カ月生きていた
彼は83日間このような姿で生き延びさせられて最後は命を落としました
「朽ちて言った命」読むに堪えない本です
価値がある本です



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この大内さんの当時の病院での治療の記録youtubeがあります
非常にショッキングですので、大丈夫と思われる方だけご覧ください












ー途中までしか書き出せなかったですー


もっとも多くの放射線を浴びた大内さんの右手です
この時は少し赤くはれているだけでした
事故当日、大内さんは会社のマニュアルに沿って放射線物質を扱う仕事をしていました
バケツを使ってウランを濃縮する作業でした
臨界が起こる可能性については全く知らされていませんでした
同僚がバケツでウラン溶液を注ぎ
大内さんはロートを右手で支えていました
7杯目のウラン溶液が注がれた時 突然青い光が走りました
核分裂が連続する臨界が起きたのです
放射線が大内さんの細胞の染色体を直撃しました
染色体はすべての遺伝情報が収められた人体の設計図です
それぞれ番号が決まっていて順番に並べる事が出来ます
しかし、放射線に直撃された大内さんの染色体は並べる事もできませんでした
断ち切られ、別の染色体とくっついている物もありました
染色体が破壊された事は今後新しい細胞がつくられないことを意味します
被ばくした瞬間、大内さんの体は設計図を失ってしまったのです

平井久丸医師(無菌治療部):
染色体がダメージを被っていますから、そこから推測される事は
おそらく肝臓の細胞あるいは腸の粘膜の細胞
そういったものが全てダメージを受けていて おそらく細胞は再生が出来ないのではないか

染色体が破壊された事によって、最初に異常が現れたのは血液の細胞でした
中でも体を守る働きをする白血球が急激に減少していました
ウイルスや細菌に感染されやすい極めて危険な状態でした
感染を防ぐため大内さんは無菌室に移されました
白血球の数は健康な人の10分の1にまで減少していました
前川医師達医療チームは治療方針を検討しました
唯一の治療は白血球を作る細胞を移植する事でした
移植を行うためには大内さんと白血球の型が合う人が必要でした
一致したのは大内さんの妹でした
この、血液を分離する装置を使って直ちに妹から採血が行われました
その中から白血球を作る細胞が取り出されました
採血には2日間、合わせて9時間余りかかりました

血液の細胞移植(被ばく7日目)

妹の細胞が大内さんに移植されました
今後の病状は妹の細胞が大内さんの体内で白血球を作りだすかどうかにかかっていました
結果が出るのは10日後でした

この頃大内さんは面会に訪れた家族や看護婦達と会話を交わせる状態でした

看護婦さん:
どういういきさつで結婚されたんですか?って
高校の時からの知り合いで、格好長く、7年位お付き合いがあって結婚したって聞いていて
で、「へぇ~。ラブラブな大恋愛で結婚したんですね」っていう話しをしました

前川医師は大内さんの病状や治療について毎日かかさず家族に説明していました
説明が行われた応接室です
今後予想される病状の悪化についても率直に伝えました


前川医師:
家族の方には少なくても毎日毎日みていただいて
で、真実を受け入れていただくという努力はしました
決してきれいごとではなくてですね
やっぱり、すごい放射線量ですので
見た目にもやはり、大きな変化が起こりますから
それはそれなりに真実として受け入れていただけるように
毎日毎日みていただいてましたけれどもね


放射線障害は体の表面にも現れました
1週間を過ぎたころから治療用のテープをはがした跡が消えなくなりました

看護婦花田麻希さん:
最初は普通にテープとか使っていたんですけれども
テープを貼ったところが全部そのままテープをはがす時に皮膚がくっついて取れてしまうっていうのが
どんどんひどくなって
最終的にはテープは1カ所も使えなくなりました

健康な時、皮膚の細胞はさかんに分裂して新しい物に置き換わります
しかし、放射線を浴びた大内さんの皮膚では新しい細胞はできなくなりました
古い皮膚ははがれおちていきました
皮膚に走る激痛
感染との戦い
肺には水が溜まり呼吸が困難になり始めていました
看護記録に記された大内さんの言葉です  8:06


呼吸を助けるため気管に管を入れて人工呼吸器を付けることが検討されました
それは、家族と言葉をかわせなくなることを意味していました
面会に訪れた奥さんに大内さんは語りかけました


看護婦花田麻希さん:
大内さん、多分その頃はすごく色々と体のだるさとかが出てきていて
お話しをするのもたぶん・・・それこそ
話しをするのも力がいるっていうか、そういう感じだったと思うんですね
それでもなんか、こう、ちょっと優しい口調で
すこし笑いながら奥さんに「愛してるよ」とおっしゃってて
そういうのがやっぱり伝わってくると
あの・・わたしたちは・・・つらいですよね
私達は確かに分からないとは言っても
大内さんがこれから状態が悪くなると言うのは分かっていましたし
あと、大内さんももちろん少しは知っていたと思うんですね
悪くなるだろうと言う事を
そのなかで、家族にそういう事を伝えたと言うことが
大内さんはどんな気持ちで奥さんにそのひと事を言ったんだろうと思うと
ほほえましいと思いながらも・・・
・・・何と言えばいいんでしょうね
大内さんが伝えたかった事がその一言に
その一言に込められていたんだなと思いました


翌日大内さんは呼吸困難になりました
その直後挿管
気管に管を入れる処置が行われました

人工呼吸管理開始(被ばく11日目)

大内さんの無言の闘いが始まりました


・・・ここまで・・・

83日目
奥さんと息子は初めて顔のガーゼを外した大内さんと面会した
「お父さん頑張って」
その時初めて奥さんは泣いていました
しかもとても我慢して・・・
その夜大内さんは息を引き取りました

医療が進歩したが為に
本来なら2週間の命が83日も生きた
担当医も看護婦もみな一生懸命だった
けれど50何日目かに心臓が止まった時
おもわず「もうやめて!」と叫んでしまいました。



前川医師:
「今回の事で感じた事は
人間が作ったものが一歩間違えるととんでもないことになるなと
とんでもないことをやっぱり我々医師が
医師が何んとも仕様がない、
たとえどんなに最新の技術や機器を持ってしてもですね
とってもとても太刀打ちが出来ない
破滅的な影響をもたらすんだなと、ぼくは実感しました」


「モーニングバード」が放送しました。巷で大注目!児玉龍彦氏(内容書き出し)

昨日の8月1日テレビ朝日の「モーニングバード」(朝8時から)ご覧になりましたか?
玉川さんが小出先生の話しを放送した日から
この番組はメディアの中でとても大切な真実を的を得て放送してくれています
原発事故直後のテレビ朝日にはとても腹が立っていましたが
「モーニングバード」だけは最近欠かさず見るようになりました(以前はフジテレビでしたが・・・)

で、昨日
児玉先生の国会での発言がいきなり出てきた時には驚きました
youtubeでUPして下さっているのを見つけることが出来ましたので
ここに載せます。




モーニングバード 児玉龍彦 投稿者 plutoatom
(消されるかもしれないので予備に2カ所UPします)



巷でとても注目を集めているこちらの人物なんですが
・説得力がある
・私達のリーダーだったら
・彼の発言に涙が出ました
・こんな人がまだいたんですね

というような言葉が並んでいるんですが
この方が注目を集めたのは、実は国会での発言だったんです


「どうやって除染を本当にやるか
7万人の人が自宅を離れてさまよっている時に
国会は一体何をやっているんですか!
このような状態を放置しているのは国会の責任であります
私は満身の怒りを表明します」


最大級の表現で国会への怒りを表したこの人物。その正体とは?

先週国会で発せられたある人物の言葉が 今、話題を集めている

「汚染地で徹底した測定が出来るようにするという事を保証しなくてはいけません」
「何故政府はそれを全面的に応用してやろうとして、全国に作るためにお金を使わないのか。
3か月経ってそのような事が全く行われていない事に私は満身のの怒りを表明します」
「7万人の人が自宅を離れてさまよっている時に国会は一体何をやっているんですか」

と、最大級の表現で福島第一原発事故による放射線の汚染問題への国会の対応の悪さに怒りを表明したのが
東京大学アイソトープ総合センター長、児玉龍彦氏(58)
医者として病院施設の放射能汚染を取り除く事にもかかわってきた児玉氏は
毎週末、自らの車で福島県南相馬市を訪れ
放射能汚染の除染活動をしている
放射線量の高い場所を見つけてはそこの土や草を取り除き東京へと持ち帰る地道な活動
それは放射性物質を使って研究を続けてきたい学者としての責任だと児玉氏は言う
だが・・


「私が現在やっている事はすべて法律違反です」
「しかしながら(南相馬市の)お母さんや先生方に高線量の物を渡してくる訳にいきませんから
今の東大の除染では全てのものをドラム缶に詰めて持って帰ってきております」
「受け入れも法律違反。全て法律違反です」
「このような状態を放置しているのは国会の責任であります」


そんな児玉氏の発言はインターネットで多くの人の支持を得た
ある動画サイトではたったの3日間で再生回数が20万回を越えたという


・私は法律を犯しているという訴えを涙なくして観られませんでした
・こういう先生が原発対策のリーダーにいれば福島の子どもは助かるのに


「どうやって除染を本当にやるか
7万人の人が自宅を離れてさまよっている時に
国会は一体何をやっているんですか!以上です!!」

満身の怒りを持って児玉氏が政府に求めたものとは?

:うーん、児玉さんっていう方は、ちょっと存知あげなかったですけど、ここまではね・・

:国会衆議院の厚生労働委員会での参考人質疑
それがこれだけ、youtube などをはじめとしたインターネットで大変なアクセスになる事は珍しい訳なんですが
この児玉さん、どんな方かと言いますと
あらためて、児玉龍彦さん58歳
東京大学アイソトープ総合センターのセンター長でいらっしゃいまして
研究テーマというのは癌細胞を殺す。ある意味、非常に良い放射性物質を含む治療薬
ですから、放射性物質のスペシャリストという事で
本人いわく「内部被曝問題に関しては私が一番必死に研究している」と
だから、あれだけ自身を持っていう事が出来るんだと言う事が言えるんですけど
その児玉さんの主張がこちらです

とにかく・・声を震わせておっしゃっていましたが

国が総力を挙げて測定と除染の体制を作って欲しい

今は自分で自費でやって、しかも法律まで犯してやっている

:青木さん、児玉さんの主張はいかがですか?

青木(元共同通信記者):ぼくね、児玉さんの事知らなかったんですけど
今まで東大の先生っていうと原子力工学の先生なんかがテレビに出てきて「大丈夫です」「安全です」
って言ってたんですけど
本当の意味での知識人っていうのが出てきたなって思って
僕もこれ拝見してすごく感動したんですけどね
すごい大切なこといっぱいおっしゃっているんですよね
たとえばね、「先生達が放射線障害をみる時は総量をみるんだけども政府も東電も出してない」と
でね、独自に計算してみると
「熱量の計算では広島原爆の29,6個分に相当するものが露出している」と。今回ね
それから
「ウラン換算では20個分が露出している」と
つまり、だからそういう計算を彼が独自にすると
広島原爆の20個分位の量の放射能が出ているんじゃないかと彼は言っていて
それを国は出していないと言ってるんですね
だから彼が言っている政府批判の部分は勿論ですけれど
彼が出している提案というのはね
これは速やかに受け入れて政府とか東電とかがやらなくちゃいけない事がいっぱいあるんですよね
だから、ほんとに立派な知識人だなって思いますね

:事実を言ってそれで我々がどうしようかなということと
パニックにならないように事実を隠してずっときたものと
どっちが正しいんだかという

青木:隠してね
事実を隠して被害を受けるのは人々であり、特に先生がおっしゃったように子ども達ですよね
だから、事ここに及んだらね
先生がおっしゃっているように「何をしてるんですか!」っていう怒りは
それは本当に、まさにおっしゃる通りですよね

:この提言とか意見を ほんとうに、こう、反映するような国会でなければいけないですよね

:冒頭での巷の声に「この人がリーダーだったら」という声があったようにね
リーダーシップというのは何なのかなと考えさせられます



たねまきJ「福一から10シーベルの続き」小出裕章氏(内容書き出し・参考あり)8/2

・昨日の続き
 福島第一原発1号機2号機の原子炉建屋の間にある屋外で
 1時間当たり10シーベルト/h以上の放射線量が測定された事について


8月2日火曜日 
京都大学原子炉実験所小出裕章助教に聞く
Radio News「たねまきジャーナル」
MBSラジオ [MBS1179.com]




【福島第1原発:別の場所でも10シーベルト超】
福島原発1、2号機原子炉建屋西側の排気塔下部で高い放射線量を計測
=東京電力提供

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上空から撮影

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ガンマカメラで撮影した映像

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3メートルの棒の先に線量計を付けて計測する作業員



高い放射線量、直後のベントが原因か

TBS(02日16:54)

福島第一原発で1日、これまでで最も高い毎時1万ミリシーベルトを超える放射線量が測定された問題です。
高い放射線量は、事故直後のベントによって放出された放射能が
配管の底に溜まったことが原因である可能性が高いことがわかりました。

こちらは、先月撮影された福島第一原発の映像。
1号機と2号機の間にある「排気筒」につながる配管で
1日、1時間あたり1万ミリシーベルトまで測ることのできる線量計の針が振り切れました。
毎時1万ミリシーベルトとは、40分以上浴び続ければ確実に死に至るほどの極めて高い放射線量です。

「(Q.実際にどれくらいの線量か、これ以上測定できる機器はないのか?)現場にはないんですよ」
(東京電力福島事務所の会見、午後0時すぎ)

東京電力によりますと、付近のガレキがほぼ片づいたことから
31日、放射線量を測る「ガンマカメラ」で周辺を測定したところ、
排気筒の付近で非常に高い値を示す赤色の場所が見つかったといいます。

このため1日、作業員が長い棒の先に線量計をつけて測定したところ、毎時1万ミリシーベルトの値を振り切ったのです。

この作業員は、わずか数分の作業で4ミリシーベルトの被曝をしました。
いったいなぜ、こんなに高い放射線量が計測されたのか。

「1号機は燃料が損傷して格納容器内に漏えいしたが、
3月12日にベントした際、このラインを通じて高濃度気体が流出した可能性がある」
(東京電力の会見、午前11時すぎ)

東京電力は
「現在は空気の流れはないため外へ漏れ出すことはない」としていますが、
現場付近を立ち入り禁止にし、鉄板などで遮蔽する予定です。

一方、事故の3週間後に4号機のタービン建屋で遺体で見つかった東京電力の社員2人について、
新たな事実が分かりました。

「当直長の責任のもとで2人は他の者と同様、地震後の点検をしていた」(東京電力の会見、午前11時すぎ)

2人は地震の直後、4号機で機器の異常を知らせる警報が出たため、当直長の指示でタービン建屋の地下に入りました。
その後、津波が建屋を押し寄せ死亡したとみられます。

「当時、建屋内の津波は想定していなかったので、2人はパトロールを続行したことになる」
(東京電力の会見、午前11時すぎ)

大津波警報が出た際、屋外にいた作業員には避難指示が出ましたが、
屋内が浸水することは想定していなかったといいます。
ここでも「想定外」の事態が現場を襲ったことになります。

東日本大震災:福島第1原発事故 1号機建屋内でも5シーベルト超
毎日新聞 2011年8月3日 東京朝刊

 ◇2階一部立ち入り禁止

東京電力は2日、福島第1原発の1号機原子炉建屋2階の空調機室で、
毎時5シーベルト(5000ミリシーベルト)以上を計測したと発表した。
建屋内での放射線量では、6月に同じ建屋の1階で記録された毎時4シーベルトを上回り最高。
東電は簡単な遮蔽(しゃへい)方法がないとして、空調機室を立ち入り禁止にした。

計測されたのは、空調機室内にある配管前。ロボットの遠隔操作で見つかった。

原子炉格納容器を破損から守るため圧力を下げる「ベント」の際、
容器内の空気はこの配管を通って1、2号機の原子炉建屋の間の屋外にある排気筒から外部に出ていく。
1日には排気筒下部の配管で毎時10シーベルトが計測された。
東電はいずれも、3月12日のベント時の微粒子が付着したことが原因になった可能性があるとみている。

ロボットは5シーベルトまでしか測定できないため、正確な線量は不明。
操作していた作業員は9人で、最大被ばく量は0・2ミリシーベルトだった。

3~5シーベルトを一度に全身で浴びると50%の人が死ぬとされる。

東電は、配管内の放射性物質を採取し格納容器の状態を把握する予定だったが、
松本純一原子力・立地本部長代理は
「別の配管で調べる必要がある。ただし、工程表への影響はない」と語った。

また、東電は2日、
集中廃棄物処理施設のプロセス主建屋に隣接し、放射性物質に汚染された機材を保管する
「サイトバンカ建屋」に汚染水約700トンが流れ込んだ原因を発表した。
両建屋をつなぐ階段の扉の止水工事が不十分だったという。
【久野華代、岡田英】




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