FC2ブログ

アメリカ女性兵【放射能=ガンだけじゃない】10年後の日本?ぶらぶら病 (内容書き出し)


アメリカ女性兵【放射能=ガンだけじゃない】10年後の日本?ぶらぶら病





広島、長崎の被爆者に多くみられる科学的に解明されていない病気
とてつもなくだるい
治療法もない
病気として認定されない
椅子に座ることが重労働の日すらある
当然、仕事もできない
いつの間にか治り、10年以上たってから再発したり

そっくりな病気がアメリカで確認された

メリッサ:これは友達のドーン

・彼女もなくなった?
クエートで?

メリッサ:いいえ、帰国してから


帰還兵メリッサ、
彼女は湾岸戦争に従事した元アメリカ兵士

メリッサ:
ここの黒くなっているところが分かる?
これが劣化ウラン
このパネルがあるでしょ
その間にある個の黒くなっているところ
個々がパネルでその間に挟まれているのが劣化ウラン


劣化ウランは地球上でもっとも硬い金属です
分厚い装甲を一撃でぶち抜き高温を発して燃えます

劣化ウラン弾はプルトニウムを作る過程でできる放射能廃棄物です

メリッサ:
戦車の装甲の層全てに劣化ウランが挟まれているの

・これ全部に?

メリッサ:
全部
ミサイル攻撃方守るんだ

イラク軍に放つための劣化ウラン弾でアメリカ兵自身が被ばくした

メリッサ:
装甲板があって劣化ウランまた、装甲板

戦車を貫通した後劣化ウラン弾は溶けてエアロゾルとなり
煙草の煙より小さい放射性の微粒子となり付近に撒き散る


メリッサ:
初期症状は下痢だった
全員下痢をしたんだ

・戦域で?

メリッサ:
一人残らず下痢をしていた
全員がトイレに駆け込む始末だった
みんなが下痢をしたんだ

・1991年、その年に?

メリッサ:
そう。
私はまだ下痢をしているよ

・どのくらいの頻度で?

メリッサ:毎日

・朝?それとも夜?

メリッサ:一日中
あれ以来いまだにずっと続いている
痣が出来るんだ。何もしていないのに(腕を見せる)

・いつできたんですか?

メリッサ:今朝起きたら

・頻繁に出るの?

メリッサ:そう

・何かにぶつけたの?

メリッサ:いいえ
朝起きると痣が出来てるんだよ
ここには吹き出物が出来始めている

・内出血の事お医者さんとは相談したの?

メリッサ:したよ
何か分からないって
どうすればいいか分からないって、これをくれた
ステロイド。かゆみを止めるためにね
慢性的な疲労、筋肉や関節の痛み
呼吸器も低下した
けがをした事も全て話したけど
劣化ウランの検診もしなければ、被ばく検診もしてもらっていない
何の検診も受けてない
西洋医療における従来の診断は全てやりつくしてしまった
下痢の症状はあるけど何の病気かはわからない
筋肉の引きつけの原因も分からない
誰も検診をしてくれないし、
どうやって検査すればいいのかも分からない
在郷軍人局なのに
医者はウランの被ばく試験を受けさせたいと思っても
どこで受ければいいのか誰に頼めばいいのか
誰にも分からないんだ

・いまだに?

メリッサ:いまだに
予算の10%を医療サービスにつぎ込むのか
あるいはその分でもっと武器を買うのか
退役軍人の医療サービスが国防省の予算に属している限り
病気の治療に金なんか払うもんか


ぶらぶら病患者と倦怠感うあ下痢に悩むメリッサに共通する点は二つある
一つは舞い散った低線量の放射性微粒子を吸い込んだり、
混入した食べ物を口にした内部被ばくをしただろう点
もう一つはじわじわと体をむしばむ治療できない症状を抱え
病気を気にしながら一生を過ごす点である。
周囲の人はこの病気に対する理解が必要でしょう
そして同じ悩みを持つ者を結ぶネットワークが必要かもしれない


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ぶらぶら病に関して肥田先生がお話ししていらっしゃいます↓
「被爆66年ヒロシマ」肥田舜太郎医師(内容書き出し)

スポンサーサイト

「被爆66年ヒロシマ」武市宣雄医師(内容書き出し)






シリーズ被爆66年ヒロシマです
原爆が投下された世界でただ一つの国の原発事故の在りように
厳しい目を向ける医師がいます

医師は25年前のチェルノブイリ原発事故後
現地で医療活動をしています

そこで得た教訓とは


武市クリニック(広島南区)
くりっと見えるでしょ?わかる?1センチぐらいのね
1,5㎝これが出来物でもう、それだけですから

武市宣雄医師(甲状腺専門医67歳)です
外科医として被ばく者のケロイド治療にあたった父親の影響で
医学の道に進み、甲状腺の専門医になりました

武市宣雄:
被ばく者を治療するのは当然私たち医師の運命であり使命でありますから
その中で甲状腺はみなさんも知っている放射線の影響の第一歩ですよね


甲状腺はのどの位置にある蝶が羽を広げたような形の器官です
成長に必要なホルモンを生み出す働きがありますが
放射性物質の影響を受けやすく
広島、長崎の被爆者にも癌などの疾患が多発しました

その武市医師に転機が訪れます
1986年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故です
その後3年4年と経つにつれ、
子どもには起こらないとされていた甲状腺がんが増えているという噂を聞くようになり
現地入りを決意しました


武市宣雄氏:
「チェルノブイリで甲状腺になんかいろいろ起こっているの知ってますか?」
「はい、知ってます」
「来週でもさ来週でも行きますか?」
「いきます」
当然ですよね。それでとんとん拍子で・・・


武市医師らの医療救援は1991年から始まる


チェルノブイリの被害は飲食や呼吸を通じて放射性物質を体内にとりこむ
内部被ばくが原因です
事故で放出された放射性ヨウ素を含んだ農作物や牛乳を口にした子ども達に
甲状腺がんが多発しました

武市医師は被ばく治療の知識がない現地で患者たちに接しました
そこで印象的だったのが事実を伝えた時の反応でした

武市宣雄氏:
今まで行政、医師をあまり信頼していなかったものが
あっ、固いです。腫瘍があります。それはこういうものですよ。
患者さんにパッパッと本当のことが言えると患者さんも親も安心しました

事故から25年後
震災で福島第一原発が津波の影響を受け
制御不能に陥りました

チェルノブイリと同じようにヨウ素など多量の放射性物質が
まき散らされたとみられています


武市宣雄氏:
ありえない、と。
私も安全神話に浸っている人間ですから・・・


事故後の対応は原爆で放射線被害を体験した国とは思えないものでした

枝野:事故発生から一年の間に積算線量が20ミリシーベルトに達する恐れがあるため
計画的避難区域といたしました

飯館村住民説明会:
飯館村はいまだかつてない大変な状況に・・・

福島県の飯館村などで住民の避難を政府が決めたのは
事故から一か月以上も後の事でした
さらに放射線セシウムに汚染された牛肉が流通する事態も起きました

武市宣雄氏:
何故最初の時に
本当にあそこで建屋が壊れて放射性ヨウ素が漏れて何が起こっていると言う事が
すぐに私達の耳に入らなかったのか
疑問ではあると。


武市宣雄氏(広島中区 先月):
この間の事件が起きてセシウムに汚染された葉菜類や稲わらを食べた
乳牛肉牛の診つくと牛肉の摂取に気を付ける事
特に牛乳は濃縮されているので注意したい


市民団体の講演会で講演する武市医師
そこには共に放射線被害の実態を調べてきた
広島大学 原爆放射線医科学研究所の星正治教授もいて
政府の姿勢を強く批判しました


星正治教授:
原子炉データは全部出してる。アメリカには
で、日本人には秘密、専門家にも秘密
これなんだ?ここが一番問題でね
そういう中途半端な秘密にするから問題
彼ら(政府)が問題
人為的問題です。はっきり言って。
人災です。

武市医師は放射線の事実の公表が遅れる背景として
専門家の中に被害を過小評価しようとする動きがあると指摘します
20年前初めてのチェルノブイリ支援から帰国して報告した時(医療支援帰国後の記者会見。1991)
その事に気付いたと言います


武市宣雄氏:
偉い先生方とかいろんな人が、「大丈夫、大丈夫」と表に出したい気持ちがありますよね
「放射線の影響はあまり強くありませんよ」と言いたい何かがあるんだと思うんです

武市医師は原子力の存在が関わっていると考えています

武市宣雄氏:
原発が怖い怖いと言っても、いま国内で働いている訳ですから原発が
全部壊せという運動にまで行くと大変なことが起こるでしょうし
日本全体がパニックになると大変でしょうし
そうやって全体で考えると、そういう人達は「まぁまぁまぁ・・」と
落ち着いてという考え方は分からない訳でもないのです


その後も武市医師はチェルノブイリで活動を続け
さらに、450回以上核実験が行われた
旧ソ連のセミバラチンスク(旧ソ連カザフスタン。1999)支援にも乗り出しました
放射線がもたらした事実を明らかにしたい
ただそれだけだったと語ります

武市宣雄氏:
現に甲状腺がんの子どもがおられるし
組織学的にも変な事が起こってますよと
「やっぱり放射線の影響が考えられますので気を付けましょうね」というために報告したかったのに
「今の5年10年は起こらないからそんなに心配させなさんな。心配しなさんな。」
と、言う事になると私も困るので
一生懸命その時向こうの現地の先生方と、自分の事の報告も入れた
横文字(英語)の本を作りました

英語の本の執筆から10年
武市医師は当時から訴えてきたことを広く知ってもらうため
近く日本語に訳した本を出版する予定です
その準備中に起きた福島の原発事故については
新たに書き下ろしました

武市宣雄氏:
ぼくは決して怖い怖いと言っている訳ではない
甲状腺がんが出来たとしても
「大丈夫ですよ。早く検診して、早くちゃんとして手を打ちましょうね、」という事を言ってきたのですからね

原爆を経験した国だからこそ放射線の十分な安全対策を取って欲しいと訴える武市医師
チェルノブイリの経験をもとに住民の不安解消に力は惜しまない覚悟です

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


武市宣雄医師が出演されている番組です↓
日本の20年後をこの番組の中で考えるーチェルノブイリで急増する大人のがんー(内容書き出し)


旧ソ連のセミバラチンスク(旧ソ連カザフスタン)の取材の番組です↓
放射能はやっぱり怖いし、人間が使用するものではないと思う



「被爆66年ヒロシマ」肥田舜太郎医師(内容書き出し)



今日から原爆の日に合わせたシリーズ企画
「被爆66年ヒロシマ」をお送りします

第一回は広島で被爆した94歳の老医師を追います

肥田舜太郎さん、福島第一原発の事故後
クローズアップされる内部被曝の危険性を早くから指摘し続けた一人です

その活動の原点は広島にありました

JR広島駅に降り立った肥田舜太郎医師94歳です
66年前の8月6日軍医として働いていた広島で被爆し
戦後は東京と埼玉で被ばく者の診療に当たりました

肥田舜太郎氏:
広島に来るとやっぱり、故郷に来た感じですね
実際に生れ故郷ですね
実際によその土地に行ってここに来るとほっとする



この夏肥田さんのところには講演会や取材が殺到しています

肥田舜太郎氏:
あなた方のような取材が42回かな、今日で
その間ほうぼうで話したのが だいたい30回位です


2年前体力の限界から引退した肥田さんを3月のあの出来事が変えました

西山保安員「レベル7という暫定評価をいたしました」

震災直後の福島第一原発で原子炉の建屋が吹き飛ぶ爆発や炉心が溶けるメルトダウンが起きました
チェルノブイリ原発事故と同じレベル7となる史上最悪の事故は大量の放射性物質を放出し
震災で打撃を受けた住民に追い打ちをかけています

子どもを抱える親たちは内部被曝の影響に不安を募らせています

内部被曝とは放射性物質を呼吸や飲食で体内に取り込み体の内側から被ばくする事
その影響については専門家の間で意見が分かれ
国はその影響を認めてきませんでした
肥田さんは内部被曝の危険性を長年訴えてきた数少ない一人なのです

2005年に出した「内部被曝の脅威」は原発事故後
都内の大型書店で売り上げベスト10に入る大きな反響を呼びました

肥田さんは今、全国各地の講演会を飛び回っています
その原点は広島です
アメリカが原爆を投下した66年前肥田さんは広島陸軍病院の軍医でした
往診先の戸坂村で被ばくし、それから負傷者の必死の救護に当たりますが
次々と亡くなったと言います

肥田舜太郎氏:
熱が出たからって行ってみると鼻と口から血が出ている
診てられないんです。臭くて
これはね、医者が一目で分かるのは
口の中が腐ってるんです
人間の体の口の中が生きているのに腐り始めた
そのにおいなんですね
何でこんなことになるのか分からない



さらにその後肥田さんが将来をかけて調べ続ける症状の患者に出会います
入市被ばくの患者です

肥田舜太郎氏:
「軍医殿、私はピカにあっていません」っていうのね
「えっ?」って聞いたら、
部隊長に連れられて翌日やっと入ったとかね
あるいは2日後に入ったと言うのもいた
それがみんなそういう症状が出て死んでいくんです
診ている医者は何の事だか全然分かんない
本人が「原爆にあっていない」と言うのが
みんなと同じ症状で何で死ぬのか分からない
その分からなさが30年続いたんですよ


原爆が投下された年の12月肥田さんは山口県の病院に移り
そこでも原爆ぶらぶら病という新たな症状に出くわします

肥田舜太郎氏:
山口県に逃げた被ばく者がいっぱい入院していた
そういう中にね、見たところ何にもない
火傷もなければ何にもない、元気がいいんですよ
「何で、病院に来たんだ」って聞いたら
「かったるくて働けない」
かったるいというだけの病人が沢山出てきた



その後、埼玉や東京で6000人以上の被ばく者を診療しました
また、原爆症認定の集団訴訟で内部被ばくを認めない国に対し
原告側の証人として診療体験に基づいた証言をしました

肥田舜太郎氏:
一生懸命自分が診てきた患者がね
何年目になったらこういうふうに死んだ
何年目の人はこういうふうに死んだと
裁判官に分かるように話す
ふたを開けてみたら私の方が勝った
ね、
だから、よく話をすればアメリカ人でない限り日本人なら必ず分かるんですよ



今、肥田さんが心配しているのは福島の子どもたちへの影響です


肥田舜太郎氏:
日本政府はいろんな処の県と話しを付けて
小学生と中学生を全部強制疎開をしなきゃいけないと思っています
福島県で(放射性物質が)毎日出るんですから
毎日どこかで降ってきて、吸ったり飲んだり食べたりしているでしょ
この子たち、後5年経ち10年経ったらどういう体になるのか
私はそれが心配なんです


肥田さんは皮膚を通した外部被ばくと違って
内部被曝の場合は少量でも影響があると指摘します


肥田舜太郎氏:
内部被ばくには何ミリ以下なら大丈夫というものはないんです。はじめから。
内部被ばくであれ外部被ばくであれ
放射線で起こった被害
どんなに軽い被害でも治しようがない
今の医学には薬もなければ注射もない
なんにもありません



この日 肥田さんの講演は一時間以上に及びましたが
参加した人は誰も席を立とうとしませんでした

参加者:
やっぱし今まで私が生きてきた人生の中で
当てはまる事が沢山ありましたね

参加者:
これは広めた方がいいんじゃないですかね。隠さずに。
真実、先生が治療なさってるんですから


28歳の時にあった原爆から66年の年に福島で起きた放射能被害
94歳になった医師は一人訴えます


肥田舜太郎氏:
広島、長崎で起こった事が、それが
非常に軽い形で起こるかどう起こるかは分からないけど
何か起こるだろうと
その先には、癌だ、白血病だって
みんなが死んでいくのを待っているんじゃないかと
それを全然ありませんという証拠はないと ぼくは思ってますね
だから今から、日本の医者にね
そういう可能性があると言う事を教えて
患者が来た時に、そうかもしれないという目でね診ていかないと
頭からいくら見ても何にも証拠がないと
何でもないよという形で放り出さないで欲しいと


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4/24広島にて内科医の肥田舜太郎医師講演(内容書き出しました)

肥田舜太郎医師2007年の講演(低線量内部被曝と原発について)





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。