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原発、
いつ、やめるのか、

それとも
いつ、再開するのか。

それを決めるのは、

電力会社でも
役所でも
政治家でもなくて、

私たち
国民一人一人。

通販生活 秋冬号の
巻頭特集は、
「原発国民投票」

全国書店で発売中








追記11月27日東京新聞「筆洗」とその他関連記事追記

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今日11月19日のニュース2個保存(チェルノブイリでは今なお内部被曝が続いている・福一2号機地震で壊れた)

チェルノブイリ、内部被曝なお ロシアの小児科医報告
朝日新聞 2011年11月19日2時3分



ーー記事の転記は削除しましたーー


ロシア連邦立小児血液・腫瘍(しゅよう)・免疫研究センターのルミャンツェフ・センター長は
2009~10年にベラルーシに住む約550人の子どもの体内の放射性セシウムを調べ、
平均で約4500ベクレル、約2割で7千ベクレル以上の内部被曝があった。
03年にベラルーシで亡くなった成人と子どもの分析では、
脳や心筋、腎臓、肝臓など調べた8臓器すべてからセシウムが検出された。
どの臓器でも子どもの方が濃度が高く、甲状腺からは1キロ当たり1200ベクレル検出された。
などのことから、
「チェルノブイリの原発事故から20年以上たっても、
周辺住民に放射性セシウムによる内部被曝(ひばく)が続いている」
「子どもの免疫細胞も減少している可能性がある」ことを
11月18日に千葉市で開かれたシンポジウムで報告した。

という内容の記事です。





福島原発、2号機は揺れで損傷か 専門家が解析
東京新聞 2011年11月19日 20時01分

東京電力福島第1原発2号機で、
原子炉格納容器下部の圧力抑制プールが地震の揺れで早期に損傷したか、
劣化した可能性が高いとする解析結果を19日までに、原子力安全の専門家がまとめた。

東電は、地震による原子炉の明らかな損傷はなく、津波による電源喪失が事故原因との立場。

揺れで損傷していれば、福島第1と同様に従来の耐震基準が適用されている他の原発への影響も必至だ。
東電や政府の事故調査・検討委員会の調査結果が注目される。

解析したのは日本原子力研究開発機構の元研究者で、
社会技術システム研究所(茨城県ひたちなか市)の田辺文也所長。

(共同)

「原爆症研究の父」都築正男氏

肥田:
ええ。
だから、その慢性症状という事も、
権威のあるちゃんとした公の文書の中に発表した医学者は、
一人いるだけです。

ん・・あの・・・戦後
まだみんながひっくり返って死んでいる時期に広島にきてね
放射線の影響はストロンチウムというのが骨に沈着してね、
骨に集中して、骨自身の中にあるリンという化合物を放射線リンに替えると。はっきり。
だから、人間の造血機能は、骨の真ん中の中空になった
管の中である骨髄というところで血液を作っているわけだ。
その血液を完全に作っている周りの側の骨自身が、リンが放射性リンに変わったために
造血機能を働いているその血液作りのそのものが、
自分の側の持った放射線で持続的に被ばくさせられるような状態になって、
だからそこで出来る血小板だとか云々とかいうものが
みんな死んでお釈迦が出来てくると、
で、正確な力が出来ないために、いろんな種類の貧血が起こったと。
だから、血小板減少性というのは、紫斑が出て、結局血小板が足りないための粘膜出血でみんな死んでいくと。
それから、白血球が足りないというのは、はっきり細菌との戦争が出来なくて、
逆に細菌に食い殺されるという形で、腐敗が起こったり、いろんな病気が起こると。
そういう事まで、アメリカの進駐する一か月ぐらいの間に、
そういう事をちゃんと研究して、発表した東大の教授がいるんですよ。
で、その先生は、マッカーサーに最初名指しで、もう、やられちゃって、
一切の資料、研究した資料を没収。ですね。
で、もう、その研究は明日から続けることはまかりならん。

岩上:その方はなんていう方なんですか

肥田:
都築正男,この人がね、
「広島新史」っていう上下2巻の、広島市が発行した報告書があるんですよ。
原爆の被害の。
その下巻の方だったと思うけれど、
後半の一番後ろに、その人の書いた原爆に対しての、いろんなところに発表した論文が、
10いくつ集団で載っているんです。
その中の一つに、「慢性症状」と名付けて、
要するに不思議な、あとあと症状が出たと、その事を「慢性症状」というようにひっくるめて、
いわゆる急性症状、私がさっき言った、不思議な、あれと対比するものとして
「慢性症状」が沢山の被ばく者に起こって、治療法がないために苦しんだという、
そういう公の文書がね「広島新史」のなかにでているんです。

で、そういう論文はね、あの、日本の一般の企業が出している
医療雑誌に、こう、分けて出されていたみたいですね。
だから、これは何月何日のなんていう雑誌に書かれたっていう根拠もちゃんと出ています。


肥田:そう
で、彼と付き合うとね、どっかの教授は付き合っているとやっぱり、その影響で睨まれるんですね。
だから、彼とは付き合わない様に、付き合わないようにみんなしていった。

岩上:あーーー、
それ、睨まれるというのは占領時代の7年間だけでなく、
その後もずーーっと・・

肥田:
もう、厚生省に引き継がれてからも。
やっぱり厚生省で出世しようと思うものは、
やっぱりその問題でアメリカに建てをつく側に入ったんじゃ、出世できないから。
おべんちゃら言う方に入っていく訳ですよ。


と、肥田舜太郎氏×岩上安身No4(文字起こし)2011年10月6日で語っていらっしゃいます。



「原爆症研究の父」と呼ばれる都築 正男氏に関して、下記の記事を見つけましたので転記します。
(つづき まさお、1892年(明治25年)10月20日 - 1961年(昭和36年)4月5日)




ーーー神戸新聞よりーーーー

ヒロシマとともに ―原爆症研究の父・都築正男

都築正男 1892―1961年。姫路市生まれ。
原爆症研究の権威として国際的に活躍した。
1945年8月30日から広島で被爆調査に従事した功績に対し、
同市は58年9月17日、同市初の名誉市民の称号を贈った。

人類史上最悪の殺りく兵器・原子爆弾が広島、長崎に投下されてから今年で六十年。
いち早く広島に入り、被爆調査に当たった都築正男。
「原爆症研究の父」と称された彼の足跡をたどり、その生きざまが現代に問いかけるメッセージを探る。

上.不眠不休
神戸新聞 (2005/08/17)
24日後、壊滅した町へ

01.jpg
広島・平和記念公園の原爆慰霊碑(奥が爆心地に建つ原爆ドーム)。
炎天下、多くの人が慰霊に訪れていた=8月11日、広島市中区


一発の原爆で町が壊滅した日から二十四日がたっていた。

一九四五(昭和二十)年八月三十日早朝。
陸軍軍医学校、理化学研究所、東京帝国大学の合同調査団が広島を訪れた。

戦前、中国軍管区司令部が置かれ、にぎわいを見せた軍都は、
二〇〇〇度を超す熱線と爆風で破壊し尽くされていた。

一面のがれきの山、焼け野原。
被爆者や馬の死体が異臭を放ち、大量発生したハエが飛び交う。まさに、この世の地獄だった。

□   □

調査団を率いたのが、姫路市出身で、東京帝国大学医学部外科教室教授の都築正男。
放射能障害と熱傷研究の第一人者だった。

当時、小学校や病院の救護所は、大やけどした被爆者であふれ、
目立った外傷はなくても、脱毛や高熱、下痢、鼻からの出血、白血球数の低下などの症状に見舞われ、
亡くなるケースが相次いでいた。

都築らは、電気や水道も使えず、機材も不十分な中、不眠不休で被爆者の調査と治療に当たった。

調査団は九月十日までに、
症状や治療状況、病理解剖所見、放射線の分布などの詳細な調査報告書をまとめた。
地元の医師らを対象にした講演会では、被爆者の治療について説明した。

□   □

都築を広島に導いたのは、ある女優の死だった。

仲みどり。
軍施設を慰問する新劇移動演劇隊「桜隊」の団員だった仲は
八月六日、爆心地から七百五十メートルの事務所兼寮で被爆した。

大きなけがはなかったが、直後から胸の痛みやおう吐、血便、尿が黒くなる症状が出、
三日後、東京の実家に戻った。

仲は東大付属病院に入院、治療を担当したのが都築だった。
当時の最高レベルの治療を施したが、白血球数の異常な減少や高熱、脱毛などの症状が悪化し、
仲は同二十四日に亡くなった。

都築は死因を急性放射能症によるものと確信。
世界で初めてカルテに「原子爆弾症」(原爆症)と書き込む。
その年の十月、雑誌「総合医学」に発表した論文にも同じ言葉を使い、放射能障害の怖さを訴えた。

当時の都築について、長男の正和(73)=東京都=は
「家で仕事の話はほとんどしなかった。『広島に行く』という話は聞いたが、
中学一年の私は、父が共同研究者のアメリカ人からもらってくるチョコレートやキャンデーの方が楽しみでした」
と振り返る。

□   □

都築は一八九二(明治二十五)年、
姫路市光源寺前町(現・東駅前町)で八人きょうだいの長男として生まれた。
父宗正は地元の開業医だった。

旧制姫路中学(現・県立姫路西高)時代は、水泳部でならし、飾磨沖の遠泳で体を鍛えた。
医師を志し、東京帝国大学医学部に進み、
大学院時代には、強いレントゲン線が生物に及ぼす影響について論文を発表。
当時、大量の放射線被ばくの研究は世界でも例がなかったという。

弟子たちの間では「先生は怖い」と評判になるほど厳格な研究者だった半面、
日曜には家族を郊外のハイキングや公園に連れて行く面もあったという。

「夏休みには湘南海岸の逗子に海水浴に連れて行ってくれた。父は泳ぎが好きでいろいろ教えてくれた」と、
正和は懐かしむ。

□   □

都築が広島に入った八月三十日、連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサーが厚木基地に降り立った。

米国はすぐに広島へ調査団を派遣することを決め、都築は米国調査団に協力することになる。
占領体制の始まりは、被爆調査にも針路変更を迫った。(敬称略)

■   ■

下.使命感
神戸新聞 (2005/08/18)

米側の口封じに抵抗

02_20111115210240.jpg
被爆者を診察する都築の写真パネルなどが並ぶ
姫路市平和資料館=同市西延末


原爆投下後、広島には大学や軍、理化学研究所の関係者ら多くの日本人が調査入りした。

これに対し、連合国軍総司令部(GHQ)は一九四五(昭和二十)年九月十九日、
プレスコード(新聞など刊行物の取り締まり方針)を指令。
原爆に関する報道や研究発表の制限に乗り出した。
調査結果が公表され、原爆の被害の実像が世界に伝わることを恐れたといわれる。

都築らの被爆調査は行く手を遮られた。

その中で、日本政府は物理や化学、地学、医学など各分野の専門家を集め、
原子爆弾災害調査研究特別委員会を設置。
都築は研究員ら約千七百人を擁する医学科会の会長となった。

医学者としての使命感に燃え、権力に立ち向かった都築を物語るエピソードがある。

同特別委の第一回報告会で、
米国の科学者が「原爆災害研究はGHQの許可を必要とし、結果公表は禁止する」と発言した。
これに対し、都築は「人道上許しがたい」と猛抗議した。
原爆症の治療法を見つけ出すには研究成果の公表が欠かせなかったからだ。

長男の正和は
「父は被爆者の話を家ではしなかったが、
残した文献から原爆症を二度と起こしてはならないと考えていたことがよく分かる」と話す。

   □   □

一方、広島では連日、原爆症で多くの命が失われていた。

被爆者の治療拠点となった救護所は、八月九日のピーク時に五十三カ所あったが、
医薬品などが不足、十分に治療できなかった。

さらに、その年の十、戦争災害保護法の適用が解除され、
救護所の閉鎖が相次ぎ、行き場をなくした被爆者は家族や親類に引き取られていった。

都築はその間も日米合同調査団の設立にかかわるなど、日本側の先頭に立ち続けたが、
四六年八月、戦時中の軍医歴を理由に公職追放処分を受けた。
厳しさを増す言論統制は、人々の広島への関心を次第に薄れさせていった。

広島平和記念資館の濱本康敬主査(47)は
「原爆投下の四年後に都市建設法が制定された。
国は戦災復興に早く取り組んだが、被爆者の治療など人の救済は遅れた」と指摘する。

   □   □

世界が再び核の脅威に直面したのが、五四年三月一日の第五福竜丸事件だ。

北太平洋のマーシャル諸島ビキニ環礁で行われた米国の水爆実験で、
危険海域外で操業中の日本のマグロ漁船が被ばくし、
乗組員二十三人が死の灰を浴び、一人が急性放射能症で亡くなった。

この事件を機に、原水爆禁止運動が沸き上がり、五五年の第一回原水禁世界大会へとつながった。

追放解除後、東大名誉教授に復帰していた都築は、
この時も東大医学部付属病院などの医師団のメンバーとして活動したが、
広島、長崎に次ぐ被ばく者が出たことに心を痛めたという。

   □   □

都築らの一連の被爆調査は、その後のさまざまな取り組みの出発点となった。

国は五七年に原爆医療法を制定、国費による被爆者治療を始めた。
地元の医師会による対策協議会や、広島大学原爆放射線医科学研究所(原医研)など研究機関も設立され、
広島で蓄積されたデータを国内外で役立てようという動きが広がった。

都築らの功績について、濱本主査は
「被爆調査の日米の橋渡し役を務めた。
戦勝国だけの一方的な調査だったら、その後の情報公開もなかっただろう。
初期段階で日本人が高度な調査を行ったことは大きな意義がある」と話す。

しかし、その後も放射能障害による犠牲者は後を絶たない。

八六年四月、旧ソ連・ウクライナで史上最悪の放射能流出事故といわれるチェルノブイリ原発事故が発生。
国内では九九年九月、茨城県東海村の核燃料加工会社で臨界事故が起き、
中性子線に被ばくした作業員二人が亡くなった。

父と同じ医学の道に進んだ正和は
「原爆症研究の成果はその後の放射能障害の治療に役立っている面はある。
ただ、ある程度以上の被ばくになると、現代医学は無力だ」と言う。
高レベルの放射能障害の場合、特効薬がないのが現状だ。

被爆死した女優、仲みどりのカルテに、都築が世界で初めて原爆症と書き込んでから六十年。
国際社会はいまだ核廃絶への道を見いだせず、ヒロシマ、ナガサキの苦悩は続いている。(敬称略)


ーーーーーーー



ABCC放影研に資料公開要請11/16


肥田舜太郎氏×岩上安身No3(文字起こし)2011年10月6日


No3、アーカイブの最後の方で肥田先生はおっしゃっています
02:52:51

肥田:
だから基本的には日本政府は、アメリカ政府に放射線被害のね、広島長崎の被ばく者の
長く苦しむ中の、内部被ばくについての、アメリカでの経験を総括して教えてもらいたいと。
つまりむこうで、原発の被害者とか、原爆工場の事故とか、それから、被爆米兵と言われる実験の被ばく者とか、
最近のイラクからの帰還兵。
劣化ウラン弾のガス化した放射線に全部やられて帰ってきて、今寝ているぶらぶら病の連中。
こういうのをね、真正面から、やっぱり言うべきなんですよ。
被害者がいるんだから、こっちにね。
架空の事を言っているわけじゃないんだから。

今まではアメリカの核兵器の機密という事で、我々はカヤの外に置かれてきたけれども、
もう、福島でああいう事件が起きてみると、内部被曝の、
つまり、救援ではなしに、起こってくる被害者の医療のためにね、
持っている知識を全部出してもらいたいと。
政府は言うべきなんだ。


アメリカ女性兵「ぶらぶら病 」(動画&内容書き出し)
アメリカ元兵士のメリッサ。
イラク軍に放つための劣化ウラン弾でアメリカ兵自身が被ばくした
症状は下痢、アザ、椅子に座ることもできない位にだるくなる。



そして11月16日広島地方版のニュースですーーーーーー



黒い雨:遭遇1万3000人データ、放影研に資料公開要請
--県被害者連絡協 /広島

毎日新聞 2011年11月16日 地方版

 ◇「国ぐるみの隠蔽」

原爆投下後に黒い雨に遭った約1万3000人分のデータを
米原爆傷害調査委員会(ABCC)が得ていたことが判明したのを受け、
県「黒い雨」原爆被害者の会連絡協議会は15日、
ABCCの後継機関・放射線影響研究所(南区)に、資料の公開を求める要請書を提出した。

放影研の秋本英治事務局長は
「事実関係を調査している。来週中に記者会見を開いて結果を公表したい」と応えた。

データは長崎県保険医協会が、黒い雨の人体影響に関して
ABCCと米オークリッジ国立研究所の研究者が72年に作成したレポートを入手したのを機に、存在が判明した。

要請書で同連絡協は
▽放影研の資料を、黒い雨の援護対象区域の見直しを検討している国などに早急に提供すべきだ
▽資料は市民の協力で作成されたもので、保存、解析し、市民に公開を--などと訴えた。

秋本事務局長は
「放影研としては、レポートの存在を突然知ることになった。
会見では、放影研が黒い雨に関する資料を、どういう状態で保存していたか説明できると思う」と話した。
 
同連絡協の高野正明会長は
「これだけ研究したものがありながら、放影研が『知らなかった』というのは許せない」と指摘。
「佐伯区黒い雨の会」の高東征二事務局長は
「これまでどれだけの人が苦しみながら死んでいったか。
国ぐるみの隠蔽(いんぺい)であり、責任を取ってほしい」と語った。

【樋口岳大】


ーーーーーーーーーー


隠されていたABCCの資料が公表される日も近いかもしれない。


ーーーーーーー


続きを読むその後の聞記事追記

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No4肥田舜太郎氏×岩上安身氏(文字起こし)10/6

肥田舜太郎先生の貴重なインタビューです。


「公の場で、安全だってみんなが言っているのは
一つは逃げること。もう一つは汚染したものを食べない努力をすること。
この二つが安全に生きるための最小限の条件だと、一般に誰でもがそう言う。
たとえば福島県のいくつかの大きな都市の住民でね、
「はい。明日からそれが出来ます」という家族は何家族いるのかと。
おそらく、大部分が出来なくて、その大部分の人にできない事を、
「それしかない」みたいな言い方をすることは犯罪だろうと僕は思うんですよ。
みんなにできることを言わなくちゃいけない。
みんなにできない事の理由がもし、お金だったら、全部にお金を出してやらせるとかね」

原爆投下直後の信じられないような悲惨な状態から、いま、福島の事故が起き、
政府の対応、世界の見方、
事実を直視してこられた肥田先生の深く広い考え方。
もっともっと、先生のお話しを聞いていたい。
私自身とても勉強になりました。
そして、改めて考えさせられることも多かったです。

このような有意義なインタビューをして下さった岩上安身さんに感謝したいと思います。

心をこめて文字起こししました。本編だけで4部に分かれています。
お時間がある方は、アーカイブで声を聞いて、表情を見ていただきたいと思います。


No4 アーカイブ2 最初~最後まで


・核武装を支持する勢力
・慢性症状を公に文書で発表すた医学者都築正男
・内部被ばくをきちんと知れば核兵器は許せないとちゃんと言える
・原発から100マイル以内では乳がん増加の根拠を見付けた学者ジェイ・マーティン グールド
・内部被ばくの危険性を理論的に証明したカナダの医者ベトカウ
・内部被ばくをかたくなに認めようとしない理由
・今は新しい経済政策にむかう陣痛の始まりのような時期



No3



肥田舜太郎氏×岩上安身No1(文字起こし)2011年10月6日


肥田舜太郎氏×岩上安身No2(文字起こし)2011年10月6日


肥田舜太郎氏×岩上安身No3(文字起こし)2011年10月6日


肥田舜太郎&岩上安身 10/6(最後の部分の内容書き出しました)


続きを読むにできるだけ正確に文字起こししました。

続きを読む

No3肥田舜太郎氏×岩上安身氏(文字起こし)10/6

肥田舜太郎先生の貴重なインタビューです。

「広島長崎の原爆は人間の人権をね、初めから奪い取るという攻撃」
「今まで日本も国民には人権は全くなかった」

「人権」ってなんだろう?(ちょっと調べました↓)
「社会的に人間と認められる存在が生まれながらに持っていると主張される社会的権利のこと」
日本における人権
日本国憲法は、国民主権(主権在民)、平和主義とならび、基本的人権の尊重を三大原則としている。
基本的人権とは、人間が、一人の人間として人生をおくり、他者とのかかわりをとりむすぶにあたって、
決して侵してはならないとされる人権のことである。すべての人間が生まれながらにして持つ。
基本的人権は、生命、財産、名誉の尊重といったような個別的具体的な権利の保障へと展開することが多い。
このため、体系化されているさまざまな権利を総称して「基本的人権」ということもある。



心をこめて文字起こししました。本編だけで4部に分かれています。
お時間がある方は、アーカイブで声を聞いて、表情を見ていただきたいと思います。


No3 アーカイブ1 2時間13分36秒~最後まで




・アメリカへの抵抗、反発よりも無力感、脱力感
・西ドイツの平和運動への参加
・認められていない日本人の人権
・日本が堕落したとき
・個人の人権を目覚めさせるために
・被ばくの影響の体への現れ方(下痢、鼻血、口内炎、湿疹)
・内部被ばくは癌だけでなく心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病、腎機能低下症、肝機能低下症
・ロシアの医者の論文「セシウム137は非常に速い間に心筋梗塞を起こす」
・チェルノブイリから非難したモスクワにもあった「放射線疲れ」=「ぶらぶら病」
・日本政府はアメリカ政府に内部被ばくについての持っている知識を全部出してもらいたいと言うべき
・福島県の小中学生は、全部国費で疎開させるべき



111006肥田舜太郎氏インタビュー




肥田舜太郎氏×岩上安身No1(文字起こし)2011年10月6日


肥田舜太郎氏×岩上安身No2(文字起こし)2011年10月6日


肥田舜太郎氏×岩上安身No4(文字起こし)2011年10月6日

肥田舜太郎&岩上安身 10/6(最後の部分の内容書き出しました)

続きを読むにできるだけ正確に文字起こししました。

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No2肥田舜太郎氏×岩上安身氏(文字起こし)10/6

肥田舜太郎先生の貴重なインタビューです。

直接被ばく者が亡くなった後、
軽いやけどの被ばく者が同じ症状で亡くなり始め、
ついには直接原爆を浴びていない、入市しただけの方にも同様の症状が出て亡くなっていきます。
「ぶらぶら病」の患者さんの、その「だるい」瞬間を目の当たりに見た肥田先生のお話し
「死ぬべき人はもう死んだ」と内部被ばくを決して認めようとしないアメリカと日本政府。
戦後の時代に真実が歪められ、隠されていく現実を体験された
肥田先生の大切な大切な生の声だと思います。

心をこめて文字起こししました。本編だけで4部に分かれています。
お時間がある方は、アーカイブで声を聞いて、表情を見ていただきたいと思います。


No2 アーカイブ1 57分30秒~2時間13分36秒まで


・3日目から現れた放射線の急性症状
・ピカにあっていない兵隊の死
・だるくてたまらない人々
・マッカーサーの「原爆の被害者に、と、日本の医療機関、医師と学者に与える」という声明
・1975年国連で肥田氏内部被ばくについて発言
・ABCC(原爆障害調査委員会)
・原爆による内部被ばくを隠す二つの目的
・ブラブラ病の症状を目の前で見たとき
・アメリカの内部被曝の問題
・英国がアメリカに「内部被ばくは危険だ」反旗を翻す
・被爆裁判で負けた日本の国の言い分
・御用学者になるワケ
・マッカーサーにクビを切られた肥田氏


111006肥田舜太郎氏インタビュー



肥田舜太郎氏×岩上安身No1(文字起こし)2011年10月6日


肥田舜太郎氏×岩上安身No3(文字起こし)2011年10月6日


肥田舜太郎氏×岩上安身No4(文字起こし)2011年10月6日


肥田舜太郎&岩上安身 10/6(最後の部分の内容書き出しました)



続きを読むにできるだけ正確に文字起こししました。

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No1肥田舜太郎氏×岩上安身氏(文字起こし)10/6

肥田舜太郎先生のインタビュー4時間+質問タイムです。
まずは、広島原爆投下直後からの直接被ばくをした方々を診る肥田先生のお話しです。
文字起こししていて、とても辛くて、なかなか進めることができませんでした。
けれど、ものすごく貴重な生の声です。
大切な大切な生の声だと思います。
心をこめて文字起こししました。本編だけで4部に分かれています。
お時間がある方は、アーカイブで声を聞いて、表情を見ていただきたいと思います。


No1 アーカイブ1 初め~57分14秒まで

・原爆投下直後の広島
・4つの不思議な共通の症状
  口の中が腐る
  まぶた、鼻、口からの粘膜出血
  そして、紫斑が出る
  頭の毛が取れる


111006肥田舜太郎氏インタビュー




続きを読むにできるだけ正確に文字起こししました。

続きを読む

福島県内600カ所設置の測定機器は性能不足だった(ニュース記事と受注会社)


追記11月28日ーーー

下記の報道の内容に関して、
アルファ通信の機械が基準を超える誤差で高く計測されるのではなく
文科省が「測定値が低くなるようにしろ」ということに対して応じられなかったせいだという
内容の話しが出てきました。
文科省が契約を解除した業者(アルファ通信)との間には何があったのだろうか
↑ こちらに新しくブログを書きましたので、ごらんください。

                                        ーーーー追記ここまで



福島第1原発:県内常時監視用線量測定器に基準超える誤差
毎日 2011年11月18日 22時7分 更新:11月18日 22時20分

20111119k0000m040057000p_size5.jpg
誤差が基準より大きく回収される放射線量測定機器=文部科学省提供

東京電力福島第1原発事故を受け、
福島県内の小学校や公園など600カ所で放射線量を常時監視するために設置された測定機器の性能が、
文部科学省の定めた基準に達していないことが18日分かった。
同省は機器を納入した業者との契約を同日解除。今後機器を回収し、入札をやり直す。

この影響で、10月に予定していた運用開始は来年2月以降にずれ込むことになった。

文科省によると、入札は7月にあり、
5社の中から最低価格の約3億7000万円を提示した
東京都中野区の通信機器会社「アルファ通信」が受注した。

文科省は測定誤差を「上下20%以内」としていたが、
機器設置後の10月下旬になって誤差が最大40%あることが分かった。
同社は今月14日までに改善すると約束していたが実現できなかったという。

文科省は同社に違約金を請求する方針。
同社の広報担当者は取材に
契約解除は納得いかない部分が多い。社内で今後の対応を決めたい」としている。

入札前の仕様書審査では不備を確認できなかったといい、
渡辺格(いたる)原子力安全監は
「保護者や県民に心配をかけて誠に残念。早急に運用開始できるよう努力する」と話した。

計画では、今回の600カ所に加えて県内の中学校や保育園など約2100カ所にも拡大する。
測定結果は同省と県のウェブサイトで即時公開する。
【野田武】




株式会社アルファ通信ホームページ

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記者発表
「福島市と飯舘村に設置した放射線測定公開システムのご紹介と測定データ報告」


本日5月30日午後3時より、大手町ファーストスクエアビル イーストタワー2F RoomCにて
記者発表「福島市と飯舘村に設置した放射線測定公開システムのご紹介と測定データ報告」が
行われ、弊社代表・豊田勝則、技術担当・武藤真人が出席致しました。

放射線測定システム「安心生活」のご説明と、
5月28日に福島県の福島市庁舎前と飯舘村役場前に
「安心生活」設置させて頂いたご報告を致しました。
それに伴い計測された5月29日の24時間の計測データを発表させて頂きました。

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この機種の設置のニュース↓

福島・飯舘村に放射線量の表示機器、常時測定へ
(2011年5月28日11時48分 読売新聞)

よみうり
福島県飯舘村役場前に設置された
放射線量常時測定・表示システム=宮坂永史撮影

放射線量常に表示飯舘村に機器設置 村全域が計画的避難区域となり、
住民の避難が進められている福島県飯舘村の役場前に28日、
放射線量を常時測定して表示する機器が設置された。

東京電力福島第一原子力発電所の事故を受け、東京のシステム会社が開発し、同村に無償で設置した。

機器は、子供の身長に合わせ、高さ50センチの空気中の放射線量を測定。
電光掲示板(縦計約30センチ、横約25センチ)に、10秒ごとに更新された数値が表示される。
データを蓄積できるため、後に分析することも可能という。

設置に立ち会った菅野典雄村長は「村民は正確な放射線量を知りたがっており、
これなら多くの人が数値を見ることができる。住民の説明資料にも活用したい」と話していた。




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