カザフスタン核実験場跡「18年後のセミパラチンスク」(全て文字起こし)




2009年 放送番組


セミパラチンスク 18年後の現実~カザフスタン核実験場跡~ 1-5 from sonar on Vimeo.




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中央アジアのカザフスタン
どこまでも広がる平原は実は見えない脅威にさらされています。
1949年から89年までの40年間、ソビエト連邦はここでおよそ500回の核実験を行いました
核実験場の周囲に暮らす人々は何も知らないまま被ばくし
癌をはじめ様々な病に侵されました。
ソビエト政府は住民被害を認識しながらも住民に隠して国権を繰り返しました
そして、放射能汚染は今なお住民の体をむしばみ続けています
実験所の閉鎖から18年、今も残る放射能汚染の爪痕を見つめます

セミパラチンスク 18年後の現実~カザフスタン核実験場跡~

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カイナール村

現地の男性:
核実験が始まったのは1949年の事です
核爆弾が爆発すると大きな赤い玉が現れました
キノコ雲が空に広がりこの村に向かってきました

現地の女性:
巨大なキノコ雲が見えて
爆発するから隠れろと言われました
水と食料は十分あるから
2日間は外に出るなと言われたのです

現地の女性2:
家の中のもの全てが揺れました
地面も揺れました

現地の男性2:
兵隊が来て「窓と戸をぜんぬ閉めて外に出ろ」と言いました
「地面に伏せて空を見るな」と

現地の女性3:
まず、空が赤く祖なり次にキノコ雲が現れました
火の玉がキノコ雲になったのです
キノコ雲は大きくなり続け空を覆いました
幼かったので危険は感じませんでした
おそらく私の目が見えなくなったのは、爆発のせいです

ナレーション 中川緑アナウンサー:
1945年、アメリカが初の核実験を行うとその4年後にはソビエトも続きました
政府が実験の場所として注目したのが
当時ソビエト連邦の構成国だったカザフスタンでした
カザフスタン北東部に広がる日本の四国程の土地
これがセミパラチンスク核実験場です
実験場のすぐそばにはカイナール村、サルジャール村等の集落がありました

サルジャール村 核実験被害者病院

サルジャール村では人々の暮らしが続いています
実験場の閉鎖から18年がたった今も
住民の間に様々な健康被害が現れています

現地の住民女性:
11人の子どものうち7人は死んだ
生まれてすぐに息を引き取った
夫は55歳で死んだ
喉頭がんだった
健康なのは孫娘だけだ

現地の男性:
この子は1975年生まれ
生まれつき知的機能に障害があります
我が家には知的障害の子が後2人
それから、ダウン症の子が3人います

現地の女性:
最愛の家族は父も母も兄弟姉妹も
30歳だった息子のアリヴァエフも みな死んでしまいました

現地の男性:
6人の子どものうち2人は幼くして亡くなりました
子どもたちの死因は放射能ではなく「珍しい病気」とされました
核実験のせいに決まっています
医者は何もできず診断も下せなかった

反核運動家 スルタン・カルトイエフ
病んだ樹が病んだ実を結ぶ事があります
長年放射能を浴び続けた人の子は、病に侵されることが多いのです


セメイ養護施設

医者:
ティムールは2歳3カ月
前頭骨に形状の異常と腫瘍があります
外科手術の第一弾はすでに終了しました
この子は、生まれて間もなく母親に捨てられ養護施設に入れられました

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ナレーション:
人類の核の悲劇の始まりは1945年でした


アメリカは原子爆弾を広島と長崎に投下
一瞬で破壊させました



グルジャン・セルガナ 歴史家:
その時から核戦争がはじまりました
アメリカに続いてソ連の物理学者たちが
大量破壊兵器製造の主導権を握ったのです



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たねまきJ「乳児用食品基準・原発調査委員会委員長就任・非常用復水器の照査結果」小出裕章氏(内容書き出し・参考あり)11/24

・厚生労働省が食品区分に「乳児用食品」を新設することについて
・国会の福島第一原発事故調査委員会の委員長黒川氏就任について
・「非常用復水器」が津波到達後機能していなかったという東京電力の調査結果について

11月24日木曜日 
京都大学原子炉実験所小出裕章助教に聞く
Radio News「たねまきジャーナル」
MBSラジオ [MBS1179.com]





<参考>
放射性物質:
食品規制「母の不安」応え 疫学データ基に、新分類「乳児」新設

毎日新聞 2011年11月25日 東京朝刊

食品に含まれる放射性物質の新たな規制値作りで、
厚生労働省は24日、食品区分に「乳児用食品」を新設し、
食品全般を「一般食品」として一つにまとめて現行の5分類を4分類にすることを決めた。
放射性セシウムの被ばく限度を現在の年5ミリシーベルトから1ミリシーベルトに引き下げる方針を踏まえ、
年内に食品区分ごとの規制値案を設定、来年4月の施行を目指す。【佐々木洋】

厚労省は、粉ミルクなど乳児用食品の区分を設ける理由を
「食品安全委員会から、小児の期間は感受性が成人より高い可能性が指摘された」と説明した。
同委は10月、チェルノブイリ事故で小児に甲状腺がんなどのリスクが増加したとする疫学データを基に
同省側に適切な措置を求めた。

見直しの背景には、幼い子を持つ母親らから
「子供にはより厳しい基準を」との意見が同委に多数寄せられたことがある。
厚労省もこうした声を重視し、今後対象の乳児用食品を具体的に検討する。

現行の「野菜類」「穀類」「肉・卵・魚・その他」の3区分を「一般食品」としてまとめるのは、
「パン」「コメ」など食品ごとに細かく分けると、個人の摂取する食品の偏りによって差が出るためだ。
そもそも食品の国際規格を策定しているコーデックス委員会の規制値も「一般食品」と「乳幼児用食品」の2区分のみ。
「食習慣の違いによる影響を最小限にし、分かりやすい規制にしたい」(同省)という。

一方、全世代で摂取量が多い「飲料水」(調理に使う水も含む)や、子供がよく飲む「牛乳」は、
特別な配慮が必要との考えから、それぞれ独立した区分を設ける。

現在の暫定規制値は、世代ごとの平均的な食品摂取量などを基にセシウムの被ばく限度値を算出。
最も厳しい数値を規制値とし、全年齢に適用している。
新たな規制値も同じ方法で算出するが、
年代を「1歳未満」「1~6歳」「7~12歳」「13~18歳」「19歳以上」の五つに細分化。
「13~18歳」と「19歳以上」は男女差により摂取量に大きな違いがあることから、きめ細かく評価する。


福島第1原発:国会事故調の委員長に黒川氏起用へ
毎日新聞 2011年11月28日 20時17分(最終更新 11月28日 20時21分

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黒川清・元日本学術会議会長=
首相官邸で2006年6月14日、藤井太郎撮影


衆参両院は28日、
東京電力福島第1原発事故の原因究明と検証を行うために国会に設置する事故調査委員会の委員長に
黒川清・元日本学術会議会長(75)を起用する方針を固めた。
ほかの委員も含めた人事案が国会事故調の上部機関にあたる衆参両院の議院運営委員会合同協議会に
近く提出され、衆参両院議長が両院の了承を得て任命。国会事故調の会期内発足を目指す。

黒川氏は東大医学部卒。同大医学部教授、東海大医学部長などを歴任。
03~06年に日本学術会議会長を務めた。
その後、安倍晋三首相時の06年10月に内閣特別顧問に就任、08年10月まで務めた。【木下訓明】




【福島第1原発の現状】(11月22日)
非常用復水器、機能不十分 第1原発、津波到達後

2011/11/24 07:00 共同通信

東京電力は22日、福島第1原発1号機で、緊急時に原子炉を冷却する「非常用復水器」(IC)が
津波到達後に十分機能していなかった可能性があるとの調査結果をまとめた。

ICは原子炉の蒸気を外に引き出して、水に変えて炉に戻して冷やすための装置。
東電によると、熱交換で蒸発するIC内の冷却水が、津波発生後でも約60%も残っていたため、
冷却機能が不十分だったと結論付けた。

燃料の被覆管が水と反応して発生した水素がICに入り込んで除熱機能が低下した可能性があるとしている。

松本純一(まつもと・じゅんいち)原子力・立地本部長代理は
「ICがずっと動いていたとしても最終的には炉心損傷に至ったと判断している」と説明している。



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