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03.19
Mon


「 瓦礫の広域処理 」 via 文化放送ゴールデンラジオ(120316)

大竹まこと
室井佑月
太田英明  

太田:
がれきの処理の問題ですね。
国は一生懸命広域処理という事で、宮城や岩手のがれきを
いろんな所の自治体で引き受けて欲しい、処分して欲しいと言っていますが、
なかなか、地元の住民の理解が得られずにそれが進んでいないという状況があるんですけれども、
それについて今日は朝日新聞が特集を組んでいて、
3人の方が3者それぞれの立場でがれきに対する意見を言っています。
一人は黒岩祐治さんという神奈川県の知事の方です。

大竹:元フジテレビのキャスターですね

太田:
そうですね。
岩手県宮古市を視察した時に、宮古市の担当者が、
「岩手県は瓦礫を3年で処理する計画なんだけれども、私たちだけでは5年かかるんです。
2年分お手伝いいただけないでしょうか?復興のために必要なんです」と頼まれたので、
「地域の住民の反対があっても、新しい手立てを考えて、私は、それでも受け入れる方向で一生懸命やりますよ」
というふうに言っています。



二人目
山内知也さんという神戸大学大学院の教授の方なんですけれども、
「そもそも、西日本って、放射性物質でほとんど汚染されていないのに、
岩手、宮城多少は放射性物質があるものをわざわざ西日本に持ってきて、それを広げる必要はない」
とおっしゃっているんですね。

大竹:福島はね、外に持ち出さないって・・

太田:福島はまた別ですけれどね。

大竹:別枠だけどね

太田:

「がれき処理が遅れているのは、広域処理、日本中の自治体が受け入れないからじゃ、実は無いんだ」と。
広域処理で処分しようとしているのは岩手、宮城のがれきのうち、およそ2割しかない。
で、本当に解決させるんなら、被災地で高性能のフィルターが付いた大型の焼却施設を作って、
そうすれば、大きなお金も落ちて雇用も期待できると。
復興につなげるための処理を進めるべきだと、この方はおっしゃっているんですね。

大竹:
そうなんだよ。それなんでやんないの?
何で1年もたっているのに何でやんないの?

室井:
最近すごい、えっとね、
徳島県の知事が、瓦礫受け入れは今のままだったらダメですよっていうのを発表したんだけど、
きちんと、放射性物質が付いていない、安全だって言われているんだったら、それは助けたい気持ちがあるから、
受け入れるみたいな文章を書いていて、
徳島県知事って、すごい立派だなって思っちゃった。

大竹:ああ、そう

室井:理路整然としていてさぁ、その文章が。

大竹:ああ
でも、あれ、細かい事を言えば、サンプル調査とかああいうのだって、大変だよ。
サンプルでやるわけだからね、全部ができるわけじゃないからね。
ま、それはいいや、
それは、受け入れる側の態度としては立派だっていうのは分かるよ。

室井:知事によって、違うんだとね、考え方がね。

大竹:ハイはいはい、ま、そこまでは良いよね。もう一つありますよね、考え方がね。



太田:
もう1人は、加藤典洋さんっていう文芸評論家の方なんですけれど、
「やっぱり地域が、日本全国の自治体ががれきを受け入れないのは、そもそも政治不信があって、
政府が決めた基準なんて嘘っぱちなんじゃねぇかっていう、そういう不審があるからそれに抵抗しているだけだ」
ということで、
たとえば何故、環境大臣が原子力行政の特命担当大臣と同一人物なのか、
これは細野さんの事を言っているんですけれど、

事故処理を早く進めようという立場と、
それから、国民の健康、環境を守ろうという立場を一人二役でやるのがそもそもおかしいと。

大竹:そうだね。

太田:そのおかしさにみんな気づいていないと。

大竹:なるほど。


太田:
そういうところからしっかりするところから、政治が信頼を取り戻して、で、
受け入れるか受け入れないかを決める。
順番としてはそうだというふにおっしゃっているんですね。


室井:事故後に焼却灰の基準値とかもすごくいかわったでしょ~?

太田:変わりましたね

室井:
それがさ、だからさ、事故後にすごく変わったことで、
今まではその濃度で汚染された焼却灰とか、がれきとかだったら、
それ、勝手に廃棄したら捕まるようなものだった訳じゃない。
そこを急に変えて「大丈夫だ」って言われても、信用できないっていうのはしょうがないと思っちゃうんだよね。

太田:だから、国の都合で基準って変えていましたからね、福島第一原発事故が起きてからね

大竹:
ま、いろんな・・
黒岩さんは受け入れるね、
山内さんは西日本に運ぶのは間違い
加藤さんは政治不信が受け入れを拒否しているんじゃないかと、政府を信用していないからだと。
いろんな意見がありますけど、

この問題はね、この前の番組の野村邦丸さんで二木啓孝さんが言っていたんだけど
俺はこの方の意見がかなりいいんじゃないかなと思うんだけど、
ま、この方が言っていたけど、俺が思うのに、
じゃあね、神戸の時の瓦礫は2000万と、今度の瓦礫は2300万と、
大差ないわけだ。
じゃ、伺うけど、神戸の時の瓦礫はどこかに持って行って処理したか?と。
どっかが受け入れましたか?と。

太田:そんな話はなかったですね。

大竹:
そんな話は何処でも聞いていない訳。
ね、これ、受け入れるためには、ね、
ま、全部じゃないけど、400万だって言われているけど、
全部受け入れるとしたら2200万と、ね。
トラック220万台分。
10トントラックで220万台分。ね、いるわけだ。
10台運んだとしても22万台いるわけだ。間違っているかもしれない、ね、それだけいるわけだ。
ね、二木さんは、「どこかの誰かが儲けようとしているんじゃないか」って、いうふうに
番組の中でおっしゃっていたけれども、
おれも、どう考えてもね、
どう考えても、「神戸の時にはこれ、みんなで受け入れるのやったかな?」って思って、

室井:そうだ!先週大竹さんにその話聞いて、私も、「あ、そういえばそうだ!」って思ったんだ。

大竹:
それがあるからね、
で、西日本に来るのはこれは間違いって、山内さんが言ってるんだけど、
何でこの1年の間に現場でね、ここ危険です、住んではいけませんって言っているところがあるわけだよ。
ね、もう住めませんよここ。住まないようにしてくれ、そこに建てればいいじゃないじゃないかと。
こんなもの。

太田:うんうん、うんうん。

大竹:ね、で、現地に雇用も生まれるし、

室井:お金も入るし

大竹:
お金も入るし、
だから、なぜしないんだ?と。
ね、受け入れる受け入れないで、地方と、あの県は受け入れない、受け入れるとか、
絆を分断するような事をさ、
こう、なんか、誰かがやっているとしか俺は考えられないんだけどね。
も~うちょっと、これみんな、
二木さんの意見はそんな事大竹さん、それ、トラックのね、台数っていうのは二木さんの意見です。
ね、だからもうちょっと考えなくっちゃいけないんじゃないかね。

こういう事がね、やっぱりその政治不信を生むって言う加藤さんの、
原発担当大臣と環境大臣が一緒っていうのもね、
同じ人間が、こっちでは整理しましょう、
こっちではさ、この問題をなんか環境的に考えましょうなんて、言えないと思うんだよね。
やっぱ、その辺から、もう、元からやらなくちゃ、
「それでも私は受け入れる」は、実質的にはちょっといい意見に聞こえるけれども、
そんな簡単な問題じゃないんじゃないの?




番組中、大竹まことさんが話していらっしゃる二木さんの放送はこちら↓
「がれき広域処理に疑義 」二木啓孝さん3/14文化放送くにまるジャパン(内容書き出し)




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03.19
Mon


豪州ABCニュースに武田邦彦先生が出演されました。

Australianetworknews 2012/03/05



福島原発のメルトダウンから1年近く経ち、
放射性物質の除染担当の職員たちは、非難の動きにさらされています。
科学者たちは、プロセスが欠陥していると言います。
いくつかの家族は二度目の非難に直面しています。

山崎ひろ子と家族は早くも日本当局に信頼を無くしています。
福島原発災害により、彼らは故郷浪江を離れることを余儀なくされました。
今、彼らは新しく建てられたアパートに住んでいます。
その後二本松市のアパート基礎が放射性物質で汚染されているのが判明しました。

山崎ひろ子さん:
いや、もう、ビックリ仰天。またも放射能から逃げ続けなければならないとは考えもしませんでした。
私は安全だと感じる事はありませんし、もう誰も信用していません。


彼女が除染は失敗だと感じている時に、浪江では、町の除染作業をしています。
日本の環境大臣は140億ドルかけて、福島県の放射能除染を成功させる事が出来ると信じています。


細野環境大臣:
これだけ大規模な除染に取り組んだ国は今までどこにもありません。
人々が彼らの家に戻ることが可能となる事を目的とする、初めての試みの除染となります。

この分野の専門家は、土壌と植物に放射性降下物が蓄積していると述べています。
建物の外部は広範な洗浄により放射線量を低減する事が出来るといいますが、
日本政府は、ただ、除染ショーをしているだけだと非難され続けています。


abc11.jpg

武田邦彦教授:
実際には除染できるような形ではやっていません。
土壌を5ミリメートル(5センチの間違い?)、アスファルトやコンクリートから2ミリメートルを削り取り、

木から葉を刈り取る必要があります。
除染に使用されるすべての水を収集し、処理する必要があります。
これらの手順がなければどこも除染することはできません。


危機管理当局により、人々は忍耐を要請されているのです。
また、当局は、除染は何年もかかるだろうと認めています。
しかし、当局は再び日本の捨てられた街に住めるように出来るだろうと信じているのです。

豪州ABCのGloria Kalacheでした。

日本語訳:Jo2Rayden






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03.19
Mon
自分の命は自分で守るという事
していますか?

今まで、どこかが、だれかが、守ってくれていると思っていました。
国や、行政や、メディアや、お医者さんや、学校の先生、
危険があれば教えてくれて、それに対する対策をとってくれていると思っていました。
そして、助けてくれると。

けれど、そんなふうに思うのは間違いなのです。
どんなときだって、自分の命は自分のものなんだなって、だから自分で守らなければいけないんだと。
こんな基本的な事を忘れてしまうほどに退化していた自分を改めて見つめ直しました。

片田先生のお話しは津波に関してだけども、奥が深いです。




「てんでんこ ‐津波を生き延びる知恵‐」(アルジャジーラ・イングリッシュ放映)を制作した際に行った
防災研究家、片田敏孝教授(群馬大学)へのインタビューをまとめたものです。

内容を書き出しました。

「てんでんこ ‐津波を生き延びる知恵‐」



「てんでんこ」は道徳的に容認できるか?


「津波てんでんこ」という言葉はですね、
津波の時には自分の命だけを守り抜けと、
最優先に守り抜けという事を言っているんですね。

考えように於いては、特に日本社会においては、倫理観に反する事です。
「自分さえ助かればいいのか」この考え方です。
そうです。
多くの子どもたちはそこに多くの疑問点を感じます。

この、「津波てんでんこ」というのはですね、
初めて聞いた時に、やはり、二つの感覚がありました。

一つは、本当にできるんだろうか?こんな薄情な事が。
それは家族のきずなという事を考えたときに、たとえば自分の家族に置き換えた時にですね、
「これが出来るのか?」って考えた時に、
「津波てんでんこ」これは実際は無理なんじゃないかと、

という事も思う反面、それをも押して、こんな言葉を残した、その背後にある津波の厳しさというものを、
まざまざと感じた訳です。

日本は、家族のきずなとか、ご近所との繋がり、それから、地域のお年寄りや、そういった方々を敬う気持ち、
こういう気持ちが非常に強くてですね、
自分が生き残るということ以上に、
周りの人達が、自分だけが生き残ることを良しとしないんですね。
そんな中で、津波の避難という事になってくるとですね、
自分だけ逃げる前にみんながいろんな音が心配になります。

「お隣のおばあちゃん大丈夫かな・・」
「裏のちっちゃい子は大丈夫なんだろうか」
「ああ、あそこは大丈夫か」

そんな事を言いながら、もし、みんなに声かけて回っていたならば、
必ず自分は間に合わなくなってしまいます。

家族の絆が被害を大きくしていくという日本の社会の特徴、そこに大きな津波、
この二つがそろった特に、「津波てんでんこ」あえて津波の時には、
その倫理観を押しつぶしてでも、自分の命を守るんだという事
これを強く、古人が、過去の人達がですね、
自分たちが辛い思いをしたがゆえに、その反省に立って、分かるんだけども、
自分の命はまず自分で守るんだという事を、強いメッセージとして残してくれたのが、
「津波てんでんこ」、「命てんでんこ」なんだなと、思いますね。



自分が逃げる事は他の多くの人を救う事になる

2:35

まず自分の命を守る事、それが周りの人の命を救う事になるんだと、
これは人間のですね、心の特性から言っても言える事なんです。
それはどういう事かと言いますと、地震があった時に、沿岸部の人達は、みんな津波の事が頭に浮かびます。
そして「逃げなきゃいけないんじゃないかなぁ」と思うながらも、
なかなか逃げようとしません。
人間にはですね、ノーマルシーバイアスという、正常化の偏見という言葉こことのなかに生じます。

「自分は今大丈夫なんだ」と、
「異常な状態に置かれていない、正常な状態に置かれているんだ」と、一生けん命思おうとするんです。

だから、たとえば非常ベルが鳴る。
その時にも、非常ベルが鳴ったということの意味は分かるんだけれども、
今本当に火事なんだって、本当は思いたくないんですね。

だから、今火事なんだろうかどうなんだろう?ってキョロキョロと様子を伺う

その時に、誰かが「火事だ」と叫ぶと、さすがに今火事だと思って逃げざるを得ない状況が出来あがって逃げる。
もしくは、非常ベルが鳴った後に煙の臭いがしてくるとかですね、
こういう状況の中で、第二報までなければ人間は逃げないという事です。

で、この、津波の時もそうなんですね。
地震が起こる。
今津波が来るかもしれないと思って、みんなキョロキョロしている。
結局みんなで、友達や、あの子も逃げていないこの子も逃げていない彼も逃げていない、お隣さんも逃げていない。
と思いながら、自分が安心してしまう。
お隣さんはお隣さんで僕を見ながら、隣は逃げていないと思いながら、みんな安心する。
安心のテンポラリーのネットワークが出来てしまう訳ですね。
そうやってみんな
逃げずにそこに津波が襲ってきて、みんなが死ぬ。
で、そんな中でですね、子どもたちに問いかけたんですね。
非常ベルが鳴った時に一番先に部屋を飛び出していくというのはすごく勇気がいる事だと。
何となく弱虫みたいだし、多くの場合は誤報が多くて戻ってくる時にすごく恥ずかしい
だから、みんなそう思うと逃げられない。
そうやってみんな逃げない。
だから、君が一番最初に逃げるんだ。
そうすればみんなが疑心暗鬼の状態でいるから、誰かが逃げ始めると、
群集心理と言いまして、誰かが逃げ始めるとそれについて逃げるという行為が行われていきます。
このような、君が逃げれば、みんなが付いて逃げてくる。
だから、君が逃げることが、多くの人を救う事になると言って、
子どもたち一人一人に君が率先避難者になれと、君が率先避難者になるんだと、
一人ひとりに、こう、教えていったわけです。

で、それがですね、
「てんでんこ」の行動というものが、他の行動を誘発していく。
みんなが「てんでんこ」だと思っていれば、彼も逃げたかれも逃げただから、ぼくも。という、
他の「てんでんこ」を生むということになるんですね。
結局より多くの人の命を救う事になるんだという、

これは心理学の知見に基づいた話なんですが、
「てんでんこ」というのは、必ずしも自分の命を守る事だけにはつながらないんだと、
だから、自分勝手な、自分だけ良ければいいという事にはならないんだよというようなことを、
子どもたちには今のような例を使って話をしてきました。


日本はですね、学校の先生方、学校がどれだけ責任を負うのか、
また、防災は行政がどれだけ責任を負うのかという、
そういう依存心が非常に強い防災が、これまでの日本の防災でした。

ですから、「津波てんでんこ」の教育をするに際してですね、
とても、その背後にある、これまでの防災の取り組みの背後にある、
「学校に任せ切っていますよ」という、この姿勢を否定すること。
そして、学校は全責任を持てるということも否定をすること。
自分の命は自分で責任を持っているんだという、
命を守るということの原理原則というものを元に戻さなければならない
という思いは、強くありました。






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