「事故が起きたって責任取らないよ」って言っている会社をだれが信用するんですか?泉田知事7/2報道ステーション(内容書き出し)

テレビ朝日・報道ステーション 2013.7.2.

柏崎刈羽「再稼働」申請へ 東電決定に泉田知事が激怒 投稿者 tvpickup



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新潟県の柏崎刈羽原発の再稼働に向けて、東京電力は安全審査を申請すると発表しました。
これを受けて新潟県の泉田知事は怒りをあらわにしています。

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新潟県泉田裕彦知事:
信頼関係を完全に破壊する行為ですよ。
再稼働の議論はしません。

柏崎刈羽原発が立地する新潟県の泉田知事。
怒りは東京電力の今日の決定に向けられている。

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東京電力廣瀬直己社長:
新規制基準が施行後、出来るだけ速やかにですね、
この(柏崎刈羽原発)6号機7号機両号機に付きまして、
えー、適合性の、…適合申請をすると。



東電は原発の新規制基準が施行される8日以降、速やかに安全審査を申請すると発表した。

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新潟県泉田裕彦知事(午後5時半):
事故の責任を誰もとってないという状況で総括も終わっていません。
自ら引き起こしました事故に対しまして、
企業としての責任を果たしていないという中で申請をしていくというのは、
到底国民の理解を得られるとは思いません。

こうした中でですね、地元に対する説明も一切ありません。
これ以上の地元軽視はないと思います。

新潟県の泉田知事は事故の検証ができなければ再稼働の議論はできないと主張してきた。


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(先月19日)
新潟県泉田裕彦知事:
再稼働の議論はしません。
まずは、福島原発事故、これを検証して対策を取るっていうのが先だと思うんですよ。

再稼働は安全審査を通っても地元自治体、つまり泉田知事の了解を得なければならない。
そもそも泉田知事は新たな規制基準そのものに疑問を投げかけてきた。
4月、原子力規制庁に乗り込み、直接やりとりがあった。

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原子力規制庁 4月22日
泉田裕彦知事:
原子力規制委員会は原子力発電所の安全と、それから住民の安全。
守る気があるんでしょうか?


原子力規制庁 池田克彦長官:
それは当然ございます。
それが我々の責務でございますので。

泉田裕彦知事:
なぜ田中委員長は今日お会いに来て下さらないんですか?3月から要請しているんですよ、面会。

原子力規制庁 池田克彦長官:あ、そうですか。

泉田知事は原発の新規制基準の策定に現場からの要望を取り入れるよう、
3月から田中委員長との面会を要求していた。
しかし、面会は実現せず、新基準案が策定された
ことに憤っているのだ。

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2007年の中越沖地震で柏崎刈羽原発では火災と微量の放射能漏れが発生した。
地震という自然災害と、原子力事故を同時に経験したのだ。

泉田裕彦知事:
地震の中で原子力災害が起きた場合に、
オフサイトセンターに知事が行ったら災害対応の式が出来なくなるんですよ。
「だからこれはいったいどうするんですか?」っていう質問を出したのになんで答えてくれないんですか?



中越沖地震の経験を踏まえ、地震の災害対策本部を指揮しなければならない県知事は、
原発事故の対策を受け持つオフサイトセンターに詰めることなどできないとの発言だ。
この問題は今も解決していない。

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さらに知事が問題視しているのは緊急避難の具体策がハッキリしていないことだ。
事故が起きれば原発の30km圏内が緊急時防護措置準備区域と設定される。
この広域の避難ルートの明確化や物資の調達など、具体的な対応策の検討を求めたのだ。

この状況下で泉田知事は「再稼働の話はまだ早い」としていたのだ。

ではなぜ東京電力は知事の同意を得ていないにもかかわらず
今回安全審査の申請を急ぐのか?


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テレビ朝日経済部東電担当 吉野実記者:
東京電力をですね、(国が)支援する枠組みっていうのは
5兆円というように上限が一定の枠を決められていて、
いまこの2年余りの間に、もう3.8兆円のお金を賠償、そして廃炉にお金をつぎ込んじゃっているんですね。
そうしますともう残りが1.2兆円しかないんですよ。
使いきってしまう事は、もう火を見るより明らかな事で、
東京電力は貰ったお金じゃなくて国に返していかなければいけないお金ですから、
5兆円の借金がある会社っていうのが、企業体として果たして存続していくか?って言うと、
かなり破たんのリスクが高くなっていくと思います。

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東京電力中堅幹部:
柏崎刈羽原発の1基を動かすだけで、1000億円弱の収益改善効果がある。
6号機と7号機の2基なら、2000億円弱だ。

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新潟県 泉田裕彦知事:
事故にあった人は自己責任という事でですね、生活再建もままならないことをさせて、
「それでまた原発再稼働っていう会社ね」っていうことが、
これが全天下に知らしめられたっていう事じゃないですかね。
そんな会社だれが信用するんですかね。
「事故が起きたって責任取らないよ」って言っている事ですから。

とにかく、「地元との信頼関係を構築する気がないと受け止めざるを得ない」という事を申し上げています。

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古舘伊知郎:
恵村さん、5兆円で足りるわけがない、
だから私はまず1兆円から事実上の国有化に入ったという、勝手に認識を持ってですね、
今後、除染、廃炉、そして賠償という事を考えると、
これを、「1000億、2000億っていうのを動かさないと」って言っているのも、
企業の論理でわかるんですが、
この再稼動を急いでいるという事に違和を感じる方も多いと思うんですよね。

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恵村順一郎(朝日新聞論説委員):
そうですね、とても理解を得られないと思うんですね。
東電は福島第一原発事故を起こした当事者ですし、
いま、汚染水の問題なんかを含めてですね、問題が次々と起こっている現状なんですね。
そんな状態でなぜ再稼動を急ぐのかというと、
VTRにもありましたけれど、東電の再建計画に向けた収支が合わなくなるからなんですね。

だけどもそれで当面の辻褄は合うかもしれません。
ですけれども、東電には福島の事故処理、それから賠償・除染、それから廃炉ですね。
膨大な費用がこれからもどんどんかかってくる訳ですね。

東電に全てを負担させる今の再建計画の仕組みですね。
これはいずれ破たんするのは目に見えているわけで、
当座しのぎの再建計画ですから、その上に辻褄合わせのための再稼動ですね。

これを乗っけたと言ってもですね、それは無理に無理を重ねるだけだと思うんですね。
で、国は東電の大株主ですから、事は政治の問題だと思うんです。
安倍政権は東電にこの再稼働の申請はやめさせて、
再建計画の方を正していくっていう方向に進んで行くべきだと思うんですよね。

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古舘伊知郎:
そうですね、その場しのぎではなくて抜本的なところを、
もう、本当にやってもらわないと困る状況にありますね。

恵村順一郎:
そうですね、国がもう少し前面に出て、
たとえば除染とかですね、あるいは福島第一原発の廃炉とか、
そういうのは国がやるとかですね、なんか、なんか手を打たないと行けないと思いますけれども。






原子力規制庁 ↓ 4月22日 池田克彦長官×泉田知事のやりとり文字起こし
「原子力発電所の安全と住民の安全。守る気があるんでしょうか?」
泉田新潟県知事4/22報道ステーション・OurPlanetTV(文字起こし)



新潟県庁 ↓7月5日 東京電力廣瀬社長×泉田知事の会談 文字起こし
<前半>「東京電力は約束を守る会社ですか?」
新潟県泉田知事×東京電力廣瀬社長7/5(文字起こし)動画あり


<後半>「敷地境界で線量が上がったでしょ、その時に警告しましたか?世の中に」
新潟県泉田知事×東京電力廣瀬社長7/5(文字起こし)


東京電力 ↓ 福島第一原子力発電所の現在のほんの一部
井戸から放射性物質―"事故後最高"記録更新中!!ー東京電力福島第一原子力発電所




ーーー

しっかりと報道してくれる報道ステーションには感謝だけれども、
表題に私は違和感を感じました。

“柏崎刈羽「再稼働」申請へ 東電決定に泉田知事が激怒”

泉田知事は"激怒"しているでしょうか?
"激怒"という言葉のイメージは、カーッときて、冷静さを失い、怒り狂うような強い状態を想像します。
動画を見ていただければわかると思いますが、泉田知事が"激怒"しているようにはどうしても思えません。
東京電力の廣瀬社長とやりとりも全て書き出しましたが、冷静に穏やかに意見されているだけで、
まだ一度も泉田知事が“激怒”している姿を私は見たことがありません。

番組中にも、
「怒りをあらわにしています」
「憤っている」
等の表現が使われていましたが、

ごくごく普通に当然な意見を述べているだけであって、
泉田知事は普通の人よりもとても丁寧に、そしてものすごく穏やかな話方をしていらっしゃいます。
心の中は東電に対して、呆れたり、許せなかったり、そんな気持ちはあるかと想像もしますが、
その表情は穏やかで決して怒りをあらわにはしていません
泉田知事はご自分の意見を主張はしていらっしゃいますが、一切"激怒"はしていないと私は思います。

どちらかと言えば、泉田知事がおっしゃっている事に対する
東電の廣瀬社長や、規制庁の池田長官の反応を聞いてると、
はたから見ている(書き出しながら)私の方が"激怒"に近い状態になりそうですが・・・。

なぜだろ?、
書き出していて今日は非常に、
激怒・怒りをあらわに・憤っている・などの言葉の使い方に引っかかりを感じましたので、
そのまま私が感じたことを書いてみました。



“柏崎刈羽「再稼働」申請へ 「東電は信用できない」泉田知事”
わたしなら、こんなふうに題名を付けるかな・・・




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「日米原子力協定 2018年にその内容を変更するか、破棄するか」山本太郎さん/「これはもう、人類は滅亡に向かっていると確信しました」広瀬隆さん7/5国会正門前(文字起こし)

国会正門前 

2013年7月5日(金) 首都圏反原発連合


山本太郎さん
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こんばんは、山本太郎です。
いま、参院選に出るとかの話になってて、
でも今日は候補者としてではなく一参加者としてきました。
「再稼動反対」をずっとこの場で言い続けているみなさん。
本当に今でも熱意を持ってそれを続けるっていうのは、
「もう続けなきゃ原発止まんないからだよ」っていう話もあると思うんですけど、
原発止めるためには声をあげてるだけじゃだめだっていう事に気付いたんです。

日米原子力協定っていう奴があるらしいですね。
日本の原発はアメリカとの取り決めに於いて続けられている事です。
日本の原発はすべてアメリカの管理によって行われている日米原子力協定。
これが2018年にその内容を変更するか、破棄するか分からないんですけれども、
2018年にその内容を変更するんですよね、更新の時期を迎える。

この現実を知った上で、全員国民的な運動に繋げていかないと、ただのガス抜きにされてしまうんですよ。

原発反対、再稼動反対が
ぼくたちは心を入れて、気持ちを入れて言っているのに、
聞いている方は「大きな音だ」ということの延長線上以外何も出ないんですよね。

官邸前デモ6/29東京新聞・報道ステーション(動画・書き出し)・IWJ・TBSなど
野田総理は官邸の外の音にこう話したという。
「大きい音だね」



日本は作り過ぎたプルトニウム、これをずっと持ち続けている。
このプルトニウムをアメリカから「減らせ減らせ」と言われている。
「お前たち、軍事利用じゃないんだろ、平和利用なんだろ、減らせよ」
減らすにはどうすればいいのか。
MOX燃料となったものを原発で燃やし続けるしかない。
「軍事利用じゃないんだよ」っていうことを示し続けるために、
原発止まるわけないんです。

プルサーマルとMOX燃料
「一度プルサーマルで燃料を燃やすと超ウラン元素が沢山…」小出裕章ジャーナル6/22ラジオフォーラム

小出:
自民党というその政党が日本の原子力をずっと進めてきたわけですけれども、
一番初めから、平和利用と標榜しながら「実はプルトニウムを持ちたかった」というのが
彼らの狙いだったのです。
そんな事を、でも、世界の国々が許してくれる訳はないわけで、
「日本の国は使い道のないプルトニウムは持たない」という国際公約をさせられたのです。

西谷:そういうことは無理矢理でもプルサーマルをやっておかなきゃいけないという…。




2018年、日米原子力協定、この更新の時期まで、
そんなもう先の話じゃないんです。
もっと事前に協議があるだろうから、もっともっと大きな国民運動にして、
原発反対、再稼動反対はもちろんだけれども、
その中心に核となる問題に日米原子力協定 をみんなで拡散していきませんか。

この部分に関して政治家は口に出さないんですよ。
原発反対、再稼動反対、でもそれが止まらないっていう事を知っているんですよ、原子力協定があるから。
なんの意味があるんですかね、それに。

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ぼくたちが政治家のおしりをたたかないとダメですよ。
「この事を言ってないよね」って。
もっと触れろよ。
もっと本気にさせないとダメですね。

ここにる皆さんは本当にいろんなところでロビー活動をされたりとか、
政治家のみなさんを応援したりしている方々なんで、
こんなことはいうまでも無く、
それはもう重々やられている方が多いと思うんですけれども、
でも、これもう時間がないんですよね。

じゃないとこの地震の活動期に、しかもMOX燃料を使ったこの原発、
止めることなんて不可能なんです。

だから、大間はフルMOXなんです。
大間はフルMOXで、しかも再処理工場これから動きますよ。
どんどん、どんどん作らすつもりなんですよ。

これ「今止めなきゃ」というか、全員で協力しなければいけない事実なんですよね。

ね、本当に。
もっと踏み込んだ所まで頑張ってくれよって、
どの党かいろいろ比べてみたけれど、
「この党は他の党より言っているよな」なんていう所で、政治家を甘やかすのはやめましょ。

もっと急がなきゃ、時間がないんです。
こうやっている間にも被ばくしている人たちがいるし、
そして僕たちは食品の安全基準で、日常的に低線量被ばくをさせられ続けている。
東京の安全も、どこが危険か安全か、ハッキリしてもらえてない。

測っているのはセシウムとヨウ素だけじゃないですか。

文部科学省は31種類以上出したって言ってましたよね。
もっともっと政治家のお尻を叩きましょう、みんなで。

命かかってますから。

そして基本に立ち返って、
今までの国際基準、被ばくしていいのは年間1ミリって決められていたんですから、
年間1ミリ以上の被ばくをさせられる所は避難の権利を与えて当然じゃないですか!

原発あり得ない理由はなんでしたっけ。
放射性物質と人間は相いれないものだからですよね。

「反原発」が言えて「反被ばく」が言えないのはおかしい。

政治家のもっとお尻を叩いて、俺たちが言えないことを中でもっと言えよ、って。
命を守るためにもっと行動させましょうよ。

すみません、生意気ばっかり言いまして、
ぼくも頑張ります。ありがとうございます。

東京選挙区、たった1議席を狙うような脱原発であるならば、原発なんて終わるわけない。
たった5議席、その中の1議席を何とか取りに行こうとする脱原発脱被曝であるならば、
この世の中から無くなる筈はないんですよ。
目指すところは、ここに来ているメンバーじゃなくて、ここにも来ないような
末路を握っているような、この現状に気付いていない人々を掘り起こすことじゃないですか。

吉良よし子を国会へ、それ以外の脱原発も国会に送りましょうよ。
いま、この選挙が終わってしまったら、3年動けないんですよ。
どんどん変えられていっちゃいますよ。

脱原発で過半数目指せるぐらいに死に物狂いで動きませんか。
東京から発信しましょうよ、発信力があるんだから。
吉良よし子を国会に、その他の実現可能な国会に居る人達を国会に呼べるように、
脱原発の力をいま結集しましょう。

ありがとうございました。






広瀬隆さん
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一つ今日言いたいのは、私と太郎さんは3月にドイツへ行きました。
そこで見たのは地獄でした。
我々二人は、というより8人でドイツ300kmまわりましたけど、
その時に我々が行ったのは
「青い鳥を見つけよう。ドイツは原発を辞めるんだから彼らに学ぼう」と思って、
そして行ったのに、行った先は地獄でした。

それはなにか?というと、
我々は3回もですね、地底の1000mですよ、
不気味な、その高レベル放射性廃棄物、低レベル、中レベルをすでに捨てたところ、
そしてこれから埋めようとしているところへもぐってきました。


そこで見たものは、地下水は出てくる、石油は出てくる、ガスは出てくる、
そんなところへですよ、放射性廃棄物を埋め用としている、これがドイツ人なんです。

なにが理想ですか!

我々はもう悄然としました。
これはもう、人類は滅亡に向かっていると確信しました。


それを先導しようとしているのが我々の日本ですよ。
そうでしょ?許されるもんですか!

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ここにですね、DVDが、
3000kmまわった記録があります。
これは3時間です。皆さんご覧になって下さい。
これだけはですね、私は押し売りしてみなさんに見せたいんです。

もし心ある方がいらっしゃったら是非見て下さい。
なによりも百聞は一見にしかずです。



核のゴミどうすんの!? 山本太郎と広瀬隆のドイツ取材3000kmの旅

【DVD先行配信映像】


●原発廃炉で立地自治体の経済は成り立つか。
●中間貯蔵、最終処分地に関しての問題。

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2枚組1セットの値段です ¥1,000
※この価格には消費税5%が含まれています。
※送料無料


其の一「日本の裁判"制度"というか、裁判"官"のあり方というか、 もうひとつ言えば"裁判"のあり方」6/30"菅原文太 日本人の底力"井戸謙一(文字起こし)

菅原文太 日本人の底力 客人・井戸謙一(其の一)

2013年6月30日 ニッポン放送

菅原:
菅原文太 日本人の底力。
今日は客人に元裁判官で志賀原発の運転差し止めの判決を出された
弁護士井戸謙一さんに来ていただいて話を伺います。

井戸 謙一さん、

井戸:はい。井戸でございます、よろしくお願いいたします。

菅原:裁判官を辞められましたね。

井戸:2年前ですね、はい、辞めました。

菅原:
原発に関わる裁判で、
ようするに何と言ったらいいのか、有罪と言っていいのでしょうか?そうじゃないのかな。

井戸:
住民の方がですね、北陸電力の志賀原子力発電所2号機っていう原子炉なんですが、
「それの運転をしないでくれ」という差し止めを求める民事裁判を起こされたんです。
それをたまたま私は金沢地裁にいまして、その事件を担当した。
それで判決で、住民の方々の請求を認めて、
「北陸電力に対して志賀原子力発電所2号機を運転してはならない」という、そういう判決をしたんです。

で、今までたくさんのそうした原発訴訟がありましたけど、
住民が勝ったのは、私の例とも1例あるんですけど、
ま、2例のうちの1例だという事で、みなさんから注目していただくようになったと、最近。
そういうことですね。

菅原:
あの、原発のその、東電であれ、北陸であれ、どこであれ、
電力会社の敗訴っていうのは、時々はあるのかな?なんて思ってはいたのだけど、
ないんですね、滅多に。

井戸:
そうですね、2例だけですし、その2例も上級審でひっくり返りましたから、
最終的には住民側全て敗訴。
電力会社が全て勝訴ですね。

菅原:
上級審と言うと、高裁ですか?それとも最高裁までは行かなかった?

井戸:
私がした判決は高裁。
名古屋高裁金沢支部で住民側が逆転敗訴しまして、住民が最高裁に上告したんですけど、
最高裁も高裁の判断を維持したので、それで最終的に住民敗訴で確定したと、
そういう事になりました。

菅原:もうひとつの、井戸さんと同じように電力側の敗訴を言った裁判官はどういう方ですか?

井戸:
川崎裁判長(川崎和夫裁判長)と言いまして、その判決も同じ金沢なんですが、
それは名古屋高裁金沢支部で1審は住民は敗訴だったんですが、
それを逆転して住民を勝訴させたんですが、
それは最高裁にいって逆転、もう一度逆転で住民側の敗訴ですね。

菅原:
どうしてそういう、電力会社、
ま、ほとんど電力会社だけなのかもしれないし、この行政サイドといってもひろく、
そういう裁判になると、国民の側というか住民の側が負けるケースが多いですね。

井戸:多いです。

菅原:
多いですね。
だから、なぜその…、しかしあれでしょ、憲法なり法律上は「平等であるべき」とは書かれていますよね。

井戸:当然ですね、はい。

菅原:
そして裁判官も、それ以外の感情というか、そういうものを持ってはいけないと。
本当によく良く平等に判定をしなさいという、ま、綺麗事にはなっているけど、


井戸:法律と良心に従って判断すると、そういう事になっております。

菅原:
それがなかなか通らないという事は、
日本の裁判"制度"というか、裁判"官"のあり方というか、
もうひとつ言えば"裁判"のあり方。
高裁であれ、最高裁であれ、住民側の敗訴に終わってしまう。
というような、我々から見るとどうもそれが釈然としないというか。

そこに、井戸さんはもう、今裁判官を辞められて今は弁護士ですね。

井戸:弁護士2年目、3年目に入りましたね。

菅原:だとすると、ま、遠慮なしに忌憚(きたん)のないご意見をお聞きしたいなと思うんですが、

井戸:
一般的に、国、行政が勝つケースが多い、
それから大きな企業が勝つケースが多いという事で、菅原さんが言う通りだと思うんですが、
原発訴訟はさらにプラスしてですね、内容が非常に専門的だという問題があるんです。
裁判官も文系の人間ですから、ほとんど。
まず原子力発電の仕組みから知らない、そういう目で素人の立場で事件に関与して行くんですけれど、
やっぱり非常にその中身は専門的な内容になりますのでね、
それを理解するのがなかなか大変なんですね。

で、電力会社や国側にはその一流の、
肩書は一流の学者たちが付いている訳じゃないですか、東大教授ですとかね。
原告側にも専門家の方はついているんですけれども、
肩書としては、どこそこ大学の助手とかですね、そういう事になりますでしょ。

で、そういう専門的な内容を裁判官が判断する時に、
立派な肩書の方々の意見が「間違いだ」というのは、なかなか素人の立場としては言いにくいという、
そういう問題が原発訴訟の場合にはさらにプラスされますね。

一般的に言えば、国とか行政とかをなかなか勝たせないというのは、やっぱり
裁判官の世界というのは非常に小さな世界なんですね、実は。
全国で今2千数百名です。

菅原:随分少ないですね。

井戸:
で、実はですね、その裁判官の人事権、給与だとか、任地だとか、
そういうものは全て最高裁判所が握っているんですね。
だから、最高裁でそういう司法行政をしているのも裁判官なんですけど、
すると裁判官の中に、そういう出世をして、司法行政を担当する裁判官と、
現場で裁判をしてですね、する裁判官とで、ある意味階層ができるんですね。
評価する立場の裁判官とされる立場の裁判官ができる。

二千数百人ぐらいの小さな世界ですから、
裁判官になった以上はやはりその世界の中で、その社会の中で承認されて評価されて、
それなりのポストといいますかね、
それなるの評価をされてそれなりの大きな仕事ができるポストに付きたいと、
これは人間ですから、誰でもがそう思いますよね。

そうなると、
やはり最高裁判所が考えているような枠内で仕事をしてしまおうという発想に囚われがちなんですよ


それではいけないんです
いわれる通り憲法と法律と良心に従って仕事をするわけだし、
それで国が間違えていれば国を負かさなければいけない。
大企業が間違えていたら、大企業を負かさせなきゃいけないんですけれども、

現実にそうやって国を負かしているケースもあるんですけど、
ただ、全体的に言えば、最高裁がどちらかというとそういう事に消極的なものですから、
現場の裁判官もついつい消極的になりがちだという、そういう傾向があるのではないかなと思いますね。


菅原:
という事は、最高裁判所というのは必ずしも国民が認識している最高裁判所、
わたしどもも、「間違う事はない」というようななんか前提がね。
それも一人ではない訳だから、
何人かの最高の人達が、いろんな事を考え勉強してるんだろうと実は思って、
私のみならず国民はほとんどそう思っているんじゃないかなと。

でもそれがどうもね、どうもそうではないという事は最近ね、
私なんかも「あれ?」という。
という事はね、最高裁の裁判官に任命される人に、疑問を感じ始めたんですよ。

そうすると日本の裁判制度というのは一体どうなんだろう?
たとえば、三権分立と言いますね。
一つは政治ですか。あと行政と、それと法律。


井戸:立法行政司法ですね。

菅原:
立法行政司法という、
それがどうも、三権分立じゃないのかな?という。
いまの仕組みをね、素人が見ても、
だってあの最高裁判所長官っていうのは総理大臣が最終的には任命する、ね。
検察庁長官も総理大臣が任命する。
そして三権分立はないだろうと。


なんか、改めて、この中に井戸さんの事が書いてあった。
それでこの本をね、読んでいたんだけど、
ドイツやイギリスやアメリカすらも、
裁判官の身分というのは、他の国では終生の職業として
簡単にやめさせたり出来ないというふうになっていたり、
それと、思想、所属する団体等も含めて自由に選べると、それが。
裁判所という身分と別途に考え方も思想もその人の自由に選択できるって書いてある。


井戸:市民生活は自由にしているみたいですね、ドイツの裁判官なんかも。

菅原:
それなのに日本だけは、
最高裁判所の判断で、裁判官は偏った思想を持ってはいけない。
そういう意味で普通の人のような自由は与えられない。
ましてね、最高裁の長官が言っている
「共産主義者は裁判官としてはふさわしくない」ということを明言している。
我々ですら、共産主義であろうと、社会主義者であろうと、
そういう自分の中に責任と公平な心さえ持っておれば、それはなんだろうと自由になれる筈だというのが、
全く日本でな成されてないですね。


井戸:
その「共産主義者はふさわしくない」という発言があったのは、
司法ハンドと言われた時代の事なんですけど、
実は戦後日本の裁判所とドイツの裁判所というのはわりと同じような歩みをたどっていましてね、
1970年位までは、新しい新憲法を学んだ若い裁判官がどんどん増えてですね。
それで裁判所の中は非常に自由闊達で、非常にリベラルな判決もどんどん出たんですよ。

それに対して当時の政府、自民党がですね、
「このまんま裁判所に自由にやらせてたら、どんどんまずい判決が出る」という事で、
裁判所に圧力をかけ出したんですね。



菅原:あぁ・・・、

井戸:
その時に当時の最高裁の首脳部がどう対応するか?という事で、
それはもう「裁判所に対する干渉であるから」という事で、
裁判所が一丸となって政府自民党の干渉を跳ねつけると。
それに抵抗して闘うという対応をすべきだったと私は思いますけど、

当時最高裁の首脳はどうしたかというと、
政府に干渉させないために、自主的に、言わば跳ねっかえりの裁判官たちを絞め上げた
訳ですよ。

当時その青年法律家協会裁判官部会というグループ、
それに参加するグループの裁判官たちが、結構リベラルな判決を出してたんですけど、
その青法協という団体が赤攻撃をされたんですけど、
「裁判官はその青法協から脱退せよ」という圧力を最高裁がかけてですね、
ま、脱退した人もいるし、「そんなのはけしからん」と言って脱退しなかった裁判官も沢山いるんですけど、
その頃から裁判所の雰囲気が非常に悪くなったんですね。

で、結局最終的には青法協の裁判官部会も消滅しましたし、
それから、それに代わる裁判官の実質的な集まりである、全国裁判官懇話会という、
これは活発な時には全国から300人ぐらいの裁判官が集まって集会を持ったりとかしていたんですけど、
それもどんどんどんどん消滅して、今はもう無いんですけどね。

で、裁判官の今は実質的な集まりというのは殆ど無いんですよ。
そういう意味で最高裁のもとに、もう一枚岩のヒエラルキーみたいな形になっているんです。

ヒエラルキー(ドイツ語: Hierarchie、ヒエラルヒー、英語: hierarchy、ハイァラーキ)
階層制や階級制のことであり、主にピラミッド型の段階的組織構造のことを指す。



それに対してドイツではですね、そのままの流れで、
どんどん若い裁判官が積極的に発言をして、組合をつくる。
裁判官の組合をつくって、社会的な活動もする、デモにも行くという、
「それがどうして悪いんだ」という事で、そのままの流れできたんですね。
だから、途中までは一緒だったんですけれど、
1970年前後に、日本は急速に変わって、ドイツはそのまま言ったので、今は大変な落差がある



菅原:
どうしてなんでしょうね。
アメリカですら、思想的には自由だというふうに書いてあるし、
そして共産主義に入ってもなおかつ自由なのかどうかはわからないけれど、
しかし、一時のマッカーシー旋風なかが吹いた頃よりははるかに今は自由になっているんじゃないかとね、
推測するんですけど。
 

マッカーシー旋風 マッカーシズム(英: McCarthyism)
 1950年代にアメリカ合衆国で発生した反共産主義に基づく社会、政治的運動。



あの、そうするとあれですか?
井戸さんはあの、どこかで、そういうものが退職へ、
別にその、クビになったりしたわけではないんだろうけれども、
自ら裁判官を辞めるについて、やっぱり
「このままでは裁判官としての自分の信念も通せない」
裁判官をやっている意味が無くなるというふうに判断されたのかどうか、
そうじゃないのかと、


井戸:
決して、辞めた事とは直接は関わりはないんで、
それはその、非常に私的な理由で辞めましたので、
別に、裁判官として冷遇されて大きな仕事ができないからとか、そういう事では全然ないんです。

で、あの、むしろですね、
確かに原発を止める判断をした時は、やはり思い切った判断ですから、
ある意味そんな判断をしたら「こいつはちょっと跳ねっかえりだ」というふうに評価されて、
その後冷遇されるかもしれないと、
しかしそんな事が仮にあったとして、
だからと言って判決の内容を変えるわけにはいきませんから、そのまま言い渡しましたけれども、
ある程度その覚悟がなかったわけではないんですが、

しかしその後最高裁は、私を冷遇するようなことはしませんでした。

それは、分かりません、あくまで憶測ですけど、
一時期先ほど申し上げたような形でかなり、裁判官を締め上げた時期があったんですが、
逆にですね、国や行政、力の強いものを多く勝たせるような判決が続くと国民の信頼を無くする訳ですよ、
そもそも司法というものに対するね。

で、2003年か4年かな、当時の最高裁長官がですね訓示で
「ヒラメ裁判官はいらない」というふうに言われたことがある


菅原:ほぉー。

井戸:
外からは最近の裁判官はヒラメ裁判官ね、上ばかり見ているばっかりだっていうふうに言われてたけど、
最高裁は「そんなことはない」と言っていたはずなんですが、
最高裁長官自身が「ヒラメ裁判官はいらない」と。
「上を見るような裁判官じゃなくて自分で考えてちゃんと仕事をしろ」という事を訓示で言われたんですよ。
で、やはり最高裁もこれはちょっと良くないという認識があって、
だからちょっと目立つような思い切った判断をした裁判官をですね、
その後冷遇してしまうと…、
かえって裁判官全体を委縮させることになるので、最近はそういう人事はしない。のではないかなと。
私もそういう人事は受けなかった。
辞めたのは、決してそういう事が理由ではないです。


菅原:
しかしやはり、決してクビになったわけでもないし、
そういうプレッシャーがあったわけではないとは言っても、
後に高裁に移って高裁のトップになったり、さらに最高裁なんていう望みはどうも・・・。
持ち得なくなると…、ね。

井戸:それは、ま、そうですね。

菅原:だから、その辺がやっぱり「不公平な国」と言うしかないんでね、

井戸:
わたし、最近の裁判官の世界を見てて、ちょっとどうかな?と思うのは、
今申し上げたのは、冷遇とかそういうことは、目立つような人事はないんですけど、
裁判官だって人間の集まりですからね。
人間にいろんな個性の人がいるように、裁判官の世界にもいろんな個性の人がいて当然じゃないですか。
で、考え方もいろんな、右から左までいろんな考え方がある、個人的にはね。
仕事をする時にはもちろんそういう事は抜きに法律に従って判断する訳ですけど、
私的な考え方としてはいろんな考え方があっていい訳です。

ただその、個性の豊かな人というのが、非常に居辛い。
居づらい世界になってきていてですね、私たちキャリア裁判官と言って一応定年は65なんですが、
ほとんどの人間は65まで裁判官を勤め上げるつもりで裁判官になるわけですけど、
やっぱり途中で退官していく人が結構いるわけです。
ま、私も退官しましたけれどもね。

そういう、非常に個性の豊かな人、
そういう人がどうもその、居づらくてですね、途中で抜けていく辞めていく。
で、残っているのが、皆さん真面目で素直で、
あの・・・、ま、一見いいんですけど、
頭も良いし、一見良いんですけど、なんか、良く似た感じの人ばっかりが残っていると、
そういうような世界になりつつあるような、そういう感じがして、
「これは少し不健全なんではないか」という感じがしてますね。


菅原:
いや、それはもう、裁判官だけじゃなくて、あらゆる階層でね、私なんかは感じますね。
本来は、民主主義というのは自由に、個人が一番根っこにあるんですから。
そこからいどんなものが派生して人間というものの仕事なり行き方が決められて自分で決めていくという、
それが今ともかく、なにかある一面的な生き方しか許さないみたいな事が起きてる。
「これは何なんだろうな?」と思っているんですけどね。

井戸さんもいろんな、裁判官になるについて、過去の歴史とか、司法の。
ということも勉強されたと思うんですけれど、
日本の戦前、戦前と言っても、歴史をたどって行って、
いまのような思想のようなものをを持ってはいかんと、裁判官は。
常に、なんていうんでしょうか、透明人間みたいなことだと言っている訳ですから、最高裁の長官あたりが。
だからそういうようなことは、たとえば戦争なんか、
戦前・戦争があったり、その前は戦争がない時代もわずかにあったとしても、
明治にさかのぼって行って、
いまのような時代はやはりあったんでしょうか?
それとも、もっと自由な時代は、短くてもあったんでしょうか?



井戸:
実は、もっと戦前の方が自由だったんじゃないかと思います。
これは非常に歴史の皮肉なんですが、
戦前は司法の独立というのがなかったわけです。
だから裁判官の人事権というのは司法省が握ってたんですね、司法大臣が。
いまの法務大臣ですよ。

菅原:ほぉー。

井戸:
で、その支配下にあったわけです、裁判官は。
だから簡単に言うと裁判官は対司法省との関係ではまとまれる事が出来るわけです。
裁判官の中に評価するもの、評価されるものというのはないわけですよ。
司法省が評価する訳ですから。
だから、案外、それは戦前ですけれども裁判官同士の間柄は自由だったんですよね。

で、戦後司法は独立しなければいけない。
三権分立のために独立しなければいけないというので、
裁判官に対する人事県は全て最高裁が持つことになった。
すると裁判官の世界の中に評価するものとされるものというのが出来るので、
裁判官同士の中で自由闊達にしゃべると
これはやっぱり自分の出世にまずいとかということはしゃべれなくなるわけですよ。

それで自主規制が始まる。
それで裁判官の世界全体が雰囲気が悪くなるということですね。

だから戦後の改革で司法を独立させたっていうのは、それ自体は間違いではないんでしょうけど、
だけどそれが非常に皮肉なことに、
裁判官の自由闊達な裁判官同士の関係というものを奪っていく結果に結び付いていくという。
そういう、なんか歴史の皮肉みたいな事があるんですよね。


菅原:ん・・・、
いや、北陸の原発の問題だけを、今日はお聞きして済まそうかななんて思ってたんだけど、
短い小さな番組なんで、一回では収めきれないので、
2州に分けて放送しようと思います。

井戸:わかりました。

菅原:今日はこの辺で話を止めて、来週またよろしくお願いします。

井戸:よろしくお願いいたします。

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