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04.18
Fri

東京電力(株)福島第一原子力発電所事故に係る
個人線量の特性に関する調査

独立行政法人 放射線医学総合研究所 平成26年4月18日

避難された住民の方々の帰還後に想定される個人被ばく線量の把握に資するため、
内閣府原子力被災者生活支援チームからの依頼に基づき
平成25年8月から(独)放射線医学総合研究所と(独)日本原子力研究開発機構は共同で、
避難指示解除準備区域および居住制限区域内の代表的な生活場所において
1)空間線量と個人線量の関係を実測・実験的に明らかにするとともに、
2)帰還後を想定した代表的な生活パターンにおける個人線量レベルの推定を試みました。

なお、本調査において、
生活場所における個人線量計を用いた実測及び空間線量と個人線量の関係の評価は両機関で行いました。
その他、(独)放射線医学総合研究所は帰還後想定される社会生活パターンにおける個人線量の推定を、
(独)日本原子力研究開発機構は個人線量計の特性の調査をそれぞれ担当しています。

関連情報
「避難指示区域及び避難指示が解除された区域における放射線量について」
http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/radioactivity/index.html

概要版[PDF 1.4MB]
報告書(不定期刊行物)[PDF 3.5MB]







帰還住民の被ばく量 職業ごとに推計公表
NHK 4月18日 19時25分

原発事故で避難している福島県内の住民の帰還に向け、
内閣府は、避難指示が一部で解除された田村市など3つの市と村について、
住民の被ばく量を職業ごとに30のケースに分けて推定しました。
いずれも避難解除の要件とされている年間20ミリシーベルトは下回りましたが、
ほとんどのケースで政府が長期的な目標としている年間1ミリシーベルトを上回りました。


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内閣府の原子力被災者生活支援チームは、研究機関に依頼し、
原発事故で避難している福島県内の住民の帰還に向け、
今月避難指示が解除された田村市都路地区のほか川内村と飯舘村について、
住民の被ばく量を職業や生活パターンごとに推定した値を公表しました。

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調査は、3つの市と村の住宅や学校、山林などで放射線量を測定したうえで、
住民が生活した場合の年間の被ばく量を30のケースで推定しました。

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その結果、最も高かったのが、いずれの市と村でも山林で働く林業で、
飯舘村で17ミリシーベルト、川内村で5.5ミリシーベルト、田村市都路地区で2.3ミリシーベルトでした。
一方、建物で過ごす時間が長い教職員の場合、
飯舘村で11.2ミリシーベルト、川内村で1.8ミリシーベルト、田村市都路地区で0.7ミリシーベルト
となりました。

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30のケースではいずれも、避難解除の要件とされている年間20ミリシーベルトは下回りましたが、
このうち25のケースで、政府が長期的な目標としている年間1ミリシーベルトを上回りました。
内閣府は、より実態に近い推計ができるよう、今後データを拡充していくことが課題だとしています。

長期目標は年間1ミリシーベルト

政府は、福島県内の避難指示を解除する要件の1つとして、
年間の被ばく量が20ミリシーベルトを下回ることとしています。
国際団体のICRP=国際放射線防護委員会は、
避難などの対策を取る際にそれ以下に抑えるべきだとする年間の被ばく線量の目安を、
20ミリシーベルトから100ミリシーベルトとしています。
100ミリシ-ベルトは生涯で浴びると、がんで死亡するリスクが0.5%上昇するとされている値です。

政府は解除する要件として、20ミリシーベルトから100ミリシーベルトの間で最も厳しい値として、
20ミリシーベルトを採用したとしています。


ただICRPは、長期的には年間の被ばく線量の目標を、
20ミリシーベルトから、通常一般の人が1年間に浴びても差し支えないとされる1ミリシーベルトの間の、
できるだけ低い値に設定するべきだとしています。

政府は、長期的な目標として、除染などによって被ばく線量を年間1ミリシーベルト以下に下げるとしています。

住民の帰還開始後に公表

今回の公表について、今月避難指示が解除された福島県田村市都路地区の住民からは、
不満の声や国への対応を求める声が相次ぎました。
田村市都路地区の避難指示の解除を巡っては、当初、政府と市が去年11月の解除を提案しましたが、
住民の間に放射線量への不安が根強くあったために延期され、
今月1日の解除が決定するまで、住民側と政府などとの間で繰り返し話し合いが持たれた経緯があります。

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解除された後も田村市船引地区にある仮設住宅に残っている住民のうち、農家の吉田一男さん(67)は
「こうしたデータは、解除するかしないのか、議論を行っているときに提示すべきだ」と話していました。
また、すでに都路地区の自宅に戻っているシイタケ栽培など林業を営む坪井哲蔵さん(65)は、
「この時期の発表には、だまされたのではないか、という印象を持つ。
林業で生計を立ててきた私としては戻っても仕事がない状態なので、
国にはもっと山林の除染に積極的に取り組んでほしい」と話していました。

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公表が解除に間に合わなかったことについて、茂木経済産業大臣は、閣議のあとの会見で
「情報提供が遅れたという印象を受ける方がいて、ご心配をかけたことについては申し訳ないと思っている」
としたうえで、
「政府としてはこれまでもできるかぎり迅速かつ丁寧に住民の方々に情報提供を行ってきたところで、
今後もしっかりと対応したい」と述べました。

また、内閣府は
「間に合えばよかったが、今回の結果は推定の方法を作るのが目的で、解除に向けて必要なデータは公表している」
と説明しています。




茂木経済産業大臣

「自分のお尻は自分でとにかく拭きなさいよということで自民党に政権が戻ってきたんだと思うんですよね」
美輪明宏さん12/28(書き出し)

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美輪:
潔さなんですよ。
まず、言い逃れだとかね、詭弁で人のせいにばかりしていて、
民主党のせい、あれのせい、
民主党がつくったわけじゃないじゃないですか、原発なんて。


茂木:いや、国の政策としてやってきましたから、そのときわれわれは

美輪:潔さをね、一番求めてるんですよ、国民は。

茂木:
ですから我々は、そのなんていうか、今度の規制委員会を作る時もですね、
今までとは全く違う、その民主党が出したのよりもさらに厳しい規制

美輪:
いや、だからね、
民主党、民主党ってね、全部民主党のせいにしようとしてるじゃない

茂木:してません

美輪:それが、こ狡くてね、

茂木:してませんよ。

美輪:本当に卑怯未練ですよ。

茂木:ニッコリ
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美輪:「全部自分たちが悪うございました」と一言えばいいんですよ、そう。

茂木:(にっこり笑って頷いてまだニッコリ顔を崩さず)

寺島:茂木さんどうもありがとうございました。






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04.18
Fri
「暴く!東電の実態 語る…福島の今」おしどりマコ&ケン
 2014年3月22日(土)茨城県土浦市の土浦市民会館

動画はこちら↓
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/130613

http://www.ustream.tv/recorded/45148648



脱原発活動のリーダー達

脱原発とかいろんな環境問題の団体の取材もさせてもらったんですけど、
ヨーロッパでものすごい大きい銀行の銀行員が、脱原発活動をしているの団体のリーダーだったり、
すごく、お金を稼いでいい仕事についている人たちが、リーダーになっていたりして面白かったですね。

ケン:会社にばれたら…みたいな、そういう事は関係ないみたいね。

マコケン2014032226

マコ:
またね、ビックリするくらいのイベントをコーディネートしていただいて、
これ面白いんですけど、脱原発の活動をしているリーダー達を20人ぐらい集めた、

ケン:もっといたよ

マコ:
30人ぐらいいてた?の、座談会の取材をしたんです。
私のためにみんなを集めて、ドイツの脱原発の活動、市民活動がどうなっているか現状を取材しよう、
という指示が出まして、
どうも日本の脱原発の団体は、こう…、分断があったり、だんだん弱くなっていったりしている様だから、
「それをどうやって乗り越えたか聞け」みたいなね、そういう指示だったんですよね。

みんな一言ずつ「自分はこういう団体でこういう事をしていてこうです」みたいなことを、
でも沢山人数がいるので時間切れになっちゃったんですけど、
すごく面白かったのがこの中に、緑の党ってあるじゃないですか、
緑の党の方がいらっしゃるんですよね、あと、緑の党の党員の方。
私はここですごく面白いなと思ったのが、この人が政党「左」の人がって、
政党「左」ってすごくストレートな名前だなって。
で、政党「左」の人と緑の党の人、みんないろいろ社会党系指示の人とかいろんな、いろんな政党の方がいて、
自己紹介をしながら、この人の自己紹介の時にさっきのジョンレノンみたいな人が、
「それは違う、お前違うぞ!」みたいなね、
この人、ジョンレノンみたいな人が突然キレたりして、

マコケン2014032227

いろんな団体があるけど、やっぱり意見の相違はあるんだなと思って、


ケン:相違があってもちゃんと言い合うんだよね。

マコ:
言い合う。
喧嘩になるような感じだったんだけど「お前それ間違っている」って。
でも、なんていうか、意見が違っていて当たり前で、
でも脱原発をいつにするか、どういう考え方でいくかについて、
多分ここにいるメンバーはみんなバラバラだと思う。
でも一緒に、「この日に脱原発のデモをしよう」
「じゃあ、参加しよう」ということに、それは参加しない理由にならないから。
同じ、全く意見が同じ人なんていないのが当たり前なんだから、
「でも原発は無くしたほうがいいよね」という事で、
それは共通の結果、共通の願い、最終的に同じだったら、
「細かいところが違っていても時々一緒に動くというのは何の問題もないよ」とおっしゃる方が多かったんですよ。
うん、面白かった。
何かみんな「お前も頑張れ」みたいな感じで、
「原発反対」ってドイツ語で書いてあるんだろうなと思う様なジャンバーをくださるんですけれど、ありがたくて。
この人はグリンピースの人ですね、
何か本当にいろんな方がいらして、おもしろかった。

で、何人かの方がおっしゃってたんですけど、
「ドイツも昔からこうだった訳じゃない」と。
昔は我々も引っ張り合ったり割れていったり、すごく喧嘩をしたり弱体化していったこともある。
「だから日本も、もうちょい経ったら成熟するんじゃないか」とおっしゃる方もいました。
30年我々は、そういうふうな細かいところが違っていてもいいじゃないかみたいになるまでにかかったから、
日本も30年後にはなんかちょっと頑張ったらなるんじゃない?今は無理じゃない
みたいなことも言われましたけれど、

「30年は長いなぁ」と思ったんですけど。


ホロコースト(大量虐殺)

で、ドイツの方々のすごく面白いなと思ったことの一つに、
これはベルリンのホロコーストの森なんですね。

マコケン2014032228

ナチスの大虐殺を反省するためのモニュメントが沢山あって、私はその事にもすごく驚きました。
で、昔に作られた訳じゃなくて、これは2005年に作られたんですって。

マコケン2014032229

これはすごく大きい石なんですけれど、全てサイズが違っていて、
ベルリンのすごく環境のいいところに作られていて、少しずつ傾いて、微妙に傾いているんですよ。

マコケン2014032230

これは、大虐殺の時に亡くなった方々はただの数字じゃなくて、
一人一人全く違う人で、別々の人生があったけれど、
それをもう本当に、急に悲惨に奪ってしまったという事を表すモニュメントで、
案内して下さった方に、ドイツに住んでいるジャーナリストの方なんですけど、
面白いなと思ったのは、
ドイツがもう一度、第二次世界大戦のあともう一度力を持ってもいい、
という事を周りの国々に分かってもらうために、ナチスのホロコーストをものすごく反省している。
今も思っているという事をアピールし続けるという政策をとっているんですって。
だから政策でモニュメントをたくさん作っているというのが、
「あ、そういう事だったんですね」って聞いてきました。

で、先程の方々を大虐殺したモニュメントで、
これは同性愛者の方々、

マコケン2014032231

ケン:ちょっと離れた所にね。

マコ:
そう。
ゲイの方々、レズビアンの方々も虐殺したので、
その方々に対するモニュメントなんですね。
一番最初にゲイの人達が入って、芸だけじゃないレズビアンの人達も殺されたじゃないかという事で入って、


ケン:これ、のぞき窓があって、その中を覗くと映像が流れているんですよね。

マコ:
男性同士、女性同士がすごく仲好くキスしているのを白い目で見られているというのが延々続いている。
で、そこのちょっと歩いたところに、ジプシーとかロマの方々もすごく大虐殺されたので、
その方々に対するモニュメントですね。

マコケン2014032232

ケン:これは国会議事堂の裏。

マコ:
国会議事堂の裏という、こんなにいい場所でね。
ここの石畳に時々こうやって名前が書いてあるんですけど、
これが収容所の名前だそうです。

ケン:すごい数があったよね。

マコケン2014032233

マコ:
それでこれが国会議事堂のすぐ前にあるモニュメントなんですけど、
国会議事堂のわざとまん前に作ったそうなんですけどね。

マコケン2014032234

これはここの上に名前が書いてあるんですよ。
名前と生まれた年と亡くなった年
これがなにかというと、当時のナチスの政権に反対して殺害された政治家の方々のモニュメントだそうです。
「その政治はいかん」と言って粛清された方のモニュメントだということで、
本当にここが国会議事堂で、ここにあるんですけど、

マコケン2014032235

わざと議事堂の近くに作っているという事を聞きました。

なので、今も進行中のプロジェクト。
今やっておられるのは「つまずきの石」というので、
ある日突然ユダヤの人達が連れ出されて、着の身着のまま連れて行かれて、それで殺されてしまうという事だったので、
どこに住んでいらっしゃったのか?というのを調べて、
そのお家の近くの縁石とかに、石にそのお名前と生まれた年と亡くなった年を刻んでいるんですね。
で、もう、町のあちこちにそれがあると。
通りすがりの時に、あ、ここにもあった。
ここにもナチスに殺されたユダヤの方が住んでいたんだなという事が、普通に街中で分かるように、
そういうふうなものを増やしていっているというのも聞きました。
それを「つまずきの石」っていうふうに呼んでいるんですって。
だから、現在進行形で、こういうモニュメントをたくさん作り続けているという事に驚きましたね。

だからもうね、ナチスとかヒットラーとかって、ものすごくタブーで、
批判する意味でもテレビで言ったり、舞台で言ったりすると、
すごい罰金とか罰則がすごいんですって。

だからね、講演の時に学生からも質問があったんですけど、ぶら下がりの時にね。
罰則があるから手を上げて質問しなかったんだろうなと思うんだけど、
「日本の副総理が『ナチスのように憲法を変える』とか言ってますよね」とか聞かれて、
麻生さんの件ね。
それは本当に彼等にとって、ものすごい衝撃で、
「そしてその人が今も政治家を辞めていないというのは、もうあり得ない」というふうに言われました。


だから、なんで日本の人達は怒っていないんですか?という疑問を沢山持っている人がいて、
それで驚いた。
ねぇ、なんか、あの…すごい思いましたね。
ここまで来るのに30年かかったという事をよく言われるんですけどね。


ドイツの話もすごい駆け足でしましたけれど、
だからもう本当に私たちは、「知識と怒りがまだまだ足りんな」ということがわかった、
ドイツとベラルーシでしたね。

ケン:そうですね。












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