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09.04
Thu

追記:2015年1月18日:
岩路さんのブログ「つぶやきいわぢろう」のアドレスが
http://blog.iwajilow.com/ から http://iwajilow.jugem.jp/ に変更になっているようです。
有料プランから無料ブログへ移行したためと思われます。
このブログ内のリンクアドレスを修正しました。





いわぢろうさんがご自身で取材されて、
その中で、「福島第2原発の放射能漏れ」とか、

原発から10キロほどのところに住んでいた80代のおばあちゃんが事故のあと甲状腺の病気に。
原発から6キロほどのところに住んでいた30代の女性は、原発事故後、脱毛が始まり甲状腺機能亢進症。
原発から3キロほどのところに住んでいた60代の女性も事故から半年後に甲状腺腫になった。
本当に子供だけなのか?という、表には絶対に出てこない取材での現実の話。


2011年3月7日に延宝房総沖地震で13メートルと津波の予想を保安院に説明していたのに、
実際に3月11日に 11.5メートル~15.5メートルの津波が起きたら
3月7日の報告は秘匿し東電は想定外の津波と主張したということ等々・・・


つぶやきいわぢろう
TVディレクターがメディアでは伝えられないニュースの裏側を日々レポート。


「内部文書」に見る原子力推進側の圧力
2012.02.25 Saturday

この内部文書は原発推進側にいた方から手に入れたものです。
ただ、僕の関わってない局に対するものでしたので
これまで取りあげる機会もありませんでした。

ですが、事故から1年が経とうとしている今、
経産省や政府は再稼働を目指しさまざまな画策をしているような
感じがしてなりません。
特にストレステストなどは最初から結論ありきなのではないかとも疑われるものだし、
傍聴させないなどの対応を見ていると反対意見の封じ込めではないかと思ってしまいます。

そこでかつて、推進側が何をしてきたのかという
ことをきちんと認識しておかなければならないと思い
ここに実物を写真で撮ったものを掲載することにしました。

「取扱注意」と書かれたこの文書は
プルトニウムに対して批判的な番組を作った局に対して
抗議をしたという記録です。
しかも出席者は科技庁です。
これを権力の介入と言わずして何と言うのでしょうか?

20120225_2216625.jpg

そして、東京だけでなくこの番組を放送する地方局の住所や電話番号等も
載っており、下の方には「電話および手紙をお願いします」と書いてあります。

20120225_2216623.jpg

さらに別紙には「EXAMPLE」とあり
クレーム例が書かれています。

20120225_2216624.jpg

これは社内でまわされた文書です。
こういうのを組織ぐるみと言うのではないでしょうか?

推進側が批判の封じ込めをどうやってしてきたのか
という事が良くわかる一例だと思います。





第2原発からも放射能が漏れていた?
2013.01.30 Wednesday


福島原発事故については様々な噂が飛び交っていて何が事実なのか僕も全くわかりません。
これまでさんざん情報を隠蔽していたところが何を言っても信用できないし
そもそも原発事故に関しても「爆発的事象が起きた」なんてわけのわからない説明をしていた人の話なんて信用できないからなのだと思います。

権威の発表はインチキであるということを見事なまでに証明した事故であり、
それが今の不信感にいたっているのだと思います。

そして昨日、また初めての話を耳にしました。

第1原発と第2原発にはさまれた地域に住んでいた方の話です。

「3月11日の夜に町の体育館に避難しました。そこで毛布もないということで家に取りに戻りました。
そのときに子供の友人のお母さんにあったんですね。その方のご主人は原発で働いていました。
そのお母さんから『第2は放射能漏れ、第1は水が入らない状態になっているから危ないよ』と聞かされました。そこで急いで体育館に戻り、その足で家族を乗せていわき市に逃げました」

僕は第2で放射能漏れが起こっていたなんて初耳です。

「本当ですか?」というと
「本当に放射能漏れが起きていたかどうかはわからないけど、そう聞いたのは事実です」
と言われました。

この話、どうやったらウラがとれるのだろう?と思案しております。

ただ、原発近くに住んでいた方々の話では
爆発の起こる前から東電関連の人たちのご家族は逃げていたというような話はよく耳にします。

一体何が起こったのか、不信感はつのるばかりです。

もう事故から2年も経つのに未だに何が起こったのかわかっていません。
きちんと何が起こったのか検証しないといけないと心から思います。



原発への津波は予想できたはずだ
2012.12.18 Tuesday

政権が自民党に変わったことで現在、進行中の原発訴訟に影響はあるのでしょうか?

そもそも自民党というのは辺野古への基地移転を反対している人に対して
軍艦を出撃させた政権です。

僕はその人たちが住民と会話をするとは僕はとても思えません。

現在行われている事故の責任を追及する株主代表訴訟は国が被告になっているわけでは
ありませんが原発維持推進の政権が誕生したことで何かしらの影響があるかもしれません。

まぁ、元の木阿弥政権ですから…


さて13日、先週の木曜日に開かれたその株主代表訴訟の第4回口頭弁論の様子です。

原告側はこの口頭弁論で、「津波は予想していたはずで、それに対して十分な対策を取らなかった東電には責任がある」と訴えました。

以下、僕の法廷メモです。
12月13日 株主代表訴訟
被告側代理人15名
原告側弁護団8名プラス原告25名

原告側「津波は予見可能だった。津波対策は不十分であった」

原稿側主張

福島第一原発、昭和41年設置許可時 津波3.1メートルで設置許可

タービン建屋は10メートル壁
非常用ポンプは5.6メートルに設置されていた。

4メートルを超える津波で冷却装置喪失
10メートルを超える津波で直流電源を喪失するという状況だった。
2002年2月土木学会原子力土木委員会で津波評価技術が発表され5.4メートル~5.7メートルの津波が想定される。

福島第一原発では非常用ポンプを40センチかさ上げし、6メートルにした。
2002年の時点で文科省の地震調査委員会で三陸沖から房総沖にかけて地震評価長期予測を発表。

過去に大きな地震がなかったところでもM8クラスの地震が起きる可能性があると予測。地震学者の島崎論文では2002年の時点で10メートルを超える津波は予見できたはずだと指摘されている。(「東北地方太平沖地震に関連した地震発生 長期予測と津波防災対策」島崎邦彦氏:現原子力規制委員会・委員長代理)

2002年の時点で今回のような津波は予見できたはず。しかし中央防災会議も東京電力も長期予測を無視した。

その後の2006年 東電の安全担当の研究チームがマイアミ報告書を作成。
1605年の慶長津波、1677年の延宝津波などを参考にマグニチュード8.5を見積もって1075通りのシュミレーションをした。

50年以内に設計の想定を超える津波が起こる可能性を10%、10メートルを超える津波の起きる可能性を1%、13メートル以上の津波が起きる可能性を0.1%かそれ以下とした。
2002年に予見できなくても2006年に予見することができたはずだ。


さらに2008年にも東電は予見できていたはずだ。
2006年9月の耐震設計検査指針改定で最大想定津波は5.4メートルから5.7メートルでよいのかと再評価を指示、1896年の明治三陸地震が三陸沖でも発生する可能性があるかということについて有識者に意見を求めた。
有識者は福島沖で大地震が起こることは否定できないので地震源として考慮すべきであると意見。
2008年に明治三陸沖地震の想定で津波を試算。
すると8.4メートルから10.2メートルの津波の可能性。1~4号機で浸水高は15.7メートル。
5~6号機で13.7メートルと試算された。

2008年10月貞観津波の波源モデルに関する論文では第1取水口付近で8.7メートル~9.2メートルと試算。保安院が説明を求めたろころ、2009年9月に8.6メートル~8.9メートルと説明

2010年11月保安院が東電に対して津波対策の説明を求める。

2011年3月7日、延宝房総沖地震で13メートル、貞観津波で8.7メートル~9.2メートルと保安院に説明。

3月11日に 11.5メートル~15.5メートルの津波が起きた。

3月7日の報告は秘匿し東電は想定外の津波と主張していた。

国会事故調報告書では「東電、規制当局がリスクを認識しながらも対応を取っていなかった」と指摘している。

東電側はM9.0の巨大地震はまったく想定されていなかったと主張。
原告はM9.0を予見できたとは言っていない。津波を予見できたといっている。

東電側は波源モデルが確定していなければ津波評価を行うことはできない
→東電は数々のモデルを設定して試算を行っていた。

長期評価は暫定的モデルで思考的な計算の域を出ていない。
→津波が予見可能であったことを否定することにはならない


原告側の弁論が終わったところで東電側は裁判所にこう言いました。

「日本に原発は必要ないという主張があるのでそこは反論したい」

裁判所:それは特に裁判所は求めないけど…。

傍聴席(笑)

原告側:反論できる部分はどうぞ反論してください。




3.11から2年
2013.03.11 Monday


2年前のこの日、僕は東京都庁にいました。
都議会の最終日で石原氏が都知事選に出馬宣言をするという取材をしていました。

大震災が起きたのはその出馬会見の15分前。
僕は会見室で記者会見を待っている時でした。

突然の長く大きな揺れ。
一緒にいたアナウンサーに
「なんかしゃべって!」といい、
会社に直ぐ電話しましたが、全くつながらない。

ようやく通じたのは固定電話でした。
どうやら仙台の方が震源らしい。
「すぐ行くよ、東京駅に向かえばいい?」

バカなことに新幹線に乗って仙台に行けると思っていました。

九段のあたりでけが人が出ているらしいので
そっちに向かって!と言われ直ぐに車に飛び乗り、九段に向かいました。

ところが大渋滞で全く動きません。
新宿中央公園には溢れんばかりの人、人、人。
そして線路の上を歩く人たち。

あちらこちらから聞こえる救急車のサイレン。
ガス漏れが起きているらしい。。

2時間かけてようやく赤坂にたどり着き、
僕はそこからテープを持って走って会社に向かいました。

この時点ではまだ何が起きているのか分かっていません。
知人の国会議員から連絡がありました。
「地元に帰ろうと思って空港に向かったんだけど、
大渋滞でたどりつけない。飛行機も飛んでないみたいだ」

会社に戻るといろいろな情報が飛び込んできました。
「大槻町の海岸に遺体が1000体上がっているらしい」
「気仙沼でコンビナートが大爆発。消火作業できず」
「仙台空港が津波で壊滅」

いったい何が起きているんだ?

道路は寸断され、現場に行こうにもたどり着けない。

そして次の日の原発の爆発。
「向かいますよ」
という僕に「お前だけの問題じゃない。ドライバーはどうするんだ?カメラマンはどうするんだ?」と一喝されました。

以前、宮城で取材をしたおばあちゃんから電話がかかってきました。
「孫が、孫が津波に飲みこまれました…」
高校1年生になったばかりの娘さんが
自転車で逃げている時に、津波に巻き込まれた。。
キャハハハと笑う明るい笑顔が浮かんできました。

あの日から2年。
僕には日常が戻ってきています。

でも今なお、日常を取り戻せない人たちが何万という単位でいます。

僕は何を伝えられたのか?
被災した方々の思いに少しでも寄り添うことはできているのか?

日々、自分に問いかけながら仕事をしています。

今回も1ヶ月ほど福島に入り取材をしてきました。
今日から編集に入ります。


健康被害


甲状腺に異常あり
2012.07.14 Saturday

先日、福島の方から「知人の二人が甲状腺がんになった」と聞きました。
これが福島原発事故が原因のものかどうか全く僕はわかりません。

以前原発が爆発したときに知らずに原発から10キロ圏内の戸外にいたという方から
甲状腺腫になったという話も聞きました。
この甲状腺腫も原発事故との因果関係が証明されているわけではありません。

この方のご家族は、事故後、車で避難しているときから下痢や鼻血が続いていたそうです。
ただこの方は、もし自分の病気を公表してしまったら
子供たちが差別されるかもしれないと考え、黙っています。

流産や生まれてきた子供が障害児だったなどという話も聞きいたことがあります。
でも、さまざまな理由から、そのことを公表する方はほとんどいません。
もちろん因果関係も明らかにされてはいません。

そして、政府は「健康被害はない」といい続けています。




福島で強烈な下痢に見舞われる
2012.10.11 Thursday

今日は仕事で福島に来ています。

が、酒を飲んだわけでもないのに、先ほどから相当激しい下痢に見舞われています。

福島には年中来ているのに何が起こったのでしょう?

いつもと少しだけ違うのは、通常は都市部をうろうろするのですが
今回はちょっと山の中へ入っていきました。
そのくらいです。
でも山間部にだって住んでいる人はいます。

考えすぎでしょうか?

ただ今回僕が行った地域にはホットスポットが点在しているとも言われています。

原発事故以来、嫌なことばかり考えてしまいます。
そしてそれが日常と化している福島の方々のことを考えるとただただ胸が痛みます。

そしてこの期に及んで原発事故もなかったこととするような動きをする人たちが
高い支持を得ている現状にゾッとしています。

健康や安全、安心があってこその経済発展なんじゃないんですか?
命よりも金が大切ですか?

僕には意味が分かりません。

東電OL事件のことやら、ご近所トラブルのことやら書きたいことは
たくさんあったのですが、ちょっとまたトイレ行ってきます。。。


「健康被害はない」なんて信用してません
2013.02.15 Friday


「やっぱり、こういうふうに出てきましたよね」

昨日、帰宅困難地域にある町から避難されている方から電話がかかってきました。
福島の子どもに新たに2人の甲状腺がんが見つかったというニュースを受けてです。

「僕らもう、行政のいうことなんて何も信用していませんから」
と彼は言います。

福島県立医大はこの甲状腺がんは原発事故が原因ではないとしています。
その根拠は「チェルノブイリでは甲状腺がんが多発してきたのは4年後からだったから」。

でもチェルノブイリで甲状腺がんが増えてきたときに当初こういうふうに言われていたそうです。
「ヒロシマ、ナガサキは10年後からだったから、これは原発事故が原因ではない」

今回の事故はチェルノブイリの事故と違います。チェルノブイリ事故は2週間で収束しました。そして爆発したのは1基です。福島原発事故は政府的にも収束まで9カ月かかっています。事故を起こした原発4基です。海へ大量の放射能放出もありました。全く違う事故です。

フクシマを歩いていると本当に色々な話を聞きます。

先日、お邪魔した仮設住宅に住む80代のおばあちゃんは、原発から10キロほどのところに住んでいました。事故のあと甲状腺の病気にかかったそうです。おばあちゃんは「年だからね」と言っています。原発事故由来だとはゆめゆめ思っていません。

原発から6キロほどのところに住んでいた30代の女性は、原発事故後、脱毛が始まり髪の毛が「半分くらいになった」といいます。そして事故から半年ほど経った10月に甲状腺異常の診断を受けました。甲状腺機能亢進症だそうです。
「原発事故の影響は子供に出るというから、自分は事故の影響じゃないと思う」とこの方は言います。

原発から3キロほどのところに住んでいた60代の女性も事故から半年後に甲状腺腫になったという話を伺いました。

本当に甲状腺への影響は子供にしか出ないのでしょうか?

また、事故当時18歳以下だった子供たちに行われる甲状腺の県民健康管理調査の結果と別の病院の診断結果が違うという話は本当にしょっちゅう耳にします。

他の病院で検査したらのう胞の数が多かったとか大きかったとか、他の病院では結節(しこり)が見つかったのに、調査結果ではなかったとか…。


前はこうだったから、こんなはずではない、こんなことが起こるわけがない、という先入観に基づいて調査なり検査が行われているのではないでしょうか。謙虚に事実と向き合う姿勢が大切なのではないでしょうか。考え過ぎならそれはそれでいいのですが…。

先日、甲状腺の検査を病院でしてもらったら結節(しこり)が見つかったという60代のご夫婦からご連絡をいただきました。事故前に甲状腺の検査も含め全身の検査をしていたそうですがその時は何もなかったということでした。この方は大人も子どもも全員毎年調べてほしいと訴えています。


新たに2人甲状腺がん 県民健康管理調査
福島民報 2月14日(木)10時37分配信
 東京電力福島第1原発事故を受けた福島県の県民健康管理調査で、福島医大は原発事故時に18歳以下だった子どもを対象とした甲状腺検査について、2次検査の結果、新たに2人が甲状腺がんと確定したと公表した。昨年9月に判明した1人と合わせ3人となった。
 13日、福島市で開かれた県民健康管理調査検討委員会で報告した。 
 ほかに7人に甲状腺がんの疑いがあるとして、福島医大は検査を続けている。10人の内訳は男性3人、女性7人。平均年齢15歳で、しこりの大きさは平均15ミリ。
 福島医大の鈴木真一教授は「甲状腺がんは最短で4~5年で増加したというのがチェルノブイリの知見だ。(事故後1年半から2年の)今の調査では、もともとあったがんを発見している」とし、原発事故による影響を否定した。ただ、「断定はできない。きっちり見ていく」とも述べた。

 






自主避難

母子家庭なのに自主避難できるなんて、よくそんなお金があるわね
2013.03.27 Wednesday


昨日、郡山から盛岡へ自主避難しているシングルマザーの方にお話しを聞きました。

「震災当時は郡山の公営住宅に住んでいました。地震で家の中も滅茶苦茶になってしまい
息子を連れて避難所に2日いました。

原発が爆発してできるだけ遠くに逃げた方がいいと思い親せきの家を転々としました。
3月15日にいったん郡山に戻り食べ物を買いこんで籠城しました。

父が盛岡に単身赴任していて、『どんな方法を使ってもいいから、こっちへ来い』と言われ
バック一つ持ってタクシーに飛び乗り、盛岡に向かいました。

仙台でタクシーを降りてバスに乗ろうかとも思ったのですが、長蛇の列でいつのバスに乗れるか分からないということで、そのままタクシーで盛岡まで行ってもらいました。

不在届を出して自治会費も払ってきたのですが、
自治会の清掃に参加しないとか、私たちは残っているのに信じられないとか、
母子家庭なのに自主避難できるなんてよくそんなお金があるわねとか、
キレイになってから戻ってるつもりなんだねとか
戻るたびに言われました。

帰るといつも自宅の新聞受けの口のところにガムテープが貼られていました。
帰るたびに剥がすのですが、また盛岡に行って戻ってくると貼られているという状態が続きました。

そんなことがあり、住民票を移すことに抵抗があったのですが
移さざるを得なくなりました。

郡山市役所に医療費助成の申請をしに行くと
『避難という考え方はありません。避難状態は認められませんので
貴方は郡山に残り、息子さんが盛岡に一人でいるということにして申告してください」
と言われました。
いったんはそれで申告したのですが、恐くなって医療費助成の申請を取り下げました。

うちは就学援助も受けていたのですが、避難により区域外就学になったため対象から外れました。

今、一番心配なのはみなし仮設の期限です。1年延長されたといいますがオーナーさんがOKしなければ出ていかなければなりません。いつ出て行けと言われるか心配でなりません。今、住んでいるとことは家賃が6万円なので、自分で払えと言われたら払っていくことはできません」




外国人だから次はないからな
2013.03.28 Thursday


昨日に続き福島から避難してきた方の話です。

この方は南相馬市から避難してきました。
3人のお子さんを持つシングルマザーです。長女は高校を中退し、下の子二人は小学生だそうです。海外の方と結婚していたので外国籍だそうです。

「被災して東京に移って、去年の夏ごろ顔が赤いと言われ調子も悪かったので更年期かなと思ったのですが、病院に行ったら甲状腺異常でした。橋本病と言われました。今も時々動けなくなります。

頭の左側もしびれるようなところがあって大学病院で診てもらったら血管が細くなっていてこのままだとあと2~3年と言われ、初めて死というものと向き合いました。

震災後だんだんと病気が出てきてそれが心配です。

今は大規模な公務員住宅に住んでいますが、いつまで住めるかわかりません。

震災後は夢が真っ白になってしまい、未だにそのままです。何をやっても復興しようにも復興できません。住むところも心のよりどころもない状態が続いています。

人生の中でこんなに辛い思いをしたのは初めてです。

長女は震災の時、中学の卒業式でした。高校も決まっていたのですが、東京の高校に行くことになりました。しかし、その高校は避難先から2回乗り継ぎをしてさらにバスで行くというところでした。慣れない東京で2回目の通学の時にバスを乗り間違え、降りるところがわからなくなり、知らない街をさまよい歩きました。

7時頃家を出た娘が11時頃泣きながら家に帰って来て『もう、学校には行かない』といい、それから学校に行かなくなりました。

しばらくして学校から『退学届を出してくれ』と言われ、結局退学しました。

下の子たちは鼻血がよく出ます。何もしてないのに出てくるので心配です。

長女は友達が欲しい年代なのに、友達と離れ離れになり、何人かは死んでしまいました。だいぶ荒れてしまい、ピアスを5つとか6つとか開けて夜もで歩いて心配でした。

今はいい人と巡り合い、妊娠5カ月で結婚する予定です。

外国籍でしたので父の名前で義捐金や補償をもらっていましたが行政の方に『娘さんは外国人だから次はないからな』と言われました。行政からの支給品もこなくて友人から聞いて、請求すると届くという感じでした。

娘は日本籍の時に生まれたので、娘の名まで送られてきます。私の名前は一切ありません。

健康調査でも娘は日本籍なので、早く通知が来ます。下の子二人は外国籍だからか、遅くやってきます。

長女の健康調査のために福島に戻って、また別の日に下の子の健康調査のために福島に行くという状況でした。すごく大変です。

東電の医療費の補償は期限が区切られていて、23年11月までの分は補償するが私みたいに点々として、受診したのがそれ以降だというと除外されて補償が出ません。

買った物に対してもそうです。不必要なものは買っていません。私みたいに着の身着のままで逃げてきて、ようやくお金ができて買ったものに対しても期限で区切られてしまいます。やっとお金をためて買うことができたうちみたいな貧乏な家庭はどうしたらいいのかと思ってしまいます。

避難者、個々の事情をわかっていただきたいと思います」




ーーーー



いわぢろうさんが亡くなってしまったということ、
ものすごく大きな、大切な、宝物がこの世から消えてしまったという事だと思います。




死んじゃったって、本当でしょうか?






「報道ステーション」岩路ディレクターが突然死亡
〜甲状腺と被爆の関係や手抜き除染などの番組制作〜


1.「福島県の被災者/除染」岩路ディレクターのブログより

2.「原発/健康被害/自主避難」岩路ディレクターのブログより

<メッセージテロップ>
「原発事故関連のニュースをきょうも放送できませんでした 時間がなくなったからです。」
8/5報道ステーション


<庭に埋められた除染ゴミ>
「放射線量がどうのこうのとか、土壌汚染がどうのこうのとか考えていませんよ」
8/13報道ステーション(内容書き出し)






comment 5
09.04
Thu

追記:2015年1月18日:
岩路さんのブログ「つぶやきいわぢろう」のアドレスが
http://blog.iwajilow.com/ から http://iwajilow.jugem.jp/ に変更になっているようです。
有料プランから無料ブログへ移行したためと思われます。
このブログ内のリンクアドレスを修正しました。






頭から離れません

全くニュースになっていません。
報道ステーションでも、テレビ朝日のニュースでも一言も言いません。

「報道ステーション」岩路ディレクターが突然死亡
〜甲状腺と被爆の関係や手抜き除染などの番組制作〜




報道ステーションの岩路真樹ディレクターは本当に死んでしまったのだろうか?
朝起きてからずーっと彼のブログを読んでいる。
テレビ朝日の中でも、彼のような考えの人はかなりの少数派であることがわかります。

岩路さんがいなくなってしまったということは、
私たち一般人にとって大変な事件なのだと、「つぶやきいわぢろう」を読みながら私は思いました。



つぶやきいわぢろう
TVディレクターがメディアでは伝えられないニュースの裏側を日々レポート。

どこまでもインチキな原発行政
2012.01.16 Monday

昨日まで開かれていた脱原発世界会議。

昨日も僕は参加しました。たくさんの知人・友人には会いしましたが残念ながら仕事の同僚たちには一切会いませんでした。僕が職場でおかれている立場を物語っていますねー。かなりの少数派(笑)。

ー略ー





初めての金曜デモ
2012.08.17 Friday

遅まきながら、今日初めて毎週金曜日に行われている官邸前デモに行ってきました。
警察発表がどのくらいかは知りませんが軽く2万人~3万人は参加していると思いました。

「再稼働反対!」
と口に出すだけで、みんな同じ気持ちをもつ人たちなんだと思うと、つながっているような気がしました。自分は孤独でないと、同じ思いの人はたくさんいるんだと思えます。

僕のように、職場で孤立していると、なおさらこの空間が心地よく思えました。

分断統治を基本とする、官僚はこれは警戒するだろうなぁと思います。
組織でなく、個人の意思でこうして集まってくるという経験はこれまでなかったことです。

ー略ー




福島第一原発事故に関係ある事の実ではなく、えん罪についての裁判他、様々な情報がぎっちりと詰まっている。
被災された方への我が事のように思う温かい心、報道に対する思いなどが、伝わってきます。
そんな中から、ほんの一部をご紹介します。


福島の被災者


誰が被災者を殺すのか
2012.05.30 Wednesday

今日は5月6日以来となるお休みをいただいていました。
どうもありがとうございます。

ただ僕が休もうが休むまいが世間は動き
避難されている方にとってはまた一日、避難生活が積み重ねられるだけです。

月曜日(28日)の午後
浪江町から郡山市へ避難している知人から電話がありました。

「いわぢろうさん、友だちが自殺したよ」

浪江一時帰宅不明の男性 「生きていても仕方ない」
 警戒区域の浪江町に27日に一時帰宅し行方不明になっていた自営業男性(62)は28日午後零時半ごろ、自宅と経営するスーパー近くの倉庫で遺体で見つかった。首をつった状態で、双葉署は現場の状況や遺族の話から自殺した可能性が高いとみている。捜査関係者によると、男性は最近、家族に「このまま生きていても仕方ない。眠れない」「商売をいつ再開できるか不安だ」などと漏らしており、将来を悲観したとみられる。28日は同署員や地元消防団員、町職員ら合わせて約160人が午前8時半ごろから男性の自宅周辺などを捜索した。消防団員が自宅から南西に約300メートル離れた別の事業所が所有する2階建て倉庫の1階で男性を見つけた。遺書は見つかっていない。  同署は同日午後、福島署で警察医の立ち会いで検視し、行方不明の男性と確認した。
2012.05.29 福島民報より



とても自殺するようなタイプ方ではなかったと言います。

悲惨な話をたくさん耳にします。
「避難中に奥さんが亡くなると、旦那さんが行方不明になってしまった」
「息子さんが自殺して年老いた夫婦だけが残された」

仮設住宅が整備されて住環境が改善されたとしても
仮設は仮設です。仮の住まいにほかなりません。
隣の話声が聞こえるほどの薄い壁です。
4畳半二間ほどの小さな住まいです。

そして当たった、当たらないもあり
たいていの場合、親戚も友人もバラバラに住んでいます。
知人や親類を頼って他県にいってしまった人もたくさんいます。

避難してきた人たちの多くは地方のでかいお屋敷のような家に住んでいました。
大声で話ができ、大声で鼻歌が歌えるような環境でした。
庭がありました。畑がありました。
年寄りは何もすることがなくても畑をやって楽しんでいました。
近くには友達がいました。親戚もいました。

家屋敷は残っています。
でも帰れません。
毎日ひそひそ声で話さなければいけません。

商売をしていた人がいます。
その土地で培われた信用があります。

魚だったら、あそこの魚屋さんがいいね。
時計はあそこの時計屋さんで買おう。

町が丸ごとひとつなくなったのです。
商圏もろとも失ったのです。

誰も知っている人のいない土地で「店を借りてやるから商売を再開しろ」と
言われてできるものではありません。
商売をしていた人たちは今、途方に暮れています。

避難生活の出口は見えません。
いつ帰れるか全くわかりません。
何を賠償してくれるのか全くわかりません。

仮設住宅に向かう坂道が砂利道でした。年寄りには危ないので
「舗装してもらえませんか」と要望すると、すぐ舗装してもらえました。

地元の方からこう言われました。
「仮設の人はいいですね、何でも頼めば聞いてもらえて」。

病院へ行くのにタクシーを頼みました。
するとタクシーの運ちゃんにこう言われました。
「さすが、被災者の方はお金たくさんもらっているから優雅ですね」。

もらっているのは月10万円だけです。
それも避難直後にもらった仮払い金の100万円はその中から返さないといけないのです。
その10万円も自動的にもらえるわけではありません。
3カ月ごとに書類を提出して合意すると3カ月分がもらえます。
合意しなければ滞るだけです。
まだ3回目の合意までしている人は少ないと思います。
ほとんどの人が2回目だと思います。

東電は何かにつけて親類の合意書だ印鑑証明をもってこいだと言います。
でもね、以前は兄弟も近くに住んでいましたが
今はみんな散り散りバラバラになってしまっているんです。
印鑑一つもらうのに1日がかりなんです。

仕事をなくし、庭をなくし、畑をなくし、コミュニティーをなくしました。
友人は近くにいません。親戚も近くにいません。

パチンコ屋に行けば「被災者なのにパチンコしている」と言われます。
酒を飲みに行けば「義捐金で酒を飲んでいる」と言われます。

何をしていればいいのですか。
家の中に閉じこもって、一日中テレビを見ていれば被災者らしい生活なのですか。
その生活を何年続ければいいのですか。



分断されるフクシマ
2012.10.15 Monday


福島で取材をしていると重い気持ちになります。
それは原発によるやりきれない被害がすべての人に重くのしかかり
さらに、政府や東電の対応によりそれぞれの気持ちが分断されているからです。
原発から30㌔圏内周辺の帰宅困難地域をはじめとする、避難を余儀なくされている人。
郡山市、福島市などから自主避難をしている人。
そして会津若松などあまり放射能の影響はないものの、観光や農産物などに大きな影響が出ている地域の人たち。

補償のあるなしもあります。避難住民を受け入れている人々、避難している人々という立場による微妙な感情のズレがあります。

同じ被害者でありながら分断されている感じます。

郡山から自主避難している方は「30㌔圏内の人とはやはり溝があります」と言っていました。

そして郡山で乗ったタクシーの運転手さんはこんな話をされました。

「今、郡山の夜の街を支えているのは浜の方から避難してきた人たちですよ。1/3くらいはそういう人たちじゃないですか。原発から10㌔とか20㌔とか、相当補償ももらっていますから。月一人当たり10万円ですよ。生まれたばかりの赤ん坊から寝たきりの年寄りまで全員に10万円ですから、向こうにいた時よりも金は入ってくるわけですよ。それが1年7カ月、もう飽きちゃって仕事すれば補償を減らされるから仕事しない。

だから昼間はパチンコ、夜は飲み屋ですよ。人間をダメにしますね。一生補償金をもらえるならいいけど、いつか切られる。そのとき、どうするんですかね」

こういう気持ちを持っている人はたくさんいるのだと思います。

事実誤認もあります。仕事をしても補償は減らされません。そしてまさにいつ切られるかわからない、補償のため、若い人たちは仕事を一生懸命探しています。しかし、いつまた引っ越すかわからないような仮住まいではアルバイト程度の仕事しか見つけられないのも現実です。年齢的なこともあります。家族を抱えて、いつ切られるかわからない補償だけでは心許ありません。

それまでは大家族で大きな家に住んでいました。それが仮設の6畳2間の生活になりました。田んぼも畑も墓も失いました。

家は築100年でした。補償されるかどうかわかりません。仕事も失いました。店も失いました。工場も失いました。趣味で集めていた盆栽も放射能を浴びて持って来れないと言われました。将来の見通しは立ちません。ばあちゃんは痴呆が進みました。要介護5になりました。家族はバラバラになりました。友達はみんな遠くに行ってしまいました。子供は原発立地地域から来たといじめられ不登校になりました。

でも月に10万円もらえるんだからいいだろ?
とは僕は言えません。

避難されている多くの方がこう言います。

「補償も何もいりません。ただ、事故前の生活を返してください」


たくさんの誤解があります。
しかし、それをわざと放っているような気がしてなりません。。。




ちぐはぐな住宅支援
2013.03.14 Thursday

この1ヶ月間、福島で取材をしていたものを昨日、無事放送できました。
無事と言っても放送直前までテロップミスが見つかって直したり、
僕自身はヒヤヒヤしながらの放送でした。
本当に仕事が雑だと反省しています。

さて福島で避難している方々の取材をしていて思うのはやはり住宅のことです。

皆さん大きな屋敷のようなところに住んでいたのが
仮設住宅だ、借り上げ住宅だっていってもものすごく小さいものです。

しかも期限は来年の3月までです。

では来年の3月には自宅へ戻れるのか?
多くの人々は戻れないと思います。

そして現在、福島県の場合、県外に避難している人が県外の別の町に引っ越そうと思うと
借り上げ住宅供与の対象になりません。

例えば、横浜に避難していた人が、浦和で仕事を見つける事が出来たので埼玉に引っ越そうと思っても、それは供与の対象にはならないのです。それは自腹でやってね、ということです。
でも自宅は警戒区域なりにちゃんとあるんですよね。

県の担当者に聞いたら、「借り上げ住宅、仮設住宅の趣旨と違うので引っ越しはできません」とのことでした。

仮設住宅、借り上げ住宅は災害救助法に基づいて供与が行われています。
その条文には供与の条件としてこうあります。

「住家が全壊、全焼又は流失し、居住する住家がない者であって、自らの資力では
住家を得ることができないものを収容するものであること」

これ前提が「住家が全壊、全焼または流出」となっています。
ということは、そこの土地まではなくなっていないということが前提です。
頑張れば元の所に家を建てることが可能です。
それまでの一時的な避難というのが前提です。
ですからそこにとどまり、生活再建をすることが可能です。

しかし原発事故はどうなんでしょうか?
住家は「全壊」も「全焼」も「流出」もしていません。
ですが家は汚染されました。土地も汚染されました。
この先、何年経てばその場所に住めるのか全くわかりません。

そもそも前提条件が違うものを無理やり当てはめてしまっているから
被災した方々に全く寄り添ってない施策になるのではないでしょうか。

早急に被災者に寄り添った対策をうつべきだと思います。

(そもそも災害救助法というのは自然災害によるものに対する法律なので
 
人災である原発事故に対して適用すること自体がどうなのかと僕は思います。
事故を起こした当事者の責任なので東電の役員が家屋敷を売り払ってでも
賠償していくものだと思います)

ですが、ちょっとこの運用についても最近は作為的なものを感じてしまっています。

例えば県外に避難していた人が福島に戻ってくる場合は子どものいる場合などの条件を満たせば供与の対象になります。

横浜に引っ越していた人が郡山に戻ってくるのであれば、家は無料ですよ、ということです。

だから仕事は福島で探しましょうね、ということなんでしょうか?

こういった餌をまいといて、「福島にこんなに人が戻っています。もう原発事故は収束しました。安全、安心ですよ」というメッセージを打つための布石のような感じがしてなりません。




除染


除染は住民の『義務』?
2012.10.20 Saturday

「大まかに補償は東電、除染は国の責任においてやるということだと思っていました」

伊達市の方は憤懣やるかたない様子で話し出しました。

「自分の家は自分で除染しろと言うことなんです」

支所に町内会長が集められて支所長にこういわれたそうです。

「地元の方々が共同で作業をやってください」

「『誰がやるのか』と聞くと言わないんです。町内会長を集めて言っているんだから
われわれがやるってことなんでしょう。
『われわれの意見を聞く会なのか』と聞くと
『丁寧に住民の方に説明させていただいている』と言うんです。
つまり、もう決まったことだと言うんですね。

でも『やりたくなければやらなくていい』と。でもそうすると
子供が危険にさらされますよね。
やるしかない状況に追い込まれるわけです」

「行政の役割って逆じゃないかと思いませんか?
市民の要望を上に伝えるのが仕事じゃないんですか?」


「こうも言われました。
『国は予算もないみたいですから』。
『まさかタダでやらせるわけじゃないだろう?』と聞くと
『タダではないです』と言うんで、『一戸あたりどれくらい出るんだ?』
と聞くと金額は言わないんです。それでさらに聞くと『弁当代くらいだ』って言うんです。
飲み物代を入れても1000円そこそこってことでしょ。
いい大人つかまえて1000円はないでしょ」

「それで『0.23μsv/h以上あったら役所が袋を渡すから自分でどこかにとっておいてください』って
『あとで置き場が見つかったら取りに行きますから』って。
『どこかにとっておけ』って結局自分の家の庭の隅にでも置いておくほかないでしょう」

「放射能は私たちの責任ですか?」

先月27日に発行されただて市政だよりにこういう記述がありました。

「市民協働による除染をするCエリアについては各総合支所長を『地域対策本部長』として
総合支所ごとに町内会長代表などによる『除染推進委員会』を設置し
除染の取り組み体制や仮置き場の検討をしていただきたいと考えております」

「官民共同」って言葉は聞いたことがありますが「市民協働」って初めて聞きました。つまり除染も汚染物質を置く場所も市民が自分たちで始末しろ、ということです。

日本では『労役の義務』と言うものがいつの間にやら発生したようです。
それとも戦時中の勤労奉仕が復活したのでしょうか。

応じない人は『非国民』と言われそうです。



除染垂れ流しは2件だけなのか
2013.01.08 Tuesday

除染した水をそのまま垂れ流していることが発覚し、調査ではそれが2件だけと発表されました。
この2件という数字をどれくらいの方が興味があります。

今日、僕は福島に出入りしている方からこんな話を聞きました。

「いわぢろうさん、僕は10回も20回も除染しているところ見ましたけど水を回収しているところなんて1回しか見たことないですよ。だから初めて回収しているところを見た時はびっくりして『これ、なんの作業なんですか?』と聞きましたもん。回収しなきゃいけないんだって聞いて、そのあと除染見たらやっぱり回収してない。『やばいんじゃないですか?』って聞くと『だってどこに持ってくんですか?もっていくところないんですよ、仕方ないじゃいですか』と言ってました。

みんな、知っているから除染した後のところいくと線量があがってしまうから困るっていってました」

僕はこの話のウラをとったわけではないので、この方の話が真実かどうかわかりません。

でも少なくとも、こういう話が出てくるのであれば、行政側は「きちんと、ここで汚染水を処理しています。一日、これくらいの処理能力があって、毎日これくらいの量が運ばれてきます。1日に除染で使われる水の量はこれくらいですから、間違いありません」くらいの説明が必要だと思います。

不適正な除染、職員派遣し監視強化 環境省
2013/1/7 23:25 日経新聞
 東京電力福島第1原発事故による放射性物質の除染で不適正な処理があったとされる問題で、環境省は7日、井上信治副大臣を本部長とする除染適正化推進本部を設置した。十数カ所ある除染現場に職員を派遣して監視を強める。井上副大臣は「地元の信頼を裏切ることは決して許されるものではない」と話した。
 環境省は本格除染が始まっている4市町村の元請けゼネコン4社の現場責任者を同省福島環境再生事務所(福島市)に呼び、実態調査と週内の報告を指示した。同省はこれを踏まえ、18日までに再発防止策をまとめる。
 環境省福島環境再生事務所は7日、福島県飯舘村と楢葉町で昨年12月中旬に行われた除染で、請負業者が作業に使用した水を回収しなかったケース2件を確認したと明らかにした。




恫喝除染
2013.03.21 Thursday

福島で行われている除染。

この除染をめぐってはさまざまな問題が指摘されているのは
既報のとおりです。

そしてそういった問題点が指摘されている中、この「除染」では納得できないという住民の方々も少なからずいます。

そういった方々は今の「除染」を拒否しています。

そうした「除染」を拒否する方々に何が行われているのか?
先日、居住制限区域の方から「こんな文書が送られてきたんです」とある文書を見せていただきました。

その方からブログで紹介させていただくことの許可をいただきましたので紹介します。

20130321_437678.jpg

「除染同意手続きがお済でない皆様への重要なお知らせ」
と題されたこの文書。注目したいのはこの文面です。

20130321_437679.jpg

下線の引かれた文章の次の文です。
ここにはこうあります。

「除染の同意をいただけない場合は、お持ちの物件について除染の実施が困難になることをご承知置き願います」
とされています。

つまり、今の除染方法で同意しなければ、除染はしないということなんでしょうか?

この文書を見せてくださった方は
「恫喝されているように感じる」とおっしゃっていました。

僕もそのように感じます。





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「報道ステーション」岩路ディレクターが突然死亡
〜甲状腺と被爆の関係や手抜き除染などの番組制作〜


1.「福島県の被災者/除染」岩路ディレクターのブログより

2.「原発/健康被害/自主避難」岩路ディレクターのブログより

<メッセージテロップ>
「原発事故関連のニュースをきょうも放送できませんでした 時間がなくなったからです。」
8/5報道ステーション


<庭に埋められた除染ゴミ>
「放射線量がどうのこうのとか、土壌汚染がどうのこうのとか考えていませんよ」
8/13報道ステーション(内容書き出し)





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