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福島第1原発作業員が死亡 2018年6月・2017年10月・2016年7月

2018.6.6 19:41 産経NEWS

福島第1原発作業員が死亡 嘔吐後に敷地外で倒れる

 東京電力は6日、福島第1原子力発電所(大熊、双葉町)で、協力企業の50代男性作業員が作業後に敷地外で倒れ、搬送先の病院で死亡が確認されたと発表した。死因や作業との因果関係は不明としている。

 東電によると男性作業員は防護服を着用し、同日午前8時から汚染水用タンクの塗装に使う足場の解体作業に従事。休憩時間の午前10時40分ごろ、トイレで嘔吐、昼食後の午後0時45分ごろにも再度嘔吐した。その後、敷地外にある協力企業の事務所で午後1時45分ごろ、同僚と会話していた際に倒れ、双葉医療センターに搬送されたが午後4時に死亡が確認された。

 作業前に行われた健康チェックでは問題がないと判断されていたという。

 男性作業員は平成28年3月から同原発で働いていた。既往歴や服薬していたことは確認されているが、東電は具体的な病名までは明らかにしていない。



作業員死亡


東京電力 
福島第一原子力発電所の状況について(日報)

2018年6月8日

東京電力ホールディングス株式会社
福島第一廃炉推進カンパニー

 6月6日午前中に発電所構内で作業していた協力企業の作業員の方が、作業終了後に大熊町内の事務所へ戻り、その後午後1時45分頃、同事務所内で倒れ意識不明の状態となりました。ただちに緊急搬送したものの、同日午後4時2分、お亡くなりになられました。ご冥福をお祈り申し上げるとともに、亡くなられた方のご家族へ、お悔やみ申し上げます。
 なお、死因については、既往症に起因したものとお聞きしており、作業中の負傷等はないことから、6月6日午前中の作業との直接の因果関係は無いものと考えています。

以 上



東電




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福島第一原子力発電所の状況について(日報)

2017年10月27日
東京電力ホールディングス株式会社
福島第一廃炉推進カンパニー


【主な作業実績と至近の作業予定等】
・10月26日午後1時頃、構内車両整備工場において、協力企業作業員が昼の休憩後に体調不良を訴え、入退域管理棟救急医療室の医師の診察を受けたところ、緊急搬送の必要があると診断されたため、午後1時20分にドクターへリを要請。ドクターヘリの医師の判断により、ドクターヘリから救急車に変更し、午後1時56分に病院へ向けて搬送。その後、病院にて、午後2時36分に死亡を確認。なお、診断の結果、個人の疾病であり、発電所作業に起因するものではないことを確認。



東電死亡



福島第一原子力発電所の状況について(日報)
【午後3時現在】

2016年7月30日
東京電力ホールディングス株式会社

※7月30日午前10時39分頃、福島第一原子力発電所の入退域管理棟構外出口において、協力企業作業員が意識不明で倒れているとの連絡が緊急時対策本部にあった。
入退域管理棟救急医療室の医師の診察を受けたところ、緊急搬送の必要があると診断されたことから、午前10時49分に救急車を要請すると共に、午前10時53分に当社救急車にて福島第一原子力発電所を出発。その後、当社の救急車から富岡消防署の救急車へ引き渡し、いわき市の病院へ搬送。午後1時2分に搬送先の病院にて死亡を確認。



東電作業員死亡


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東電福島第一原発における安全衛生管理をめぐる状況
厚生労働省調べ(死亡災害報告及び労働者死傷病報告)

最近の動き
平成26年、労働災害が急増するとともに、平成27年1月と8月に死亡災害が発生。
• 1日あたりの労働者数が、2年前の約3,500人から約7,000人に倍増。
• 月別の平均被ばく線量は減少傾向にあるものの、被ばく線量が5ミリシーベルトを超え
る労働者数は横ばいであり、全労働者の被ばく線量の総計は高止まり。
• 廃炉・汚染水対策関係閣僚等会議により、「東京電力(株)福島第一原子力発電所の
廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」が改訂(平成27年6月12日)。
死亡者数

平成
23年=2011年
24年=2012年
25年=2013年
26年=2014年
27年=2015年






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今年に入って4人死亡! 元イチエフ作業員が告発する残酷体験
週プレNews 2015年11月12日 06時00分


福島第一原発では、レベル7の大事故から4年半以上がたった今でも、汚染水漏れが多発するなどトラブルが絶えない。

これは、収束工事の計画自体がずさんな上、被曝を伴うため熟練作業員の長期固定化が難しく、全国から集めてきた経験の乏しい作業員に頼るしかないことが大きい。

そんな折、過酷な収束現場の状況を告発しようとひとりの作業員が現れた。その話に耳を傾けると、大量被曝する高線量エリアに人を送り込みながら、給料や危険手当のピンハネは相変わらず日常茶飯事的に行なわれていることが明らかに…。

原発の再稼働を進め、事故は「アンダーコントロール」と公言する安倍首相だが、現場の実態は何も変わっていないようだ。

***

福島第一原発の作業員といえば、給料をピンハネされるのは当たり前。危険手当も十分にもらえないのに、被曝して働けなくなれば簡単に使い捨てにされる。あまりのヒドさに現役作業員が東電や元請け企業などを提訴するケースも起き、今年9月には被曝が原因でがんを発症したとして元作業員が訴えを起こした。

作業もキツイものが多く、死亡事故や熱中症で倒れる例も後を絶たない。今年1月には福島第二原発と合わせて2日連続で死亡事故が発生。8月にはバキュームタンクのふたに頭を挟まれた作業員が亡くなり、その1週間後には作業終了後に体調不良となった30代の男性が死亡している。被曝の危険性もあるのに待遇も悪いという点では“世界一のブラック職場”といってもいいだろう。

「廃炉作業の現場で、下請けの作業員は被曝しているだけでなく、立場的にも虐げられているのが自分で働いてみてよくわかりました」

怒りの口調でこう話すのは、今年2月から福島第一原発で下請け企業の作業員として働いたA氏(48歳)だ。A氏はもともと千葉県で農業などをやっていたが、未曽有の原発事故を目にし、復興事業に貢献したいと考えて作業員を志願した。

2014年夏にネットの求人サイトで福島第一原発の仕事を見つけるが、最初からいい加減で驚くことの連続だったという。

「条件の良さそうな下請け会社から作業員として採用され、全国から集まった作業員たちと一緒に福島の元請け企業へ挨拶(あいさつ)に行った時のことです。事務所に入ると、ヤクザ口調のおやじが出てきて、持参した書類に目を通すと『おまえらダメだよ。働けないやつが何人もいる』と。

どうも、仲間の何人かは年齢や健康状態などが原因で原発に行けないらしいのです。私たちを採用した下請け会社は、原発で働けるから呼び寄せたはず。訳がわかりませんでしたよ。その場で下請け会社の担当者とそのヤクザ口調のおやじが押し問答になりましたが、こちらは所詮、下請け。仕事を東電から請けている元請けのほうが立場が強い。この時は結局、全員が仕事にありつけませんでした」


その後、A氏は別の会社を見つけ、3ヵ月契約で第一原発に入ることになった。仕事の内容は、原子炉3号機内にたまった滞留水をくみ上げるためのモーターや電源の設置だった。

「元請け企業は原発プラントを製造する東芝で、その2次下請け会社の採用です。電源設置といっても、私を含めて一緒に入社した仲間たちは電気関連の技術なんか持ち合わせていません。だから力仕事専門に雇われたようなものです」

そこで待ち受けていたのは、ぶっ倒れてしまいかねない過酷な作業だった。

「長さ30mはあるとてつもなく重い電気ケーブルを10人ほどで肩に担いで運び入れ、数人がかりでそのケーブルの束をエフレックス管と呼ばれる保護カバーに差し込みます。それらをつなぎ合わせて長さ100m以上になったら、今度は人力で持ち上げて天井や壁に固定するのです。全面マスクのせいで息苦しい上、冬場でも体中から汗が噴き出してきます。夏など熱中症が心配で、日中にやるのは無理なほどの重作業です」

爆発した原子炉建屋内は汚染水の排出ポンプから出るホースやいろいろな装置の電源ケーブルなどがはい回り、足の踏み場もない。A氏は、ほふく前進したり、辺りをよじ登りながら作業を進めた。時折、頭上にボトボトと落ちてくる水滴もあり、汚染水かもしれないと恐怖を感じていたという。

装備も重装備だ。

「手には布手袋の上からゴム手袋を2枚、さらにその上に軍手をします。足には特別な安全靴を履きますが、靴下は軍足2枚履きです。防護服も2枚重ねで着用し、顔は全面マスクで覆います。これでは指も動かしづらく細かい作業は難しいし、呼吸も制限されて息苦しい。しかし、原子炉建屋の中でもさらに危険な場所に行く作業員たちは被曝防護のために、他に重い鉛ベストを着ていました」

補足すると、原発内を飛び交っている放射線のうち、ガンマ線は厚い鉛やコンクリートぐらいでないと遮蔽(しゃへい)できない。

つまり防護服を重ね着しただけでは効果がなく、Aさんら作業員の体は常時、放射線が突き抜け、被曝にさらされる状態なのだ。

それでも手袋や防護服を何重にもするのは、人体に放射性物質が付着し、作業後あちこちにまき散らさないようにするための「汚染拡散防止」のためだ。


1日に出るごみも相当な量に上る。防護服、布手袋、ビニール手袋、靴下、布帽子などは最低一日2、3着から多い時で10着程度を使い捨てる。長袖シャツと長ズボンの下着も今は洗濯しているが、原発事故から2年ほどはすべて使い捨てだった。福島第一原発だけで作業員は7千人ほどもいる。デュポンなど防護服の納入メーカーやごみの廃棄業者は、廃炉作業でめちゃくちゃ潤(うるお)っているはずだ。そうした莫大(ばくだい)な費用も税金から注ぎ込まれている。

危険な原子炉建屋の作業を請け負うA氏の被曝量は次第に増えていった。

「実働4時間ほどで、最初の1週間は日に0.01mSv(ミリシーベルト=10μSv〈マイクロシーベルト〉)程度の被曝でした。しかし、翌週はその10倍高い、日に0.1mSv、その翌週は多い時で日に0.3mSvに増えました。

3月に入ると、年度末で工期が迫ってきたこともあり、約1mSv(1000μSv)を浴びた日もありました。その日のことはよく覚えています。作業中に携帯しているAPDと呼ばれる線量計は、一定の線量に達すると段階的に警報音が鳴るのですが、この日はやけに早いのです。

おかしいなあ?と思っていると、人が入れない高線量の場所で作業をしているロボットが壊れてしまい、それを他の作業員たちが近くまで運び出してきていたのです。彼らは被曝除けに鉛ベストを着ていましたが、そんなことを知らない私たちは防護服だけ。

結局、汚染されたロボットから飛んできた放射線で予定以上に被曝してしまい、その日は作業を中止して引き揚げざるを得なくなりました。危険な場所での作業でもお互いの連絡もなく、作業員は本当に使い捨てなんだと痛感しました」

法令では、原発作業員の被曝限度を5年で100mSv、1年で最大50mSvと定めている(通常作業の場合)。ただ、元請け企業ごとに、これより低い限度を定めていることが多く、実際には年間15から20mSv程度だ。A氏はわずか2ヵ月でこの限度量に近づいてしまったわけだ。

「3月を終えた時の積算被曝量は12mSvを超えていました。東芝の定める上限が15mSvでしたので、それに近い数値です。うち10mSvほどは3月だけでの被曝。こんな大量被曝が体にいいわけはありませんが、年間の線量管理の区切りが年度末の3月で、4月からはゼロになるため、こうしたことも起きるのです。

もっとも、こんなことさえ考えず、初めから作業員を使い捨てるヤバい作業もあります。それが『ジャンパー』と呼ばれる仕事なのです」

ピンハネで日当6千円! 秘密の大量被曝作業も…イチエフ残酷現場の実態
週プレNews 2015年11月13日


レベル7の大事故から4年半、「アンダーコントロール」とは程遠く、汚染水漏れが多発するなどトラブルが絶えない福島第一原発。
収束現場は過酷を極め、今年に入って4名が死亡している。被曝の危険性を伴うにもかかわらず、給料や危険手当のピンハネも相変わらず日常茶飯事だという。
そんな“残酷現場”の実情を元作業員が告発。今年2月から福島第一原発で下請け企業の作業員として働いたA氏(48歳)だ。
法令で定められた原発作業員の被曝限度は5年で100mSv、1年で最大50mSv(通常作業の場合)だが、A氏は3月の1ヵ月間だけで10mSvほど被曝したという。さらに、「ジャンパー」と呼ばれる、もっと「ヤバい仕事」があるというのだが…。(前編記事→「今年に入って4人死亡! 元イチエフ作業員が告発する残酷体験」)
***
原発事故処理作業員を「ジャンパー」と呼ぶことがあるが、ここで言うジャンパーは極めつきの危険作業を請け負う人たちのことだ。A氏が作業内容を明かす。
「一般作業員が入れない高線量の場所に進入し、通路に散乱する汚染瓦礫(がれき)を撤去して作業路を確保する。倒れて動けなくなった偵察ロボットを起こしてくる。超高線量の物質に遮蔽(しゃへい)板をかぶせてくるなど、危険だが誰かがやらないといけない作業の請負人です。
大量に被曝するため、5分、10分といった短時間で終わらせますが、それでも20mSvも被曝することがあります。命をかけた仕事だから給料もその分良く、日当20万円のことも。私たち作業員の日当が1万2千円から2万5千円ぐらいですから、それと比べると極めて高い。でも、すぐ被曝限度に達してしまうので1日やったら終わりです。こんな仕事はまず公表されず、内々で募集されています」
最低賃金で世界一危険な原発収束作業を…

A氏が話を聞いたのも、知り合いの作業員からだった。
「中堅元請け企業の東京エネシスが、このジャンパーの仕事をよく請け負い、その下請けが求人してくると話していました。そこで働いていた人の話では、1日2時間の作業で被曝量は1.2mSv、日当は3万5千円。これなどまだ被曝が少ないほうで、1週間限定で採用された人たちは毎日3mSvの被曝で6日働き、合計18mSvになったら終わり。給料は30万円とのことでした。もっとヤバい作業も入ってくるというから完全に人の使い捨てです」
福島第一原発事故翌年の2012年、作業員の林哲哉氏が除染装置の修理のため、1時間に60mSvという超高線量の場所へ行かされそうになったことがある。採用時に何も聞いていなかったとして、林氏が東京エネシスをはじめとする関連企業を告発し、マスコミが取り上げてニュースになった(参照記事→「福島第一原発作業員が実名告発!」)。それから3年以上が経過しても、依然として危険な作業が残っているのだ。
A氏は3ヵ月の契約期間を終えた後も、原発作業員としての仕事をするために会社を移る。今度の元請会社はゼネコンのS社で、契約を交わしたのはその2次下請け会社だった。
「ここの担当者も横柄で、上から目線で作業員を扱っていました。契約は1ヵ月更新、さらに最大積算被曝量は40mSvも覚悟しておけというのです。しかも、東電が増額した危険手当分は払わないというヒドさです。仕事の内容は原子炉建屋周辺の汚染土をはぎ取り、それをトン袋と呼ばれる土のうのような袋に入れる仕事。
あたりは格納容器ベントをした時にいろんな核物質が飛び散っている危険な場所です。これはえらい会社に来てしまったと思いましたが、今さら契約しないわけにはいかないのでサインしました」
東電は2013年12月発注分から、福島第一原発作業員への危険手当を日額1万円から2万円に引き上げることにした。だが、下請け企業のピンハネによって作業員まで増額分が行きわたっていないといわれている。そしてA氏はそれを目の当たりにすることになる。
実際、1月から働いた東芝の2次下請け企業では、日当は1万5千円だが、高線量手当は日額5千円しかつかなかった。S社のやり方はさらに悪質だ。日額1万8千円の高線量手当を提示して批判の矛先をかわしながら、その分、日当をわずか6千円にと抑えていたのだ。福島県の最低賃金は時給689円。8時間労働で5512円が最低日給となるため、A氏はほぼ最低賃金で世界一危険な原発収束作業をやらされていたことになる。
しかも、ここから日額2500円の寮費と食事代を会社に支払っていた。その寮にしても「床が抜けそうな古い施設で、今年5月に火災事故が起きて死者が出た川崎市の簡易宿泊所と変わらないレベル」だったという。
東電社員による線量計(APD)紛失事件
A氏は原発作業中、マスコミには決して公表されないような事件も目撃している。それが東電社員による線量計(APD)紛失事件だ。
「震災からちょうど4年目の3月11日のことでした。新入りの東電社員が研修か視察で第一原発に来ていて、APDをなくしたんです。担当者が血相を変えて探していましたが、その後どうなったのか。噂によると見つからなかったようです。使用済みの防護服や下着は専用の箱に入れるのですが、その時に胸ポケットからAPDを出すのを忘れ、そのまま廃棄してしまったのではないでしょうか」
放射線管理区域に立ち入る際には、法令で厳しく線量管理が定められている。APDをなくしてしまえば当然その日の被曝記録もなくなり、仮に大量被曝した時など、その量さえ把握ができないのだ。
2012年7月にはAPDに鉛カバーをつけた作業員による被曝隠しが社会問題になっただけに東電もAPDの管理には神経をとがらせている。
「たまに作業員でも紛失することがあります。一度、東芝の下請け作業員がやってしまい、捜索のために作業班の全員が居残りになったことがあります。放射線管理区域内には10時間を超えて立ち入れないため、APDはその時間が来るとアラームが鳴るのですが、結局それで見つかりました。連帯責任ということで全員が夜中まで残らされていましたね」
A氏は7月まで作業員として働き、今は普通の生活に戻っている。世間の一般常識が通用しない世界をイヤというほど見てしまったため、その“リハビリ”期間中だ。
廃炉までの道筋はおよそ40年。それまでには数十万人規模の作業員の力が必要となる。しかし、被曝環境で作業をしているにもかかわらず、彼らは筆者が2012年に作業員として潜入取材していた頃と同じように十分な報酬や補償を受けられず、使い捨てのように扱われている。
今まで何人かの作業員が声を上げ、東電や元請け企業を相手取り、訴訟を起こしているケースもあるが、それでもA氏の声を聞く限り、現場の状況は何も変わっていない。結局、原発作業員は補充が利く消耗品ぐらいにしか見られていないのだ。
これでは事故現場が本当に「アンダーコントロール」されるまでに何十年かかるかわからない…。
(取材・文/桐島 瞬 写真/A氏 桐島 瞬)



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2017年9月8日

2017年10月5日  週刊現代
清水建設・福島第一原発電所内作業所長の「不可解すぎる死」
福島「復興利権」の闇


「復興税」に群がる奴ら

清水建設の男性職員A氏(58歳)が東京都内の社員寮の一室で死亡しているのが発見されたのは、9月8日の朝のことだ。

A氏は、東京電力福島第一原子力発電所内の工事を請け負う作業所の所長を務めていた。下請けのB社と共謀し、作業費用として約3900万円を架空請求した疑いで、社内調査を受けている真っ只中の不可解な「急死」だった――。

福島第一原発のある双葉郡大熊町。通行者は国道6号線から離れることはできず、ただ通過することだけが許されている。かつては人でにぎわっていたであろうスーパーや食堂、パチンコ店、ホームセンターなど、数多くの店舗や住宅は放置されたまま荒れ果てていた。

道を行き交うのは作業員を乗せたバスや資材を運ぶトラックのみ。数ヵ所ある電光掲示板には放射線濃度の値が表示され、いまだ復興へは道半ばの状況がうかがえる。
B社とは別の、清水建設の下請け会社の作業員が言う。

「A所長が行っていたのは作業人員の水増しです。作業員の『日報』や『健康管理チェック表』に、実際には下請けのB社には存在しない複数の作業員の名前を記載し、作業に従事しているように見せかけていた。

現場でも誰ひとり知らない名前だったから、B社の作業員に確認したところ『A所長の命令でそういうことになった』と。

原発の敷地内での作業では、東京電力から線量計の貸し出しを受ける必要があります。なので、架空の作業員は『敷地外』で作業していることになっていました」

ずさんな方法に思われるが、これだけで3900万円もの金額が水増しされていた。
東京電力福島第一原発事故後の5年間で、復興のために投入された予算は実に29兆円にのぼる。

復興庁が発表した今年度の復興特別所得税の歳入予定額は約3800億円。この所得税の増税は、'37年まで、実に20年以上も継続される予定になっている。

庶民に負担を強いる巨額な「公共投資」にもかかわらず、「聖域」扱いの復興事業には国や自治体のチェック機能が働かない。従って、業者による不正が次々と発覚している。

今年5月には福島市が発注した森林除染事業で、通常の森林に比べて竹林の除染は単価が約10倍に跳ね上がることに目をつけた下請け業者が、地面に短く切った竹を置き、竹林に偽装した写真を作成した。それをもとに市に約2500万円を架空請求しており、市は返還を求めている。

また6月には、東京の準大手ゼネコン「安藤ハザマ」の社員が、下請け業者に除染作業員の宿泊費を水増しした「偽造領収書」の作成を指示していたことが判明した。

県内で作業している建設会社役員が言う。

「ああいう世間に露見したケースは相当な『イレギュラー』です。第一原発も含め、復興作業の現場は余りにも広大なので、国や県も、とてもではないがチェックしきれない。

他にも作業車両のリース代を水増ししたり、請求時に除染した面積を実際より広く報告したりすることは日常茶飯事です。こうした不正は、作業に携わる人間のあいだでは『錬金術』と呼ばれ、みんな悪びれる風もない」

ジャーナリストの伊藤博敏氏が指摘する。

「あくまで推測ですが、水増し請求で作られたカネは、現地での利害関係の調整に使われていたのではないでしょうか。

たとえば、県議や市議、はては難癖をつけてくるような暴力団関係の人間まで、工事に口出しをしてくる人間の調整をする『サバき』を行う業者が、地域ごとに存在している。そうしたサバき業者を通じて、不正なカネが流れた可能性もある。

もともと、原発の多い福島はゼネコンと地元建設業者の談合秩序が長らく保たれてきた土地です。しかし、'00年代に談合摘発が連続して起き、ようやく競争原理が導入された矢先に震災という緊急事態が発生して、ゼネコンと地元業者の不透明な関係が再び強まっています」

実際、福島第一原発近辺での「サバき」にも、幅を利かせている業者がいるという。

「たとえば、解体であれ除染であれ、ここではすべての仕事において、まず地権者に判子をついてもらう必要がある。そうした地権者の大多数は、一般の居住者や地元法人です。

顔役として彼らに働きかけるのが業者の仕事になりますが、相応のカネも必要になるので、業者からの請求が多少水増しされていることに気づいても、大手ゼネコンは黙認しています」(地元建設会社社長)

幅を利かす地元業者

除染作業が終了しても、建物の解体や新たなインフラの整備、そして中間処理施設の建設・管理と、被災地では莫大なカネが動き続ける。

そうした巨費を温床とした不正の横行が目に余る状況のなか、捜査機関もようやく重い腰を上げようとしている。

「安藤ハザマの一件では東京地検特捜部が強制捜査に乗り出しました。これは、外からは仕組みがわかりにくく見て見ぬふりをしてきた復興利権に、特捜部が本気でメスを入れていくという姿勢の表れです。復興バブルで業績が右肩上がりの大手ゼネコンも戦々恐々のはず」(前出・伊藤氏)

今回の一件について清水建設に聞くと、「期間や方法、不正取引の詳細を含めて、本件全体の問題点について現在調査中です」との回答があった。

A所長のもとで働いていた清水建設のある職員が複雑な胸中を語る。

「所長は社員とも作業員とも同じ目線で会話のできる人でした。一般の人にはわからないと思いますが、どこの現場にも必要不可欠な『配慮』というものがある。

この仕事を知っている人なら誰もが、この配慮の必要性に納得するはずです。本社も認めている以上、所長が水増し請求に関与していたのは事実でしょう。でも、所長はあのカネで私腹を肥やしていたわけではない、そう信じる人は少なくありません」

A所長が亡くなってから10日以上が経った現在、地元警察が彼の死について捜査を進めている様子はない。A所長は「復興利権の闇」を抱えたまま、逝った。

「週刊現代」2017年10月7日号より

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