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7カ月ぶりに学校が”復活”
「戻る」「戻らない」それぞれの決断とは 
2011.10.18

20111018 戻る・戻らない‥7ヶ月ぶり学校再開で決断 投稿者 PMG5

学校での再会を喜ぶ子どもたちの笑顔、
けれど、登校する子どもたちの姿は、マスクに長そで長ズボン。
見ていてものすごく辛い映像でした。

なぜ、無理やり学校を再開させたのか、
政府の判断が許せないと、そう思いながら見ていました。

そして・・

最後に舘野氏が言って下さいました
「僕らが絶対に忘れちゃいけないのは、
この、今の政府がやっている事は、10年後20年後 大変な罪になるかもしれないんですよ。
こんなところに子どもたちを戻さなければならない気持ちを考えると、たまらないですね。」



ーーー番組の内容を書き出しますーーー

赤江
続いては、昨日南相馬市の5つの小中学校が7カ月ぶりに再開されました。
しかし、6割の生徒が戻ってきませんでした。
「学校に戻りたい」という子どもを引きとめたお母さんの心境とは。

ーーーVTR---

女子児童:7か月ぶりなのでドキドキしています

原発事故からおよそ7カ月、閉鎖されていた小学校に子どもたちの元気な声が返ってきました。

児童の母親:楽しみ楽しみ~って、なんか、久しぶりに教室に入れるから「どこの教室なのかなぁ」って・・

母校の再開で戻ってきた子どもたち、
しかし戻ることが出来ない子どもたちもいまだ多くいます。

父親(電話):早く戻ってこれるようにするからな。頑張ってな
子ども:うん

戻りたいけど戻れない。複雑な心境の親たち。

母親:(泣きながら)戻せない状況にあるのは、本当に正直つらいですね。

なぜ、再開をした母校に戻らないのか、
その背景には親たちの葛藤がありました。





続きは、続きを読むに書き出します。






リポーター 黒宮千賀子:
半径20キロ圏内まで直線距離でおよそ500メートルのところにある大甕(おおみか)小学校です。
今日からいよいよ再開という事で、グラウンドには「おかえり」の文字が書かれています。

7カ月ぶりに通いなれた校舎に戻った子どもたち
福島県南相馬市にある大甕小学校は先月の30日、
緊急時避難準備区域の指定が解除されたことにより、元の校舎で再開。
多くの子どもから笑みがこぼれました。

女子児童:スンゴク嬉しくて、テンションあがってて、今教室に入ってからずっと騒いでいました。

午前7時、久しぶりに母校へと向かう3人の子どもたち
大迫 蓮くん(11)、澪奈ちゃん(10)、菜奈可ちゃん(8)
興奮しているのか、いつもより早起きして学校に向かいました。

Q:今日久しぶりに学校に行くんだけど、どう?
澪奈ちゃん:うれしい
菜奈可ちゃん:たのしみ

学校側の方針により、子どもたちは長袖、長ズボン、マスクをし、線量計を持って通学。
母親の大迫明美さんが車で学校まで送りとどけます。
その理由は「放射線の影響を避けるため」です。

母 明美さん:
毎日ね、ま、大甕に通えて嬉しいんですけれど、やっぱり、
こう…子どもの体は大丈夫なのかなというのは日々葛藤ですね。

原発事故が起きた際、しばらく県外に避難していたという大迫さんは
なぜ、戻ることを決意したのか。
それは、子どもたちのある一言だったと言います。

母 明美さん:
こどもが「帰りたい」って、「先生に会いたい」「お友達に会いたい」っていう気持ちが強かったので、
家族バラバラになっている友達もいるけど、僕たちは帰ろうって、言ったんで・・

小学6年生の蓮君が嬉しかった事、それは、母校で卒業式が出来る事です。

蓮君:クラブとかが始まっても、半年しか出来ないから、そういう楽しい思い出を沢山作りたい。

再開を祝い全校児童が行った復活式
現在児童の数は75人(本来は204人)。震災前よりも半数以下になっています。

平間勝成校長:人数は・・さみしいです。でも、これはしょうがないです。

屋外での活動を1日2時間にするなど、おおくの制限をつけての再開。

PTA会長 庄司一弘さん:
自分の子どもが自分の家に帰ってきた、そんな気がします。みんなでまたがんばろう。

PTA会長の庄司一弘さんは、再開を喜びながらも
自分の子どもたちを避難先から戻さないことに決めました。
なぜ、戻さないことにしたのでしょうか。

庄司さんは8月から保護者達と学校の再開を目指し、遊具などの除染作業を進めてきました。

庄司さん:
再開そのものは非常に嬉しい事なんですけれども、
あのー、ちょっと手放しで喜べるような状況ではないのかなというふうに思います。

庄司さんの自宅がある南相馬市からおよそ50キロ離れた田村市。
原発の事故以来、奥さんの実家に、
奥さんと子ども3人が非難しています。
仕事の都合で庄司さんだけが南相馬の自宅に残り、
家族離れ離れの中、今回の再開にあたり夫婦で話し合いました。
結論は奥さんと子どもたちは自宅に戻らないというものでした。

奥さん庄司理香さん:
家の中の線量と、あとやっぱり、家の外ですね、外も高いので、子
どもたちが自由に出入りできるような環境にないので、

一向に進んでいない自宅周辺や通学路の除染作業
「まだ子どもたちを戻す事は出来ない」と判断したのです。
しかし、

莞太くん(6年生):
南相馬の大甕小学校で卒業したいです。
いままで、あの、あっちで勉強したり遊んだりしたんで、ま、そこで卒業したい。

陸人くん(4年生):仲の良い友達があっちのほうにいるから、戻りたいです。

そして、長女のりおちゃんが見せてくれたのは、

りおちゃん(2年生):奄美大島に行った時のお土産

夏休みに大甕症のお友達のためにおこずかいで買った、未だに渡せないでいるお土産

Q:早く戻れたらいいね、大甕小の方にね

りおちゃん:はい

Q:子どもが戻りたいという中で、子どもさんのことを考えると戻せないという現実があるというのは
やっぱりそういった部分は親としては辛いところですかね

理香さん:
そうですね、やっぱりあの、
「家に戻りたい」って言って、あの・・・(泣いて言葉に詰まる)あ、すみません。
戻せない状況にあるのは、やっぱり、正直つらいですね。
もう、家族が結構バラバラになっているわけだから、
ん・・やっぱり一番、子どもたちに申し訳ないって思います。

離れ離れになって以来日課となっているのは、
今日あった出来事を報告し合う父と家族の電話。

一方、学校に戻ると決断した大迫さんにも不安がないわけではありません。

大迫明美さん:
子どもに、「学校を再開する前に、完璧な除染が先じゃない?」って一言言われたんですね。
「あ、そうだよね」と思って、親としてもやっぱり
解除する前にもうちょっと何かやることがあったんじゃないかなと、

戻ってきた児童、戻らない児童の親に共通して言える不安は
やはり、除染の問題。
それについて行政側の対応は、

青木紀男氏(南相馬市教育委員会教育長):
市は、国やね、東電も含めてですね、県とも協議しながら、そういった地域ぐるみの学校以外の場所のね
空間線量の低減化は早く取り組んでいかなければならない。
こんなふうに思っております。

学校が再開しても消えることのない放射能への不安
子どもたちが安心して学校に通える日はいつやってくるのでしょうか。

ーーースタジオーーー

羽鳥:いやぁ、再開はまだまだ先ですね。完全にはね。

赤江:手放しでは喜べないとおっしゃっていましたね。

羽鳥:
あのお母さんのインタビューなんか聞いていると辛いですね。
戻りたい、戻れない、戻らせられない

黒宮:
そうなんです。子どもたちは戻りたいという声が圧倒的に多いんです。
昨日も学校が再開されて、喜んで笑顔で走っていく、そんな子ども達ばっかりだったんですよ。

羽鳥:ね、朝起きて学校に行くという普通の事が、あんなに子どもたちにとっても大切な大変なことなんですね。

黒宮:
前日から、翌日の準備をして、あさも早くから起きちゃって、
いつもよりも15分も早く家を出たいって話していたんです。ってお母さんが、お母さんもいらっしゃったんですよ。
でも、本当に手放しで喜べる状況じゃありませんよね。

羽鳥:いや全く、ないですね。

黒宮:
子どもたち、ご覧のように、長そで、長ズボン、マスク、帽子、線量計をつけて登校。
しかも、普段は集団登校していた児童達も、学校の前まで保護者が車で送るか、
それとも、遠く離れた避難所から来る子どもたちは6時10分にバスに乗って8時に学校に着くって・・
そんな状況なんですよ。

羽鳥:1時間50分

黒宮:はい、かなり長い時間バスに乗ってやってくる。
で、大甕小学校では校長先生が毎日線量を測っているんですね。
それで、安全だと分かっていても、子どもたちの健康を考えて、
体育の授業を含めて屋外活動は2時間以内というふうに制限しているんです。

羽鳥:いろんな制約がまだまだあって、これは清水さん課題は多いですね。まだね。

清水:
先が見えない中で、親の気持ち、子どもの気持ちを考えると、
正直どれが正しい判断か分からないと思うんですよね。
ただ、やはり、長期的に考えて行動しなければいけないというのは思いますよね。

黒宮:
で、昨日学校が再開されたのは、30日に緊急時避難準備区域が解除されたことを受けてなんです。
その中でも、地震の被害が少なくて、校舎の除染が終わった学校
今回紹介した大甕小学校は、警戒区域まで直線距離で500mという非常に近いところなんですけれども、

20111023.jpg

羽鳥:屋上から見たら福島第一原子力発電所がすぐそこで

黒宮:
見えるんですよ。本当に。でも、大丈夫という事で再開されました。
この、大甕小学校の他に中学校2つ、小学校2つの合わせて5校が昨日再開されたんですが、

201110231.jpg

黒宮:
4月の時点では2200人いる筈だった児童の数が、金曜日(14日現在)、最新の数字です。
およそ900人に、半分以下に減っちゃっていたんですよ
じゃ、残りの人達はどうしているのかというと、
例えば県外に避難していらして、保護者の方がそちらで仕事を見つけて、
生活の基盤がもう、移ってしまっている方。
また、地震の被害で帰る場所がないという方。
それから、VTRにあった庄司さんのように、お子さんたちは避難していて戻りたい、でも、
家、または自宅周りの放射線量が高くて帰ることが出来ない。って言う声が沢山ありました。

羽鳥:
ね・・ね、そこの・・・そこの緑のところが解除されても、
すぐ近くが警戒区域な訳ですから、そこで、こうね・・距離で区切られても、
それは安心っていうのはなかなか難しいですよね。

黒宮:
実際に大甕小学校は放射線量は測っても少ないんです
でも、周りの通学路はどうなのか、そういった心配も残っているんですよね。

羽鳥:
そうですね、除染して大丈夫って言われても、宮田さん、
これはなかなか、親御さんとしてはさっきのVTRにあったように、
もちろん戻りたいって子どもたちはいうけれど戻せないという・・・難しい決断ですね、これは。

宮田佳代子(城西国際大学非常勤講師):
そうですね。
戻ってきたお子さんの親御さんが本当に戻したいと思っているのか、
戻ってこなかった親御さんが本当に戻りたくなかったのかというのは、
実は本意でないことが多いと思うんですね。
どちらにしても経済的な理由によって無理だったりとか、
諸事情によって無理を強いているというのはこれは間違いがないですからね。
そこを本当に肝に銘じて私達は思いをはせなければいけないなって強く思いますね。

黒宮:
本当に、戻られたご家族でも、ご自宅での放射線量をすごく気にされていて、
例えば家でご飯を食べる時の煮ものだとか、あと、お米を研ぐ水全部をミネラルウォーターに変えたら、
家計費が3倍になったんですって。
で、震災以降一度も窓を開けていない。窓もカーテンも開けていない。
それくらいお子さんの健康状態を気にされているんですよね。

羽鳥:
除染を進めなければいけないんでしょうけれども、
あまりにも広大な地域で、なかなか、こう、思うように進まないという状況もあるでしょうし、

黒宮:
学校だけではなくて、被災地全体に言えることだと思うんですけれども
昨日南相馬市の除染対策室でお話しを伺ったところ、
南相馬市では市内全域を除染する予定なんです。
でも、じゃぁ除染して汚染された土、草木の置く場所がないんですよ。
仮に、一時的に置く場所が決まったとしても、その一時的というのがいったいどれ位なのか、
最終的な処理をちゃんと国が責任を持って行ってくれるのか、
そういった具体的なことがまだ出てきていないので、除染だけを進めるという事も出来ない状況なんです。

羽鳥:
こういう対応を見ると舘野さん、やっぱり、市町村県レベルでは、もう対応できないような事態になっちゃっている

舘野晴彦(「ゲーテ」編集長):
地元の人も自治体もすごくぎりぎりのところでやっている事は間違いないと思うんですよ。
ただ、そもそもね、これを解除するというふうに政府が発表した時に、
誰もが「まだ、早いだろう」と思ったと思うんですよね。


だって、子どもたちがマスクをして、車の送り迎えをして、
外も2時間しか出られないような状況で生活するという事自体が、
いろんな事情はあるでしょうけれども、それは、ちょっと、ダメなことですよね。
そんなところに・・そりゃ、親御さんの気持ちを考えたら

で、やっぱり、政府の人達がちゃんと継続的な除染をどういうふうにしていくのか、
それから、生活のインフラの整備をどうしていくのか、きちんとしていかなければ、
僕らが絶対に忘れちゃいけないのは
この、今の政府がやっている事は、10年後20年後 大変な罪になるかもしれないんですよ。
こんなところに子どもたちを戻さなければならない気持ちを考えると、たまらないですね。

羽鳥:非常に、これは、難しい判断ですね

黒宮:
そうなんです、大甕小学校の校長先生も
「これがゴールではなくこれがスタート、やっとスタートラインに立ったんだ」と
話していらっしゃいました。


ーーー大甕小学校の線量が低いというけど、どの位なんだろう(。◔‸◔。)??

東日本大震災:
不安の中、授業再開へ 南相馬5小中校が元校舎で /福島

毎日新聞 10月15日(土)12時53分配信
 
17日から元の学校で授業を再開する南相馬市原町区の小中学校5校は14日、間借り先での授業を終えた。
校庭の除染はほぼ終わり、再開後は屋外活動が一日2時間の制限付きで7カ月ぶりに解禁される。
しかし、放射線に対する不安も強く、各校で対応は異なりそうだ。
 
鹿島中に同居していた原町二中は放課後、
生徒と教員ら約170人が、仮設教室から机や椅子をトラックに積み込み、
教室の床や壁をぞうきんがけして明け渡した。
「教室が広くなるのはうれしい」「屋外の2時間制限はちょっと残念」などと1年男子は話した。
 
5校の校庭の放射線量(地上1メートル、小学校50センチ)は13日現在、
除染により8月初めの毎時0・36~0・79マイクロシーベルトから
毎時0・13~0・22マイクロシーベルトに下がった。

政府は、学校で受ける放射線量を年1ミリシーベルト以下と掲げるが、
市教委によると屋外2時間、屋内6時間で年0・3ミリシーベルト程度に相当する。
 
4校は体育などの屋外活動を再開する方針。その際、マスクや帽子、長袖、長ズボンを着用する。
しかし、線量が比較的低い大甕(おおみか)小の母親(46)も
「子どもたちはストレスいっぱいなので自由に遊ばせたいが、やっぱり不安」と話す。

一方、線量が高めの原町三小は当面、屋外を見送る。
小林貞雄校長は「親は、小さな子を持つ人が多い。安心のため、市内全域の除染が必要だ」と語る。
中学校でも
「体育で1時間使うと部活動は残り1時間。一部の生徒だけ『先に帰れ』とは言いにくい」(教員)など
戸惑いの声もあり、試行錯誤が続きそうだ。【高橋秀郎】




東日本大震災:
避難準備から日常へ一歩 福島・南相馬5小中校「復活」 首から線量計

毎日新聞 2011年10月17日 東京夕刊

東京電力福島第1原発の事故による緊急時避難準備区域の指定を先月末に解除された
福島県南相馬市原町区の市立小中学校5校が17日、
東日本大震災の発生から7カ月余りで元の校舎での授業を再開した。
市教委は自粛を求めていた体育などの屋外活動を1日2時間の制限付きで解禁。
各校は「日常」の学校生活を取り戻すため手探りでスタートする。【高橋秀郎】

5校は大甕(おおみか)小▽原町一小▽原町三小▽原町一中▽原町二中。
5校の児童・生徒数は震災前の計約2200人から約900人に激減した。
約100人が転校し、約1200人が県内外に避難している。

原発から約21キロと最も近い大甕小では朝、体育館で「復活式」を行った。
この日、千葉県から2人が戻り75人に。
津波被害などで親戚宅や借り上げ住宅から通う児童も少なくない。首から線量計をぶら下げた児童も。
陣羽織姿の女児3人が地元の伝統行事「相馬野馬追(のまおい)」にちなんでホラ貝をふき
「ブオー」という音色を響かせて開会した。

平間勝成校長は「笑顔、元気を取り戻し、一歩でも半歩でも歩み出しましょう」と呼びかけた。
児童代表の6年、平睦保(たいらちかほ)君(12)は
「学校に戻れてうれしい。みなさんに感謝し、勉強にスポーツに頑張りたい」と語り、
ホラ貝を吹いた6年、田村水紀(みずき)さん(12)は「外で思い切り運動したい」と声を弾ませた。

校庭(地上50センチ)の放射線量は14日現在、
8月初めの毎時0・36マイクロシーベルトから除染で同0・11マイクロシーベルトに低下
体育はマスク、長袖、長ズボンを着用する。
男児2人を通わせる母親(38)は「外で遊ばせたいが、放射線が心配」と語った。

同市の旧緊急時避難準備区域内には8小学校と4中学校の計12校あり、
残り7校のうち4校は3学期中に戻り、3校は再開未定となっている。
再開まで児童・生徒らは区域外の別の学校などにバスなどで通学している。





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コメント
こんばんは、
私はこのニュースが一番嫌いです。
問題は全然難しくないでしょ。ダメだよ戻しちゃ。自由に外で遊んで、思いっきり部活が出来て初めてOK出すのが本当だと思う。
「子供の笑顔」っていうフレーズも嫌。あたかも子供たちのためにやっているといわんばかり。本当は避難にかかった補償とか言われると困るからだと思う。
何年後かに この笑顔がベットの上で泣いている顔に変わるかもしれない。
病気になって死んでしまう確率は低いのかもしれないけど、その危険はあるわけだから、何の責任も無い子供たちにそんな危険な目にあわせるなんておかしいと思わないのか。
確率で言ったら、冤罪で死刑判決を受ける確率の方がずっと低いよね、殺人事件で死ぬ確率の方が低いかもしれない、それなのにその事は大騒ぎする。
津波で多くの人が逃げ遅れて犠牲になったのを目の当たりにしたばかりなのに、今、目の前にいるのは逃げ遅れている人じゃないのか?
うな | 2011.10.23 19:35 | 編集
わたしも、画面の中の子どもたちの顔を見るのが辛いです。
子どもが帰りたいって言っても、帰してはいけない。
その責任は大人にあると思う。
ki-ko | 2011.10.23 20:10 | 編集
フクシマは人類にとって初体験ではない筈!

福島県南相馬市の小中学校の先生がたや、PTAは
チェルノブイリの経験を
しっかり学習していただきたい!

もし本当に子供たちのことを
愛しているになら
第一にやるべきことは
それだと思う。

マスコミも
チェルノブイリでは
どんなふうに
学校を再開したのか?
その結果
どれほどの被害が生じたのか?
をしっかり報道してほしい!

単に
福島の学校再開の事実を報道するだけじゃなく、
チェルノブイリの経験から見てどうなのか?
を検証することが
マスコミの一番重要な任務だと思う!

himadarake | 2011.10.24 02:19 | 編集
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