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No1肥田舜太郎氏×岩上安身氏(文字起こし)10/6

肥田舜太郎先生のインタビュー4時間+質問タイムです。
まずは、広島原爆投下直後からの直接被ばくをした方々を診る肥田先生のお話しです。
文字起こししていて、とても辛くて、なかなか進めることができませんでした。
けれど、ものすごく貴重な生の声です。
大切な大切な生の声だと思います。
心をこめて文字起こししました。本編だけで4部に分かれています。
お時間がある方は、アーカイブで声を聞いて、表情を見ていただきたいと思います。


No1 アーカイブ1 初め~57分14秒まで

・原爆投下直後の広島
・4つの不思議な共通の症状
  口の中が腐る
  まぶた、鼻、口からの粘膜出血
  そして、紫斑が出る
  頭の毛が取れる


111006肥田舜太郎氏インタビュー




続きを読むにできるだけ正確に文字起こししました。



岩上:
わたくしは今、肥田舜太郎先生のご自宅にお邪魔に上がりまして
肥田先生にこれからお話しを伺おうと思っております。
肥田先生よろしくお願いいたします。
先生は、ご存知の方には改めてご紹介する必要はないかもしれませんが、
大正6年生まれで?

肥田:そうです。6年の1月1日です。

岩上:
1月1日!お正月で・・94歳になられる訳ですね。
私の父が大正7年だったものですから、
私は52で、父が41の時の恥かきっ子という事なんですけれども・・
私にとっては、その父とほぼ同世代の先生にお会いさせていただいて、
戦前、戦中、そして戦後にかけてのですね、貴重な歴史の生き証人であり、
そして、ご自身広島で原爆の災禍にあって、被ばくをされていて、
そして被ばく者の方の治療をずっと続けてこられてきた現場の医師として、
臨床の現場で被災者、被ばく者をご覧になってきた。
そういう本当に生き証人の方であります。

今までの放射線医療のありようというものが、
あの福島第一原発事故以来、問い直されていると言っていいかと思います。
なぜ、日本の医学者たちは、専門家と言われる人たちは
かくも、低線量の被ばく、あるいは内部被ばくというものを軽視するのか。
体調の不良を訴えている。現実に福島県民の方がいるのに、
それをあたかもたいしたことがないように切り捨てていくのはなぜなのか。

そして、なぜ日本の国家、政府、財界も官僚も
どうあっても原発というものを進めていこうと、維持しようとし続けるのか。
なぜ、このような構造的な歪みがあるのか。

我々には謎だらけなんですけれども、そういったことをですね、
この肥田先生に解き明かしていただこうと思っております。

本日は、先生、歴史の生き証人として、お話しをうかがわあせていただけたらと思います。
よろしくお願いいたします。

広島で、当時戦争中ですね。1945年当時というのは、陸軍の軍医をされていたと。
生まれも広島であったんですか?

肥田:
たまたまですけど、私の父親が銀行に就職して、
で、その銀行の広島の支店長に任ぜられて、赴任して、
そこで母親を、ま、娶って、一年経ってわたくしが生まれて、
すぐ、大分の方に転勤になった。
ですからわたくしは生まれただけで、一年広島にいたそうですが、何にも知りません。
で、そのまんま、広島生まれは生まれなんですけど、
オヤジの転勤にしたがって、小学校が3回、中学校も2回移り変わって、
それで、幼馴染の友達というものがいないんですね。

岩上:転勤族ですね

肥田:
そうです。
それで、まぁ、たまたま医学校を出て、軍隊にとられて、
最初に赴任したところが占拠じゃなくて広島の陸軍病院だったわけです。
ですから1944年の8月にちょうど一年前にわたくしは広島の陸軍病院に赴任した訳です。

赴任した時には広島陸軍病院は一つだったんですけど、
いろんな任務が増えてきた関係で、二つに分かれましてね
わたくしは第一陸軍病院という、外に出た方に入って、
つまり、ほったて小屋の新しい建物の方に行って、古い病院はそのまま。
どっちも被爆したんですが、わたくしの方が爆心地に近い建物だったために、
本当に、何にも残らずにぺしゃんこになって、ま、中に居た600人位の職員、3人を残して即死をしたそうです。

というのは、わたくしはその時にいませんでしたからね。
わたくしは戸坂(へさか)村という所へ夜中に往診に出てそこで被ばくをして、
まぁ、村が全滅したりいろんな事があって、広島へ駆けつけたんですけれども、もう、入れませんでね。
どんどん広島から逃げてくる連中が、ちょうど、わたくしの村でみんな止まって、
その村で寝っ転がったんですね。
だから、そこは医者がいませんから、困っていたんで、
そこで私は足が止まっちゃって、ずっとそこに居ることになった。

岩上:その時に目撃した被爆者の様子というのは、どんな・・様子で

肥田:
あのね、被ばくの直後に広島に駆けつけて、中に入れないけれども、入り口のところで
ちょうど広島の北の入り口と言いますか、松江の方にずっと行く国道のちょうど広島の出口ですね。
川があって、その川まで私は行って、上がれなかったんですね。火が出て。

岩上:あっ、炎で・・

肥田:
もう、炎で。
ちょうどね、わたくしが上がろうとするその・・・有名な橋があるんですが、
広島にたった一つあるつり橋なんです。
これはそこにあった工兵隊という軍隊が造ったつり橋でしてね、
一般の人も通るんですけれども、そこを通って私は広島に入ろうと思って行ったんですが、
道路を歩けなくて川を下っていって、
そこで広島に上がろうと思って、川の中に立っていたら、
ちょうどその上がり口にあった軍隊が爆発して、燃えている最中で、
それで、そこまで逃げてきた人が火に追われて、その火の中から川に飛び込む、熱いから。
私が上がろうと思っていた目の前にね、ちょうどま上から飛び降りたのが
私の目の前で、下に落ちて死ぬ人と
死体にはねてね、川に飛び込んで、無理やり一生懸命に、燃えて、起き上がって
川の中を私が向いていると、逆のこっちにね炎を背にして逃げる。

岩上:それは歩けるんですか?それとも・・泳いで

肥田:歩ける。腰位の

岩上:腰位の・・じゃ、浅い川なんですね。

肥田:
私は腰位のところで立っていて、
だから、何とか起きて歩いてね、こっちに逃げるんです。
ところが、その姿がですね・・もう、人間とは思えないんですね。

たとえばあなたの上半身に火を付けてね、
ぼーぼー燃やすと。
そうするとね、皮がね剥がれてとれるのね。
その皮が垂れましてね、ボロを着ているように見えるんですね。遠くから見ると。
ところが、その人が死んだところに行って身体に触ろうとすると、
ボロではなくて、自分の生皮がはがれてぶら下がっている。

岩上:あぁ・・・皮膚なんですね

肥田:
そう。
こんなのは見たことないですよね。普段はね、今まで。
人間の体がこんなになるなんて事は想像もできないですね。
だから・・・・全員ほとんど顔がないんですね、焼けてしまって。
目らしいものは、穴が開いていて、見える人は見える。
だけど、こっちから見たんじゃ・・目玉がね、神経が付いてぶらさがって、
目の玉がこの辺に(胸の高さぐらい)ある人がいるんですね。

こんなの見てね、顔は血だらけで、焼けて、
まだね、鼻と口からね、血が出るんですね。

で、あなたがたは、あかんべーすると赤いところ(目の下まぶたの裏側)があるでしょ。
ここから血が出るなんていうのは見たことがないと思うんです。
外国の先生に確かめても、ここから血の出る病気はないというんですね。
だけど、私が見た時には、鼻と口とここ(下まぶたの裏側)から血がたらたら垂れている。
で、そういうのは・・・
ま、夜になって村に帰ってね、
村の中で、ずーっと寝っ転がって死んでいくのを見た時に、
始めて、その・・凄惨な人間の死ぬところをね、足元で実際に見るというのは、
行った先では水の中ですから、どういうふうに死んだか分からないけど、
(川で)沢山死ぬのを見て、ここに居ても自分は役には立たないと
(広島の)中には入れないと、
そうすれば、この人達の逃げていく先に初めての村があって、
わたくしの出てきた村がね、
その村にこの人達はみんな入ると。
で、そこで私は、村の人達の助けを借りて、「何とか医者らしいことをしよう」と思って引き返したんですね。
だから、ちょうど、お昼過ぎについたんだと思います。
現場に行くまでに、、ま、戸坂で被ばくした時に子どもの手当てなんかして2,3時間位かかりましたからね。
それで広島に行って引き返して、昼過ぎごろから、どんどん集まる人。
私がちょうど川の中に立っていた時にね、船に乗って下ってきた将校が、5,6人の兵隊を乗せて、
私の村よりもね、もっと川にすると上手。松江に近い方ですね。
上流の方から船に乗ってきた将校がいて、
ちょうど僕が川で立っているところへ、浅いですから、船止めて飛び込んでね、
兵隊が船押さえていて、それがわたくしに、
「お前は軍医のくせになんでこんなところに立っているのか」と
「お前の出てきたその村は、もっとこういう人でいっぱいだ」と
「医者がいなくてね、みんな困っているんだから、おまえはあそこに引き返して」


岩上:すみません、おじゃましてます。

肥田:あっ、帰ってきた?はい。今始まったとこ。

岩上:すみません本当に。失礼します。ありがとうございます。お構いなく。

奥様?お嬢様?:何にもなくて申し訳ありません。冷たい物でも。

肥田:あとはいいよ。

奥様?お嬢様?:お菓子を。はい、つまみながらね。

岩上:ありがとうございます。恐縮です本当に。

奥様?お嬢様?:はいどうぞ、ごめんなさい。どうぞごゆっくり。

岩上:はーーー。どうもありがとうございます。(深々とお礼)

肥田:
ですから、結局、その将校にそう言われて、もうすぐ決心して戻りましてね、
戻った時にはもう、
私が村まで行く道路は、そういうお化けみたいな人でいっぱいですからね、通れないんですね。
結局川の中を歩いて登りました。
その方が結局早かった。というのは途中で捕まっちゃいますからね。
「たすけてくれ」ってね。

岩上:みんな苦しんでいたんですね。

肥田:
ええ。
結局それで村へ帰って、そういう連中も村に入って、
まぁ、村はね、ほとんとの家が、屋根が飛んだのもいれば、倒れた家も何軒かあって、
その村の人でも家がつぶれて死んだ人もいるんですが、
まともな家というのは殆どなかったですね。
ですから、村の人は全部自分の家から外に出て、田んぼのあぜ道にみんな立っているような状態でした。
で、広島から来た連中は、要するに、着いた途端に倒れるというんで、
道路と、空き地と、学校の校庭ですね
そういうところへ、もう、びっしり入り込んで、村の中を歩くこともできないような状態になっているんですね。
で、まぁ、どこで何する事も出来ないんで、
結局、学校の校庭は、校舎が二棟、別棟で、火は出ていなかった。
校庭で寝ている人の中に、村の人に頼んで、そこにテントを張って治療所を作って
翌日から、動ける人はそこに集まってもらうというような構想だったんですね。

その日は僕が着いてから、目の前の、近いところに居る人に、
必要な事はなんか少しはしたんですけど、あの、薬が全然ないんですね。
僕は持ってないし、何にも村にないので
で、村の開業医の先生が兵隊で戦地に行っちゃって、
奥さんが留守にある自分ちの包帯だとかガーゼだとか消毒薬とか、ありったけのものを持ってきてくれたんです。
そんなものはすぐに無くなっちゃう。

それで結局、方々に疎開してあった陸軍病院のそれを、それぞれの人が、
ま、被曝を軽くしかしなかった人が、行って持ってきたのがね、
最初の行李が着いたのが夜中でした。
ま、翌日の朝もいくつか着いたんですけれど、
で、分院がいくつかありましてね、そういう分院に居た軍医が戸坂村になんとなく集まってきてくれて、
それで、戸坂村が広島陸軍病院、第一病院の分院という形になって、
要するに、路上に寝ている人を、ちょうど野戦病院と同じように、ま、軍医があちこちから集まってきて、
少し治療をすることをやったけれども、
3日間ぐらいは殆ど死ぬ人をね、確かめたという程度でした。
死んだ時には、名前とね、その人の本籍と、死んだ事実を確認をして、
誰か一緒に居たのが書いてくれて、分かる人はそれで役場が死亡診断書を発行すると。
それでやっと、焼くことが出来るんで、村で作った焼き場で焼くという事をはじまった。

岩上:
ものすごい状態だった、さっき、黒焦げで目玉が落ちて皮膚が落ちてしまって、
顔が、顔の肉とかもそげ落ちちゃうんですよね、骸骨とか

肥田:骸骨ではなくて、皮がはがれたという状態です

岩上:生の肉がむき出しになっているような状態?

肥田:
あの時のね、直爆の時の温度はね、地上6000度と言われたんですけれど
1秒の何分の一かなんですね、熱い時間は。
だから、急速に冷えるんでね、
一番上の、この薄っぺらな皮膚だけがペロッっと焼ける。
だから、その、ペロッと焼けた後の赤い肉は、そんなに奥まで焼けてないんですよ。

岩上:生煮えみたいな・・

肥田:生焼けですよ。

岩上:生焼けですか。無残な言い方ですがね・・

肥田:だから顔の皮がないと。だから、皮を剥いだ顔がある。

岩上:で、皆さんまだ生きていらっしゃって、

肥田:まだ生きていますよ。歩いてきたんですから。村まで。

岩上:そうですね、で、やっぱり、声は出せるんですか?

肥田:声は殆ど出せません。喉がね、焼けちゃっているんです。

岩上:それで、名前とかは言えたんですか?

肥田:
言えないです。
だから、ここ(襟)に付けてる、軍人やなんかがつけていますね、
そういうので分かる人だけは書きましたけれど、殆どは分かんなかったです。

岩上:
名前が分からない。声も出せずに・・。
目で訴える人がいたって、確かありましたね。

肥田:
ええ。
あの・・・ま、その話が一番辛かったんですけれども、
ん・・ちょうどね、・・軍医がなんとなく集まってきて、4人になったんですね。夕方。
それで、ま、4人になったからどうしよう、こうしようって相談で、
もう、夜も夜中になったらどう仕様もない。道具もない。薬もないと。
だから、夜が明けてテントを張ってもらって、そこで、ま、医者らしい仕事をしようと。
このままじゃどうにもならんという事でね。
そんな話をしてて、「生きているか死んでいるかをまず、お前が確かめろ」と
で、村の残っている男、男っていっても爺さんしかいないんでね、
爺さんが僕に付いてきて、「この人ダメ」って言うと、
青竹二本に縄をかけましてね、それを爺さんが二人で持って、
そこにひっくり返っている重いのを乗せて、みんなの見えない所に持って行く。
ま、何処かの林の中とかね。
それで、空いたところに人を寄せて、テントを張る場所を作るっていう事を夜中にやったわけですよ。
その時に私が、
「おまえはこの中歩いていて死んでるのを見つけたら『死んでる』って言って、運び出す指示をしろ」
だから、それを始めたんです。

岩上:あ、言われたんですね。上官とかに。

肥田:
はい。
上官って言っても、一つ位が上のだけですけどね。
それで、道路とね、校庭の間が、小学校何にも境がなくて、ずーっと校庭になる、そういう道なんですね。
そこに立って校庭の中を見るとね、平らなんですけど、

動いている人間は生きている訳ですよね。
で、僕がこっちから見ていて、どうしてもね、じーっとしていて動かないのが目立つんです。
それは死んでるわけだから、そこに向かって歩いて行く訳ですよ。
途中いっぱい寝てるでしょ、そこんところをま、通って行く訳です。
で、目が合うとほおっておけないから、なんかしなきゃなんない。
だから、早くそっちに行かなきゃなんないから、目をそらして歩くんです。
とっとっとっとっ・・って。
で、何人か逸らしているうちに、その男だけがね、目が合っちゃった。
それで、しょうがないから、逃げるわけにはいかないんで、そこにしゃがんでね
そうしたら、ただ寝ているんだから、わたしは膝をついて、、どっかに、体に触ってやりたいんですね
焼けていますからね。どこみても触るところがない。

岩上:赤いんですか・黒いんですか?

肥田:
赤いっていうより黒いんですね。
赤むけになって血だらけなんだけど道路を歩いてきているから埃がいっぱい付いていて、
コールタールを塗ったみたいに黒いんですよ。

岩上:血だらけの上に埃にまみれて・・すごい痛いでしょうね

肥田:
ええ、たとえばもう、恐ろしいんですけどね、
それで診てたら偶然ですけど私の右手のすぐそこにある、彼の左のほっぺたにね、
ちょうど丸い焼け残りの白い皮膚があったんです。

それで、そこがちょうど私の指が行くんですね。こうやれば。
それで、ま、とにかくその人のそこに付けて、
「しっかりしろ」とかね、「もうちょっと待てばいろんな薬がくるから、もっと治療が出来るから」とか、
何か言った覚えがあるんですよ。
目がね、とても苦しいね、ただ私を睨むだけなんですよ。
でも、その目がね、
普通病室で、もう臨終でね、あと、10分か20分でっていうような時の
そんな目をする死人っていうのはいないんですよ。
もう、一日前から、二日前から大体印籠を渡されて、
で、できるだけ、声も出せない、静かに息しながら死んでいくのを待っているっていうね、
だから、声も出さない。目も、そんな鋭い目で人なんか見ない。
そういうのばっかり見ているから、死人は。
睨みつけられたのは初めてなんです。
それがね、こうやってほっぺを触っているでしょ、膝ついてね。
だから、この辺から見るだけだから恐いんですよね。

岩上:ものすごい力で訴えているんですね

肥田:ええ、もう、目だけで訴えるしか・・声は出ない訳だから。

岩上:おそらく耳も聞こえないんでしょうね

肥田:
聞こえないでしょうね。
とにかく、「助けてくれ」、痛いっていうより、とにかく「助けてくれ」っていうだけなんですね。
本人は、自分が何故こんな体になっちゃったかっていうのを知らないんですよ。
原爆が爆発した。爆弾が爆発したなんて事、全然知らないんですね。
いつもの朝、やってたことをね、
朝起きて普通にしてたら突然ピカッ!って光ってね、それでものすごい
ドジャッ!っていう・・
あの、人によっては音っていう人もいるし、地べたが急に跳ね上がったっていう人もいる。
いろんな印象なんでね、

岩上:衝撃なんですか

肥田:
衝撃です。
それで、瞬間にね、気絶しているんです。
あの、ものすごい爆風がきますからね。
だから、もう、ちょっとした時間で気絶しちゃうんです。
で、気絶して何処かへ吹っ飛ばされるんです。ものすごい爆風で。
何処かに飛ばされて、そこに倒れて、意識不明でいて、
そのうちにふっと意識が戻って、あたりを見たら濛々とした煙で何にも見えないんですね。
埃と煙なんですね。
それで、寝っ転がったままじーっと見ていると、
「自分は兵舎の中に居た」と。兵隊でね。
それが、何にもなくて、原っぱみたいで、何にも建物がない。
で、遠くの方に、こう、瓦礫がね、焼け跡みたいなのがあって、
なんか、レンメイ上の一部に自分はぶっ倒れているという感じだったらしいのね。
晴れてきたので見回すと、兵舎なんてもうなくて、遺体みたいなのがいっぱいそのへんにに散らばってね、
倒れてるのが、起き上がる奴がいると、
見ると上はもう殆ど裸で、下だけは軍隊のズボンをねはいて。
それがね、血だらけでよろよろ歩いている。
自分もね、起き上がってね、なんとなくその後をついて、こう、歩いていたら、
周りの奴が、「お前、べったり焼けてるぞ。どうした、その背中は」って言われて、
周りのやつはこっちは見えるけれども、自分のは見えないんですね。
それで初めて気がついて、こうやったら(顔を触った)べっとり血が付いてね、
「自分も同じなんだというのが分かった」と。
もう、そんな状態で逃げてきているんですね。
で、3キロ4キロ逃げてきていますから、途中で息は苦しくなるは、
もう、やっとこさ、這うようにして村の中へ入ってきた。
で、仲間が寝っ転がっているそばに行って、自分も寝ちゃうと。
だから、民間の人も兵隊もまぜこぜになってみんな倒れているという状態だったですね。

岩上:
その、話しを元に戻すと、すごい目つきで睨むと言いますか訴えているその男性の

肥田:
その目がね、もう、けだものの目というよりしょうがないと、
あの、例えば犬でね、大きい犬がいて、それがなにか、躾が悪くて、繋がれてはいるけど吠えるかかると
すごい目でね、恐ろしいですね、これは鎖が離れたら殺されちゃうぞ。
そういう目なんです。
ええ、私が例えておぼえたのは、「恐ろしいケダモノの目」
ま、犬以外に、そんなね、ライオンだとかに睨まれたことがないんで分からないけど、
おそらく、野生の動物はみんなああいう目で、ま、襲いかかるか・・・かね、するんだろうけど。
それでね、そういう目から、自分の目をそらさないでねじーっと見ていたの。
見ながら、ちょうどここ(ひだりのほっぺ)へ指をあてたの。
そしたらね、指が当たってしばらくしたら、その人の目の色がね、
ずーーと柔らかくなって、普通の目になったの。
ええ、普通の人間の目になって、優しい目になった。
あぁ、この人、人間に返ったなって思ったね。
そしたらすぐに、痛そうになんかモゾモゾしてまして、
ここ(口)を動かすんですけど、声にならない。で、出血はする。
それでね、ガクンと頭が垂れて動かなくなった。
そしたらすぐね、鼻と口からバーーッっと血を噴き出しました。
だから、僕が座っているとね、この辺(上半身)べったりと血がついて、
それで見ると、ズボンを穿いていましたからね。自分で、
それで肛門、ちょうどお尻に当たるところもべったりと血が付いていました。
要するに下血なんですね。

岩上:内部の粘膜という粘膜から・・

肥田:
粘膜出血です。
で、これはずっと後になって、病理が少しづつ分かってきてからの話なんですけれども、
あの、血液の中にある血小板というね、
血を、お餅のように固くして止める、小さい血小板という、これが無くなるんですね。
だから、血管の外に血がにじみ出た時に自分で血を止める力が無くなって、
もう、お腹の中から内臓、ずっと血が出てくる。
それで、ワーッ!っと吐く訳ですね。
大量出血です。ええ。
だからね、もうね、それを見ているとね
人間の死んでいく姿だなんて、とても思えないですよ。
恐ろしくて・・だから、まぁ・・

岩上:
もうちょっと、人の死は悲しいものであっても、
普通の人の死、それまでね、病院で診ていた人の死と

肥田:全く違う。

岩上:そこまでの地獄の苦しみという・・

肥田:
だから戦場でね、例えば撃ち合って大砲の弾が当たって、
ま、突撃して刺し殺すとか、そういう時に死んだ敵の兵隊はね、普通の洋服を着て
ま、出血はしているだろうけれども、人間の顔をしているわけですよね。
だから、戦地でそういう死骸を見た人も、「あんなのは見たことがない」と。
というのはね、戦地から帰ってきたけが人が病院にはいっぱい入ります。
ね、それが治ると帰って行くんですね。
明日もう帰るっていう奴がやられたわけだから、
それはもう、自分は健康でね、家に帰れるって喜んでいたら、
原爆でベシャッてやられて、こんなになっちゃった訳でしょ。
それがみんな言うんですよ「戦地でもこんなの見たことがない」って。
うん・・だから、ま、私らが見たっていうのは、普通じゃないものを見せられた。
ただ、沢山ですからね、次から次だから、慣れっこになっちゃってね、
もう、驚きはないんだよね。当り前になっちゃう。

岩上:うん・・人間ってすごいですね、そういうなんか、適応っていうか・・

肥田:
そうなんですよ。
慣らされちゃうんです。毎日診てるからね。

岩上:
でも、最初のうちはそういう、次から次へと人が死ぬと。

肥田:みんな焼けると。

岩上:そうですね、黒こげの状態で死んでいくと。で、それから何日か経って、

肥田:3日目。3日目の朝

岩上:3日目の朝

肥田:
というのはね、2日目の夜にね、九州と四国の軍隊から、軍医と看護婦と衛生兵っていうのが
薬をいっぱい持ってね、たーくさん来たんです。
で、それが広島について、あそこにあった非難司令部が、ま、焼けて何人しかいないけれど形はあるわけです。
そこで、「あっち行け、こっち行け」っていう指示をもらって、
大体3カ所、広島の中でね、西の方っていうか、下関に近い方ですよね。
そっちの町はずれに一カ所。可部っていうところに、大きな逃げていった集団が出来て、
で、そこに軍医やなんかがみんな集まって、そこが一つの治療所になったと。
一つは東北部分のところで、一番多い時は2万7千人入ったそうですけど、
人口1800位の村に。

岩上:戸坂という村ですね

肥田:
ええ。
それとあとは市内のね、逓信(ていしん)病院という病院があったんです。
今の郵政省のね。
これがね、焼け残っていて、崩れていて、
そこのお医者さんが何人か生き残っていて、
ま、本人たちも怪我をしているけど、そこへ逃げた被ばく者を、しないでやった場所がある。
ずーっと3カ所あったんですね。

僕のところにも、軍医が20何人と看護婦が100人。衛生兵が100人って
まー、ものすごい量の薬を担いで来てくれて、
だから、僕の村でね、その日の朝、勘定したら、
広島の中の病院から来てくれた医者も含めて、全部で40人位になったんだと思います。
正確に僕は勘定する役じゃなかったから、40人位は居たように思います。
その日の朝の村の記録だと、その日の朝の村に逃げてきた被ばく者の数は2万7000人。
これが最高でしたね。
だから、2万7000人の焼けただれた重症人。
40人、医者がいたわけだけど、割ればね、1人600人以上になるわけですね。
こんなものは、もう、増えたって何にもならない。

岩上:
そのうちの何割ぐらいがまず、その3日間のうちに亡くなったんですか?
その、最初の3日間ぐらいは、もう、手の施しようもない状態で、

肥田:そうそう

岩上:そして、どんどん重症の人が亡くなっていく

肥田:死んでいく

岩上:
わけですよね。例えばさっきのように焼けただれた、黒こげの、
あるいはコールタールになっているような状態の・・という
そういう人達は、もう、助かりようもなく、亡くなった

肥田:
だけどね、そういう中にもね
コンクリートの建物の中に居たとかね、そういう事で焼けていないのがいるんだ。
そういうね火傷の軽いのもいる。

岩上:なるほど、軽い人もいた。

肥田:
だから、みんながみんなそうじゃなかった。大部分はそうだけど、
軽いのも混じっているのね。ところがその、軽いのがね、
恐ろしいことにみんな死んでいくんですよね。

岩上:その、軽い状態であったのに、急な発症が始まる訳なんですか?

肥田:
そうそうそう。
3日後くらいに始まった。
重症の症状がね、そういう人(軽い人)にも始まるの。
ん、で、最初・・

岩上:
その人達はそれで、・・その3日目までは
ぱっと見た目にもそう焼けていないし、体調が・・

肥田:まぁ、比較的に軽くて

岩上:歩くこともできるし動くこともできる

肥田:そうそう。もちろん。

岩上:要するに、人として機能している。失礼な言い方ですが

肥田:
ええ。そうなんです。
そういうのは、僕らは重症のほうからみますから、
軽いのはあんまり相手にしないで治療してるでしょ、
3日目の朝、九州や四国から来た看護婦がね、
100人も来たから、みんなが村の中へダーッっと出て、
村中に散らばって寝てますから、
看て回ったのね。寝っ転がっているところを。
そしたら、ポッポッ湯気出してね、熱出しているのがいるんで、
持ってきた体温計で測ったら、40度を超えるのが居たんです。
で、看護婦さんは40度を超えると、もう、自分で判断しないで医者を呼ぶんです。
何だか、病気が分からない。
で、医者の経験ではね、マラリアと肺炎の末期とそれから、広島ではチフス。
チフスの最盛期には高い熱がでる。
だから、看護婦に「先生40度出ています」って言われると、
見に行かざるを得ないのね。

だから行って、「なんだろうか?」って診る。
そうすると、今まで見ていた火傷が比較的軽いのがね、
こういうところ(顔)はみんな白くてここだけ(後頭部)焼けてるというのもいるわけだ。
そういうのがね、ポッポッ熱出して苦しんでる。
で、見てるとね、
熱出した時に一番最初に僕らが常識的に見るのは
口の中を、扁桃腺を見るのね。
表で夜寝ていれば風邪引いてってそう思うから、
ところがね、相手はね、上向いて寝てないの。苦しいから。
みんな横向いてね、地べたにほっぺたをつけて、足縮めてね、まぁるくなって寝てるのね。
その口の中を見ようとするとね、
私もその顔の前に寝て、顔をつけて口の中を見ないと見えないんですよ。
上からいくらやったって。

岩上:動かないんですね

肥田:
動けないしね、上向けないのよ、苦しくって。
それで、そういう格好して、農家から借りたお匙をね、歯のところにこうやって「口開け」っていうとね
まぁ、かなり苦しい人でも口をあけてくれるんです。
それで、奥へこう入れて、ベロを押さえてねこうやって覗くんですよ。
ところが、これやっている最中に、ウワーーーッ!って、すごい臭いんです。
それはね、手入れが悪くて、少々この人口が臭いなんてもんじゃない。
顔が置いとけない。で、もう、これは、もう、ぼくらはもう、嗅いだだけですぐ分かるんです。
「腐敗臭」なんです。

だから、人間はまだ生きているのにね、
何で口の中だけが先に腐敗するか?って言ったら分かんない。
それで、私は我慢してね、こうやってハッ!ってやると(指で口を開けるしぐさ)
太陽の光でも、まぁ、ろくには見えないけれど、
要するに、桃色でも赤くもないんです(口の中)
真っ黒なんです。見えたところが。
これはもう、明らかに腐敗している。

そうすると、まだ死なないのに、なんで人間の口の中だけが先に腐敗するのかが、
全く分からない。

岩上:
それは、普通の人間の体の中に起こることではなくて、
普通の人間も死んだらそうなる?生きてるうちに

肥田:
そうそう。
だから、今思うと放射線の影響なんです。中性の補助線。
それは人間の体の、
あの、口の中には細菌がいますね。
人間の体の白血球が急速に減るから、その口の中の細菌がすぐいたずらを初めて、
普通なら炎症が起こるけど、炎症が起こる前に腐っちゃうのね。
そういう事がずっと後になって理屈が分かったの。
その時は全然わからなかった。

で、俺も不思議だから起き上がってね、
40度出ていることと、口の中が腐ってる。
それから、目玉のここね(まぶたの裏側)、普段出ないここから血が出ているという3つが分からないことだから、
不思議に思って、もう一回向かい合って診ると、
周りに寝ている患者がね、自分の手のね、ここ(腕の内側)を、こう、指さしてね、
「ここを見ろ」っていうんですよ。
みんなこうやって寝ていると、こっち側(腕の外側)が焼けているのね。内側は焼けてないの。
下向いているとこっち側は見えない訳だから、上になってる手をもって、こうやってここ(腕の内側)を見るとね
そうするとここのところにね、医学の言葉では紫斑っていうんですが、
むらさき色のはんてんの斑って書いてね、
これがちょうど鉛筆の後ろ側に紫のインク付けてこう(ぽつぽつつける)やったように
ぽつぽつぽつ・・・20か30出ている。
これも分からない。

岩上:これは血の塊みたいに・・

肥田:
あの、こういうところ(腕の内側)の血管からにじみ出たものが出ているんですけれど、
これはね、血小板減少性紫斑病という病気が原爆症の中にあって、
これで死ぬ人は随分いるんですけれど、
それが早く起こった人なんですね。
血小板が無くなって紫斑が出たと。

岩上:血を凝固できなくなってしまったんですね。

肥田:そうなんですね。

岩上:
それまで、最初の放射線というか、熱線で、大した傷を負わず、ま、お見かけは元気で、
救護にむしろ当たっていたような人が倒れるという、
原爆資料館なんかでも展示されている紫斑のある兵士の写真とか、
ああいうパターンなんですね。
だから、これまで活動的だったのに、その数日たってから急にバタッてなって、
熱が出て紫斑が現れる。後日現れる訳ですね。

肥田:
それで4つですね。
で、最後の不思議っていうのはね、
今の本を読むと「脱毛が起きた」って書いてあるけど。みな。
あれはね、見たことがない人が書くから脱毛なんです。
あれは見たら脱毛じゃないんですね。
取れるんです。

岩上:取れる・・

肥田:
脱毛っていうのは、櫛を入れてね、沢山の毛の中の10本20本っていうのが、こう、抜けるのが脱毛。
あるいは、つまんで引っ張ると、何本か、10本か20本かがバッて抜ける。
あの時の脱毛っていうのはね、
本人は寝てて、頭に手をやって、こういうふうにするとね(そっとなでる)
掌の触ったところが、全部スーッと取れる。
これは、脱毛じゃない。
うん・・・これは恐ろしかったですね。
あの、男はみんな散切りですから、死に際にこれやって(頭をなでて)毛が付いてきても
本人は寝てて見ても、ね、驚かないんですよ。男は。

岩上:こんな頭ですか?へへへ・・

肥田:
うん、短い頭がね。
まぁ、毛が取れたって事が良く分からないんでしょうね。まだ。

ところが女性がこれやるとね、
こんなに(すごく沢山)付いてくるでしょ。
そうすると、もう、死にかかっていて、息が絶え絶えっていうのがね、
いきなり手を挙げてね、みんなにね
「私の毛ーー!」って言って、泣き出すんです。
とても泣くなんて声が出ないと思っていたのが、
大きな声で「ウエーーーッ」って泣きだすんです。

これにはびっくりしたですね。
それで、頭はね、
手で一回触ったか触らないで取れるでしょ、2,3回やるとみんな無くなっちゃうわけだ。
それで、坊さんは剃りますからね、毛根細胞というものが残っているから青いんですね。剃った後。
これは、毛根細胞が無くなるんで、真っ白なんです。
だから、今よくお話しに行って、若い女の人がいるから
「一本毛を抜いてごらん」っていうとね、目の前でパッとやって「痛い」ですね。一本抜くと。
それで、根元を触ってみて下さいというとね、白い実が付いてるんです。
これは毛根細胞っていう細胞なんですね。
ちょっと、触ることが出来る粒粒がありますね。
それは毛根細胞と言って、人間の細胞の中で一番生きる力が強い細胞で、
どんどん分裂してね、毛が伸びるんです。
そういう勢いの良い細胞が、最初に強烈な放射線で即死をさせられた。
だから頭の毛が、本人は知らないのに、下と離れて
毛根の穴にね、突っ立っているだけで、下がはがれているのを知らずにこうやったから(なでる)、
すーっと取れるんです。
そういう抜け方だった。
これが分かる人は、当時見て触った人にしか分からない。
脱毛脱毛なんて教科書に書いてあるのは
あれは見たことない人。

岩上:
脱毛という言葉で表現できない。
別の言葉をきちんと別の概念で当てはめないとだめだという事ですね

肥田:
そうなんですね。
私は話すだけでもう、書かないから、
触った毛が全部スーッっと取れると、瞬間に坊主になります。
で、坊主と違って毛根細胞が残っていないから、真っ白になる。頭が。これが特徴です。
ま、そんな話をします。
でも、これはね、医者でも話しても分からないんです。見たことがないから。
あぁ・・・その、取れるところを見ないとね、実感がわかないのですね。

岩上:ピンポーンってなったような気がするんですけど。

肥田:なった?

岩上:はい

肥田:2階かな?

岩上:あっ、そうですか。じゃ

肥田:
それでね、つまり、高熱と、口の中が腐る?、ま、腐る前に炎症もいますけど、
そういう状態が口の中に起こる。
それから出血。
まぶた、鼻、口から。ま、粘膜出血ですね。
そして、紫斑が出て、で、頭の毛が取れると。
これが揃うとね、だいたい、1時間か2時間でみな死ぬんです。
死に際の症状がね
だから、そういうのが仕事の寝ている中で、とっととっと、と死んでいく訳ですよ。
「あー、あの人もうじきダメかな」って思っていると、ちゃーんと症状が揃って、
死んでいくんだ。
恐かったですね。
どうしてあげることもできない。
医者としてね、見殺しですから。

それで、そういうのがひとしきりあって、
その次に恐ろしいってのは、本人が「わたくしはピカにはあっておりません」
原爆にあっていないというのがね、そういう死に方が始まったんです。

岩上:そういう死に方、と。

肥田:うん、そう。今出ている

岩上:あっ、私は直接その光はみていないしそこにはいなかったと、ああ・・

肥田:いなかったの

ー電話のベルー00:50:19 電話背話し中(略)
誰かが来客退席52:01
岩上さん一人きりになる

岩上:
すざまじい話しが今、なんていうんでしょうか・・ん・・
本で読む原爆の災禍というものと、
やはりこうやって生で体験した方のお話しを伺うのは全く違うんだなと思います。
ま、先生やはり医学者でいらっしゃいますから、大変、人として恐ろしい思いもされたと思いますけれども、
同時に冷静に、こう、観察もされ、考えも深められてきているので、
何が起きているのか、
という事も、きちんと整理されている。と同時に、人としての感情を持ってその場に居合わせていたと。
非常にそういう衝撃的な、貴重な事ではないかと思います。
今、改めて広島の原爆投下の急性の症状、を、
私を含め現代の日本人が真剣に耳を傾けなければいけないという事になった。というのは、
本当に大変な事だなと思いますね。
過去のことだって、やっぱり思っていたんですね。
もう二度と核が投下される事もないし、核爆発、核の惨禍、放射能の災禍というものに見舞われるという事は、
まぁ、ないだろうと・・何処かで思っていたんだろうとおもいますし、
全面核戦争の危機というものがベースでSFチックにいわれていたんですけれども、
起こってしまったら一瞬にして全てが灰になってしまって、自分たちもその後生存することが出来ないだろうと
子どもの頃に当時は思っていました。
ですから核の脅威と言ってもリアリティーな物ではなかったんですね。
ですから、その後の地獄の責め苦としか言いようのない状態を生きなければいけない、
爆発のその大きな影響というそういう事態について、
今、我々の身に近い出来事が起こっているのではないかと、
他人事ではないと、そういう思いでお話しを聞くことになるとは思わなかったですね。
当然なことながら、福島第一原発の事故は、
そこまで急性の症状をもたらして、多くの人を死に追いやっているという事ではないんですけれども
じわじわと広がっていく、広がっていった放射能の影響によって、健康被害が出てくる可能性が高い。
あるいは一部もう、始まっているとさえいえる。
それは、私達の同胞である福島県を中心とした人たちに起きている事は・・

ー肥田先生戻るー

肥田:どうもすみません

岩上:いえいえ、先生


00:57:14---第一部ここまで


肥田舜太郎氏×岩上安身No2(文字起こし)2011年10月6日


肥田舜太郎氏×岩上安身No3(文字起こし)2011年10月6日


肥田舜太郎氏×岩上安身No4(文字起こし)2011年10月6日

肥田舜太郎&岩上安身 10/6(最後の部分の内容書き出しました)







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きーこさんへ

今朝・・・2度目、聞いてたところでした。
文字でも確認できて嬉しいです。
いつもありがとう

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