放送されなかった児玉龍彦氏のことば

放送されなかった児玉氏の言葉。それは、
「年間線量1ミリシーベルト以上の人は避難する権利がある。国と東電はそれを保証する義務がある」




テレビなどの報道の仕方などから児玉龍彦氏に対する誤解?
私にも、もちろん真意の程は定かではありませんが
国会での答弁「放射線の健康への影響」児玉龍彦氏(内容完全書き出し)衆議院厚生労働委員会7/27
あの日以来、一躍有名になってしまった児玉氏。
除染したが為に、避難解除されて戻る人々。
除染の有効性に疑問符が付く中、児玉氏に不審を抱く人が増えてきた様な気がしています。


こんなことを言っている私だって、
小出先生の、田畑の土をはぎ取れば、その土は死んでしまう。
森林の除染も無理だという言葉もその通りだと信じています。

除染は完全には無理。
だけど、その地に住んでいかなければならない人もいる。

そんな時、避難できない人々の生活環境を少しでも良くするために
しなければならない事は、やはり、できる限りの範囲での除染しかないとも思います。

私達は、避難するべきという人と、避難できない人、そして、そこにとどまりたい人、
それぞれの思いをしっかりと受け止めて
これから先の日本を生きて行きぬいていかなければならないんだと思う




「子供と妊婦を放射線被爆から守るために」勉強会・児玉龍彦氏10/25(内容ほとんど書き出しました)

上記児玉氏の発言から一部転記ーーーーー

「『死の町』という発言を否定されている方がいましたが、言葉のはじをとらえるだけの方法で、
だれも20キロ圏の中身を本当に考えていないという事に、
この国の問題が、わたくしは集中されているように思います」


「今日は、除染のお話しという事ですが、
除染で出来ることと出来ないことというのを、やっぱり、はっきりと言わなければならない」


「浪江の若い人は、町全体の移転を求めるという考えを出されています。
そういうことを本当に検討する議論が何処かで行われているのか」

この日児玉龍彦氏はこのようにおっしゃっていました。
そして、私は下記の「NHKのETV特集」を製作した方のブログを目にしました。



ブログの内容を続きを読むに転記します








ドキュメンタリーを専門に手がけてきたTVディレクターの方のブログです。

ーーー以下転記

2011年10月29日土曜日
“果てしなき無責任” (「ETV特集」作者前口上)
明日(30日)夜放送のETV特集、
「果てしなき除染 ~南相馬市からの報告~」が完成した。
がつんと手応えのある番組に仕上がったと自負しているし、
ぜひ見ていただきたいと思うのだが、
作った人間としては複雑な思いがあるのが正直なところだ。

番組では、
福島県南相馬市の
いまなお高い放射線量が検出されている地域で、
不安を抱えながら暮らしている人たちの姿を記録している。
取材者として、彼らの置かれた状況に心を痛め、怒りもする。
しかし、ぼくはそこに住んでいるわけではない。
言わば「逃げ場がある」のだ。
そして、取材すれば取材するほど、
この問題には「出口がない」ことが見えてくる。
明日への展望がないなか不安に囚われる人たちを描けば、
それは「不安を煽る」ことになるかもしれないと自問する。
しかし、やっぱり伝えるべきだと思い直す。

最近、放射能がもたらす健康被害よりも、
不安な精神状態が及ぼす被害の方が大きいという話を聞く。
たぶん、事実はそうなのだろう、と思う。
思いながらも、その不安をもたらしたのは誰だ、と考える。
著書「医療崩壊」で知られる小松秀樹先生が、
「100ミリシーベルト以下は安全」と発言した
福島県立医大の山下俊一氏を擁護した文章を読んだ。
山下発言の当否はともかく、
(もとよりぼくに疫学的に検討する力はない)
小松氏の発言には事実誤認があるように思う。

それは、世を覆う不安感の一因を、
南相馬市で活動する坪倉正治医師の言葉を借りながら、
「マスコミによる煽り」だとしたことだ。
…本当にそうか?
原発事故のあとマスコミは大袈裟に不安を煽ったのか?
記憶を呼び起こしてほしい、事実はまるで逆だったはずだ。
原発事故の後に専ら流布されたのは、
「安全だ」「ただちに健康に影響はない」と繰り返す、
政府による“大本営発表”ではなかっただろうか。
マスコミはその“大本営発表”を垂れ流したのではなかったか。
「ETV特集」の尊敬すべき同僚たちが
20kmラインに取り残された人たちの現実を伝えるまで、
ぼくたちは、現地で本当に何が起こっているかを、
ほとんど知らなかったはずである。

あの戦争の時代、
楽観的な大本営発表が繰り返されたにも拘らず、
少なからぬ日本人が
「この戦争は負ける」と気づいていたと聞く。
ましてやメディアが多様化の一途をたどっているいま、
「原発事故を起きたが、安全だ」などと誰が信じるのか。
事実、事態は政府の言明を遥かに超えてエスカレートした。
政府が「安全」を連呼すればするほど、
“逆・狼少年効果”で誰も信じなくなったはずである。
(ぼく自身も二日目には政府発表を一切信じなくなっていた。)
そして、その後の政府の対応も不信感を増幅するだけだった。
事故後に、
「年間1ミリシーベルト以下」だった一般人の被曝許容量を
一気に20ミリシーベルトに引き上げたなど、言語道断である。
20ミリシーベルトが科学的に妥当かどうかの話ではない。
事態を追認して規制値を変えたのでは信頼を失う。
一種の後出しジャンケンであり、
自分が負けそうになるとルールを変える駄々っ子の所業だ。
その政府が、
如何に「安全」を強弁したところで、誰も信じるわけがない。
つまり、いまや、
「政府がいっても信じてもらえない」のではなく、
「政府がいうからこそ信じられない」というのが現実である。
国民の不安心理が募るのは当然のことではないか。

山下氏はたぶん誠実な一種の学者バカだろうと推測するが、
結果として免罪符の役割を背負わせられているのではないか。
小松氏の発言もまた、
不安感の所以、つまりはコトの本質を取り違えていると思う。

最大の問題は、
原発の推進に当たってきた人たちの無責任である。
彼らが終始責任回避しようとしたことが事故処理を誤らせた。
問題を解き明かしていくためには、
番組にご出演いただいている児玉龍彦東大教授の
次の言葉
に立ち戻るべきだと思う。
(この言葉は番組の中では使っていないのだが…)

「年間線量1ミリシーベルト以上の人は避難する権利がある。
国と東電はそれを保証する義務がある」



誤解しないでいただきたいのだが、
児玉先生は、
「1ミリシーベルト以上は危険」だと言っているのではない。
危険であるか、ないかは、
住民自身の判断に任せるべきだというのである。
(当然、判断のためのセカンドオピニオンが求められる。)
例え科学的には「安全」である可能性が強いとしても、
不安を感じるなら「避難する権利」は認めよう。
この考え方は、暗黙のうちに、
住民が「原状回復を求める権利」を前提としている。
当然のことではないか。
自ら責なくして不安のどん底に落とされた人々が、
3.11以前に戻すよう求めることに何の無理があろう。

しかし、現実的には原状回復は難しい。
少なくともすぐには不可能だ。
そういう意味では、
取り返しのつかないことが起きてしまったのである。
であれば、国と東電は国民に謝罪するしかない。
ただ頭を下げればいい、というものではない。
「原発は安全だ、重大事故など起こり得ない」と言い募り、
原発を推進してきた人たちは責任をとって退場すべきだ。
政治家、経産省の幹部、学者、言論人…。
事後処理を誤った原子力安全委員会、
原子力安全・保安院の幹部は、当然、更迭すべきだろう。
そして、東電は、当然ながら破綻させるしかない。

起きてはならないことが起きたのに
「責任」を誰も取らないという現状は明らかに異常だ。
そして、原子力を推進してきた人たちの責任回避が、
放射能の影響はそれほどでもないのに
不安を抱く方が悪いと言わんばかりの論調となって、
きょうも現地の人たちを苦しめている。
ぼくはそこに怒りながら番組を作った。
だが、繰り返すが、ぼくには解決の道筋は見えていない。
「除染」は、ややもすればざるで水を掬うような話になる。
本当にもう一度この土地に住めるのか、
問い直さざるを得ないときが案外早くくるのではないか。

転記ここまでーーー


その番組です。


20111030 果てしなき除染 南相馬市からの報告 投稿者 PMG5



「年間線量1ミリシーベルト以上の人は避難する権利がある。
国と東電はそれを保証する義務がある」

この児玉氏の言葉は、今の彼の状況を察すればとても重たいものだと思います。
けれど、そのコメントは放送されませんでした。

その事に対して
この、TVディレクター(toriiyoshikiさん )のブログのコメント欄に
沢山の「何故、削除したのか」という内容が寄せられています。
その返事が書いてありました。



TVディレクター返事のコメント

みなさん、番組を見てくださってありがとうございます。
制作者として感謝の念に耐えません。
ただ、ぼくが不用意な書き方をしたのでしょうか、
誤解をされている方も一部にいらっしゃるようなので、捕捉しておきます。
児玉先生の件の発言をカットしたのは、
現場の制作者としての私の判断で、
NHKという組織には何の関係もありません。
第一稿の試写からこの言葉は入っていなかったので、
上層部の圧力なんてかかりようもなかったというのが事実です。

では、なぜカットしたのか、ということになりますが、
正直にいって「自主規制」したつもりは毛頭ありません。
「自主規制」するくらいだったら、始めっからこんな番組作りませんからw
こーいちさんがお書きになっているように、
数十時間の取材ビデオのを1時間に編集するなかで
どうしても使い切れなかったとしかいいようがありません。
涙を飲んで切る、というのは私たち制作現場では日常茶飯事です。

どんなに使いたい言葉であっても、
前後と切り離して一言だけつないだのでは作為が見え過ぎ説得力を持ちません。
だから私は、インタビューはできるだけ編集点を少なくして、
言葉の自然な流れを重視してつなぐことを編集方針としています。
結果として、この言葉には後ろ髪を引かれながらも、
番組のなかで紹介した
児玉さんのほかの言葉の方を優先すべきだ、
その方がメッセージが明確になると判断しました。
その判断が間違いだというお考えも当然あろうかと思いますが、
それは専ら制作者としての私が責を負うべき問題ですので、
念のため申し添えておきます。
2011年10月31日2:19


返事に対するAさんのコメント

児玉氏発言を番組に入れなかったことが圧力ではなかったことは理解致しました。
番組が「除染の意義」についてのものだったら、その企画意図から発言をカットしたことは不自然なことではないと思います。
ただ、コメントが殺到しているように、汚染地の住民が避難を切実に訴えているという現実があるのに、
そのことが報道でとりあげられないという不満・不信感がたまっています。
そういった現実を反映して、新たな番組を制作されることを切に願います。



Aさんに対しTVディレクターの返事

Aさんのご意見が、
ぼくの云いたかったことを正確にご理解いただいたうえでの課題の提示であり、
沁みるものがあったので一言付言させていただきます。
ドキュメンタリーは「べき」論で演繹的に作るものではなく、
ある一定の現場を見つめることから導き出される課題を抽出するものです。
今回は南相馬という「現場」を見つめることが主眼ですので、
南相馬で中心的な争点になっていない「避難の権利」については、
児玉先生の言葉に共感しながらも番組からは外しました。
南相馬では、番組でも紹介した通り、
市が国の区域設定を無視するかたちで仮設への入居(避難)を認めたからです。
しかし、これが例えば福島市の渡利地区などになれば、
問題のありようが全く変わってきます。
そして、もちろん、そのことを報じる意味がないとは思っていません。
福島市で起こっていることをどう記録すべきか、
いま同僚たちと相談をしているところです。
ともあれ、「この番組が最後ではない」ということは申し上げておきます。


ーーーーーーーーーーー

このETV特集を私は見ていました。
除染を進める番組であるような印象を受けた記憶があります。
何となく見終わった後、もの足りなかったような記憶があります。

南相馬では「避難の権利」は中心的な争点になっていないからとおっしゃる、
製作者のディレクターさんの思いも理解できますが、
やはり、南相馬であっても年間1ミリシーベルト以上の場所では、
避難するという事も選択肢にあるということを知るためにも、
児玉先生のこの言葉はカットしないで入れていただきたかったと思っています。

ただ、製作者のtoriiyoshikiさんは震災後に仙台に転勤されたようで、
他の日付のブログの内容も読んでいただくと、そのお人柄が分かるように思います。
わたしは、とても誠実な方のように感じました。


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はじめまして

めぐさんのブログコメントからこちらに来ました。
さっそくブックマークに登録しました。
きーこさん、GJ!

除せん

いつも貴重な情報ありがとうございます。
除せんが非常に危険な作業であり、素人が防御をしないで行うと、かえって被曝してしまうこと、除せんしても風や雨ですぐに元に戻ってしまうことを、あちこちで見聞きするようになりました。
除せんが推進派にうまく利用されたことは、本当に悲しいです。
除せんボランティアを国が募集しているようです。
復興も大事ですが、放射能汚染に目をつぶり、以前の生活を取り戻したところで、多くの人の免疫力が落ち、様々な病気が増え死が身近なものになり、健康な子どもが少なくなっていった時に、後悔することはないんだろうか?
庶民は黙って、運命を受け入れて死んで いけ、お金や権力がある人たちが生き残っていく、そういう構図にしか感じません。

私は、番組を見ていないので、番組への意見は言えませんが、日本のマスコミが本当に駄目だと思うのは、第4の権力として、上の権力を監視しなければ、いけないのに逆に、いつも上に御伺いをたてちゃう。圧力のかかる前に上の顔色みて自己規制しちゃうんだもん。圧力の問題にもならない。前にNHK改ざん事件の時、NHK幹部が堂々と恥ずかしげもなく、自民党に御伺いをたててるとテレビで言ってたし、そのNHK幹部の天下り先が、番組制作会社。結局、制作の段階で御伺いたてちゃてる報道ばかり!でなきゃ、中途半端な番組にはなりませんよ!必ず、内容に力がありますよ!結局、権力に弱い。数字に弱い。そんなマスコミが、この日本の体制をつくり。この事故を引き起こし、今また、被害を拡大しているのです!恥を知れ!

はじめまして

いつも拝見させて頂いております。
多くの情報を読みやすくまとめて下さるので感謝しています。
また、きーこさんの考えには頷かされることが多いです。

一部で批判されている児玉教授ですが、私も除染活動は彼の良心からやっていることだと信じたいです。
自分の出来ることを精一杯やっている、そう思います。

何かのニュースのインタビューで、記者が原発について推進か反対かを訊ねたことがあります。
温和な顔が厳しい表情に変わり、
僕の立場で言えることは、そういうこと(原発推進)を言う人間は、やるべきことをやってから言え、というようなことを言っていました。(うろ覚えですみません)
つまり、研究費をもらう身として反対とは言えない立場だけれど、原発の未来を語る前に被災者のことを考えろ、ということだと受け取りました。

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