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「歪んだ福一4号機の圧力容器~地震で壊れた1号機と2号機」田中三彦氏(音声&内容書き出し)


・4号機圧力容器の歪み(極秘に行った歪み直し)
・社会的倫理と会社の倫理
・国の脅しとエネルギー中毒症状
・パッシブな暮らし方
・福島の原発は「津波で壊れた」の嘘
・映画「明日が消える、どうして原発?」


あしたが消える 田中三彦氏


田中三彦氏 『あしたが消える-どうして原発?』衝撃インタビュー
原子力発電の安全性を問いかけた22年前の自主制作ドキュメンタリー映画について 
著書 『原発はなぜ危険か 元設計技師の証言』(岩波新書)

田中三彦氏 1943年栃木県生まれ。
1968年東京工業大学生産機械工学科卒業。
同年(株)バブコック日立に入社。原発の設計に従事。
1977年に退社し、以後おもに、科学および科­-学思想に関わる翻訳・執筆に従事。
中央大学非常勤講師。





続きを読むに内容を書き出しました







この中に、私の話が2~3カ所トピックで出てきますけれども、
一つのトピックでですね、原子炉圧力容器というものを今平方さんがおっしゃったように、
それの、設計は1人でするものではもちろんないですけれども、
原子炉圧力容器というところの福島4号機
第一原発の4号機の圧力容器の設計というのをやりました。
その時は私は主任の立場でグループ、5~6人で設計しているんですけれども、
その中の責任者という事で設計をしておりました。

今回、その4号機はあえなく崩壊しました。
だからもう、使われる事はありませんけれども、
それほど感慨はありませんが、一応寸法を決めたり工場で触ったりしたものですから、
それなりの思いではありますけれども、
1.2.3とダメになって、3と一緒にあおりを食らったんですけれども、
3号機と4号機というのは、煙突が繋がっていまして、
多分3号機の水素が4号機に回ったんだと思うんですけれども、
それで4号機は爆発という形はとっていませんが、炎上ですね、たぶん。
中は1号3号よりもひどいんじゃないかと思いますけれども、
そういう、炎上してもう使い物にならない。
という事ですから、最終的にはこれで終わりというふうになります。


4号機圧力容器の歪み

その4号機がですね、
4号機の原子炉圧力容器というのは、実を言うと・・・製造中にですね、曲がってしまいました。
楕円形になってしまったんです。
直径が5m半ぐらいあると思うんですけれども、それが、曲がってしまいました。

中に、原子炉が、原子炉というのは核分裂ですね、
核分裂を起こす燃料が入るところですけれども、そのカプセル状の物が歪んでしまったという、

これは2年半ぐらいかけて、
当時の値段ですので分かりませんけれども、
今だったら大分値段が違うけれども、非常に高価なものですね。
私が勤めていた工場なんか潰してしまうくらいの高価なものですけれども、
それが2年半の制作過程を終えてですね、それで最後の国の審査を受ける。
今でいう保安院ですね。
当時の通産省の試験を受ける、試験を受けなければいけない
耐圧テストと言って運転圧力の1.25倍の87.9気圧という、
そういう圧力をかけてですね、水が漏れないかという事を調べるんですけれども、
その検査の直前にですね、曲がってしまったんです。
作り直しをするというのが正しいやり方ですけれども、作り直しを選択しないで、
極秘のうちにですね、その歪んだ状況をなおしちゃおうというのが、会社の取った方針
です。
それは、日立の社長であり、私の会社の工場長の判断、私は下請けなんですけれども。

それをどうやって直すか、
これは製造部が作った大きなトラブルですけれども、もちろん作りなおすと会社は潰れるでしょう。
賠償金。東京電力に対する賠償をしなければならない、遅れますのでね。
それからもう一回作りなおすというのはそれなりに資金がかかるし、
他の工程が全部遅れてきますので、それは会社としては選択できなかった。

それで直すんですけれども、
直すところに実は私は主役みたいな恰好で、係わってしまったんですね。
それは、缶が潰れたのをなおすのと基本的には同じですけれども、やり方は全く違って、
その辺にビール缶が潰れて落っこちたのをどうやって直すのかという事を考えていただくと、
なんか割り箸でも突っ込んで、直してとりあえず丸くしたいと思うと思うんですが、
同じ事です。

それを割りばしの変わりにジャッキという、200トンぐらいのジャッキを3本あるいは4本も使って、
それで強引に潰れているところを丸くする。
場所がいろいろあるんで、3次元的に歪んでいますのでいろんな処でそういう事をやって、
最終的にそのジャッキをはずして、ジグというものに置き換えてですね、それを、炉の中に、
炉というのはですね、お葬式で使うような、ああいう炉ですね。
ああいう巨大な炉がですね、ファーネスと言いますけれども、炉というものがあって、
製造中はその炉の中に入れたり出したり、入れたり出したり何度もしながら、ああいうものを作るんですけれども、
そこへもう一回入れ直して、
それはもう、その時点で違法ですけれどもね。
入れると材料っていうのは弱くなりますから。

だから、そういう事を繰り返しながら物を作るんですが、そういうふうにして、
歪んだ部分を特別な器具で、ジャッキで引き上げて、
ジャッキは重機ですから炉の中に入れると燃えちゃいますので、特別なジグに置き換えて、
それで入れて、610度で多分8時間ぐらい熱したと思いますけれども、
熱してもとに、それでこれも、そのジグを取り外しますと、
直感で分かると思うんですけれども、例えば「潰れたビール缶を丸くしてごらん」って言ったら
多分棒を突っ込んでですね、直すと思うんですね、
それで次に、パッと外すとまた元に戻っちゃうというそういう性質、スプリングパックという事が起こりますよね。
そうするとどうしたらいいかっていうと、
「そうか!」という事で潰れている部分をあらかじめ、戻ってくる部分をあらかじめ逆にもっと、
まん丸じゃなくて、逆にもっとやって離すとちょうどうまく戻ってくるという、そういう事があり得ます。

それをやろうとした。

ですから、歪んでいる状況になっているものを逆にもう少し歪ませて、
金具を外して炉に入れて、そうして柔らかくなって変形します。
それでうまく外すと綺麗にもどってくるという、
そういうですね、もう一回歪みをかけるという、
そういうものを3次元的に、あちこちが狂っていますので、それをやって、
それで通産省の審査を受けようということです。

どういうところにどれ位の変形を加えて、何度の温度を与えて、
それで何時間熱して戻してあげると、綺麗に戻ってくるかと。
形だけを整える事だけが問題なんですね、この際、安全なんかどうでもいい。

それをやれという事になって、その計算というのは非常に難しいんですけれども、
たまたま、その計算のための、ま、1974年のことですかね、
クリクリリラクゼーションというんですけれどもそういう原子炉の、そのためのものではないんですけれども
そういう物の必要性が他にあったものですから、
そういうプログラムを研究者と一緒に開発をしたんです。
それがたまたま丁度うまい具合に出来てきつつあったものですから、、それを強引に数日徹夜して作りなおして
工場のコンピューターだと遅すぎるので、当時、月へアポロですか、人を送り込んだ
IBMの307というスーパーコンピュータがあるんですけれども、それをIBMでマシンを借りて、
で、計算をしたんですね
計算をするには、IBMの本社に行くと非常に目立つので、
広島の支局から電話線の回線を使って、やったんです。
これは工場の中でもほとんど誰も知らない、私と数人の設計士ですね。
3人ぐらいの人と計算をして、そういうやり方をやって、

今みたいにね、グラフィックな状況というのは全然ない訳ですから、
御存じの方も多いんですけれども、当時は全部キャラクターでワァーッって出てきて
だから、一回計算するとこんなに分厚い計算が出てきて、
それをデータを自分で方眼紙に向かってプロットするんですけれども、
そんな時間は無いですから、ちょうど夏でしたので、地元の広島県呉の話ですけれども、
その工場の周辺の高校生のアルバイトを雇ってですね、
他の会社の人は全然知らないですから、すべて極秘のうちに

通産省への工場延期は溶接再申請と言って、全然関係ない溶接をするような事を出して1ヶ月を取る。
それから東京電力の駐在員は道後温泉かなんかにやっちゃって、ごまかしてしまう。

というような、いろんな手練手管を使ってですね計算をして、
最終的にそれこそお葬式と言われましたけれども、
工場長が最後にですね、一応やり方を決めて、「じゃ、こういう手取りでやりましょう」という事でやるんですね。
その時に工場長が「明日は何の日だ」という有名な言葉を吐くんですが、
そうしたら製造部長が「明日は何とかの日だ」と答えるんですけれども、
「そんな事は聞いてない。俺は仏滅かそういうことを聞いているんだ」というんですけれども、
縁起を担いでね、仏滅を避けて、炉の中に入れて、それで戻した。

で、一応まん丸く、丸く収まった。
そういうことです。


社会的倫理と会社の倫理


そういう事を得々としてやった自分というものも非常に反省しなければならないんですけれども、
私はずっと疑問を持っていたんだけど、会社人というのと社会人というのは違うのかなと。

今日後から、もしかするといらっしゃるかもしれないけれども、
東芝の格納容器の設計者でね後藤政志さんというかたがいらっしゃるけれども、
後藤さんがお話しをしていたあるテレビ番組でですね、
終わってからか収録中かは知りませんけれども、
ある、原発推進の大学教授から、「君はいったい・・・」
後藤さんは企業の方だけども、今は批判的な立場で物を言う、その後藤さんに向かって
「あなたは、倫理観が無い」と言ったそうです。

倫理観っていうのは笑っちゃいません?
よく言われる、技術者の倫理というのは僕もずっと言われ続けていますけれども、
「おまえは自分のしたことをですね、得々としゃべる」と。「倫理観が喪失している」というけれども、
技術者の倫理がなっていないというんですけれども、
ま、同じ質問をまたされているんですね。

社会的倫理と会社の倫理は違うわけで、
だから技術者が会社のいう事を聞いてそれを秘密を暴露しないという倫理観というのは、
それは会社にとっての倫理観であって広い意味の倫理観ではない訳です。

で、今こういう福島の状況みたいになった時に、
これで何を学習しようとするかっていう事が非常に重要だと思う
んですね。
「学習しない」と言っている人がいっぱい居る訳です。
それはそれでもう、しょうがないですよね。
だから、学習をしたくない人はおしゃべりをしない方がいいと思う。

やっぱり、反省というのは何時でもする必要があるし、
それから、想像が出来なかった事が起きたんであればですね、
それはそれなりにそれぞれの立場で、反省すべきことがいっぱいあると思うんです。

その反省がどこもなしに、
また相変わらずエネルギー不足と、かなり危険は背負うんだという、
そういう発想をすることが、本当に熟慮したうえなのかどうか、という事が非常に重要だと思います。

ただ、僕自身はですね、再生エネルギーだとか、そういう事は非常に重要だろうという事は
ずっと前から言っているんですが、
基本的には原発というものは、やっぱりエネルギー問題にかかわっているわけですね。
ま、恒久的なエネルギー源にはなりえないという事は明確です。
やっぱり、100年200年という事で、その間に核廃棄物をいっぱい出すわけで、
それをモンゴルに埋めようなどというようなですね、そういうとんでもない話まで出てくる。

そういう代物であることに変わりはない。

で、そういうエネルギー論と重ね合わせて、原発をどういうふうに捉えるかという事は非常に大きい問題です。
ただ、再生エネルギーという話、
再生エネルギーは恒久的なエネルギーですので、絶対にそっちの方向に向かう必要はあると思う。


国の脅しとエネルギー中毒症状

で、いま、今の瞬間ですか、
今の瞬間って、毎日今日は何%の余裕がありますとか、何パーセントまで使えますって、
あれって、非常に重要な点はですね、ピークの事なんですね。
1年間のピークの総時間っていうのを、東電のデータで見るとですね、
1年間で大体170時間前後です。
ピークというのは一日のうちの、たとえば年間として170時間ですと、
一日ですね、30分ぐらいです。

その30分間のためにですね、我々は脅されているという事をきちんと知る必要がある。

例えば、年間を通して昼間の30分ですね、85%だとか90%とかいう。
だけど、それに対してもっと全体的な所というのは、いつもそんな危機の状態にある訳じゃないんですね。
30分の事について我々はどう解決しなければいけないか。ということです。


あとはですね、
原発一つ分を、一つ二つ三つ、今ほとんどの原発が止まっている訳でしょ。
この中でこういうふうにやっていられるという事と、
それからやっぱり、”うちわ”が若干必要になるという事(笑)

こういう問題というのはですね、
我々がエネルギーを機械に依存し過ぎているという事をまず、考える必要があって、
結局、「エネルギー中毒症状」というのが僕らにあるんだという自覚を持たないとですね、
ダメだというふうに僕は思う。

で、そのエネルギー中毒だとか、高気密高断熱の家で、
北海道に建っても九州に建っても四国でも東京でも長野でも、どこでも同じ家というのが今の日本の状態ですよね。
だから、その風土を備えた、そういう空気が流れ込む、
そういうシステムをみんな拒絶していますよね、我々は。
今閉鎖空間の快適性というのが非常にありすぎて、自然を切っていく。
そういう生活スタイルというものを、もしずっと我々が欲するのであれば、
それは、僕は原発というのはふさわしいというふうに皮肉をこめて言いたい。

エネルギー問題として技術的に、ただ再生エネルギーに方向転換するだけっていうのであればね、
逆にまた、もっと、もっとの世界で、さらにさらにエネルギーを必要とし、
さらにさらに自然を切っていくという、そういう生活スタイルに入っていくんだろうと思います。

だから、僕はそういうですね、エネルギーと我々の暮らしという事をどういうふうに捉えなおすのか、という事を含めて、
福島の問題を十分な勉強材料にするという事があるだろうというふうに思っています。


パッシブな暮らし方

一つですね、私が繰り返し言っている事で、もしかすると、またかと思う方がいらっしゃるかもしれないけれど、
僕の親友の建築家でですね、小玉祐一郎さんという人がいるんですけれども、
大学時代からお友達なんですが、
彼はパッシブという言葉とアクティブという言葉の二つの技術について、勉強というか、そういう学者さんです
パッシブというのは受け身という事です
アクティブというのは積極的に物をコントロールしていこうということです。

で、パッシブな技術というのが非常に重要なんじゃないかという事を彼は言っている。
パッシブな技術というのはどういうことかというと、
例えば家を建てる時に、あるいは病院を建てる時、市庁舎を建てる時に、
「そこはどこなのか」ということです。
その場所はどこなのか?後ろに土手があるのか木が生えているのか
それから、どういう環境なの?一年のうちにどういう風が吹き、どういう湿度がありという、そういう事ですね。
自然の流れというものをよーく調べて、それを、構造で受けようとするんですね。
形で受けよう。

それに対して、外は何が起きていてもかまわないから、
全く内側だけで独立した空間を作ろうとするのは現代のやり方ですけれども、
それをやるとですね、その空間を維持するために大量のエネルギーを消費する。
で、その空間が冷たくなっていると、そこの部分は本来は暖かかった訳ですから、
冷たくするとその排熱が全部外に回りますので、外はますます暑くなるという、
そういう事が起きてきます。

それに対して自然の流れというものを切らないという考え方の家をどんどん、どんどん建てていくと、
何が起こるかというと、たとえば暑い時には扉を開ける、それで風を流すとか、
それから西日が暑い時はカーテンでシャットアウトするだけじゃなくて、
西日というのは非常に美しい訳です、
だからそういうものを見るという事ですね。
そのためには自分が体が動くんですよ、非常に。
そういう外環境とのコミュニケーションを自分で取ろうとすると
ドテーンとひっくり返って、テレビを見ているだけじゃなくなってですね、
いろんな、その自分でうちわであおいだりですね、それからふすまや障子をあけたり、
雨戸を閉めたり開けたり、それから西日を鑑賞したりですね、
そういう事が出来るようになる。
で、そういう地域、よく地産地消と言いますけれども、
地産地消ということ、まさにそのものですね。
そういう空間の中で住んでいる。

そういうやり方の事をパッシブと言ってですね、特に機械というものを使わない。
小玉祐一郎さんの家に行くと、
大きなガラスの家で、若干の補助暖房は使っていらっしゃると思うけれど、
夏は暑いですから、そのために開放しますけれども、
日陰になるようにちゃんと樹木が生えているんですね。
冬になると落葉樹で葉が落っこちる。
そうすると、ガラスから非常に暖かい空間が出来る。
なにも機械に頼らない、そういうやり方をします。
それはそれの建築手法というのがあるんだけどね、
そうやっていくと、漏エネルギーのそういう空間を使う事が出来る。
で、そういうものを思考するかどうかという、ちょっとしたポイントというのは非常に重要なんですね。

そういう事をやっていくことで1人1人のエネルギーを下げていく。
それからライフスタイルを変えていくという事が、
これがですね、明日からでもできる事だと、明日からっていうのは極端かもしれないけれども、

そういう事をみんなが少しずつ考えるようになっていける世の中になっていけば、
エネルギー問題、エネルギー中毒とかですね、自然環境との付き合い方という事が、
もっともっと、深まっていくと思うんですよね。

で、エコロジーという言葉が最後にありますけれども、
エコロジーというのは生態学ですけれども、人間も自然ですから
よく、エコロジーとエコノミーを間違えているんですよね。
で、二酸化炭素を出さないとか、電力を食わない電化製品に変えたという事が、エコロジストみたいな言い方をしている。
「エコです、エコです」とよく言いますけれども、
ちっともエコじゃなくてですね、そういう事はエコノミカル。

だけども環境主義というのはもうちょっと深く、もっと自然とのかかわりというのは非常に重要なことになるんです。
その部分をつきつけられてきたんじゃないか。
で、僕は、あの、話が散漫になって申し訳ないけど、

原発っていうのは閉塞感というのを作る事に於いては極だと思うんですね。
ああいうアクティブな物をコントロールする、
人間があたかも核をコントロールするという傲慢な姿勢です。
一つの空間の中に閉じ込める、
それと我々が一つの空間の中にひとつの気象条件と、
例えば22度50%という空間を人工的に作り上げる。
これは非常に相似的なね、同じ事を言っている。

それが壊されていく過程というのがなんなのかという事を、
原発問題と合わせてですね、エネルギー問題として、もう一度とらえ直していくことが重要なんじゃないかと思います。

原発は非常に危険です。
危険だというものをリスクだというふうに言っていくのか、
それともそのリスクの本質がなんだったのか?という事を考えると、
実は自分の家の空間の中にある。
同じような思想があるという事に気がつくんではないかと、いうふうに僕は思っております。


福島の原発は「津波で壊れた」の嘘

最後にですね、福島の原発ですけれども、
私はあれは、津波ではもちろんやられていますけれども、

1号機に関しては、津波ではなく多分地震で相当のダメージを食らって、
いわゆる冷却材喪失事故というのが起きている

それから2号機は間違いなく地震で、格納容器のサプレッションチェンバーという、下のドーナツ型のところ、
あそこがダメになって、それで水素爆発が下で起きたんですね。

3号機については今ちょっと良く分かりません。

ただ、国はですね、津波、津波と言う事で、
津波対策させ取れば原発は安全なんだと、言っているけれども、
それは地震を隠すという事ですね。

地震国の日本で問題なのは津波もそうだけども地震そのものでもやられる可能性がある。
特にマークⅠ型の福島の1号から5号なんですが、
マークⅠ型というのは欠陥です。

それが表に出ないようにするために徹底的に津波にこだわる姿勢
あるいはそういうIAEAにレポートを出している。
まるでそれが既成であるかのような、事実であるかのような、
そういう報告書がいっぱい出回りましたよね。

これはもう、完全的に国家的な陰謀です。

で、私は間違いなく、もうちょっと精密に、きちんとやっていかなければいけないと思っていて、
事故調査委員、畑村さんのあの、原発とかかわりの無い方々で委員を作ったっていうのは良いんですかれど、
その下にですね、事故調査チームとかですね、何とかチームといって、3つぐらいできています。

これがですね、全く、上の畑村さんがそういう事を意図したかどうかは分かりませんけれど、
メンバーが全く関係が無くですね、
その間にコミュニケーションが無いという事が最近調べていて分かってですね、
チーム長のやりたい放題で、今後も展開していくであろうと思います。


ーーーーーここから先の音声はと同じです。

映画『あしたが消える どうして原発?』特別映像田中三彦氏(内容書き出し)


<参考>
なぜ?”早すぎる放射能漏れ” 原発揺るがす「地震で破損」
12/28報道SP(内容書き出し・動画あり)






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コメント

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短時間での起こし作業感謝いたします。

突然のお願いにもかかわらず快く作業してくださりありがとうございます。こうした貴重な情報が動画や音声のみならず活字になって人々の目に触れることはひじょうに大切なことだと思っています。

「2011年3月11日。その後私は変わりました。」というこのブログのサブタイトル、あなたがどう変わったのかが、このブログに蓄積されていく膨大な音声起こし記事の数から見てとれます。ひじょうに役立つ活動を精力的にされているのだと思います。

どうぞこれからも頑張ってください。
応援しています。

社会の倫理とその会社の論理

これは犯罪者の犯罪告白インタビューですね。作り直さなければならないと知りながら東電に売り、巨額の売買代金を詐取したという。

「社会の倫理と会社の倫理が違う」という点も的外れな責任転嫁。
社会の倫理と会社の「論理」が違うのです。しかも、「その」会社の論理。もっと掘り下げれば、積極的な告発をしないとしても、詐欺グループから抜けることは可能だった。従ってこの犯人個人が、自分の生活という経済的利益のために加担したに過ぎない。

よく「法律は最低限の道徳」と言われます。この道徳を一応、倫理に置き換えてみます。この犯人の場合は、法律違反であることを分かっていた。従って「倫理」という言葉は使えない。
もっとも倫理的理由から兵役拒否する場合のように、法律に違反することは分かっているが、というケースもあります。でもこの場合は、「法律自体がおかしい」と判断してます。彼は自分が違反する法律自体がおかしいと倫理的確信をもっていたわけでない。

「社会の倫理と会社の倫理が違う」に納得される方は、東電がマニュアルを黒塗りしたり、放射性物質の所有権に関してなした主張などに対しても、ああ彼らは倫理的行動をしているのだ、但し「広い意味での倫理観ではないけれども」と思われるのでしょう。
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