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02.13
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ゴメリ州立病院には事故の前、白血病の子どもはほとんどいませんでした。
しかし、事故があった1986年から目立ち始め、1990年は17人と急激に増えました。
1991年に入って5月までにすでに11人。去年を上回るペースです。
広島では被爆後2年で白血病が増え始め、
6年目でピークを迎えました。
ゴメリ州立病院も広島と同じ傾向をたどっています。






チェルノブイリ小児病棟~5年目の報告~

1991年8月4日放送



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5年後135

佐藤幸男教授(広島大学原爆医療研究所):
だいたい、放射線っていうのはそういうもので、
目に見えなくて、放射線地震検出がなかなか難しくてですね、
起こす病気も、放射線でも起こるしそうでない原因でも起こるという両面がありますので、
その証明というのが、非常に難しいですけどね、
でも、やはりその症例を積み重ねていけば自然に分かってくると。
ま、放射線の障害の証明というのは、そういう方法によらざるを得ないと。
例えば、結核菌を証明して、「これが結核だ」というような発想とは、また違う発想が必要だと思いますね。
ただ、その点ですね、甲状腺の癌というのはヨウ素131の汚染地帯に集中的に起こっていると
まず、それを原因として考えるのがまず、常道だろうと。
で、ヨウ素が甲状腺に溜まって、そこでがんが多発する。放射線のヨウ素ですね。
そういう意味では、すでに、かなりダイレクトに結びついているというふうに思いますけど。


汚染地帯の人々が、事故当時どれ位の放射性ヨウ素を取り込んだのか、
それを示すデータが残っていました。
このデータはソビエト政府が汚染地帯の住民10数万人に対して、甲状腺の被ばく線量を測定したものです。

5年後136

この人は事故から2週間後の5月9日、3000マイクロレントゲンが測定されました。
日本で定められた許容限度の100倍以上の放射線を浴びた事になります。
その倍以上の7200マイクロレントゲンという高い値の人もいました。

汚染地帯の子どもたちは大量の放射性ヨウ素を取りこんでいたのです。

佐藤教授と木村講師は子どもの甲状腺がんがどの地域で多発しているかを確かめる事にしました。

佐藤:次、ゴメリ州が6つ付きます。

5年後137

子どもの甲状腺がんが多発しているのはゴメリ市である事が分かりました。
ゴメリはチェルノブイリ原発から北東120キロ。
ミンスクに次ぐ白ロシア共和国第二の都市です。

事故から数日後、ゴメリ上空は真っ黒い雲に覆われたと言います。
この雲によって運ばれてきた、ヨウ素、セシウム、ストロンチウムなどの放射性物質がゴメリを汚染しました。
ゴメリ市は1平方キロメートル当たり1キュリーから5キュリーの汚染地帯です。

5年後138

日本の基準では一般人の立ち入りが厳しく制限される区域です。
ここに、現在55万人が暮らしています。


ゴメリ

5年後139

人々の放射能に対する恐怖を和らげようと、
去年、市の中心部に、空気中の放射線量を示す表示板が取り付けられました。



5年後140

「近所に住んでいるからいつも表示を見ているよ
でも、数字を信じていない。実際はもっと高いはずさ」


5年後141

「私は病院で働いていますが、奇形児が増えました。
こんな恐ろしいところにはとても住めません」

5年後142

「この子は血液の病気で、毎日、点滴を打たれてきた。
病気になったのは、チェルノブイリ事故のせいだ。
子どもたちはひどい病気にかかって苦しんでいる。
私はこの子を連れて外国に移住したい」


ソビエトでは移住先の住宅が確保できなければ、汚染地域の住民であっても自由に町を離れることができません。

ゴメリ州立病院

ゴメリでも子どもたちに異変が起きていました。
ゴメリ州立病院、小児血液病棟
この小さな病棟に白血病の子どもが増えています。

白血病はがんに侵された白血球が異常に増殖し、正常な白血球や、赤血球が減少する病気です。

ベッド数30のこの病棟に現在定員を上回る32人が入院しています。
そのうちの3人に1人が白血病です。

5年後143

ウドドワ・ユーリアちゃん、6歳。
今、もっとも目が離せない白血病の患者です。
高熱や関節の痛みに苦しんでいます。
抗がん剤の副作用で、髪が抜けてしまいました。

5年後144

今年2月、高濃度汚染地帯から非難した直後に発病しました。
ユーリアちゃんは点滴のためのチューブを外すことができません。
この日、ユーリアちゃんの抗がん剤はドイツ製の強力なものに変えられました。

5年後145

「痛くない?どうしたの?大丈夫?」

母親のニーナさんは24時間つきっきりで看病しています。

ニーナ:
この暮らしに慣れてしまいました。
この世には病院しかありません。
いつも病院 病院・・・・
この子が良くなる事だけが願いです
でも、どうしたら助けられるのでしょう?
お医者さんも手を尽くしてくれますが、効き目がないんです。


ユーリアちゃんの闘病生活は5カ月目に入りました。
ゴメリ州立病院には事故の前白血病の子どもはほとんどいませんでした。
しかし、事故があった1986年から目立ち始め、去年は17人と急激に増えました。
今年に入って5月までにすでに11人。去年を上回るペースです。

5年後146

広島では被爆後2年で白血病が増え始め、
6年目でピークを迎えました。
ゴメリ州立病院も広島と同じ傾向をたどっています。

5年後147

小児血液病科 シュミーヒナ・タチアナ部長:
事故後、ゼロ歳から3歳ぐらいまでの幼い子どもたちの急性白血病が目立つようになりました。
患者の年齢が下がったために治療が難しくなりました。
発病と同時に内臓がどんどん腫れていくのが特徴です。
これは、チェルノブイリ事故と何らかの関係があると思います。
もし、治療を始める前に、患者の染色体を調べて、異常がある事を確認していれば、
病気と放射能の因果関係を突きとめられたかもしれません。


ーーーつづく
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comment 2
コメント
ゴメリ市
「日本の基準では一般人の立ち入りが厳しく制限される区域です。
ここに、現在55万人が暮らしています。」
そんな基準って今でも日本にあるんでしょうか?
ゴメリって今の福島市、郡山市、二本松市辺りの感じでしょうか。
福島の人って立ち入りが許されない所に日本政府に強制居住させられてるようなものなのでしょうか?
yohtann | 2012.02.13 16:39 | 編集
首都圏放射能プロジェクトや区役所前の土壌検査によれば、都内がここと同じ汚染度ですよ、、、。四基壊れて今も放出しているので、もっと酷い結果を予想する人もいます。
明るい可能性は都内がアスファルトで覆われているから、放射能が流出しやすいことぐらいです。
都内在住 | 2012.02.14 03:29 | 編集
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