小出裕章
よろしいですか?
人形峠の1kg当たり3700ベクレルというウランで汚れた放射能のゴミを、
日本の国家が「どうしようもない、日本の国内では捨てるところがない」と言って、
アメリカ先住民の土地まで持っていって、そこで捨てるという事をしたのです。
放射能のゴミというのはこれほど大変なんです。
「瓦礫広域処理についての勉強会」小出裕章氏・大阪維新の会
00:24:34~
ですから何としても被ばくは避けなければいけない。
被ばくに関する各種規制値
ということで、日本でも放射線の被ばくに関しては各種の規制がなされているのですね。
真ん中にあるのがみなさんの被ばくの限度です。
一般公衆の電量限度、1年間に1ミリシーベルトしか被ばくをしてはいけないと決められている。

で、私は京都大学原子炉実験所で働いています。
そのために給料をもらっています。家族と一緒に生活が出来ます。
そうすると私を雇っている京都大学あるいは文部科学省、日本の国が、私に対してなんていうかというと、
「おまえには給料をやっているんだから、だから少し位の被ばくは我慢しろ」と私に対していうんですね。
私は放射線業務従事者というレッテルを貼られて、
1年間にみなさんの20倍の「20ミリシーベルトまでは我慢しろ」と言われています。
それも、これが安全なのではないのです。
給料をもらっているから、しょうがないから我慢しろと言われているのがこの値なのです。
今日みなさんには入っていただけませんが、放射線の管理区域という場所は、
1年間に5.2ミリシーベルトを超えてしまうような場所は放射線の管理区域にして、
一般の人たちは入ることを許さないという、そういう場所にしなさいよという、
そういうきせいにしている
で、こういうのは全て放射線に被ばくすれば危険が伴うけど、
どこまでなら我慢が出来るかという事で決めてきた訳です。
そういう規制値は山ほどありまして、
例えば原子力発電所というのは、日本には54基もあるのですが、
その発電所の敷地境界であれば、0.05ミリシーベルトを目標にしなさい。
これを超えないように、何とか管理をしなさいというのも決まっています。
それから、低レベル放射性廃物というものが出てきたら、
要するに放射能に汚れたゴミも、一般のところに野放しにしていい。
つまり埋めていいとかですね、リサイクルしていいというような時には、
それをリサイクルした時に一年当たり、0.01ミリシーベルトを超えないという事が分かった時に
初めて、野放しにしていい。
そうじゃない時は放射性物質は放射性物質として管理をしろ、と。
普通のゴミとは混ぜてはいけないというのが、これまでの法律だった、のです。
全て「被ばくは危険だから」という事で、こういう法が決まっているわけです。
続きを読むにつづく
今までの事故・放射能汚染 人形峠
それでも、これまでにも色々な事故はありましたし、いろいろな放射能の汚染という事もありました。
たとえば、
これ皆さん多分お分かりにならないと思いますが、これは人形峠という場所です。

岡山県と鳥取県の県境にこの峠があって、
1955年の暮れにここでウランが見つかったという事で、一躍大騒ぎになった場所です。
日本がこれから原子力に手を染めるという頃に、日本にもウランがあった。ということで、
大喜びをして、人形峠周辺で沢山の坑口が開かれてウランの掘り出しをしました。
ほぼ10年間試掘を繰り返したのですが、人形峠には実はウランはなかった。
ま、あったんですけれども、
10年間掘っても85トンのウランしか掘れませんでした。
今日標準の原子力発電所は100万キロワットというのが標準ですけれども、
その原子力発電所を1年間運転させようと思うと、約180トンのウランがいるのです。
85トンのウランしか人形峠から出なかったという事は
1基の原子力発電所を半年運転する事も出来ない程のウランしか出なかった。
結局人形峠のウラン鉱山は閉山しました。
静かな山村だった住民の山があったのですけど、
それを日本の国家が賃貸契約を結んで、借りて掘ったんですね。
だけど、掘ったってやっぱり駄目だということで、住民にその土地を返しました。
ところが、返したあと、静かな山村に戻っていったわけですが、
1988年になって、ウラン鉱山周辺に、膨大な放射能のゴミが捨てられているという事に気が付きました。
坑道を掘って、中から鉱石を掘り出してきて、
役に立ちそうなものは精錬所に持って行って、ウランを取りだしたのですけれど、
役に立ちそうにないものは、鉱山の周辺にみんなぶちまけてきた。
そういう放射能、ま、ウランを僅かに含んだ、放射能を含んだゴミというものが、
人形峠を中心に45万立方メートルも野ざらしに捨てられているという事が、1988年発覚しました。
そのうち一部の土は、かなりウランの濃度が高いということで、
これはやっぱり、こんなところに置いておくのはまずいという事になったんです。
ここは竹林になっていますけれども、この竹林全部がウランのゴミで埋め尽くされているんです。谷沿いが。
この左手に坑口があってですね、坑口から掘り出してきて、ここまで持ってきて、
役に立ちそうな鉱石はここからケーブルで下におろしたんですけど、
そうでないものは全部この谷に投げ捨てたということで、
ウランを含んだゴミで谷が埋め尽くされていた。
それに気がついて、こうやって、フレコンバックという袋の中に入れて、
放射能が台風やなんかで流れ落ちないようにしようと、いう事をやりました。
それを結局集めて、こんなところに埋めました。

上には防水のゴムのシートがかけてあって、どのうを置いて、
とにかく外に放射能が出てこないようにしようとしたんですね。
この中に埋められたのは290立方メートルです
人形峠周辺に45万立方メートルあるんですけれども、
その45万立方メートルのうちの鳥取県の方面という小さな集落に坑口が一つあって、
そこに1万6000立方メートル分がありました。
そのうち290立方メートル分は特にひどいという事で、ここに埋められた。
しかしこの埋めたところは住民の土地なのです。
私有地です。
そして住民は「こんな放射能のゴミを自分のところに置くな」と、言ったのです。
国と賃貸契約も結ばない。返してくれと、
自分たちの静かな山村を返してくれという事で、国と戦いを始めました。
長い長い闘いでした。
しかし、いくら戦っても国はどけなかった。
これをどけるところがない。
放射能のゴミなんて、持って行けるんだ、どける場所がないという事で、
人形峠には動燃料核開発事業団という、今は日本原子力開発機構という名前になっていますが、
そういう事業所があるので、その事業所に実は持って行こうとした時期もあったんですが、
その事業所の場所は、岡山県と鳥取県の県境の岡山県側にあります。
そしてこの方面(かたも)という集落は鳥取県側にある。
このゴミを事業所に持ち込もうとした時に、岡山県の知事が、
「鳥取県で危険だというようなものを岡山県に持ち込ませるわけにはいかない」という議会凍結をしました。
その結果、このゴミはどこにも動けなくなってしまった。
という事になって、国は「もうダメだ。持って行こうと思ったんだけど持っていく場所がない」ということで、
この場所に放置したんです。
結局12年ほどたちまして、住民が痺れを切らして、ここの一角のゴミを掘り出して
人形峠の事務所の前まで実力行使をして、捨てに行くという事がありました。
ちょうどその時に鳥取県の県知事は、片山さんという知事だったんですが、
その片山さんが、
「日本というこの国は法治国家何だから、住民が実力行使をすることはやってはいけない。
でも、悪いのは国なんだから、鳥取県がちゃんと国と戦う」と、
「裁判をして国と戦うから、実力行使はするな」と言って、住民と話をして、
結局、鳥取県が裁判を支えて、このゴミをどけるという事で、国と戦いをしました。
まず、鳥取地方裁判所で
「これは国が捨てたごみなんだ」と「こんなものを民有地に置いておくことはまかりならん」ということで、
「持って帰れ」という判決が出ました。
国は何て言ったかというと、
「持って帰れと言われても、放射能のゴミを捨てる場所がない。捨てる場所がないからもう、どうしようもないんだ」
と言って、高裁に控訴した。
高裁でも審議が続いた結果、
「国が悪い」と。
「他人の土地に勝手に放射能のゴミを捨てるなんていう事は許せない」ということで、
国が敗訴しました。
そうしたら、国は何て言ったかというと、
「放射能のゴミなんて持っていく場所がないんだ。だから、どうしようもないんだ」と言って
最高裁の上告するという事をやった。
しかし、最高裁にいっても、結論は変わりませんでした。
「これは国が捨てたごみなんだから、持っていくしかない」という事で、国が最終的に敗訴になりました。



人形峠の放射性廃棄物はどこへ持って行ったか
では、このゴミはどこにいったか、34:14
このゴミはですね、ウランの濃度で、約300ppmです。
放射能の濃度でいうと、1kg当たり、3700ベクレル。
このゴミを日本の国は、
「どこにも持っていき場所がない」と、いい続けて、そして最高裁まで行って、敗訴した。
結局このゴミをどうしたかというと、これはお分かりになりますか?
米国の地図です。

ここに、いろんな州があるのですけれども、
ユタ州、コロラド州、ニューメキシコ、アリゾナというところに、
国境線が十字路になっている、まっすぐ縦横に十字になっているところがあるのですが、
ここは、4コーナーと私たちは呼んでいるところで、
アメリカ先住民が、白人に虐殺されながら閉じ込められた土地なのですが、
ここにウラン鉱山がいくつもありまして、そのウラン鉱山のところにホワイトメサ精錬所というところがあります。
ここまで捨てに行ったのです。
よろしいですか?
1kg当たり3700ベクレルというウランで汚れた放射能のゴミを、
日本の国家が「どうしようもない、日本の国内では捨てるところがない」と言って、
アメリカ先住民の土地まで持っていって、そこで捨てるという事をしたのです。
放射能のゴミというのはこれほど大変なんです。
この京都大げく原子炉実験所が成り立つためにも、いろんな放射能のゴミが出ますけれども、
それをどうやってお守が出来るかという事が、一番大切なことになる位に
大変な事なのです。
ーーーつづく
よろしいですか?
人形峠の1kg当たり3700ベクレルというウランで汚れた放射能のゴミを、
日本の国家が「どうしようもない、日本の国内では捨てるところがない」と言って、
アメリカ先住民の土地まで持っていって、そこで捨てるという事をしたのです。
放射能のゴミというのはこれほど大変なんです。
「瓦礫広域処理についての勉強会」小出裕章氏・大阪維新の会
00:24:34~
ですから何としても被ばくは避けなければいけない。
被ばくに関する各種規制値
ということで、日本でも放射線の被ばくに関しては各種の規制がなされているのですね。
真ん中にあるのがみなさんの被ばくの限度です。
一般公衆の電量限度、1年間に1ミリシーベルトしか被ばくをしてはいけないと決められている。

で、私は京都大学原子炉実験所で働いています。
そのために給料をもらっています。家族と一緒に生活が出来ます。
そうすると私を雇っている京都大学あるいは文部科学省、日本の国が、私に対してなんていうかというと、
「おまえには給料をやっているんだから、だから少し位の被ばくは我慢しろ」と私に対していうんですね。
私は放射線業務従事者というレッテルを貼られて、
1年間にみなさんの20倍の「20ミリシーベルトまでは我慢しろ」と言われています。
それも、これが安全なのではないのです。
給料をもらっているから、しょうがないから我慢しろと言われているのがこの値なのです。
今日みなさんには入っていただけませんが、放射線の管理区域という場所は、
1年間に5.2ミリシーベルトを超えてしまうような場所は放射線の管理区域にして、
一般の人たちは入ることを許さないという、そういう場所にしなさいよという、
そういうきせいにしている
で、こういうのは全て放射線に被ばくすれば危険が伴うけど、
どこまでなら我慢が出来るかという事で決めてきた訳です。
そういう規制値は山ほどありまして、
例えば原子力発電所というのは、日本には54基もあるのですが、
その発電所の敷地境界であれば、0.05ミリシーベルトを目標にしなさい。
これを超えないように、何とか管理をしなさいというのも決まっています。
それから、低レベル放射性廃物というものが出てきたら、
要するに放射能に汚れたゴミも、一般のところに野放しにしていい。
つまり埋めていいとかですね、リサイクルしていいというような時には、
それをリサイクルした時に一年当たり、0.01ミリシーベルトを超えないという事が分かった時に
初めて、野放しにしていい。
そうじゃない時は放射性物質は放射性物質として管理をしろ、と。
普通のゴミとは混ぜてはいけないというのが、これまでの法律だった、のです。
全て「被ばくは危険だから」という事で、こういう法が決まっているわけです。
続きを読むにつづく

今までの事故・放射能汚染 人形峠
それでも、これまでにも色々な事故はありましたし、いろいろな放射能の汚染という事もありました。
たとえば、
これ皆さん多分お分かりにならないと思いますが、これは人形峠という場所です。

岡山県と鳥取県の県境にこの峠があって、
1955年の暮れにここでウランが見つかったという事で、一躍大騒ぎになった場所です。
日本がこれから原子力に手を染めるという頃に、日本にもウランがあった。ということで、
大喜びをして、人形峠周辺で沢山の坑口が開かれてウランの掘り出しをしました。
ほぼ10年間試掘を繰り返したのですが、人形峠には実はウランはなかった。
ま、あったんですけれども、
10年間掘っても85トンのウランしか掘れませんでした。
今日標準の原子力発電所は100万キロワットというのが標準ですけれども、
その原子力発電所を1年間運転させようと思うと、約180トンのウランがいるのです。
85トンのウランしか人形峠から出なかったという事は
1基の原子力発電所を半年運転する事も出来ない程のウランしか出なかった。
結局人形峠のウラン鉱山は閉山しました。
静かな山村だった住民の山があったのですけど、
それを日本の国家が賃貸契約を結んで、借りて掘ったんですね。
だけど、掘ったってやっぱり駄目だということで、住民にその土地を返しました。
ところが、返したあと、静かな山村に戻っていったわけですが、
1988年になって、ウラン鉱山周辺に、膨大な放射能のゴミが捨てられているという事に気が付きました。
坑道を掘って、中から鉱石を掘り出してきて、
役に立ちそうなものは精錬所に持って行って、ウランを取りだしたのですけれど、
役に立ちそうにないものは、鉱山の周辺にみんなぶちまけてきた。
そういう放射能、ま、ウランを僅かに含んだ、放射能を含んだゴミというものが、
人形峠を中心に45万立方メートルも野ざらしに捨てられているという事が、1988年発覚しました。
そのうち一部の土は、かなりウランの濃度が高いということで、
これはやっぱり、こんなところに置いておくのはまずいという事になったんです。
ここは竹林になっていますけれども、この竹林全部がウランのゴミで埋め尽くされているんです。谷沿いが。
この左手に坑口があってですね、坑口から掘り出してきて、ここまで持ってきて、
役に立ちそうな鉱石はここからケーブルで下におろしたんですけど、
そうでないものは全部この谷に投げ捨てたということで、
ウランを含んだゴミで谷が埋め尽くされていた。
それに気がついて、こうやって、フレコンバックという袋の中に入れて、
放射能が台風やなんかで流れ落ちないようにしようと、いう事をやりました。
それを結局集めて、こんなところに埋めました。

上には防水のゴムのシートがかけてあって、どのうを置いて、
とにかく外に放射能が出てこないようにしようとしたんですね。
この中に埋められたのは290立方メートルです
人形峠周辺に45万立方メートルあるんですけれども、
その45万立方メートルのうちの鳥取県の方面という小さな集落に坑口が一つあって、
そこに1万6000立方メートル分がありました。
そのうち290立方メートル分は特にひどいという事で、ここに埋められた。
しかしこの埋めたところは住民の土地なのです。
私有地です。
そして住民は「こんな放射能のゴミを自分のところに置くな」と、言ったのです。
国と賃貸契約も結ばない。返してくれと、
自分たちの静かな山村を返してくれという事で、国と戦いを始めました。
長い長い闘いでした。
しかし、いくら戦っても国はどけなかった。
これをどけるところがない。
放射能のゴミなんて、持って行けるんだ、どける場所がないという事で、
人形峠には動燃料核開発事業団という、今は日本原子力開発機構という名前になっていますが、
そういう事業所があるので、その事業所に実は持って行こうとした時期もあったんですが、
その事業所の場所は、岡山県と鳥取県の県境の岡山県側にあります。
そしてこの方面(かたも)という集落は鳥取県側にある。
このゴミを事業所に持ち込もうとした時に、岡山県の知事が、
「鳥取県で危険だというようなものを岡山県に持ち込ませるわけにはいかない」という議会凍結をしました。
その結果、このゴミはどこにも動けなくなってしまった。
という事になって、国は「もうダメだ。持って行こうと思ったんだけど持っていく場所がない」ということで、
この場所に放置したんです。
結局12年ほどたちまして、住民が痺れを切らして、ここの一角のゴミを掘り出して
人形峠の事務所の前まで実力行使をして、捨てに行くという事がありました。
ちょうどその時に鳥取県の県知事は、片山さんという知事だったんですが、
その片山さんが、
「日本というこの国は法治国家何だから、住民が実力行使をすることはやってはいけない。
でも、悪いのは国なんだから、鳥取県がちゃんと国と戦う」と、
「裁判をして国と戦うから、実力行使はするな」と言って、住民と話をして、
結局、鳥取県が裁判を支えて、このゴミをどけるという事で、国と戦いをしました。
まず、鳥取地方裁判所で
「これは国が捨てたごみなんだ」と「こんなものを民有地に置いておくことはまかりならん」ということで、
「持って帰れ」という判決が出ました。
国は何て言ったかというと、
「持って帰れと言われても、放射能のゴミを捨てる場所がない。捨てる場所がないからもう、どうしようもないんだ」
と言って、高裁に控訴した。
高裁でも審議が続いた結果、
「国が悪い」と。
「他人の土地に勝手に放射能のゴミを捨てるなんていう事は許せない」ということで、
国が敗訴しました。
そうしたら、国は何て言ったかというと、
「放射能のゴミなんて持っていく場所がないんだ。だから、どうしようもないんだ」と言って
最高裁の上告するという事をやった。
しかし、最高裁にいっても、結論は変わりませんでした。
「これは国が捨てたごみなんだから、持っていくしかない」という事で、国が最終的に敗訴になりました。



人形峠の放射性廃棄物はどこへ持って行ったか
では、このゴミはどこにいったか、34:14
このゴミはですね、ウランの濃度で、約300ppmです。
放射能の濃度でいうと、1kg当たり、3700ベクレル。
このゴミを日本の国は、
「どこにも持っていき場所がない」と、いい続けて、そして最高裁まで行って、敗訴した。
結局このゴミをどうしたかというと、これはお分かりになりますか?
米国の地図です。

ここに、いろんな州があるのですけれども、
ユタ州、コロラド州、ニューメキシコ、アリゾナというところに、
国境線が十字路になっている、まっすぐ縦横に十字になっているところがあるのですが、
ここは、4コーナーと私たちは呼んでいるところで、
アメリカ先住民が、白人に虐殺されながら閉じ込められた土地なのですが、
ここにウラン鉱山がいくつもありまして、そのウラン鉱山のところにホワイトメサ精錬所というところがあります。
ここまで捨てに行ったのです。
よろしいですか?
1kg当たり3700ベクレルというウランで汚れた放射能のゴミを、
日本の国家が「どうしようもない、日本の国内では捨てるところがない」と言って、
アメリカ先住民の土地まで持っていって、そこで捨てるという事をしたのです。
放射能のゴミというのはこれほど大変なんです。
この京都大げく原子炉実験所が成り立つためにも、いろんな放射能のゴミが出ますけれども、
それをどうやってお守が出来るかという事が、一番大切なことになる位に
大変な事なのです。
ーーーつづく
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コメント
>人形峠を中心に45万リューベ
多分、「立米=立方メートル(m^3)」だと思います。
多分、「立米=立方メートル(m^3)」だと思います。
竜べぇ | 2012.02.16 08:28 | 編集