BBCドキュメンタリー「津波の子供たち」3月1日放送




子どもたちがあの日の事、その後の放射線のこと
淡々と語っています。
「その時はまなちゃんの誕生日だった。私の一番仲のいい友達」
「その時は歌を歌っていた」
「海がすごく引いてて、見た事もない位引いてて・・」
「1,2年生の教室の前の木がのみ込まれていました」


「家を探したけど、ここしかなかったから原発に近いけど仕方がない」
ガラスパッチがお守りだと・・・

後半はお子さんが見つからない方々
仕事を辞めてわが子を探し続ける父

遠藤先生の親ごさんへの説明

「お父さんとお母さんはもっと遠くに行きたいと思っているけど、住む家がなくていけないんだと思います」
「仮設住宅は家の無い人が住むところです」

「政府が大丈夫というけど本当に大丈夫なのか?誰も経験したことないんだものって思います」

「海の上を浮いてていて、カモメが突っついていたと聞きました。うちの娘は頭がない状態で見つかりました」

一次帰宅後に持ち帰った荷物の放射線量を測っている横で
高野みつじという人が選挙カーの前で手を振り
「放射線量が10分の1になるので、子どもたちが安心して戻れる地域になるんです。
どうもありがとうございます。お仕事ご苦労様でーす!」
と言っている映像・・・

「除染を見ているのはとても楽しくて僕も試してみたいです」
「4歳の弟が震災の後しゃべれなくなったのがわからない」
「そんなに広がっているならすぐには消えないし、いくら除染したってそこからは無くならないものだから」
「放射線はそんなにすぐには無くならないと思う」
「友達とは放射線の事はあまりじゃべりません」
「大人になったら新幹線とか電車の運転手になりたいです」
「パティシエをやりながらボランティアをやる」
「こういうっふに被害を受けている人が可哀想っていうか大変だから、だから助けてあげる」
「山に行けばみんな大丈夫だったと思う」
「怒ってない。自然は助けてくれる事もあるし悪い事もあるからしょうががない事だと思う」
「海だって魚が泳いでいるから、魚は僕たちが食べるものだから」

BBCドキュメンタリー「津波の子供たち」
"Japan's children of the tsunami " 3:11


東日本大震災の被災者である子供たちや子をもつ親の証言を通して
3.11の津波と原発事故のその後を紹介するBBCドキュメンタリー。2012年3月1日放映。

「みんなを助ける仕事がしたい。震災の時に助けてもらったから」
「これから生まれてくる子どもたちの安全を守りたいから放射線の研究者になりたいです」
「風とか嵐とかで放射線が外国に行かないように」
「僕の大人になってからの夢は安全な物を作ったりする安全を考える人になりたいです」


これ、文字起こしは辛いのでしません。
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