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03.13
Tue


・原子力安全委員長を斑目さんが辞任したいとの意向を示した事について
・3月10日京都での「バイバイ原発」集会について
 -オーストリアの場合ー


2012年3月12日月曜日 
京都大学原子炉実験所助教 小出裕章先生に伺いました
Radio News「たねまきジャーナル」
MBSラジオ [MBS1179.com]





<参考>

「デタラメハルキと呼ばれる男」斑目春樹が退任の意向
2012年3月9日東京新聞 の記事。「班目委員長、3月末退任の意向 原子力規制庁発足前でも」



京都大学 小出さんスピーチ@バイバイ原発 3.10 京都 (動画・内容書き出し)
3月10日京都での小出先生のスピーチです








続きを読むに内容を書き出しました。






水野:
斑目さんが原子力安全委員長を辞めたいとおっしゃっているというニュースが今ございました。
小出さんからご感想を聞いてよろしいでしょうか。

小出:
え、大変お疲れになっただろうと思います。
もし、私が彼の立場であっても、到底一年間持たなかっただろうなと思うぐらいの重責だったと思いますし、
辞めたいと思うのは当然だと思います。
ただし、彼も安全委員会の委員長として、今回の事故を引き起こした責任があるわけで、
「お詫びします」と彼は言ったという事ですけれども、
お詫びをした後に、いったいどういう形でその責任を全うするべきなのか、
それを聞きたいと思います。

水野:そうですね、どう生きていかれるんですかね。

小出:
はい、ま、これから原子力を「進めよう」と言うのか、もうやっぱり「止めよう」と言うのか、
その辺の考え方を聞きたいです。

水野:
はい、そしてですね、小出さんにリスナーがご質問をくださいました。
3月10日、土曜日ですね、
先週土曜日に京都の丸山公園でイベントがあった時に、小出さんの姿を拝見しました。
と、おっしゃっております。

小出:フフフ・・・はい。

水野:これは、原発に関する集会が開かれたんですが?

小出:そうです。

水野:
「バイバイ原発3.10京都」という集会が開かれたそうですが、
このリスナーの方は、
「行ったらものすごい人で、立ち見で、会場に入れない人もいてビックリしました。6000人の人が集まっていました」
というふうに報告下さっているんですが、続けてですね、
「昨日もおとといも、日本だけでなく、全世界で原発に関する行動がいろいろ行われ、
全世界だと何十万人にもなるんでしょう、またドイツでは原発
を人間の鎖で包囲するというようなもり上がりもあったと聞いていますが、
小出さん、こういう脱原発のイベントの盛り上がりについて、どうお感じですか?」
というふうにくださいました。いかがでしょう?

小出:
むずかしいご質問ですね。
これまでも、原子力を進めると言うのは、一貫した大きな力があったわけですが、
その大きな力に対して、「止めて欲しい」という運動側の力というのは、
一貫して小ちゃかったのですが、
でも、時には大きな声になった時もあったのですね。
たとえばチェルノブイリ原子力発電所の事故の時は、世界中で原子力に反対の運動がありましたし、
日本でも、ま、それなりにあったのですが、
それがいつの間にか、やはり・・・無くなってしまう、というか、

水野:一過性のものでしぼんでいくという事ですね。

小出:
はい、あったのですね。
今回の盛り上がりというのが、いったいどこまで続いてくれるのか、
わたしは正直に言えば不安です。
ただし、今の動きというのは、誰かが笛を拭いてその笛について行くというのではなくて、
一人ひとりの人が、自分で一銭のお金ももらう訳ではない、
自分のどうしても抑えきれない気持ちで出てきているという気持ちの人達が、
多くなってきているように私には見えますので、希望を感じます。

水野:
あの、オーストリアでのこうした人々の動きが、原発政策を大きく変えたという事があって、
そのあたりを小出さんはご覧になったという事なんですけれども、教えていただけませんか?

小出:
オ-ストリアという国も日本と同じように、位置時期原子力に夢を託した事がありました。
で、原子力発電所を造ったのですが、
完成してしまった原子力発電所を、国民投票を行って、1978年に放棄しました。
ですから、完成していたけれども、一度も動かないままオーストリアという国は原子力から撤退したんです。

水野:えーっ!
完成するにはものすごいお金をかけましたよね。

小出:そうです

水野:しかし一度も使わず撤退したんですか、

小出:そうです。
ウイーンの郊外にツベンテンドルフという原子力発電所を造ったのですが、遂に一度も動かさずに撤退しました。
どうしてそういう事が出来なのか?と、私はずっと、ある意味不思議に思っていましたが、
86年のチェルノブイリ原子力発電所の事故の後に、
ウイーン、ま、オーストリアの首都ですね。
ウイーンでアンチアトムインターナショナルという国際会議が開かれて、わたしもそれに参加しました。
その時にウイーン市内のデモ行進があったのです。
わたしはその頃は日本で、ま、日本でずっと生きてきたわけで、
日本のデモ行進と言えば、どこかの組織が動員して、
みんな同じゼッケンを付けて、同じ旗を持って、それで腕を組んだりしながらですね、
同じシュプレヒコールを上げながら歩くという、そういうデモ行進しかわたしの頭の中にはなかったのですが、
わたしがウイーンで遭遇したデモは、全然違うデモだったのです。
誰かが、号令をかけるわけでもなくて、人々が自発的にデモの出発点に集まってくる、
あるいはデモをしている間にそのデモに自然にどんどん合流してくる。
みんな違うプラカードというか、ゼッケンというか、
ある人は看板を日本のチンドン屋さんのように掛けているおじさんもいましたし、
乳母車をひきながら夫婦で歩いてくるという、そういう人たちもいましたし、
「ああ、一人ひとりがこうやって参加するんだな」とわたしはその時に思いましたし、
こういう人たちがいれば、原子力は簡単に止めさせる事が出来るんだと、その日に思ったのです。
3月10日の京都でのデモも、
「あっ、そうか、日本もここまできたんだな」と、私は思いながら一緒に歩きました。

水野:はい、どうもありがとうございました。










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comment 2
コメント
小出先生はデモには参加しないのかと勝手に思っていたけれど‥
なんだか、少し嬉しかったな。
居ても立ってもいられない‥
抑えきれない気持ち、そんな気持ちです。
ロッキー | 2012.03.13 14:18 | 編集
「1号機の爆発は、テレビをつけたらあの映像です。
『爆発しないって言ったじゃないですか!』って、
菅さんが班目さん(班目春樹・原子力安全委員長)に言ったら、
これは映画かって思うくらい頭を抱えて。
人生で一番ショックなシーンでした。この人が日本の最高権威なのかと。」

「原子力を扱う人間にストレステストを課さなきゃだめです。
スペースシャトルの乗組員は、想定外の状況で抜き打ちのトレーニングを受ける。
今度何かが起きたとき、今の原子力技術のトップたちはまた何もできないだろう。
一年たって強調しておきたいのは、「人間」の問題は何も解決していないということです。」

( http://www.tokyo-np.co.jp/feature/tohokujisin/oneyear/120311-1-2.html )
きよティー | 2012.03.14 14:27 | 編集
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