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山田 真(小児科医)「子どものいのちを守るために」

内部被曝研第一回シンポ2012年4月22日



私も個人的には今自分の地域で住んでいるところで測定所を立ち上げるという、
個人的に一台購入いたしまして、使っていていま勉強している最中ですけれども、
買った本人が測定にパソコンをうまく使えないという事で、
測定するよりもまずパソコンに習熟するという事が必要なんで、ちょっと悔しい思いをしているところです。

私も6月以来2回ほど福島に入りました。
それから東京で一度、東京に避難している福島の方の健康相談にもかかわりました。
実情から言いますと、ほとんど診察みたいな事はしていないと、
連れてこられる、ほとんどがお母さんですけれど、
お母さん、お父さんの不安を聞いて、一緒に不安になって、一緒にどうしようかなって言って、
という事の繰り返しをしてきたにすぎないという思いがあります。

実際に行ってみると、
行かなければ「こんな事をやれば」っていえるんですけれども、
現実に行ってみると、思った事がほとんどできないということ、
だから、具体的なものとして現地の人達に答えられないという、辛い状態です。

その一つには、
私は、絶対に疫学調査で必要だと思っています。
私自身は、今福島で何かが起こっているというふうに思っていません。
起こっているのか起こっていないのか分からないとしか言えないところがあります。


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内部被曝37

私は個人的には、やっぱり、分からないという事をどれだけ貫けるかっていうことが、
これから運動をどれだけやっていけるかの眼目だと思っているところがありまして、

私はこれまで小児科医になって最初に関わったのが森永のヒ素ミルク中毒という事件で、
この被害者の人達と今まで40年位付き合ってきました。
水俣病の患者さん達が?に座りこまれる時に医師団として入った時から、
一応今までずっと見てきました。
今になっても、たとえば森永ミルク中毒ってどういう病気だったか?といわれるとよく分かりません。
ただ、40年前にいろいろ心配しました。
赤ちゃんがヒ素を飲むというような、あり得ない事が起こってしまって、
それで文献も何もない。
その時も必死になって文献を探しましたけれども、
ヒ素を飲んだことなんてないものですから、全く何も分からないという。
で、随分たとえば発がんするのではないかと心配しましたが、
40年経ってみて、特になにもなかった、幸いなにもなかったという事が言えるのですけども、
しかしたとえば水俣については、今でもよく病状すら分かっていない。
水俣病というものがどういう病気なのかという事を
たとえば本当に症状が少ない人の範囲まで、言ってもよく分かりませんし、
被災についても分かっていない。
被災地がどの位の範囲にあったのかという事も分かっておりませんし、
それから、これだけ長い間時間が経っていながら疫学調査が全く行われていないという事もあります。
水俣でさえそうだった。

福島に比べればずっと地域も限定できるし、
ある程度病巣も分かりやすいものであるにもかかわらず、殆ど調査がされてこなかったという事があって、
それで私達が今、ベラルーシやウクライナの方達の様子を見ていても、
日本よりもよっぽどちゃんとした調査が出来ていると、
1年経った今できないと、これから先いつできるのかよく分かりませんけども、
たとえば色々、そのいろんな地域の資料を頂いた時に、こちらから返せる資料が何にもないということですね。
非常に個別に、たとえばある医者が診て、どういう感じだ。とか、
あるいは20人30人ぐらいの規模の調査で出てきたものとかいうものであって、
実際には、たとえばパンダジェフスキーかなんかがやっている研究みたいなものは
高線量の地域と、中線量の地域と低い地域と、いくつかの地域に分けて、
それでやっぱり何万人という数で調査をして、それで差が出たとかなんかという事で、
それで被ばくの実態がつかめる。

要するに少数の人をやってみてもほとんどなにもわからないという状態ですね。
で、私のところにはそういう疫学調査がされないという事で、
沢山の方々から毎日のように資料が送られてきます。

で、あのー、なんていうかな・・
こういう状態ですから、いま、こういう検査をする機関も検査をすれば収入になるんだと思うんですけれども、
検査だけして、何にもそのコメントを付けない。

あるいは、いい加減に「放射能の影響はない」というコメントを付けて返ってくるというようなことがあって、
「検査を受けたんだけれども、この検査は大丈夫だろうか?」という事で
私のところへまた送られてくるという状況です。

で、非常に沢山の検査がされている。
個人のレベルでは沢山の検査がされて、それがほとんど全部無駄になっていると思うのです。
個人については、私は今のところ福島でホールボディカウンターで測ってみて初めてわかる事ですけれども、
やっぱり、許容量などは分からないという事です。

それからどのくらいのセシウムがある人が、将来どのようになるか?っていうことを、
推測できるだけのデータを私たちは持っていないという事があります。

食品も、私も自分のところでも測定をいたしましたし、
一応ですから、先程大沼さんがやられたのがよく分かるんですけれども、
あれは食品の測定にかかわった事がない方だと、ほとんど分からないだろうと、
スペクトルの見方やなんかが分からないだろうと思うんですが、
私は幸いわかるんですけれども、分かって見ると大沼さんが言われたように、
どこかで基準を作って、それでご本人に
「この基準に比べれば低いから安心だ」とかなんか、言ってあげたいんですが、
実はやっぱり、無いんだと思うんですね。

それはそれに個人的に感受性が違うという事も含めて、やっぱりそれは許容量というような事は言えないと。
わたしはいろんなところで、それはそうだろうという話を、
たとえば添加物はどれ位飲んだら大丈夫かなんて言わないし、
農薬をどれぐらいとったら大丈夫で、どれ位までは農薬があってもいいなんて、
普通言わないだろう?と。

ついこの間、紫外線の事が問題になっていたけれども、
その時にたとえば一日に浴びる紫外線の量はどの位だ?なんていう話は話題にもならなかった。

・・・っていう事は、それは全て、少なければ少ないほどいいのであって、
「どこから安全」という基準は本来決められないんだと。

何か特別な事情があって、やむを得ず決めざるを得ないから決めるものであって、
それはかなり主観的なものであり、恣意的なものである。
バイアスのかかったものであるという事を考慮しておかなきゃいけないので、
これは私たちが相談を受ければ受けるほど、測れば測るほど分からなくなる
特に内部被ばくについては、今内部被ばくのどれぐらいの  にきているかという事を正しく知ることは
わたしたちは持ち合わせていないという事ですね。
そういう意味ではこういう危険性も分からない、
はっきり分からないものについて、それを浴びてしまうような可能性のある、原発のようなものを
作ってしまう事がそもそも間違いである。

最初からやっぱり、何かが起こった時には、おそらく対応のしようがないだろうと言っていたんですよね。
ですから実際に起こってしまったら、対応のしようがないということであって、
私達ができる事は本当に見守ることでしかないということですから、
とにかく早く疫学調査ができるような体制を、これはもう、国に求めてやらせるしかないので、
きちんとした疫学調査をやらせて、それを、その調査の結果は私達にオープンにすると。
全てのデータをオープンにするという事をやらせるという事がまず第一の事だというふうに思います。


それから、私は、障害を持った子どもの親でして、障害者の人達の運動にもかかわってきたので、
え、あの・・非常にこう、こういう事にかかわるのがジレンマになる事が、あの、あるのです。

エコロジーの運動、環境運動というのは、
時に優生思想にからめとられるというふうにいわれていて、
ま、ご存知かもしれませんけれども、ヒットラーという人は非常に正しい生活をした人で、
禁欲的で煙草も吸わない、お酒も飲まない、それから野菜しか食べないとか、
ものすごく清潔にした人で、それが行き過ぎると、
ああいう事になってしまうというふうに言われているんですけれども、

あのー、こういうなかで、たとえば被害の状況というものを、あの・・・いろいろ知りたいわけですけれども、
たとえば、え・・・放射能のせいで障害児が生まれるとか、
あるいは「奇形」といった言葉は障害を持った子どもの親から見れば使って欲しくない言葉なんですけれども、
あの、やっぱり、どうしても障害を持った子どもが生まれたら大変だっていうような話が出てきてしまう。
その時にやっぱり、障害を持ったこの親というのは、
障害を持った子をあんまり特別だと思っていない人が多いので、
その・・・そういうふうな言い方はして欲しくないという気持ちが、あの、あります。

で、実際には、だから、私達がこういう運動をやっていくうえでは、
やっぱりその放射線による被害というようなことを強調しなければならない訳ですけれども、
その事が病気や障害を持った人にとって、
傷つくことにならないような配慮という事を、こういう場所でみなさんに、
え・・気を付けておいていただきたいという気持ちがあります。
そういう意味でも、運動の難しさという事を特に感じているというところです。

で、福島の相談会の状況で言いますと、
実際には私も福島の小学校の養護教員の先生とかに時々連絡して、子どもたちの状況を聞いていますけれども、
「元気だよ、大丈夫だよ」というふうに、割合言われてしまう事が多いのです。
で、私がその大丈夫だとか元気だとか言われるのが、ちょっときついところがあって、
やっぱり、「我慢しているのではないか」
「言い出せなくなっているのではないか」というふうに思うところがあります。、

本当に、福島の今の状態はもう7月ぐらいからそうでしたけれども、
殆どが戒厳令の状態にあって「自由にものが言えない」ということになっています。
たとえば医師会なんかの動きでも、福島の医師会はかなり特別なんだと思いますけれども、

現実には、今福島市をおさえるという事が、県や国の目標になっているんだろうと思うんですけれども、
えっと「福島市内は大丈夫だ」ということで、
実際に私も渡利地区というような今話題になっているところに行ってみましたけれども、
これはもう本当に大変な汚染量であって、

2月に私のところに相談に来られた渡利地区のおじいちゃんは、
「ずっと家の中を毎日のように線量を測っているんだけれども、
家の中でですね、庭とかの中には20マイクロシーベルト位あるところがある」といわれて、
「えええーっ!」というふうに思いましたけれども、
それで、「そんな地獄のようなところに孫と二人で住んでいて、自分が甲斐性がないために」というふうに
嘆かれたんですけれども、
あの、本当に大変な線量の中で生きておられます。

もう、そういうふうになると、やっぱりそういう事を気にしていたら生きていけないので、
「もう気にしない」とか、そういうふに決めてしまったのではないかと思う人が多いんですね。

だから、・・・なんていうのかな、
一般的な健康調査なんかをやると、
むしろ福島なんかのほうが、「何でもない」と答える人が多いのかもしれない。

でも、しかし、その「何でもない」という事で、
もう「将来も大丈夫だ」といわれてしまえば非常に恐ろしい事ですから、
その「何でもない」という事が、将来の「大丈夫だ」という事を保証するのではないのだという事も
是非知ってほしいと思いながら、わたしたちもかかわっていますけれども、
現実には相談会に来られる方は、だんだん少なくなっています。

結局、あの・・相談しても、何にもそれで得られるものがないからではないかというふうに、
わたしたちはすごく重い気分でいます。

それから東京でも相談会というのをやりましたけれども、
今度は本当に、東京ではですね、もっと相談会にこられる方が多いんだと思ったんですけれども非常に少なくて、
それは、やっぱり多くの避難の方が、福島出身だという事で差別を受けるという心配があって、
これはおそらく被ばくした人達、広島で被爆した人達が、様々な差別やなんかを受けながら、
ひっそりと隠れて生きてこられたというような事を知っていてそう言われるのではなくて、

直観的に、やっぱりこれから生きていくうえでどんな事が起こりそうかという事が
分かるのではないかというふうに思います。
そういう意味で、やっぱり現実にいろんな地域で
避難された方へのいろんな差別が起こっているという事も確かなようですし、
だからそういう事を恐れて、非常に名乗りにくくなっていると。

そういう中で、そういう人たちと各地域で、これは時間をかけてもコミュニケーションが必要だと思いますけれども、
さまざまなコミュニケーションが作られていくということで、
全ての方に対して、何らかの私達ができる範囲で対応ができればというふうに思っております。




肥田舜太郎氏「市民と科学者の内部被曝問題研究会」第一回総会記念講演4/22(動画・内容書き出し)

松井英介氏(医師)「内部被ばくの問題」
市民と科学者の内部被曝問題研究会・第一回総会シンポジウム4/22(動画・内容書き出し)


沢田昭二氏「放射線内部被曝研究の現状と課題」
市民と科学者の内部被曝問題研究会・第一回総会シンポジウム4/22(動画・内容書き出し)


矢ヶ崎克馬氏「内部被曝の基礎」
市民と科学者の内部被曝問題研究会・第一回総会シンポジウム4/22(動画・内容書き出し)





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