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2011-04-26「愛する飯舘村を還せ!!村民決起集会(内容一部書き出し)

昨夜私はUstreamの岩上安身氏のページで飯館村の村民決起集会を見ました
最後の方だけしか見られなかったので録画のUPが出たら是非拝見したいと思っていました
そして・・・録画されていましたのでブログにUPします

2011-04-26「愛する飯舘村を還せ!!」村民決起集会

村民の想いを発表。川俣町、南相馬町からの応援メッセージ





終了後のインタビュー。生の声が聞けます


続きを読むに一部を書き出しました。誤字脱字が多いと思いますがお許しください(各自で脳内変換して下さいw)

村民の想いを発表

ほしかつじさん

村に残りたい想いは120%
明日にも出ていきたい想いは5%と
親は95歳妻は身体障害者で自分で動けません
近くにあって遠き原発が非常に残念です
放射能という津波を私達は大丈夫ですと言われて平気で表を歩いて
国際原子力の発表をもっても国は何も問題ないと言った
計画的避難
一か月も何処にもいないで出て行きなさい
飯館村は6000人です
国は東電という大きな生き物を生かすために飯館村の6000人の小さな虫を殺そうとしている
とても悔しい
小さい子供のいる家庭精神的に自分自身がおかしくなる憤り
何もできないもどかしさ
5分では話しきれない

かんのみきさん

子供たちの健康について
飯館村の子どもたちはここから川俣の学校に通っています
皆事情があって避難できずに
不安を抱えている
内部被曝の数値ははっきりと確認できないし
病気の症状が何年先に出るか分からない
そんな健康リスクと一生付き合っていかなければならない
そのために子供たちの定期的な甲状腺などの健康診断を行って欲しい
早急な非難先のの決定を行って欲しい

かんのますおさん

ほんとうにこまりました
本当に困った事が一生の中に起こるなんて誰も思っていなかった事だと思います
25年前のチェルノブイリ事故はたったひとつの原子炉ですが
その爆発で日本の約4割の面積が強い放射能に汚染されて人が住めないようになったそうです
チェルノブイリから放射能が放出された量は長崎広島の800倍だそうです
福島の人災と言える事故によって
夢も希望もないような生活が今続いています
福島第一は4基爆発して
その放射線量は10分の一
たいしたことないと思ったけど原爆の800倍がチェルノブイリなら
原爆の80個が落とされた事になると思った
80個ですよ
恐ろしいです
でも国は「直ちに影響ないし、心配ない」という情報を私達は聞いていた
長崎や広島から説明のために偉い先生たちが来て
「タバコの煙より怖くない」と言った
それを聞いて安心して、ここをはなれなくて済むとおもっている
原爆が80個落ちた量だとしたら皆さん住んでいられないでしょ
国はきちんと説明するべきです
安全だと言い続けていたのに
ある日突然手のひらを返すように出て行けと言うのだから
引き起こした責任は国が取るから出て行って下さいと国の口から言うべきではないでしょうか
私は震えるような怒りを持っています
私達は安全だという言葉の中にマインドコントロールされた
国は責任を持って避難しなければならないと言うありのままの危険な姿を私達にきちんと説明するべきだと思っています
それを強く要求したいです
国の政策と電力会社の金もうけの犠牲者ですから
経済的にも肉体的にも精神的にも
私達が失ったすべてを保証してもらわなければなりません
これは私達の村だけの問題じゃない
多くの場所で苦しい生活が続いていて
もうすでに避難したところではこのような集会はもてないかもしれない
私達が要求する
計画避難は村の中で大変苦労しています
私達の住むところは国が責任を持って提供しなければならないと思う
この事も強く国に要求しなければならない

たかはしひでひとさん

この会場に若い人がいないのがまことに残念だ
私も80近くになるから若い人たち
今回は学者と行政がいい加減だ
もう国の組織や団体がいち早くやらなければならない
学者が
「放射能は全然心配することないですよ」
村長は
「危ない人は各々自分で避難して下さいよ」
放射能を理解している人は何人いますか?
地震と放射能を同じに考えている
中通りの方に行ったってたいしたことないと思っている
原子力エネルギーのひとは
「あぁ・・多少の犠牲は仕方ない」
自分の事は自分でやってけ
怒りを通り越してあきれる
50年前にアメリカに3年ほどいた事がある
37年ごろ帰ってきたが飯館村にその頃は車も走っていなかった
福島の原発の一番のことは
安心だから安全だからと言って研究もしないで承諾した
飯館村の村長や議員
3年前に東京電力の研修に行った
使用済み燃料棒はどうしようもなくて蓄えている
ウランは温度が高く放射能を出し続ける
学者は安全というから一般の人は知らない
政府と東電は5号6号を動かす予定です
燃料棒なんか国会議事堂の下に穴掘って埋めとけ

放射能ばらまいて
人為的な事なのに犯罪にならないのか
飯館村は若い人
原発問題の前線だから飯館村が変えていこうと言わなければいけない
保証は当たり前です
福島県知事も責任ある
福島県から原発を無くさなければ福島県では生きていけない
適正な本当の事を報道する義務がある
それもお願いする

うえたひでさん

こんなに美しくて誇れる飯館村が地震と津波
そして考えも及ばなかった東電の爆発
放射能という形で・・・人ごとのように困ったねと思っていたのに
こんなに離れているのに私達の所に来た
原発の電気はここでは使っていないのに
都知事が「バチ当たった」と言ったことへの怒り

一か月以内に避難しなさいとなっていますが
避難してからでは遅いです
東電と国に今のうちにしっかりと飯館村をなおしてもらうことを決めておかないと
出てしまってからでは担当が変わってしまうのでそれ以上にどれだけ国が責任を持ってくれるのかを見極めてから避難するべきと思う

テレビを見ていて腹が立つ
議員さんは何しているのか
避難して辛い思いしている人がたくさんいるのに
自分の私利私欲で・・・あんな国会議員はいらない
国会議員の奥さんはみんな避難所に来て欲しい
それが出来ないなら議員の給料の半分の給料を出して欲しい
それが出来ないなら無能な国会議員の数を半分に減らして欲しい

はらだきみこさん

酪農路黒毛和牛の経営をしている
中国新聞で取材に来てそれを見た広島の方がみんなの感想を持って来て下さった
前の方々が私の言いたい事を言ってくれた
親の姿を見ていて何でこんなに貧乏なのに農業なんかすることないと反抗した事もあった
でも戻ってきて飯館村に嫁いだが
貧しいながらも一生懸命頑張る姿がとても美しく見えた
国の政策で農場は今までも大変なことを強いられてここまできた
やっと子育ても終わり
乳牛も自分の生きがいだから
地震の時に
牛小屋だけはつぶさないで欲しいとその時に思った
本当に祈りました
牛小屋はつぶれなかったけど停電になって手で乳搾り
情報が何もなくやっと電気がきてテレビを見てビックリしました
これは放射能だからしょうがない
空気がにおいました
茨城で爆発した時と同じ匂いがした
すでに身体には入ってしまってもう終わりだなと思った
もうこの村にはいられないからきちんと保証などの話しをしなきゃと集まりがあったが
県の人が「わからない」
等で話しが進まない
牛のえさも入ってこないで牛はどんどんやせていく
「村長は何を考えているんだ」
放射能はどうしようもない事を分かっているのに人命の事は何も言っていない
マスコミが初めて来た時に村長はマスコミの首を捕まえて追い出した
私はすぐに逃げたかったけど
生きている牛がいるからだから逃げなかった
きょう旦那は牛の移動場所を見に行った
乳牛はもうダメだから諦めた
黒毛はあきらめたくなかった
放射能は病原菌じゃない
常に健康の事を、人間も牛もそう考えてきたのに
今まで努力してきたのは何だったのかと悔しくてたまらない
広島から来てくれた人が飯館村は綺麗な村ですねと言ってくれた
今朝のニュースで石原都知事が「風力、太陽光では賄えない。やっぱり原発だ。」と言った
あらそう、なら東京に作って下さいと思った
原発の地図を見たら何処に逃げても駄目だと言う事は分かっていますよね
動物は逃げられない
国がすぐしなきゃいけないのは動物を逃がす事
こんな放射能にはどんなに頑張ったって
セシウムとヨウ素しか出ていないとテレビで言うが
そんなことはない
別の物質も沢山出ている
東電や国の言っている事なんてウソです
それを信用して2カ月3か月と伸ばしていたら取り返しがつかなくなる
だから言うべき事は言って自分で後は考えるべきだと思う

かんのさん

元気出さないと死んでしまいます
学校の先生が「安全だ」と言った次の日に避難しなさい
こんなバカなことがありますか
怒らない事の方がおかしいです
40年働いてきて60すぎてこれから自分の時間だと思った
それを壊された
子供をここで育てたいと思っていた後継者の方たちは
避難した
ここにはいられなかったんです
分かっていればもっと早く水を飲むなと言えたのに
何で3日も飲ませていたんだ
国は国民を見放した
飯館村のブランドを作るためにどれだけの苦労があったか
一瞬の放射能でその飯館村を東電と国は壊した
国に訴えなければおさまりません
この憤りを怒りをみんなで国にぶつけよう
東北人は穏やかだから
穏やかなんじゃない押さえていたんだ
でも堪忍袋の緒が切れた
何人も若い人が泣いた
子供が孫が
帰る故郷が無くなったと泣いた
何処に責任があるの?みんながなすりつけている
責任は東電と日本政府です
チェルノブイリから25年です
まだ帰れてないのです
800倍の原爆
想像できますか?掃除機で吸い取るわけにはいかないのです
土で入れ替えても山の土まで入れ変えてくれますか?
水は山から流れてきます
学者は何も教えてくれない
いつ帰れますか?
帰れなければ村も家族もばらばらになってしまう
それで飯館村の維持はできない
6000人の人が住んでいるから飯館村なのです
ここがダメなら全国どこでもいいから今の飯館村に国は戻して住めるようにして欲しい
みんながバラバラになってしまう
この60年何だったんだろう
よその人には見えない憤り
全国の皆さんで分かち合って欲しい
村民の皆さん一緒に頑張りましょう

応援メッセージの披露

さとうえいいちさん

川俣から来ました
福島に30年前に原発はいらない運動をしていたが
結果的には立地庶民の賛成過半数で決まってしまった
けれどその時を悔やんでももう遅い
40年たって日本の経済は豊かになり使い捨ての時代になった
金さえあれば何でも買える時代です
社会犯罪は後を絶たない
生態系を無視した開発
現代文明が行き詰っていた時に事故が起きた
飯館村も川俣町も出ていかなければならないけど
多くの人達が電気を使う事を考え始めた
福島県をやっと認識した
現代文明を変えていくきっかけを作った
今は困難でも未来には世界が広がる
そう信じています

たかはしみとこさん

30キロ圏内の南相馬市から来ました
クリーニング屋の創業63年の2代目です
原発で沢山の恩恵を受けています
30年40年前には沢山反対をしました
舞い散る札束で原発が出来たが
何も起こらなかった
もっと真剣に考えていたらこんなことにならなかったんじゃないかと本当に悔やみました
社員講習でお願いした先生がとても信頼できる方でした
その先生が
「明日茨城県に行ってきます
地震があるから怖いけど使命感を持って行ってきます」
それを見た時私の中で何かがはじけました。何にも誰も知っていない
こんなに困っている事を何も表現しきれていない
その時から名前を出して伝えてくださいという事にしました
自分の名前を持って語らなければいけない事なのです
それくらい厳しい事なのです
私は30キロ圏ですが皆さんの様に当事者にはなりませんが
私の住む南相馬市も根底から崩壊しました
いつ避難命令が出るか屋内退避が解除になるのか・・
避難所を転々としている人
数時間で強制的にバスで連れされれた人
従業員はバラバラになった
はらわたがにえくりかえるような強い怒りを持っています
当たり前に思っていた日常生活が数時間で国家によって崩された
これは自然災害ではありません。人為的災害です
津波の災害と原発事故を同じ感覚で見ているようですが
それは全く違います
新聞も郵便も銀行も30キロ圏内という事で届かなくなっています
20キロ圏内の人は遺体を探しに行く事も出来ません
こんな言葉がささやかれています
この頃カラスの姿が少ないよね
みんな浜に行ってるみたいだよ
我々はいつも対象外
民主党だけを無能だと言っていない50年間与党だった自民党にこそその責任があると思っている
これが人災である事に気づいて下さい
空に海に放たれた放射能が人々を苦しめています
30キロ圏内に見えないバリアが貼り廻られている
外側に居る皆さんにこの出来事を自分の事に置き換えて想像して欲しいのです
私達の存在を忘れないでください
電気を使う時に思い出して下さい
この絶望から私達が抜け出せるとしたら
外側に居る人が何とかしなくちゃと
国家や社会に発信してくれる事
その声がここまで届くくらい大きくなる事
私達はかわいそうなんじゃない
私達は生きています
知って下さい
毎日原発のニュースを流しているにもかかわらず
誰も原発がいらないと言わないのです
原子炉はいらないと正面切って言っているテレビがないのです
どこかひとつでもありますか?
この地が選ばれたのは我慢強かったからじゃないのでしょうか
国家の万が一への事態の対応基準が見えてこない事に激しい怒りがこみ上げてきます
私達は国を信じていたんですよね
孫たちが駆け回った山
この地に子供たちを迎える事が出来なくなってしまうのか
心の叫びです
原子力で電気を作るのはやめてください
みんなで叫ぶのです
日本地図で原発の場所をピンでとめてみてください
逃げられる場所がない事がわかるはずです
みんなで声を上げるのです
原子力で電気を作るのはやめてください
飯館村の方に言います
みなさんが主体的にどうしたいのかをしっかりと国に要望して下さい
その事が次の世代への大きなプレゼントになるのです
避難してから繋がれる方法を考えてください

わたしも「繋がろう南相馬」を立ち上げました
怒りをぶつけるのではなくありがとうから伝えようと言う事で始めました
私も地域から発信します
旗を作りました
故郷再生です
繋がろう南相馬から福島まで広がりました

可哀想な村やかわいそうな街じゃないんです
私達は今生きているんです
前に向かって進んでいるんです
新しいエネルギーで雇用も生まれます
マスコミもこの声を上げて欲しいのです
外の人は本当に知らないのです
私達が声を上げなければならないのです

         <追記>高橋美加子さんは「南相馬からの便り」


あいざわさん

決議文ですが言葉を選ぶのに悩みました
お手元のチラシの中に
飯館村民の我慢強さが裏目に出ているんじゃないかと書きました
どうしても私達は人を非難したくない気持ちが強いんじゃないかと思います
堪忍袋の緒が切れると言ってももっとひどい人たちの事を考えながら考えたものです
読みます
愛する飯館村には原子力発電所から信じられない放射能が降り注ぎ
一ヶ月半たった今も恐怖が続いています
美しい景色の飯館村
子供の笑い顔
おじいちゃんおばあちゃんの笑顔をこの飯館村で見たい
国と東京電力に対して
一日も早い原発事故の終息
村民の計画的な非難
美しい村に戻す
子供たちに未来を託す保証を求めます



終了後のインタビュー

03:37
6歳のちびが居るから来月村を出ます
ちびを守るために家族全員で。
村の村長は企業を残したいために人命は後回し
自主避難してもかまわないが仮設に入ってくれ
仮設に入らない時点で保証が無くなる
何もかも保証してくれるなら仮設に入ってもいいけど
村長には人命を考えて欲しい

爆発が起きた時に村長は自分の奥さんから孫から家族みんなをすぐに避難させているのに
そんなことして村民の命を守らないから信用できない

今日は村長も議員も来ていない
保障しますと言っても
6万円以上の物件を自分で探した場合は保障の対象外だと言われた
宮城県は県で借り上げてくれることをやっているのに、ここは何もしてくれない
飯館村は川俣や南相馬の市長みたいになぜ動いてくれないのか
村長は企業ばかり守ろうとするけど、人命があるから企業があるのに
村長の家族はもうここにはいませんから
村長の家族も仮設に入ってくれるなら入ってもいいけど・・

今回引っ越しを頼んだら引っ越し業者に全部断られました
ここが避難区域だと言う事で
社員の健康のために、ここには来れないと業者は言った
全部大手のところですよ
向こうの不動産屋さんの親族の方が福島出身の方で
貨物屋さんを頼んでくれたんです
宮城の人は津波で家を流されてもこうして私達の事を心配してくれるのに
同じ福島の人に差別された(大手の引っ越し業者複数)
すごく悔しいです
信じられないです
新聞に載った大手の会社は行政と県からまとまって要望が来れば検討すると書いてあった
本社の指示なのでいけませんと、ある大手には言われました
引越しなんてずっと外に居る訳じゃないのに
社員の健康が大事だからって
私達は生きているんですけどね

(ここで音声途絶えます)

17:03
連絡を密にとの批判が出るけど実際には違うし
一生懸命やっているのは現場の人達なんですよ
東電は自分たちの会社の人達をどれだけ苦しめているのか
現場を知らない人が自分の社員を苦しめているんですよ



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