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07.23
Mon
原発で有事が起きた際には東電から警報がある協定を結んでいる浪江町。
東電はその協定を守ったのかどうか?
東電からの4度目の回答がありました。


「事故報告書ねつ造か!?対立する東電と浪江町」
東電の回答7/11・12モーニングバード(動画・内容書き出し)
の続報です。


東電が浪江町に再々回答 「もうろうと‥」証言

20120720 東電が浪江町に再々回答 「もうろうと... 投稿者 PMG5
2012年7月20日 モーニングバード


小松:
以前も番組でお伝えしたんですが、
これは「どうなっていくんでしょうか?」っていう話だったんですけれども、
東電と福島県の浪江町、
事故直後説明に行ったかどうかで対立、話が真っ向から食い違っている問題で、
昨日(7月19日)、東電が4度目の説明に訪れました。
そこで今回明らかになったのが、当時連絡に行ったという社員の
「もうろうとしていたんだ」という、こういった証言だったんです。

ーーー

浪江町役場(福島二本松市)昨日午後3時

井口:
今日で4回目の回答ということになります。
おはようございます。


連絡はあったのか?なかったのか?
原発事故後の対応をめぐり真っ向対立する浪江町と東京電力。
4度目の報告が昨日行われました。

東電側から提出されたのは
「浪江町に連絡に行った」という社員からのヒアリング結果。

「町長はどこにいますか?」と聞き、「二階にいる」と言われたので、
二階に上がって発電所の状況をお伝えした。

浪江31

浪江町 馬場有町長:
「3月13日に来た」という人が、支所にね、状況説明もしてませんしね。

東京電力側は・・・

井口:どういう内容を説明したんですか?

浪江32

東京電力 石橋芳行常務執行役(福島原子力被災者支援対策本部):
内容は、プレス資料と、それから通報連絡所の中身についてご説明させていただきました。

井口:町長は「受け取っていない」って言っていますよ。

石橋:当時津島支所にお邪魔したということは第三者が見ていたという証言も得ておりますので、


平行線をたどる両者の言い分。
ただ一つ確かな事、それは町民に避難の指示が届かなかった事。
浪江町では町民の内部被ばくを検査する機械を独自に導入しました。

県外に避難している町民(60):この歳だからって言われればアレなんですけど・・

井口:若い人たちは特にね・・

県外に避難している町民(60):そうですね、はい。


馬場町長:
「協定違反でしょ」と、
私は、告訴するものに値するのだというふうに思いますけれどもね。


ーーー

小松:
皆さんご存じのとおり東電と浪江町、それから近隣の地元自治体ですね。
事故が起こった場合は速やかにその事実を報告するという協定がある。
これが守られたのか破られたのかという話だったんですが、
結局、来た人を呼べないいじゃないですか、と。
「あ、この人来ましたね」で話が済みますよね。
という事を何度も何度もやった結果、昨日二人の人物。
「浪江町へ行きました」という東電社員が確認されました。
ま、報告されました。
AさんとBさんということなんですが、

浪江33

Aさんは震災の二日後、水素爆発からは翌日ということになりますが、
3月13日と14日に浪江町の津島支所へ行ったと。
そして、15日からは浪江町にいたというふうに証言しました。

Bさんは、3月12日か13日か、これは曖昧なんだと。
ただBさんに関しては、事故前から役場に出入りしている人だったので、
つまり来れば顔が分かるということになります。


さて、まずAさんから見ていきますと、
浪江町の津島支所で、「町長はどこにいますか」と聞いて二階で町長に発電所の状況を伝えたと、
ヒアリングではおっしゃいました。
じゃあ、当の町長はといいますと、
馬場町長は「誰からも状況説明をされていない」
この人の名前・顔を提示されても、「いや。されていない」という事がやっぱり食い違っている。

じゃあ、Bさんはどうかといいますと、
Bさんは津島支所で、副町長と住民生活課長、担当の課長にですね、プレス資料で説明したんだ。と。
ただ、浪江町側は「そんな事実はない」というふうに話しております。

浪江34

さらに、Bさんは、こんなことを言っています。
津島支所に行った後に、発電所に戻るように電話が入った。
車を運転していた、ただこの時は、意識がもうろうとしていたのを覚えている。
電話がなければ自分は谷底に落ちていたかもしれない。

分かりませんが想像するに、いろんな処理で疲労困憊だったのかもしれません。
ただ、「意識がもうろうとしていたから、3月12日だったのか13日だったのかよく分からない」
そういう理由にはなるのかな?と、普通の感覚では思ってしまうんです。


羽鳥:
ま、当時は大変だったでしょうから、そういう体調もあったのかもしれないですけれども、
だとすると吉永さん、こういうのを元に東京電力が
「いや、しっかりやったんです」というのもやっぱりどうなのかと思いますけれどね。

吉永みち子:
これ本当に、極めて重大で深刻な事態が起きているわけで、
もしその事を聴いていたとしたらば、それはその町長さんでも副町長さんでも、
「エライ事だ」って必ず思うわけだから、それを忘れるわけはないと思うんですね。
これは、言った言わないの話になっているけれども、
要は、必要なのは行くだけの問題ではなくて、その現場にいたかいなかったかという事だけではなくてね、
伝えるべきことをきちっと伝えられたかどうか、
で、伝えられなきゃいけない相手がそれをきちんとね、理解できたか?っていうことですよね。
とりあえず行って資料を渡してきました。
これが伝えましたっていう事にはならないですよ。
この大変なところにね、いっぱいあるところに資料だけ置いてきました、
「ちょっと状況が危ないんですよね」って言っただけだったら、
これを「伝えた」という事に東電はしたいんじゃないですかね。
だけどそうじゃないでしょ?
伝わるっていうことは、物が伝わるっていうことは。

藤巻幸太:
いかにもお粗末だって思うんだけど、これは議事録だって残っていないんでしょ?
これだけ重要な問題は残る筈ですよね。
どの時間に何をしたっていう。
それも無いっていうことですよね、これだけ曖昧っていうことは。
全くナンセンスな話し合いになっていますね。


小松:
そうですね、ま、何度もこのやりとりは続いているわけなんですが、
浪江町としましては東電側にさらに調査を求めています。
ただ、再回答の日時はまだはっきりしていないということです。





続きを読むに追記あり

一部社員の避難容認 東電、緊急対応要員割かず 原発事故
河北新報 2012年08月16日木曜日

東日本大震災が発生した昨年3月11日午後、
東京電力福島第1原発で1、2号機の原子炉水位が確認できなくなり、
原子力災害対策特別措置法15条で規定される原子力緊急事態に陥った後、
東電が一部社員に敷地外への避難を認めていたことが15日、分かった。
 
周辺自治体への連絡役を務められる人員がいたことになるが、
通報連絡協定を結ぶ福島県浪江町への職員の派遣はなかった

同町は事故後の連絡の不備を指摘しており、反発が強まりそうだ。
 
東電は11日午後4時45分、経済産業省原子力安全・保安院に15条通報。
原発立地町として安全協定を結ぶ福島県大熊、双葉の両町は職員が直接訪れ、状況を説明した。
 
東電は午後5時8分、事故時の対応要員に定められていた社員以外への避難を認めた。
国会が設置した事故調査委員会による東電社員へのアンケートでも、
11日午後6時以降に少なくとも14人が避難したことが判明している。
 
東電は、避難を認めた経緯や実際に何人が帰宅したかなどの詳しい状況を明らかにしていない。
河北新報社の取材に東電広報部
「非常に混乱した状況で対応に追われていた。
浪江町を訪問できなかったことは申し訳なく、反省している
」と答えた。
 
東電が現在、報道関係者に限定して公開している社内ビデオ会議の映像では、
昨年3月12日午後11時すぎ、第1原発の吉田昌郎所長
地域住民の皆さんの避難所へ説明に行きたいが、応え切れていない。事故対応で余裕がない」などと発言。
本店の手助けを求める場面が記録されている。
 
浪江町への通報をめぐっては、東電は社内の事故調査委員会が
「(昨年3月)13日に社員が役場の移転先の津島支所を訪ね説明した」と報告。
町は「誰も来ていない」と反論し、対立している。




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