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「命があっての経済であり、国民があっての国であり、 逆はあり得ないと思います」原発から37km・田村市在住




私は田村市在住でございます。
私の家は原発から37kmでございます。
ここ一年、特段何も変わったような気配はございません。
そもそも私の住んでいる地域は地震による影響はほとんどゼロに近いという事で、
一番の問題は放射能の汚染という問題が
何時までも現実的に、後精神的にまとわりついているという事実でございます。

実は、私は今年で誕生日がくれば51歳。1961年生まれでございます。
生まれたその年、9月30日双葉町、10月22日大熊町の町議会で
原発誘致の可決がされたと聞いております。
設置の段階で少なくても私たちの世代は、この原発について考える余地はなかったと。
そして、10年後、1971年、1号機が運転を開始し、
それから40年後、見事に壊れてしまったということになります。

もの心ついた時にごく当たり前に原発は存在していたのです。

つまり、この決断をしたのは誰か?ということなんですが、
決断と結果責任を考えますと、
誰もが当事者として全てに関わり責任を負う事、負わせることのむずかしさがここにあります。
だからこそ無責任な判断は許されないと思います。

当時の諸先輩方がご健在で、今日の状況を見て、
「未来に恥じない選択であった」と胸を張れるとしたらば、私は考えを変えてもいいんですが、
そんな事は絶対にあり得ない!

今、我々の世代が、
今、責任ある判断を求められていると思うのです。


政府には今回の意見集約に基づいて、正しい判断を期待しております。

今回に限っては結論ありきという事は絶対にあってはなりませんし、
言葉ではゼロベースからというお話ですが、
まずは判断するその立場の方々の心を
まずはゼロベースにリセットしてもらいたいと思っております。

そこで、
私は原発はそもそも必要ないと思います。

私が社会にお役にたてる期間は限られていて、70歳までとしても、
あと20年しかございません。
少なくても私が生きている間に心休まる日が来ることを望んでおります。

現実的に考えて未来への問題の先送りはするべきではございません。
その最大の問題は、核廃棄物の処理にあります。
今の時点でも、いずれを選択しても原発は存在いたします。
運転してもしなくてもリスクは存在します。

核廃棄物の処理はごく近い将来行き詰ります。
いつ、どこに、誰の責任で、どのように処理し、
数万年、数十万年に及ぶと言われるリスクをだれが責任を持って管理するのでしょうか?

その明確な国民的な議論もないままに、棚上げの状態でなし崩し的に稼働することは、
責任ある行為では絶対にございません。

そして、今ここに、その福島の現実があります。

さて、長期的なエネルギー戦略として、原発は本当に必要なのでしょうか?
今を生きる我々はいいとこ取りだけをしていたのではないでしょうか?
安心安全は何を持って担保するのでしょうか?
指揮者・政治家の言葉でしょうか?
未来への技術革新の期待でしょうか?

国は「国民の生命と財産を守る義務を果たす」と、
いつも何か交渉をするたびに言われるんですけれど、
それを果たして初めて私は国民として国を支える義務があって、
命があっての経済であり、国民があっての国であり、
逆はあり得ないと思います。


ましてやそれを天秤にかけるなどという事は、絶対に許されないのです。
政府は、ま、最低でもこの2030年までの間に、
短期的には、・・今原発を動かしていますけれども、
今の原発の稼働を容認することになるのでしょうか?
その場青、安心安全は新しい枠組みの中で担保するといっておりますが、
そうした場合、同じような過ちは起きないのでしょうか?

もし、同じような事故を繰り返した場合の補償の担保、責任の所在、
どうするのでしょうか?

いまだに福島の事故の責任の所在は不明確でございます!

国民を担保に事業を拡大するような経済活動は全く理解に苦しみます
リスクが大きすぎて一般の保険会社が引き受けてのない原発のようなもの
そして特別ルールで巨大になった産業は、
資本主義経済の中で、いつの間にか重要なポジションにあることが、
冷静に考えると、異様に映ります。

社会全体のリスクヘッジとしては誠にお粗末としか言えません。

核ごみの処理、事故リスクを考えると、安いエネルギーでもなさそうですし、
いろいろ調べますと本来の目的は発電だけではなかったような事を言われております。

3.11は非常事態でした。
今は異常事態です。

そろそろ冷静に現実と向き合わなければ未来は開かれないと思います。
被害者も加害者も政治家も官僚もマスコミも学者も
本音で真実を言わなければ異常事態は乗り切れないでしょう。

国民的議論にゆだねるように見えて、
そうでもなさそうですし、
責任ある人たちが判断するべきことなのでしょうが、信用がおけない現実がここにございます。

今は異常事態です。

平時のシステムは役に立ちません。
原子力はいりません。

今度特措法の中で30年以内に今回の震災、
事故による放射性廃棄物などの県外での最終処分がああるようですが、
こんなのは現実的に可能なんでしょうか?
皆さんは分かっている筈です。
小手先の論理は何の解決にもなりません。

今、責任ある人達に問いたいと思います。
「未来への期待」と言えば聞こえはいいのですが、
「問題の棚上げ」としか私には映りません。
それは未来に禍根を残す結果になります。
ここに今日の問題の本質が隠れていると思います。

福島に生きるという事はどういう事でしょうか?
我々は放射性物質の二次的拡散を防ぐためには、腹をくくるしかないと思っております。

原発を受け入れたっていう事は、
もしやするとその覚悟も求められたという事なのかもしれません。

未来への責任は今を預かるリーダーにその責任が果たせますか?
そして今日まで、無関心で容認してきた今を生きる私たちに覚悟はできているか、
それも問われているのだと思います。

今、長期的な視野に立って、未来への責任として正しい選択をしなければなりません。

改めて申し上げますが、私はその選択に原発は必要としません。

これ、近江商人の言葉に
売りよし、買いよし、世間よしという、「三方よし」という言葉があります。
どの一角でも崩れたら商いとしては成り立ちません。
今の原発がまさにそうでございます。

そして今回の事態について
関係ある全ての政治家・役人に結果責任を私は問いたいと思っております。



司会:え、申し訳ございません、そろそろお時間ですのでよろしくお願いいたします


はい、
私はあなた方に白紙委任をしたわけではないのです。
誰もが納得のいく成果を求めているのです。
国民の期待に答えることのできない人は自らの意思で土俵から去っていただきたい。

それが何よりも安心につながるものと思います。

それと、もう一度申し上げます。
原発は今、存在しております。
良し悪しは別として、放射性廃棄物の処理も確立していません。
放射能は確実に封じ込める事が基本です。
それさえできない現実がここにあります。
問題の先送りは許されません。


決められる政治というならば、今こそ未来に恥じない選択をしなければならないのです。
おわりです。



ーーーー

福島での意見聴取会の動画全編はこちら↓
「脱原発民意明確に」エネルギー環境意見聴取会福島会場




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