「それでも原発を推進しようとするならば、 この福島に、この世界中にばらまかれた放射性物質を、一粒残らず片付けてください」須賀川町(原発から約65キロ)






「ゼロシナリオ以前に即刻原発全部稼働をやめ、廃炉にしていただきたい」
今日はこの意見を聞いていただくために応募して当選いたしました。
まるで宝くじに当たったように、仲間からは「おめでとう」と言われました。

私は原発から約65キロの須賀川町に住む有馬克子と言います。
中学一年生から27歳までの5人の子供を持つ農家の嫁です。
今日も農作業をちょっとしてきました。

14年前に永続可能な生き方を実践するために
穀物菜食の小さなレストランをはじめ、ようやく我が家の食材をベースに
ほぼ自給自足が形になってきたところでした。

開業以前から仲間たちと食の安全と環境問題に注意を向けてきました。
特に原発は「いつかどこかでまた大きな事故を起こすか」と心配していましたが、
まさかこんなに近くで起こってしまうとは思ってもみませんでした。
自分自身何処か遠い他人事のように思っていた部分があると、今は本当に反省しています。

だからこそ、原発から卒業するため
高官庁への申し入れや署名集め、デモや集会、出来るだけのことをやってきました。

私たちの声を、政治を動かしているみなさんの”心”に届けなければ、
ずっとそう思ってきました。

今日のこの機会を本当に感謝しています。
聴いてくださっているみなさんもありがとうございます。

もう前から言われていますが、
本当に発掘する採掘される燃料のウランがオーストラリアやアメリカの先住民の人々を被曝させ、
従事する人を被曝させ、
原発で電気を得るために、この先もどれほど犠牲になればいいのでしょうか。

仲間が言いました。
「福島で事故があって、最悪の状況ではあるけれど、これで原発は止まるね」


それなに、もう再稼動です。

おそらくこのままでは子供たちも私たちも、みなさんも犠牲になるでしょう。
静かに静かに忍び寄ってくると思います。

もちろんそうならないために
私たちは何とかして子どもたちを、家族を、仲間を守っていきたいと思っています。

今も使用済み核燃料の行き場も、処分の方法も先送りで、
このまま原発を続ければ危険も費用もかさむのは目に見えていて、
いずれ私たちにさらに重くのしかかってくるでしょう。

昨年5月23日は、文科省に申し入れにも行きました。
福島からは小さなお子さんも含め、7,80人がバスで文科省に乗り入れ、
全国からも数千人が文科省を人間の輪で包囲しました。

その時私たちは再三、文科大臣に面会を申し入れてきましたが、
高木文科大臣はとうとう姿を現しませんでした。

屋根もない石畳で、途中小雨が降る中、
私たちの必死の申し入れにもかかわらず、
学校へ通う子供たちの年間20ミリシーベルトを撤回していただくことさえ出来ませんでした。

何故、学校をつかさどる文科省が、子どもたちの安全を最優先で動けないのか?
私には今も納得できません。


文科省の建物の内部には、
文科大臣室のレプリカとか、給食の変遷とか、時代ごとの教室の様子とか、いろんな展示がありますが、
その中で一番お金がかかっていそうな展示は、原発の安全性を強調する展示でした。

福島の事故の収束宣言は本当ですか?
原因についても責任についても、政府も電力会社も原子力安全委員会も
「さらに詳しい調査を」と言いながら、責任のなすり合いを延々と続けているばかりではありませんか?

健康被害が出ないように、せめて定期的な保養や学童疎開などが、
最優先で国の指導で行われてもよいはずなのに、
国会を見ていても政党や派閥争いばかりで、なかなか建設的な進展がありません。

裁判を起こさないと、
その裁判ですら負けてしまうんですが、
子どもたちの命を優先することはできないんでしょうか?


今多くの子どもたちが避難や保養ができているのは、
自力か、民間の温かい心のある支援者さん達のおかげであって、
まだまだほんの一部しかできていません。

大飯原発を再稼働する時に、首相は「私が責任を取る」と豪語しましたが、
東電の原発事故で誰が責任を取ってくれましたか?


ただ辞めた位では責任を取ったことにはなりません!
潔く原子力発電をやめていくことでしか、本当の意味で責任を取ったことになりません!

私はそう思っています。
皆さんもそう思っていますね。(大歓声)

税金がつぎ込まれているというのに、電気代も上がっているというのに、
東電の社員に地方の民間企業ではあり得ない程のボーナスが出ていて、
本当は私たちにとうに知らされる筈のことが、後からあとから出てくるんです。

私たちの不信感はさらに募っています。
何度も繰り返される「直ちに影響はない」ということばが、
「長期にわたって影響がある」という意味の言葉だという事を
いまではほとんどの人が気が付いています。

本当に大丈夫かどうかは5年10年、もっと経たないと証明されたことにはなりません!
それまでは、本当の安全など断言してはならないのではないでしょうか!?

それでも原発を推進しようとするならば、
この福島に、この世界中にばらまかれた放射性物質を、一粒残らず片付けてください。


事故が起きても簡単に後片付けができる技術も確立しないまま、
決め手となる使用済み核燃料の処理方法もないまま、
命を最優先させる気持ちもないまま、
原発を稼働させるという事は本当にやってはいけない事なんです。


原子力規制委員会に、今まで事故の責任を取るべき様な人達が、
推進してきた人たちが入っていますね。
そういう事も許せません。


このままその人たちが人事で決まってしまうと、
「5年間罷免も出来ない」という事を聞いてビックリしました。

それが通ってしまうなんて許せません、本当に!

私たちは原発に「今まで本当にごくろうさま」と言って
永続可能なエネルギーにすぐにでもシフトして、
調和のとれた心豊かな暮らしを新たに築いていくことが出来ると信じています。

一人の福島県民として、
一人の日本国民として、
一人の母親として、
一人の人間として、
原発そのものを即刻止めるように心から求めます。

これが私からの意見です。ありがとうございます。


ーーー


日経ビジネスオンラインより、一部抜粋
私たちが「ゼロシナリオ」を選んだわけ
福島県民の意見を聴く会の発表者に聞く

藍原 寛子 2012年8月9日(木)


「ばらまかれた放射性物質を残らず片づけてください」
「即刻原発廃止」を訴えた有馬克子さん

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「東電の人は誰も原発事故の責任を取っていない。
潔く原発を止めることでしか本当に責任を取ったことにはならない。
それでも原発を推進するなら、この福島や世界中にばらまかれた放射性物質を一粒残らず片づけてください」

意見を聴く会で声を震わせながら訴えた有馬克子さん。
現在、福島県須賀川市で穀物菜食レストラン「銀河のほとり」を営んでいる。
県庁所在地の福島市から車で1時間10分ほど。阿武隈川と滑川が合流し、
東北本線がすぐ前を走る同市郊外にある。

「いらっしゃいませ」。
エプロンに手ぬぐい姿でにこやかに出迎えてくれた有馬さん。
すでに店内は日曜日のランチタイムを楽しむ家族連れやカップルでにぎわっていた。
有馬さんは菓子屋の娘として生まれ、同市の農家に嫁いだ。
人生の大きな転機が起きたのはバブル崩壊の1990年ごろ。
その頃営んでいた外食産業がうまくいかなくなり、
連帯保証人になった知人の借金の取り立てなどもあって、家庭生活もうまくいかなくなり、体調も崩した。

「恥ずかしくて人前にも出られない思いでした。
『自分は正しい』とバブル時期に数字ばかり追いかけて、事業に失敗する人をどこか馬鹿にしていた。
傲慢さが招いた結果でした」

どん底の中にあったが、少しずつ野菜を作ってみた。
すると野菜を育て、体に良いものを食べることで、自分自身が癒されていくのを感じた。
「これからは儲けることではなく、本当に人に喜ばれる仕事がしたい」と痛感。
体に良い食べ物、自然や地球にやさしい生き方について真剣に勉強し始めた。
そして、安全な農作物の地産地消は、人間の体にも、自然環境にも良いことを学んだ。

再び転機が訪れたのは14年前。
飲食店を営んでいた親戚が事業をたたむことになり、居抜きのような形でその店を引き継いだ。
店名は、好きな宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」にちなんで「銀河のほとり」とし、
自家菜園など地元の食材をふんだんに使った「
穀物菜食盛り合わせ」「豆と野菜の薬膳カレー」などをメニューに取り入れ、
今まで学んできたことの「実践場」にしようと考えた。

次第に健康や自然環境に関心のある人が全国各地から集まるようになり、
講演会や音楽会なども開かれるようになった。
そして今から10年ほど前、オーストラリアのウラン鉱山採掘で、
作業員が被曝していることを伝えるピースウォークが福島に立ち寄った際、
ウラン燃料の掘削から使用済み燃料の処分まで、
原発事業はどの段階においても人間が被曝するという事実を初めて知った。

一人の人間として、県民として、母親として訴えた

ウラン鉱山の被曝者の話は衝撃的で、原発は人間の健康を脅かすものという認識が高まったという。
以来、店に脱原発のポスターを張ったり、
震災前に福島県総合計画に関する住民意見を述べる機会を得た際には「原発の廃止」を訴えた。

ようやくレストラン事業も軌道に乗ってきた矢先、昨年の東日本大震災と原発事故が起きた。
仕事も友人関係も、日常生活も大きな打撃を受けた。
「200人ぐらいいた仲間やお得意さまの半分は避難してしまい、スタッフも一時解散。
数カ月はこれからどうしようかと考えていました」。
1年ほど過ぎた頃から客足も少しずつ戻ってきたが、まだまだ震災前の状況には戻っていない。

5人の子どもの母親でもある有馬さん。
「一人の福島県民、一人の日本国民、一人の母親、一人の人間として
原発そのものを即刻辞めるように心から求めます。
命を最優先させる気持ちもないまま原発を稼働させるのは、本当にやってはいけないことなんです。
これまで原発を推進してきて、事故の責任を取るべき人が
原子力規制委員会の委員候補に入っているのも許せない。
私たちは原発に『今までご苦労さま』と言って別れ、持続可能なエネルギーにすぐにシフトして、
調和のとれた心豊かな生活ができると信じます」。
意見聴取会で声を詰まらせながら訴えた「即刻原発廃止」。
自らの体験の末に得た問題意識から生まれた言葉だった。


ーーー


福島での意見聴取会の動画全編はこちら↓
「脱原発民意明確に」エネルギー環境意見聴取会福島会場




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