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「おびえながらずっとこれから生きていかなくてはならない現実は、 原発が動いてる限りこの国のどこに住んでいても起き得る事実なんです」西白河郡矢吹町






西白河郡矢吹町から参りましたYasuiTakahiro と申します。
仕事はシステムエンジニアをしております。
いまですね、今年の3月から町会議員のほうもさせていただいてます。

私は、この3つしかないシナリオの中からですね、ゼロシナリオを選択しました。
しかし、2030年にゼロということではないんです。
すぐにでもゼロにするべきであると考えています。
なぜならば、今まで皆さんがおっしゃった理由そのものからです。

昨年の東日本の大震災をきっかけに起きたこの福島第一原発の事故で、
絶対安全だって言われてきた原子力発電所がメルトダウンをして、
いまだに詳しい原子炉の状態や、どの部分がどのように壊れたかという、
メカニズムさえ明らかになっていない中、
どうして原発を動かし続けることができるのか私には理解できません。


過大な電力需要の見積もりによる電力不足を理由にして、
この再稼働を強行した福井県の大飯原発の地下にはF6という破砕帯が
近くの活断層と一緒に連動して地表がずれるということも指摘されてますし、
これだけじゃないですよね。
石川県の志賀原発の原子炉建屋の直下にも活断層の存在が指摘されています。

このように地震国である日本に原発を立地する場所はどこにも無いのではないでしょうか。

再処理施設でさえそうですね。
保管場所もどこにも無い。
最終処分場もどこにも無い。
これで原発を動かし続けるなんてことは到底許されません。

こうしてる中でも、これをお話してる中でもですよ、
住み慣れた故郷を離れて帰ることもできず、
暑くて狭い仮設住宅の中で、生きがいも仕事も奪われて過ごしてる方がたくさんいるんです。

これは、きょうの朝メールで、この会場に来るからといって託された思いです。

再び原発事故が起これば、このように行き場の無い方が大勢生まれるのを分かっていながら、
原発に依存し続けることは私には本当に理解できません。

「ほかにもたくさんリスクがある中、原発だけのリスクを問題にするのはおかしい」
と言った方が他の公聴会にいらっしゃいましたけれども、


一瞬にして何十万人もの人の命が脅かされる。
今まで育んできた生活、自由も奪われる。
こんな不安にもね、おびえながらずっとこれから生きていかなくてはならない現実は、
原発が動いてる限り、この国のどこに住んでいても起き得る事実なんですね。
このようなことは福島で最後にしていただきたいと思ってます。


「地震による原発のリスクを最小化する」ということがここに書かれてましたけども、
そうであれば現時点で全ての原発を廃炉にする決断をするべきであると私は考えます。


国家戦略室のシナリオについて少し意見を述べさせていただきます。

まず、なぜ2030年の選択肢しかないのか?ということに疑問があります。
2030年というのは原発の40年間という運転制限。
前は30年だったのが40年になってますけども、
この40年の運転制限は全ての原発が迎える年だからであって、
そこには
「新規の原発の建設はあきらめるが、今ある原発を止める気は無い」
という意図が表れてるんじゃないでしょうか。

もっと言えば、
「動かせる原発を廃炉にしてしまえば、原発を廃炉にすると決めた途端に原発の資産価値が無くなり、
電力会社が債務超過になる。そして経営が立ち行かなくなる恐れがある」
これはニュースでも報道されてますから、ご存じかと思います。

こういうことから、
電力会社を倒産させないために、国民の安全を無視してでも
2030年までに原発を動かしたいということじゃないか
ということ。
こういった意図が隠されたまま2030年の原発依存をみんなで考えましょうということは、
果たして本当に国民的議論と言えるのでしょうか。


国政を預かる方が何よりも優先すべきなのは国民の生命であり、
これを無視して一企業の存在を優先するなど言語道断です。

だからといって、電力会社で働く方の生活、これを無視しろと言ってるわけでもありません。
そこにも国民の生命という重い課題があるからです。

そのため再生可能エネルギーへの転換などで、
雇用や安全なエネルギーを確保していくといった視点でのシナリオの提示も
国民的議論の場には必要なのではないでしょうか。

あと1 分ということですが、もうちょっとかかります。申し訳ありません。

先ほど省エネの家電の話も出ました。
発電電力量は、どのシナリオを見ても2010年と比較してあまり変わりないじゃないですか。
省エネ家電や照明機器を導入したら、
もっともっとこの発電電力量は少なくて済むんじゃないでしょうか。

家庭での省エネルギーをやれば、原発依存にしようがゼロにしようが、
この発電量は必要な量が減るはずなんです。

LED 電球の価格は3年前1 個8000円ぐらいしましたよね。
でも、今は800円で売ってますよ。
40ワットの消費電力が4ワットのもの、
これは10分の1の価格になって消費電力も10分の1。


計算してみました。

ちょうど大飯原発の建設費が発表されて、本当はもっとかかってるんじゃないかなと思いますけども、
それと同じ値段だけ使ってこの800円の電球を買って配れば、
ちょうど発電量と同じだけ節電することができます。


地デジの負担では、地デジを導入した時には国民に負担を押し付けたんですよね、
まだ使えるテレビをやめましょうといって。
だけど、省エネすると負担が増えるという理論が私には到底理解できません。

あと暖房にしてもそうですね。
暖房って、そもそも熱エネルギーですよね。
これを遠くの発電所でつくった電気エネルギーを、わざわざ送電のロスをしてまで遠くから運んできて、
また家庭のほうで電気を熱に変換する。
こんなこともやめましょう。
これが本当にこのシナリオに表現されてるんでしょうか。
そういうふうには見えません。

それから太陽光発電の問題でもそうですが、
地方では1 軒で300坪ぐらいの広さの家って結構あるんですよ。
ですから全国の家庭の屋根の上に太陽光パネルを乗っけても、
まだ電気が足りないよというのはちょっとおかしいんですよ。

農地法の規制とかで遊休農地とかもありますけども、これが十分に活用できない現状、
こういった規制も緩和する。
それから屋根の上じゃなくても、庭にも設置できるようにする。
こういったことで太陽光発電だって十分賄えるようになると思います。

こういったことをぜひ考えてですね、
ゼロシナリオということで国民への負担のデメリットばかり強調していますけども、
そういったことをきちんと含めたシナリオの提示を改めてお願いしたいと思います。

そしてですね、最後にこれだけ言いたいんですけども、
今のような、この国が主体の意見公聴会では中立性が確保できないんです。

原子力規制庁でも、技術的知見が必要だからといって、
そのトップに今まで原子力を推進してきた中枢にいた方が就かれるようですね、

トップのほうに。
これにも問題があります。
公正な第三者による機関をつくって、正しい情報を提供・共有することが不可欠なんです。
そこに携わる有識者・専門家は、
政府および原子力を推進している団体とは利害関係の無い中立な立場の人選をすることしか
公正な議論はなし得ません。
このような機関を設置して、国民的議論を十分に尽くす。

最終的には、イタリアなどで行われた、
先ほど否定されてた方もおりましたが、
国民投票のような手段によって原発の廃炉と再生エネルギーへの転換を
国民が直接選択できるようにすることを提起して、私の意見表明とさせていただきます。

ありがとうございました。





福島での意見聴取会の動画全編はこちら↓
「脱原発民意明確に」エネルギー環境意見聴取会福島会場



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