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08.28
Tue

作家・浅田次郎に聞く “原発と日本人” 投稿者 tvpickup


2012年8月27日放送
作家・浅田次郎に聞く
”原発と日本人”

報道ステ0120082712


さて、ぽっぽや始め多くの作品を書く浅田次郎さんに今日のお昼、
私はこうやって東京タワーが目の前にあるところでですね、お話を聞いてまいりました。
ちょうど私の前には今、浅田さんの作品群が並んでおります。
私は個人的にはこのぽっぽや(鉄道員)の短編の中に入っている
「角筈にて」という短編が大好きなんですが、
その他お読みになった、「あ、これ読んだ、読んだ」っていう方がいらっしゃるかもしれません。
そのぽっぽやのとなり、今映していただきました。
これは浅田さん個人が書いたんではなくて、日本ペンクラブが書いたという、
「いまこそ私は原発に反対します。」という本です。
お話を聞いてきました。


ーー
報道ステ0120082714

高度成長期の申し子

古舘:
この東京タワーができるあたりからスカイツリーができるに至るまでの、
長い時代の中の成長には関係ない人間の心理をずっーと、
浅田さんはね、いろんなところで書かれてきた気がしてならないんですけど、


浅田:
そうですね、僕はちょうどこの、小学校一年生科二年生ぐらいの事にこの東京タワーが建ったんですよ。
で、建ってすぐ上ったのを記憶しています。
それで、60になった時に、還暦の時にスカイツリーができたんでね、
ほぼ僕の人生と重なりますね、

古舘:時代の変わり目でしょうかね、変わり目と思っていいんでしょうかね?今。

浅田:
結局僕の世代というのが今の時代をけん引していると思うんですけれども、
その僕らの世代というのは実は戦争を知らなくてね、もうすでに。
それで行ってみればね、高度成長期の申し子なんですよ。

古舘:そうですね

報道ステ0120082713

浅田:
だからおそらくもう、人類史上って言ってもいいぐらい幸せな育ち方をね、
これは、父や祖父の世代のおかげなんですけれども、幸せに育ってきたんです。
でも、その僕たちが、国家や世界を牽引するこの時に、問われていますよね

古舘:そうですね、

浅田:すごく問われていると思いますよ

古舘:
自分の、もう亡くなりましたけれども、親の世代が戦争に行き、
自分たちが辛い思いをしているから、どんどん豊かな時代にね、
「物食べろ」と「おなかいっぱい食べろ」と言うふうに、
楽させてもらってきたというところがね、あるんで、
すごく今のがね、この歳になって今、お話しして下さったことは骨身にしみるんですよね。
これ、じゃあ、自分が受けた恩恵をどうやって次の世代に返すか?って、
「出来てないだろお前!」っていうか、
原発の事に関しても、そういう意識で考えるとたまらなくなるんですよね。

子どもは未来

浅田:
子どもが、もしかしたら犠牲になるかもしれない。
で、その事に対してね、「子どもがかわいい」とか「子どもに罪がない」っていう、
そういう情緒的な考え方では解決できないと思います。

つまり子どもというのは、かわいいとか罪が無いとかいう以前にね、
「未来そのものだ」というふに思わないと


未来。
だから目に見える未来がそこにある。

だからこれに対して現在を生きる自分たちっていうのは、
この「未来に対して責任を持たなければいけない」っていう気持ちを持たないとね、
克服することはできないと思います。
これはたぶんね、僕らの父や母が、
戦争でここが焼け野原になった時にね、そう考えたと思うんです。

ただ、子どもがかわいいとか子どもたちに罪が無いというのではなくてね、
子どもたちが未来で、この現実が私たちの現実なんだ。
この厳しい現実というものを子どもたちに引き継がせてはならない。
申し送ってはならないという、強い意思によって日本は復興したと思うんですよ。

古舘:そうか!

浅田:
僕らは今そういうふうに考えなければいけない。
だから僕らが今ね、戦後の甘い時代に育ってきたっていうのは、そこの違いがあると思うんですよ。
父たちの世代と僕らの世代は。
だから、父たちがそう願ったように、
僕らも情緒的には考えずに、そういうふうに、
子どもたちを”目に見える未来”だと信じて対処しなければ、
同じような歴史は築けないですよ、なかなか。


チェルノブイリ
灰色の巨大なマトリョーシカ

古舘:
そこで、今年浅田さんはチェルノブイリに4月に行かれました。
タイトルで灰色のマトリョーシカという、この事をちょっと聞きたいなと。

浅田:
ああ、これね、
いわゆる石棺という、コンクリートで固めましたね。
おそらく福島もゆくゆくはコンクリートで固めて押さえこむしかないでしょうけれども、
そのコンクリートで固めたけれど、ところがコンクリートというのは人為的なものなのでね、
やっぱりね、ボロボロになってくるんだそうです。

古舘:結果浸み出す。

浅田:
結果、浸み出す漏れ出すということが今、コンクリートの劣化によって起こっているので、
「どうしたらいいか?」と言うと、
その上にまたもうひとつ石棺をつくるというのを今やっているんです。
で、これは見るだに恐ろしいですね。
気の遠くなるような話ですよね。
それを見て、キエフの町に戻っていると、
見ると、町の中では、いわゆるマトリョーシカという入れ子人形を売っているわけですね。
いや、これはシャレにならないけれども、
これは灰色の巨大なマトリョーシカなんだな、というふうな・・・

古舘:
このマトリョーシカっていうのは、
大きい人形をはがすとちっちゃい人形、
そのちっちゃい人形をはがすとさらに小さい人形というものですけど、
この石棺、チェルノブイリに関しては被せていくから、逆の作業ですね。
どんどん大きいマトリョーシカを被せていかざるおえない。
これ、永久に続く、


伝説の作業

浅田:
後20年経てば、同じようにどこかが劣化して、
またそれに一まわり大きな石棺を被せるという日がやってくるんでしょう。
で、これはもう、伝説の作業ですよ。

古舘:そうですね…

浅田:
もう、神話みたいな話です。
で、それが何十年問何百年もそれが続いていくんじゃないか、ま、多分そうでしょう。

古舘:
その伝説の作業に従事している方っていうのは、
いまの若い世代の方ですか?

浅田:
若い人だった。えーっと、25歳って言っていました。
もう、事故のことは知らないんですよ。
自分が生まれる何年も前の事故の、今、修復をしている。
二つ目のマトリョーシカを今つくっている人な訳ですね。

古舘:つまり、あの黒煙がダーッ!と撒きあがった大爆発を知らない訳ですね。

浅田:
そう、
だから、僕はその人と話している時にね、とってもむなしい気持ちになって、
僕らにしてみれば第二次大戦太平洋戦争というのは伝説でした、もうすでに。
昭和26年生まれの僕にとっては。
ただ、同じなんですよ。
そうすると、なにがあったか分からない、なにが起こったか分からない、
大体「こういう事があったんだろう」というふう位にしか分からない。
その作業を彼は一生していくんですね。
だから、これは…ちょっと耐えがたいですよね。
その伝説の仕事をずっと続けていくということです。


つくること自体に目的がある

古舘:
これ、日本に戻して、福島事故以降のこれからの日本と考えた時に、
廃炉にしていかなければいけないとした時にも、
大変な時間と労力がかかるわけですね。
まず、福島の廃炉は前人未到の廃炉作業になるわけですよね、やったことが無い、人類が。

浅田:
まァ、いわゆる原発の闇という言葉がありますけれどもね、
一般の人には全く分からない世界ですね。
だから、どう考えてもやっぱり、数が多すぎるというのは誰にでもわかると思います。
で、それが、現在沢山止まっているところから
稼働させようとしたりっていうのがある訳なんですけれども、
一個でもなにかがあったら、もうこれは国家がどうにかなってしまうというようなものが、
必要以上の数がある

どう考えても、その総電力数を考えれば、必要以上のものだと思いますよ。

詳しい事はよく分からないですけれども、
ま、一言で言えば、「つくること自体に目的がある
そういう行動っていうのはあっちゃいけないんですよね。
しっかりとした目的があって、それに物がつくられなければいけないんだけれども、
そうではない目的外の、
本来の目的外の目的によって、つくられていっている。
そうとしか考えられないですよね。

普通考えて、
「1基2基動かすの動かさないので、国民がこの夏乗り切れるか乗り切れないか?」
っていう話をしていたんでしょ?ずーっと。
「じゃあ何でそんなに沢山あるんだ?」っていう事になるわけじゃない。
これはみんな首をかしげていることだと思いますよね。

まー、なんですかね、
長きにわたって私たちの日本というのは、土木国家体質っていうんですかね、
なにかを、不要なものをつくること、つくること自体に意味がある。
というような体質を持っていると思います。

どうしても雇用のためだとか、地域活性化のためにつくると、あるいは
他の利権のためにつくるというような事があるのならば、ピラミッドでも造った方がいいですよ。

全く不要なものを造る。
そうしたら害はないでしょ?

古舘:そうですね。

浅田:
「ピラミッドはそうだ」っていう説があるんですよね。
王の墓じゃなくて、雇用確保のために造った、
雇用促進のために造られたんじゃないか、っていう学説があるんですよ。

古舘:
むかーしの、あの、
日本の奈良の大仏もあれも「雇用対策公共事業だった」っていう話がありますね。

浅田:
という説はあるんですね。
だから、造ること自体に目的があるっていうね、
もしもそうだったとしたら、むしろそういう害のない、全く害のないものをつくればね、
もしかしたら5000年後に観光の役に立つかもしれないじゃないですか。


古舘:そうですね!

浅田:エジプトにいま、ピラミッドが無かったら大変だと思いますよ。

古舘:本当ですね!

浅田:そりゃ、ファラオは偉大ですよ。そう考えれば。

古舘:
そういう若い人たちにそういう伝説の作業をやってもらいたくて、
あんな危ないものを、とんでもない伝説の作業をやってもらっちゃ、困りますね。


小児の”甲状腺がん”
いまだに続く”除染作業”


浅田:そうです。
僕はチェルノブイリに行く時にね、
とにかく自分は何も知らないんだから、
そんなに詳しいことを知っているわけじゃないんだから、
心を平明にして、
ともかく自分で最初から先入観念で見ないようにしようと思って、行ったんですね。

まだ、小児の甲状腺がんの発生率っていうのが右肩上がりに上がっている一方。
で、それも縦に遺伝して、生まれた、
全くなんの、時間の隔たりを経て生まれた子供にも発症する。
それがどんどん増え続けている。


そして除染作業というのもいまだにやっているけれども、
”森”の部分に関しては無理。という事がハッキリしている。
不可能だと。
だから、永遠に除染というものは完成するものではないと、
大変むなしい作業で、あれを見ていたら、

万が一つの間違いがあった時にそうなるようなものというのは、
持ってちゃいけないと思う。


で、やっぱりその、原子炉の廃炉という事が無ければ、
僕は段階として核兵器の廃絶には結びつかないと思う。
「平和利用ならいい」という考え方は、僕はやっぱり無理があると思う。

世界が注目”日本の決断”

世界は、この福島の事故の成り行きについて、ものすごい注目していると思いますよ。
これは気が付いていないのは私たちだけど、おそらく世界の人は
「日本はここに於いてどういう決断をするだろう?」
それはね、強いて言うならね、おそらくは歴史的な決断なんですよ。
人類の決断だと思います。

日本が持っている科学技術に対する敬意というのは、
これは世界的なものですよ。

私たちは、わりと日本人はバブル以降ね、
なんとなく小さくなっちゃって、
「日本人なんて」っていう感じになっちゃっているけれども、
実際には世界中の敬意をいろんな面で集めていると思います。

だからね、日本の決断というのはね、
人類の歴史を左右するような決断に今回はなると思います。


古舘:
今日お話を伺っていて、我々は自分たちの戦争体験の親の世代に、
かわいがられて、良いおもいで育ってきたというのも、果たしてそれですませていいのかな?と
あの人達は覚悟を決めたんだと、やったことに対して焼け野原から、
今の我々が何をすべきか?って言うのは、
ほんと、情愛の問題じゃないんですね。

浅田:
過去と現在と未来、
これを正しく見つめないといけないと思います。
そこには人間の情緒的なものの入る隙間はないと思います。



ーーー

古舘:
この三浦さん、「情緒的なところ」というところに関しては、
私の勝手な思い込みで、浅田次郎さんの作品が好きで、
親子の情愛、人間関係のせつなさ悲しみ。こういうものを感じていたんで、
情緒的な事を書かれてきたじゃないですか、
実はあれ、使われていないんですけど、だいぶ食い下がったんです。
「それとこれは切り分けて、次世代未来を考えなければいけないと私は思うんです」
というのを強調されいるんです。、

三浦:
やっぱり、情の人と利の人というのは、決して矛盾する訳ではないんではないでしょうかね。
やっぱり言葉の力ですよね。
あの「灰色のマトリョーシカ」あの一言で問題の本質をえぐっているじゃないですか。
言葉の力というものには素晴らしいものがあると思いますね。

古舘:
表現力ですね。
そして同時に教えていただいた、
私は正直に思うんです。同年代なんですが、3つ先輩ですけれども、
やっぱり戦後の焼け野原に立った時に、我々の先人たちは
「申し送りをしちゃいけないんだ」と、この「現在」を。
そう覚悟を決めて高度成長経済へと立ち向かっていったんじゃないかと、
「だとしたら」というふうに理想をグッ!と、ここにずらせば、
いま、私とか三浦さんの世代は特にですけれどね、
じゃあ次の世代、未来に向かって、何ができるのかなっていう、
決断を迫られているんじゃないかなって思います。
確かに私の昭和20年代生まれはいい思いをしてきたんですよ、成長期でね。
それを感じました。








報道ステ0120082711
いまこそ私は原発に反対します。
1,890円(税込)送料無料




【内容情報】(「BOOK」データベースより)
言葉は原発の壁を超えることができるのか?創作、批評、エッセイによる52人の思いと言葉。

【目次】(「BOOK」データベースより)
今日のあなたへ、明日のあなたへ(Rさまへの返事(佐々木譲)
“生まれてこなかったあなたへ”の手紙(下重暁子) ほか
紡がれた物語(笛吹峠の鈴の音ー“新々釈遠野物語”として(阿刀田高)
ダチョウの父(太田治子) ほか
うたう、詠む、訴える(ウラン235(アーサー・ビナード)
なんのための成長(天野祐吉) ほか
深部へのまなざし(泣いてるだけじゃダメなんだーイラクと東京で掲げる「NO NUKES」
(雨宮処凛)
フクシマで、あなたは何もみていない。(磯崎新) ほか
語り伝えること(記憶と記録(浅田次郎)
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