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「国会は真面目に原発事故と向き合っているのか?」京都大学原子核工学科卒の専門家衆議院議員・吉井英勝さんに聞く8/28たねまきJ(内容書き出し)

・湯川秀樹さんにあこがれた少年時代と研究者としての経験
・きっかけはスマトラ沖地震と津波 原発の危険性の警告と反応
・実証実験をしないストレステスト 世界一の規模の大型振動台を売り飛ばした政府
・警告は無視
・福島第一原子力発電所の事故は「想定外」ではなかった
・安全な原発は出来る? 基礎的な研究がまだされていない
・再生可能エネルギーを爆発的に増やす
・原発輸出のために再稼働が必要
・大変危ない方向 「安全保障に資する」



「国会は真面目に原発事故と向き合っているのか?」
共産党衆議院議員の吉井英勝さん
2012年8月28日火曜日 
Radio News「たねまきジャーナル」
MBSラジオ [MBS1179.com]


2012年08月28日【火】Radio News たね蒔きジャーナル・吉井英勝



3.11の以前から国会で原発の具体的な危険性を国会で何度も警告


水野:
今日は東京にお客様をお迎えしておりまして繋いでいきたいと思っております。
あの、3.11以降はね、私たちたねまきジャーナルも
ここまで原発についていろんな危険性というものをお伝えしては来ていますが、
それ以前にどれだけのことができたかと言われると、
本当に申し訳ない、
本当に伝えられていないことがいっぱいだったということは認めます。

平野:
事故とかトラブルが起きるたびには、ま、断片的にはね、報道はしていたんですけれども、
継続的に原発の危険性というんですかね、それを扱ったメディアとして、そんなにないと思うんですね。

水野:
そうですね、平野さんも毎日新聞で原発の取材をなさっていたけれども、
いろいろ書いていらしたけれども、ずーーっとこうって、

平野:何十年前でしたよね。

水野:それはなかなか、やっぱり出来ないし、

平野:
そうですね、その時は本当に、
これは前にも言いましたけれども「悪魔のエネルギー」という事を感じながらね、
暴走すると止められないと、
これは何より恐ろしい事でね、
福島の現実も実はまだ止まっていないということですしね、
それは感じているんですけれども、これをずーっと意識を持ち続けて、
それぞれの立場で発信できるっていうのは、なかなか難しいですよね、

水野:
本当に難しい事だと思います。
その言い訳している場合ではないかもしれませんが、
ただ、そうした中でもですね、3.11の以前に、もう何年も前から原発の危険性、
それも、「電源が全部失われるというような恐れがあるんだよ」という、
具体的な危険性を国会で何度も警告をしていらっしゃった方がいはります。
今日のお客様です。
共産党衆議院議員の吉井英勝さんです。
吉井さん、こんばんは。

吉井:こんばんは、吉井英勝です、よろしくお願いいたします。

水野:はじめまして、水野です

平野:毎日新聞の平野ですよろしくお願いいたします。

水野:吉井さんは大阪選出でいらして、堺ですかね?ご出身は。

吉井:一番最初は堺で市会議員をやっていました。

水野:
そうやったんですか。
吉井さんのホームページを拝見しますとですね、
一番上に大きく「たね蒔きジャーナル出演」と、こう書いていただいて、
どうもありがとうございます。

吉井:いやいや、どうも( ´艸`)★。、::。.::・'゜

水野:
最初にご紹介いたしましたけれども、3.11以前から、
何度も具体的な危険性を警告していらっしゃったという事なんですが、
吉井さんはもともと、大学のお勉強も原子力

吉井:そうですねw、原子核工学ですね。

水野:
京都大学の原子核工学科にすすまれたそうで、
あの、わたくしどもたね蒔きジャーナルでは3.11直後から、
京都大学の小出裕章先生にずっと解説をお願いしてきているんですが、
小出先生は確か、東北大学の同じ学科名のところのご卒業だと思うんですよ。

吉井:そうですね、はい。


湯川秀樹さんにあこがれた少年時代と研究者としての経験

水野:
吉井さんはその、京大の原子核工学科っていうところに入ろうと思われたっていうのは、
やっぱり、何らかの原子力への思いがあったからやと思うんですネ、当時。
どんな思いでいらっしゃったんですか?

吉井:そうですね、私などが子どもの頃はちょうど戦争が終わって間もない頃ですから、

水野:あ、吉井さんは、えーっと

吉井:1942年生まれですから、

水野:ということは、

吉井:
昭和17年ですね。
ですから、世の中は暗い雰囲気の時に、
湯川秀樹さんがノーベル賞を受賞されたというのが、非常に明るい夢を与えてくれたんですね。

水野:
もう、英勝少年にとったら、
「わぁ!湯川秀樹さん!」と、すごい世界の夢っていうことですよね。
それでどう思われたんですか?

吉井:
それでちょうどすごく明るい、
その頃は原子核物理だとか、原子力というものに非常に明るいものを感じていた時ですよね。
で、その頃にちょうど、1953年になりますが、アメリカのアイゼンハワー大統領が国連で
「アトムズ・フォー・ピース」という、平和のための原子力という演説をやったんですね。

水野:ああ!これだ!!
原子力の平和利用と呼ばれる有名な演説ですよね。

吉井:
そうですね、で、その頃はまだ子どもの頃ですから、
ですから、ま、単純にそこに夢を持って、そして湯川先生にあこがれて京大へと、いうふうに、
もともと京都生まれですから、
それで原子核工学を選んで進んだんですけれどね、

水野:
はぁーー、じゃあやっぱり、その当時は「夢の原子力」ともちろん呼ばれていた訳で、
だけどお勉強していらっしゃって、そのご就職もその関係でいらっしゃったんでしたっけ?

吉井:
必ずしもそうじゃないんですけれども、
ただ、原子核実験に関わってくる真空技術という分野がありますのでね、
ですから、真空技術の方の会社に勤めたもんですから、

水野:真空技術って、空気が無いっていう事ですよね、

吉井:そうですね、宇宙空間を思ってもらったらいいんですね。

水野:ww宇宙空間を作りだすんですか、

吉井:ええ、ですから今、国会では宇宙に関わる問題も取り上げているんです。

水野:
はぁぁ~~ぁ
そこで、プラントの設計もおやりになったっていうふうに聞いておりますけれども、

吉井:
それはまあ、化学工場その他のね、プラント設計に関わったり、
それから会社から派遣されて、東京工業大学などに行っていたときには、
スパッタリングという、方式があるんですが、

水野:スバッタリング

吉井:
IC,ICをつくる、そういう集積回路を作る装置を開発する方の研究ですね、
そんなのをやったりしてたんですから、

水野:
そうしてやっぱり研究者でいらっしゃった経験が今、
国会議員としては、こうした一早い警告を発するという事がお出来になったのかもしれませんが、
その警告が実際どういうふうに受け止められたのかというようなお話からはですね、
後ほど特集でまたゆっくりと伺いたいと思います。
その警告が生かされていたならば、こういう事にはならなかったのかもしれない

吉井:それは非常に残念なところですね。

水野:
そうですね、今日はそうしたところも含めていろいろと教えて下さい。
ニュースについてもご意見を頂きたいと思いますので、吉井さんどうぞよろしくお願いいたします。

07:50


※湯川 秀樹(ゆかわ ひでき、1907年(明治40年)1月23日 - 1981年(昭和56年)9月8日)
日本の理論物理学者である。京都府京都市出身。
原子核内部において、陽子や中性子を互いに結合させる強い相互作用の媒介となる中間子の存在を
1935年に理論的に予言した。
1947年、イギリスの物理学者セシル・パウエルが宇宙線の中からパイ中間子を発見したことにより
湯川理論の正しさが証明され、これにより1949年(昭和24年)、日本人として初めてノーベル賞を受賞した。



30:11~
水野:
たね蒔きジャーナル今日の特集です。
今日のテーマは「国会は真面目に原発事故と向き合っているのか?」と題してお送りいたします。
冒頭でもご紹介しましたけれども、
京都大学で原子力を学ばれた経験、そして研究者の経歴がおありです。
共産党衆議院議員の吉井英勝さんです。




続きを読むにつづく








きっかけはスマトラ沖地震と津波
原発への警告と反応


水野:
吉井さん、あらためましてよろしくお願いします。
吉井さんはですね、3.11以前。
何年も前から原発の危険性、それも、具体的に
「電源が全部なくなってしまう事があるんだぞ」というふうに警告をなさっていたという事で、
非常に注目されている議員でいらっしゃいますが、
吉井さん、これをおっしゃったのは何かきっかけがあり、どういう事だったんでしょう?

吉井:
一番最初のきっかけは2004年の12月に、
インドネシアスマトラ沖で大きな地震津波がありましたね。
あれでインドのマドラス原発が1基だけですが、内部電源がやはり壊れてしまうという、
そういう事故がすでにあったんです。
それでもし、日本の老朽化している原発を、
あれぐらいの規模の地震や津波が襲ってきたらどうなるか?という問題意識を持って、
翌年の2005年以降ずっと、国会質問とか、それから質問主意書というのを国会議員は出せますから、
これに対して内閣総理大臣の名前で、閣議決定した文書がちゃんと返ってくるんです。
で、それを繰り返して取り上げてきたんです。

水野:そうしましたら、どういう返事が返ってきたんですか?

吉井:
電源もそうなんですけれど、
たとえば地震で言いますとね、巨大な地震が古くなった原発を襲った時には、
たとえばその圧力容器の中、原発の心臓部ですね。
核燃料棒が入っているところですが、
ここなんかは中性子が高速中性子に常に叩かれていますから、
脆性劣化といってもろくなってきているんですね。
脆くなった原発に地震動が襲ったらどうなるのか?と。
これがピッカピカの原発の時だったら一応大丈夫という物も、
古くなってくると必ずしも大丈夫だと言えない訳ですね。

それから原発の配管類はいっぱいあるんですけれども、
巨大な化け学工場と思ったらいいわけですから、
この配管の中には高温高圧の冷却水が常に流れているわけですね、
で、水が流れると配管の肉厚が薄くなっていくんです。

水野:
そりゃあそう、ま、普通の管と一緒とイメージしたらいいんですね。
そしたら摩擦でやられますわね。

吉井:
そうそう、そういうふうにイメージしていただいたら結構です。
それがちょうどね、スマトラ沖地震があった2004年の8月に、
関西電力美浜原発3号機で大きな事故があったんですよ。

水野:あーーー

吉井:
あの時は20気圧で110度を超えるぐらいの、
これは二次系の冷却水ですから、温度と圧力はだいぶ低い方ですが、
それでも普通の我々の感覚からすれば、うんと高温高圧ですよね。

水野:うん

吉井:
これが噴出して、5人の方が犠牲になられているんです。
そういうふうに長く使っていると薄くなってきますから、
そういうものを大型の振動台にちゃんと載せて振動実験をして、
どれ位のデータが取れるかというのと、コンピューター解析とを突き合わせないと、
今言われているようなストレステストというのは意味のないものになりますね。

水野:あ、そうなんだ

実証実験をしないストレステスト
世界一の規模の大型振動台を売り飛ばした政府


吉井:
で、今実は、その出ているストレステストで、
実証実験をやったのはひとつもないんです。
全国の原発で。

水野:あ、そうなんですか?

吉井:
はい。
というのは、これは小泉内閣の時でしたけれども、
四国の香川県多度津町 にありました世界一の規模の大型振動台
これの「維持管理費が年間10億円かかるのはもったいない」と言って売り飛ばしたんですね。

水野:えーーーー、

吉井:ww
320億円の税金を使って造った装置なんですが、
2億7700万円で今治造船という造船会社に売り飛ばし
てしまったんです。

水野:そんなもったいないことを!

吉井:で、造船会社は倉庫用地として求めただけ

水野:ハァッ!?

吉井:
倉庫として使おうとして買っただけですから、
振動台は大型の重たいものをゆすりますから、鉄の塊みたいなものですから、
これはスクラップにして売り飛ばしたんです。

水野:え゛---!!

吉井:
売り飛ばした直後に私は国会で質問したことがあるんですが、
「これまでに、大きな地震が来た時に、
古くなった原発機器が大丈夫だという実証実験をやった経歴があるのか?」と聞いたら、
「ひとつもございません」というのが、当時の原子力安全保安委員長の答弁でした。


水野:はぁ~~

吉井:
ですから、実証実験をやる装置もないし、やった例もないと。
ただコンピューター解析だけのデータで、「ストレステストはOKです」と言っても、
これはちょっと、なかなか、みんなは信頼できないんじゃないでしょうかね。
ま、これが

水野:
吉井さんのおっしゃった警告は、結局、原発政策を見直すことには至らなかった。
まぁ、いうたら無視された形ですよね。


警告は無視

吉井:
残念ながらそういう事になりますね。
で、みんな一生懸命、
みなさんが原発推進の立場で、財界も政界も官界もそうです。

水野:官界もですか、

吉井:
官僚ですね。
官僚の人達もみんな原発推進で動いていましたから、
だから私が物を言ってもなかなかまじめに受け止めようとしないという事があったんですよ。
だから、電源もそうなんです。
電源も、今度は地震でダメになりましたけれども、
志賀原発では地滑りでね、送電鉄塔が倒れた事があるんです。
これはどういうことかというと、
原発で電気を起こした時には送りだす鉄塔ですが、
原発が止まったら、止まった原発を冷却し続けなければいけませんから、
外部から電源を貰わなければいけないんですね。
その送電鉄塔が地滑りで壊れてしまったんですよ。

水野:ほぉ!

吉井:
その事を取り上げたのもその頃なんですが、これもまじめに耳を傾けなかったんですね。
で、その結果、去年の3.11では、
福島第一原発は、ユノモリ線と呼ばれる送電鉄塔。
これは原発が止まった時にはジデン鉄塔になるわけですが、
この幹線の鉄塔が地震でぶっ倒れたんです。
だから外部電源喪失になったんです。

で、通常はそういう時には原発の中にディーゼル発電機と直流バッテリーですね、
これを一系列とした時に、
日本の場合は2系列が多いんですが、2系列準備してあるんですが、
これが津波でダメになったわけですよ。
で、内部電源喪失なんです。

じゃあ、全部の電源が失われたら、これはもう、
原発が止まった時に、今まで燃えてきた燃料というのが熱いままですし、
核分裂によって生じた放射性物質というのは、
放射能の面からみれば安定したエネルギーレベルに変わっていこうとする性質がありますから、
これ、放射性崩壊というんですが、熱が出るんですね。
この熱を取り去る電源が失われた訳ですよ。

外部電源もダメ、内部電源もダメ、
全電源喪失になったから、全く冷却できないという事態になったんです。


水野;結局、吉井さんが警告していた最悪の事態が実際になってしまった

吉井:
そうなんです。
スマトラ沖津波を例に挙げて、津波には押し波と引き波と両方あるんですが、
今度の場合は震源域が近かったから引き波が小さかったんですけれども、
50年ほど前、1960年の
ちょうど日本の反対側にある南米のチリで大きな地震があった時には、
24時間かかって大きな津波が来たんです。
で、この時には先に引き波がきているんですね。
ずーっと沖合まで陸地に変わってしまって、そのあと三陸海岸の一番被害が大きかったところで、
28m位の高さの津波がきているんです。

水野:28mですか・・・

吉井:ですから、津波というのは押し波も引き波も両方考えないといけないですね。


福島第一原子力発電所の事故は「想定外」ではなかった


水野:
という事は「想定外」という言葉をよく出されましたけれども、
全然そうではなかったですね。

吉井:
これはもう「想定外」じゃないっていうことを、
今度、黒川先生の国会事故調の報告書でもね、
「これは想定外の津波が主因だという、主な原因だという考え方は誤りだ」と、
ハッキリ指摘していますし、
これは「自然災害じゃなく、人災だ」とハッキリ国会事故調報告でも指摘しておりますが、
それはこれまでから、もう国会で何度も何度も指摘してきたわけですから、
それに「大丈夫だ、大丈夫だ」と言って
耳を傾けなかったという責任は非常に重いと思いますね。


平野:
そのあとも、今回の国会を見ていると、
この報告書の中身を生かそうという動きが見られませんよね。


吉井:
これは、まあ、
「中身を生かそうとする段階で、政局中心に変わってしまった」という、
ま、異常事態がありますからね、

で、電源についてもうひとつご紹介しておきますと、
「全電源喪失になった時には、炉心溶融になるだろう?」と、
「メルトダウンになるだろう?」という質問をしていたんですが、
この時原子力安全委員長だった方が、
「いや、吉井議員大丈夫です」と。
「日本の原発はおかげさまで一つの原発がダメになっても、
同じサイト内に複数の原発を持っておりますから、他から電源を融通してもらえるんです」
と。
「だから大丈夫だ」と言っていたんです。

水野:あ゛ーー

吉井:
今度の福島第一原発では全部がやられちゃったんですよね。
だから、あの…ww
全電源喪失の時に、他から電源を融通してもらえるという発想は
全く成り立たないという事が証明された訳ですよ。
だからそういう面では私は非常に残念な思いをしているんですが、

3.11以前にちゃんと物を考えて対策を取っておれば、ああいう事態になっていないのに、
ああいう事態を引き起こしてしまったという、不作為の責任ですね。
これはやっぱり考えないといけないと思うんです。

それから3.11以降は、今度は東京電力と総理をはじめとする官邸の責任ですね。
圧力容器の中を、なんとしても核燃料棒が冷却水の上に頭を出さないように
頑張らなきゃいけないわけですから、
そのためには70気圧230度ぐらいで運転している圧力容器の中というのは、
まず、圧力を下げないと冷却水の入れようがないですから、
冷却水の圧力を、ま、
消防の例で見たって、高圧放水したって10気圧とか、そういう低い圧力ですから、
70気圧だったら、まず圧力を下げないと水が入らないし、
それから水が無くなった場合にはただちに海水を使ってでも、
圧力抜いて、冷却水入れて、とにかく核燃料棒を冷却水の上に出させないことさえしておれば、
この燃料棒というのは被覆管で包まれていますから、
放射性物質そのものも、放射性ヨウ素をはじめとするクリプトン、キセノンといった放射性ガスも
全部包み込まれているんですね。

水野:だから本来だったら出てこない

吉井:冷却さえしておれば出てこないんです。

水野:ということはね、

吉井:
冷却が遅れたために、メルトダウンして外へ出ちゃったわけですね。
だからそれはね、対策の遅れですね。


安全な原発は出来る?
基礎的な研究がまだされていない


水野:
これはたとえばですよ、吉井さん。
いろいろとどうしてこうなったかというのを教えていただいて聞いていますとね、
やりようによってはですよ、安全な原発というのは、出来ると吉井さんはお考えなんですか?

吉井:
あー、これはね、もともと少し歴史的に見ますと、
原子核というものについて、核分裂でエネルギーができるという事も、核融合でエネルギーができることも
これは核物理をやっている学者の方達の間では情報交換があって、
1938年頃にはもう、分かったんですね。
これは人類の価値ある発見だと思うんですが、
残念ながら平和的に使えるかどうかという、そういう基礎的な研究をつなげる段階で、
第二次世界大戦に突入したわけですね。
あの時はナチも情報公開されていましたから、原爆をつくる恐れがあると。
そうするとナチがつくる前に原爆を持たなければいけないというので、
アインシュタイン博士らがアメリカへ亡命して進言する訳ですね、当時の大統領にね。
そこから核兵器開発という事で始まっちゃったわけです。
だから、平和的に利用できるのかどうかという事自体が、
まだ研究されないままに行ってしまったんですね。
戦後は、米ソ冷戦で核兵器をどんどんつくり、
一定の限界が来たから、もう核兵器では商売にはならんから今度は原発で商売しようかというふうに、
軍事産業の方達が考え出したわけですね。
で、そこから原発に行ったものですから、
使用済み燃料をどうするか?とかね、高レベル放射性廃棄物をどうするか?とか
それから、プルトニウムのようなものを生み出さない原発というものはあり得るのかどうか?とかですね、
そういう基礎的な研究そのものが、全くなされないまま来てしまっているので、
ですから私は、
平和利用があり得るとかどうとか、そういうふうには考えておりませんが、
とにかく決めつけはしないと。
やっぱり、基礎的な研究をこれは進めていかないと、
廃炉処分にしても、その他の事にしても、
原子核工学という物の基礎的な研究というものは積み上げなければいけませんから、
そういう点では仕事が、いろいろこれから大事なことがあるというふうには思っています。


再生可能エネルギーを爆発的に増やす

平野:
それと、吉井さんのインタビューをちょっと拝見したら、
「再生可能エネルギーを爆発的に進める必要がある」というような事をおっしゃっているんですけれども、
この爆発的という意味は何を持っておっしゃっているんでしょうか?

吉井:
これは、再生可能エネルギーというのはそれぞれの地域ごとに条件がみんな違いますから、
ですからそれは農林漁業とか、中小企業の仕事と結び付けてね、
地域経済が急速に発展していくようにしていく。
それには、うんと予算を組んで、その分野で仕事が生み出されるようにしないと、
エネルギーの面でも、地域経済の面でも、今すでに原発依存の構造になってしまっていますから、
その原発依存の構造から抜け出す、その努力を急速に進めなければいけないと。
で、それは再生可能エネルギー自然エネルギーを含めてですね、
ま、地産地消的なものから、余剰電力を買い取る制度もありますから、買い取りをして、
マイクログリッド、スマートグリッド、スーパーグリッド、とかですね、
そういう仕組みをやはり組み立てることによって、急速にこれを発展させる。
そうしないと、このエネルギーの面で不安定な状態というものが生まれてきてはまずいわけですから、
そこはやはり、再生可能エネルギーを爆発的に普及させるといのは、そういう意味なんです。

平野:
今は政治主導ですよね。
だけど、今の政権を見ていますと、そういう方向を言葉では歌っていますけれども
現実的な政策としては全然見受けられませんね。


原発輸出のために再稼働が必要

吉井:
そうですね、それは先ほど申し上げましたように
原発輸出という新成長戦略のが基本にありますから、
そうすると日本国内で、再生可能エネルギーを進めて原発依存度を減らすという事になりますと、
それをやりながら海外へ輸出というのはなかなか大変ですし、
で、輸出した先の若者を日本へ連れて来て、引っ張ってきて、教育訓練するという、
そういうためにも原発は必要だという発想に立っているわけですよね。

水野:はぁ~~

吉井:
今の政治の世界は
それが原発輸出の考えかたですから、
そうすると再生可能エネルギーを爆発的に普及させようという事には
なかなか結びつきにくいという、

水野:
あ、そうか、
「原発を輸出する」という基本政策の見直しをしないと、いろんな事にも影響をしてくる。

吉井:そうですね


大変危ない方向
「安全保障に資する」


水野:
それと吉井さんね、原子力基本法という法律がありますよね。
原子力をどう扱うのか?という、ま、憲法みたいなもの。
これに安全保障、「安全保障に資する」という文言が入れられて、
これたねまきジャーナルでも、「え、そんなん知らんかったわ」と
「知らないうちに入れられた」っていう話をお伝えしたんですが、
これも吉井さんは関わっていらっしゃったんですよね、

吉井:ええ、
これは私が5月29日の衆議院議員本会議で、
当時はまだ自公案で出たんですが、

水野:自民、公明の案で。

吉井:
はい、その後、民主党も乗って3党案で、
それは採決する日の朝出てきて、
2時間の審議で通してしまうというひどいことをやった
んですが。

平野:これはもう唐突でしたよね

水野:議員のみなさんでも、最後まで読む前になんか、

吉井:
ええ、読む前に。
膨大な修正案ですから、とても読めないと思いますが、
だからこれにつきましてはね、
実は1969年に外務省内部で、外交政策企画委員会というのがあって、
我が国の外交政策大綱というのがあったんですよ。
その67ページに書いてあるんですけれども、
「核兵器についてはNTPに参加すると否とに関わらず、当面核兵器は保有しない政策をとるが、
核兵器製造の経済的、技術的ポテンシャルは常に保持するとともに、
これに対するせいちゅうを受けないように配慮する」と書いているんですよ。

水野:w、すみません簡単なことばで言うてもらえます?

吉井:
簡単に言いますと、ようするに
再処理工場その他を持って、プルトニウムをつくって、
「何時でも核兵器をつくれるぞ」と、
そういう姿勢は示すが公然とはつくりませんよと。

水野:えーーーーっ!

吉井:
つまり、潜在的核抑止力論ですね
それが今度この原子力基本法の中で、安全保障を入れたことによって、
法文上も「必要な時には核兵器が持てます」という、「つくりますという」

水野:そういう意味なんですか!?

吉井:そういう形を取ってきたんです。

水野:
もう、あの、
法律上OKですと、必要な時は核兵器をつくりますよと、つくれますよと。

吉井:
そのために安保条項を入れたんですね。
で、これは実は歴史的経過からしますと、今回の原子力基本法に先立って、
2008年に宇宙基本法の中に、
これは1969年につくられた、「日本の宇宙開発は平和利用目的に限る」というのを消し去るために、
宇宙基本法を作ったんです。
で、ここに安保条項を入れたんです。

水野:安全保障に資するですね。

吉井:
はい。
で、その同じ文言を、ちょうど今度の原子力基本法を審議したその時に、時を合わせて
じゃくさ法といって宇宙研究開発基本法の中にも、安保条項を入れたんです。

水野:いろんなところで「安全保障に資する」が入ってきている

吉井:
そうですね、だから宇宙から原発まで、安保条項を入れて、
大変危ない方向に行っている
というのが、今の政治の現状ですね。

水野:
ああ、…今日はいろいろと教えていただいてどうもありがとうございました。



「原発真下の活断層」保安院の新基準8/28
たね蒔きジャーナル・ゲスト吉井議員(内容書き出し)



「大飯再稼働申請書の境界放射線量数値は 福島原発事故の放出量より3桁も4桁少ない数値」
吉井英勝議員6/5衆院環境委員会(音声・文字起こし)


ーーー


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「日本のジャーナリズムがどういうものかという事への試金石になる」
小出裕章氏・たね蒔きジャーナル存続の陳情8/27MBS(動画・内容書き出し)






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文字お越し早や!

きーこさん

今回も、1時間弱のラジオの文字お越しご苦労様です。
きーこさんは、このブログの活動で、
どんどん美しくなっています。(勝手な予想・妄想)

現在、丁度、映画のジェラシックパークⅢがはじまりますので、
後からゆっくりこちらをチェックするようにします。

以上
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