TBS系 震災報道スペシャル
【消えない放射能~最悪事故が残す汚染の実態~】
消えない放射能 最悪事故が残す汚染の実態(1) 投稿者 tvpickup
1.「どのように放射性物質はばらまかれたか」
消えない放射能~最悪事故が残す汚染の実態~TBS(内容書き出し)
28:22~
これは放射性物質拡散のシュミレーションです。
事故直後太平洋側に流れていた汚染の帯。
しかし3月15日風向きが変わったことで東日本の上空を覆います。

2号機から大量の放射性物質が漏れ出したのはこの日の朝でした。
放射性物質はいったん関東地方に向かいますが、上空を吹いていた南西の風に流され、
福島県の中通り方面に運ばれたのです。
一方、午後に放出された放射性物質は、南東の風に乗って阿武隈山地の方向へ。
二つの汚染のルートが原発の北西の上部で重なります。

そして夕方から降った雨とともに大量の放射性物質が降り注いだと考えられます。
こうして原発の北西方向一体が最悪の汚染を被ることとなったのです。

渡邊明教授 福島大学:
沈着、落下なんかしなければそのまま突き付けていってですね、
あんまり大きな影響にはならなかったと思うんですが、
この雨が、雨っていうのが非常に地上への沈着を大きくしてですね、
その後の影響を強めたと考えられます。
事故から2週間後、福島大学の研究チームは
当時避難指示区域だった20km圏内を除く372の地点で放射線量を測定。
汚染地図を作成しました。

続きを読むに
つづく
その地図によって先程のシュミレーションとほとんど同じ汚染が初めて明らかになりました。
原発から北西方向に延びる汚染地帯。
なかでも放射線量が最も高かったのが浪江町の赤宇木地区でした。

当時その赤宇木で避難生活を送っていた岩倉さん夫妻。

2号機から大量放出があった15日、妻公子さんの日記にはこう記されています。
3月15日
集会所から多くの町民が二本松市へ向かう。
前日の3号機の水素爆発により避難区域が拡大。
多くの人がさらに西を目指しました。
しかし、自宅にベッドを残し離れたくなかった岩倉さん夫妻は赤宇木に留まることいしたのです。
浪江町の住民10人も一緒でした。
岩倉文雄さん:
見えないテレビで音だけ聞こえるテレビで、飯館の数値と、あと南相馬の放射線量は分かるようになって、
で、それを参考にして生活していた訳なんですけど、
だから赤宇木が到底高いなんて事思わなかった。
公子さん:誰も思わなかったね、あそこね。
気付かなかったのも当然でした。
11年3月18日 枝野官房長官(当時)の会見。
100マイクロシーベルト台が継続しているところがある
国は赤宇木が高線量であることを把握していましたが、その場所は公表しなかったのです。

赤宇木で避難生活を続けていた岩倉さん夫妻。
集会所にある人物がやってきたのは11年3月28日の事でした。
私は放射能の専門家です。
ここの放射線量は非常に高い。
僕なら避難します。
出来るだけ早く非難することをお勧めします。
公子さん:
なんだろう?って言う感じがして話を最初聞いていましたよ。
何のためにここにきているんだろう?っていう位なね。
半信半疑の岩倉さん達にその人物は線量計を見るように言います。
文雄さん:
屋内で30マイクロシーベルトを超えるような数値を示したんですね、あの時。
その時集会所の外は80μシーベルト/hを計測。
とても人が暮らせるような環境ではありませんでした。
岩倉さん達は二日後赤宇木を後にしたのです。
辛い避難生活にさらにのしかかった被ばくの不安。
以来二人は福島県内を転々としています。
浪江町の仮設住宅 福島・二本松市
公子さん:
平平凡凡といたその生活がもう、1日で砕けちゃって、
人生の最終の段階にきて、本当にこんな生活で一生が終わるのかなぁって思ったら、
とっても、悲しみでいっぱいですね。

2号機から大量に出た放射性物質は、なんかした後北上。
郡山市の上空を通り過ぎます。
直後郡山市は北からの雨雲におおわれました。3月15日の事でした。
子どもが砂遊びをしています。
実はここは屋内の施設。

地元のスーパーが、外で遊べない子どものために遊具を整え解放したのです。
1日平均1000人の子供たちが訪れます。
母親:郡山はまだまだ線量が高いので、自分たち親が子供を守るのがやっぱり一番…
父親:
公園とかも近くにはあるんですけれども、
なかなかそういうところの砂場なんかでは遊ばせにくいっていうか…
その公園(開成山公園)で放射線量を測ります。
0.28マイクロシーベルト/h
公園や学校では除染がほぼ終わり、空間線量は0.3マイクロシーベルトまでに収まっているといいます。
しかし、公園に子どもの姿はありません。
JNNチーム福島 吉井秀之記者:
先程の公園から3km程離れました市内の池ノ台地区。
郡山市内ではもっとも標高が低いエリアとなります。
地上1mの空間線量は1マイクロシーベルトをゆうに超えてしまいます。

実はまだあちらこちらにホットスポットがあるのです。
郡山市の標高は平均240m。
それよりも20mほど低いエリアが今なお高い線量を示しています。

除染で公共施設の線量は下がりました。
でもホットスポットがあるために就学前の子どもは、未だに屋外活動を制限されているのです。
0~2歳が15分
3才~就学前が30分
郡山から150km離れた新潟市。

高島さん一家が移り住んでから1年。
郡山からの避難者は今も1300人を超えます。
高島詠子さん 郡山市から新潟市に自主避難:
子どもを安全に育てられないから、それだけの思いで。
「本当に子どもを守りたい」それだけの思いで、
もう泣く泣く福島をあとにして、こっちで生活をしているんだけれども、
周りから見たら、…何でしょうね…
「福島から出ていった」としかみられていないのかな、っていう
複雑な思い。
でも、「除染が完全ではない以上帰ることは考えられない」と言います。
その郡山では住民たちが率先して除染を行っています。
整体治療院を営む七海さんは除染ボランティア集団セシウムバスターズの代表です。

七海さんの論文「セシウムは見える!!」
ちょっとビックリするタイトルですが、
七海仁一代表 セシウムバスターズ:
セシウムが見えたら大変です。
ただ、単独でセシウムが移動したりは出来ないんですね。
何かに必ず取り付いてそものと一緒に移動する訳ですから、
Q:たとえばここで言うと何にくっついているんですか?

七海:
この茶色いカビみたいなやつですね、
あとはコンクリートの表面のざらざらした細かい粒子についていますから、
それを綺麗にそぎ落とすっていう感じです。
実際に0.7マイクロシーベルトの値だったコンクリートの壁が、
苔を取り除いただけで半分以下(0.28マイクロシーベルト)に下がりました。
こんなこともわかると言います。
七海:
北風で降った雨に当たっていると。
だから壁の面も北側の面の方が線量が高い傾向があるんです。
で、北側っていうと日陰になりますよね。
そうするとやっぱり苔が…苔が生えていますね。
これが吸い込むんですよ。
ま、下ばかりじゃないですけど、錆びている面、ここ。

錆のところがザラザラになっているのでそこにくっついちゃう。
この空き家の線量を測ってみました。
すると、南、東、西の外壁は0.6マイクロシーベルト以下でしたが、
北側は1マイクロシーベルト以上。
壁の下の苔に至っては3マイクロシーベルトを超えていました。

現在新潟に避難中の高島さんに変わって、郡山市内の自宅の線量を測ってみました。
1.03マイクロシーベルト。

避難直前の去年6月に測った時には2マイクロシーベルトだったそうですが、
高島:わぁー、1あるんですか?まだ。空間線量ですよね、これ。
我が家はまだ遠い。
福島川俣町
福島の山間を行く一台の車。
「秋の時に降った落ち葉はもう相当分解しちゃっているんですよ」
筑波大学教授の恩田さんのグループはこの森である研究を続けています。
Q:これで具体的に何が起きているんですか?
恩田友一教授 筑波大学:
高さごとの線量とか、高さごとの葉っぱのサンプリングとかね、

この高さ8mのタワーが観察の拠点の一つ。
上空から降り注いだ放射性物質が、森の中でどのように動くのかを調べています。
総面積のおよそ7割を森林が占める福島県。

川俣町山木屋地区は高濃度の汚染により今なお計画的避難区域に設定されています。
恩田さんはここにも調査ポイントを設けました。
すると森の水の流れから放射性物質の意外な動きが発見されたのです。
恩田:
そういうの(森林内の水分)にはほとんとついていません。
10cmぐらいの深さではね。なのですぐ下にあるこういった落ち葉の層等で
大体放射性物質は止まってしまうと。
放射性物質はまず杉の葉に降り積もり、雨と一緒に落ちて地面に蓄積。
そのまま動くことなく、森にとどまることが分かってきたと言います。
今だ森の除染は進んでいません。
では、森林に溜まっている放射性物質はいったいどうなるのでしょう?

恩田:
一部がね、木の中に吸い込まれていく訳ですね。
10年から15年位に木の内部の汚染はピークを迎と。
そういう具合にどんどん濃度が上がっていってしまうので、
恩田さんはこう考えています。
森の中の放射性物質はやがて木に取り込まれ、内部に汚染が広まっていく。
研究は水田でも行われています。
注目しているのはここでもやはり水。
恩田:
水自体は結構きれい。
だけど非常に細かいものについているんですね。
放射性物質は泥などの細かい粒子につきやすく、そのまま大雨などで川に流れだすと言います。
この地区の水は山を下り、阿武隈川の流れに乗って、福島から宮城へ。
去年8月には1日当たり525億ベクレルの放射性セシウムが阿武隈川河口から海に流出しました。
恩田:基本的には上流からの放射性物質の流入を出来るだけ減らすような事が重要であると。
木から土へ、土から川や水へと移動する放射性物質。
他にも地表から舞いあがったり、地下に入り込んだりもするようです。

こちらは森林総合研究所のプロジェクトチーム
昆虫や動物を捕まえて生態系の中での放射性物質がどう動くかを調べています。

牧野俊一さん 森林総合研究所 動物グループリーダー:
ある生物を別な生物が食べて、その生物を別生物が餌にする。
そういう事が果たして放射性セシウムの動態にどのような影響を与えるかを調べたいと思っています。
福島の海は親潮と黒潮がぶつかる豊かな漁場です。
その海で漁の再開を待つ漁師の小松諒平さん(29)
でも、原発事故以来魚を獲ることはできません。
海のがれきの撤去と賠償で、何とか生計を立てています。

小松諒平さん 漁師:
とりあえずこういうがれきの撤去で、歯を食いしばって頑張ってやっていくしかないのかな
早く漁に出たい。
でも、この海の魚がどれだけ放射能の影響を受けているのか、それが分からないのです。
福島第一原発2号機。
今年1月19日、内視鏡による格納容器の内部の調査が行われました。
東電が3mあると予測していた水位はわずか60cm。
事故後大量の冷却水が注入されていますが、水はたまることなく外へ漏れだしていたのです。
去年4月2日には、このピットとよばれる穴から高濃度汚染水が直接海へ流れ出ていたことも分かりました。
高濃度の汚染水が太平洋へと拡散していったのです。
放出された放射性物質は海をどう汚染したのか?
JNNの取材陣は東京海洋大学とともに、
警戒区域となっている沿岸5kmの海で海洋調査を行う事になりました。
調査をするのは第一原発沖の4つのポイント。

今年8月、原発の沖合20km大田川の沖合から獲れたアイナメから
2万5800ベクレル/kgの放射性セシウムが検出されました。
この海域の汚染は少ないとされてきたにもかかわらず、なぜこれほど高濃度の魚が…

地元の漁師の協力を得て、魚介類と海底の土砂を取ることにしました。
この機械で海底の土砂を引き上げます。

以前にも第一原発付近の海底を調査した経験を持つ東京海洋大学教授の神田さん。

神田穣太教授 東京海洋大学:
東京電力さんの検査だけで、
なかなか国の方も本格的な調査を国指導でやるっていう事ではないようですので、
やっぱり漁業の再開っていう事を考えるうえでは、
こういう基礎的なデータが十分に取れているという事が異常に大事だと思いますので、
2012年9月7日 海洋調査
いよいよ調査開始。
3隻の漁船に分乗し、第一原発近くの海へ。
まず、海底の土砂を引き上げます。
原発付近の海底は岩場が多く、地元の漁師でないと海底の土砂があるところが分かりません。
原発東側のポイント水深11mの海底の土砂です、。
海底にたい積した土砂からなにが分かるのでしょう?
神田:
海底の堆積物というのは、非常に複雑な組成をしていまして、
そのどこにいったい、たとえば放射性セシウムがあって、
どういう形態のものが生き物に移行しやすいのかっていうところが、いま問題だと思うんですよね。
一方原発の東1kmの地点では、網をしかけて魚を獲ります。
あの漁師の小松さんも参加しています。
:アイナメでいいですか?

それぞれのポイントで海底近くに生息するヒラメやアイナメなど5種類の魚をサンプルとして選びます。
港に持ち帰ったサンプルはその日のうちに仙台の放射線測定業者のもとへ。
そこで刻んだ魚の身を検出機にかけ放射性物質を調べます。
こちらのピーク、これがセシウム134です。
で、こちらのピークがセシウム137ですね。

原発周辺の4つのポイントで獲った魚のサンプル。
さて、結果は…
原発南方で獲ったメバル 1kgあたり1840ベクレル
食品の基準値の18倍の放射性セシウムです。
ちなみに原発の東1kで捕れたアイナメは640ベクレル/kg
8月に太田川沖で獲れたもの程の汚染はみられませんでした。
いわき市にある福島県水産試験場。
五十嵐場長は福島の魚の汚染状況を最もよく知る専門家です。
今回の結果について、

五十嵐敏場長 福島県水産試験場:
高い濃度の魚がとられる場所っていうのが限定されていまして、
原発から南側のごく浅いところのエリアなんですね。
今回の調査では、20匹のサンプルのうち9匹が基準値を上回っていました。

そしてエリアで言えば原発南東部の魚の汚染が最大でした。
事故から1年半、海の汚染は今も続いています。
海の中のホットスポットなど、解明すべき課題が多く残されています。
ーー「被ばくの現状」につづくーー
3完「内部被ばくの実態」
消えない放射能~最悪事故が残す汚染の実態~TBS(内容書き出し)
ここまでの内容は、今まで起こったことをざっと総復習するのにいいかもしれません。
ま、1の内容の方で、福島第一原発の事故の模様についてコメントでも指摘がありましたが、
私も2号機の大量放射能放出に至るまでのストーリーが、
「今まで私が知っていたものと違うな」と思いながら書いていました。
後半でも、本当かな?と思う事は出てきていますが、
これは大手メディアの放送ですので、
全部を信じることなく、疑う心は捨てない気持ちをもちながら、見ていただけたらと思います。
1.「どのように放射性物質はばらまかれたか」
消えない放射能~最悪事故が残す汚染の実態~TBS(内容書き出し)
【消えない放射能~最悪事故が残す汚染の実態~】
消えない放射能 最悪事故が残す汚染の実態(1) 投稿者 tvpickup
1.「どのように放射性物質はばらまかれたか」
消えない放射能~最悪事故が残す汚染の実態~TBS(内容書き出し)
28:22~
これは放射性物質拡散のシュミレーションです。
事故直後太平洋側に流れていた汚染の帯。
しかし3月15日風向きが変わったことで東日本の上空を覆います。

2号機から大量の放射性物質が漏れ出したのはこの日の朝でした。
放射性物質はいったん関東地方に向かいますが、上空を吹いていた南西の風に流され、
福島県の中通り方面に運ばれたのです。
一方、午後に放出された放射性物質は、南東の風に乗って阿武隈山地の方向へ。
二つの汚染のルートが原発の北西の上部で重なります。

そして夕方から降った雨とともに大量の放射性物質が降り注いだと考えられます。
こうして原発の北西方向一体が最悪の汚染を被ることとなったのです。

渡邊明教授 福島大学:
沈着、落下なんかしなければそのまま突き付けていってですね、
あんまり大きな影響にはならなかったと思うんですが、
この雨が、雨っていうのが非常に地上への沈着を大きくしてですね、
その後の影響を強めたと考えられます。
事故から2週間後、福島大学の研究チームは
当時避難指示区域だった20km圏内を除く372の地点で放射線量を測定。
汚染地図を作成しました。

続きを読むに

その地図によって先程のシュミレーションとほとんど同じ汚染が初めて明らかになりました。
原発から北西方向に延びる汚染地帯。
なかでも放射線量が最も高かったのが浪江町の赤宇木地区でした。

当時その赤宇木で避難生活を送っていた岩倉さん夫妻。

2号機から大量放出があった15日、妻公子さんの日記にはこう記されています。
3月15日
集会所から多くの町民が二本松市へ向かう。
前日の3号機の水素爆発により避難区域が拡大。
多くの人がさらに西を目指しました。
しかし、自宅にベッドを残し離れたくなかった岩倉さん夫妻は赤宇木に留まることいしたのです。
浪江町の住民10人も一緒でした。
岩倉文雄さん:
見えないテレビで音だけ聞こえるテレビで、飯館の数値と、あと南相馬の放射線量は分かるようになって、
で、それを参考にして生活していた訳なんですけど、
だから赤宇木が到底高いなんて事思わなかった。
公子さん:誰も思わなかったね、あそこね。
気付かなかったのも当然でした。
11年3月18日 枝野官房長官(当時)の会見。
100マイクロシーベルト台が継続しているところがある
国は赤宇木が高線量であることを把握していましたが、その場所は公表しなかったのです。

赤宇木で避難生活を続けていた岩倉さん夫妻。
集会所にある人物がやってきたのは11年3月28日の事でした。
私は放射能の専門家です。
ここの放射線量は非常に高い。
僕なら避難します。
出来るだけ早く非難することをお勧めします。
公子さん:
なんだろう?って言う感じがして話を最初聞いていましたよ。
何のためにここにきているんだろう?っていう位なね。
半信半疑の岩倉さん達にその人物は線量計を見るように言います。
文雄さん:
屋内で30マイクロシーベルトを超えるような数値を示したんですね、あの時。
その時集会所の外は80μシーベルト/hを計測。
とても人が暮らせるような環境ではありませんでした。
岩倉さん達は二日後赤宇木を後にしたのです。
辛い避難生活にさらにのしかかった被ばくの不安。
以来二人は福島県内を転々としています。
浪江町の仮設住宅 福島・二本松市
公子さん:
平平凡凡といたその生活がもう、1日で砕けちゃって、
人生の最終の段階にきて、本当にこんな生活で一生が終わるのかなぁって思ったら、
とっても、悲しみでいっぱいですね。

2号機から大量に出た放射性物質は、なんかした後北上。
郡山市の上空を通り過ぎます。
直後郡山市は北からの雨雲におおわれました。3月15日の事でした。
子どもが砂遊びをしています。
実はここは屋内の施設。

地元のスーパーが、外で遊べない子どものために遊具を整え解放したのです。
1日平均1000人の子供たちが訪れます。
母親:郡山はまだまだ線量が高いので、自分たち親が子供を守るのがやっぱり一番…
父親:
公園とかも近くにはあるんですけれども、
なかなかそういうところの砂場なんかでは遊ばせにくいっていうか…
その公園(開成山公園)で放射線量を測ります。
0.28マイクロシーベルト/h
公園や学校では除染がほぼ終わり、空間線量は0.3マイクロシーベルトまでに収まっているといいます。
しかし、公園に子どもの姿はありません。
JNNチーム福島 吉井秀之記者:
先程の公園から3km程離れました市内の池ノ台地区。
郡山市内ではもっとも標高が低いエリアとなります。
地上1mの空間線量は1マイクロシーベルトをゆうに超えてしまいます。

実はまだあちらこちらにホットスポットがあるのです。
郡山市の標高は平均240m。
それよりも20mほど低いエリアが今なお高い線量を示しています。

除染で公共施設の線量は下がりました。
でもホットスポットがあるために就学前の子どもは、未だに屋外活動を制限されているのです。
0~2歳が15分
3才~就学前が30分
郡山から150km離れた新潟市。

高島さん一家が移り住んでから1年。
郡山からの避難者は今も1300人を超えます。
高島詠子さん 郡山市から新潟市に自主避難:
子どもを安全に育てられないから、それだけの思いで。
「本当に子どもを守りたい」それだけの思いで、
もう泣く泣く福島をあとにして、こっちで生活をしているんだけれども、
周りから見たら、…何でしょうね…
「福島から出ていった」としかみられていないのかな、っていう
複雑な思い。
でも、「除染が完全ではない以上帰ることは考えられない」と言います。
その郡山では住民たちが率先して除染を行っています。
整体治療院を営む七海さんは除染ボランティア集団セシウムバスターズの代表です。

七海さんの論文「セシウムは見える!!」
ちょっとビックリするタイトルですが、
七海仁一代表 セシウムバスターズ:
セシウムが見えたら大変です。
ただ、単独でセシウムが移動したりは出来ないんですね。
何かに必ず取り付いてそものと一緒に移動する訳ですから、
Q:たとえばここで言うと何にくっついているんですか?

七海:
この茶色いカビみたいなやつですね、
あとはコンクリートの表面のざらざらした細かい粒子についていますから、
それを綺麗にそぎ落とすっていう感じです。
実際に0.7マイクロシーベルトの値だったコンクリートの壁が、
苔を取り除いただけで半分以下(0.28マイクロシーベルト)に下がりました。
こんなこともわかると言います。
七海:
北風で降った雨に当たっていると。
だから壁の面も北側の面の方が線量が高い傾向があるんです。
で、北側っていうと日陰になりますよね。
そうするとやっぱり苔が…苔が生えていますね。
これが吸い込むんですよ。
ま、下ばかりじゃないですけど、錆びている面、ここ。

錆のところがザラザラになっているのでそこにくっついちゃう。
この空き家の線量を測ってみました。
すると、南、東、西の外壁は0.6マイクロシーベルト以下でしたが、
北側は1マイクロシーベルト以上。
壁の下の苔に至っては3マイクロシーベルトを超えていました。

現在新潟に避難中の高島さんに変わって、郡山市内の自宅の線量を測ってみました。
1.03マイクロシーベルト。

避難直前の去年6月に測った時には2マイクロシーベルトだったそうですが、
高島:わぁー、1あるんですか?まだ。空間線量ですよね、これ。
我が家はまだ遠い。
福島川俣町
福島の山間を行く一台の車。
「秋の時に降った落ち葉はもう相当分解しちゃっているんですよ」
筑波大学教授の恩田さんのグループはこの森である研究を続けています。
Q:これで具体的に何が起きているんですか?
恩田友一教授 筑波大学:
高さごとの線量とか、高さごとの葉っぱのサンプリングとかね、

この高さ8mのタワーが観察の拠点の一つ。
上空から降り注いだ放射性物質が、森の中でどのように動くのかを調べています。
総面積のおよそ7割を森林が占める福島県。

川俣町山木屋地区は高濃度の汚染により今なお計画的避難区域に設定されています。
恩田さんはここにも調査ポイントを設けました。
すると森の水の流れから放射性物質の意外な動きが発見されたのです。
恩田:
そういうの(森林内の水分)にはほとんとついていません。
10cmぐらいの深さではね。なのですぐ下にあるこういった落ち葉の層等で
大体放射性物質は止まってしまうと。
放射性物質はまず杉の葉に降り積もり、雨と一緒に落ちて地面に蓄積。
そのまま動くことなく、森にとどまることが分かってきたと言います。
今だ森の除染は進んでいません。
では、森林に溜まっている放射性物質はいったいどうなるのでしょう?

恩田:
一部がね、木の中に吸い込まれていく訳ですね。
10年から15年位に木の内部の汚染はピークを迎と。
そういう具合にどんどん濃度が上がっていってしまうので、
恩田さんはこう考えています。
森の中の放射性物質はやがて木に取り込まれ、内部に汚染が広まっていく。
研究は水田でも行われています。
注目しているのはここでもやはり水。
恩田:
水自体は結構きれい。
だけど非常に細かいものについているんですね。
放射性物質は泥などの細かい粒子につきやすく、そのまま大雨などで川に流れだすと言います。
この地区の水は山を下り、阿武隈川の流れに乗って、福島から宮城へ。
去年8月には1日当たり525億ベクレルの放射性セシウムが阿武隈川河口から海に流出しました。
恩田:基本的には上流からの放射性物質の流入を出来るだけ減らすような事が重要であると。
木から土へ、土から川や水へと移動する放射性物質。
他にも地表から舞いあがったり、地下に入り込んだりもするようです。

こちらは森林総合研究所のプロジェクトチーム
昆虫や動物を捕まえて生態系の中での放射性物質がどう動くかを調べています。

牧野俊一さん 森林総合研究所 動物グループリーダー:
ある生物を別な生物が食べて、その生物を別生物が餌にする。
そういう事が果たして放射性セシウムの動態にどのような影響を与えるかを調べたいと思っています。
福島の海は親潮と黒潮がぶつかる豊かな漁場です。
その海で漁の再開を待つ漁師の小松諒平さん(29)
でも、原発事故以来魚を獲ることはできません。
海のがれきの撤去と賠償で、何とか生計を立てています。

小松諒平さん 漁師:
とりあえずこういうがれきの撤去で、歯を食いしばって頑張ってやっていくしかないのかな
早く漁に出たい。
でも、この海の魚がどれだけ放射能の影響を受けているのか、それが分からないのです。
福島第一原発2号機。
今年1月19日、内視鏡による格納容器の内部の調査が行われました。
東電が3mあると予測していた水位はわずか60cm。
事故後大量の冷却水が注入されていますが、水はたまることなく外へ漏れだしていたのです。
去年4月2日には、このピットとよばれる穴から高濃度汚染水が直接海へ流れ出ていたことも分かりました。
高濃度の汚染水が太平洋へと拡散していったのです。
放出された放射性物質は海をどう汚染したのか?
JNNの取材陣は東京海洋大学とともに、
警戒区域となっている沿岸5kmの海で海洋調査を行う事になりました。
調査をするのは第一原発沖の4つのポイント。

今年8月、原発の沖合20km大田川の沖合から獲れたアイナメから
2万5800ベクレル/kgの放射性セシウムが検出されました。
この海域の汚染は少ないとされてきたにもかかわらず、なぜこれほど高濃度の魚が…

地元の漁師の協力を得て、魚介類と海底の土砂を取ることにしました。
この機械で海底の土砂を引き上げます。

以前にも第一原発付近の海底を調査した経験を持つ東京海洋大学教授の神田さん。

神田穣太教授 東京海洋大学:
東京電力さんの検査だけで、
なかなか国の方も本格的な調査を国指導でやるっていう事ではないようですので、
やっぱり漁業の再開っていう事を考えるうえでは、
こういう基礎的なデータが十分に取れているという事が異常に大事だと思いますので、
2012年9月7日 海洋調査
いよいよ調査開始。
3隻の漁船に分乗し、第一原発近くの海へ。
まず、海底の土砂を引き上げます。
原発付近の海底は岩場が多く、地元の漁師でないと海底の土砂があるところが分かりません。
原発東側のポイント水深11mの海底の土砂です、。
海底にたい積した土砂からなにが分かるのでしょう?
神田:
海底の堆積物というのは、非常に複雑な組成をしていまして、
そのどこにいったい、たとえば放射性セシウムがあって、
どういう形態のものが生き物に移行しやすいのかっていうところが、いま問題だと思うんですよね。
一方原発の東1kmの地点では、網をしかけて魚を獲ります。
あの漁師の小松さんも参加しています。
:アイナメでいいですか?

それぞれのポイントで海底近くに生息するヒラメやアイナメなど5種類の魚をサンプルとして選びます。
港に持ち帰ったサンプルはその日のうちに仙台の放射線測定業者のもとへ。
そこで刻んだ魚の身を検出機にかけ放射性物質を調べます。
こちらのピーク、これがセシウム134です。
で、こちらのピークがセシウム137ですね。

原発周辺の4つのポイントで獲った魚のサンプル。
さて、結果は…
原発南方で獲ったメバル 1kgあたり1840ベクレル
食品の基準値の18倍の放射性セシウムです。
ちなみに原発の東1kで捕れたアイナメは640ベクレル/kg
8月に太田川沖で獲れたもの程の汚染はみられませんでした。
いわき市にある福島県水産試験場。
五十嵐場長は福島の魚の汚染状況を最もよく知る専門家です。
今回の結果について、

五十嵐敏場長 福島県水産試験場:
高い濃度の魚がとられる場所っていうのが限定されていまして、
原発から南側のごく浅いところのエリアなんですね。
今回の調査では、20匹のサンプルのうち9匹が基準値を上回っていました。

そしてエリアで言えば原発南東部の魚の汚染が最大でした。
事故から1年半、海の汚染は今も続いています。
海の中のホットスポットなど、解明すべき課題が多く残されています。
ーー「被ばくの現状」につづくーー
3完「内部被ばくの実態」
消えない放射能~最悪事故が残す汚染の実態~TBS(内容書き出し)
ここまでの内容は、今まで起こったことをざっと総復習するのにいいかもしれません。
ま、1の内容の方で、福島第一原発の事故の模様についてコメントでも指摘がありましたが、
私も2号機の大量放射能放出に至るまでのストーリーが、
「今まで私が知っていたものと違うな」と思いながら書いていました。
後半でも、本当かな?と思う事は出てきていますが、
これは大手メディアの放送ですので、
全部を信じることなく、疑う心は捨てない気持ちをもちながら、見ていただけたらと思います。
1.「どのように放射性物質はばらまかれたか」
消えない放射能~最悪事故が残す汚染の実態~TBS(内容書き出し)
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