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3完「内部被ばくの実態」 消えない放射能~最悪事故が残す汚染の実態~TBS(内容書き出し)




TBS系 震災報道スペシャル
【消えない放射能~最悪事故が残す汚染の実態~】


消えない放射能 最悪事故が残す汚染の実態(2) 投稿者 tvpickup

内部被ばくの実態

膳場貴子:
大気や海洋中に放出された放射性物質は徐々に減り衰えますが、
長い期間消えることはありません。
その間、その場所にとどまるか移動するかのどちらかです。

特に問題になるのは放射性物質が移動して人体に入り、そのまま体の中にとどまった時です。

外部被ばくは放射線を身体の外から受けること。
一方内部被ばくは汚染された食品や呼吸により体内に取り込まれた放射性物質から、
細胞のDNAが直接放射線を浴びることです。

内部被ばくは放射性物質が体内から排出されるまで、
細胞を傷つけ続けるのが特徴です。


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こちらのグラフは福島第一原発で被爆した人のホールボディーカウンターの測定結果です。
内部被ばくの状況が分かります。

原発事故に由来した放射性ヨウ素、放射性セシウムなどが検出されています。
この中で注目すべきはヨウ素です。
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半減期が短いためにしばらくすると被ばくしていたかどうかも分からなくなるという厄介なものです。
「内部被ばくの実態」ご覧ください。




「これは吸い込んだり食べたりすると入ってくる。これが内部被ばくと言って・・・」

今年7月東京に避難している親子を対象に健康相談会が開かれました。
出席者の一人岡田めぐみさんです。

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福島市から自主避難 岡田めぐみさん:
一生この子たちがそれを背負っていくんじゃないかという不安にかられながら生活しています。


岡田さんは4歳、2歳、1歳の三人の子供たちと東京武蔵野市の都営住宅で暮らしています。
福島市からの、いわゆる自主避難。
ナイジェリア人の夫は仕事の都合で母国に帰っていて年末まで戻ってきません。
かといって、福島にいたころのように実家の両親に頼る事もできません。

岡田:
親がストレスがたまっちゃって、で、
そういう時に一番身近にいる子どもに当たっちゃう現状っていうのがあるんですね。

福島の実家には両親と二人の妹が暮らしています。
岡田さんは避難を勧めてきましたが、

岡田:そちらの線量はどうですか?

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岡田さんのお母さん:
分かんない、線量計ないから。
福島は0.5~6はあるのかな、まだ。

岡田:
ちょっと心配だから・・0.5
でも普通に生活してるんでしょ?

お母さん:普通に生活するしかないの。情報が少ないから。


岡田さんは原発事故後甲状腺に炎症が見つかりました。
事故との関連は分かりませんが、「子どもたちの体に異変が起きたら」と心配でなりません。
小児科医の山田さんは森永ヒ素ミルクなどで健康被害を受けた子どもの支援に取り組んできました。
今は全国に散らばる避難住民の健康相談に当たっています。

山田さんによると、
放射線の影響を把握するのは、ヨウ素が集まる甲状腺の検査だけでは不十分
さらに血液検査をして、白血球や血小板などを調べることが不可欠だ
と言います。
でも子どもには辛いばかり。

岡田:
病気じゃないかな?って診てもらわないと、ね、すごい痛いの嫌でしょ?
それは東京電力にいうんだぞ。
それを一生忘れちゃいけない。

Q:福島の背べ手のお子さんに検査するという事は?


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山田真医師:
それはものすごい大変。技師さんだとか、慣れてる看護師さんを沢山集めることが必要で、
そういう事っていうのはやっぱり、行政がやらないと、出来ないね。

岡田:
検査はとっても大変ですよね…でもやらないと
やらないと。
やっぱりこの子たちのためって思えば、やっていくしかないと思いますね。


チェルノブイリでは事故後5年以上経ってから症状が出たケースもありました。
放射能による被ばくには、これ以下なら安心という基準はありません。
特に子どもは影響を受けやすいにで、出来るだけ放射能から遠ざけるべきだと山田さんは言います。

山田医師:
放射線による健康障害についてはほとんど何も分かっていない。
未知の世界だから、やっぱり慎重におっかけていくしかしょうがないので、
未知の世界を「何でもない」と言う人たちっていうのは、それはもう政治的な発言でしかない。

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福島県立医科大学副学長の山下さん。
放射線の影響に関する権威で、事故直後から長崎大学から福島に招かれました。
しかし・・・

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(11年4月)
放射線の影響は、
実は、ニコニコしている人には来ません
クヨクヨしている人に来ます

「ニコニコしていれば放射線の影響は来ない」
この発言がインターネットで取り上げられ、大きな批判を浴びたのです。

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11年5月二本松市
参加市民:子どもたちに影響が、市民に影響があったら、あなたは責任持てますか?

これまで長崎やチェルノブイリで研究をしてきた山下さん。

「100ミリシーベルト以下の被ばくで健康に影響したというデータはない」と強調します。

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山下俊一:
広島・長崎のデータでも、高線量の被ばくは明らかに子どもの感受性が高いですね。
ところが100ミリシーベルト以下、
もっと言うと500ミリシーベルト以下では差が無いという事も分かっていますので。
子どもっていうのはある意味で非常に新陳代謝が激しい。
それから傷の修復力が非常に高いという事もあるので、
低線量被ばくについて特別に感受性が高いという事については、
まだ多くの疑問があ利ますし、議論もあります。
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続きを読むにつづく





内部被ばくについて専門家により異なる見解。
福島の子どもたちは放射能の影響をどれだけ受けているのでしょう?
内科医の坪倉さんはホールボディーカウンターを使い
南相馬市で内部被ばくの検査を行いました。

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坪倉正治医師 相馬中央病院:
6000人の子どもさんを検査した時に、検出したのは6人だったんですね。
要は0.1%以下という状態なんです。
たとえば、しっかり食べ物を選んでとか、汚染食品をできるだけ避けてという生活をしている分には
身体の中のセシウムが、どんどんどんどん増えてくる状況ではないという事。
これが分かりました。

セシウムを検出した人の多くが自家栽培のキノコなどを食べていたといいます。

坪倉:
今後、その汚染食品が増えてきて、
それを食べることによって体内の内部被ばく量が増える可能性はやはりゼロではないと思います。、
ですので、定期的に食べ物の検査、および、
ホールボディーカウンターなどを用いた内部被ばくの検査を定期的にやることで、
検出値が十分低く抑えられているという事を確認しながら進むべきだろうというふうには思います。

今年4月、浪江町赤宇木の集会所にいた岩倉さん達が
内部被ばくの検査を受けることになりました。
検査をするのは当時岩倉さん達に赤宇木からの避難を勧めた独協医科大学准教授の木村さんです。
この日検査を受けた5人のうち4人に内部被ばくが確認されました。

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木村真三准教授 独協医科大学:
もう少し高い値が出てもおかしくないかなと思っていました。
逆に言うと、ホッと胸をなでおろしているところはあります。

内部被ばくが確認された4人からは放射性セシウムが確認されました。
しかし、放射性ヨウ素は検出されなかった。

あの時赤宇木にいた人々の初期被ばくを解明したい。
8月末、木村さんは岩倉さん達を伴い、再び赤宇木を訪れました。

公子さん:ゎぁ~、草が伸びちゃって、わー。しかし懐かしい。

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実はあの時大変な高濃度だった集会所。
公子:飯館の3,4倍あるんだよって言われたでしょ?
木村:はい
公子:それ聞いた時には私ショックでね。
:ビックリ仰天ですよね。
木村:
放射能の一番怖いところなんですよね。
分からなければ、全然、住めるんですもん。

ところで、今の赤宇木の線量はどれほどなのでしょう?
木村:これ結構正確なやつですよ。
公子:あら、13…

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1年前80マイクロシーベルトだった外の線量は13マイクロシーベルトにまで減りました。

木村さんは事故直後の初期被ばくには
半減期が短いヨウ素が関わっていた可能性が高いと言います。

木村:
ヨウ素の方が大きな被ばく量の要因であったっていうのが見えてくるっていうのが、
考えてみるとやっぱりヨウ素の初期被ばくっていうのがどうだったのか?っていうのが、
一番気になりますよね。

初期被ばくのカギを握るヨウ素の動き。
その痕跡を懸命に探しています。




地裁ころから山菜採りもよくしましたし、キノコ採りも良くしましたし、
なんか恋しいですね。

飯館村から福島市に避難している佐藤さん。
今、故郷の存在の大きさをかみしめています。

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佐藤庭太さん 飯館村から福島市に避難:
全てがそこにあったなと言うのを今気付いたというか、
何にもないなんて全然なくて、
自然もあったし、人もいたし、文化もあったし。


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福島第一原発から北西におよそ40km
飯館村は原発の恩恵を受けることなく理想の村作りを目指してきました。
スローライフを掲げる、村自慢のエコハウスです。
かつて、移住を希望する人の宿泊体験や、住民の交流の場でもありました。
しかし、3月15日、大量の放射性物質が降り注ぎ、
およそ6000人の住民は、追われるように故郷を後にしたのです。

今年7月。
村は3つの避難区域に再編されました。

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飯館村 菅野典雄村長:
バリケードを張るというのは、全く私には承服できないわけでありますけれども、
いかんせんこれが国の方針という事ですから、


福島第一原発に最も近い南部の長泥地区。(12年9月2日)
村で唯一「帰還困難区域」に指定されました。(飯館村の20行政区で唯一)
5年間、帰ることはできません。

見ての通り8.70と、・・8.28
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長泥の行政区長鴫原さん。
「本当に5年で帰れるのか?」
先の見えない避難生活の中、行政への不信感が募ります。

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長泥行政区長 鴫原良友さん:
除染も進まないしな、これからどうなるんだか分かんないし、どこさ住むのかも分かんない。
そんなに人間は耐えられないからな。


エコビレッジの研究で知られる日本大学教授の糸長さんです。
村づくりに20年近く協力してきました。
村と一緒になって完成させたエコハウスは糸永さんの夢でもありました。

糸長浩司教授 日本大学:
雨水がたまっていればここが一番高いんだよね、でも下がってるか?上がる。
やっぱり、10(マイクロシーベルト)飛び抜けちゃう。
ね、これが現状ですよ。

菅野村長と二人で続けてきた村作り。
これからいかに村を再生させるべきなのか?事故をきっかけに二人の意見は対立しています。

日大藤沢キャンパス。
事故後NPOを立ち上げ支援を続けている糸長さんはこう考えています。

「放射能の影響を考えれば、今後10年20年住民を村に帰してはいけない」
だから、「村の外に安心して暮らせる分村をつくろう」と。

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糸長教授:
何世帯かグループでですね、
パターンとしてはこれが一世帯、これも一世帯
これは世帯ごとなので親子で暮らしてもいいですね。

土地と費用は国と東電が負担をして、
村に残してきた土地を国に借り上げてもらい、住民はその賃料を収入の足しにするという構想です。

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糸長:
今までにない事故が起こってしまったから、今までにない知恵を使わなければいけない。

しかし、糸長さんが唱える分村に菅野村長は否定的です。

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菅野村長:
理想論だけでいいのか、
やっぱり現実に、しっかりとやっぱり足を付け、目をそこに置いて
そこでの判断をやっぱりしていくっていうのが、
結果的には村民のためになる。

村長が今しているのは除染をして線量を下げた村の中に小さな村をつくる計画。
早ければ3年後に住民を呼び戻す帰村を始めたいと考えています。

菅野村長:
帰村率が60%、70%、場合によっては50%とか、
ま、そういうふうに考えざるを得ないような状況の中で、
いかに村民を村の中に戻すか、

しかし、「村の形を維持したいだけではないか?」と、批判する住民もいます。

9月8日、スポーツ大会が開かれ、避難生活を送る住民たちが久しぶりに顔を合わせました。
懐かしさに笑顔がはじけます。
この日村長は帰村への決意を新たにしました。

菅野村長:
あらためて皆様方に大変な避難生活を強いていることを申し訳なく思っております。
まず、戻る時にですね、健康で、そして元気で戻れるという事が、一番大切なことであり、
また、村も私たちも願っているところでありますので、


原発事故が生んだ心の分断。
理想の農村はいまだ再生のスタートラインにも立てずにいます。



膳場貴子:
地域社会に分断をもたらした放射性物質は、人々の心の中に被曝の不安も残しました。
取材を受けていただいた坪倉医師は南相馬市で9498人。
人口のおよそ24%の内部被ばくを調査しましたが、
一人として放射性ヨウ素を検出することは出来なかったと言います。

ヨウ素は半減期が8日と短いため、早期検査をしておかないと原発事故の影響を把握できません。
こうした初期被ばくに対する情報がほとんどないことが、人々の不安を駆り立てています。

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事故から1年半
福島県の内外に避難している住民は実に16万1000人に上ります。
「一度飛び散ってしまった放射能との戦いに終わりは見えない」
去年9月の番組で私はそう締めくくりました。

1年経ってもその状況が全く変わっていない事に、あらためて原発事故の深刻さを感じています。

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この日、脱原発を叫んで多くの人が集まりました。
変わりゆく日本人の意識


「視界が、・・ああ見えてきましたね、非常に」
「あれだ」

事故後初めて福島を訪れた角南さん。
自ら建設を手掛けた原発の変わり果てた姿が、目の前に。

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角南義男 元原子炉メーカー技術者:
本当に今度に事故の大きさ、与えた影響の結果の起き差をつくづく実感しましたね。


小松さんは今日も海を見つめています。仲間の命を奪った津波。
放射能にさらされる海。
それでも故郷の海を諦めない。

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小松諒平 漁師:
やっぱり、この漁師っていう仕事は諦められなかった。
5年10年かかるかもしれないけれども、もう長期戦、こうなったら。

9月10日
試験的に行う漁で、獲れる魚介類が3種類から10種類に増えました。
放射能との長い闘い。絶対に負けない。

小松諒平 漁師:
震災前みたいに活気ある風景が流れるんじゃないかな?っていうのは、
ちょっとは、頭には浮かんでいる。

目に見えない敵と一人一人が戦っています。
故郷を取り戻すために。

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1.「どのように放射性物質はばらまかれたか」
消えない放射能~最悪事故が残す汚染の実態~TBS(内容書き出し)


2.「町・森林・海の汚染」
消えない放射能~最悪事故が残す汚染の実態~TBS(内容書き出し)







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コメント

非公開コメント

匿名

内部被曝したくなければホットスポットと呼ばれている地域に近よらないことですね。汚染地域に住んでる人は引っ越すしかないですよ。ちなみに除染は意味ないです。放射能を人工的に除染するのは無理です。チェルノブイリはいまだに立ち入り禁止です。

No title

>お母さん:普通に生活するしかないの。情報が少ないから。

すべての情報を公開し、個人の自己決定の自由を保証する。
そういう方向を目指して社会が進んでいくと思っていたのですが、
いつの時代も為政者の思惑はこれとは正反対のようです。