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4/29明治大学「終焉に向かう原子力」・・VTRが出ました。

このブログでは2011年4月29日 明治大学アカデミーホール 「終焉に向かう原子力」
4/29明治大学「終焉に向かう原子力」・・音声UP
2回にわたって報告してきましたがとうとうVTRが出ました

どうぞご覧ください

1200名以上が聴き入った、小出裕章氏らの講演
こちらにも詳しく書かれています
悲惨を極める原子力発電所事故―終焉に向かう原子力(第11 回)講演

浜岡原発現地報告
伊藤実氏(「浜岡原発を考える会」代表)
生方卓氏(明治大学教員)
内藤新吾氏(日本福音ルーテル掛川菊川教会牧師)

2011.4.29 終焉に向かう原子力 浜岡現地報告 from kayo sawaguchi on Vimeo.




講演 小出裕章氏(京都大学原子炉実験所)

2011.4.29 終焉に向かう原子力 小出裕章氏講演 from kayo sawaguchi on Vimeo.




講演 広瀬隆氏(作家、ジャーナリスト)

2011.4.29 終焉に向かう原子力 広瀬隆氏講演 from kayo sawaguchi on Vimeo.



1200名以上が聴き入った、小出裕章氏らの講演

三上英次

その日(4月29日)、明治大学アカデミーホール(東京)では
『終焉に向かう原子力』第11回浜岡原発現地報告会&講演が行なわれた。
開場前からホール入り口は、およそ数百人の人であふれた。
京都大学原子炉研究所の小出裕章氏も、1200名以上の聴衆を前に、
〈悲惨を極める原子力発電所事故〉について語った。

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開場(12時30分)とともに3階ホールに向かう参加者ら。
現地報告会の司会を務めた明治大学の生方卓氏によると、29日のようにアカデミーホールが満員になり、
それでも数百人の人が入りきれなかったことはこれまでなかったという。
(撮影・三上英次 以下同じ)



   ◇◆◇ 小出氏の苦悩 ◇◆◇

 講演後に、司会者の男性は小出氏のことをこう評した。

「ふつうの人間が、現在のような原発推進体制の中に入ったら、どういう行動を採るか。
それは、組織の中に迎合していくか、あるいは、そういう体制に嫌気がさして縁を切るかだが、
そんな中で研究所に残って原発の危険性を訴え続けて来た人、
何十年も真実を伝えて来てくれた人、それが小出さんだ」

司会者からそう評された小出裕章氏だが、
講演冒頭、まず小出氏の口から発せられたのは予想外の謝罪の言葉だった。

――今回のような原発事故は、いつか起きると思っていました。
原発は、とてつもなく巨大な危険を抱えたものです。
それゆえ原発は、都会では建設することはできず、地方に建設して電気を都会に送っています。
何とか、原発を廃止したいと思って活動して来ましたが、事故を防止することができませんでした。
いま、とてつもない悲劇が進行しています。
私は、言葉では言い尽くせない無念さをもって過ごしています。
この事故を防げなかった責任は、私にもあります。
ごめんなさい。

 

   ◇◆◇ 原発の危険性 ◇◆◇

火力発電所も原子力発電所も、家でやかんに水を入れてお湯をわかす、そのしくみと同じだという。
やかんの場合は、さきに笛がついていて、お湯がわくと笛が鳴る。
発電所は、火力またはウランの核分裂反応で蒸気を発生させてタービンを回すというものだ。

――大阪から東京に飛行機で飛んで来ると、東京湾のまわりに火力発電所が並んでいるのが見えます。
しかし、原子力発電所は、決して東京湾には並べられない危険なものなのです。

小出氏によれば、広島の原爆で核分裂したウランは800グラム、
それに対して、現在の標準的な100万kWの原発は、毎日3キロのウランを核分裂させ、
そのうち1キロ分の熱量を電気に変換し、2キロ分は利用できずに、そのまま海に捨てているという〔注1〕。
海に捨てる2キロ分の環境への影響以前に、
小出氏が警鐘を鳴らすのは、ウランを核分裂させた際にできる核分裂生成物(いわゆる「死の灰」)の危険性だ。
1年間の運転で考えると、100万kWの原発は、
広島原発のおよそ1000発分の「死の灰」を生み出していることになる。〔注2〕

 

   ◇◆◇ 危険な原発をめぐるカラクリ ◇◆◇

小出氏は原発についてこう述べる。

――原発は機械です。
機械は時に事故を起こします。また人間は神ではありません。
人間が持っている知識は完全ではなく、時には過ちもあり、予測できない天災などもあります。
だから、巨大な危険を内包している機械である原発がひとたび事故を起こせば、
破局的な損害は避けられないということです。

原発の事故が甚大な被害をもたらすことは、原子力を推進しようとする側もよくわかっていたという。
小出氏によれば、原子力推進派がとった“対策”は次の2つである。

(1)破局的事故からの電力会社の免責

日本では1961年に「原子力損害賠償法」が制定され、
「異常に巨大な天災地変又は社会的動乱災」の場合は電力会社は責任を負わないで済むようになっている
――と小出氏は説明する。〔注3〕

(2)原子炉立地審査指針による制限

日本では「原子炉立地審査指針」によって、
原子炉からの一定距離の範囲は非居住区域であること、
非居住区域の外は低人口区域であること、
原子炉敷地は人口密集地から一定距離離れていること等の制限を日本の原発は定められている。
そのような制限を設けることで、原子力推進派はリスクを減らそうとしているらしい。

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【写真A】1986年チェルノブイリ原発事故の際に、
簡単な手荷物を抱えて避難する女性たち。
会場で小出氏は、中央の女性がどうやら飼い猫を抱えているらしいことを述べ、
避難生活の厳しい現実にふれた。


「原発が絶対に安全だと言うなら、もともと『原子力損害賠償法』は不要ですし、原発を都会に建てることもできました。
(中略)多くの人は、原子力というと科学の最先端で、とても難しいことをしていると思うでしょう。
しかし、原子力発電でやっていることは単にお湯をわかすだけです。
その点を取れば火力発電と同じで、沸かした湯気でタービンという羽根車を回し、
それにつながった発電機で電気を起こしているにすぎません。
それなのになぜ原子力が特別な危険を抱えているかといえば、
原子力の燃料であるウランを燃やせば(核分裂させれば)、核分裂生成物という死の灰が否応なくできてしまうからです。
二酸化炭素も灰も生まずに物を燃やせないように、死の灰を生まずにウランを燃やす(核分裂させる)ことはできません。
このことが、原子力が抱える危険の一切の根源です」 (『隠される原子力 核の真実』P59より)〔注4〕

 

   ◇◆◇ チェルノブイリの悲劇 ◇◆◇

――1986年4月26日にチェルノブイリ原子力発電所で事故が起き、
当初は事故を隠そうとしたソ連も事故の大きさからそれを断念し、
まず周辺30キロ圏内の住民13万5000人の人たちに避難指示を出しました。
その時は『原発でちょっとした事故があったから3日分の手荷物を持って避難しなさい』というもので、
人々は1000数百台のバスに乗って避難しました。しかし、その人たちは2度とふるさとには戻れませんでした。

小出氏は、会場で避難のために移動する原発周辺住民の写真〔→【写真A】〕や、
現在、福島で起きている家畜の餓死の写真などを映し出した。

チェルノブイリ事故では、
放出された放射性物質の広がりから「放射線管理区域(注:放射線業務従事者が仕事上どうしても入っていなければいけない時だけに限定して入る場所)」に指定された範囲は、
原発から700キロ離れた地域にも及んだ。
最終的には、40万人もの人たちが避難を余儀なくされ、
同時に、本来なら「放射線管理区域」にしなければならない地域に、
いまだに565万人もの人々が生活しているという。

小出氏は、チェルノブイリから福島での避難所生活に話題を転じる。

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講演終了後に、参加者からの質問に一つひとつていねいに答える小出氏。
会場に入り切れなかった数百人に対しても小出氏は出て行ってあいさつする等、実直な人柄が垣間見える。


――日本では当初「万一のことを考えて3キロ圏の人は避難せよ」でしたが、
その後「万一のことを考えて10キロ圏の人は避難せよ」
そして「万一のことを考えて20キロ圏の人は避難せよ」になりました。
さらに「30キロ圏の人は自主的に避難しろ」ということになりました。
自主避難とは、いったい何なのだろう…と思います。
そもそも、放射能の汚染とは、地図にコンパスで円を描くようには広がらないのです。

小出氏は「本当なら、もっと広い範囲の人たちを避難させないといけない」と言う。
同時に、次のようにも述べる。

――しかし、一度避難すると、もう戻れなくなってしまう可能性もある。
避難の選択も苦しい…、避難しないという選択も苦しい…。
私たちは、そのどちらも苦しい選択を福島の人たちに押しつける結果になってしまいました…。

会場では、避難せずにとどまって飼っている牛に餌をやり続ける人の写真や、
原発の建設地に掲げられた看板写真も紹介された。
その看板にある「原子力 正しい理解と豊かな暮らし」というフレーズには、会場からは失笑も漏れた。

 

   ◇◆◇ 避けなければいけない子どもへの被曝 ◇◆◇

小出氏は、政府の発表する「ただちに…人体(健康)に影響のあるものではない」という言い方にも警告を発する。
つまり、「ただちに人体(健康)に影響の出るような被曝」というのは〈急性障害〉が無いというだけの話であって、
何年も経ってから影響の出る〈晩発性障害〉は、被曝量の〈多い・少ない〉には関係ないという。〔注5〕

さらに小出氏が懸念するのは、「子どもへの被曝」の問題だ。

人間の人体は、およそ60兆個の細胞で出来ているが、
細胞分裂の活発な時期(=子どもの時期)に被曝をすると、
傷を受けたままの遺伝情報がどんどん複製されることになり、それだけ被曝による被害を受けやすくなるという。

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【写真B】 小佐古敏荘(こさことしそう)東京大教授(放射線安全学)は、
4月30日、政府の示した「年間20ミリシーベルト」という放射線基準量について
「この数値を小学生などに求めることは許し難い」として内閣官房参与を辞任した。


【写真B】は、当日の配布資料に載せられたものだが、
今回日本政府は避難指示を出す地域の被曝量を「20ミリシーベルト/年」と決めた。
これは通常の場合「放射線業務従事者」に対しての許容量と同じである。
平常時の一般の人々の基準は「1ミリシーベルト/年」で
「ガン死の危険」は「2500人に1人」であるが、基準を「20ミリシーベルト/年」に引き上げる(=制限をゆるくする)ことで、
一般人に許される危険度の100倍もの危険を、子どもたちに押しつけることになると小出氏は言う。

――自分に加えられる危害を容認できるか、
あるいは罪のない人々にいわれのない危害を加えることを見過ごすかは、
誰かに決めてもらうのではなく、一人ひとりが決めるべきことです。

配布資料の中で小出氏は次のようにも述べている。

「『原子力だけは絶対安全』と偽りの宣伝を流して来たのは国と電力会社、巨大産業群です。
一般の人たちが騙(だま)されても仕方がないと思います。
しかし、騙された者には騙されたことに対する責任があります。
子どもたちは少なくとも原子力を選択したことに責任はありませんし、
放射線の感受性が高いので、何とか彼らを被曝から守らなければいけません。」

講演最後に、小出氏は、
公害問題の摘発に尽力した田尻宗昭氏(1928~1990)の
「社会を変えていくのは数ではない。一人です」の言葉を紹介し、次のように話をしめくくった。

――田尻さんの言葉は、「一人です」のあと、「2人です、3人です」と続きます。
原子力政策を進める政府や巨大産業に私たちは無力でした。
しかし、私はいま絶望もしていません。
今日はこんなに多くの人たちが集まって下さいました。社会も変わって来ています。
みんなが自分たちの思いを一つひとつ積み上げていけば、日本も必ず変わっていくと思います。

 
〔注1〕『隠される原子力 核の真実』(創史社)P77では、原子力について小出氏が勉強し始めた頃に、東大の水戸厳助教授(当時)に「『原子力発電所』という呼び方は正しくない。あれは正しく言うなら『海温め装置』だ」と言われたエピソードが紹介されている。

100万kWの原子力発電所の場合、小出氏によれば、1秒間に70万トンの海水が温められるという。
「原子力発電所を造るということは、その敷地に忽然として暖かい大河を出現させることになります」(同書P78)

〔注2〕代表的な核分裂生成物セシウム137の半減期は30年、それが1000分の1になるまでに300年かかるという。さらにプルトニウム239の半減期は2万4000年、それが1000分の1になるには24万年かかる。「原子力発電所の使用済み核燃料は、およそ100万年にわたって人間の生活環境から隔離しなければならない危険物です」(同書P87)

〔注3〕会場では、東日本大震災のマグニチュードが途中から「M9.0」に引き上げられたことに対して、小出氏のあとに演台に立った広瀬隆氏からは「何かしらの政治的判断を感じる」との意見も出された。

〔注4〕なお、同書P100~107では原発を止めても、電力不足にならないことが簡潔に、わかりやすく説明されている。

〔注5〕同書P13~17にも解説が載っている。

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会場となった明治大学・アカデミーホール。
主催者によると、事前の問い合わせ数が多く、
会場は当初のところから2回ほど、倍の人数が入るところへと変更になったそうである。




◎ 広瀬隆著『原子炉時限爆弾』(ダイヤモンド社)


広瀬氏は2010年8月にダイヤモンド社から「原子炉時限爆弾」を刊行している。
以下のサイトでは、
29日の会場でも語られた東日本大震災の「マグニチュード」が〈9〉にまで引き上げられたことへの疑問が述べられている。

29日の講演の中でも広瀬氏は、
何としてでも今回の地震を〈想定外〉の天災に位置づけたい政府の思惑や、
被害の原因は地震による「ゆれ」ではなく津波だとする政府の見解について疑義をさしはさんだ。
同時に、元原子炉設計者である田中三彦氏の「津波の前の地震のゆれ
つまり本来は影響を受けてはいけない程度の地震のゆれで、
原発内の配管が損傷して甚大な事故につながったのではないか?」という見解を紹介して、
その田中氏の疑問や分析(→岩波書店『世界』5月号)を、より多くの人に考えて欲しい旨を呼びかけた。
『世界』5月号に載っている田中氏の論文副題は「議論されない原発中枢構造の耐震脆弱性」
――こちらも看過できない問題である。

 

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