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「徹底的に間違えている 日本の国のがれき問題 」小出裕章氏 (内容書き出し)

2012年9月 北九州市 小出裕章氏 




京都大学原子炉実験所小出と申します。
私は実験所の中で、放射能に汚れたゴミの管理に当たっている人間です。
その私から見ると、放射能に向き合う時の原則というものがあります。
それは、
放射能は発生した現場、今ある現場で、出来る限りコンパクトにして、そこで専用に閉じ込める。

一般のゴミと混ぜてはいけないし、産業廃棄物とも混ぜてはいけない。
放射能のゴミとして専用に管理するというのが原則です。

その私の原則から言えば、
今、日本の国ががれき問題でやろうとしていることは、徹底的に間違えています。

全国にばら撒いてしまうという事自身がまず間違えているし、
そこで出てきた焼却灰をそれぞれの自治体に任せて、そこで埋めるなんていう事は、
全くあり得ない事を国はやろうとしています。


それを受け入れるという自治体があるということ自身が私には不思議ですし、
そんな事は決して認めてはいけないと私は思います。

ただし、今現在大変に困難な状況が福島を中心にしてあります。
がれきが放置されている限りは、福島の子どもたちも被ばくをしてしまっているわけで、
それを何とかしなければいけないという、課題は残っています。

それに対して、
今現在の国のやり方が正しくないという事は、私は何百回でも言いたいと思いますけれども、では、
「がれき問題をどうするのか?」と、
「自分のところに来なければいいのか」と、
それだけで考えて欲しくはないと、私はそうも思います。

それぞれの地域の方は大変だろうとは思いますけれども、
充分に考えていただきたいと思います。
以上です。

小出がれき


Q:もうひとつ、
  正式にやるんだったら、どういう形なら可能か?

小出:えー、本当はやってはいけません!

Q:焼却をやってはいけないと?

小出:
焼却は、私はやっても良いと思いますが、
焼却はそれぞれの現地に専用の焼却施設を作って、そこで焼く
そして出てきた焼却灰は専用の施設で保管をするということが原則です。
ですから、それを本当は国がやらなければいけないのですが、
国が全くやらないという、デタラメな国なんですね。
その中で子どもを守るために、私たちに何ができるか?という事を私も考えているわけです。

そして仮に、どこかの、全国というか、北九州市もそうですけれども、
そこで引き受けるというのであれば、
二つの事は必ずやらなければなりません。

一つは、
現有の焼却施設というのは、
放射性物質を閉じ込めるという事に、何の考慮も払われていない施設ですので、そこで焼いてはいけませんので、
放射性物質を取り扱う前に、
ちゃんと放射性物質を捕捉できるようなフィルターなどを取り付けてからでなければやってはいけない。

というのがまず第一です。

そして第二には、
出てきた焼却灰というものは、もともとは東京電力の所有物が汚染しているものなわけですから、
焼却灰は東京電力に返す。
自分のところで始末をするなんていう事ではなくて、
東京電力に返すという事の筋道をつけて、初めてやっていいという事だ
と思います。

ですから住民の方々も、単に自分のところに汚染が来ないで欲しいというそれだけではなくて、
福島を中心とした汚染地の子どもたちを守るために
もし引き受けるのであればその二つの条件を必ず守らせるという、
そういう運動の組み立て方をして欲しいと思います。

もしそれが実現出来るのであれば、
自分たちの子どもたちも守れますし、
汚染地の子どもたちの被ばくも減らすことができる
と考えていただきたいと思います。







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コメント

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No title

他地域の住民が甘受せよというのは、完全に小出さんの間違いです。人命、健康を守るというのは、絶対的な正義です。ちょっとは負けろというのは、いい加減な経済の論理です。
それは無関係の人に、自分の未来を捨てろと強要することですから。そんなことをいう権利など誰にもありません。逆に、自分と関係ない相手であっても、その人が生命の危険に直面しているなら、私たちはそれを守るために出て行ってまったく構わない。それを止める論理などないです。
小出先生は立派な人ですが、60禁発言にしてもそうですが、ちょっとした妄想から出発したらしい誰が見てもおかしい主張が散見されます。過去に発言した怪しいことを適当な時期に撤回しないと、次第に傷口が広がります。この強情な一貫性が、小出先生をずっとこの立場で頑張らせているのでしょう。
万能を期待するのも無理ですから、怒る気にはならないので、笑って見過ごしましょうか。原子力工学について、正しいお話をいただければそれでいい。ただ、こっちの方は、ガンダーセンさんというすばらしい人もいますね。原子力工学だけでなく全方位で正しい方です。小出さんも同じ様であってほしいと、日本人としては思います。いまさらの、滅びつつある民族の身びいきではあるかもしれませんが。
ガンダーセンさんは、原発爆発の原因について、ジルカロイの燃焼、水素爆発などの考え方を、実験で確認をしながら発言し、検証を繰り返しています。水素の燃焼実験なんて、おじいさんの高校生みたいで、最後の方は顔が引きつっていた。こっちも固唾をのんで見ていました。これは立派な態度です。日本の学者には、なぜこのような自然科学への謙虚な姿勢がないのでしょう。決まった答えに到達するだけの受験勉強で傷を受けているのでしょう。どこかに。

何をすれば正しいことか?

ゆずさんのコメントを拝見しました。
私は、科学一般について素人ですが、小出さんの考えに賛同します。瓦礫問題や60禁制度(の提案)などは小出さん自身が言われてるように、かなり反対の人が多い様です。さっき、私は『小出さんに賛同』と書きましたが、ゆずさんの意見が間違っているとも思っていません。放射性物質の危険性を考えるなら正しい態度といえると思うからです。

さて、ここで多くの人が『こいつは言っている事がおかしい』と、思われるのでしょう。こう言ってしまうと、相対する意見をどちらも正しいと言っていると聞こえるからです。
ですが、小出さんの発言を聞く限り、まず、瓦礫問題に関して『瓦礫をばら撒け』という主張をされているわけではありません。この瓦礫問題について、小出さんが発言されるときは必ず“条件”を前置きします。今回の動画でも同じくです。この“条件”付けが、おそらく、人々の心にはあまり深く届いてないと思われます。フィルターの取り付けや焼却灰の処理方法についてです。実は、私はこの部分に賛同しています。自分本位に言わせていただければ、放射性物質を含む瓦礫など「お断り!」なのです。
ですが、一連の今回の原発事故を目の当たりにして、さらに、今まで知らなかった放射能の事実や私たちが生きているこの国家のありようを見る限り、仮に私たち市民が嫌だと言っても、空気、食べ物、飲み物そのほか瓦礫を含むあらゆるものが、(程度の差はありますが)放射性物質で“勝手に”汚されたわけです。ここでの“勝手に”とは、“自然に”ではなく、一部の人間が作り出した放射性物質を一部の人間が事故とともになすすべなく“勝手に”ばら撒いたものです。
私は、思います。放射性物質が嫌だと思われる方々が、小出さんの提案を否定してもおそらく瓦礫は全国にばら撒かれるでしょう。実際そうなっています。
それは、小出さんがばら撒いたのでしょうか?
小出さんの言ったことが『他地域の住民が甘受せよ』と、受け取ったにせよ、実際に放射性物質をばら撒いたのは誰でしょうか?
いつも思います。牙を剥く相手が違うのではと。小出さんは自分を敗者だといいます。私たち市民は、もうすでに一度負けているのです。自分たちに迫る危機を察知できず、さらに察知してもなお対抗できずにいます。今、小出さんの実現しても無い提案に噛み付いても物事は変わりません。60禁提案も同じです。言い方は悪いですが、吠えても負けは負け、つまり、私たち市民は負け犬にしかなっていません。人命、健康、生存を掛けて物を言うには、事実に即してなく、また、目をそらしています。
将来、更なる放射能の拡散が起これば、瓦礫問題に拠る汚染など“それぐらい”などと言ってのけてしまう日が来るようで、諦めにも似た感情さえ湧いてきます。

願わくば、少なくとも放射能が危険だと思う人たちが、些細な考え方の違いで幼稚な潰し合いをしないでほしいと思わずにいられません。

No title

ゆずぽんず様
反論を頂きましたが、なにか勘違いされているように思います。
私は小出さんを尊敬していますし、講演会にも行きました。先の文は、別に小出さんを非難するものではありません。こんなに立派な方は、そうそう出会えるとは思えません。
ただ、このビデオに関して言えば、お話が最初は脱兎のごとく強い調子で拒否のこ意見を述べられていたのに、最後に行くに従い「おやっ」となり、締めくくりのところで完全に話がおかしくなってしまったと感じましたので、条件反射t系にその感想を書いたものです。このインタビューは、インタビュアーの誘導にかかって、発言内容が論理破綻したなと思ったものですから、書かずにいられませんでした。

60禁論議が正しいなどと思わないでください。子ども達には良い食事を、というのは倫理的にあり得る考えですが、高齢者には年齢段階に応じて強い毒物をというのは、それと同じ意味にはなりません。反倫理的です。

がれき処理の汚染問題は、がれきを受け入れることで再び元に戻せない、ということが現実に起きます。条件をしっかり付けて東電に送り返せというのは、それができるくらいなら苦労はしません。そうならないことくらいだれでも理解しています。だから最初の段階で反対するのです。
たとえば、六ヶ所村は、「中間」貯蔵施設でしかない、という論理ですが、どこにも搬出できないなら、それは永遠を意味します。漏出事故があれば近づけなくなり、確定的に永遠の貯蔵となります。それと似ています。
放射性汚染物の焼却は、時間的に考えれば、今、環境省が放射性汚染物質の専用焼却炉の実験を始めようとしている段階です。がれきは、実験の成功を受けた実用炉が建設される前に焼却を始めつつあるのですから、間に合いません。受け取ったがれきは、確実に、通常の焼却炉で燃やされ、拡散され、埋め立てられます。昨年来、小出さんはバグフィルターについてなにか発言されましたね。私はそんなフィルターを付ければ大丈夫なのかなと、そのとき信じました。フィルターのメーカーが除去効果はないと断言しました。対応可能なシステムはこれから開発が始まるのです。
また、焼却灰は東電が受け入れるべきだ、と条件をつけたところで、それは実現可能な選択肢ではないでしょう。だれしも怒りを込めてそうあってほしいと思うでしょうが、現実には無理な話であり、東電の土地もまた、その所有地である以前にその地域の人たちの固有の土地でもあることはさきに考えなければなりません。時間的につじつまがあいません。このように考えると、小出さんのおっしゃった「二つの条件」というのは、どちらも実現可能ではないものと思います。

「ですから住民の方々も、単に自分のところに汚染が来ないで欲しいというそれだけではなくて、福島を中心とした汚染地の子どもたちを守るためにもし引き受けるのであればその二つの条件を必ず守らせるという、そういう運動の組み立て方をして欲しいと思います。もしそれが実現出来るのであれば、自分たちの子どもたちも守れますし、汚染地の子どもたちの被ばくも減らすことができると考えていただきたい」
と質疑応答の最後を締めくくっておられるのが、やっぱりおかしいです。この言葉、これだけ読めば、小出さんの口からでたとは思えません。まるで予算執行を狙う環境大臣が演説しているようにみえてしまいます。(インタビュアーは何者でしょう。たくみです。)

発言の冒頭では受け入れてはいけない、といっていたはずなのに、ここでは、もっと柔軟になれ、福島の子ども達のためだ、それがあなた達の子ども達のためにもなる、ということですが、私には、その論理が、どのように矛盾なくつながっているのか理解できません。原発というものそのものが、こういう論理と感情の混合物のなか、安全の保証を乱発するなかで、反対する住民をつき崩して作られたものであったことも忘れるわけにはいきません。

この最後のご発言は、福島の子ども達はそこに住み続ける、ということを念頭においたものと考えられます。福島の子ども達は、津波のがれき処理が必要な地域に住んでいる、というわけではないのに。その大半は中通りの伊達市、福島市、二本松市、郡山市などに住んでいる子ども達ですからね。中通りの子ども達は、日々高線量の放射性物質に囲まれて暮らしています。その危険な環境は、問題となっている見た宮城、岩手の津波がれきと関係ないのです。
この子達の日々の被曝は、汚染がれきを西日本で一生懸命燃やしたって、まったく減らないのではないでしょうか。

以上から、私は、この小出さんの最後のご発言については、困ったものだなと思います。反対をしている人たちを、こんなへんてこな論理で、方針転換するように薦めるというのは、おかしいと思います。


毎日、もう手遅れなのかもしれないと、考え込んでしまいます。避難する以外に、子ども達にとって有効な改善策はありません。福島県の甲状腺の検査結果は、もう、抜き差しならない段階にきている、あるいはそれを過ぎてしまったのかもしれないと。なぜ、すぐ逃げなければ大変なことになります、逃げなさい、と簡潔におっしゃられなかったのかは、私には理解できないことです。小出さんは家庭とか、社会とかと天秤に掛けていますが、一般には、子どもの生命・将来の子孫達と利益衡量にかけていいような価値など絶対にありません。

私は、福島の子ども達の健康について、医師のカルディコットさん、生化学者のバズビーさん、医学者のバンダジェフスキーさんなどの、すぐにここから逃げなさい、というお考えが正しいと思っております。郡山駅前の土から放射線が飛ぶ様を観察すればみなさんもご納得いただけると思いますが、子どもであれ大人であれ、そこにいていいとはとても思えない汚染があります。
長々と失礼しました。

また勘違いだったらすみません

丁寧にお返事いただき恐縮です。

初めに拝見させて頂いた、ゆずざんの投稿に『完全に小出さんの間違い』や『過去に発言した怪しいこと』などの表現部分を見る限り、ゆずさんは小出さんの “瓦礫問題や60禁の提案” について非難しているだと思いますが・・・?
(少しくどいですが、“非難”とは欠点・過失などを責め咎めること 広辞苑より)
『万能を期待するのも無理』の“万能”とは欠点があると暗に表現するための反語です。

ゆずさんが小出さんを尊敬しておられるのは、『立派な人』と形容されていたので、そうなんだと理解しておりました。
ですがちょっと意地悪な言い方をしますと・・・、
尊敬する人の発言を聞いて、おかしいと思うのはおそらく自由です。では、尊敬に値する人とはどうやって判断するのでしょう?その判断される人の考え方や行動が基準になると思います。ゆずさんは、小出さんを尊敬されているわけですよね?でも、間違っていると仰る。私には、矛盾しているように聞こえますが、如何でしょう?
さらに『笑って見過ごしましょうか』とは立場が上の人が使う表現で、とても尊敬してるとは思えなかったです。
ゆずさんにとって間違いだと指摘できる人がどうして尊敬なのか、私にはわかりませんが、おそらくゆずさんには“あり”なんだと想像します。(おそらく、“この部分は尊敬できる。”とかだろうと・・・)

前回の投稿では、60禁提案について書きませんでしたが、ゆずさんに『正しいなどと思わないでください』と、釘を刺されましたが、実は、賛成はしないのですが、正しいとは思っています。・・・怒らないでください。
私も、初めてその提案を聞いたときは、なかなか吃驚しました。ですが、小出さんの講演をネットで拝見して、その理由に納得した経緯があります。質疑応答で、質問者がこの問題について「そういった表示をすると、きれいな食品に付加価値が付いてお金持ちがきれいな食品を、汚染されたものを貧乏人が食べさせられる」といった質問が出されて、それについて小出さんは「私もそうなると思う」と答えて、でもその理由は「そういった現実を直視してほしい。そういった今ある事実が私たちがいる社会だ」といった内容だったと思います。
さらに、講演では度々“世代における責任を果たす”という事を強調しています。
言葉そのまま受け取れば、一方では責任を果たせといい、実はその制度が個人の経済事情によって食べ物を選ばさせられることをご存知だと・・・。私は、これを他の人が聞いてどう解釈するのか、非常に興味が湧きました。しかし、人の心もとい会場に居た人々がどう思ったかは知りません。
私は、これを“正しい”と思いました。
私見ですが、小出さんは皮肉を言っていると思います。瓦礫問題、60禁制度など“自分さえ良ければ、それで世はこともなし”そう思っている人たちへの皮肉だと思います。身につまされました。
そういえば、小出さんの講演では、食べ物に関して放射能汚染以外にも話されてたと思います。10億の人が飢餓線上ラインだとか・・・。もし世界が100人の村だったらの話でもおなじみですが、これは割合ですよね。今あるもの分配したらいくら―?という、算数の問題。日本で汚染の少ない安全な食べ物が何割、ちょっと危ない何割、すご~く危ない何割、ゆずさんの倫理ではどう分配します?
割合の問題は、倫理ではなく論理です。おそらくほとんどの人が食べ物に不自由しない日本では、食べ物はいくらでもあると錯覚しますが、災害が起こり流通が止まれば、避難所では今ある食べ物を融通しなければならなくなります。では、ここで分配するとき何をもって優先順位を決めます?放射能で汚染された食品がまじった食品群を分配することも意味は同じです。今あるものを人数で割る。だけ。
小出さんの提案はこれにゆずさんも認める倫理を付け加えて順番に汚染度のグラデーションと年齢のグラデーションを同じに扱おうというだけ。安全な食品が人口を上回れば全員セーフ、9割までなら1割分を年の高い順にごめんなさい、といったものです。ゆずさんは『子ども達には良い食事を、というのは倫理的にあり得る』でも『高齢者には年齢段階に応じて強い毒物をというのは反倫理的です』といいます。
ではさっきの割合で、何を基準で分配したでしょう?
ゆずさん公認の『子ども達には良い食事を・・・あり得る』ですよね。子供にきれいなもの回せば、当然、きれいの反対、汚染されたものが残るじゃないですか。。。
『高齢者には・・・』のくだりは、倫理はそうでも、残った食べ物が汚染されてたら、食べるのか又は食べないのかは選べますが、食べないと餓死しますよ。

あと、フィルターの話を少し。私は、専門家でもメーカー技術者でもないですが、メーカーが除去できないと断言したとか?では除去ってどの程度捕捉できたら除去なんでしょう?この世に100%を謳うフィルター存在するんでしょうか(知らないんですが)?広瀬隆さんの講演で車のフィルターに放射性物質ついてた話してましたが、性能はともかく、通過した空気の中から何割もしくは数%がそのフィルターが捕捉したので検出できるわけですよね?今、福一で汚染水をろ過しているのはフィルターじゃなかったですか?バームキュライトとかゼオライトとか言いましたっけ?まったく除去できなかったらお金掛けてやらない方がいいですよね?小出さんは京大実験所で汚染水処理担当だったような?バグフィルターの性能は知りませんがろ過なんて回数増やせば0にならないだけで分離したいものは減らせると思いますが?どうなんでしょう?と、思ってました。

ちょっと長くなったのでこれで最後にします。ブログ主さん、長くてごめんなさい。
小出さんの『もしそれが実現出来るのであれば・・・と考えていただきたいと思います』の部分で論理破綻を感じているのはおそらく正しいです。だから、小出さんは『・・・と考えていただきたい』と、言っています。無理な論理でも、人助けは自分を助ける
“情けは人の為ならず―情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくるのであるから、誰にでも親切にしておいた方が良い”と言っただけだと思います。ゆずさんが尊敬されているように、小出さんは優しい方だと思いますので、言葉そのまま受け取らず、善意に解釈した方が正しい理解だと思います。