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5/4たねまきジャーナル。小出先生の後、大阪大学名誉教授住田健二氏出演放送(内容書き出し)

元原子力安全委員会委員長代理大阪大学名誉教授住田健二氏
Radio News「たねまきジャーナル」
MBSラジオ [MBS1179.com]

5/4/水---原発推進の重鎮登場-本人いわく「原子力村の外れです...」 1/2


5/4/水---原発推進の重鎮登場-本人いわく「原子力村の外れです...」 2/2


<参考>原発推進学者が次々懺悔 「国民に深く陳謝する」 4/16
謝罪文全文と謝罪の記者会見ビデオ

続きを読む内容書き出しました

5/4/水---原発推進の重鎮登場-本人いわく「原子力村の外れです...」 1/2

ここからは福島原発事故に関して原発を推進してきたグループの
重鎮と言われていた方のお話しをうかがいたいと思います
元原子力安全委員会委員長代理大阪大学名誉教授住田健二さんです
住田さんは今80歳におなりなんですけどこれまでの経歴をご紹介しますと
原子力安全委員会の委員を93年から2000年までなさって
そのうちの2年間は委員長代理
そしてまた、日本原子力学会の会長でした
本当に原子力の学者の世界の重鎮でいらっしゃいます
その住田さんが今日たねまきジャーナルにお越しいただきましたが
住田さん、正直なところ
先程、全く立場の異なる小出裕章さんが住田さんのことを
「大変率直な方でいらして過去のJCOの臨界事故の時もいち早く現場に駆け付けた方だ」と認めていらしたんですが
そんな住田さんは今回の福島の事故以来どんな思いで暮らしていらっしゃいますか?
あのね
ちょっと話しをさかのぼらせていただきたいんだけど
先週国会の衆議院の決算委員会に参考人として呼び出されて
その時ある方が私を「原子力村の一員としてどう思いますか」というご質問なさった時に
少し逆らったんですけどね・・・

原子力村の一員ではないと・・
村の一員かもしれないけど外れの方におりましてね・・
その、今、小出さんは何を買い被って下さっているのか知りませんけど
私をリーダーとおっしゃったけど
おそらく原子力村の方は私がリーダーだとは思っていないと思う

原子力村というのは私の様なものに分かりやすくいっていただくと
いわゆる原発を推進していく学者の方や電力会社、産業界そして国
全部がある種一緒になって 
他の考え方の人を排除している様な格好でこれまで進んできたきたんじゃないかという
批判のもとに使われる言葉ですよね
原子力村・・・その中で住田さんとしてはそうじゃないという想いも持っていらっしゃったという訳ですか?
いやねぇ・・あのー村民の一人だと思いますよ
一人だとは否定はしませんがその一人には村長さんもいれば村はずれに住んでいるのだっているわけでしょ

でも・・そういうても。。あのすみません
原子力安全委員会というのは政府の中の組織でありそこの委員長代理を務めていらしたということは
やっぱり村長に近い方だと私は思うのだけど
まぁ・・・村長じゃなくてね
交番の巡査位なもんじゃないですか・・

つまり・・・どこかに原子力村というものを「これではあかんのや」という思いが
何処かにおありになったということですか?
いやね・・・話せば長い事になるけど
さきほどのご紹介で私は80越したとおっしゃったけど
原子力に首突っ込んだのは20歳少し過ぎの大学卒業した直後位
そのころ日本で原子力をやろうということ自体がタブーだった時代があるんですね
占領軍によって禁止されていた時代もありますけど
丁度大学出る前の年にそれが解けたぐらいですから
もちろん推進する意見もあったし反対の意見もあった
でも、最初少なくともまともな技術者
私は大学の理学部の物理学を卒業したけど
物理学者の中ではね原子力の平和利用などのためにであっても
原子力の研究をすること自体が許されない事だという意見も結構あった
ですから原子力推進派が少数派であった時代もある

なるほど
あの住田先生、過去のいろんな経緯をうかがうとそれだけで時間が終わってしまいますので
申し訳ないんですけどもリスナーの方からもいろんなご質問がきてまして
「個人的には日本には原発が必要だと思ってきたんですが
これほどまでに危機管理が甘かったという事が残念でならない
何でこんなことになってしまったのか、なんでこうして事故の対応マニュアルが作成されていなかったのか」
残念でならないというのは私もある意味で全く同感でありまして
自分がそういうことに努力してきた立場ですし
少なくても、今度福島の発電所F1と僕らは言っているんですけど

F1?
はい。福島第一という事ですね
F1というのは日本の原子力のごく初期から

もう40年経っていますよね
私も仕事で時々行ったりしていましてね
実は東京電力の中でもF1というのはある意味由緒正しいちゃんとしたところで
私は自分の仕事でF1に行ってちゃんとしたところで感心した事があるんですよ

つまり、福島第一原発はきっちりといろんな危機の想定が出来ていた
危機想定とは言いませんけどね
そういう場合の対処の仕方など少なくても10年ぐらい前まではちゃんとやっておられたんです
私の知っている限りでは
すくなくてもこちらはある事故があってその時原子炉止めて色々設置されたんですけど
率直に言ってとっちめてやろうと思わないでもなかったんで
乗り込んでいって色々調べてみて
はっきり言って脱帽しましたね
ちゃんときちっとやってる

へぇ~~
あれだけの管理が出来ていたところが
今回はもちろん地震や津波などいろんな特殊な事情はありますよ

でも、非常電源については全くというほど抜けてたんじゃないですか?
抜けてたわけじゃなくて去年主要電源が問題だというトラブルを起こして
それについては対策を取るという時間的余裕も色々あった筈なんですね

その対策はとったんですか?
とれてなかったんでしょうね

そこですよね
それがね
昔の東京電力、いわば技術者がちゃんとしていた時代の東京電力では考えられない
はっきり言って

はぁ~~~
で、・・あの
国会に呼び出された時に言ったんですけど
他の事はともかく、電力供給は電力会社の一番の使命でしょ
その会社が非常電源が止まったからと言ってね
かなりの時間の猶予10時間ぐらいの猶予があった間にね
万策尽きたというのが私は信じられない
で・・・いったい何をしていたのか聞きたいという
まぁ・・・参考人は質問しちゃいけないんですけどね・・・

つまり10年前までの福島第一だったら非常電源があれほどまでに壊滅状態になる事はなかった・・
いや・・それは
そういう設備になっているんだから仕方ないでしょ

だけどたとえば津波の想定がどうだったかということもあると
いや、あるんですけど
そういう事が起こったとしてもね非常対策を次々自分たちで考えて何かやっていたと思うんですよ
それが出来なかったという事はたとえあれほどの大きな地震だったとしても
なおかつ私には考えられない
だから、何があったのかを聞きたいというのは本当に本音で
残念だという思いと同時に昔の東京電力を知っている者の立場でいいますと
別に東電をかばう訳じゃないんですけど
私なんかが直に勉強した仲間なんかを考えると
そういう人たちがいた頃の東電なら必ず適切な処置を取って
ああいう大事態にまで発展させなかっただろうと私は少なくとも思いたいですね

たとえばそう言う時に保安院、規制官庁ですよね
で、先生がいらした原子力委員会というのは、まぁいわばダブルチェックといういい方されていますけども
先生が先程村はずれだとおっしゃったけど
東京電力云々もあるんでしょうけど保安員そのものが今の東電をひょっとしたら作ってきたかも分からない
そういうお考えはお持ちじゃございませんか?
多分にその傾向はあると思います
東京電力だけが悪いんじゃなくて

村長は東電かもしれないですよ・・ひょっとしたらね
いやぁ
村長は内閣総理大臣だと思いますが

この保安員というところはよくグレーの作業服でしゃべっている方々ですね
この保安員はもともと経済産業庁の中にあるんですね
でもね
一番古いこと言いますと
原子力発電所の安全審査というか第一審査もそこは昔は科学技術庁がやっていたんですよ
科学技術庁の原子力安全委員が出来る頃にはそこがやっていたんですよ
そこが経済産業庁に移ってそこから体質が変わって言った感じはするんですけど


5/4/水---原発推進の重鎮登場-本人いわく「原子力村の外れです...」 2/2

いらした頃の感覚教えて欲しいんですが
今回は人災という言葉もさることながら政治災害だと思っているんです
電力族というのへ現実に政治家の中にいっぱいいたんです
先程から福島を誉められますけど
福島の3号機で2007年にもやっぱりおかしな事故起きていますよね
その時も不問に付してる
いわば・・・事実上政治は
2007年って・・・私安全委員辞めてます

辞めてますよね・・・そうなんですけども
2重3重にザバモレの甘い体制が作られていたと言う感覚は
先生はなかったですか?
そこまでひどくなっているとは思いませんでしたね
だから今度の・・・後になって今頃言ってもしょうがないといわれるかもしれませんけど
あの、その・・・我々のような立場の村はずれの人間から言いいましても
言いたい事というか聞きたい事がいっぱいあるんです
なぜなぜ?という事がいっぱいある
監督官庁や政治家の責任というより 現場の技術者の技術者根性がいかがかと私は言いたい
私は工学部の教官長い事していましたからそう思うのかもしれませんけど
やっぱり技術者というのは自分の技術に対する使命感というものを持っているわけですね
だから政治家がどうだからとか監督官庁がどうだからというより
本当にああいう事態にぶつかったら その魂が発揮されるはずなんですよ
それが出来ないという事が私には非常に技術者として悲しい
原子力屋という以前に日本の技術者として情けないという気がするんですね

先生がおっしゃる技術がその場で発揮されるべきだというのは分かるんですけど
それ以前に絶対安全だという世論を形成してきたですよね
それは・・・私はそんな事一回も言ってないですよ

先生はね・・・
気を付けて。
さっき小出さんがいろんな事言っていたけどね
彼はこう、よく知っていますから私はけじめつけてあんな風に言ったんだと思っていますけどね

いわゆる安全神話というものを何となくムード的に作ってきましたよね
いやー。それはねぇ・・・
あの、心ある原子力屋はしなかった。してこなかった筈だと私は思うんですよ

心ある方の方が多いんですか?
どうですか?ホンマなとこ
それは・・・
いや・・・・

安全だって言ってらした方が・・・そうでなかったらいま想定外だなんてこと
平気でおっしゃれますか?
無制限な安全だとは誰も言っていないと思うんですけどね

絶対安全だと言っていたと思う
う~ん・・・・・
それはねぇ・・・・まぁ・・・形容詞的な絶対安全だということでしょうからね

科学的な絶対ではなかったんですか?
と思いますね
それはね・・・・んーーーそう言ったら大変失礼だけど
マスコミにもね一般への責任はあるんですよ
そう言い方を容認して来られたんですよ
我々が「何何であれば安全だ」という但し書きを付けた時に
その上の何何を面倒だからって消して来たんですよ
絶対安全に賛同はされなかったと思うけど
我々の小さな脚注なんてものはバサッと切ってこられたんじゃないかという気がする

住田さん達は今回事故についての緊急メッセージを出されました
はい。16日に

これは、現役でいらした方々で今回の事をまず謝罪するんだというメッセージを出されましたね
この想いを一言で語っていただけますか
もうその通りです
やはり、我々としてはこれまで原子力を推進してきたとまでは言わないけど
支えてきたと思っていますから
その支え方がやっぱり足りなかったという痛恨の思いはみんな持っています
痛恨の思いと同時にただ自分を責めるだけじゃなくて
誰に迷惑をかけたって考えたらわかる事ですよね
だから、当然そこに謝罪の言葉が一番最初に出てくる

そしてその後で我々にも何かできる事はないか。やりましょうという提言をなさっていらっしゃいます
やりましょう
呼びかけています

住田さん、原発は安全だという言葉を今どんな思いで聞かれますか?
私はある本を書きまして
JCOの事故の事を書いたんですけど
その時に「怖いものを正しく怖がろう」という有名な寺田寅彦さんの言葉をそのまま借用して
それを表題にしてもらったんですけど
表題は「原子力とどう付き合うか」その副題がそういうことだったんです
やっぱり原子力って言うのは
私個人はさっき推進派だと言われたけど
確かにそう思っています。原子力は避けて通れない必要な事だと思っていますけど
ただ、非常に注意深くつかわなければいけない

それが出来ると思われますか?
非常に注意深くすれば想定外って言うのは無しと言う意味だと思うんです
それはできるんですか?
日本は地震国で存在し得ると思うんですか
それは存在させなければならないんですよね

できるんですか?
させなきゃいけないと言うのはご主張で
出来るかどうかは科学的にどうなんでしょう
技術者として責任を持ってそうしなければいけないと思います
それはね、ジャンボ機飛ばして沈下して走らせているこの国ですから
それが出来ないんだったら飛行機に乗るのも無理だし、新幹線も走らせられない
だけど技術というものはね
やっぱり
無理な事を要求しちゃダメですよ
出来ない事はね
だけどその枠の中で我々が安全に暮らせる範囲の中で原子力を使うという事は私は出来ると思う

出来ると思う
それは信念を持って私は言いきっていいと思うんです

出来るのに今出来ていないのは、じゃぁ何でなんですか?
それはね・・・色々足りなかった事があってね

足りなかった事はこれから想定する事はできますか?
いや・・・あのね・・・・それは、だけどね・・・
我々毎日生活してるでしょ。こうやって・・ね・・・
それは一歩外に出たらどんな災害が襲いかかるかしれない
それはどっちかだけど個人ですよね
で、原子力というのはもっと大きなもので
失敗した場合には非常に沢山の方に迷惑をかける
今回がいい例ですね
その事を100も承知の上で充分考えて
しかし日本のような非常に狭い国に一億何千万かの人間が生活していくために
どうしてもエネルギーがいると
それは

あっ、時間になりました。またどうぞ是非いらしてお話しうかがわせてください
住田健二さんに伺いました



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