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小出裕章氏講演会1/13敦賀市 (内容書き出し) 

小出裕章講演会「未来は創れる!!今できることを」敦賀市(2013.1.13)


皆さんこんにちは。
私はこの敦賀に、「もう何十回来たかな」と思いながら皆さんのところに来ました。
でも、若い人から、歳を取られた方まで、沢山の方が集まって、今日この場所を作って下さった。


非常に特殊な、
私から見ても非常に特殊な、今日の場だと思います。
この集会の準備をするまでにどれだけの努力をみなさんが積み重ねてこられたかと思うと、
大変ありがたく思いますし、
会場が満員になるほどのみなさんがこの場に集まって下さった事を大変うれしく思います。
ありがとうございました。

ー拍手ー


敦賀という町は、もちろん原子力とともに生きてきた町です。
原子力を失った敦賀という町を想像することはなかなか難しいことでもありますし、
原子力発電所を立地されてしまったどこの地域も、多分苦悩しているのだろうと思います。

しかし、私自身はその苦悩を超えて、やはり原子力からは足を洗うべきだと思っています。
その事を今日は聞いていただこうと思います。

早速話を始めます。

小出裕章敦賀2013011311

これはみなさん分かって頂けると思いますが、地球です。
月からみた地球の写真です。
宇宙という暗黒の広がりがあって、その暗黒に広がりの中に青く輝く星といわれて、
私たちが、今、生きている星があります。

宇宙というのは広大無限で、いったいどこまで繋がっているか、
それすらがよく分かりません。
いま私はプッとボタンを押すと光がつくという道具を持っていますが、
この世界で一番スピードの速いものはこの光だと言われています。
1秒の間に地球を7回半も回ってしまうという速いものだそうですが、
その光が一日経っても宇宙の果てには行かれない。
一年経っても、ひかりは宇宙の果てには届かない。
それどころではない、10年でも100年でも1000年光が走っても宇宙の果てには届かない。
それどころではない。
万年走ってもダメだ。
実は1億年走っても、まだ宇宙の果てには光は届く事が出来ない。
なんと、100億年走っても、実は宇宙の果てには行かれないという、
それほど広大無変なものが宇宙です。

その宇宙の中で、私たちも含めて、いのちというものが根付けている星。
それが地球です。

私たち人間は、どこか他の星に命が根付けていないか?ということを、
長い間探し求めてきましたけれども、未だに命の痕跡を見つけることが出来ない。

この地球という星だけが、広大無変な宇宙の中で命というものが根付ける
大変稀有な星だということがわかっています。

この星は46億年前にできたのだそうです。
初めは火の玉でしたから、いのちはもちろん根付けませんでした。
その火の玉がだんだん冷えてきて、
水というものが出来て海が出来て、大気が出来て、宇宙に飛び交っている放射線が遮られるようになって、
ようやくこの星に命が根付けた。

初めの命は多分大変原始的な命だったと思います。
その命が絶滅して、また次の命があらわれて、
そしてそれが絶滅して、また次の命が現れるということで長い歴史をたどってきました。

その長い命の進化の中で、人類という私たちもこの星に生まれました。

初めはサルかゴリラのようだった生き物が、ある時に直立して歩けるようになりました。
背骨の上に頭を支えるという事が出来るようになって、
重たい頭でも大丈夫だということになった。
そして手が自由に使えるようになったということが、
人間という私たちを特徴づけて、こんな生き物ができました。
こんな生き物が出来たのは、たぶん400万年ぐらい前の事だろうと今は推測されています。

小出裕章敦賀2013011312

その生き物が長い間自然に溶け込むように生きてきたわけですが、
ある時から道具を使って、他の動物たちを獲って食う事を覚えました。
「狩り」という行為ですね。
約10万年前だそうです

それからまた、長い歴史を経て、次には農耕を覚える。
自分で作物を作って、それで生活を支えるという事を覚えるようになりました。
そうなると集落を作って特定の場所に居着く事が出来るということになった。
これが約1万年前のことだそうです。

そしてまた長い歴史を経て、今日の私たちのように、
大変な贅沢をしながら、沢山のエネルギーを使いながら生活するという人類になりました。

その人類がそれぞれの時代に
どのようなエネルギーを使ってきたのかという事を1枚の図にしたのがこの図です。

0:06:52

産業革命以来エネルギーを使うようになった。

刹那的歴史の時間の長さ 
46億年を4600mに置き換えてみると、人類はどこで誕生したのか?
地球誕生 4600m
産業革命は0.2mm

17分ごろ~
種の絶滅
産業革命以降沢山の生物が絶滅に追い込まれていっている。
たった一つの命の人間がエネルギーを沢山使うことによって
他の生き物をどんどん絶滅させていっているというのが現代になっています。
もしこんなことを続けていくのだとすれば、
地球の生態系を支えているバランスというものが必ず崩れると私は思いますし、
その挙句には人類が絶滅するのだろうと思います。
人類は自分の事を霊長類という種類に分類して、人間は万物の霊長だというような事を言っていますが、
他の命を巻き込みながら、自分で自分の首を絞めるというような事をやろうとしている生き物です。
誠に愚かな生き物なんだろうなと私は思うようになりました。

そんな事をしながら人間は、今度は原子力という物にも手をつけてしまいました。

初めは、蒸気機関を動かすために木を切って、水を沸騰させました。
しばらくして石炭という物を見つけた。
しばらくして今度は石油を見つけるというような事をやってきたわけですが、
とにかく何でもいいからエネルギーが欲しいと。
エネルギーさえあれば豊かに生きられるというように思いこんで、
原子力という物にも手を染めてしまうことになりました。
かくいう私もその一人です。

人間が豊かに生きるためにはエネルギーがどうしても必要だと、
化石燃料は枯渇してしまうから原子力だと。
私自身が思いこみました。

19:22
日本で原子力が始まった頃にどんな風に考えられていたかという新聞の報道。

※豊島公会堂ではここで笑いがあったけど、敦賀ではシーンとして聞いています。


22:46
原子力の発電の原理
原子力発電も火力発電も湯沸かし装置
お湯を沸かして沸騰させるだけ。蒸気機関と同じ。

24:30
原子力発電は都会には建てられません。
それはウランを燃やすからです。
ウランを燃やす核分裂させてしまえば核分裂生成物が出来てしまうからです。
とんでもない量です。どれ位の量か?

広島を壊滅させたウランの1000倍の量が必要いなる。
これだけのウランを燃やすと別の問題が出てくる
原子力発電所を1基動かしてしまえば
1000倍を超えた死の灰を原子炉の中に生み出してしまうということになります。

27:40
福島原発事故、今、進行中
4号機の中には広島原爆の5000発分が残っています。

一度燃やしてしまうと核分裂生成物は炉心に蓄積していく。
発熱しているためいついかなる時でも冷やしておかないと溶けてしまうという性質を持っています。


37:31
日本の汚染



ーー


49:44
10万人を超えるような人たちが、自分の住みなれた故郷を奪われて、
今現在流浪化しているというそういう状態になってしまっています。
でも本当の事を言えばそれだけではないのです。
こんなに広大な地域の人達を追いだして、流浪化させなければいけないという、
そういう汚染がすでに生じてしまいました。


これだけの事を起こしながら原子力を推進する人たちの中には
「そんな事言ったって被ばくをして死んだ人はまだいないぞ」というような人がいるようです。
私は大変驚きました。
死んだ人は沢山います。

小出裕章敦賀2013011313

これも新聞記事の一つですけれども、
これは福島県の原発が立地していた大熊町という町の事を書いています。
その町に双葉病院という大きな病院がありました。
約400人の人が入院生活を送っていた。
原子力発電所から約4kmのところにその病院があったのですが、
原子力発電所が次々と爆発していく。
放射能が噴出してきて、病院で放射線を測ってみると、どんどん上がっていくという状態になった。
警察官すらが「もう逃げるしかない」と言いだした。
病院の関係者は苦悩しました。
自分が毎日面倒を見てきた患者がそこにいるのです。
病気で動けないというような人たちが沢山いる。
「逃げろ」って、どうやって逃げるか?
苦悩の挙句、何とか逃げようとしました。
ベットごと下におろして車に乗せて避難所に連れていく。
でも避難所が満員なんで、また次の避難所へ運ぶというようなこともやりました。
そんな中で何人もの患者が死んでいくということになったわけですが、
連れ出すことすらできない患者は90人も置き去りにされて、
そこで次々と死んでいくということになりました。

これはひとつの病院です。
沢山の病院でこういうことが起きている。

そして津波でやられた町には、沢山の人が取り残されて、
逃げたくても逃げられない状態だった。

でも、避難しなければいけない。
誰も助けにも行かれない。

という中で、次々と沢山の人達が死んでいったということになったのです。


それだけではありません。
たとえばこんな人もいました。

小出裕章敦賀2013011314

これは、酪農家ですけれども、自分が飼っている牛小屋のベニヤ板に
「原発さえなければ」と、チョークで書いて、この場所で首をつって死にました。

農民は、自分が育てたキャベツ畑で、
放射能に汚染されてしまったキャベツを見ながら、
その場所で首をつった農民もいます。

長い間その土地に生きてきた人たちが、生活を丸ごと奪われる。
そして死んでいかなければいけないというようなことが、
沢山実は起きてきたし、今でも続いているのです。

死んだのは人間だけではありません。

小出裕章敦賀2013011315

これは牛です。
20kmの範囲の人達は政府の指示によって、
「万一の事を考えて、とにかく手荷物を持って避難しろ」といって迎えのバスに乗って逃げました。
しかし、家畜はみんな置いてきたんです。
この酪農家は「とにかく避難はしたけれども、自分の家畜を置いてきてしまった」と、
そしてこの酪農家にとっては、自分の牛たちは「家族」です。

1頭1頭牛には名前が付いている。
朝起きてその牛の名前を呼びながら、体をさすって、えさを与えて、
一緒に生きてきた牛たちを取り残してきてしまったと。
そして、この酪農家は放射能の防護服を着て、吸い込まないようなマスクをして、
牛にえさをやりに戻ってきました。

でも、全ての酪農家がこういう酪農家ではなかったのです。
沢山の牛が囲われたまま逃げることもできずに次々と倒れていきました。
(倒れた牛の写真)

倒れていったのは牛だけではありません。
馬だって、繋がれたまま、囲われたまま、そこで命を奪われるということが続いていきました。

「囲ったまま殺すわけにはいかない」ということで、ある酪農家、畜産家は牛たちを解き放ちました。

小出裕章敦賀2013011316

解き放たれた牛たちは、無人になった汚染地帯で今でも生き延びています。
何百頭もの牛たちが、汚染地帯でさまよっているという状態が今続いています。

その牛たちを日本の政府は「全部殺戮する」という指示を出しています。

汚染地帯に住んでいる牛たちは、全て汚染されてしまっている。
そんな牛が外に出てきてしまったら困る。
ということで、こんな牛を「全部殺せ」と政府は言っています。

それに抵抗して、牛たちを何とか守ろうとして、
今牛たちを集めている酪農家、畜産家もいますけれども、
でも、多くの牛たちは、先ずは囲われたまま、
そして解き放たれた牛たちも日本政府の手で殺戮され、
あるいは食べ物を得る事が出来ないで死んでいくという状態になっています。

家畜だけでもありません。
犬も、猫も、いわゆるペット達が、飼い主から見捨てられて
今彷徨っているという状態です。

小出裕章敦賀2013011317

これはやはり原子力発電所が立地していた福島県の双葉町という町の写真です。
その双葉町にはこんな巨大な看板があります。
なんて書いてあるかというとこうです。

「原子力正しい理解で豊かなくらし」

「原子力発電所が危ない」と言って歩くような奴がいると、私のような人間ですね。
「そんなような奴の言うことは聞くな」と。
日本の国が「原子力発電所は絶対安全だ」と言っている。
東京電力だって「原子力発電所は安全だ」って言っている。
「それを正しく理解してしまえば、後は山ほどお金が来るから豊かな暮らしが出来る」
というのがこの標語の意味です。

失礼ながら敦賀の町にもこういう看板が立っているのではないかと、
私はつい錯覚をしてしまうぐらいですけれども、
原子力発電所の立地を認めた地域というのは、
みんなこうやって、原子力のお金にすがって
「まぁ、事故は起きないだろう」と思いながら今日まで来てしまったのだと思います。


56:59
日本は「法治国家」か?

この事故を前にして、では日本の政府は何をしたのか?という事を聞いていただこうと思います。
日本は法治国家だと言われています。

何か国民が悪い事をすれば、国家がそれを捕まえて処罰すると、
だから日本の国には悪いやつはいないからみんな安心して生活し路というふうに日本の国は言ってきました。

「それなら」、と私は思います。
法律を守るのは国家の最低限の義務だと。
そして、放射能、被曝ということに関して、日本の国家が決めた法律は沢山ありました。

たとえば、「一般の人は1年間に1ミリシーベルト以上の被ばくをしてはいけないしさせてもいけない」
という法律がありました。。

そして今聞いていただいたように、
「放射線の管理区域から物を持ち出す場合には、
1㎡当たり4万ベクレルを超えて汚れているようなものは、どんな物でも持ち出してはいけない」
という法律があったのです。

しかし残念ながら過去形です。

「もうこんなものは守れない」と、
さっき見ていただいたような猛烈な汚染が生じてしまっていてダメだということに気がついて、
この事故を引き起こした最大の責任がある日本国政府。
というよりはむしろ犯罪者である日本国政府は何をしたかというと、

自分が決めた法律を一切反故にしてしまった

人々を汚染地帯に捨てる。
「1ミリシーベルト以上の被爆をしたってもう諦めろ」と。
「逃げたい奴は勝手に逃げろ」というようなことにしてしまったのです。

0:58:48
チャップリン殺人狂時代

1:00:44
この事故の本当の被害の大きさというものを考えてみたいと思います。
先ずは土地が失われます。

私はここに「失われる」と書いたのですが、
「土地が失われる」ってどういうことでしょうか?

無くなる訳はないですよね。
ここだって、敦賀の町はちゃんと土地がある。
これが失われるってどういうことだろうな。
この土地を誰か他の人に売ることはできる。
そして他の人はこの土地を使えるようになるわけですね。
みなさんが持っている土地だってそうです。
それを誰かに売れば買った人はその土地を使うが、皆さんは金を懐に入れるということになわけですが、

放射能で汚れた土地だけは誰が所有しても使えないのです。

無くなってしまうのです。

今現在面積にして約1000平方kmです。
琵琶湖の1.5倍です。

今日この会場に関西の方から来られた方もいらっしゃると思います。
琵琶湖のほとりをずっと列車が走ってきますけれども、
琵琶湖は本当に広大です。
その広大な琵琶湖の1.5倍ほどの土地がすでにもう失われてしまって
人々が戻る事が出来ない土地になっています。

そして本当の事を言えば、約2万平方kmという土地が放射線管理区域にしなければいけない
つまり無人にしなければいけないほどの汚染を受けてしまっている。
でもそんな事は到底できないということで、
日本の国家がその土地に人々を捨てたのです。

そうなればその人々はその土地に生きるしかありませんので、
今も汚染地帯で生活しています。
そうすると被ばくをしてしまうと。
大人も子供も今現在も被ばくを受けながら生活をしているということになっています。

そして生活するためには稼がなければいけません。
農民は野菜を作ります。
酪農家は牛乳や乳製品を作ります。
畜産家は肉を作ります。
そうやって生きるしかないのです。

自分が被ばくしながら生活の糧であるものを作っていく事を今現在やっています。

そういうものが今度は流通機構に乗って全国に流れていくということになります。
当然汚染地帯でつくられた野菜も肉も酪農製品も、
この敦賀という町にもきています。

そういうものをみなさんが目にした時に、どういう行動をとるのでしょうか?
「放射能で汚れているだろうな」という食べ物お店で売っている。
多分普通の方は、「それは買わない」ということにすると思います。
そうなるとどうなるか?といえば、
福島県の一次産業が崩壊するんです。
それにつれて沢山の生活が崩壊していくということになります。

猛烈な被害です。

一体どれだけのお金になるのか実は分かりません。
この事故を起こした最大で直接の責任は東京電力にあると、私は先程聞いていただきました。
日本きっての巨大企業で、経済界に君臨して、
政治に金をばらまいて政治を自由に操って、
マスコミに金をばらまいてマスコミを自由に操って、
地域に金を落としていって、地域住民を丸ごと自由に操るというようことをやりながら
巨大になって来た会社です。

その会社が嘘をついてこの事故を起こしたのです。
私は絶対的に東京電力に責任を取らせるべきだと思います。

ー拍手ー

あ、ありがとうございます。
ただ残念ながら日本の国はそうしないと決めたのですね。

東京電力を倒産させてしまうと、東京電力の株価がゼロになる。
そうなると巨大な株主が困ると
ようするに、銀行ですけれども、困るので、東京電力を倒産させない。
そのために国のお金を東京電力に渡して、東京電力を支えるというような事をやっているのです。

しかし国の金っていったい誰の金ですか?

私たちの金です。

私たちの金であるという以上に、
福島県でいま自分の故郷を奪われて流浪化した人、
汚染地帯に取り残されて被ばくを続けている人、
そういう人たちの金です。

その金で東京電力を支えるなんていうことをやっている。
本当にあり得ない事をやっていると思います。

しかし、今回の事故を本当に補償しようと思うなら、
東京電力なんかなんか言倒産しても購いきれません。
本当の事を言えば日本の国家が倒産しても購いきれない。
そんな被害がすでに出てしまっている。

しかし、政治もそれをきちっと言わない。
マスコミもそれを言わない。

みなさんもそうかもしれないけれど、
何となく福島の事故はもう終わったのではないかと、だんだん、だんだん、思いこまされてしまうという、

そういう状態になってしまっています。



1:06:15
変わってしまった世界の中で

私からみると世界は完璧に変わりました。
私は先程聞いていただいたように京都大学原子炉実験所でずーっと仕事をしてきました。
自分の放射線管理区域の中も出来る限り綺麗にして
私自身が被爆をしないように注意をしてきましたし、

管理区域の中から外へ放射性物質を持ちだしてみなさんを被ばくさせないように、
細心の注意を払いながら40年生きてきました。
しかし、事故が起きてしまって、
さっき見ていただいたように人々が普通に生活する場所が放射線管理区域以上に汚れているんです、すでに。

土地も食べ物も、がれきも、下水の汚泥も、
全てが放射性物質と呼ばなければいけないようなものになってしまいました。

今もまだ汚染地帯で生きている人たちがいます。
被ばくをしたくないから、何とか逃げたいと思っていると思います。
自分はともかく、子どもだけは逃がしたいと思っている人も沢山いると思います。
もしそういう人がいるのであれば、
京都大学原子炉実験所で私が管理している放射線管理区域の中に逃げ込んできてくれればいいんです。
そうすれば被ばくをしないで済むという、

私からすると世界が全くひっくり返ってしまった。

3月11日の前は、管理区域の中が放射能で汚れていて、その汚れを外に出さないようにしていた。
今はもう外の方がはるかに汚れてしまっているという、そういう状態になってしまっている。

でも残念ながら私には時間を元に戻すことはできません。
みなさんもそうだと思います。
この汚れた世界で生きるしかないと。

それなら後は、こんな事態を許した大人としてどうやって生きるか?
ということが私たちに問われている事だと思います。


なんとかこれからどうやって生きていけばいいか、
どういう世界を作っていくかということをしっかりと考えるということが私たちの責任だとおもいます。


1:08:31
それを考える上で、原子力というものはいったいどんなものか?ということを少し考えてみたいと思います。
地下に眠る資源はどれだけある?

1:13:45
原子力を止めても停電しない証拠


1:18
関西電力を助けるら目だけに再稼動しました。

1:19:17:
これからどういう世界を作っていけばいいのか?

太陽のエネルギーを上手に使うことがこれからの未来を切りぬける唯一の策だと私は思います。
ただし、ですが、太陽に全て頼ってしまうことは、それもまた危険です。

1:21:34
危い日本の環境

どんな危険があるのか?

1:28:20
地球家族。
申し分かりませんが家の中のものを全部出して写真を撮らせて下さい解いて写真を撮った

1:30:
人工衛星からみた夜の日本


1:33:15
原子力は廃絶できる

仕事が無くなっちゃう、なんとかしてくれという悲鳴のような声が書いてある。

1・34:55




質問
1・35:09
再生不能エネルギーの認識
再生可能エネルギーを活用することは

太陽以外の風力、水力
太陽エネルギーと一言で言いましたが、小さな水力発電
小さな単位で使っていくという方向に移動するべきだと思う
それぞれの場所地域分散型がいいと思う
一番大切な事は省エネ
そこからシフトしていく


質問
1:37:35
福島の原発の現状
シビアアクシデントの原因地震と津波
セシウム、3号機が少ない、核爆発?

1:38:39
事故の原因
日本政府は津波が悪い
地震が引き金だという主張もたくさんある。
私は多分そうだと思うが現場にいけないので確証することが出来ない。

1:41:47
3号機
核爆発の答。


質問
1:43:08
分かっているけど止められない
核抑止力
手放せない政府の事情

(長くて質問になってない)
敦賀に住む者はどのようにしたらいいのか
何が効果的なのか?

1:46:22

いまだに止めることが出来ない大きな理由に核兵器を持ちたい欲求があるのは本当だと思います。
核を求めた日本
NHKが放送し始めるという時代になって来た。
1:49:
どうすればいいのか→スミマセンが分かりません。
今日私がここにいる事がとても嬉しい。敦賀という原子力の事を話せない場に立ち会えた事がとても嬉しい。

質問
1:50:15
家の中の物の量を考えた。
使用済み核燃料をどういうふうに管理していくのか?貯蔵していくのか?

1:51:18
使用済み燃料をどうすればいいのかの完全な回答はない
120万発
日本学術会議
モンゴル計画
地下に埋めてはいけないからお守が出来るような貯蔵施設を作ってそこで重りをするというのが最善と思っている。
どこかのもっていって保存しようとしている。
東電は青森県むつ市につくろうとしている。私はそれが反対。それは東京につくれと私は言っている。
東京電力の本社ビルの地下


1:57:00
故郷を歌って終わり




「原発事故で死んでない論」は許されない8/12こちら特報部(書き出し)


エネルギー・環境の選択肢に関する意見聴取会
7/16[名古屋会場]中部電力社員の意見全文書き出し(動画あり)

中部電力社員:
昨年の福島事故でもそうだというふうに考えています。
えーー、放射能の直接的な影響で亡くなった方というのは、え、一人もいらっしゃいません。
それが、今後、5年10年経っても、この状況は変わらないというふうに考えています。





”核”を求めた日本ー被爆国の知られざる真実ー(内容全て書き出しました)











敦賀で原発に頼らぬ地域づくり訴え 京都大原子炉実験所の小出助教講演
福井新聞(2013年1月14日午前7時05分)
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講演する京都大原子炉実験所の小出助教=
13日、福井県敦賀市きらめきみなと館

京都大原子炉実験所の小出裕章助教は13日、
原発3基が立地する敦賀市のきらめきみなと館で講演し、
原発に頼らないエネルギー政策や地域づくりの必要性を訴えた。

14基の原発が立地する福井の現状と将来について考えてもらおうと、
市民団体の福井ピースアクションなどでつくる実行委員会が企画した。

小出氏は500人超の聴衆を前に、
東京電力福島第1原発事故で東電と政府が責任を取っていないと厳しく批判。
人口減少社会での省エネやエネルギー利用減をにらみ、太陽光中心の政策に転換すべきだと強調した。

原発立地地域に関しても
「交付金などにすがり、事故は起きないだろうと今まできたが、誰も責任を取らない」と指摘。
「原子力は廃絶できる。仕事や生活の不安、苦悩を受け止めながら転換するしかない。
廃炉、解体作業で仕事を共有するなど知恵を集めるべきだ」と持論を展開した。

会場では、県内ミュージシャンのライブ演奏やクラフトマーケット、アート展などもあった。




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