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05.07
Sat

原発被爆労働者と呼ばれる松本さんのお話しです
具体的です
原子力発電所が稼働している限り
このような労働を自分では知らないままさせられてしまう人々が後を絶たないのだろうと思いました。

『野宿労働者の原発被曝労働の実態』をテキスト化していただきました

約15年ほど前に出した、原発での被曝労働を体験した野宿の仲間の話をまとめたパンフレットの一部をテキスト化したものです。
寄せ場の日雇い労働者や、野宿の仲間たちの中には、原発での労働で被曝し体をボロボロに壊している人達がいます。
私たちが原発の問題を考えるとき、これら最末端で働く(働かざるを得ない)人々の視点は不可欠であると考えます。

続きを読むパンフレットの被曝労働の部分の抜粋です。



松本さん(被曝労働体験者)の話

司会:では、次に移りたいと思います。新宿で野宿している労働者の松本さんをご紹介したいと思います。
いま、藤田さんのお語にあったように、下続け孫受けの業者が、清掃等の形でくるわけですが、
はじめから原発の仕事だって公募することはまずありません。
松本さんの場合もそうですが、駅の手配で、仕事に行くときにも、簡単な拭き掃除だということしか教えてもらえなかったと。
それで連れて行かれたところが原発の中だったということです。
寄せ場や野宿の労働者はおそらく圧倒的にそういう形で連れていかれて、
多くの場合は出てくるときに口止めをされているために実態が明らかになっていない。
儀たちもどういう業者なのかつかめていないので、どこを叩けばいいのかわかっていない。
実際中でどんな仕事をしてきたのか聞きたいと思います。

連れて行かれるまで

松本:こんにちは。私は新宿でみなさんにお世話になっております。
こちらの先輩の方から今日のお話を聞きまして、
ぜひ自分の体験したことをみなさんにわかっていただきたいと思いまして、おじゃまさせていただきました。
私ね、戦争で耳やられちゃってきこえにくいのでそのへん勘弁してください。
新宿でお世話になってるのは5年目、いいコケのはえてる親父です。
その前はね、食い物のほうが本職なんですよ。
6年ぐらい、京都で仕事してまして,そいで契約がきれまして、東京へね、帰ってきたわけです。
まだ新宿のことは何も知らなかったんですよ。
そいで退職金やなんかね、20万以上もってたんで、正直上野で遊んでぶらぶらして、勝手なことやってたんですよ。

そのうち上野の駅でね、肩たたかれて、「君、何やってんだ」って言うからね、
「関西で仕事やってたけど、帰ってきてぶらぶら遊んでるんだよ」って言ったら、
「楽な仕事があるからね、半年でも一年でも働いてくれないか、責任持つから」って言うんですよ。
で、「どんな仕事か」って聞いたの。
そしたら「お宅ね、年輩者だから、土方やなんか経験あるだろ」って言うから、
「ないよ、関係ねえから。食いもん商売だから」って。
「そいでも大丈夫だから、行ってやってみないか」って言うんですよ。
掃除仕事だって。ただ雑巾やなんか持って掃除してくれればいいって。
それならね、ぶらぶら遊んでてもしょうがないからって.そしたらね、私のそばにいた友達が一緒に話を聞いてましてね、
私も行ってみようかなって.
そしたら手配師が、「二人でも三人でもいいや.立ち話でもなんだから、喫茶店でお茶飲みながら話しようや」って。
コーヒーごちそうになったりケーキごちそうになったりして語を聞いたところね、
常磐線に土浦、荒川沖ってところがあるんですよ。

そこに一緒に行きましたら、手配師が電話かけましてね、迎えの車よこしたわけですよ。
そいで乗ってきましたところが、荒川沖って駅から、だいたい20分ぐらい離れたところにね、
会社っていうんですかね、飯場でね、前に来てたのがね、15から16人いたんですよ。仲間が。
そこでいろいろ話聞きましたら、責任者っていうんですか、職長っていうんですか、私たちの面倒をみてくれる、
世話役っていうんですか、その人に聞きましたら、土方なんか絶対やらせねえからね。
もう夕方も5時から6時には帰ってきて、遊んでりゃいいんだからって。
そいじゃあせっかく荒川沖ってとこまで来たんだから、帰るのもなんだからって思って、やらせてもらいますって言いました。


作業

ところがね、最初はね、東海大学でもってね、二日ぐらい、いろいろ聞いたんですよ。
作業をね、どういうことをするか、つてね。
研修っていうんですかね、早く言えば。

そいで3日目からね、朝、車にのっけられてね、
前日にいった東海大学に行くのかと思ったら、水戸を通り越して、東海村っていう、原子力の発電所があったんですよ。
全然知らなかったの。
門前でストップしまして、職長さんていうんですか、それから世話役さん、一緒に行った会社の責任者、
そういう人がね、ちょっと用があるからって言って、私たちを置いてね、帰っちゃったわけですよ。
なんだ、無責任な野郎だなと思って。

そしたらね、原発のね、職員さんが「いらっしゃい、よく来てくれました」って。
なんもわかんないだろうから、こっち来てあたしの説明を開いてくださいって。
そいで連れて行かれた所で、以前、健康を害してないかとか聞くんで、やせてるけど体だけは丈夫だよって答えて、
そしたら詰め所みたいなとこがあってね、着替えてくださいって言うんですよ.
おかしいなって思って。
そしたら上下真っ白いやつを着せられて、作業服って言うんですか、
それとね、針とメーターがついたやつ、わかんないけどさあ、くっつけられて、
さあどうぞ現場へ行ってくださいって言うわけですよ.帽子かぶってね、マスクしてね.

何するんだろ-つて思って行ったところがね、
さあ、仕事はじめてくださいっつったちね、なんつったらいいんですか、煙突みたいなね、太いやつがあるんですね、
そこにね、梯子みたいなのがかかってるんですよ。
それをかわいた布、はやく言えば雑巾みたい、ちょっと薬品がついてるんですね、渡されて。
そいではしごの途中に体休めるとこ、高いとこですから、
休憩所っていう動くように上がったり下がったりするとこがあるんですよ。
それに乗っけられてね、ここで仕事してくださいって。
どうすんですかって、とにかくここをきれいに掃除してくださいって。
中を.そいで、台がぐるーつと回るんですよ.

藤田:それは煙突の中ですか。

松本:中。そこをふいてくださいってね.
においかいでみたけど,なんの薬だかわかんないけど、においがするんですよね。
そいで1時間ぐらいやると、30分くらいで休憩だって言うんですよ。
こーりゃいいや、楽ちんだって(笑).
ところが、やってるうちにね、「ガーガーガー」って鳴り出すんですよ.

藤田:何分ぐらいで鳴りました?

松本:15分から30分ぐらいの問。
そいでね、赤いレッドゾーンて言うんですが、これがオーバーして、針がピーピッてものすごい音が鳴るんですよ、
こっちはわからないから一生懸命やってると、「はい、きゆうけ-い」って。
そいでまだ休んで,またやる。
針がもとに戻っちゃう。
そいで始めると、針がピーッて。おっかしな仕事だなーと思って.

具合が悪くなる

そいでね、二日三日はなんともなかったんですよ。私と一緒に行った友達も。
そしたらねえ、5日か6日、だいたい一週間ですね、
夜、会社へ帰ってきて食事しても、なんだかねえ、風邪ひいてんのかな、体がだるくてね、
痛いとかそういうんじゃないんですよ、わかんないけど、
なんだか知らないけど、体がだるくてしょうがねえなあって仲間と話してたんですよ。

そいでねえ、ちょうど3カ月目です.
私ね、戦争で耳が悪いんですがね、のどはなんともなかったんですよ。
ところがねえ、会社帰って寝ると体があったまってくるでしょう、そうすると苦しくてしょうがない、ごほんごほんってね。
そいで責任者にね、体温計貸してくれって言うとね、
一応貸してくれてね、38度あるんですよ.
そいで朝になって、寝不足だけど、やっぱり起きろ仕事行けっていうから、ほいで行ったけど。
自分でも考えたんですよ、こんな喉痛くなるような覚えないんだけどなあ、つて。
悪いけど、やめさせてくださいって、調子悪いから。ここやめて東京帰って医者にみてもらうからって。
自分の体だからね.そうしたら、我慢してやってくれって言うんだよね。
でもね、5~6年前の一日の日当がね、1万5千から1万8千くれたんですよ、
だけど、そんなお金もらったって、体に代えらんないもん、命に。悪いけど勘弁してくれって言って。

友達の死

一緒にいた友達にね、どうだ、具合悪くないかつて開いたけど、
「今んとこ俺なんともないけどなあ」って.でも一緒に帰ろうやって。
この方はね、秋用で農家の方、農家だけでやってかれないから東京出てきて、奥さんと子供と住んでて。
で、私は一人で東京へ帰ってきて、その方はどのくらい仕事やったかわからないけど、ご無沙汰しちゃったんですよ。
そしたら最近ね、私の子供がね、浅草にいるんですよ。
子供が、「親父さんこういう人から連絡あったけど知ってるかい」って言うんですよ。
ああ知ってるよ、なんだい、って。そしたら、死んじゃったよって。
なんだい、あんな丈夫で、だるまさんみたいにころころしてたのに。
お葬式に行ったんですよ。
そしたら、奥さんが泣くばかりでね。子供も下が小学生でねえ。

どうしたんだいって聞いたら、あれから一年ぐらい余分にやったんだって。
いわゆる白血病になっちゃったんだそうですよ。治んないそうですね。
そいで最後のお別れに、お棺の中を見たら、あんなふさふさしてたのがねって、私よりやせちゃっててね、
食事も全然受け付けなかったそうですよ。

どうだい、奥さん、最後は苦しんだかって聞いたら、苦しんで苦しんで苦しみぬいて逝っちゃったって。
正直、私も泣いちゃったですよ。

またこういう原発の問題が起きてるんですよね。
私は、自分らがそういうふうに友達をなくしてるし、原発を経験して、もう治らないって言われた喘息もってるから、
これはそういう仕事やった影響だって医者に言われましたよ。
一時直す薬はやるけど,もう直らないよって。そういう体ですからね。
絶対仲間を行かしちゃだめです。体張っても絶対反対します。

一カ月ばかり前に、また上野と新宿でね、私が知ってる熊川って手配師のボスが死んじゃって、
その子分が上野とか新宿とか池袋とか、原発の仕事引っぱりに来てるんですよ。
先日、仲間の人には黙ってますけど、手配師見つけたから、また引っぼりにきたのか、いい加減にしろって.
いや、そうじゃねえよとか言ってたけどさあ。
池袋の仲間、馬場の仲間 こういうの経験したことないから。
今ね、日当ちょっと上乗せしておいしいこと言われれば、仕事がないときだから、話にのっちゃうかもしれないけど、
私はもう絶対反対ってね、それだけはみなさんに言いたい。

ここでよけいなおしゃべりしましたけどね。
これからも何かの集まりがあったら参加させてもらって、絶対反対の運動の仲間にいれさせてください。
よろしくお願いします。

司会:もうちょっと具体的に聞きたいことがあれば。

藤田:最初、東海大学で二日間研修があったと。どこの東海大学ですか。

松本:大洗かどっかの。最近できたとこらしいです。

藤田:そこでどういう話を聞いたんですか。

松本:それはね、知らない人は、こういう仕事だっていうと反対運動だとかいろんな話をふきこまれるだろうけど、
決してそんなことはありませんから。
もし何かあったら、職員のほうで責任持ちますからって言われましたよ。
じゃあ、厚生年金もつけてくれるのかって聞いたら、やりますって。
国家的事業ですからって。ずいぶんでかいこと言うなあって思ったんだよ、おれは(笑)。

なすび:安全のためにこういうふうにしないさいって話はありました?

松本:ありました。ふつうの土方と違って、一日やってるわけじゃないから。
疲れたなあって思ったら、ひとこと言ってくれたら、休憩して休んでくださいって。言うんですよ。
ずいぶん調子いいなあって。
でもここにつけた赤い針がオーバーしてくると、ガガガガッて鳴るんですよね。少し休むと戻る。

藤田:戻るっていうのがわからないなあ。
あー、ポケット線量計か。計は針があがって下がる。
もう一つアラームメーター、ピーッて鳴るやつは、設定されたところを越えると鳴りっぱなしになる。
あともう一つフィルムバッヂっていうのを持ってて、それは現像して後でわかる。写臭があります。

なすび:まっちゃん、こういうの(岩波ブックレットの中の写真)?

松本:あ、そうそうそう。

藤田:白い作嚢着でしたか? 赤とか黄色ではなく。

松本:真っ白です。

藤田:目は?

松本:防塵マスクかぶって。オートバイのる人がするようなね.

藤田:作業区分としては、たぶんパイプの内部の除染作業ですね。大きさほどのくらい?手で握れるくらい?

松本:ふたまわりくらい(手を抱えるようにして)大きかったかなあ。

藤田:縦ですか? 長さは?

松本:縦。長さはそりゃちょっと見当つかないですねえ。

藤田:「ほうかん」、っていうのいたでしょ。放射線管理者。現場監督。

松本:職員さんですか?いましたよ。私らが乗っかってる下にいた。中にはいない。作業状況をチェックしてるわけだよ。

藤田:鳴ったら出てきなさいとは言わないわけですか。

松本:言わない言わない。

参加者A:行ったのは、東海村の原発?動燃でもなくて原研でもなくて?

松本:一番先にあるんだよ。

藤田:あそこは、最初は動燃、それを通り過ぎると、原研があって、第二原発があって、第一原発があるんですよね。

松本:そう、一番奥。

藤田:じゃあ第二か第一だな。3カ月間ずっとそれをやったんですか? 同じ場所で?

松本:そう。単調ですよ(笑).

参加者A:ずっとトンネルの中を上から下まで。かわいた布で。

松本:そうそう。薬品みたいなのついてんですよ。かすかに匂いはしたけど。

参加者A:マスクはどんなマスクでしたか。

なすび:ここに二つあるんですが。目が出るやつと、目が出なくて全部のやつと…

松本:これこれ(目が出る方を指して)。これにゴーグルをして。

参加者A:全面マスクですね.

藤田:僕も現場行ったことあればいいんだけど。行った人も迷路みたいだって。

松本:仕事終わって帰ってくるでしよ、また行くでしょ.作業服とかね、前の日自分が使ってたやつと達うんですよ。
どうしたんだよー、きのう着てたんだよーつて言うと、こっち使ってくださいって。

参加者A:新しいのなんですね。

藤田:作業服を着るときは、パンツ一つになって、全部着替えた?靴下はいて?長靴はいて?手袋も何故か?

松本:二枚か三枚か.

藤田:かなりのとこ行ってるんだね.

藤田:仕事やめるときに、放射線管理手帳という青い手帳もらいました?

松本:くれないよ。

藤田:亡くなったお友達も持ってなかったですか。

松本:持ってないですよ.それで奥さんが怒るんだよ。

藤田:それがあると,被曝したという証拠になるんですよ。無いと、喧嘩にならないんだよね。
法律で決まってるけどくれないんだ。

松本:だから奥さんが「殺されたんだ」って言うんだよ。

参加者A:生年月日を聞かれたり、身長と体重とか聞かれた?

松本:聞かれました。

参加者A:じゃあ作ってることは作ってるんだ。

藤田:なぜ渡さないかというと、あいつら労働者はなくすからだって言うんだよね.
住民票を持ってこいとは言われませんでしたか?

松本:いやー。手配師が引っぱってくだけだから。

藤田:このあいだ東電に聞いたら、アジア人の労働者であっても、原発労働では差別しませんという言い方をしてた。(一同 笑)

参加者A:いつごろ働いてたんですか。

松本:新宿にお世話になって5年で、その半年前だから・・・

藤田:5年前の3月からですね。つまり1993年の3月から6月。
お友達は、それから1年以上いたんですよね。翌年の春ぐらいまでいたんですか。亡くなったのはいつですか.

松本:先月です。

藤田:98年の10月に白血病でなくなったと。

参加者A:飯場はどこにあたんですか?

松本:荒川沖

なすび:東海村の中にはなかったの?

松本:ないない。荒川沖。

参加著A:じゃあ、会社の人が毎日荒川沖まで送っていくわけですね。朝は何時からですか?

松本:そうですね、朝の食事して一服して、8時前後だね。夕方は5時ぐらい。
後かたづけとかすると6時ぐらい.
よけいなことしゃべりますけど、2、3日前、イヤホンつけてラジオ聞いてたんですよ。
国会議員かなんかえらい人が、国会討論だとかで、厚生大臣とかがおしゃべりしてるのを耳にしたんですよ。
この不況とか日雇いとかの状況についてね、原発の仕事しなさいって。
大空の下に寝っころがっている野宿労働者を国家的な事業につかせなさいって。
ほいであたし頭来ちゃって。
人を殺すのは刃物だけじゃないですよ.いくら言論の自由だって言ったってね、とんでもないことですい。
だいたい、政治家とか国会議員が一言でも口にするべき言葉じゃない。

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