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小出裕章先生講演会で感じた電力消費大都市と原発立地自治体の市民意識の違い


東京・豊島公会堂 2012年12月22日(土)より文字起こし
http://youtu.be/On6RIEY5Nfw?t=1h39m53s


日本で原子力に夢をかけたころ、どんなふうに宣伝されていたか?
1954年7月2日という日の新聞の記事(毎日新聞)を一つご覧にいれます。
こうです。

さて、原子力を潜在電力として考えると、まったくとてつもないものである。
しかも石炭などの資源が今後、地球上から次第に少なくなっていくことを思えば、
この、エネルギーのもつ威力は人類生存に不可欠なものといってよいだろう。



こういう期待だったのです。
去年の福島の事故が起きてから、沢山の記者が私のところに取材に来るようになりました。
中には外国からの人達も沢山来てくれています。
そして外国の人達が私に聞く事は、一つ共通した質問があるんですけれども、それは、

「日本は被爆国なのに何で原子力なんてやるんだ?」
「あれだけ苦しめられているのに、何で原子力なんだ?」って聞くんですね。

でも「そうではないんだ」と私は思います。
「被爆国なのに」ではなくて「被爆国だからこそ」期待したんだ私は思います。

広島・長崎のヒバクシャと呼ばれている人達は、
長い間自分たちの苦しみを背負いながら、核兵器に対して反対ということをやってきてくれました。
しかしそのヒバクシャの人達は、原子力に関しては「平和利用だ」といってむしろ期待をかけたんです。
自分たちが受けたこんなひどい被害を「何とか希望に転嫁したい」と思ったのだと思います。
わたしもそうでした。

被爆国である日本だからこそ、原子力を人類の未来のために使わなければいけないと思ったんです。

しかし、初めに聞いていただいたように、原子力の資源であるウランは貧弱で、
化石燃料が無くなる前に無くなってしまうというものでした。
ですから、期待そのものが間違えていたのです。

さらにこの新聞記事の後半をお見せします。こうです。


(中略)電気料は二千分の1になる

ーザワザワー

なったらいいですけどね、
当時は電気代が「値段がつけられないほど安くなる」と言われていました。
でも、そんな事には全然ならないで、
日本はすでに世界一電気代が高い国になってしまいました。

そしてさらにこの新聞記事はこう続きます

(中略)原子力発電には火力発電のように大工場を必要としない、
大煙突も貯炭場もいらない。
また、毎日石炭を運びこみ、たきがらを捨てるための鉄道もトラックもいらない。
密閉式のガスタービンが利用できれば、ボイラーの水すらいらないのである。
もちろん山間へき地を選ぶこともない。
ビルディングの地下室が発電所ということになる。


「やってくれよ」と思いました。

―笑ー

東京電力の地下に原子力発電所を建てたらいいんです。

ー拍手ー

国会議事堂に原子力発電所を建てたらいい。
でも出来なかったんです、そんな事は。
みんな過疎地に押し付けるという事をやってきた。
本当にバカげたことをやって来たと私は思います。


ーーーー


私は豊島公会堂での講演を書き出している途中で、
原発立地の敦賀市でも小出先生が講演をされているのを知り、そちらの動画も拝見しました。
そこで、一番驚いたというか・・・・
「1954年7月2日の毎日新聞の記事の部分」で
東京豊島区と敦賀市とで客席の反応に大きな違いがありました。
ほとんど同じ内容を話されているのに、
東京では、拍手や笑いなどが起こったのに対し、
敦賀市では、咳一つする人も無く、しーーーーんと、小出先生の話を聞かれていました。

両方の地域での客席の反応が大きく違ったこの瞬間に、
電気を使っている大都市の人々と、原発立地自治体の人々との、なんと言ったらいいのか…
原発に対する向き合い方っていうのか、
原発のあり方についての考え方っていうのか、
直接間近に原発がある事の命への脅威と言うのか、
本質的なところに、大きな違いがあるんだとあらためて感じたのです。
私は電気を使っている東京側に住んでいます。
豊島公会堂の講演を先に聞き書き出し始めていましたので、
電気料金が2000分の1になり、ビルの地下でも原子力で発電できるというくだりでは、
客席と一緒に笑いました。


けれど、敦賀市の講演で同じ場所になった時の客席の静けさに私は「ドキッ」としたのです。



リンクをクリックしていただくと、
東京と敦賀市それぞれ新聞記事を読み始めるところから、動画が始まります。
小出先生が話していらっしゃる言葉は違いますが、
是非この部分だけでも聞き比べていただけたらと思います。



ーーーー


東京豊島区 2012年12月22日 
http://youtu.be/On6RIEY5Nfw?t=1h39m53s

敦賀市 2013年1月13日
http://youtu.be/Arb5jlUDL0k?t=19m13s



敦賀市での講演内容一部文字起こし

「・・・・電気料は二千分の1になる・・・・・もちろん山間へき地を選ぶこともない。
ビルディングの地下室が発電所ということになる」という、こんな期待でした。

でも実際には原子力発電所は火力発電所に比べて小さくなる道理はありませんでした。
もちろんみなさん、敦賀原子力発電所に行かれた事があると思いますが、
誠に巨大な工場になりました。

美浜もそうです。
高浜だって、大飯だって、本当に巨大なものになってしまった。
そして都会には決して建てられないで、失礼ながら「過疎地」と呼ばれている所に押し付けられていました。

嶺南(れいなん)地方(福井県南部の若狭湾沿岸の地域)には15基もの原子力発電所が建ち並んで、
そこで発生する電気は90何%かが、関西に送られた筈だと思います。
私は大阪に住んでいますが、
大阪には決して原子力発電所を建てる事ができない。
ビルディングの地下室なんかにはもちろんできないという、そういうものだったのです。
誠に誤った考え方で、原子力というものに私たちが手を染めてしまうということになりました。
22:35








多分私は「国会議事堂の地下にでもつくればいいんだ」と言いながらも、
「つくれる筈はない」という思いが必ず心の底にあるから笑えるのだ

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もともと原子力は、単位質量あたりから取り出せるエネルギーが化石燃料に比べて大きかったから、大量の燃料を使わなくても莫大なエネルギーが使えるんだと期待されました。オイルショックの頃の文献ですらそういうことが書かれてます。まあこの点だけ見れば嘘じゃないんです。廃棄物だって、質量でみれば、原子力は化石燃料に比べて少ないといえます。だから戦後間もない頃やオイルショックのころの文献を漁るとそういう記述がいっぱいある。土木工事がタダ同然でいくらでもできるとか、燃料補給不要で地球何周もできる飛行機が作れるとか、言われていた。だが重要な問題が隠蔽されていた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%94%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD#.E6.AF.94.E6.94.BE.E5.B0.84.E8.83.BD.E3.81.AE.E4.B8.80.E8.A6.A7

比放射能を考えれば、廃棄物の質量が少なくても、多くのベクレルをもっているということだ。ここに比放射能の一覧表がありますが、たった1グラムで何ベクレルあるのかとか、ちゃんと書いてあるんですね。よくみてください。何億ベクレルとかあるものもいっぱいあります。いくら質量換算で廃棄物が少なくても、何億とか何兆ベクレルもの放射能をもった廃棄物が生まれる。こういったことは書いてないんですね、どこにも。しかも、今現在に至ってすら、ろくに知られていない。たった1グラムでこれだけあるのだと。

電力消費地に原発が立地しないわけ

他人事なら真剣に考えず、いい加減に判断する。これは人間の習性です。

国や電力会社が大都市ではなくいわゆる過疎地に原発を作るのは、大きくは予算の問題。地方住民を買収する資金も桁外れに違うし、第一に、人口密集地では反対意見を抹殺しづらいし、選挙にもひびく。
東京や関西の都会の住民が自分勝手な考えで、いわゆる過疎地に危険極まりない原発を押し付けたわけではなく、実際の原発建設計画が大消費地には立地候補の提案すらされていないのです。
大消費地の人間が身勝手だとよく言われますが、原子力発電以外の手段で発電した電力を選ぶ権利を与えられず、自らの意思にかかわらず強制的に原子力の電気を使わされている立場なのに、身勝手だと非難されたくありません。
私は敦賀14発ともんじゅの近くの都会に住んでいますが、不本意な原発の電力使用を抑えるため、昨年よりもさらに節電しています。他の手段による自家発電を導入する資金がないからです。
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