<チェルノブイリ法>“年1ミリシーベルト”で避難の権利 アレクサンドル・ヴェリキン氏OurPlanetTV(内容書き出し)

「年1ミリシーベルト」で避難の権利~チェルノブイリ法
公開日: 2012/05/24

ゲスト:アレクサンドル・ヴェリキン(チェルノブイリ同盟)
聞き手:白石草(OurPlanetTV)
 
◆アレクサンドル・ヴェリキン(チェルノブイリ同盟)
1953年レニングラード生まれ。
レニングラード工業大学卒業後、
1986年チェルノブイリ原発事故処理のため召集され、3ヶ月間作業に従事。
1990年ソ連邦チェルノブ­イリ同盟大会へ代表団員として参加し、
その後、同盟の幹部として、「チェルノブイリ法」の制定に貢献。
作業労働者、原発事故の被害者の権利を擁護するための活動に従事して­いる。


ーーー 


白石草:
チェルノブイリ原発事故の被害を受けたウクライナやベラルーシ、そしてロシアの各国に、
いわゆる「チェルノブイリ法」という法律がある事をご存じでしょうか。
放射能被害に遭った人たちの避難生活や生活支援、健康診断や医療費助成などについて定めた法律です。
今日のコンタクトは、ロシアでこのチェルノブイリ法の策定に参加された
チェルノブイリ同盟のアレクサンドル・ヴェリキンさんにお話を伺います。ヴェリキンさん、
よろしくお願いいたします。

チェルノブイリ法15

アレクサンドル・ヴェリキン:こんにちは

白石:
まず、ヴェリキンさんは1953年レニングラード生まれて、工業大学を卒業後、
1986年、33歳の時にチェルノブイリ原発事故処理の作業に従事されたということで、
その後処理にあたった作業員の権利のために立ち上がって、
1990年ソ連邦チェルノブ­イリ同盟の結成に参加、
「チェルノブイリ法」の制定に貢献されたという事なんですけれども、
先ずですね、本題に入る前にヴェリキンさんご自身が事故作業にあたられたという事で、
その時の事をお聞きしたいんですけれども、
ヴェリキンさんはどのような事故処理にあたられたんでしょうか?


ヴェリキン:
私はレニングラード工業大学を卒業後、
工業化学エンジニア、科学オフィサーという専門職として働いていました。
そのような専門性から、1986年原発の事故処理に召集されました。
任務は除染と汚染エリアの調査です。
汚染エリアには19回入り、どこがどの程度汚染しているか計測しました。
放射能というものは見えないし、味はしないし、匂いもしない。
また当時は、防護服は開発されていませんでしたので、
事故処理にあたった人はみんな咳をしていました。



白石:結構沢山被曝したというような事になるのでしょうか?

チェルノブイリ法11

ヴェリキン:
作業員はみな、それぞれ被ばくしていますが、公式な数値と実際に被曝量は異なります。
私の被曝線量は、公式には190ミリシーベルトですが、実際には750ミリシーベルトです。


白石:
あの、今このようにお話ししているとヴェリキンさんはとても健康そうにみえるんですけれども、
実際には調子を悪くされたりというようなことをお聞きしたんですけれども、
自己の作業にあたられて、その後体調とかには変化はあったんでしょうか?


ヴェリキン:
私は事故の影響で1992年に病気になりました。
事故処理にあたった人の何人かは事故後1年以内に亡くなっています。
しかし、一般的には5年とか7年経過してから発病しています。


白石:
これは日本の官邸のホームページに載っている内容なんですけれども、
これは長瀧重信先生という、
ま、日本の中だと非常に放射能の権威とされている方がおっしゃっている事として、
「チェルノブイリでは134名の急性放射線障害が確認されて、3週間以内に28名が亡くなっている」と。
「その後現在までに19名が亡くなっているが放射線被ばくとの関係は認められない」というようなことや、
あと、
「住民の方々には一切影響が認められずに、小児甲状腺がんの子どもが15名亡くなっただけである」
というふうに発表しているんですけれども、

チェルノブイリ法12

ヴェリキン:
これはソ連が公式に発表している数字です。
原発事故が原因で死亡した場合、国家から補償を受けられます。
6つの特別な医療判定委員会があり、被ばくとの因果関係を認定するのですが、
公式文書で確認されている認定者はサンクトペテルブルク地区だけで数万人います。


白石:
なるほど。
公式にされている数字がある一方で、
認定されている人数というのは一致していないということになるわけですね。
今おっしゃったものというのは
全てそのチェルノブイリ法というようなものに規定されているかと思うんですけれども、
先ず、どのような背景のもとでチャルノブイリ方というものが確立したのかという、
その経緯を教えていただきたいんですけれども。


ヴェリキン:
政府は事故収集に必要な人間を招集し、使用しました。
そして政府は、事故収集にあたった人に一定の給与を支払いました。
原発の事故処理にあたって被曝した人だけでなく、
原発周辺地域に住んでいて被曝した人がいるわけですが、
こうした作業員や周辺住民が徐々に病気にかかり始めました。
また避難した住民たちは、避難先でしばらく仕事もありませんでした。
当初避難者たちは、それぞれが裁判に訴えることで問題を解決しようとしました。
しかし、大勢の人が裁判に訴えて問題解決を測るのは厳しいため、
徐々に裁判所を使わず、既存の法律を利用して解決するようになりました。
そういう準備作業を始めたのが1989年です。
そして最初のチェルノブイリ法は1991年5月15日に成立しました。



ロシアではチェルノブイリ法が成立して以来、汚染地域を4つのゾーンに分けています。

チェルノブイリ法13

一つ目は疎外ゾーンです。日本でいう警戒区域にあたる地域です。
ここは立ち入りが禁止されています。

二つ目は退去対象地域です。
住民が受ける平均実効線量が年間5ミリシーベルトを超える可能性がある地域で、
住民は移住すべきとされています。
ここに住んでいた住民は被害補償や社会的な支援を受ける権利があります。

三つ目が移住権付居住地域
住民が受ける平均実効線量は年間1ミリシーベルトから5ミリシーベルトの地域に当たります。
避難するかどうかは住民自身が判断します。

四つ目は特恵的社会経済ステータス付居住地域です。
年間0.5ミリから1ミリシーベルトの地域です。
医療政策を含む防護対策が行われ、わずかではありますが保証金も支払われます。



ヴェリキン:
一番複雑なゾーンが3番目です。(移住権付居住地域1~5msv
この地域に住む人に対しては、割増しの年金や通常より高い医療保障、
また、病気によりますが薬剤の無償提供、通常より長い休暇が与えられます。
このゾーンに住む住民は残って政府の保証を受けることも出来ますし、
避難する場合は、今住んでいる家に相当する家を他の地域で与えられるとか、
相当する金額を貰うという形もとれます。
残るか避難するかは市民自身が決める事が出来ます。


白石:
ここの部分(移住権付居住地域1~5msv)がいわゆる日本で今避難の権利といわれるような、
それぞれが自分で避難するかどうか選択して将来を決めていけるということで、
注目を集めているゾーンになるかと思うんですけれども、
先程ヴェリキンさんがおっしゃっていた「それぞれ年間の被ばく量」
しかもそれが内部被ばく外部被ばく合算した形の被曝量でゾーンを決めるという事で、
ここにその、いわゆる被ばく線量が書かれているんですけれども、
日本ですと、避難のエリアの見直しが4月から行われて、
基本的に20ミリシーベルト基準があって、
年間20ミリシーベルト以下の地域には帰還させていく」というのが、
日本政府の現在の方針なんですけれども、
これを見ますと基本的には1ミリシーベルトが大きな基準になっているかと思うんですけれども、
逆にこの1ミリを境にですね、避難の権利を認めさせていくような、
チェルノブイリ法を実現したという背景
というのはどういう所にあったのか教えていただけますか?


チェルノブイリ法14

ヴェリキン:
年間1ミリシーベルトという基準は国際的にも決まっています。
それに基づいてロシアの法律でも1ミリシーベルトが基準になっています。
ですからチェルノブイリ法もなんら新しいものではなく、ロシアの法律を踏襲しています。
年間1ミリシーベルトを超えれば病気になるというリスクがありますので、
国家は義務として、保障と追加サービスを行わなければなりません。

しかも、それらは支援ではなく義務として行わなければなりません。


白石:
25年事故から経っていますので、ゾーンというものはどのように決めて設定しているのかというあたり、
見直しというような事は行われているのか?というようなことも教えていただきたいんですけれども。


ヴェリキン:
5年ごとにゾーンの見直しを行っています。
25年経って、確かに放射線量は下がっているかもしれません。
ですので、計測し直しという事は行われていますが、
土壌の汚染度が下がったからといって保証が打ち切られたら、
体内に蓄積した内部被ばくの被ばく線量はどうなるのでしょうか。
単なる汚染量で判断したら、住民は権利を奪われてしまいます。
被曝の基準値を決めるために“コレクティブドーズ”という基準を使います。
人は食事したり、買い物に行ったり、劇場に行ったりしますが、
ある地域内の住民の平均的な年間被ばく線量を“コレクティブドーズ”といいます。
個々人ではなく、集団の線量を使っています。


白石:
内部被ばくの、ある集団の平均値を出して、
それによってこの区分けをしているという事で間違いないんでしょうか?


ヴェリキン:はい、そうです。


白石:
実際に今日本では、
外部線量だけで20ミリシーベルトというようなところに近いところでも、
子どもたちが普通に暮らしている状況なんですけれども、
今回来日されて、日本に対するアドバイスとか、
実際にこういった実効性のある法律を策定してきた立場からどういうような事が言えるでしょうか?


ヴェリキン:
日本にも1ミリシーベルトの基準はあったはずです。
事故後政府が20ミリに設定してしまったのが実情です。
それぞれの国に事情がありますので、忠告することは難しいですが、
私が言いたい事は、
「誰か」がやってくれることはありません。
自ら積極的に国に働きかけ獲得すべきだと思います。



白石:
ヴェリキンさん、本当にありがとうございます。
今まさに日本版チェルノブイリ法というようなものをみんなの手でつくろうとしているところですけれども、
実際に自分たちの手でつくっていらして、実現して、
今もなおより良いものとしようとされているヴェリキンさんのお話は本当に参考になりました。
ありがとうございます。






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<自主避難>
「原発事故後故郷の千葉から車で走り回って、 結局縁もゆかりもない宮崎にたどり着きました」
フクシマからみやざきへ



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