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「大学側は知っていた」と訴えられた島先生が辞職決意の理由(阪南大学下地先生不当逮捕)


下地先生の不当逮捕抗議記者会見で
「大学側が下地先生の逮捕を前もって知っていた」ことを涙をこらえながら語られた阪南大学の島浩二教授。
(会見の内容は下記に文字起こし↓)
ー大学側は逮捕の3日前、すでに下地先生が逮捕されることを知っていたー
下地准教授らの不当逮捕抗議記者会見 12/22(文字起こし)


島先生

その島教授が、阪南大学に抗議して今年度での辞職を決められたそうです。
島教授のサイトから↓


阪南大学流通学部島研究室

今年度(2013年3月末)で辞職します

下地准教授(経済学部)の逮捕

経済学部の下地真樹准教授はかねてより、原発事故に伴って発生した瓦礫を広域で処理するという
政府や大阪府・市の政策に異を唱え、幅広く活動していました。
そのような活動の一環として、10月17日に大阪駅付近で行われた小規模な集会に彼は招かれて
短いスピーチをし、その後、参加者全員が大阪駅構内のコンコースを通って移動しました。
このなんという事もない日常的な行為が「威力業務妨害」と「不退去」の罪に該当するとして、
ほぼ2ヶ月後の12月9日早朝に下地さんは自宅で逮捕されました
(この件で逮捕されたのは集会参加者のうち3名だけです)。
逮捕後に自宅はもちろん、大学の研究室も数時間にわたって家宅捜索を受け、
自宅からは100点を超す「証拠品」が押収されました。

しかし、公安警察と検察は下地さんを重罪人のように逮捕はしたものの、
結局起訴するだけの証拠を揃えることができず、
勾留期限のギリギリである12月20日に不起訴を決めて釈放しました。


「下地先生を支援する会」の立ち上げ

私は9日の夜遅くに下地さんの逮捕を家族の方から知らされ、翌10日に
下地さんの大学院の同級生のお一人と家族の方が経済学部長や学長、副学長と面談される手助けをしました。
下地さんは阪南大学教職員組合の委員長でしたので、突然の委員長不在に対処する組合関係者とも相談して、
学内で「下地先生を支援する会」を立ち上げることに決め、12月14日に賛同者が集いました。
「支援する会」には最終的に27人が賛同を寄せ、そのうち名前を出すことに応じていただけたのは17人でした。


大学当局は事前に知っていた

同僚教員の逮捕と研究室の家宅捜索(10日)に対して、学長や副学長はほとんど何の反応もありませんでした。
さらに下地さんが所属する経済学部教授会や経済学部長ですら、
一片の声明を出すわけでもなく、そのために動いている気配もありません。
そのことが気がかりだった私と「支援する会」の二人は、
12月19日に辰巳学長・神澤副学長と会談し、その席上で驚くべきことを聞かされました。
それは大阪府警公安3課と松原警察署から数名が12月6日に来学して次のことを告げていたというのです。
1)12月8日に下地さんを鉄道営業法違反等の容疑で逮捕し、その後記者会見を行う、
2)10日月曜日には研究室を捜索する、の2点です。
翌日には逮捕が9日に変更されると電話連絡があり、実際に逮捕されたのは9日であったのは上述したとおりです。

つまり、学長、副学長他何人かの大学幹部は、事前に知りながら下地さんに知らせず、
何の罪も犯していない下地さんを見殺しにして、精神的な打撃を倍加したのです。
また逮捕理由が正当かどうかを法律専門家と相談する十分な時間があったにもかかわらず、
その努力を怠たりました。


まるで何も起こらなかった?

逮捕された後の1週間ほど、大学のウェブサイトには
「下地准教授が逮捕されたが、詳しいことは調査中で、冷静に対処してほしい」旨の
学長の言葉が掲載されましたが、
その後は今に至るまで一切何の態度表明もありません。
対外的にないだけでなく、大学の教職員に対しても、
下地さんの逮捕と研究室の捜索をどう考えるのか、
事前に知っていながら何も行動を起こさなかったのはなぜかなど、
核心部分だけでなく周辺の事実についても一切何の説明もありません。
まるで、12月9日以降のことは何も起こらなかった、
誰も権利を侵害されず、誰も傷つかず、誰も悲しまず、誰も憤らなかったとみなしているかのようです。

多くの憲法研究者が指摘するように、下地さんの逮捕は表現の自由に対する明白な冒涜であり、
それは皮肉にも彼の不起訴によって改めて証明されました。
たとえ法律の専門家でなくともこれは容易に理解できることですが、
大学人であればなおさら誰でも直感的にわかるはずです。
そういう性質の問題について学長や副学長らが沈黙を続けることは、
もはや単なる怠慢ではなく、公安警察とほとんど等しい罪深い行為だと言わざるを得ません。

このような欺瞞や「起こったことをないことにする」策謀が大学で通用するのでしょうか。
もしそんなことがまかり通るなら、それはもう大学と呼ぶに値しないのではないでしょうか。
それとも、そういうふうに考えるのは頭がオカシイ人間で、
今は創立50周年に向けてお祝いムードを盛り上げていればよいのでしょうか。
年末のギリギリに下地さんが釈放されたとの報に接したあとで、
私は自分に対してそんなことを繰り返し問いかけた結果、辞職を決意するに至りました。
30年以上この大学で働いた私にとってとても残念なことですし、
卒業生諸君には申し訳ないとの思いもありますが、私の決断を理解していただければありがたいと思います。
(2013年2月5日)




「下地先生を支援する会」閉会の挨拶

「下地先生を支援する会」の皆さま
2013年年が明けました。
昨年年12月9日に下地さんが不当に逮捕された直後に、理理由のない勾留留から彼を解放し、
大学での不利利益処分を回避するために「下地先生を支援する会」が発足しました。
それから不安と焦燥の20日間が過ぎ、
最終的に不起訴・釈放という、当然とは言え喜ばしい結末を迎えることができました。
この間に顕になった深刻な問題は残されていますが、その解決のためには
「支援する会」とは別の名称、別の形態の組織と闘いが必要とされると考えます。
当初の目的をひとまず達成したことをもって、「支援する会」を閉じることを皆さまにお諮りする次第です。

下地さん逮捕のきっかけになった10月17日の詳細な事実を顧みて、
憲法に保障されたこのような行動が日本という法治国家で罪に問われることに私は大きな衝撃を受けました。

不当な逮捕と長期の勾留によって下地さんとご家族にもたらされた屈辱の日々を、
私は決して忘れることができないだけでなく、絶対に許すことができません。
しかし、2ヶ月近い準備を経て彼を逮捕した警察・検察にとって、不起訴は敗北を意味します。
彼らが公判を維持できるだけの起訴理由を見つけられなかったこと、
さらには大量の押収品の中から再逮捕の口実を「発見」して勾留留期間の延長を画策できなかったことが、
この「事件」の真相を如実に示しています。

この勝利利をもたらした最大の要因が下地さんの孤独な闘いにあったことは言うまでもありません。
またそれを別とすれば、
憲法研究者の抗議声明に代表される救援活動の社会的な広がりが大きく貢献したことも間違いないと思います。
ささやかではあれ私たちの「支援する会」も、
そのような救援活動の広がりの一部を構成したであろうことを疑うものではありません。

しかし、
大学の教員がまるで反社会的な凶悪犯のように手錠をはめられ自宅から連行された今回の逮捕の理由と態様、
つまりは法律専門家が口を揃えて指摘するように、
戦後の混乱期以外では類例がないとされるこの「事件」にふさわしい反応が
阪南大学であったかと自らに問うた時、残念ながら否と答える他ありません。


下地さんが担当するゼミや講義の受講生からは、
嘆願書も救援の署名も、あるいは大学当局への申し入れなども一切行われませんでした。


また、少なくとも彼の逮捕理理由には疑問があること、直ちに釈放さるべきことなど、
大学人なら当然に頭に浮かぶ主張は、当事者の所属する学部をはじめとした各教授会からも、
学部長によっても、また教学の最高責任者たる学長からも、
いかなる声明の形式においても一切切発表されませんでした。


そればかりではありません。
大学は下地さんの逮捕を警察から事前に知らされていたこと
が12月19日に明らかになりました。
大阪府警の公安第3課の人間が12月6日に来学し、下地さんの逮捕と下地研究室の捜索索を通告したことを、
辰巳学長と神澤副学長はその日私どもに語りました。
確かにこのような公安警察の常識識に反する行為、
あたかも大学の反応を試すかのような事前通告の真意を推し量ることは容易ではありません。
しかし私の目から見て、彼らにはそういう意味での苦悩や迷いは一切切窺い知れませんでした。
それどころか、大学の被るであろう迷惑を回避するための親切心から警察が通告してくれたと解釈した学長は、
その日の夕刻に「危機管理理対策室」を立ち上げたこと以外何事もなそうとしませんでした。
また以上の事実経過は、
翌週にかけて次々に開催された企画運営会議や学部長会議でも隠すことなく公表されたにもかかわらず、
当局の措置(あるいは無策)に対する質問も異議や抗議も一切なかったと聞いています。

これらを鑑みるに、学長から副学長、部長、学部長に至るまで、
教学に関わる幹部全員に、警察による教員の不当な逮捕・研究室の捜索索が
大学の自治を危機に晒すのではないかという危機感は皆無であったと断ぜざるを得ません。

さらに、彼らには同じ世界で生きる人間としての共感や想像力がまったく欠如していたことにも、
同じ大学の教員として慚愧に堪えない思いです。
教育と研究を日々共にする同僚が寝こみを突然襲われ、憲法が保障する行動を理由に逮捕され、
自由を奪われ、自宅や研究室を土足で踏みにじられ、取り返しのつかない屈辱を受けたのです。
下地さんの苦悩と痛み、また愛する者から突然引き離離された家族の当惑と悲しみに少しでも共感を覚え、
その苦境に思いを馳せる想像力がわずかでもあれば、
12月9日早朝以降に現実に起こったこととは、いくらかでも異なるシナリオが実現したかもしません。
この可能性を思うと、彼らが身を沈めている恐るべき冷酷さに私は戦慄を覚えます。

本学を蝕むこのような根腐れ病は、過去何年かの間に深く静かに蔓延していたものと推察されます。
この間、管理の仕事から完全に退却して、
自分のなすべき仕事を学生の教育に限定していた我が身を振り返るとき、その理由をあげるのは容易くとも、
流れに抗しなければならない時に一石を投じなかった怠慢と無責任を、今は深く悔いています。
けれども今となれば彼我の隔たりはあまりにも大きく、私には最早いかんともし難いとの思いに駆られています。
12月9日からの20日間は時代に抗して闘うことの難しさを十分に感じさせてくれる貴重な経験でした。

「支援する会」を閉じるに当たって感ずるところを述べました。
ご支援いただいた皆さまに深甚なる感謝の意を表します。
2013年年1月7日
島浩二

ーーー


阪南大学の教授紹介より
島 浩二 (シマ コウジ)

メッセージ
2011年3月11日の大震災によって引き起こされた福島第1発電所の事故は、
関西人の記憶から少しずつ消えつつあるように見える。
一体これでいいのだろうか?
放射能の危険は時間が経つにつれて日本全国に及ぶというのに。
また、大阪から150キロぐらいしか離れていない福井県には
老朽化した危険な原発が14基(日本の原発の3分の1)もあるというのに。
原発の安全神話の罠から逃れてこの国の安全を取り戻すために、微力でも私にできることをしたいと思っている。

[職名] 教授
[出身地] 京都市左京区 吉田山のふもと
[出身校] 京都大学大学院
[担当科目] ヨーロッパ経済社会論、健康の社会史
[研究テーマ]
・イギリス住宅政策史
・伝染病と医療の社会史
[主要業績]
『健康の社会史』晃学出版、2009年





ーーーー


「下地先生が不当逮捕された事に関してゼミの学生たちからさえも何の声も起こらなかった」

無関心だったという事なのでしょうか?
学生ですから、ネットで調べればすぐに下地先生がどのような活動をしてどうして逮捕されたか、
またこのような島先生の会見の様子も知ることが出来た筈です。
ツイッター、フェイスブック、ラインなどを活用すれば、
学内で同じ思いの学生を集めることなどは容易にできた筈です。
情報を集めることが可能な中で、何の動きも起きなかったという事に
私は背筋が寒くなるような気がしました。



阪南大学はとても素晴らしい先生を失う事になってしまったと私は思いました。




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コメント

非公開コメント

No title

失礼ですが、阪南大学の学生さんって、アルバイトと合コンでお疲れのため授業中は心地よくお休みになっている方ばかりではないですよね。
私の誤解でしたら申し訳ありません。

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不法逮捕

こんにちは。

島教授が可哀想過ぎます。(動画を見たところ、定年が近くて早期退職をするような年齢でもなさそう)

対して、下地さんは、本人も事前に逮捕の事を知っていたり、
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/57229
http://jupiter-press.doorblog.jp/archives/22772303.html
のように、平日の活動も含めて、大学の仕事はおろそかにならないのか? 移動の費用などはどうしているのか?
など、現在の活動に大学の全面的な支援を受けているのは間違いないようです。
彼の不当逮捕の逮捕容疑がデタラメなのは、JR駅での目撃者も多数いて間違いないのですから、
今後も不当逮捕者が出ないように、警察を民事(損害賠償請求)で訴えるなどするべきですが、
そのような行動が無いことが残念(不思議)です。

話はかわりますが、福島県で恐ろしい事が進行しています。
鮫川村の放射能汚染物質の焼却。
また、銭ゲバの児玉さんが、除染の方法で提唱していた恐ろしい事業。
http://nekotoenpitu.blogspot.jp/2013/02/biomass.html
焼却施設のバグフィルターの現物も確認しましたが、微小の放射性物質を捕捉するとは思えませんでしたし、
使い終わったバグフィルターも焼却処理するようで、大気への放射性物質放出の循環が繰り返されます。
大阪市や静岡県(浜松市・島田市)や北九州市は、処理を始めて放射線量が上がっている話もネット情報では多数あがっています。

こちらのブログでも紹介された件
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-category-45.html
で、燃焼ガスを200度程度に冷却し、2サイクルすればほぼ放射性物質は捕捉できるように発言されている方がおられますが、現実的に2サイクルはまわさないでしょうし、バグフィルターは燃焼ガスを冷却しても析出した1ミクロン程の大きさの放射性物質を捕捉できるようなフィルターの目ではありませんでした。

どうしても焼却事業を進めるのであれば、児玉さんが言われている、
(さらに原子力施設で使われているガラス繊維フィルター、微粒子を取るHEPAフィルターでのぞき、
さらに流量計放射線量計で連続モニターすることにより99.99%カットできる。)
を絶対に織り込ませてもらわなければとんでもない事になります。

福島県は、金儲けの為に完全に利用され見殺しにされていく事が許せません。
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