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福島第一原子力発電所事故に伴う警戒区域内に残された牛における
人工放射性物質の体内分布を明らかに

2013年01月24日 掲載 東北大学加齢医学研究所 担当:福本 学・大津 堅

<研究成果の概要>
福島第一原発事故によって大量の放射性物質が環境中に放出しました。
この原発事故に伴う放射性物質の体内動態と内部被ばく線量を評価するための基本データを得ることを、
この研究では目的としました。
福島原発から半径20km圏として設定された警戒区域内に残され、
2011年8月29日から11月15日の間に安楽殺された、川内村と南相馬市の79頭の牛について
臓器別にγ線を放出する放射性物質の放射能濃度を計測しました。

すべての臓器でセシウム134とセシウム137の放射能がほぼ1:1の濃度で検出されました。
さらに、半減期の比較的短い放射性銀110m肝臓に、
テルル129m腎臓特異的に集積していました。


回帰解析の結果、臓器中の放射性セシウム濃度は血液中の放射性セシウムに比例しており、
骨格筋で最も高く、血中の約21倍でした。
また、各臓器別に放射性セシウム濃度を比較すると、
臓器によらず母親に比較して胎児で1.2倍仔牛で1.5倍でした。

放射性セシウムの放射能濃度は牛の捕獲場所と餌に依存していました。

本報告は福島原発事故に関連して警戒区域内に残された牛の放射性物質の体内分布に関する
系統的な研究成果です。
 
なお、本研究は東北大学加齢医学研究所、農学研究科、理学研究科、
高等教育開発推進センター、歯学研究科、山形大学、新潟大学、放射線医学総合研究所、
理化学研究所の共同研究として行われました。

<発表論文>
発表雑誌 : PLOS ONE
発表論文名: Distribution of Artificial Radionuclides in Abandoned Cattle in the Evacuation Zone of the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant
発表著者名: Tomokazu Fukuda, Yasushi Kino, Yasuyuki Abe, Hideaki Yamashiro, Yoshikazu Kuwahara, Hidekazu Nihei, Yosuke Sano, Ayumi Irisawa Tsutomu Shimura, Motoi Fukumoto, Hisashi Shinoda, Yuichi Obata, Shin Saigusa, Tsutomu Sekine, Emiko Isogai, Manabu Fukumoto

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<解説図>
横軸:血中のセシウム137濃度、縦軸:各臓器の同濃度
プロット1・3は南相馬市の牛、プロット2は川内村の牛
また、プロット1は畜舎内での飼育、プロット2・3は放れ畜状態



ーーー


この東北大学の研究結果を見て思い出したのが

被ばく牛:北里大など線量調査 体内分布や代謝分析 2011年11月17日

東京電力福島第1原発事故による警戒区域(半径20キロ圏内)で被ばくした牛について、
北里大獣医学部(青森県十和田市)と酪農学園大(北海道江別市)、日本獣医師会などの研究グループは
17日、福島県南相馬市で汚染実態の調査研究を始めた。
・・・略・・・
グループ代表の伊藤伸彦・北里大獣医学部教授(放射線生物学)は
「世界初の貴重なデータが得られる。哺乳類全般、人間にも役立つ可能性が高い」と話している。


ーー

北里大獣医学部伊藤伸彦教授の研究結果はどのようになっているのか?
探してみました。見つけました。

福島第一原発事故による畜産物への影響とその克服
― 20km 圏内の汚染家畜を活用した研究―

伊藤伸彦†(北里大学副学長)

汚染餌を1 カ月間給与された牛では,
放射性セシウムは体内の隅々まで行き渡っていると推測される.

この状態における牛の臓器組織で,最も高い濃度を示したのは唾液腺(耳下腺)であった.
一般に内分泌腺は放射性セシウム濃度が高いといわれているが,
約70 種類の筋や臓器のうち,
唾液腺(1 位),膵臓(14 位),副腎(19位),乳腺(35 位)と高濃度のものが多かったが,
甲状腺は56 位と低く,濃度は唾液腺の約1/20 であった.

心臓,舌,横隔膜も含めた筋肉はいずれも高濃度を示したが,
最も高濃度の咬筋に比べて,大腿二頭筋と肋間筋は約1/3.3 と3 倍以上の濃度差があった.

放射性セシウムを排泄する腎臓は高濃度であり,
脾臓,肺臓,肝臓も比較的高濃度を示した.
これに対して,腸管と中枢神経組織は総じて低めの濃度であった.




続きを読むに研究結果内容を全て見やすくして転載しました










http://nichiju.lin.gr.jp/mag/06509/a4.pdf

福島第一原発事故による畜産物への影響とその克服
― 20km 圏内の汚染家畜を活用した研究―

伊藤伸彦†(北里大学副学長)

1 はじめに
平成23 年3 月11 日に発生した東日本大震災の大地震と大津波を受けて,
東京電力株式会社福島第一原子力発電所(以下,「福島原発」という.)は電源をほとんど失い,
炉心を十分に冷却できない状態となり,翌12 日以降,第1,2,3,4 号機の炉心溶融や水素爆発等が発生した.
その結果として,核分裂により生じた放射性物質(主に,核分裂生成物[Fission Product]:以後FP)が
一般環境中に放出され,特に放出量が多くて物理的半減期が長い放射性セシウムが
東北と関東のみならず北海道まで広範囲にまき散らされた.
その後,FP で高濃度に汚染された福島原発から半径20km の警戒区域が設定されたが,
区域内には当時多数の家畜が取り残された.

発災当初に国から全頭安楽殺処分の方針が示されたこれらの動物に対し,
国民はじめ多くの研究者から保護した上で将来に向けた基礎的な研究に資するべきとの意見が寄せられた.
このため,福島原発警戒区域内の中線量地域(空間線量率が毎時1μSv 以上10μSv 未満の区域)における
繁殖雌牛等を対象として放射性物質による体内外の汚染状況の調査を行うとともに,
放射性物質で汚染された牛に放射性物質で汚染されていない飼料を給餌した場合の
牛の内部被ばくの減衰,堆肥中の放射線量の減衰を解析し,基礎データの収集・分析を行うことにより,
牛における放射性セシウムの精密な体内分布や生物学的半減期を求めて,
汚染地域の畜産を再興するためのデータを得ることを目的として研究を行った.

2 研究体制の構築
原発事故発生直後から,汚染家畜を活用した研究のアイデアは多くの研究者から寄せられたが,
警戒区域の設定後には,実際に研究を行うために区域内に立ち入るための許可を得ることや
人材と研究費の確保の問題が解決できず,
8 月頃まで警戒区域周辺の牧草や土壌のモニタリングを行うことしかできなかった.

その頃,宮城県登米市の肉牛肥育農家と北里大学の同窓生の獣医師から相談を受け,
原発事故後に収穫した稲わらを与えた牛の放射性セシウム汚染の問題の原因究明と解決に向けて調査を行った.

具体的には,当該農家と協力して,
餌や畜舎内の汚染状況の分析を行いながら,牛の尿中の放射性セシウム濃度を指標としながら,
非汚染餌の給餌や畜舎の清掃を徹底するなどの飼育指導をしたところ,
3 カ月ほどで出荷することが可能となり,牛肉の放射性セシウム濃度も20Bq/kg 程度であることが確認された.

この成果により自信を得て,警戒区域内の牛を活用した研究を行い,
より精密な研究成果を得ることを目的として準備を開始した.

まず,研究費に関しては,日本獣医師会の山根会長が中心となって,
獣医師会事務局が農水省などと交渉してくださり,(社)日本草地畜産種子協会をはじめ,
複数の助成資金をもって研究を開始する準備ができた.

また,研究を実施するための場所の確保と警戒区域内で研究活動する許可を得るために南相馬市役所を訪問し,
市長や部課長に面会してご説明したところ,
域内に畜産施設を持つ農家の紹介や研究への協力の約束を取り付けることができた.
また,市役所が紹介した農家の方からも協力をいただき,
地震の被害が少なくて放射能の汚染度も比較的低かった南相馬市小高区の畜舎と重機等を
借用することが可能となった.

これらの準備活動を平行して,人的な協力体制も構築することができ,
平成23 年11 月から研究を開始することができた.研究実施のための研究者と責任者を表に示す.

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3 繁殖雌牛の飼育方法
研究開始当時に
南相馬市小高区の肉牛肥育農家の施設(以下,研究農場)内には約50 頭の黒毛和牛が捕獲されており,
このうち研究には雌牛を対象として
放射性物質の体内分布と非汚染餌を給餌した後の体内減衰を調べることにした.

すでに原発事故から8 カ月が経過しており,
放射性物質で汚染された地域の乳牛や肥育牛には汚染濃度の低い餌を給餌することが浸透しており,
今後は,給与餌の基準が高めに設定されている
繁殖雌牛の体内汚染の低減が求められる可能性が高いと判断されたためである.

研究開始時には,研究農場の畜舎内は清掃がほとんどなされておらず,家畜衛生的に劣悪な環境であったため,
また清浄飼料の給餌時に放射性物質の飼料への混入が懸念されたため,
清浄飼料給餌時点までには,畜舎内の徹底的な清掃と敷料の交換を行った.

まず,研究に使用する牛を30 頭ほど選抜し,次に示すように4 群に分類した後,
事故後に南相馬市内で収穫された飼料を入手し,
ガンマ線放出核種を分析し汚染がないことを確認した後で給餌し,
給与から1 カ月経過した後に,再度畜舎内の清掃を行い,
輸入された
ルーサンベール(米国産),トールフェスク(米国産),オーツヘイ(オーストラリア産)を給餌した.

2 群と3 群の牛には,
除染剤としてプルシアンブルー(ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸鉄(Ⅲ):紺青,以降PB)を投与した.
プルシアンブルー製剤には糖蜜が加えられており食いつきが良く,
1 頭あたり100g 程度が投与されたが,牛は残さず餌と一緒に食べた.
それ以外は,一般的な繁殖和牛の飼育法に従って飼育した.

○牛群の仕分け
1 群:対照群(清浄飼料のみを給与)
2 群:3 %PB 投与群(清浄飼料+低濃度PB を給与)
3 群:9 %PB 投与群(清浄飼料+高濃度PB を給与)


4 実 験 方 法

(1)血液,糞,尿の採取
研究期間中,1 から2 週に1 回の割合で,経時的に糞,尿,血液を採取し,
ガンマ線放出核種の分析と評価を行った.

(2)解剖,臓器試料採取及び測定試料の調製
ア.キシラジンの前投与により,鎮静を行い,体高と推計尺による体重の推計を行った.
(キシラジン投与量は牛の体格で調整した)

イ.ペントバルビタールを用いて麻酔導入をし,牛を横臥させた.
(ペントバルビタールの投与量は牛の体格で調整した)

ウ.麻酔下で頸部を切開し,頸動脈を露出させ,動脈カニューレを留置し,放血を行った.
また放血の際に得られる血液を一部採取するとともに,放出された血液の全量を測定した.

エ.放血の途中で,大槽穿刺により脳脊髄液を採取し,尿道カテーテルを通じて尿を採取した.
また,直腸便も同時に採取を行った.

オ.放血終了後,研究参加者全員で黙とうを行った後に解剖を開始した.

カ.72 種の組織並びに臓器の全体を切除したのちに,重量を測定し,
測定に必要な量(大きなものはおよそ1 kg前後もしくは組織全体)を採取し,
密封できるビニール袋に保管した.
採取する筋肉に関しては,筋肉の起始部から終始部までの採材と重量の測定を行った.

キ.得られた試料はチルド(- 4 ℃~ 0 ℃)の状態で,
青森県十和田市の北里大学獣医学部キャンパスまで郵送した.
経時的に採取した尿や血液も同様に郵送した.

ク.採材した臓器や組織は,流水で十分に洗浄した.

ケ.使い捨てのカッターナイフ刃かメス刃を用いて表面部分を除去(トリミング)した.

コ.トリミングした試料をミキサーを用いてミンチ状にし,
採材できた量に応じて10,20,100 ml プラスチック容器へ空気を含まないように圧迫充頡し,
測定用試料とした.

(3)ゲルマニウム半導体検出器による放射能測定

試料中のガンマ線放出核種の放射能は,ゲルマニウム半導体型ガンマ線スペクトロメータを用いた.
遮蔽体は10 cm 以上の鉛厚で構成されており,周囲は鉄で固定されている(図1).

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遮蔽体は周囲からの自然放射線などをカットし,測定精度を向上させる役割を持ち,
放射能をほとんど含まない材料で製作された.
検出部は同軸型高純度ゲルマニウム半導体検出器(CANBERRA 社)を用い,
得られた電気信号をポケット型マルチチャンネル波高分析器(MCA8000A,AMPTECK 社)で
4096チャンネルにてエネルギー弁別を行った.
計測時間は,計数値がその標準偏差の3 倍以上に相当するまで測定を行った.

測定値の放射能換算は試料の計数値に,幾何学的計数効率,
比重及びガンマ線エネルギーに依存した減弱係数,
エネルギー依存性計数効率補正及び自己吸収補正を考慮して放射能を算出する絶対測定法を用いたが,
具体的な補正方法と放射能の計算方法は省略する.

また,ゲルマニウム半導体検出器を用いて得た資料のスペクトル図を図2と図3に示す.
Agh1 1 0m のピークの一つはCsh137 と重複するため,
Csh137 の放射能を求める際には,Agh110m のピーク面積を評価し,差し引いて求めた.

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5 研 究 成 績

(1)経口投与された放射性セシウムが体内平衡に達する時間
解剖した牛肝臓中の放射性セシウム(Csh137)濃度と放射性銀(Agh110m)濃度について,
清浄餌を投与開始する前の時点から経時的変化として見ることができるよう図4 を作成した.
放射性銀については,後述する.

図4 で,開始前というのは清浄餌を投与する3 週間前を指し,
体内汚染を個々の牛間で均一化するために汚染稲わらを給与し始めて1 週間目のことである.
また,清浄餌投与開始時とは汚染稲わらを給与して4 週間目に畜舎を徹底的に清掃し,
放射能汚染のない清浄な餌を給与開始した当日に清浄餌給与前に解剖した牛から採取した検体である.

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図4 から,汚染餌を給与されて1 週間では,体内の濃度が飽和していないことがわかる.
また,汚染餌給与後4 週間目(清浄餌給与開始時)では
1 週間目よりも肝臓中の放射性セシウムは高濃度となっており,
少なくとも1 週間では体内平衡には達していない
と推測される.

図5 に,放射性セシウム汚染餌の給餌中及び清浄餌給餌中の牛肝臓中のKh40 とCsh137 の相関関係を示す.

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汚染餌を給与されて4 週間の時点だけでなく,
1 週間の時点でも,肝臓中のKh40 とCsh137 は正の相関を示した.

また,清浄餌を給餌した後では負の相関を示すようになった.

清浄餌給与後3 カ月ではCsh137 の濃度が相当低下したため,相関は明確ではないが,
少なくとも食餌中に放射性セシウムが存在し,腸管から取り込まれつつあるときには,
肝臓中のカリウムの多寡と関連して放射性セシウムが肝臓に集まるが,
清浄な食餌を与えられているときには
肝臓からカリウムは流れ出ないが,セシウムは流出することを示唆している


Kh40 は天然の放射性核種であり,地球上のカリウム中には必ず同じ割合で存在するので,
一定の常数をかければ正確にカリウム濃度を示す.
したがって,食餌に放射性セシウムが多く含まれる場合には,
カリウムと化学的性質が類似している放射性セシウムは,
カリウムが多く集まるところに集積するが,
完全に同じ性質ではないことから,食餌中に含まれない場合には,
肝細胞から排泄されやすいという現象が生じる
と推測される.

(2)尿中の放射性セシウム濃度からみた生物学的半減期

個体ごとに体格や摂食する量が異なることから尿の初期濃度に差異があったため,
清浄飼料の給与開始日を0日目とし,その時点の濃度を100 %として,相対値で評価を行った.

その結果,図6 に示すように初期数日間には清浄餌給与のみの対照群に比べて,
プルシアンブルー投与群の方がわずかに尿中濃度は低かったが,
それ以降の減衰速度には差が認められなかった.

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つまり,生物学的半減期には大差がないことがわかった.
また,投与したプルシアンブルーの量が3 倍多くても減衰速度に有意な差が生じなかった.

プルシアンブルーの腸管内の作用として,
腸管から分泌された放射性セシウムを吸着して排泄するというメカニズムが考えられているが,
少なくとも牛の場合には,第1胃などの消化管内容物中のセシウムがプルシアンブルーに吸着することで,
血中すなわち体内への移行は抑えられるが,
体内に取り込まれたセシウムの排泄が促進されるわけではない
と推測された.

尿中の放射性セシウムの減衰曲線から計算された牛の放射性セシウムの生物学的半減期は,約14 日であった.


(3)肝臓中の放射性セシウムと放射性銀の濃度
図2 は,清浄餌給餌開始前に解剖した牛の肝臓を測定したガンマ線スペクトラムの1 例であり,
Csh134 は主なピークで3 種類以上が認められ,Csh137 は1 種類のピークが存在する.
肝臓には放射性銀(Agh110m)の存在が認められ,Agh110m 由来のピークが複数認められた.

また,図3 は,清浄餌を給餌し3 カ月経過後に解剖した牛の肝臓を測定したガンマ線スペクトラムの例である.
Csh134,Csh137 のいずれのピークも小さくなっているが,
Agh110m は清浄餌給餌開始時点と大きく変わらない高さのピークを示した.

放射性銀は核分裂生成物ではなくて,銀の中性子放射化産物であり,
文部科学省のモニタリング報告(2011年6月)では,
Agh110m はCsh137 の1/20 から1/10程度が環境中にあると報告されているが,
汚染餌を給与されていた牛の肝臓にはそれくらいの比率で測定されたが,
肝臓以外の臓器組織には検出されていない

特筆すべきは,清浄餌を給与された後には,肝臓中の放射性セシウムは経時的に減衰してゆくのに対し,
放射性銀には経時的減衰が見られない
ことである.

これは,前述したように放射性セシウムは,カリウムを多く含む臓器には多く取り込まれ,
清浄餌の給与によってセシウムは排泄されてゆくが,
放射性銀は排泄されにくいということは,放射性銀と放射性セシウムの集まる細胞が異なる
ことが考えられる.

おそらく放射性銀は肝臓に到達するときには不溶性となって,クッパー細胞に取り込まれている可能性が高い.

図4 の肝臓中Csh137 のみの減衰を相対値として表した曲線を図7 に示す.

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これを解析した結果,
肝臓中の放射性セシウムの生物学的半減期は約15 日となり,
尿中の放射性セシウム濃度から得られた生物学的半減期の14 日はほぼ同じであり,
これまで放射性セシウムの生物学的半減期が約60 日といわれていたが,
実際にはこれよりも相当短いことがわかった.



(4)体内の各種臓器中の放射性セシウムの濃度と存在量

図8 に臓器中放射性セシウム濃度の順位を棒グラフで示した.

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また,図9 には,濃度に各臓器や胃内容物等の重量をかけて得られた放射性セシウムの各臓器保持量を
棒グラフで示した.

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汚染餌を1 カ月間給与された牛では,
放射性セシウムは体内の隅々まで行き渡っていると推測される.

この状態における牛の臓器組織で,最も高い濃度を示したのは唾液腺(耳下腺)であった.
一般に内分泌腺は放射性セシウム濃度が高いといわれているが,
約70 種類の筋や臓器のうち,
唾液腺(1 位),膵臓(14 位),副腎(19位),乳腺(35 位)と高濃度のものが多かったが,
甲状腺は56 位と低く,濃度は唾液腺の約1/20 であった.

心臓,舌,横隔膜も含めた筋肉はいずれも高濃度を示したが,
最も高濃度の咬筋に比べて,大腿二頭筋肋間筋は約1/3.3 と3 倍以上の濃度差があった.

放射性セシウムを排泄する腎臓は高濃度であり,
脾臓,肺臓,肝臓も比較的高濃度を示した.
これに対して,腸管中枢神経組織は総じて低めの濃度であった.


汚染餌を1 カ月間給餌された牛では,全身に分布する放射性セシウムのうち,
約58 %は第1 胃内容物に存在することがわかった.
第1 胃内容物の濃度は,最も低い濃度の大腿二頭筋とほぼ同濃度であったが,量が著しく多いためである.

また,心筋,舌,横隔膜を含めた全筋肉には,体内の放射性セシウムの約27 %が分布するが,
第一胃内容物を含めない場合には,全臓器組織の約64 %が筋肉中に存在する計算結果となった



(5)筋肉中の放射性セシウム濃度と減衰パターン

図10 に,
清浄飼料のみを給餌させた対照群における筋肉中の放射性セシウム濃度の減衰を肝臓に対する比で示す.
肝臓に対する比で示したわけは,全身の放射性セシウム量に個体差があるために,
図7 に示したように肝臓は全身の放射性セシウム量の増加や減衰の指標となり得ると考えられたからである.

20130331121.jpg

12月とは放射性物質で汚染された餌を1月間給与され,
清浄飼料を給餌し始める直前に解剖された牛のデータを示している.
この状態の筋肉中の放射性セシウム濃度を比較すると,
咬筋,頭半棘筋,上腕二頭筋などの前躯の筋肉の方が,
最長筋,大腰筋,大腿二頭筋などの後躯の筋肉よりも高い傾向が見られた.

しかし,1 月以降の清浄餌を給与された後の放射性セシウム減衰期では,
むしろ後躯の筋肉である最長筋,大腰筋,中臀筋,大腿二頭筋,大腿四頭筋の方が,
咬筋,頭半棘筋,上腕二頭筋,上腕三頭筋,肋間筋といった前躯の筋肉よりも高濃度となった.

また,広背筋についてはやや異なる傾向を示した.これらの原因については考察中である.


6 研究成果の活用と意義

警戒区域内には多くの家畜やペット動物が残された.家畜に関しては,餓死した動物も多かったが,
放任家畜となって生き延びた動物も多かった.
政府は,これらの家畜が食用とされることを避けるためであったと想像されるが,
全頭安楽殺処分の方針を打ち出した.
これを利用して家畜の体内の汚染状況を把握するための研究が行われた[1].

しかしながら,チェルノブイリの事故時には畜肉やミルクへの移行係数の研究情報はかなりの数にのぼる.
しかしながら,体内に取り込まれた放射性物質が,
清浄餌給与後にどのように減衰するのかについての研究情報は見当たらない.

本研究では,原発事故による放射性物質で汚染された餌を給与したが,
警戒区域内での研究ということもあって,
精度の高い給餌を行えなかったために移行係数を求めるには至らなかった.

そのかわり,定期的に実施した解剖においては,約70 種類の臓器や組織,体液などを採取し,
筋肉については起始部と停止部はもとより隣接の筋との間も厳密に区分して研究材料の採取を行い,
臓器全体を秤量し,記録した.

解剖を行った個体の一部は,皮膚や骨に付着したわずかな筋肉も掻爬して秤量したため,
各臓器等の放射性セシウム保持量も計算することができた.

チェルノブイリ事故後に得られているデータを概観すると,
まず放射性セシウムの生物学的半減期についてのデータは少なく,しかも家畜の正確なデータがないため,
60 日から90 日の数値が世の中で一人歩きしている状況であった.
これでは,畜産農家が家畜を飼育するときの指導に支障があると思われる.
代謝による体内からの排泄に要する時間としての生物学的半減期は長めに設定した方が安全といえるが,
それでは農家に負担を強いるだけである.

今回の研究で得られた牛の全身の生物学的半減期は,約15 日であったことから,
一般にいわれているデータよりもずいぶん短いことがわかった.


つまり,約2週で半分になるので,
14 週で百分の一になり,20 週では千分の一になる計算だが,
3 カ月より以降の減衰については今後の継続研究が必要である.

本研究では,体内からの除染剤としてプルシアンブルーを用いたが,
投与量を多くしても効果は高くならないことと,
その効果は胃腸管内に存在する放射性セシウムを薬剤が捕捉して
体内への吸収を抑制する効果はある
ことが認められた.

共同研究者の日本全薬工業譁中央研究所では,この成果を生かして,
牛に舐めさせる鉱塩にプルシアンブルーを混和することで,
汚染の可能性がある餌を給餌するときの摂取制限対策として,研究成果の活用を行っている.

本研究で得られた成果のうち,
部位の異なる筋肉間で放射性セシウムの濃度に3 倍程度の差があることや,
その減衰パターンが筋肉によって異なることについては,
今後の食肉検査や尿や体外からの計測により体内の濃度を推測する研究を行う際に役立つデータである.

このような研究結果は報告がないため,
もう少し精度を高めるための研究継続が必要と思われる.

筆者らは,と畜場に搬入する前に農家の畜舎内で牛の体外計測を行い,
放射性セシウムに汚染されていないことを確認するシステムの構築を開発してところであるが,
安価で精度の高い機器やシステムを開発する上で,本研究で得られた研究情報は非常に重要である.


謝辞
本研究は日本獣医師会をはじめ,多くのご援助とご協力のもとに遂行されており,
特に研究牧場のある南相馬市の桜井勝延市長,南相馬市役所経済部長をはじめ職員の方々,
福島県中小企業同友会の方々,福島県酪農連合会,
そして本研究の実施には欠かせなかった農場施設・設備と多くの牛を提供していただいた
渡部信治様とそのご家族に心より感謝いたします.

参 考 文 献
[ 1 ] 福本 学:福島第一原発事故に伴う被災家畜の臓器別放射性セシウム濃度,
Isotope News 日本アイソトープ協会,636(4),10h13(2012)


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