(1)「クビを覚悟しないと言えないメディアの在り方とはなんだろう?」堀潤さん4/5報道するラジオ(内容書き出し)

2013年4月5日
報道するラジオ「元NHKアナウンサー堀潤さんの取材リポート」


水野:
4月になってですね、人生変わったっていう人って色々いらっしゃると思うんですよね。
新しい人生を踏み出す季節でありますけれども。
今日のお客様も、「えっ!本当に、この人こういう人生選ばれたんだ!」ということで、
非常に今注目されているおひとりでいらっしゃいます。
早速ご紹介しようと思います。
ジャーナリストで、元NHKアナウンサーの堀潤さんです。
どうもこんばんは。

堀潤:こんばんはよろしくお願いします。

水野:いつもテレビで夜のニュースの顔として私は拝見しておりましたので、

堀潤:経済ニュースの番組ですかねぇ、

水野:
そういうNHKの、これから報道のNHKを背負って立つ
エースアナウンサーのお一人だったというふうに私は拝見していましたから。

堀潤:
いえいえ、ぼくはね、結構スキマ産業でしたからね。
そんな花形じゃないですけどね。

水野:いや、そんなことないです。

堀潤:
ぼくは生まれが関西で、
こうやってフリーランスになって初めて出る曲が関西っていうのがすごくうれしくて、
ご縁を感じるなぁと。

水野:
わっ!ありがとうございます。
実は4月1日にNHKをお辞めになって、こうした電波媒体に出られるのは今日が初めて!

堀潤:
そうですね。
インターネットのメディアはいろいろと生放送が出てきたんですけど、
いわゆる電波は初めてですね。

水野:
やっぱりNHKと、このMBSの雰囲気とかどうですか?
違うんですか?

堀潤:タレントさんのサインが書いたポスターが沢山貼ってある。

水野:え?こういうのないんですか?

堀潤:こんなに沢山は貼ってないですね。でも局全体、雰囲気が明るい。カラフルですね。

水野:
今日は堀さんに、もう沢山のリスナーの方からご質問をいただいております。
こんなふうにみなさんの質問にすぐさま答えるというのは今までありましたか?

堀潤:
ぼくはインターネットのツイッターとかフェイスブックとか、
ぼく自身も放送に関わる中で、双方向通信っていうんですか、
視聴者の人達と繋がり合う事が絶対に大事だと思って、
あえて、NHKのルールも逸脱しながらツイッターをやってきたので、
こういう形でラジオでお声掛けいただけるのは、質問いただけるのは大変うれしいですね。

水野:
報道するラジオのリスナーの方々は、本当に鋭い質問をいつもしてくれる皆さんなので、
期待をして下さい。

堀潤:ちょっと頑張って答えていきたいと思っています。

水野:
皆さんご存知かもしれませんけれども、
堀さんはアメリカに一年いらっしゃった時に、アメリカの

平野:留学されたんですか?

堀潤:
カリフォルニア大学のロサンゼルス校でいわゆる客員研究員という形で、
新しいメディアの在り方、
アメリカでシリコンバレーとかに行くと、
インターネットメディアと、いわゆるマスメディア、
放送メディアの融合みたいな事にどんどんチャレンジしているから、
そういう姿を研究したりとか、
一方で、ライフワークとして原発事故の問題というのは継続して取材をしていたので、特に

水野:
やっぱりその原発問題をライフワークだというふうに据えていらっしゃるところが何なのか?
というところも後ほど伺いたいですし、
またアメリカの原発事情をいろいろと詳しく調べていらっしゃるので、
私たちが全然知らないような「え?そうなの?」っていう事情を
随分取材していらっしゃるようですから、
そのあたりのお話を是非してくださいませ。

堀潤:はい。皆さんよろしくお願いします。


なぜフリーに?

水野:
今日は堀潤さんの取材報告ということで、いろんな、
特にアメリカの話などを伺いたいと思っておりますが、

平野:
ずっとNHKの深夜、深夜というか夜11時からの重要な、
結構、働く方が帰ってきてすぐチャンネルを入れられるいい場所におられたのが
何故フリーになられたかというのが率直な疑問ですよね。

水野:
やっぱり、そこですね。
「NHKにいはったら楽に食っていけるのに、なんでまぁ辞めて飛び出しはったんですか?」って、
他にも「何で退職なさったのか聞きたい」というお声が多いです。
まずそこからは聞かずにはいられないですね。

堀潤:
そうですね、やっぱりね、僕思うんですよね。
やっぱりテレビって、今からおよそ10年前、
ぼくがちょうどこの業界に入る頃ってデジタル放送が始まると。
デジタル放送になったら双方向通信が可能になって、
始めてテレビ視聴者のみなさんと繋がって、
「双方向でやり取りしながらテレビが作れるようになる」って。
そうやって入ったんですよ。


でもね、やっぱりテレビってなかなか難しいメディアで、大きいメディアですから、
なかなか本当の意味で視聴者の人と繋がって、
その視聴者の声を取り入れて番組を作って行く事ってなかなかね、
まだまだ出来ていなかったんです。

ぼくはいわゆるインターネット、
とりわけSNSが出来たことで、直にね、市民の一人ひとりとやり取りが出来て、
で、みんながいろんな、こう持っている疑問とかね、不満とか、不安とか、
「そういったものを放送局側がどんどん取り入れていけば、もっといい番組が出来るのに」って思ってたんです。

でもやっぱり、こう、なんて言ったらいいのかな、
今の放送の枠組みの中でインターネットを使って、
いろいろと発信したりコミュニケーションをしたりってするのは、
まだ局としての制度が遅れていたりとか、確立されていなかったりとかして、
どうしてもそれはルール違反になると。

そういういろいろなジレンマを抱えている時に、皆さんもよくご存じの原発の事故などが起きて、
いわゆるそのメディア側がね、報道内容を決めて、それをもってみなさんに伝える

しかし、一方でインターネットの中では、一次情報を持った人が直接発信とかをしていて
かなりこう、まだ荒いけれども、
正確か、正確じゃないか分からないけれども、発信をしているような情報が沢山あると。

そこと放送局側との情報の乖離


水野:はぁ~、だいぶかけ離れているって…、いう印象でしたか?


堀潤:
たとえばね、アメリカが、
米軍がね、原発事故が起きた直後に80km。
原発から半径80km以内の人達は国外にとね、

水野:自国民は外へ出て下さい、80kmから出て下さいっていう話ですね、

堀潤:
当時、日本政府での判断はかなり狭い範囲での、典型的なね、避難の区域だったんですよ。
こういう情報って、インターネット前の社会だったらなかなか知る術っていうのが無いんですよね。
ところがインターネット後の社会って、オンラインで世界に繋がっていますから、
たとえばCNNとかね、外国の報道メディアが
「アメリカは80km圏内を」なんていうのが入ってくるわけです。
それに対して、「えっ?どうなっているの?」
「本当なの?」「嘘なの?」「教えてほしい」ってなるんだけれども、
まだまだ影響力の大きいメディア、公のメディア、いろいろ責任も感じているんでしょう。
なかなか「いや、これはまだよく分からないんです」とか言って、
放送できちんと検証してくれるところまでいけなかった。

だから、ますます疑心暗鬼とかがね、進んでいってしまって、
そういう社会的な一つの不安を起こしてしまう要因の一つになっていた側面があったと思います。
ぼくはこれを縮めていかないとよくないんじゃないかなと思う。


水野:
確かな情報で無いと流しちゃいけないという、
ま、皆さんへできるだけ安心を届けたいという思いでやっている報道が
逆に不安に繋がったんじゃないか、っていう


堀潤:
いわゆるね、平時のルールなんですよね。
100%裏がとれないと絶対に言えないという。
でもこれはかなり震災報道の検証の中でもね、
いろんな民放、NHK、新聞社含めていろんな担当の現場の人達と、僕もお話ししましたけれども、
「やっぱり違うアプローチがあったんじゃないか」と、
「これは自分たちでまだ確証は得られないけれども、こういった情報が一方である」と、
「それに対して調べてみるとこうだった」とか、
そういったところまできちんと、視聴者の人達、読者の人達の疑問に答える事は出来たかどうか?
その辺って、もっともっと検証していく必要があったと思ったんですよね。


水野:
リスナーの方がおっしゃっているのは、
「NHKの素直な思いを率直に今日は話をして下さい」とおっしゃっていて、
特に原発に関する報道についておっしゃっているんですけれども、
「NHKスペシャルなどの特番でね、非常に的確な報道をしていたという部分もあるように思いますが、
逆にニュースの部分などでNHKの原発報道が適切であったのかどうなのか?
中にいらっしゃった堀さんはどんな風に思っていらっしゃるのか聞かせて下さい」
こういうふうにいただいています。


堀潤:
とっても素晴らしい視点をお持ちだなと思うのは、
やっぱりこう、マスコミとかNHKとか、よく一つの概念でくくりがちなんですけれども、
実を言うともうちょっと因数分解してみると、
ドキュメンタリーとニュースは違うし、
マスコミとは言っても、新聞メディア、ラジオ放送、テレビ放送でも違うし、
一つ一つのメディアであったりとか番組であったりとか、媒体であったりっていうのを
「どうだったのか?」という事を検証しなければいけないと、ぼくは常々思っているんですね。
で、やっぱり、NHKの報道を見てもね、ドキュメンタリーって、検証する時間があるんですよね。


水野:あー、時間かけて人かけてお金かけてはるんやろな、って私なんかも思いますが。

堀潤:
1カ月経ったら、その情報が正しいのか正しくないのか、どういう背景があるのかって
きちんと調べたりとかできるじゃないですか。
だからぼくはNHKスペシャルのようなああいった時間をかけられる番組というのは、
さほど、僕としては危機感は持っていない。

難しいのは、やっぱりフローで流れていく情報。
絶えず流れて更新されていく情報を扱うニュースの部分。
ここって瞬時の判断をしなくちゃいけないんですよね。
そこって非常に難しい。

で、それって必ずしも悪意があって、
「何かを隠そう」とか、「これは言いたくない」とかいう事だけじゃなくて、
その時点その時点で「これは判断が付きにくい」
「だったらこれは今出すのは止めよう」とか、「それでも出そう」とか、
非常に高い技術が求められる現場なんだけれども、
そこでどれだけ腹をくくって放送に臨めるか。
もしくはそれをきちんとシステム的にもっとみなさんに伝えやすいフローの流れのニュースのシステムを作るか、
っていうのは、もっともっと考えていってもいいんじゃないかなと。

だから、一概にマスコミが悪いとか、NHKが伝えなかった、というふうにくくるんじゃなくて、
それぞれの


水野:
瞬時ですもんね。
ひまわりさんが今下さったのは、ひとこと。
堀さん、ちょっとコメントが固いですよ」っていう(ノ∀≦。)ノぷぷ-ッ笑。


堀潤:それはね、僕は13年間NHKで働いていたんで・・・、

水野:そうなんね( ´艸`)★。、::。.::・'゜

堀潤:
やっぱり、インターネットメディアで話す時は時間も沢山あるからいいと思うんですけど、
放送で、これいちばん最大の弱点なんですけど、
時間が短い。
時間が短いっていう事になると伝えられる事に限りがある。
そうなってくると情報を選ばざるを得ないっていうジレンマがあるんですよ。

水野:
ねぇ…、でもすごい2ウェイでしょ?だけど。
一体化しているみたいでしょ?
もう隣にいるみたいでしょ?

堀潤:だれさんでしたっけ?

水野:ひまわりさん。

堀潤:ひまわりさん、ぼくは固いですかぁ?どうしたらいいんだろう~

水野:「堀さんちょっと固いですよ」っていって後ろから方をモミモミして下さっているそんな感じ。

平野:
私からちょっとじかにお伺いしたいのはですね、
日々刻々と変わっているニュースの中で伝えられないものを伝える、
いま、判断する難しさというのをおっしゃったんですけどね、
これはどこのニュースの最前線でも、
たとえばデスクとか、それぞれ取材部門から上がってきたニュースを吟味して
外に発信できるかどうかやっていますよね。
で、堀さんがNHKに対してそれがご不満だったと思うんですけれども、
具体的にね、原発報道の中でなにがNHKに欠けていたのか?
これをちょっと語って頂きたいなと思うんです。
それぞれのメディアがそういう意味では検証をすべき話で抱えている問題でもあるんですけれどね、

NHKは、私はやっぱり初期の政府の記者会見もですね、そのまま垂れ流して、
ま、解説員の方も鋭い解説をされていたので、僕らにとってもすごく参考になったこともあるんですけれども、
片方で、たとえば政府の官房長官の話をそのまま流したり、いろいろ問題はあったと思うんですけど、
堀さんからみられてね、どこが問題だったんでしょうか?

そのまま流す判断というのは、どの報道機関もやっていると思うんですよ。
NHKに欠けていたものってなんですか?



堀潤:
端的に言うと、市民の皆さんの疑問に瞬時に答える放送が出来なかった。
編集権というものを非常に意識して、
「出す情報というものを自分たちの放送局の中で決めていった」
という事に尽きるんじゃないかなというふうに思うんですね。

水野:たとえば、どういう…ことになりますか?

堀潤:
本当に先ほど言った様にね、
たとえば、80kmの問題にしても、
たとえば、SPEEDIの問題にしても、
いろんな情報というのがインターネット上を含めてね、どんどんどんどんキーワードとして出てくる訳ですよね。
それって、それを出すか出さないか?って言うと、
やっぱりこう、従来型のメディアの在り方って、
「インターネットの中の情報っていうのはまだ危なっかしくて触れないよ」
そういうイメージを持って接している仕組みもあるなと。

ぼくは、震災後特にね、
スマートフォン使ったりとか、インターネット使ったりとかして、
情報を受信するだけじゃなくて、発信する人も増えてきた。
それって単なる一市民じゃなくて、実は専門的知識を持った人であったりとか、
一次情報そのものを持った人であったりとか、
そういうみなさんが発信をし始めている。
で、昔みたいにその人たちが横に繋がらない。
ブログだけの発信とかではなくて、
そういう人たちが相互にやり取りをしながら、
互いの情報を検証し合いながら、
「これはデマなんじゃないか」
「いや、本当だ」とか、
そういうふうに情報というものに非常に向き合いながらね、やっている土壌があるという事について、
「その変化にあまりにも鈍感なんじゃないか」という思いがあったんですね。


水野:
SPEEDIの情報がね、早く出せなかった事によって
避難経路を適切に取れなかった方達が非常に多くいらっしゃる訳ですよね。
これなどもなんかこう、NHKの中にいてやっぱりいろいろと感じられてことがある訳ですか?

堀潤:
ん…、そうですね、
たとえばやっぱり放送ってすごい影響力なんですよね。
たとえばYoutubeでね、
「沢山再生回数があるんですよ」「何回ですか?」「50万回です」「すごいですねぇ」
っていう話になるんですけど、
テレビの放送で50万人の人が見てくれたんですよ。って言ったら、
実を言うと視聴率にすると、それほどの数ではないんですね。

で、ぼく今回の震災報道で、一番しつこく検証したほうがいいと思っているのは、
誰も明確な指示を出していないのに情報が決められていく」っていシステムにあると思うんです。

みんなが、それぞれ放送に関わる現場の人達が、
「こんなことを言って、もしパニックが起きたらどうするんだろう」
「自分がこれを言う事によって、誤った事を伝えてしまったら問題になるかもしれない」
「だから、少し安全運転をしながら様子を見ながらやって行こう」
決して悪意がある訳ではないんだけれども、
結果として必要な人に情報が届かなかったというこのシステムをもう一回検証し直した方がいいと思うんです。


平野:
それはですね、私から思うのは、本当にそういうのもあるだろうけれども、
ニュースを発信している側にも問題があるんじゃないですか、
そちらの方がむしろ私は責任が大きいと思うんですよ。
まぁ、たとえば政府のね

水野:政府側ですか。

平野:
政府が発表する事をきちんと報道機関に言っていないですよね。
それは取材も足りない訳ですけれども、
報道機関の側がそれを取捨選択して、
隠したりなんかしたということは私はあまりなかったんじゃないかなと思うんですけど、
「明確な指示がない」というお話ですけど、それもね、
それは不確定な情報は流せないですよね、我々は大きな責任がありますからね。
だからその部分での、発信する側の欠陥というものを、
「具体的に何があったのかな」というものを、
もう一度同じ質問なんですけどね、お伺いしたいんですよ。
そこからまた次のくみ取るべき教訓というものがね、浮かび上がってくると思うんですけれども。
ちょっと具体的になにかありませんか?


堀潤:
具体的にですか?そうですね…、
たとえば、燃料棒が破損しているか破損していないか?
当時その状況が分からない訳ですよね。
状況が分からないものであれば、自分たちで明言するのはやめて、それを解説する人にゆだねる。
自分たちで検証した結果を検証しきれないから、判断して言わない。
でも、その変わり専門家がこうやって言っていれば、放送として成り立つ。
そういうような一つ、なんて言ったらいいのかな、体裁を保ちながら放送を出していった。っていうかね。

ぼくが申し上げているのは、
たとえばね、NHKで、さっき、「踏み込んだ事を言う解説員の人がいた」っていう話がありましたけれども、
この彼らに、先輩の記者に解説をしていた先輩の記者に話を聞いたら、

その記者は放送中に
「まだ政府は発表していないけれども深刻な原子力災害の恐れがあるから、
外出を控えて、長袖を着て、外にある作物を食べないで、内部被ばくに警戒して過ごして下さい」
って言ったんですね。

これを言う時にどんな心境だったか?と言うと、
クビになるのを覚悟で言った」っていうんですよ。

ぼくは、組織のジャーナリストに一社員に、
「そこまでの覚悟を負わせないと言えない今のメディアの在り方」というものは何なんだろう?
と思いましたよね。



水野:
ここでいったんコマーシャルを挟みまして、
今度はアメリカにその後旅立たれて、どんな原発事情を見てこられたのかお話しいただこうと思います。


ーーつづく



(2)「半世紀以上前の隠された原子力事故」堀潤さん4/5報道するラジオ(内容書き出し)


(3完)「市民の発信力を強化するんです」堀潤さん4/5報道するラジオ(内容書き出し)




堀潤さんのツイート

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堀 潤 JUN HORI ‏@8bit_HORIJUN
2013年3月11日 - 14:29
震災から2年。
原発事故発生のあの日私たちNHKはSPEEDIの存在を知りながら
「精度の信頼性に欠ける」とした文部科学省の方針に沿って、自らデータを報道することを取りやめた。
国民の生命、財産を守る公共放送の役割を果たさなかった。
私たちの不作為を徹底的に反省し謝罪しなければならない。

パニックを抑え社会の均衡を保つための判断であったとしても、
統制された情報によって福島県をはじめとした近隣住民の皆さんへ長年に渡る不安を与えた事実を
正面から受け止め、償いを続けそれだけに市民に寄り添った報道を徹底しなければいけない。
僕は頭を下げながら一生この原発事故の取材を続ける。

自らあの日ニューススタジオにいながら
そうした事実をきちんと伝えられなかったことに対し、心から謝罪します。
福島の皆さん。
取材でそれまで沢山お世話になっていたにも関わらず、役にたてなくて本当に申し訳ありませんでした。

反原発だと思想的にレッテルを貼る人がいますが僕はそうは思いません。
取材をすればするほど原発の安全対策が不十分であることがわかります。
事故が起きた時の交通インフラや避難誘導の仕組みも今は不十分です。
徹底的にこの問題と向き合い課題解決に知恵を絞らなければ世界の何処かでまた犠牲出ます。

僕がUCLAで作った映画が局内で大問題になり、
ロスで米国市民の皆さんが企画した上映会も中止に追い込まれました。
「反原発と言われるものは困る」と指摘を受けましたが、
事故が起きたことによる不条理な現状を描いているに過ぎません。
市民が共有し未来に活かさなくてはならないものです。

米国市民からは突然の上映中止の通達に
「日本ではこれが日常なのか?」と怒りを通り越して驚き理解ができないという声が上がっています。
僕が学生の時に研究し太平洋戦争下の状況と本質は変わりません。
公共メディアは誰のものか?知る権利を有する市民のものです。
表現の自由を有する市民のものです。

メディアに関わる一人一人がそれらの権利を常に最優先に掲げ、発信に努めなければなりません。
あの日犠牲になり、そして今も情報が届かなかったことで
不安と向き合う日々を過ごしている皆さんのことを想い。
亡くなった方々への哀悼の意を示し、黙祷を捧げます。






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