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<チェルノブイリ事故27年>「日本というこの国よりはソ連の方が遥かににましだったと思います」小出裕章ジャーナル4/27ラジオフォーラム(内容書き出し・参考あり)

ラジオフォーラム
第16回放送
■放送日 2013年4月27日(土)~5月3日(金)
■Web公開日 2013年4月30日(火)
■ゲスト リ・ハナさん(日本在住の脱北者)
■パーソナリティ 西谷文和(ジャーナリスト)



小出裕章ジャーナル


西谷:
小出さん、早いもので4月26日と言えばチェルノブイリの事故ですよね。
27年経ちましたね。
チェルノブイリは石棺に囲まれているわけですけれども、
この石棺が老朽化してヒビがいっていると。
そして雨が降ったら地下に汚水が浸みこんでいって汚染をしている
と、
ま、そういう事を聞くんですが、

小出:そうです。

西谷:現在のチェルノブイリはどんな状況なんでしょうか?

小出:
はい。
1986年4月26日に原子炉が爆発しまして、
ほぼ1週間の間に大量の放射性物質が環境に噴き出してきました。
そのため、当時「地球被曝」という言葉ができたように、
地球全部が汚染を受けてしまいました。
日本はチェルノブイリから見ると8000km以上離れている所にあるのですが、
その日本にすらチェルノブイリからの放射性物質が飛んでくるというようなことになって、


西谷:先生は当時計測されていたんですよね。

小出:
そうです。
私は原子炉実験所で
自分が呼吸している空気の中にどれだけ放射能が飛んでくるかという事を測定していました。
初めはまさか地球の裏側から
物質が飛んでくるということはないだろうと思いながら始めた仕事だったのですが、

西谷:8000kmですもんね。

小出:
そうです。
5月3日になりまして、チェルノブイリからはるか離れた日本まで放射能が到達して、
大変驚いた経験をしました。

ただその後10日、あるいは20日経つとですね、
一度減っていった放射能がまた私が呼吸している空気中に増えてくるという事が起きてですね、


西谷:地球を1周してきたんですか?


小出:
そうです。
もう一週地球を回って日本まで戻ってくるという事があったのです。


西谷:その時はやっぱりセシウムが多かったんですか?

小出:セシウムもありましたし、ヨウ素も沢山、もっと沢山ありました。

西谷:ヨウ素。8日で半減ですけれどもヨウ素もあった…。

小出:
ただし、ヨウ素自身は8日で半減してしまいましたので、すぐに測定ができなくなったのですが、
セシウムはほぼ3か月ほど、ずーっと私が吸っている空気中に存在している事が測定できました。

その時に私は、もうこういう事故とは二度と起こしたくないと思ったのですが、
残念ながら福島の事故が起こってしまったのです。
それでチェルノブイリの方はその後、とにかく放射能を閉じ込めなければいけないという事で、
今おっしゃって下さったような石棺というですね、
石の棺で原子炉全体を封じ込めようという作業が始まりました。

西谷:あの時作業した方が、どんどん癌で死んでいきましたよね。

小出:
はい。
60万人とか80万人とか言われているような、軍人、退役軍人、あるいは労働者が駆り出されて、
本当に過酷な被ばく作業に従事しました。
それで多分沢山の方々がですね、
その作業に従事したが為に癌などになってすでにお亡くなりになって来たのだと思います。

西谷:
当時はね、勲章貰って表彰されていた方が、
10年後20年後にね、ガリガリに痩せて…、

小出:
はい。
そうやって苦労をしてつくった石棺なんですけれども、
さすがにやはり年が経つとですね、コンクリートの構造物だった訳で、
あちこちにひび割れが入ったりですね、天井が落ちてしまったりして、

西谷:あ、天井が落ちてしまっているところもあるんですか。

小出:
はい。
あちこちに穴が開いてしまって、きました。
放射能を閉じ込めるという意味では、どんどん性能が悪くなってきているわけで、
いつか何とかしなければいけないという事はずっと前から言われていたのです。
ただし、なんとかするにしても放射能を相手にしての作業で、被ばくはしてしまうし、
お金も膨大にかかるという事で、なかなか取りかかる事が出来ないできました。

西谷:27年間ずっとそのままという事ですね。

小出:
そうです。
でも何とかしなければいけないという事で、EUの方がかなりのお金を提供しまして、
ようやく今、第2石棺という、初めにつくった石棺の全体をまた覆ってしまうような構造物を

西谷:もうひとつ、外側から

小出:
そうです。
はい、つくる作業が続いています。
多分そんなに長くかからないで、その第2石棺というものでもう一度覆いをつくるということになると、

西谷:今だから、被ばくしながらそれをやっていただいているという事?

小出:
そうです。
ただあまり、壊れてしまった原子炉建屋自身に近付くことすらが好ましくないので、
原子炉建屋から少し離れたところで、その第2石棺という構造物を今つくっています。
それが完成した時に、第2石棺をレール上で引っ張って行って、
原子炉建屋そのものの上にまで動かして覆いをつくろうという、
そんな作業をいま進めています。

西谷:
それでね、福島との繋がりなんですけれどもね、
今、汚染水が漏れている問題がありまして、
で、いつか福島を石棺で覆わなければいけないですよね?

小出:そうです。

西谷:
これはまた、そしたら、
その膨大な作業と膨大な被ばくをしながら、いつかそれをつくっていかないといけない。

小出:おっしゃるとおりです。

西谷:
これはまた、誰がやるのか?とかですね、どういうふうに補償するのか、
ものすごい大きな問題が横たわっていますよね。

小出:
そうです。
もうこれから何年という単位では済まない、
何十年という単位の時間をかけて放射能を閉じ込めるという作業を福島でやらないといけないのですが、


西谷:気の遠くなるような。

小出:
本当に私が思うだけでも気が遠くなるような作業が長い年月にわたって必要になってしまいます。
で、そのためには大量の労働者が必要になるでしょうし、
日本というこの国で一体どうやってその労働者を調達できるんだろうかと、
それも大変不安です。
どうも聞くところによれば海外からですね、労働者をまた調達してくるということも
なんか…進んでいるように聞いていますし、


西谷:やりかねないなぁ、いまの原子力ムラやったら…。

小出:そうです。恥ずかしい国だなと思います。

西谷:
あのですね、この原発が安いとか言っているけど、
このコスト考えただけでも、もうメッチャ高くなりますよね。

小出:
そうです。
もう、そんなことは誰が考えても当たり前のことで、
経営者というような人であれば、責めてちゃんと金勘定ぐらいすべきだと思いますし、

西谷:
でもいまだにね、原発止めたら日本経済が止まるとか言うけど、
これだけでものすごいお金じゃないですか。
もうメチャメチャね、コストが高いのに本当にごまかしがあると思うんですけど、

小出:そうです。

西谷:
あの、熊本のリスナーの方から質問が届いております。
日本で子どもや被災者支援法がつくられるという事なんですけど、
ウクライナではチェルノブイリ法というのがあって、
その法律によってこの補償がされているというふうに聞いていますが、
このチェルノブイリ法というのはどういう法律なんですか
という質問なんですが。

小出:
すみません、私は法律の専門家ではないので詳しい事は知りませんが、
チェルノブイリの場合にも大量の放射性物質が噴出してきてしまいまして、
事故の直後は日本政府が取ったのと同じようにソ連の政府も事故を隠そうとしたり、
あるいは過小評価をしようとしたり、
きちっとした対応が出来ないでゴテゴテまわるということがありまして、
大量の人達が被ばくをしてしまう。
子どもたちも被ばくをしてしまうという事が起こりました。

で、そのために甲状腺がんを中心にして、
被ばくが原因でこんな病気になっているという事が分かっている病気も沢山出てしまったわけです。
避難という事を余儀なくされる人々もいたわけですし、
もう経済的に持たないで汚染地帯に取り残されている人々も、
今、福島で起きている事と同じような事がチェルノブイリでも起きましたし、
そういう方々の健康状態を調査をしたり、
あるいは保証したりということはもちろん必要なことであって、
チェルノブイリでも何とかそれを保障しようという法律はあるのです。
それがチェルノブイリ保障法というやつだと思いますが、
実際にはソ連という国自身が


西谷:なくなりましたからね。

小出:
崩壊してしまうというほどのですね、重荷になってしまっていて、
なかなか救済というのは進んでいないと思います。

西谷:
あの、チェルノブイリの事故をきっかけに、やはりソ連が崩壊したという説があるんですが、
やっぱりこのチェルノブイリ事故というのはソ連崩壊のきっかけになったんでしょうね。

小出:
はい。
もちろん、「いわゆる社会主義というものの破綻」というものがあったとは思いますし、
世界的な政治状況というのもあったとは思いますけれども、
チェルノブイリ事故がソ連の崩壊に果たした役割は大きかったと私は思います。

西谷:少なくても引き金を引いていったという、

小出:はい。

西谷:
それとですね、日本では20ミリシーベルト以下を帰還させるということなんですけど、
チェルノブイリは、どういう…?どれぐらいだったんでしょうか?

小出:
実際にはですね、現在日本で取っている方策と、私はあまり変わらないと思います。
ただしチェルノブイリの場合には20ミリシーベルト以下であっても
避難をする権利」というものを認めています。

ですからその場所に踏みとどまってやはり生活をしたいという方は居るだろうと私は思いますけれども、
「避難をしたい」という希望があれば、
その方に何がしかの保証をするという法律はあるのです。
日本の場合にはもう「20ミリシーベルト以下なら勝手に住め」と。
「国家は何の補償もしない」と今言っている訳で、そこに大きな違いはあると思います。



西谷:旧ソ連の方がまだましだったという、

小出:私はもう、日本というこの国よりははるかにましだったと思います。

西谷:
わかりました。
小出先生ね、本当に27年前のチェルノブイリ事故の話を中心に聞きましたけど、
ソ連よりも日本の方がひどいという事が分かりました。
今日はどうもありがとうございました。

小出:ありがとうございました。





「チェルノブイリの犠牲者」原発作業員の証言と現実 2003年スイス(動画・内容書き出し)
サクリファイス The Sacrifice
- 犠牲者ー事故処理作業者(リクビダートル)の知られざる現実


<福島第一原子力発電所の今と未来>
「福島はチェルノブイリよりもっとずっと困難です」小出裕章氏インタビュー(文字起こし)
より
チェルノブイリ 事故の原子炉覆う工事
NHK 2012年11月28日 6時12分
sekikan.jpg
26年前に史上最悪の原子力発電所の事故を起こした、
旧ソビエト・ウクライナのチェルノブイリ原発では、放射性物質の拡散を防ぐため、
事故を起こした原子炉を覆うアーチ型の建造物が建設されており、初めて工事の様子が報道陣に公開されました。



チェルノブイリ原発:
建物崩落、ずさん修理が招く「石棺」も腐食進行−−ウクライナ政府報告書

毎日新聞 2013年04月25日 東京朝刊

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建設が進む新シェルター(左)と奥に見える4号機母屋=大前仁撮影

旧ソ連ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所で
今年2月に建物の一部が崩落した事故について、
1986年の爆発事故後のずさんな修理と老朽化が原因とする報告書を
ウクライナ政府の事故調査委員会がまとめていたことがわかった。
同時期に造られたシェルター(通称「石棺」)もコンクリートや鉄筋部分の腐食が進んでおり、
同原発のクプニー元副所長は
「石棺を含め(86年に爆発した)4号機の建物が非常に危険な状態にあることを示した」と指摘。
26日に史上最悪の放射能漏れ事故から27年を迎える施設が崩壊の危険に直面していると警告した。

86年に爆発事故を起こした4号機は、同年秋に完成した石棺で覆われている。
この石棺に隣接するタービン建屋の屋根と壁の一部が
今年2月12日、約600平方メートルにわたって崩落した。

今年の冬は例年より雪が多く、非常事態省は当初「雪の重みが原因」との見方を示していた。

だが調査委はこの見方を撤回し、2月末にまとめた暫定報告書で
「積雪は想定された許容量を超えなかった。幾つかのマイナス要因が重なって屋根の留め具が壊れた」と
結論づけた。
タービン建屋の一部は86年の爆発で吹き飛ばされ、翌87年に造り直された。
修理箇所が建物に想定外の負荷をかけ腐食や稚拙な溶接が留め具の損壊につながった可能性があると
分析している。

ウクライナ政府は石棺とタービン建屋の一部を覆う金属製の「新シェルター」を2015年に完成させ、
その中で古い建物を解体する方針だが、
クプニー元副所長は「完成が遅れれば(石棺を含め)建物損壊の可能性が高まる」と警告している。
【チェルノブイリ(ウクライナ北部)で大前仁】



石棺覆う巨大ドーム出現 チェルノブイリ原発事故27年
中國新聞 2013年4月24日

旧ソ連時代の1986年に起きたウクライナ北部のチェルノブイリ原発事故から26日で27年。
事故を起こした4号機を覆う石棺が老朽化したため、
石棺全体を覆い放射線の拡散を防ぐかまぼこ形の巨大ドームが全容を現した。
ウクライナ政府が23日、共同通信などに公開した。現地では、東京電力福島第1原発の周辺と同様、
放射線との長い闘いが続いている。

ドームは鉄製で重さ2万9千トン、幅257メートル、高さ110メートル。
石棺の隣接地で昨年3月に建造が始まり、既に基本構造はほぼ完成。
耐用年数は100年だ。
丸く湾曲した屋根が陽光を受けて銀色に輝く。くすんで角張った石棺とは対照的だ。
準備が整えばレールの上を約300メートル移動させ、2015年10月には石棺密閉作業が完了する。

同原発の安全担当責任者アレクサンドル・ノビコフ氏は
「チェルノブイリには二つの色がある。悲劇の色と未来の色だ」と述べ、
計画が順調に進んでいることを強調した。

作業の状況は外部から見えないが、
クレーンを動かすような低音と、鐘を鳴らすような金属音が絶え間なく響く。

石棺周辺の放射線量はこの日、手元の線量計で毎時約7マイクロシーベルト
130キロ離れたキエフ市内の30倍を超す。長時間の作業は難しい。

石棺の耐用年数は約30年で、16年には極めて危険な状態となる。
ドームが完成する15年10月は「滑り込み」に近い際どい期限だが、問題はその後にある
密閉した石棺と原子炉を解体、内部に残る核燃料をどのように処理するかは全く未知の領域。
ドーム建設には欧州を中心に国際社会が資金を出したが、完成後の計画内容は事実上白紙の状態だ。

(チェルノブイリ共同=松島芳彦)






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コメント

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No title

つらいな、どうなってゆくのか?

あれこれてめえなりに戦っているんだが、まるで明日が見えない。

ただ、こういう話を起こすひともいれば、デモにゆくものもいる。ゼネストを呼びかけ、小さなストを打つ組合もあり、国策に追いつめられながらやりあっている農婦もいるってことが、今のところ、個人的には、唯一のかぼそいあるかなきかの希望だ。



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