4000ベクレルの内部被ばく 見捨てられた地域 医療崩壊 20km圏内 5/8衆議院 及川南相馬市立病院副委員長(文字起こし)

東日本大震災復興の総合的対策に関する件
(↑動画はこちらで見る事が出来ます)
開会日 : 2013年5月8日 (水)
会議名 : 震災復興特別委員会 (6時間08分)

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及川友好(参考人 南相馬市立総合病院副院長 広島大学客員教授)

南相馬市立病院の及川でございます。
まずこのような機会を与えて下さいました後藤田委員(後藤田正(震災復興特別委員長)、
それから私をこの場に立たせて下さいました多くの国会議員の皆様に心から感謝申し上げます。
なお、この場を借りまして我々南相馬市立病院、
それから南相馬市のご支援に関わった多くのボランティアの方々、ご支援の皆様に心から御礼を申し上げます。

私の今日の話は三つに分けて話させていただきます。
一つ目、
これは震災後行われました屋内退避指示、それから緊急時避難準備区域。
これが我々の地域にどのような影響をもたらしたか?。
この事について一つお話しさせていただきます。

二つ目、
現在の南相馬市の人口を基にしながら、町がどういうふうな状況になっているんだ、
震災後2年経った今、どういうふうになっているんだ?という事をお話しさせていただきます。

三つ目は、
私は医療者なので医療の立場から復興とはどういうふうに考えるべきなのか?と
これは医療者だけではなく、個人の意見も含まれますが、
医療者として復興をどういうふうに考えるかという事。
この3点についてお話しさせていただきます。


私は内部被ばく者

まず私の立場をお話しさせて下さい。
実は私は内部被ばく者です。
今回の福島第一原発の事故によりまして、私も内部被ばくをしております。

一番最初に内部被ばくを測ったのは、震災の年ですね、23年の6月。
当時内部被ばくを測るホールボディカウンターがございませんでしたので、
女川原発に出向きまして、自分の体を測定しました。

約4000ベクレル
4000ベクレルの内部被ばくをしていたという事がわかりました。
これを契機に我々の病院の方針、進む方針が決まりました。

それに先立ちまして、これは私の立場で
内部被ばく者として今の状況をどういうふうに見ているかという事をお話しさせていただきます。


見捨てられた地域

最初のテーマです。当時の政権が出しました屋内退避指示区域
これはみなさん当然ご存じだと思います。
「屋内にとどまりなさい」という指示なんですね。
23年3月15日に出されました。
我々の南相馬市というところは、実は地方行政区では
原発から20km~30kmの行政区では最も大きい行政区で、
当時約7万1500人の人口がそこに居住しておりました。

この人口に対してどのような事が起こったか?と。
「屋内に退避しなさい」と。
じつはこの指示が非常にあいまいでぼくらもどうしていいのか分からなかったんですが、
額面通りに受け取れば、「家の中にいて外には出るな」という指示です。
これが4月22日まで続いたんですね。

ぼくも講演をしながら様々なところで主婦の方に
「あなたはどの位自宅に食料品を備蓄していますか?」と聞くと、
若い人20歳代の人はほとんど1日ですね。
高齢者の方でも「5日」と言います。

もし、政府の指示をそのまま額面通りにとったら皆餓死してたわけですね。

何を言いたいか?って言うと、
皆さんは我々市民に対して様々な裁量権を持って指示を出す事が出来ますけれども、
それをきちんと検証していただきたいという事です。

実際に、もうひとつの検証を是非していただきたいのは、
屋内退避指示区域は原発から20kmから30km圏内に出されました。
それをみなさん民間にどのような影響を及ぼしたか?
これを考えてみて下さい。資料のスライド3番目の一番上ですね。

実は支援が全く入らなくなりました。
国が30km圏内という指示を出しますと、民間の業者は50km圏内です。
「50km圏内に入るな」と。
ここに書きましたけれども、実はドクターヘリは、さまざま読みましたが、
ドクターヘリも30km圏内に入っていないんですね。
入れないと。

3月15日発表、これは国交省の資料を提示しましたけれども、
30km圏内にドクターヘリが入れなくなったんですね。
救急車というのは消防車の救急車両です。
これも全く30km圏内に入れなくなりました。

ディーマット(DMAT)も入ってこない。
ティーマット、皆さんご存じのように震災時に活躍する医療チームです。
それも入らなくなった。

その他さまざまなボランティア。
公的ボランティアの医師団や看護士、マスコミも入らなくなっています。

経済の流通、物流が全くストップしたんですね。

どんな事が起こったか?
市内に食料品も無くなりまして、ガソリンも入らなくなったと。
で、後でですね、この辺の検証を私たちなりにしたんですが、
救急車両に関しては、消防署ですか、当時宮城県、岩手県、福島の他の地域に消防署が来る時に、
全国から救急車両を集めたそうなんですが、
その時に我々の地域には入らないことを条件に集めたと。
これは私は確証している訳ではありませんが、いろいろなところから聞いてくる話です。

これはどういう事なんだ?

いわゆる我々の地域は見捨てられた地域なんですね。
これを国会の方々はどういうふうに考えるか。
是非検証していただきたい。


医療崩壊

4月22日から、屋内退避が一カ月以上に渡った屋内退避指示がなくなりまして、
その代わりに緊急時避難準備区域が制定されました。
これは9月30日まで、約6ヵ月間続いております。
これは当時の内閣から出された指示なんですが、
これについても、緊急時避難準備区域ですから何時でも避難できる。
これはいいんですが、
地域に子ども、妊婦、入院を要する者、要介護者は入らないように
というふうな国から指示が出されております。


地方の地域や自治体に子どもや妊婦がいなかったら、みなさんどうなりますか?
その自治体は、もうその後行く末が無いと言われているのと同じです。
しかもそれが何時まで続くのかも我々には知らされませんでした。

その結果どのような事が起こったかと言いますと、医療崩壊です。

我々のところには南相馬市の旧緊急時避難準備区域20km~30km圏内に5つの病院がありましたが、
残念ながら、当時入院を置けませんから、我々の南相馬市立病院以外は全て休院となっています。
その時に人口はどのくらいいたかと言いますと、
大体3万人ぐらいいたんですね。
3万人というと大体「市」行政が保てる○○市となる、行政になるべき人口です。
その3万人の中に入院患者さんが全く入らなくなったんですね。
これも国から出された行政指示で、その状態がずっと続きました。

国会議員の方も50人以上我々の病院に来て下さったんですが、
我々の病院に来ると、あそこが非常に孤立された地域だという事がわかります。
他の医療機関に行くまで、時間として救急車で1時間ぐらいかかるんですね。
そういうところに入院がおけないというならば、
当然国の指示によって医療的な被害を受けた方が沢山いらっしゃいます。
その事についてもぜひ皆さん検討していただきたい。

つまり、国の出した指示はさまざまな影響を及ぼします。
「避難しろ」とひとつ言っただけで様々な影響を社会全体に及ぼしますので、
ぜひそれを皆さんに知って頂きたい。



次に南相馬市の人口から、現在の南相馬市の地域の状況をお話しさせていただきます。
先ほど申し上げましたように我々の南相馬市には7万1500人程度の人口がおりましたが、
今は大体7割程度、4万8000人程度まで戻ってきております。

先ほど遠藤町長さんがおっしゃっていましたように、
人口は7割弱戻ってきたんですが、やはり同じように大きな少子高齢化社会を迎えています。
資料にも出しましたが、人口の分布がかなり減ったんですね。

南相馬というところは実を言うと、老齢人口は震災前25%程度で確かに老齢化社会だったんですが、
幼齢人口ですね、子どもの人口は全国平均よりも多かったんですね。
つまり子どもは結構いた地域だったんです。
それが子どもが減って、高齢者も35%近くになると。子どもの人口は8%ですね。
震災前は15%だったのが8%にまで減りました。

しかもこういう少子高齢化社会が一晩のうちに出てしまう。
これは問題です。

多くの自治体は時間をかけて、多分10年単位のスケールでどんどんどんどん少子高齢化、
これは日本全体の傾向ですから、これは仕方がないんですが、
それが一晩のうちに出てしまうと。これが問題です。

全く対応ができない状態になってしまうんですね。

医療はどうなるか?と。
少子高齢化が起こりますとどうなるか?

介護保険をとる人数が震災前と比べて倍増しているという様なデータがございます。
なぜか?
それはそうですね。少子高齢者が増えたからこれは当り前なんです。

それならばもう一つですね、「在宅」はどうなったんだ?と。
実を言うと医療の中で患者さんをご自宅でみるという「在宅」これは国も勧めていると思うんですが、
「在宅」はどうなったんだ?と。

実は少子高齢者が進みますと、家庭の中で高齢者ばかりが残りますね。
そうすると「在宅」も出来にくくなる。いや、出来なくなってしまっているんですね。
つまり、患者さん一人ひとりをみる家族力量が減ってしまって、
本来ならば自宅である程度幸せな生活を送れる人が、
家族の構成崩壊によって、
つまり若い世代が避難して、高齢者ばかりが地域に残るという事で、
残念ながら在宅に帰れなくなってしまう。

そうするとどういう事が起こるか?って言うと、
老人健康保険施設が満杯になってしまう。

そういう医療の崩壊に結び付くような事が、現在起こっています。
我々のところで最終的に医療の崩壊を何で示すか?ということは、ちょっと先に戻りますけれども、

いったん休院した病院は現在どうなっているか?
我々の南相馬の20kmから30km圏内に5つの病院がございまして、
許可病床数が1046ございました。
実際今入院可能な数、さまざまな理由で病床数を全て挙げられないんですが、
それは443です。
つまり42%。

人は約7割戻ってきているのに、
入院できる数は震災前の42%にまで減っています。

つまりこれこそ医療が崩壊していると。
本来なら入院させなければならない患者さんも入院できないんだという事を示しています。


20km圏内の復興

最後に医療復興についてちょっとお話をさせて下さい。
この数字を見てもちょっと分かるんですけれども、入院数がちょっと少ないんですね、満杯ではありません。
これは医療に携わった方ならすぐにわかると思いますが、病院は満床では動かないんです。
ある程度人数を減らしてないと、入院もできませんし、上手にベット回転もできません。
良い医療は出来ないんです。
ですからこういう数字を見ながら「本当に医療の需要はあるのか」と言う方々がいます。

復興に関して、
これは実は私自身が国のみなさんに、国会のみなさん、政府のみなさんにお聞きしたいのはなにかというと、
本当に20km圏内、30km圏内の市町村を復興させるのか?」ということなんですね。

これの明言が我々のところに、我々市民には、医療者には届いていません。
どういう事か?と言いますと、医療の計画をたてますのにも中長期的な計画というのがございます。

みなさん、医療圏という言葉をちょっと聞きなれないかもしれないんですが、
医療圏つまり、我々南相馬市立病院、私は脳神経外科が専門なんですが、
脳神経外科がどの地域までカバーしているかというと、
北はもう宮城県の隣の新地町、そこから我々の病院に患者さんがきます。
南の方は実は一番遠かったのは、いわき市に四倉(よつくら)というところがあるんです。
いわき市の患者さんも我々のところに来てたんですね。

という事は病院は南相馬市というところにありますが、
医療圏は福島県の太平洋岸北3分の2をカバーしていたという事になります。

とすれば、私が今後医療を復興させるために考えなくてはならないのは、
そこの人口がどうなってくるんだ?と、
将来的に町はどうなってくるんだ?と。
ここが分からなければ、実を言うときちんとした復興のビジョンが描けない訳ですね。

是非、
国会のみなさん、ここにいる議員のみなさんは、国を動かせます。
特に原発20km圏内の地域の再生をどうするんだ?という事を、
きちんと我々一般市民に知らせていただきたいのです。

ちなみに、今回、震災後100人以上の国会議員の方々とお話をさせていただきましたが
一人だけ
国会議員の中で「20km圏内は、もうあそこはダメだ」と言った方がいらっしゃいます。

私は地元に住む人間として、全くそれに対して憤りを覚えていません。
「本当の事を言ったのかな」と。
「この人は自分の考えている本当の事を言ったのかな」というふうに感じました。



我々医療者は様々な方法、医療を通して、医療復興を通して街の再生に寄与したいと考えています。
その中で、明確な復興ビジョンが無ければ、
我々医療者としても医療復興の考えをきちんと持つ事ができません。
まず国の方からきちんと医療復興のビジョンをたてていただきたい。
さまざまな支援、人的支援はここにお願いすることは沢山ございますが、
まず基本となる、原発20km圏内をどういうふうにするんだ?と。
我々現場では医療の者一人としても、行政の人間ではありませんが、
一市民として町を復興させたいと思って日夜頑張っております。
是非国会の方々にもご理解を頂き、
そして大きな方向付けをきちんと示していただきたいというふうに考える次第でございます。

以上であります。
ご清聴ありがとうございました。



ーーー

上記の話の中で、
「4000ベクレル内部被ばくをしていた」だからどうなのか?ということ、
「20km圏内」について、「もうだめだ」と一人の議員が言った言葉を例に出して、
「本当の事を言ったんだ」と語った後の話が、逆転しているような気がしたので、
及川医師は本当はどう思っているのか?
ここの2カ所はもう少し聞いてみたいと思いました。
ちょうど質疑で答えている部分があったので、そこも文字起こしします。

ーーー




4000ベクレルの内部被ばく

吉田泉(民主党):
ご自分で内部被ばくを測られて4000出たという事ですが、
お医者さんとして食べ物とか呼吸とか、ま、いろいろあると思うんですが、
原因はどう考えておられるのか?と。
それから4000という数値ですけれども、
国はいろんな基準がございますけれども8000ベクレルとかですね、1ミリシーベルトとか、
そういうところを基準にしていろんな事に対処してきたと思うんですけれども、
4000という数値が将来の健康にですね、どういう影響を持つ可能性があるのか?
その2点をお願いします。


南相馬市立総合病院:副院長 及川友好(脳神経外科):
まず最初に内部被ばくの原因です。
これはまず一番最初に
福島第一原発の爆発により放射能が散布されたというのがまず第一の原因で、
いかにして私の身体に入ったか?という事なんですが、

実はご存じのように内部被ばくは
95%が食品。
4%が水。
1%が空気と言われています。

私の場合は、明確な原因はおそらくこの時だと思うんですが、
実は先ほど申し上げましたように、屋内退避時の期間に食品が無くなりました。
無くなったんですね。
あとでもし我々の病院に来ていただくといろんなスライドがあるんですが、
私自身もほとんど食べてない時期がありました。
国にお願いしましてもきたものが全て炭水化物なんですね。
乾パン、おにぎり類です。
野菜物は一切送ってもらえませんでした。
3月20日まで、野菜物ですね、生鮮食品は送ってもらえなかったんですね。
それで実を言うと、3月15日ですね、ちょうど爆発の後なんですが、
地産地消をしました。
どういう事かというと、職員のところで畑をやっている所に行きましてね、
畑から大根やそれから野菜をいくつか持って来まして、それを食べたんですね。
多分その時だと思います。

実際にですから先ほど言いましたように、
屋内退避指示を出した影響の一つが私の内部被ばくに繋がっているというふうに考えております。


第2点目。
4000ベクレルというのはどうか?というと、
実を言うとチェルノブイリのデータと比較することが我々は多いんですが、
チェルノブイリでは50/kgですね。
わたしは80kgですから、4万ベクレルですか、4万ベクレル以上じゃないと何も出ていないんですね。

ですから、私の体重にしてみると4000ベクレルというのは微々たるもので、
今後も健康には影響が無いと考えております。
以上です。


20km圏内の復興
5:00~
吉田:
20km圏内を本当に復興させるのか?という、大変な問題があります。
そして一部の方は「それは無理だ」というふうにおっしゃる方も確かにおられますよね。
でもそれを、それなりに同感されたというようなご発言だったと思いますが、
もしそれをやる。
つまり「20km圏内の復興をしない」という事になるとですね、
そこに今まで住んでおられた、もしくは今住んでおられる方を強制避難という事になりますよね。
政府は、ま、日本国憲法のもとでですね、
極力その居住の権利、居住の自由というのを認めると。
もちろん線量の高いところはこれ、ゴニョゴニョゴニョ(医学的な見地からできませんけど?)←突然小声で高速
そういうことでやってきたわけですけれども、
イメージとしてですね、その、復興させないという事が、結局どういう事になるのか?
ちょっと、先生からもう一言いただければと思います。


及川:
この後は私のプライベートな意見でございます。
医療者でもございません。
実際に20km圏内をどうするか?という問題の場合に、一つ大きな問題があります。

震災後に「復興」という言葉の意味が
一人ひとりの市民の方の意味が違って生きているんですね。
たとえば南相馬ですと、「除染が出来れば復興するんじゃないか」と思われた時期がありました。
福島県もそういうふうにして、「除染除染」と叫んでいた時期がありました。

ところが我々が避難していた方、たとえば山形県のところに行って、
南相馬市の空間線量と内部被ばくのデータを出して、
「南相馬市は空間線量と内部被ばくはもう大丈夫なんだ」という話をします。
そうすると彼らは納得するんですね。
納得するんですが、さらにそれが行動変容に結び付かないんです。
つまり納得しても、帰村、帰還しないんです。

これは震災後、遠藤町長もおっしゃいましたが、
さまざまな「復興」という言葉に対する思いが皆さんバラバラになってきているんだと。
思いのベクトルが、方向性がバラバラになってきているという事を話しているんですが、
その中で20km圏内をどうするかという事を一言ではちょっと申し上げることができません。

ただし、医学的な立場でみると、
最終的に非常に高線量のところがあることも分かっています。
その人たちに対して、その、何十年も。できるんだと。、将来的に戻るんだと、話をするよりも、
個人的にはきちんと補償と、新しい土地と新しいコミニティーですね。
つまり、絆が大切なんですが、
その絆をきちんとできるような代案が出せれば可能ではないかと思っていますが、
非常に難しいと思います。
以上です。



ーーー

<恐ろしいデータ>
「我々の地域での脳卒中発症率が35歳から64歳の壮年層で3.4倍にまで上がっています」
南相馬市立総合病院:及川友好副委員長5/8衆議院






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