伊達市の特定避難勧奨地点 避難区域解除問題について6/21伊達市住民の声(文字起こし)

子ども・被災者支援法成立から1年
~支援実施を求める原発事故被災者の声


2013年6月21日


25:15~
Youtube→http://youtu.be/cu6CocaL_ZM?t=25m15s

伊達市の特定避難勧奨地点
避難区域解除問題について


2013062221.jpg
FoE Japan 満田夏花:
伊達市にお住まいの菅野みやこさんにお電話をつないでお話しいただこうと思っています。
この問題は、昨年の12月に伊達市小国地区などの特定避難勧奨地点が解除になりました。
解除の基準なんですが、国に聞いてみましたら、
毎時3.8マイクロシーベルトだったそうです。
で、伊達市の特定避難勧奨地点についてはですね、
住民の方に説明会のような事がなく突然解除されたそうで、
住民の方は指定の解除を「報道で知った」というふうにおっしゃっています。
その3カ月後に賠償も打ち切りになっています。

つまりどういう状況にあるかと言いますと、
いま避難者の方々は、半ば兵糧攻めにあったというような状況にありまして、
帰還を迫られている状況にあります。


この事に関しては、解除の基準が非常に高いという事とともに、
賠償がその3カ月後に打ち切りになっている。
その状況は非常に人権にも反する大変な問題だと思っています。

このようにして今福島では次々に避難区域が解除になろうとしている訳なんですけれども、
本当にこれで良いんでしょうか?ということを私からは問いかけたいと思います。
それでさっそく菅野さんにお話しいただきたいと思います。



27:45
福島県伊達市梁川(やながわ)町に住んでおります菅野です。
3人の母で、伊達市霊山町小国地区が平成23年6月30日付で特定避難勧奨地点の指定により、
避難を選択し、翌月の3日に避難をしました。
避難指定の仕方についてもかなり疑問が残っておりまして、
避難指定の方に配布された特定勧奨地点設定に関わる
その中で抜粋ですが、
お住まいの小国地区は現在に渡って
事故発生後一年間の積算線量が20マイクロ(ミリの間違い?)シーベルトを超えると予測されてはおりません。
しかしお住まいの住所やその近郊において、
空間線量率が20マイクロ(ミリ)シーベルトを超える可能性も否定できません。
そして復興調査も同封されておりました。

うちの敷地内の玄関先、庭先中央の2カ所のみの測定で、避難出来る権利が決まってしまったんです。
たった2カ所でです

住民集会や署名活動・要望書提出等を実施しましたが、
何一つ住民の意向を聞かれることは今もありません。

その後気持ちが することなく避難生活をしてたんですが、
避難指定の事を思うと、避難している現在でも、何時解除になるのか
去年の12月までなんですけど、
「解除されるのか」という、日々本当に不安な毎日でした。

避難指定以外の住民の訴えをもとに、
市も国も対応するだろうと思っておりました。

測定、説明、相談会も勿論行われると思っていました。

市民として、どこかまだ伊達市を信じていた所がありましたけれども、
私も考えや思いがすごく浅はかで、
まだ平成24年11月28日付けでモニタリングの実施の通知がきたとともに、
特定避難勧奨地点の解除について、
20マイクロ(ミリ?)シーベルト以下となることが確実である事を確認できた場合、解除を行うとします。
という文などがありました。

翌月の5日に私の家の方に測定がきたんですけれども、
測定の結果がどのような状況なのか?
ケースバイケースで対応するのか?
説明会が行われるだろうと住民として思っていたんですけれども、
その矢先に、その12月14日の朝、ネットから流れる情報と日中のニュースから解除を知らされ、
動けなくなる位に驚きました。

また次の日には「特定避難勧奨地点解除に係るお知らせ」が郵送されてきたのには本当に驚きました。

文の中には、原子力災害現地対策本部長から伊達市長、伊達市に対し、
「特定勧奨地点解除の通知がありましたのでお知らせいたします」
と市長からありましたけれども、
その他の文章文面に対しては、全て写しのものになっておりました。

その後、我が家でもやはり納得できない所が沢山あったので、
いろいろと電話をしたり直接市に足を運び解除の理由などや、
除染をしても線量の高い事などを話したり訴えたりしましたが、
市からはありきたりの言葉しか返ってきませんでした。

挙句の果て、
「30年間気を付けて生活しろというんですか?」と問いただすと、
「すみません」と頭を下げるのみでした。

このままでは自宅に帰らなければならなくなると思い、
家族でいろいろ相談し、前進する覚悟を決めました。
というのは、「避難先に腰を据えて生活をしよう」と。

でも子どもは、避難地域から高線量の地域の学校に通っていたし、
平成25年度から新1年生になる子どももおりました。
転校、転入させ、いざ家の購入へと動きましたが、自己焦燥
自宅を購入して4年目になろうとしていたため、ローンが残っていることもあり、
借入金にも限度や上限が付いてしまいなかなかうまく進めない状況です。

災害復興住宅融資という国の支援がある事も、前進しようとしたら知りました。
でも避難がすでに解除になってしまったため、今では適応されないと言われてしまう始末です。

解除になる。
「この日で解除になりますよ」と分かった時点で動きだすという人もいるのではないでしょうか。

解除猶予期間もない。
説明会、相談会も無い。

たった一回の現地測定で高線量の地域に戻されるとは思いもしなかったので、
今現在いろいろと前進しようとしても、足踏みの状態のままでいます。

賠償金は3月までで終了しました。
今は自主避難です。
主人の仕事の賠償は続いてはおりますが、あてにはできない状況になっています。
というのは、賠償そのものに課税され、所得税額、企業税額、町県民税など、
ほとんど満額取られる状況で、通知がくるのが怖くなっておりました。

今年にかかる税額とそれに関わっている諸々の支払いなどで、前進どころではない状況です。
どうして精神的に苦痛な日々を送り、賠償金に頼らせておいて、
挙句の果てには税金でほとんど吸い取っている。


それでは私たち家族は住みたくない高線量の家に帰れと言われているようですし、
帰らなければならない状況です。

子どもを守りたいです。

「危険だ」と分かっていて子どもを危険な場所にやる親がどこにいますか?
出来る事ならば小国地区、いいえ、伊達市の子どものいる世帯全てに避難ができる権利を与えてほしいと、
解除されても思い続けております。




「なにが大変ですか?」と聞かれ続けて、大変さが改善された事はありません。
6/21避難の実情(文字起こし)




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