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<毒ガス貯蔵・沖縄> プロジェクト112 ~知られざる米軍化学兵器開発~後半(内容書き出し)

2013年8月放送
プロジェクト112 知られざる米軍化学兵器開発(後半)
(前半はこちら↓<アメリカ兵士人体実験>
プロジェクト112 ~知られざる米軍化学兵器開発~前半(動画・内容書き出し)


30:00~

50年の時を経て明るみに出てきたアメリカ軍の化学兵器開発の実態。
その中で、開発に並んで重要な計画とされていたのが、毒ガスサリンの貯蔵です。
その一翼を担ったのが沖縄でした。


1963年5月。
プロジェクト112が発動してから1年後。
1隻の船が沖縄のホワイトビーチに入港しました。
船が積んでいたのは、アメリカのエッジウッド基地からの毒ガスの弾頭でした。
その量は1万3000トン
1億人分の致死量に当たります。
当時沖縄はアメリカ施政権下にあり、停戦したばかりの朝鮮戦争や、
激しくなりつつあったベトナム戦争の補給基地として重要な役割を課せられていました。
アメリカ軍の嘉手納基地。
その奥の強大な森の中に弾薬庫が点在しています。
知花弾薬庫です。

2013082931.jpg

ホワイトビーチに到着した毒ガスは次々とこの弾薬庫に運び込まれました。
そして毒ガスの貯蔵管理のために、プロジェクト112の直轄の専門の部隊が編成されました。
267化学中隊。

2013082932.jpg

指揮官はウイリアム・ゴーフォース中佐でした。
沖縄の基地の中で、彼らはどんな活動をしてきたのか?
部隊を指揮していたゴーフォースさん(74)はメリーランド州に健在でした。

ゴーフォースさんは、沖縄に3年の間駐留。
そのごはずっとエッジウッド基地に勤務していたと言います。


ゴーフォース:
これは科学技術部隊にいた時にかぶっていた帽子です。
267部隊の最大の任務は毒ガスの安全管理です。
もちろん事故が発生した場合には、速やかに対応する訓練も受けていましたよ。
VXガス、サリン、マスタードガス、
どれも万が一漏れだしたら大惨事です。
ウサギを探知機として使っていました。

2013082933.jpg

当時の毒ガスの貯蔵庫の詳細な地図が残されていました。
ここがメインゲートです。
知花弾薬庫全体はフェンスで囲まれていましたが、毒ガスが貯蔵してあるところは特に二重になっていました。
何かあったら困るからね。

ゴーフォースさんの証言で沖縄の毒ガス貯蔵庫の実態が明らかになりました。
知花弾薬庫の奥にあるレッドハットエリアと呼ばれる一角。
そこに70もの毒ガス専用の貯蔵庫が建設されていました。

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レッドハットエリアは、基地の中であるにもかかわらず、
高さ2.5mの二重フェンスで囲まれていました。

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その間を267部隊が絶えず巡回し、警備に当たっていたのです。

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屋根を芝生で覆い、上空からでは分かりにくいようカモフラージュした貯蔵庫。

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屋上には管機構が設けられていました。
コンクリートの壁は大型爆弾の攻撃にも耐える厚さ50cm。
中には即座に使用できる状態で毒ガスミサイルが並んでいます

60年代、沖縄はアジアで最大の化学兵器の備蓄基地だったのです。


ゴーフォース:
ここに156ミリロケット砲がありますね。
これは3000ポンド爆弾です、サリンのね。

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1969年7月。
この貯蔵庫で沖縄を震撼させる事故が起きました。
267部隊の兵士が、爆弾をメンテナンスしている最中に操作を誤り、サリンが漏れ出してしまったのです。
この事故で26人の兵士が入院しました。

ゴーフォース:
爆弾の修理のため、表面の塗装を落とす処理をしていた時に、
作業を誤って爆発して、毒ガスが漏れ出しました。
サリン。
それも3000ポンド爆弾のサリンです。

探知機がわりのウサギの目が収縮をしました。
それは、私たちにとってはあってはならない事。
緊急事態が起きたことを意味したのです。

この事故を最初に報じたのはアメリカの新聞でした。
ワシントン発の情報として、沖縄に毒ガスが存在していることが伝わりました。

2013082939.jpg

突然。
しかも外電を通して伝えられた毒ガスの存在。
それは本土復帰を前にしていた沖縄の人々にとって、自分たちの尊厳にかかわる問題でした。

2013082940.jpg

島を挙げて盛り上がった毒ガス撤去の運動。
その中で沖縄の人々がさらに怒りをあらわにする出来事がありました。

当時中学の教師をしていた仲宗根正雄さん。
今でもその当時の事を忘れたことはないと言います。

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仲宗根:
せめて子どもたちの学びやというようなものを、
みんなが力を合わせて守ったという場所だと思います。

それはようやく始まったアメリカ軍の毒ガス撤去作業の初日に起きました。
1971年1月13日

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毒ガスを積んだトラックが小学校の前を通過することになったのです。

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子どもたちは急きょ自主避難を余儀なくされました。
自分たちが知らない間に毒ガスを持ちこみ、撤去する時には子どもたちを危険に巻き込む。
これ以上勝手なことは許さない。
仲宗根さんたちは移送ルートの変更を求めて声をあげ始めました。

仲宗根:
もうずっと深夜まで、たき火をたきながらね、非常に寒い日でしたけれども、
たき火をたきながら北美小学校阻止というのを最終確認して待機すると。
お母さんたちが
「子どもを守るためにもこのままではいかんじゃないのか」という声は非常に大きかったですね。


仲宗根さん達はアメリカ軍との交渉役である当時の琉球政府と3カ月間にわたって粘り強く交渉を行いました。

仲宗根:
沖縄に保存されている毒ガスを一日も早く撤去するべきであるという点では一致している訳なんですよ。
ところが毒ガス輸送が本当にもう、自分の村を通るという形になった場合に、
身体を張ってでも勝ち取るんだというようなことを決めて、


この年の7月(1971年7月15日~9月9日)に始まった本格的な撤去作業。
交渉の結果輸送ルートから小学校が外されました。
述べ1319台のトラックが次々と毒ガスを運び出しました。
50日間に及んだ撤去作業は沿線の住民に大きな負担をかけるものでした。
店は休業状態。
子どもとお年寄りは疎開を余儀なくされたのです。

発覚してから2年。
沖縄を揺り動かした1万3000トンの毒ガスはハワイ沖の孤島ジョンストン島へと送りだされていきました。

2013082944.jpg

本土復帰の直前に起きた毒ガスの問題。
それは復帰後も続く沖縄の辛さの始まりでもありました。
この日仲宗根さんは、かつて徹夜でかがり火をたき守った小学校へ足を踏み入れました。

仲宗根:
何か事件が起きた時に、事件や事故が起きた時に、
「そうだったんだ」ということを事後に知らされるっていう状態が、ずっと。
この、戦後60年、68年と言われる今でも、ずっと続いていますね。
これはもう・・・、ぜひ、僕らの子や孫たちの時代には、こういう事は引き継ぎたくないですね。
・・・悔しいですよ。

(涙)・・どうもすみません。


サンフランシスコ

7月の末、人体実験に参加した兵士たちが起こした裁判に動きがありました。
裁判長が事実上の一審判決を下したのです。

判事が裁判の長期化を避けるため証拠が十分そろっているものと判断したものと見られます。
しかし内容は元兵士たちにとって満足のいくものではありませんでした。

人体実験に対する情報の開示については認められました。
しかし、最も重要視していた医療の補償については認められませんでした。
元兵士は郡の病院を無料で利用できるからというのが理由でした。

弁護団:
残念なことに医療保障が認められませんでした。
これはとても重要な要求だったので怒りを覚えます。
原告たちの健康状態は刻々と悪化していっているのです。


パーキンソン病を患う元兵士ジョゼフズさん。
この裁判は生きる上での頼みの綱でした。

ジョゼフズ:
医療の補償も無くて、どうやって生きていけばいいのでしょうか?
私たちが死ぬのを待っているのでしょうか?
人体実験が国家にとって必要だったかどうかはわかりませんが、
少なくても私には必要のないものでした。

半世紀前、多くの若い兵士たちを集めて始まったプロジェクト112。
60年代末、アメリカ国内ではベトナム戦争が泥沼化するにつれて、
次第に反戦運動の声が大きくなっていました。
国はこの時、プロジェクトに事実上の終止符を打ちました。

2013082945.jpg

リチャード・ニクソン:
化学兵器を大量殺戮のためにしようしないことを宣言します。


記録と証言から浮かび上がってきた、アメリカ軍の化学兵器開発の実態。
冷戦の中で国家を挙げて進んだもうひとつの軍拡。
半世紀を経た今、それはいったい私たちに何を残しているのでしょうか?
製造された数万発の化学兵器は、一度も使われることなく、
いま、太平洋の孤島ジョンストン島で眠っています。


おわりーー



知花弾薬庫
番組ではすべての化学兵器をジョンストン島へ運んだように言っています。
しかし・・・
化学兵器は沖縄の海へ投棄していたということを米兵が証言しています


1969年
化学兵器の中でも最も恐れられているマスタードガスやVXガス、サリンが
沖縄の海に投棄されたということです。


ーー沖縄海洋投棄へつづく

<沖縄の海が危ない>毒ガス化学兵器沖縄海洋投棄
「海に捨た鉄製の容器は50年経つと壊れ、ガスや化学兵器は今、毒が流れだそうとしている」








米軍と化学兵器

<アメリカ兵士人体実験>
プロジェクト112 ~知られざる米軍化学兵器開発~前半(動画・内容書き出し)


<毒ガス貯蔵・沖縄>
プロジェクト112 ~知られざる米軍化学兵器開発~後半(内容書き出し)


<沖縄の海が危ない>毒ガス化学兵器沖縄海洋投棄
「海に捨た鉄製の容器は50年経つと壊れ、ガスや化学兵器は今、毒が流れだそうとしている」


<シリアの化学兵器?>
アメリカ軍が沖縄から引き揚げた化学兵器と自国の兵士に行った人体実験



他 米兵関係


NATO会場に向けて従軍メダルを投げ返すイラク帰還兵たち「メダル返還の理由」


アメリカ女性兵【放射能=ガンだけじゃない】10年後の日本?ぶらぶら病 (内容書き出し)

「沖縄の人を人間として扱ったことはない」イラク帰還兵

米兵 無人機操縦者の苦悩



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戦争への道・N・・S・・A

国 家 盗 聴 局=N・・S・・C=戦 争 するか しないか を 決める機関

特定秘密法,NSCはまるで陸軍参謀本部の様。ナチス手口に似てきた。政権は白紙委任状を貰ってると勘違いしている!
http://www.youtube.com/watch?v=Hz3mQbBNij8


今回は特に聞いてて怖くなります・・・いかに内容箇条書きします。
●N  S  Aアメリカ 国家安全保障局がgoogle侵入で盗聴 何の驚きもない。泥棒が泥棒をしているだけ。
●日本版は特定秘密保護法&NSC、ここの役割は戦争をするかしないかを決めるだけ
●戦前の参謀本部と同じ様な役割になる 政権は白紙委任状を貰っていると勘違いしている!
●目に見えない憲法ができようとしてる
●ナチス手口に似てきた、、見えない憲法作り
●中国と英国の思惑
●米国は日本なんか考えてる余裕なし、オバマさんはかわいそう
●日本は盗聴合法国
佐藤優氏の視点が冴えます。
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