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<後半>放射能抜き食事による健康回復事例11/21タチアナ女史「低線量汚染地域・健康被害の真実」(内容書き出し)

タチアナ・アンドロシェンコ女史講演
「低線量汚染地域・健康被害の真実」
放射能の少ない食事にしたら 健康被害がどのように回復したか
2013年11月21日 衆議院第一議員会館



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次の家族プロホレンコ家にいきますと、
ここではお母さんであるアリョウーナさんは1986年の生まれです。
ウクライナの家では珍しくない事なんですけれども、
彼女は18歳で結婚して、4人の子持ちです。
ここの長男のセルゲー君は去年1年生になり、次男のビクター君は今年学校に入りました。
「身体の具合はどうか?」と尋ねた時に、
長男のセルゲーは頭の痛みを訴えていましたし、
次男のビクターは足の痛みを訴えていました。
しかし長男に今年の2月に頭が痛いかどうかを尋ねた時には、
「一番最後に頭が痛かったのは何時か?」という事を思い出せませんでした。
そしてお母さんは学校の先生が冬の終わりの休みに入る前に、
この男の子が「とても注意深くなって前よりもよく勉強するようになった」という事を聞いて喜んでいました。

下の女の子たちはとても病気がちでした。
彼女たちは双子なので、片方が病気になるともう一人も当然身体の具合が悪くなるんですけれども、
年に3回は入院していました。
しかしこの子たちもこの冬を通じて病気になりませんでしたし、
それからこの春はとても寒かったんですけれども、
風邪をひいても入院をするような事にはなりませんでした。



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今度はキリレンコ家のナスチャについてお話したいと思います。
ナスチャは私たちの隣人の娘さんで、うちの娘のオリガの友達です。
そして、オリガが病気になった時この隣人たちはとても心配してくれて、
でもその時には自分たちにも同じような事が起こるとは全く予想していなかったんです。
しかし、ナスチャは4年前に肺の腫瘍が見つかりました。
先天性肺腫瘍という診断がされました。
そして手術を受けるようにと勧められましたが、
肺の10カ所以上の場所に腫瘍があるために、
どのようにして手術をしたらいいかということもわかりませんでした。
このナスーチャにも放射能で汚染されていない食品とミネラルの豊富な魚の骨の粉を与えました。
6月に彼女は医学的な検査を受けましたが、
お医者さんは彼女の状態にとても満足をしていて、手術の話はもう出ませんでした。
彼女は日本のテラサワ先生というお医者さんのおかげでルミンAという薬を提供していただいたんですけれども、
その事についてとても感謝しております。
そしてウクライナの先生もナスーチャの症状がとてもよくなったという事をよろこんで、
この先も続けるようにと勧めてくれました。




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もうひとつの家族はゴバリチュック家です。
ここにもナスチャという娘さんがいますが、彼女の場合は少し違ったケースです。
こちらナスチャは、私たちのプロジェクトに参加しているウクライナ人の小児科医の検査を二回受けています。
彼女はこの検査を受けた時に、実質的な障害というのは何も見つかりませんでしたが、
いつも体調が良くなかったのです。
それは外見からも見て取れるもので、彼女はヘモグロビンの量が少なく、低血圧で
血管性のジストニアがありました。
それから鼻血がよく出ましたし、足の痛みがありました。
私はここの家のおばあさんガリーナととても仲がいいので、
ナスチャの状態が代わっていく様子を見ていくことができました。
ナスチャは春には鼻血が出なくなり、ヘモグロビンが増えて、血圧も正常になってきました。
彼女はいい成績で学校を終えて今は団体に入っています。
生物科学者になりたいそうです。

彼女のおばあさんのガリーナさんは、9月に2回目の甲状腺の腫瘍を除去する手術を受けました。
最初の手術は91年でしたけれども、腫瘍がまたできたので再手術をする事になりました。
彼女は一回目の手術の時よりも今回の方が手術の予後がずっと良かったということです。
手術後の回復が非常に速く、1月には日常生活に復帰していました。

残念なことにはナスチャのお母さんのイリーナに最近乳腺の腫瘍が見つかりました
そしてルミンAを提供して下さったテラサワ先生にもう一度お礼を言いたいんですけれども、
そのおかげでもしかしたら、イリーナは手術をしないで済むかもしれません
手術をしないで済めばいいなと願っています。



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次の家族はジャンクフスキー家です。
ここにも女の子ばかりの4人の子どもがいます。
ここの4人の娘たちにもチェルノブイリの子どもたちの典型的な症状。
つまり、頭痛、鼻血、心臓の痛み、足の痛みがあります。

ここで私は小若さんが「どうして子どもたちに痛みについて聞いているか」という事を話したいと思います。
子どもに直接彼らの痛みについて聞くという事は
お医者さんの診察とか、お母さんが子どもに聞くというのとは違います。
子どもに直接聞きますと、子どもは本当に思ったままの事を答えていきます。
子どもたちは私を心配させるためになにかを言ったりするわけではなくて
ただ聞かれた事にきちんと答えていました。
子どもたちは嘘を付いたり、ただ自分に興味を引き付けるためになにかを言ったりするという事ではなくて、
本当にあるがままの事を答えてくれました。
それから2カ月後、4カ月後、6カ月後というように、子どもたちに同じアンケート調査をしたんですが、
その結果は彼らの外見と言動を裏付けるものでした。

大きい子どもたちはちゃんと言葉で答える事が出来ましたし、
小さい子どもたちは痛いところを手で示したりしました。
彼等は冬の間は全く鼻血が出なかった事、
春には頭が少し痛かったけれども目まいとかそういう事はなかったという事を教えてくれました。
私たちがこうしたプロジェクトの中でこうした家族に対して求めた事はなにか特別なことではなくて、
森のキノコ類、ベリー類、そして川魚を食べない事でした。


もうあまり時間がありませんが、ビグニ村の3家族についても出来ればお話をしたいです。
この家族は実際にゴヴァリン村より汚染度の高い地域に住んでいます。

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原発事故の10年後から特に悪化
頭痛・胸痛・足痛・関節痛・関節のはれ・背中痛・腎臓病


この三家族のそれぞれに1986年生まれの子ども達がいます。
つまり二人の息子と一人の娘です。
彼らが抱えている障害と健康上の問題というのは、放射能汚染の高い地域の人達に典型的なものです。
段階的な違いというのはありますけれども、
この3家族それぞれに健康状態の改善がみられます。
残念ながら時間がきてしまいましたので後ほどご質問がありましたらしたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。





質問
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1:28:44~

1男性:
ここにあるレポートの中で汚染されていないものを食べると体がよくなったという事があるんですけれども、
具体的に内部被ばくの数値ですね、
最初400ベクレルだったものが食べなかったら200ベクレルに下がったとか、
そういう数値がここには書いてないんですけれど、そういう数値は公表しないんでしょうか?


小若:調べていません

1男性:調べてないんですね、はい、わかりました。



1:29:32
2女性:汚染の少ない食品を半年間食べて、そのあと現地の方達は何を食べていらっしゃるんでしょうか?

タチアナ:汚染された食べ物を取り除きまして、変わりに買っていただいた豚肉、牛乳、魚の粉を食べています。


1:31:02
3女性:
化学肥料を投入して野菜をつくっているということが報告の中にあったんですけれども、
もちろん放射能を軽減するという効果はあると思うんですが、
化学肥料をどう考えればいいかな?と思って質問させていただきます。

小若:
放射能よりも化学肥料の方が危険だという事は全く無いと思っています。
やっぱり放射能が一番怖くて、
要するに、セシウムとストロンチウムの吸収を減らしたいという事なんですな。
そうすると、カリウムとカルシウムを増やせばいいんです。
ウクライナはほとんど有機農業ですから、
だからほとんど有機農業のところで多分足りないんじゃないかと勝手に想像していて、
「とりあえず入れてみよう」というふうにやったら、
実は専門家が付いていてくれまして、
その専門家の指示で複合肥料を今入れています。
そんな状況ですね。
僕の予想では来年の1月から成果が出てくるというふうに予想していまして、
タチアナさんは「3年かかるんじゃないか」と言っていて、
この辺はどうなるかは分かりません。
まだ、今年の5月から始めただけですので、
ともかく、うちの読者さんから多額のカンパを頂いて、それで出来た事なんですけど
我々としては感謝しています。


1:32:52
4女性:
ゴヴァリン村へは、事故後7年経ってから移住されたというふうにお話がありましたけれども、
どうしてその村へ移住するということが決まったのか?というのと、
あと、頭痛は想像がつくんですけれども、
足の痛みっていうのは、子どもたちはどういうふうなのを訴えるようになるのか?というのを
具体的に教えてもらえたら嬉しいです。

タチアナ:
まず、最初の質問なんですけれども、
汚染された地域にそれ以上住むことは不可能であるという、国家的なプログラムがありまして、
それでゴヴァリン村へ移住をさせられる事になりました。
前に住んでいた村の名前はノーヴィーミールという村です。


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写真 第2回ウクライナ調査報告より
小若:
(足の事について)こんな感じです。
「どこが痛いの?」って言ったら、こうやって「ここが痛いんだよ」って言っている。
いろいろ場所はあります。
一応部位別に調べていまして、

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表 第3回ウクライナ調査報告より

足首が痛い子、ひざが痛い子。
膝の下の筋肉が痛い、太ももが痛い、と、それぞれ場所が違います。
これはもっと細かく調べなければいけませんけど、一応調べてみたという感じですね。
(写真の子)最初に見つけた子です。
ここで引っかかって、後ずっと調査に入りました。

タチアナ:
子どもの足の痛みについて、
今でも汚染された地域に住んでいる子どものお母さんが言った事なんですけど、
夜中に子どもが、足の痛みが始まる10分前に目を覚まして泣きだす」というんですね。
それはどうしてか?というと、10分後には足が痛くなるという事が、その子にはわかるそうなんです。

小若:
もちろん、攣る(つる)っていう人も何人かいましたよ。
夜中に攣って激痛だっていう人もね。
いろいろです。


1:36:48
男性:
ウクライナの、特にコヴァリン村について、
全体的な健康統計とか学校統計みたいなものがあってご覧になっているでしょうか?

小若:
通訳している間に言いますけれども、
ピシャニッツァに行った時にですね、こんな厚い資料をあげようかと言われたけど、
「訳せないからいらない」って言いました。
だから結構やっていると思うんですよ、そういう統計資料は。
国がお金を出してちゃんとやれば集まると思うんですけれども、病気の資料だと思いますけれども、
全生徒の資料がちゃんと集まっていて、受け取った写真があります。
戻しましたけど、私は。

タチアナ:
健康統計ですとか、個々の子どもについての健康カードというのが作成されますので、
そういったものを両親から見せてもらってよく存じていますけれど、
ただ医者が公式的には、そうしたいろいろな痛みとチェルノブイリの被害との関係は認めていません。

それから付け加えますと、さっきの夜中に足が痛いといって泣いている男の子の場合、
お母さんが朝になってすぐ子どもをお医者さんのところへ連れていきましたけれど、
その時はもう足は痛くない訳なんですね。
お医者さんが男の子の足をつかんで痛いかどうか尋ねたところ、
男の子が「痛くない」と言ったので、
お医者さんはお母さんに「あなたは何を考えているんだ」という様な態度をして、それだけでした。

小若:
それに関しては289号をお配りしていると思うんですけど、
これを全部読んでいただければ、そういう話がいろいろと、何例か出ています。


タチアナ・アンドロシェンコ女史講演 2013年11月21日 衆議院第一議員会館
書き出しブログ

動画はここにあります↓
<学校給食は1ベクレル/㎏規制に!>実際には1.1ベクレルでいろんな被害が出ている
11/21ウクライナ調査結果・小若順一氏(内容書き出し)


<前半>放射能抜き食事による健康回復事例
11/21タチアナ女史「低線量汚染地域・健康被害の真実」(内容書き出し)


<後半>放射能抜き食事による健康回復事例
11/21タチアナ女史「低線量汚染地域・健康被害の真実」(内容書き出し)






2012年の小若氏の報告

<ウクライナ報告>
「5から10ベクレルの食品で被害が出ているという事を確認しました」小若順一氏11/2(内容書き出し)


<質疑応答・ウクライナ報告>
「5~10ベクレルの食事を食べ続けると起こる身体の痛み」小若順一氏11/2(内容書き出し)






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