菅直人元総理「福島第一原発事故。あのとき、一体何があったのか?」6/9荒川強啓デイ・キャッチ(文字起こし)

菅直人元総理「福島第一原発事故。あのとき、一体何があったのか?」

荒川強啓デイ・キャッチ
2014年06月09日(月)
菅直人
青木理
荒川強啓
片桐千晶

荒川強啓:
本日のスペシャルゲスト、菅直人元総理大臣がお見えになりました。
お忙しいところどうもありがとうございます、よろしくお願いいたします。

菅直人:いいえ、こちらこそよろしくお願いします

荒川強啓:
お元気そうで。
顔色も良くして。

菅直人:そうですね、やっとお遍路も終わりましたし。

荒川強啓:
そうですね、さて今日はですね、
菅直人さんに、この福島第一原発事故当時総理大臣をお勤めだったという事で、
そのニュースに絞っていろいろお話を伺おうかと思っています。
まず、震災から3年経って汚染水の問題がまだ解決しないままという、今の原発をめぐるこの状況を
菅さんはどう捉えておいでですか?


菅直人:あの、福島原発事故は今も続いているんです。

荒川強啓:はい、はい。

菅直人:
先日委員会で廣瀬社長に聞きました。
たとえば2号機、中の放射線量はいくらか?と聞いたら「70シーベルト」

荒川強啓:あぁ・・・

菅直人:
これは大体3分から4分で確実に死にます。
で、水が入っていると言うけれど、水は深さ60cmしか入っていません。
何故かと言うと、どんどん入れているんですが、それが流れ出ている訳です、穴が開いていて。


荒川強啓:そうですね。

菅直人:
汚染水というのはその流れているものが汚染水の元なんですね。
つまり今、今この瞬間もですね、福島原発からは放射性物質が外へどんどん出ている。
「海へは出ていない」と安倍さんは言うけれども、そんな事はありません。
必ず海にも、少なくても一部は出ています。
ですから「原発事故は終わっていない」という、そこが一番重要です。

荒川強啓:うーーん

青木理:
あのー、まさにおっしゃる通りだと思うんですよね。
で、安倍さんがオリンピックを誘致するために「アンダーコントロールだ」と、

菅直人:そうです。

青木理:
あれは僕らはおかしいと思いましたし、
ただ、あえて菅さんに伺うとね、最初に安全宣言というのを出したのは野田首相だったですよね。
「収束宣言」ですか。

菅直人:ええ。

青木理:
「この事故は収束したんだ」というのは同じ民主党の同僚だった訳、
同僚首相だった訳ですけれども、
その野田さんの収束安全宣言というのはどういうふうにお感じになります?

菅直人:
私はやはり、言葉は適切ではなかったと思います。
あの時にはですね、いろんな段階を追って、第1ステージ第2ステージ、第3ステージと、
あるステージまで行ったという意味で多分言われたんだと思いますが、
「収束」という言葉を使われたのはね、これはちょっと、あの~、まずかったと思っています。
収束はしていません!

青木理:
うーん。
今はだから悲惨な状況が続いているという事ですよね。
で、おそらくこれから何十年も私たちは取り組まなくてはいけないというが続いている。

菅直人:
大量に放射線物質が出た、という事がですね、ま、チェルノブイリであった訳ですが、
それ以上の量が出ていますし、今なお出ていると。
つまり出て、いろんな被害がこれから続くというのと同時に
今なお現在も出ているという、そういう意味でより深刻というか、
より、まさに事故が、あの…続いているという事ですよね。


荒川強啓:
菅さん、あの、今日はラジオをお聞きのみなさんからも
「菅さんにいろいろとお聞きしたい事」というので募っているんですが、ちょっとご紹介させていただきます。

札幌にお住まいの30代の男性です。
菅元総理にお聞きしたいのですが、
震災後の原発事故が起こった際に菅さんご自身がヘリで原発を見に行かれました。
その時、菅さんは本当な何がしたかったのでしょうか?
極めて専門的な知識がいる原発事故に総理が乗り込んで行った事で
現場の足手まといになったのでは?と感じています。というメールが届いているんです。


菅直人:
ま、当時からそういう批判は沢山あります。
ただ、当時の状況はですね、本来事故が起きた時には、
私は本部長ですが、足元に専門家がきちんと集まって、
今どういう状況にあるのか、将来はどういう状況になるのか、どういう手を打てばいいのか、というのを
だいたい、こう、総理に伝えて、そして判断を求めるんです。
しかし残念ながら、当時の、ま、官僚組織でいうと、
原子力安全保安院、これは経産省の一部ですが、
そのトップが来ました。
しかし説明できないんです

なぜなんだ?と、あなたは原子力の専門家なの?と聞いたら、
「いや、私は東大の経済部を出ています」と、
原子力の専門家ではない人間がその事故対応にあたるトップでした。
それから原子力安全保安院、原子力安全委員会、
斑目さんは専門家ですが、しかし斑目さんのところには何も情報は入っていませんでした。


荒川強啓:おーー。

菅直人:
さらに東電の本店からも来てもらいました。
しかも彼のところにもですね、
たとえばその時に一番重要だった「ベントをやりたい」と。
つまり格納容器の圧力が上がるから、
このまま放っておくとボーンと爆発してですね、一気に放射性物質が出ていくからベントをやりたいと。
ですから専門家に聞いて「じゃあ仕方がないだろう」と言って
「やってもいいですよ」と言ってもなかなかスタートしない。
何時間経っても、5時間経っても。
「どうなってるんだ?」と聞いても返事がない。
つまりですね、現場の状況が全く伝わってこないんです。

しかし判断はしなきゃいけない。
逃げる範囲とか何とか。

つまり現場の事が何も伝わってこない時に判断だけすると言うのはより危険です。
ですから私はやはり現場の責任者、吉田所長が結局責任者だった訳ですから、
現場の責任者ときちんと話をする必要は一回はあると、そう考えて翌朝1番、
6時に官邸を飛び立って、第一サイトへ行きました

私はその時、吉田所長と45分間ですが、短い時間ですが「なんとしてもベントをやります」と。
今遅れたのはこういう事情です、と、ちゃんと説明してくれました。
「この男は信頼できる」と思いまして、その後もいろんな対応に、
ここで吉田所長に合ってた事は大変プラスになりました。

荒川強啓:ああ

青木理:
あのー、確かにおっしゃるのは気持ちは良く分かるんですけれども、
ただ「総理大臣が現場に来る必要はあるのか?」とかね、
あるいはこのメールの方のように、むしろ官邸できちんと構えて、
現場から上がってくる報告をちゃんと処理したほうがいいんじゃないか。
効率的なんじゃないか、現場は混乱したんじゃないかっていう気持ちもわかるんですけど、
菅さんの話を伺うとね、つまり原発で事故、あるいは深刻なトラブルが起きた時に、
きちんと情報が上がるようなシステムとか、あるいはまだまだ人為的システム的インフラというのが、
菅さんが首相だった時、おそらく今もそうだけど、全然できていない、っていう事なんですか?


菅直人:
ハード面でもソフト面でも極めて不十分。
あるいは出来ていなかった。
その象徴はさっき言ったように、事故がない時はですね、トップが経済学部でも法律学部でもいいんです。
予算を取ってくるとか法律をつくるんであれば。
しかし事故の時は、言ってみれば消防署の所長の役目。
あるいは戦争になったなら自衛隊の戦う部隊長ですからね。
それが、ホースを持ったこともない様な人が事故対応に当たれるはずがないんですよ。

それから私もですね、おっしゃるとおり、きちんとした情報がきて、私以上に当然ながら詳しい人が沢山いるはずだから、
そういう人たちが現状を把握して、「こうしたほうがいい」という事が順次上がってくれば行っていませんでした。
つまり私はほかの役所の大臣もやりましたから、それぞれの役所にはその道の専門家がいるんですよ。
そこが、極端に言えば大臣が素人でも大体案を持ってきてくれるんです。
それが聞いても聞いても黙ってしまって、何も一つも案が上がってこない。
その時に、それでもですね、私は総理だから「官邸で待ってます」と言ったら、
たぶん、その後の経緯を見てもずーっと上がってこなかったでしょう。

青木理:
ということは、安倍さんがいま一生懸命NSCなんかをつくられて、「危機管理をやるんだ」なんて言っているけれども、
もっと原発なんかにわたって、これから再稼働するかどうかは別としても、日本国中にあるんですから、
やっぱり原発の事故時にどういう危機管理のオペレーションをするかっていう、
そちらの方の危機管理のシステムっていうのは一刻も早くきちんと整備しなければいけない

菅直人:
少なくても原子力安全保安院を全部解体して、経産省から環境省の元に原子力規制委員会をつくりました。
その下に原子力規制庁をつくりました。
そこには緊急事態対策監という、少なくても原子力について詳しい人間を一人置きました。
当時も経産省にいて3日目にやってきた安井さんという人(※下記参照)ですけれども

そういう形は出来ました。
しかし、同じような事故が今起きた時に十分対応できるかと言うと、私はまだ不十分だと。
つまり、役所側に本当の意味で原子力の、原発のオペレーションだとか、
そういう事をやった経験者というのは極めて少ないんですね。

荒川強啓:
あのー菅さんね、3月11日の2時46分に大震災が発生しましたね。
で、その日の7時、19時3分に原子力緊急事態宣言が発令されました。
そしてその日の、震災当日の夜9時23分に、菅さんが1号機の半径3km以内の住民に避難命令を出しました。
その日の動きなんですが、こうした発令をした時に、いろんなところから情報は入っていたんでしょうか?

菅直人:
ですから何度も言いますように、本来避難区域を決めるのはですね、
オフサイトセンターという原発から近いところに現地対策本部というものをつくって、
そこで地元の自治体の人達も含めて
「どこまで逃げればいいのか」
どこにどのような人がいるのか、何人いるかという事がわかりますから、
そういう形が法律的にできているんですが、
実際にはオフサイトセンターは地震のために人が集まらなくて全く機能しませんでした。

ですから私のところに入ってきた情報というのはですね、
東電から「格納容器の圧力が上がっているから、爆発する恐れがあるからベントをしたい」という話で、
爆発した時のことを最初考えました。

で、爆発したら大変だから、どの範囲まで逃げればいいんですか?と、
原子力の専門家である原子力安全委員長の斑目さんが目の前におられましたから、
委員長に聞いて、3km、5km、10km、最終的に20kmまで広めました。

それは、少なくても目の前にいた専門家の一般的なですね、
国際的ないろんなルールとかを参考にしたものを私も参考にして決めたんです。


荒川強啓:
それと、のちに12日。
震災の翌日の土曜日、ヘリで原発に降り立った。
で、そこにいた時にですね、
その、朝原発にヘリで行って、その日の3時過ぎに1号機の水素爆発が起きました。
そのあたりというのは、直接行かれて、そしてそういう危険があるという事をキャッチされたんでしょうか?
1号機の爆発。


菅直人:
まずですね、1号機について言うと、
実は前の日の夜10時までは「水がまだあるんだ」という報告が東電から届いていました。
しかし今分かっているのは、水位計が壊れて、誤動作をしたんです。
水があればメルトダウンはしません。
実際にメルトダウンが始まったのは、地震からわずか4時間後の18時50分だと今は言われています。
つまり、その18時50分にメルトダウンが始まったという事は、現場でさえ知らないんです。
水位計が間違っているから。

ですから私が出る頃にはまだ、
「メルトダウンが起きているんじゃないか」という意見はいろいろ入っていました。

荒川強啓:翌日の朝のヘリの、

菅直人:
いやいや、そのヘリではなくて、いろんなところから情報は取っていましたから。
しかし少なくても東電からくる情報は「水が燃料棒よりも上にある」という報告ですから、
少なくとも「それが嘘だ」とは言えませんから、
少なくともその夜の段階まではメルトダウンはしていないというふうに思っていました。
しかし現実には、もう夜6時50分ぐらいから始まっていて、
私が多分行ったころには、もうメルトダウンは猛烈に進んでいて、
圧力容器を抜いたメルトスルーまで行くんですから、
それに近い状況まで来ていたという事が、現在なら分かります。
その時点では全く別の情報です。


荒川強啓:あー・・・、

青木理:
そう考えると結果論、これも結果論になっちゃいますけど、
菅さんがヘリで行かれた時っていうのは、ひょっとすると一番危なかったかもしれない時だったという事ですよね。

菅直人:
1号についてはそうです。
しかし、2号、3号はもっと早く結果的に水を入れられていたら止まったかもしれませんが、
それもいろんな事情で入りませんでした。
で、やっぱり一番厳しくなったのは、15日です。
14日から15日です。

片桐千晶:2号機が爆発した?

菅直人:それは16日、15日の朝ですから。

片桐千晶:はい、15日ですね。

菅直人:
つまり、1号だけでも大変なのに、12日に水素爆発。
そして14日には3号が水素爆発。
そして15日は私は朝の4時過ぎに東電本店に乗りこんで、「ギリギリ頑張って欲しい」と。
撤退したらですね、吉田さんの証言にもありますけれども、
「東日本は壊滅する」っていうんです。
この言葉は吉田所長の証言の中に入っている。
朝日新聞の報道によればですけどね、そういう状況だったんです。
そういう意味では一番厳しかったのはやっぱり15日。
14日から15日にかけてですね。

荒川強啓:
横浜市にお住まいの男性からこういうメールが届いているんですが、
「吉田調書が非公開である事実についてはどう考えておいででしょうか?」

菅直人:
私はですね、やはり吉田さんの調書というのは、
事故の原因やこれから事故を再び起こさないために最も重要な長所だと思いますから、
それは、やっぱり必要な人というか、みんながきちんと見ることができるようにすべきだと、


荒川強啓:公開するべき。

菅直人:そう思っています。

青木理:
あの、これに関してちょっと先ほどの野田さんの話と通じるところがあるんですけれども、
この事故調は政府の事故調ですよね、は、政府から独立したと、ある程度ね独立したという建前上だけども、
これは民主党政権の時につくられて、民主党政権下で報告書を出している訳ですよね。
当時やっぱりね、吉田さんの調書もそうですし、それから他の、
ま、菅さんの調書もおそらくあるはずなんですけれど、その中にはね。
それは出来る限り公開をするべきだと。
その時にその仕組みを作っておくべきだったんじゃないかという気もするんですけど。


菅直人:
私が総理だった時にお願いして政府の事故調をつくりました。
で、その時に、私もある意味で調査対象なんです。
大体、官邸の主要メンバーは全部調査対象なんですよ。
その調査対象の人間がですね、こういうやり方をしろ、ああいうやり方をしろというのは、やはりやるべきじゃないと。
まさに中立性の問題でやるべきじゃないと思いましたから、
私は、運営については事故調に集まっていただいた失敗学の権威であった畑村洋太郎先生はじめですね、
そういう皆さんの自主的判断にお任せしました。
私はその事は間違っていないと思います。
ですから今の、逆に政権が代わってですね、
なぜですね、菅官房長官がそれに対して非常にネガティブなのかですね、
逆にわかりません。


荒川強啓:
それと安倍政権は原発再稼働に向けて着々と準備を進めている感じがするんですが、
この動きを菅さんはどう見ておいででしょうか?

菅直人:
最悪の選択です。
つまりですね、先程も言いましたように吉田所長も、
「このままいったら東日本、つまり東京も含めて東日本」
近藤原子力委員長がですね、「250km圏5000万人が逃げ出さなければならなくなる」という、
これは最悪のシナリオでした。
結果としてはそこまで行かなくてすみましたけれど、そういう紙一重だったんです。
そういうリスクをですね、これは私だけが経験したんではなくて、
安倍さんだってその前から総理を経験しているんですから、
そういう事を知りながらですよ、なぜまた再稼働させるのか。
で、再稼働をさせれば必ず使用済み燃料が出ます。
その処理には10万年の管理が必要とされています。
先日オンカロにも行ってきました。
ですからそういうことを考えたら、もう再稼働はさせないで順次廃炉にすべきであって、

それをなぜ強引にやろうとしているのか?
私は後ろに原子力ムラの力が働いていると見ています。


荒川強啓:なるほど。

青木理:
一つだけね、吉田調書に関してなんですけど、
ま、これまで報じられていることも多いんですけど、
たとえば一部の、福島第一原発の人達が第二原発に一時退去していたという事が
新たに分かったような報道がされているんですけれど、
そういう事実というのはあった訳ですか?

菅直人:
これは当時はですね、
15日の午前6時に、私がいろんな話をした後ですけれども、
2号に穴が開き、4号に水素爆発が起きました。
で、私たちが知っていたのは、そういう状態の中で一時的に第二サイトに退避したという話はその後聞いていました。
ただこの間の朝日新聞の報道によればですが、
吉田所長は第一サイトの中の線量の低いところで待機して、それで状況が落ち着いたら作業に戻ってくれと言ったのに、
第二サイトに、10km12km先まで行ったという、そういう事実は当時は知りませんでしたし、
また、その後の東電の報告も、そういう事実の報告は出ていませんでした
吉田調書で初めて知りました。


とにかくですね、東電というのは自分に都合の悪いことは全部ですね、こう、誤魔化すんですね。
だから私はその、どういう逃げ方がいいか悪いかというのは、最後は現場で判断するしかないんです。
しかし、その事が結果としてどうであったかという事については、
事実はどうであったかという事はきちんとですね、報告すべきですね。


青木理:●されないこともあったって、いまだに

菅直人:
それはですね、まさに、東電は今でもですよ、ご存じのようにテレビ会議の内容を全部は公開していないんですよ。
理由を聞いたら「プライバシー」っていうんですよ。
吉田調書も公開すべきだし、
まさにテレビ会議の内容は全部公開すべきです。

荒川強啓:はい、あっという間のお時間でした。

青木理:ほんとうですね。






安井正也 緊急事態対策監 

放射能メモより
緊急事態対策監
安井正也 (やすい まさや) 54歳

前職: 経済産業省官房審議官

経産省原子力政策課長を務めていた04年4月、使用済み核燃料を再処理せず、そのまま捨てる「直接処分」のコスト試算の隠蔽を部下に指示。
http://monogusa-fumifumi.cocolog-shizuoka.com/blog/2012/01/post-d452.html安井正也

語られる言葉の河へより
安井正也 緊急事態対策監 
事務方ナンバー3 
京都大学工学部原子核工学科卒。経産省で原子力を推進した。2004年に発覚した原発の使用済み核燃料の直接処分に係る試算結果隠しに深く関わった。
「再処理をせずに直接処分した時のコスト試算はないか」
という国会質問(福島みずほ・参議院議員/社民党代表)に対して、経産省資源エネルギー庁の幹部は試算の存在を否定する答弁を行った。しかし、その後、その存在が発覚した。虚偽答弁だ、と批判を浴びたが、試算の存在を知らないので虚偽答弁には当たらない(単に業務を管理する能力が無いだけ)、という不透明な決着をみた。
 この「虚偽答弁」の案を作成したのが、安井正也・原子力政策課長(当時)だ。安井は、この時、寺坂信昭・電力・ガス事業部長(当時。原発事故当時の原子力安全・保安院長でもある)とともに厳重注意の処分を受けている。




菅直人元首相「原発事故は今なお続いているという事を、まず確認しようではないですか」




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DASH村

DASH村で農業指導を担当されていた
福島県浪江町の三瓶明雄さんが
急性骨髄性白血病のため亡くなられました。

謹んで ご冥福をお祈り申し上げます。

それでも「食べて応援」のTOKIOって
正直、どうなんだろう...


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TOKIOは、自分で仕事を選んでできるわけではないからしかたないけど、誰がやらせているんだろう。山口さんを見るたび、元気そうでよかった、と思います。