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<元日本兵の証言>谷口末廣「自衛権というのは『軍隊を持つ』という事だけじゃないんですよ」8/8報道するラジオ(文字起こし)

元兵士が語る戦場

報道するラジオ 2014年8月8日
「元日本兵の証言〜戦争の現実とは〜」



4:42〜http://youtu.be/eqH2X4wtyX8?t=4m42s
報道するラジオ、今日の特集テーマは元兵士が語る戦場です。
リポートは千葉アナウンサーです、こんばんは。

千葉:
私が今回お話を聞いてきましたのは、
不戦兵士・市民の会という市民グループで戦争体験を語り続けている元日本軍の兵士の方なんです。
この方にお話を伺ってきたんですが、
このグループはですね、戦争を経験した元兵士の方々が、
二度と戦争をしてはいけないという思いを持って、
生き地獄である戦争を見てきた証人として、戦場や戦争を語り継ぐために作った会なんですね。
私が話を聞きましたのは、谷口末廣(たにぐちすえひろ)さんという方なんです。
現在93歳でいらっしゃいます。
1920年、大正9年ですね、鳥取県のお生まれなんですけれども、
1942年22歳のときに招集をされまして日本の兵隊となりました。
そこで幹部候補生としての訓練を受けて、軍曹という下士官の階級になりまして、
1944年にフィリピンのミンダナオ島に派遣をされました。
そしてミンダナオ島では日本軍の飛行場に勤務をしていました。
この1944年という年は、サイパン島で日本が玉砕。
つまり全滅した年ですね。
連合国によるB29という爆撃機による日本本土の空襲も始まった年なんですね。
大きな町では、疎開ですね、「郊外に避難しなさい」という命令が出て、
日本国内では竹槍の…本土攻撃に備えた竹槍ですね、の訓練が始まったり…していた時です。


水野:敗戦の前の年

千葉:はいそうです。

水野:まさに泥沼化していた時期ですね。

千葉:
敗色のこうというのが、見えてきた時期でありましたけれども、
谷口さんのいたフィリピンではですね、まさにアメリカ軍が上陸してくる直前でした。


谷口:
8月の10日頃にね、みんな、
飛行場と言っても、もう、一種のローラーがあるでしょ、あれで土地をならしてもね、
あれは、コンクリートの立派な飛行場じゃないんだから、
それの整備やそういう事をやって、
見方の飛行機がくるのを待っているんだけど、待てど暮らせど来ないわ。
そしたら9月9日にね、4、50機がね、5、60機だったかもしれない。
カラスの群れのように遠くから飛んでくるんだよね。
それで、アメリカの航空機にね、「安泰だ、安泰だ」って喜んで手を振ってね、
いやあ「ばんざーい」ってやりよって言いながらいたんです。
そしたら、ブアーーッて雨霰のように砲弾と機銃兵がさ、
それで、たこ壷しか無いんですよ。
それで大隊長が「谷口軍曹、たこ壷へ入れ」って、
入った途端にバカーーンってきた。
そしたらもう、僕はもう、頭だけはなんとか出た、
だけど僕の目の前に、ダーーッンと上体が飛んできた。
見たら、首が無いわ、ああ。
もうちょっとだったら、僕がやられている訳だな。
僕はもう、●みたいに首だけは出とったんだけども、
その時に11名ぐらい亡くなったんだな。
いやぁー、これが戦争だって言うんだな。
「これが戦争だ」とね…


水野:
はぁ〜、「これが戦争だと感じた」っておっしゃっていますけど、
「たこ壷に入っている」っていう言葉がありましたね。

千葉:
「たこ壷」というのはですね、土をシャベルで掘りまして、
やっと一人が身を隠せるぐらいの穴を掘ったもののことを言うんですけど、
空襲から身を守るために、戦場の兵隊がほぼ必ずと言っていいくらい掘らされているものなんですが、
そこに入って谷口さんは助かったという事なんですね。

隠れた位置の3mの違いで、谷口さんは助かったという事なんですが、
この空襲で滑走路も燃料置き場もすべて燃やされてしまったという事で、
話の中にもありましたけれども、
延べで120機から130機のアメリカ軍機が空襲にやってきたんですけれども、
日本の飛行機は1機も来ないし、


水野:待てど暮らせど来ないけど、ずーーーッと待ってらしたんですよね?

千葉:そうですって。

水野:日本の飛行機が来ると思って、

千葉:そうなんです、はい。

水野:1機も来なかったんですか?!

千葉:
来なかったんです。
で、来たのは敵機で、打ち返す武器も無い。
ただ撃たれるがまま、という状態だったんですね。

水野:
じゃあ、そこまで日本が追い込まれていて、
武器が無くなっているという事を、
戦場にいた谷口さんは知らされてはいなかった。

千葉:そうなんですね。

水野:
なんとか戦えると思っていたけれどとてもそんな状況では、
もう無かったんですね。

千葉:
この後アメリカ軍の地上部隊が、本格的に攻撃してくる事になるんですが、
しかし、実は谷口さんの仕事はですね、「補給隊」と言いまして、
食べ物や武器弾薬を運ぶ事だったんですね。
実はその「補給」が全く無くなってしまったんだそうです。

谷口:
マライバライという町にチームがあったんです。
僕は補給隊で、ものを運ぶ方ですよ。
そこに受け取りにいったら、でももうそんなん無いんだよ、受け取りに行ったって。
だから途中で、パイナップル畑を見つけて、そこからパイナップルをとって車に積んでね、帰るとかね、
途中で、ヤシのね実を取って持って帰るとかね、
もう、悪い事しばっかりで、
とにかく食料を取りに行ったって、仕入れの方に無いんだからね。
車で来たから空で帰るわけにはいかないから、
そんなのはもう、民間の作っているのはね、取って帰るでしょ。
ま、そういう事をずっと繰り返しとったわけだ。


千葉:
でも、畑のものを取っちゃったらですね、そこの地元の人は困っちゃいますよね。

谷口:
あの、恨めしそうな顔をして見ているけれども、
よう…、向かっては来ませんよ。

千葉:
食べ物が無ければ生きられないけれども、
司令部は食べ物も弾薬もくれない訳ですよ。
取りに行ったって無いんですからね。
でも、「飛行場を守れ、守れ」という命令だけはくる訳ですよね。
そういう状態の中で、こんな形になった訳ですけど、
フィリピンの人たちにとっては、
日本軍は自分たちを守ってくれるどころか、
逆に殺されかねないようなそんな存在になってたんですよね。


軍隊はやっぱり武器を持った集団だから、
フィリピンの人が向かっていったってね、かなう訳が無いという状況になってますので、
誰も取り締まれないという状況なんです。

そうなると、人権も倫理もない、まさに集団強盗の世界になってしまったのかなという感じですが、
そんな状態でアメリカ軍の攻撃はさらに激しくなって行くんです。

で、司令部から「ジャングルの奥深くに入ってそこで自給自足の生活をして戦え」という命令が来たんです。


水野:食料が無いから自分でなんとかしろ!?

千葉:
そうです。
「そして戦いを続けろ」という命令になってまして、
もう、部隊としては所属する兵隊に配る食べ物というものは、ほとんど無くなっていた状態だったんですね。


谷口:
大隊長がね、
「これ以上の食料も無いし、兵器も無い」と。
「組織的な戦闘行為はもう出来ないから、大隊が解散します」と。
とにかく食べれるものは何でも食べて、
取れるものは何でも取って、
「生き延びろ」と言って大隊を解散しちゃった訳ですよ、
軍隊が、部隊攻撃が出来ないんだから、
食料もなんにも無いし、
●にやっとったら、ますます山にある、なんだ、…トカゲだとか、
あるいは、あの…カタツムリだとかね、ムカデだとかね。
ムカデなんか、喜んで捕まえてね、そいつを焼いて食べたりしたんだから。
だからもうみんな、人の事はかまっておられない状態で、
「自分がいかにして生きるか」っていう事だね。
倒れた者をね、助けて一緒に食うって言う事は出来ないものだから、
ほったらかしになるでしょ。
しまいには死んじゃっている。
異臭がものすごいですよ、あの、死人の臭いっていうのは。
はじめは、亡くなった人はよその部隊でもね、
その辺の山の草を亡くなった人のちょっと枕元に置いて、
名前を言って弔ってやってたけど、
もう、そんなこともできないんだよ。
ポケットに何か食べる物を持っていないかとか、
●さんみたいに、靴がもうぼろぼろになるから、履き替えたりね。
服や下着を、服を履き替えたりしてね、
それを食べるのがまた唯一の楽しみになって、死人が無くなると困るって言う訳だよ、みんな。


水野:は…

千葉:
遺体のポケットを探って、
その仲に食べ物があったら、それを食べるのが唯一の楽しみとい鵜用におっしゃっていましたけれども、
遺体の

水野:そうなってしまうんですね、

千葉:
はい、そうなんです。
で、遺体のポケットを探って何があったのか?というと、
カビが生えて腐った乾パンだったりしたそうです。

水野:
最後の自分のお命のためにともってらした乾パンなんでしょうけど、
そういうかたちになるんですか、

千葉:
はい、それを見つけて食べたということですので、
他にも、ご遺体の首の周りをうろついていたトカゲだとか、
そういった物を取って食べたそうです。

水野:「ムカデも焼いて食べた」っておっしゃいましたね、

千葉:
そうですね、はい。
本当に私たちの、いまの私たちの常識で言えば、本当に目を覆うばかりの事なんですけれども、
それをしなければ生きて行く事が出来ない。
まさに本当に生き地獄って言えるんじゃ無いでしょうか。
そういう生き地獄を生み出す事がやっぱり戦争なんだな、という事を感じます
けれども、

本当に、「ポケットをあさるための死人が居なくなったら困る」という、
考えが出てくるくらいですね、
谷口さんは食べ物が無くなって、飢える。
「飢え」という物が、どんなに人間性を無くしてしまう物なのかという事を強く語ってくれました。


水野:
谷口さんのお話はとても具体的で、
目の前で、こう…映像が浮かんでくるような、ものすごくリアルに、
「戦場ってそういう事なのか」って、
私がいままでいろいろ聞いたお話の中で、あのー、
ほ、本当に震えがくるような思いでいま聞かせていただいていますけれども、
これが戦場というものなんですね。


千葉:
そうです、
現実の姿なんです、
実際にあった事なんです。

そんな中、谷口さんは、何人かの兵隊さんが何かを囲んでいる場所に出会ったんです。


谷口:
途中でね、7〜8人で囲んでいる。
なんか、何かを捕まえてね、それを処理しようと、みんなでなんか取ったのかと思って、
それでよたよた歩きながら、ぐーっと肩口に見たら、
兵隊が真ん中に寝て、それで目頭に涙が溜まってるんだよな。
息をどうもしているようなんだよな。
「なにしとるねん、こんな」って、
そしたら、
「いや、もうこれ以上つれて歩く事が出来ません」と。
このままね、放っておいたらね、どうせもう死んじゃう。
放って置くしかない。
だからせめてね、我々がもし元気で日本に帰ったら、
戦友ですからね、囲っているのは。
彼の国へね、彼の遺品を渡したいと。
言って、爪はがしてるんですよ。


千葉:生きている人の爪をはがしているんですか?

谷口:
もう、僕が見れば生きているのに、
目に涙があるけどね、
それから、言葉も何もでないでしょ。
で、かすかな呼吸ね。
それで、はがす方も涙で、見とる方もね、涙で。


千葉:
生きている人の生爪をはがすなんていう事は残酷極まりないという事のように思えるんですけれども、
戦場という場ではこれは、ひとつの戦友愛なのかもしれないですね。

戦地で亡くなった方の遺族には、遺体はおろか、遺骨だって戻ってくる事は少ないです。
だから、このままもう死んでしまうのならば、
「せめて爪だけでも遺族にお届けしたい」と。

本当は戦場で亡くなった方には、亡くなったご遺体の片手の手首を切りまして、
それを燃やして灰にして、位牌としてもって帰るという事が行われていたという事なんですけれども、
とても、もう、灰を入れる入れ物も無く、
そういう事をやっている体力も時間もないという状況の中では出来ませんし、
まだ息のある人の手首を切る訳にももちろんいきませんので、
で、「自分たちは前に進まなければならない」という状況の中で、
爪をはぎ取るということになったんですね。

で、そんな時一つの事件があったんです。
実は、大隊が解散という事になった谷口さんの部隊なんですが、
もし、応援の日本軍が、見方の日本軍が、
いま攻めてきているアメリカ軍の後ろから上陸してきて戦うという事になった場合に、
自分たちが挟み撃ちにして、アメリカ軍を挟み撃ちにして戦うんだ。
その時にお腹を空かしているという状況ではないので、
その時の食料にするんだ、という事で、
ある程度の量の乾パンをですね、
乾パンが、警備の兵隊に守られて、実は保管されていたんですね。


水野:ほお〜

千葉:その乾パンを巡ってこんな事件が起きたんです。


谷口:
乾パン一袋ずつね、一人。
それは、大隊が保管しておきました。
これは東條がね、東條がもうすでにあの当時、あのころ多分
大艦隊を引っさげて逆上陸する。
そんなね、もう食う物が何にもないのに、まだ、まだ勝つ気持ちでおるんだからね。
上官も我々もさ。
逆上陸してね、来る。
だから我々はね、山奥からね、下りて敵を挟み撃ちにすると、
「その時の乾パンだ」と。

よその部隊が通りがかりにそれを持って逃げたら困るでしょ。
だから、よその部隊に取られないように、警備しとった訳ですよね、乾パンを。

そいつをさ、同じ部隊だよ。
昨日まで一緒にやっていた同じ部隊の総長が、兵隊を2〜3人連れて、
銃で撃ち殺すと、音がしてみんなに聞こえるからね、
だから銃剣のごぼうさしで打ち殺して、
そうしてその乾パンを持てるだけ担いでさ、
食料が無いと、いま言ったようにね、同じ補給隊でしょ。
それが乾パンを巡って、警備している人を殺してまで逃げるんですから。
飢えたらね、人間っていうのはどういう事をやるか分からないよ。
うん。



千葉:敵と戦うどころか、仲間を殺す事もあったんですね。

水野:同じ部隊で、本当にもう

千葉:生活を共にしてきた仲間を、

水野:ね〜、死線を越えてきた方同士がこんなことになるんですね。

千葉:
そうなんです。
これが戦場というものなんですけれども、
そんな状況の中で谷口さんはさらに恐ろしい体験をする事になったんです。

お腹を空かせた谷口さんたちが、食べ物を探していた時の事です。



谷口:
あっちで●をやっているわけだね。
そうすると、いい匂いがするんだね。
それで、チラって見たら、ちょっと小高いところで、
3〜4名で飯ごうを囲んで食べてるわけだ。

「あぁいい匂いだな、あれは何の肉だ?」どこで捕ってきたんだろうな、なんて言って近寄って行ってさ、

我々は何にも食べてないから「頼むから一切れくれんか」と、
「何の肉だ?」と、
俺等も捕ってね、食べたいから、ウサギか?大トカゲか?
その頃はね、ウサギも滅多に見なかった。
大トカゲがたまーに居たりね。
で、さ・・・、
こんなところに野生の家畜は、家畜というか、馬や水牛が居る訳ないと。
だけど、何にも言わないんだよな。
うん…。
で、「頼むから、この通りだから食べさせてくれんか」って。
「教えてくれんか」って。
教えない。

それで、ま、…、…何の肉とも言わないで、
「じゃあ・・・」

執拗にぼくが、まさに泣きながら「頼む、頼む」って言ったものだから、
ナカゴウを出せって、
ナカゴウに一切れずつね、入れて。
それで・・・、
こちらは、まぁ、「地獄で仏さんに会ったような気がする」と、
「ありがとう、ありがとう」と。
俺はもう、なんとかして「こういう美味しい肉をね、見つけて食べたい」と。
だから教えたくないかもしれないけどね、教えてくれって言っても教えてくれないんだよね。
で、「何の肉」とも言わないんだよ。
それで、ま、「仏さんに会った、ありがとう」って言って。
それで下りて行ったらカラカラカラって、笑い声がしてね、背中に響いてくる訳だ。
「なんでだろうなぁ」って思って、
それでもう、川で水でも飲もうって言って、谷川まで下りて、
そしたら、もう首を突っ込んだままみんな死んどるわけだ。
どこかの●でね、これは末えの道だぞと、
「我々はこんな状態にならないように助け合って行こうぜ」と言って、
死人を一人超え二人超えしていって、
そうしてもう居なくなったと思って、そこで水を飲もうとしたら、
川下の方は首突っ込んでるから、ちょっとやっぱりね、
もう死んじゃったのも半ば腐りかけてるんだからさ、
それで、ふっと見たら、飯ごう炊さんした跡の水があるんだよ。
その跡に近づいてみたら、ああ、足の肉が取られて、やっとるわけだ。
「ああ、これだな」と、
兵隊がね、いや何の肉だか教えなかったのは、
よし、「よくもこんなことをやりやがって」と言って
それで、歩けもしないのによろよろまた上りかけてね、
「奴らを殺したる」とか言って、
支那事変でさんざんやった上等兵や兵長だからさ、
で、僕は、いや、もう体力的にね、
こっちは銃が持ちこたえられないから、
一人に1丁持ってないんだよ、向こうはちゃんと持ってるしね。
反り打ちを食らうから、もうここは我慢しようと、
りょうをなだめて、そしてそこを去ったんだけどね、

まあ、だから…、まぁ、あれで人肉を食べたことは確かだと思うのよ、僕は。
その当時は人肉とかなんか味は分からなかった。
ただ美味しいっていうだけでね。
ただ、そういう飯ごう炊さんがしてあって、
その足で、腿で肉が取られた足がそこに捨ててあったりしたから
「あ、これだな」ということ




水野:
飯ごう炊爨の跡があって、そこへ行ってみて足があった。
という、それは人間の足だった。
つまり、仲間の足だった、という事なんですね。

千葉:
弱った人はやっぱり水を求めて小川に行くんですけれども、
そこで息絶えるんですね。
で、「末期の水は飲む事が出来たのか」という状態で、ま、息絶えている訳ですけれども、
そんな遺体の足の肉が、削り取られていた。

水野:あ、そういうこと・・・

千葉:
それを食べていたんだという事なんですが、
足のお肉をはぎ取られた日本兵の周りには、どす黒く血が流れていたそうです。

水野:・・・・・


千葉:
この肉を分けてもらった時ですね、
谷口さんたちは2週間、食べ物らしきものは何も食べていないという、
本当に餓死寸前の状態だったんですね。

水野:涙を流しながら、「僕にも肉をくれ」っておっしゃったんですね。

千葉:そうです。え・・、そうやって食べたものが…・

水野:は・・・・・

千葉:
ね…、もう、本当にそういう状況だったという事で、
この後ですね、本当にもう限界で、
「はやく死んで楽になりたい」と言い出す仲間も出てきたということなんです。

水野:
「人間が人間でいられない状況に追い込まれる」
というのが戦場なんだという事が伝わってきますね。

千葉:
本当に、これが戦場で、まさに現実に起きていた事なんですね。
で、谷口さん等はですね、この後
「このまま死んでしまうなら、せめて戦死しよう」という兵隊も、仲間もおりまして、
ジャングルを抜け出してアメリカ軍のいる方に歩いて行ったんですが、
その途中で終戦になっている事を別の日本兵から知らされました。

でも、簡単にそれを信じる事は出来ませんでしたので、
アメリカ軍の撒いてくる投降、
つまり、出てきて捕まえる事を呼びかけるビラを慎重に見ながら、
終戦から1ヶ月半経った後の、昭和20年9月の月末にアメリカ軍に投降をしたということです。


これまでね、谷口さんの対談を聞いていただいて、
まさに生き地獄という体験をしてきた谷口さんなんですけれども、
その後自身の体験をふまえて、戦争というもの、そして軍隊というものについて、
こう話しておられました。



谷口:
戦争というのはね、これは話し合いじゃないんですよ。
殺し合いでね、
「殺して勝つ」という事は相手を殺さなければ勝てない訳ですよ。
負けるというのは大部分が殺されるから負けるんです。
殺し合いなんですよ。

だから軍隊というのは、人を殺す事が、
殺す事の訓練をやっているんですよ。
あれは人を助ける訓練をやっているんじゃないんですよ。


ところが殺せないんです、普通の人間は。
面と向かってね、いくら相手が敵国だといってもね、殺せないんですよ。
それが人間なんですよ。
だけど、それを殺さないかんのですよ。
だから「鬼になる」というんですよ。

相手をね、自分よりも犬畜生とみなければ殺せないです。
相手はもう人間じゃないんだと、だから殺せと。
そうすると殺せないんですよ。
お互いが人間だと思っていたら。

だから「人間からね、離れる訓練をどうするか」っていうのが軍隊なんですよ、ええ。


千葉:その、離れさせるためにね、軍隊というのはどういう訓練をするんですか?


谷口:
いや、もうね、理屈に合わない事でも何でもね、
「これは軍隊教育」って言って、教育がとにかく天皇中心主義なんですよ。
もう天皇が神様なんですよ。
ね。
我々はその神様の子供なんだと。
だから神の子なんだと。
世界のあれはね、獣の集まりなんだと。
「だからやっつけろ」ということですよね。


千葉:
あの、上官、
軍隊で言ったら上役は、もう上役の命令は天皇の命令で、


谷口:
そうそう。
これは軍人勅語でね、「上官の命令は鎮の命令と思え」と、ちゃんと詠ってあるんですよ。
だから上官はね、「俺の言葉じゃないんだ」と。
「天皇の言葉なんだぞ」と、自分がやっているのがね、
だからもう、理屈が合おうが合わまいが、
「へい、へい」って言ってやっとらなあかんのやから。



千葉:
あの…、
人を殺してしまうような戦争から永久に抜け出して、足を踏み込まないという事が、
いまの日本国憲法の精神なんですけど。

水野:
そうですよね、永久に人を殺してしまうような戦争には向かわない。
そこには「もう永久に抜け出したんだ」という宣言ですよね。

千葉:
そうです。
そうなんですけれども、谷口さんは国の自衛権についてこう話します。



谷口:
自衛権というのは「軍隊を持つ」という事だけじゃないんですよ。
「自衛権がある」というのは、戦争じゃなくして外交でね、
お互いが「自分の立場はこうでございますよ」と、
「これは理解していただけませんか、どうでしょうか」と、
お互いに話し合ってね、
じゃそいつはここまでならいいと、手を引きましょうと。
そのかわりあんたもこの点ね、一歩手を引いてくださいと、
それが自衛なんですよ。
自分が生きる道なんですよ。

だから自衛権というのはね、
「自衛権があるある」というけれど、
軍隊持っ戦争するのが自衛権じゃないんだって。
外交。
商売なら商売。
民間なら民間でね、お互いが、文化やいろんなものを通じてですよ、
そうして和気あいあいのうちにね、
人類としての幸せをお互いが感じるような交流をやると。
戦争する事が自衛権じゃないんだよ。

そこをね、僕は人に知ってもらってね、賛成してもらいたいんだな。


水野:はい。

千葉:
谷口さんはこう話しています。
今回は、93歳の谷口さんにお話を聞いたんですけれども、
この谷口さんのように戦場での体験をお話ししてくださる方は、実は多くはないんですね。
多くの人は、語るのがあまりにも恥ずかしい。
人間性を無くしてしまったその姿を語るのが恥ずかしいという事で、
家族にも黙ったまま亡くなって行くんです、
本当に、出来れば知られたくない自分の人生の忘れたい部分であり、
本当にね、人間が人間でなくなる場所。
そこを見てきたという、非常に辛い体験ですので、
でも、谷口さんは勇気をふるって話をしてくれました。

それはですね、日本国憲法の第9条の平和主義が、
時が経つにつれて形だけのものになって、
いまのうちに原点に戻さなければ大変な事になってしまうと思われたからなんですね。
本当に93歳の思いなんですけれども、

谷口さんが所属する不戦兵士・市民の会という市民グループでは、
かつて14人の戦場を体験した元兵士の方々が
「語り部」として自分の厳しい体験を語ってくださっていたんですけれども、
会が活動を始めたのは1988年の事なんですけれども、
もうすでに何人かの方々が天に召されてしまいました。
いまは一番若い方が85歳ということになります。

谷口さんは今回3時間以上お話をしてくれたんですけれども、
「まだまだ語り残さなければならない事がある」という風に話をされておられます。
終戦から来年で70年になりますので、
悲惨なこの戦争体験を語り残せる人はもう多くはありません。


3852

水野:
リスナーの方が、
「いやー、いままでテレビラジオを通して初めて生の声を聞きました」と言っていらっしゃいます。
本当に生々しい

平野:
改めて、極限状態のね、凄惨な状態というのを…、
私は聞きながら終始、「自分だったらどういう行動をとっただろうか」というのを、
ずっと思い続けて聞いていたんですけれどもね、
ふと、その
今の為政者にタイムスリップをして、その場に連れて行きたいなという思いに駆られましたよね。

水野:
私だったら、あなただったら、
本当にその、人間性を失わずにいられるんですか?


平野:
これは戦争というよりも、飢えと病気との戦いですよね。
武器を持って戦っている状態じゃないですよね。
そういう状態にまで追い込まれる極限の状態というものをですね、
一兵士で、本当にもう、逆に言うと無力感に苛まれますね。

戦史をね、ちょっと紐解くと、
このフィリピン戦線というのは、一番犠牲者が多かったんですよね。
太平洋戦線の中ではね、47万人の方が亡くなっていて、
戦争が終わっても13万人の人がまだ戦争状態を続けていたと。
最後は捕虜になる方が多いんですけれども、
作家の大岡昇平さんが同じ、人の肉を食べた事をフィクションで書かれていて、
『野火』という小説でですね、私も読んだことがあるんですけど、
これはあくまでも自らの経験をふまえたフィクションなんですけれども、
今の谷口さんのお話は、よりこう、生々しくね、我々の胸に刺さりますよね。
まだまだ他にも厳しい状態があったと聞きます。

兵士のお尻の肉をですね干し肉にして持ち歩いて食べ合ったとかね、
フィリピン人の現地の女性の腹を切り裂いて肉を食べたとか、
という証言はあるんですけれども、
私は直接聞いたのは本当に今日初めてですね。

あのー、まさにこう、
「戦争というのは人を獣の集団にさせてしまうな」という思いですよね。



水野:そうですよね。
その、武器を持って戦う、武力を使うということが、
いかに、「人間であっては出来ない事」か、
「人間から離れて行かなければ出来ないんだ」っておっしゃっていましたよね。
そういう道具でもって、ね、平和を構築できるのか?って、


平野:
一兵士は、この時はもう実は戦争の対境から消したんですよね。
全体某空拳というものがサイパンの玉砕でですね、
もう本土にB29が東京に現れたんですよね。
それでもフィリピンの島ではこういう事を繰り返したと。
本当に戦争の指導軍人と兵士のね、落差というか、
本土決戦だと叫んでた人たちのこの比較ぶりですね、
これもちょっと思いをいたしたいなと思うんですよね。

水野:今日語っていただいたものを聞かせてもらって、本当に残りますね、これは。

千葉:はい、

水野:
よくぞ語ってくださったと思います。

集団的自衛権の話をしていた時に、いくつもの事例というものが出されましたけれども、
いかにそれが机上の空論だったのか、
今日の谷口さんのお話がいかに貴重であるかという事を痛切に感じました。
千葉アナウンサーのリポートでした。
どうもありがとうございました。


リスナーの方がいろいろ書いてきてくれました、感想を。

戦争体験をした父が5月に亡くなりました。
海軍だったんです、父親は。
船で爆撃を受け、足に破片を残したまま亡くなりました。
隣にいた方は即死だったそうです。
戦場では普通の精神ではなかったように思います。
生き残った人も次々と亡くなり、父の戦友は一人だけになりました。



あるいは、

戦争体験を聞ける機会は本当に貴重となってきましたね。
でも現実には現在進行形で戦争がもたらす悲劇が続いていますよね。
ただ、戦争体験が無い私たち世代としては、
貴重な体験談を自分自身のDNAに刻み込んでおかなければ


こんなふうにいってらっしゃいます。


平野:
今日の谷口さんのお話の中で、一番最後にあった、
自衛権というのは軍隊を持つ事だけじゃなくて外交でお互いの立場を理解し合うと、
この体制を強調されてましたよね。

これを我々は重く受け止めるべきじゃないかなと思うんですけれどもね。


水野:
平和を構築するための「戦いでの自衛権というのは、それは無理なんだ」
とおっしゃいましたね。

平野:
ところが、例えば今の安倍政権はですね、
隣国に対して「対話のドアは開かれている」と言うだけで、
具体的に何も理解する行動をとってないですよね。
むしろ、地球の裏側まで行ってですね、隣国の脅威を強調するようなことをやっていますよね。
それをまた喝采するナショナリズムというんですかね、国内でも高まっていると。
いう印象が強いんですよね。

水野:
安倍さんはそれは、
「国民の命と平和な暮らしを守るためのものなんだ」という、おっしゃりようなんですけれども、


平野:
でもそれに同調して、かつて自衛の名の下に戦争が始まった訳でしてね、
やっぱり我々メデイアが心しておかなければいけないのは、
ナショナリズムをあおるような熱狂に組してはならないと、
いう、こう、自戒ですよね。
その事を今日は強く思いました。

リスナーの方は

全滅の事を玉砕と言い、敗戦を終戦と言い換える言葉の、
ある意味伝統みたいなものがありますよね。
積極的平和主義という言葉に危うさを感じる


というふうにメールをくださいました。

今日の谷口さんの証言を皆さんどんな風に受け取られて、
そしてこれからの日本はどうあるべきと感じられたか、
また来週の放送するラジオもお聞きください。




<16歳兵士の証言>
猪熊得郎「とにかく戦争が終わったときに真っ先に逃げたのは将校ですね、上官ですよ」
8/15報道するラジオ(文字起こし)







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コメント

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No title

貴重な証言の書き起こしをありがとうございます。
伯父がフィリピンで戦死しています。詳しい状況はいまだにわかりません。
腿を切り取られていた方の所には、赤黒い血だまりが有ったとおっしゃっていますよね。死亡すると直ぐに血が固まりますから、まだ微かにでも息が有ったのではと、推察します。
酷すぎる話です。靖国神社参拝に熱心な政治家が、集団的自衛権に熱心なのは、祀れば、愚かな判断作戦でいくら殺しても平気・大丈夫どころか、ありがたがってくれる遺族が居るからでしょうか。
現実の厳しさを見ないようにしていれば、一時の平穏を感じて居られるかもしれませんがその後酷い惨劇に出会う、今はそういう状況に居る感じがします。
衝撃的な話ではありますが、心を強く持ち、このお話を心に留めたいと思います。

No title

書き起こし興味満点でした。
戦争体験話は被害や苦痛が多いんですよ。
何故あんたは外国の地だったんだと尋ねても
何にも無い・・空虚。大東亜共栄圏とか
王道楽土とかに欺されたがせいぜいかな?

日本人はホント自分の頭で考え自分の口で
話すということが出来ないのが、要するに明治
維新の際にお雇い外国人がロジックがない
嘘つきだと明察したまんま今に続いています、
そういうのが多い。彼らは自堕落にしている
日本人ときちんと礼儀正しい少数の日本人の
2種類が存在すると記録しています、土民だね。

福島の件でもそうでしょう。安心安全だと
欺された・・まぁひとつは賠償金をつり上げる
テクニックだとしても、大人が欺されたという
のが低劣すぎて、土民のまんま来てしまった。

だからそういうよくある土民の被害話だけをその
まんま感心してはいないんでしょうが、受け取って
で人肉ヒドイだけじゃなく、もっと深く考えましょう、
批判精神が必要ということです。

近代国民国家を樹立した西洋では如何に強い
国家を作るかという努力と、その中には優秀に
国民を国民自身が育成していけるのかをやって
来ていたのですが、日本が劣っている弱いのは
それなんだと思いますよ。

そういう基礎がないのに原発なんか国中に
林立させて、土民に運転なんか出来ないの
視点を持った方が大事なんでしょうね。

後、自衛権には戦争被害という問題提起?
今次のは戦争屋の米国に引きずり回される
自衛隊がとくに海上自衛隊や海外派兵補助
部隊がというイメージですが、それはそうとして
高度化された少数軍隊なんで徴兵は身近で
ないから俺関係ないしという意識がある・・?、

戦争は総力戦になっているという常識が無知。
戦争をやる国家は常に「域内平和」を要求します。
平和っていうと土民意識だと幸せだと思うけど
違います。戦争屋国家の政権が国民に強制する
安寧秩序ですから自由も民主も平穏も進歩も
あり得ません。

攻めていったんだから相手国もその正当な権利と
して日本国内を多面的に無差別に攻撃してくる
わけですし海外旅行や滞在や通称ビジネスにも
狙いを付けてきますからその対策を名目として
治安維持法や戒厳令への道が待ってます。

反対勢力を潰すために小選挙区制とか選挙制度改悪
ってことで**とかがやってきたがアベシンゾウがその
収穫をやっていますが、もうすぐさよならでいいけど、
1980年あたり以降のへたれ新土民世代を待ち構えて
いるのはそんな過酷時代への突入だと思っています。
アリスじゃ無いけどもう少し遅いスピードの方が良かっ
たんですけどね。

No title

東海アマさんのtwitterよりコピペ

>アマちゃんだ@tokaiama

>みんな楽しくハッピーのきーこちゃんは、もの凄い量の文字起こしに取り組んでくれて頭が下がる
この仕事は、彼女の国語力を比類なきレベルに高めているだろう
日本語力の天才を作る仕事だ
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-386.html


100%同意、 ありがとう。
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