「日本が近い将来大規模な軍事衝突に巻き込まれるリスクが本当にあると政府が考えているのであれば、私は第一にやるべきことは原発をやめることだと思います」長谷部恭男早稲田大学教授10/25(文字起こし)

学者と学生によるシンポジウム
「岐路に立つ日本の立憲主義・民主主義・平和主義――大学人の使命と責任を問い直す」
2015年10月25日

シンポジウム



6:14〜文字起こし部分のYoutube→https://youtu.be/3J3kDNbnctM?t=6m14s
佐藤学(学者の会)

佐藤学(学者の会)
今回の安全法案の成立は戦後70年の歴史を大きく揺るがすものでございます。
日本の国の形を変える大きな暴挙だと言ってもいいと思います。
と同時に国際的に見ましても、立憲主義平和主義、あるいは民主主義の根幹を揺るがす大きな、国際的な事件でもあったとわたしは理解しています。
と同時にこの戦いを通じて、新しい市民運動。
わたしも考えてみたんですが、市民運動というのが日本で成立したのが1970年代だと思います。
しかしそれをさらに推し進めたと言っていいでしょう。
今回の市民運動は主権者としての市民運動です。
主権者としての市民運動が日本社会に成立したのはおそらく、ま、初めてと言っていいほどの大きな歴史的事件だろうと思います。
この新しい民主主義のあり方、ならびにこれからの安全保障関連法を廃止に向けてどのような戦いが可能なのか。
どのような取り組みが可能なのか。
またそこにおける大学人の使命と責任はどこにあるのかというのをめぐって今からシンポジウムを行いたいと思います。



7;49
長谷部恭男(早稲田大学教授)
長谷部恭男(早稲田大学教授):
私の方で申し上げたいことは、第一部でも様々な方がご指摘になったことですが、今回の一連の動きで注目に値しますのは成立前の安保法案についても、そして成立後の安保法制につ来ましても、多くの、数多くの一般市民の方々が自分で考え判断して、ご自身のポリシーで反対の声をあげているということです。

政治的な問題ももちろんそうですが、何を選ぶのか、どう行動するのか、これは理由に照らすreasonに照らし自分で判断をするということでありまして、周りに合わせて行動すればそれで済むというものではない。
考えてみれば当たり前なことではございます。

今回の安保法制についてもそうですが、政治的な問題を考える時は、非常に大雑把に考えると3つのアプローチがあります。
1.道理で考える
2.損得で考える
3.力ずくの問題として考える
もちろんこれらはお互いに関連していますけれども、とりあえず3つに分けて考えることができます。

この、いわゆる安保法は核心的な部分において違憲であります。
憲法違反であるという議論は、「道理が通らない」という議論です。
従来の政府見解との整合性は無い。
歯止めも無い。
憲法9条に反することは明らかである。
道理が通りません。

「”憲法”という道理の中でも最も大事なものに反している」
ということで、本来ならばこれでもう結論は出ているはずのものであります。


政府与党の側からは、この”道理”の問題に関して反論らしき反論はありません。
ご存知の通りです。

彼らが言っているのは”誰が”という「学者が言っている」だけ、なんです。
”元最高裁長官”と言っても、「今は一市民にすぎない」
これはいわば、”論点のすり替え”でありまして、”道理の中身”に関する反論はできていない。
そういうことを自ら明らかにしていると言っていいです。




他方、憲法はともかく”安全保障条の論点”があります。
この議論、これは”損得”と、それから”力ずく”の残りの2つの論点を持ち出しているだけであります。

ただ、”損得勘定”で考えても”得”になる理由が見当たりません
今回の法制が必要であると政府が挙げている具体的事例、これはホルムズ海峡にしても米艦擁護にいたしましても、国会審議の過程において、「非現実的な想定である」ということを政府自身が明らかにしております。

他方”損”にはなるでしょう。
アメリカに付き合って世界中で兵隊を担う。
他国との紛争に巻き込まれるリスクを増やす。
そのための財政支出も増大する。

そしてさらに何よりも、「自国の憲法原則を大事にしない国だ」という、そういう評価を高めることになり、どう考えても”損”になります。


”力ずくの論点”にいきまして、政府与党の側はご存知の通り
「日本を取り巻く安全保障の環境は厳しさを増している」と主張しておりますが、その具体的根拠は示しておりません。

私がよくあげるものですけれども、Institute for Economics and Peace というオーストラリアの著名なシンクタンクが毎年 global peace index というランク付けですね。
これは世界中の国々を平和で安全である順番にランク付けをしているものですけれども、日本はここ数年、今年も含めてですが、「世界で8番めに平和で安全な国だ」
こういうランクを保っております。

私は教師なものですから、何かに例えればテストになるんですけれども、
テストで50点を60点にするというのは割と簡単です。
けれど90点を100点にするのは難しい。
やはり従来どおり余計なことをしないで、今までの通りにやっているというのが一番いいわけでございまして、
現在世界で8番めに平和である国だとしたら、なぜ今までと同じことを続けようとしないのか?

「日本が近い将来大規模な軍事衝突に巻き込まれるリスクが本当にある」と政府が考えているのであれば、私は第一にやるべきことは原発をやめることだと思います

仮に私が北朝鮮の指導者で本気で日本と戦争をしようとするのであれば、弾道ミサイルを飛ばすような非効率なことはしないと思います。
日本海沿岸の原発をいくつか破壊すれば日本はもうおしまい。
相手の立場に立って考えればすぐに分かることであります。



このように”道理・損得・力ずく”のどのレベルで考えましても、安倍政権の判断は合理的とは言えません。

なぜ彼はこういった選択をしているのか?
この点、実は私が敬愛するジャーナリストで、柿崎明二さんという共同通信のジャーナリストがいらっしゃって、最近「検証安倍イズム」という岩波新書の本をお出しになっています。
幸いお送り頂いたので拝読したんですが、それでわかったことがございまして、
どうも、「安倍晋三という人は政治の問題を好き嫌いで判断する人間だ」ということ。

自分の国が好きなのは当たり前。
であれば自分の国の総理の判断に従うのも当たり前。
彼は日本国憲法は嫌い。
だから憲法に基づく道理はそもそも受け入れない。

どうもそのようです。
もちろん彼自身も憲法に基づいて首相の座についているわけですから、憲法を全否定するというのはそもそも道理にかなわないんですが、自分を首相にしてくれている部分は好きということで、憲法第9条は嫌いということのようです。

人はもちろん好き嫌いで物事を判断することはあります。
誰と友達付き合いをするか、どんな食べ物を食べるか、どんな音楽を聴くか、それは好き嫌いで判断するものでしょう。
個人的な選択の場。
好き嫌いで判断することはあります。

しかし「好き嫌いを政治に持ち込む」これは極めて危険でありまして、非道理な。
つまり道理の通らない、国民全体の利益を損なうおかしな判断を導く危険性が極めて高いと言わざるを得ません。

つまり今の政権が続くということになりますと、これは日本の政治を壊す、
さらには「日本という国を壊す」ということになりかねない。
大変危険であると私は思います。

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「空気を読んでいたら空気は変わらないのです」大澤茉実さん(大学生)10/25学者と学生によるシンポジウム(文字起こし)



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