「安倍総理は悪政によって日本の民主主義を再び目覚めさせた人物として後世に伝えられるでしょう」千葉泰真さん(大学院生)10/25学者と学生によるシンポジウム(文字起こし)

https://youtu.be/3J3kDNbnctM?t=45m34s

明治大学大学院生 千葉泰真さん
大学生

錚々たる学者の方のあとでこのように喋る機会をいただいて大変恐縮しています。
僕のあとに時の人となった奥田君が控えていますので

大学院の修士課程で現在政治学を専攻している千葉泰真と申します、よろしくお願いします。

昨日幾多遺恨を残しつつの成立した安保関連法ですが、法案それ自体の問題もさることながら、法案を成立させるプロセスにも本当に感化することができない幾多の問題がありました。

国民から委託された採決権を野党議員から奪う、あの人間鎌倉ですね。
そして説明をなかったことにする嘘と欺瞞、改ざんとねつ造にまみれた議事録。
さきの国会を見ていると「政治とは何か」「誰のために行われる営みであるのか?」それがわからなくなったのは僕だけではないはずです。

ここにいらっしゃる、法律憲法についてまさしく生涯をかけ研究なされてきた学者の方々が、安倍政治に対し強い憤りを覚えているのと同じような感覚が僕の中にもあります。
僕は恥ずかしながらも大学院で政治学を学んでいるものとして、政治が何であるかをけなされた気がして、悔しさと怒りを覚えました、

「政治とは一体なんなんでしょうか?」
ある辞書にはこのような定義で表されていました。

1.それは一主権者が領土、そして人民を収めること。
2.ある社会の対立や利害を調整して社会全体を統合するとともに社会の意思決定を行いこれを実現する作用。

これに示されているように、政治とは主権者が主となる行為です。
その主体は政権を取り権力を握ったつもりでいる個人では、断じてありません

そして社会の対立や利害を調整して社会全体を統合し意思決定をなす作用、それこそが政治と呼ばれる行為なのです。

安倍政権が行っている、社会の対立を煽り権益にまみれた一方的な利害の調整は断じて政治ではありません。

政治を学ぶ身として、今この国の議会と呼ばれる場所で行われている、あの偉そうな茶番を僕は政治とはみなしません。
政治とはもっと、叡智と誠実さに満ちた営みであり、議会政権主義とは違憲状態の選挙制度を拠り所にした多数決ゲームでもありません。

政治の話なんて知らなくても、興味がなくても、関わりを持たなくても生活をすることはできます。
むしろその方がbetterという社会の風潮すら感じます。
しかし政治に参加しないということは現在の日本の選挙制度では体制に対して「Yes」と言うことです。
無関心でいることは、今起ころうとしている国家的犯罪に「Yes」という態度を示すことです。

与党だけで政治が行われるのなら、政権についている権力者だけが政治を行うのなら、さらに言ってしまえば安倍晋三だけが政治を動かすのなら、それは「独裁」と呼ばれる政治体制と何が違うのか、僕にはよくわかりません。

「国民不在の政治」という言葉がありますが、確かにそう表現することもできるでしょう。
しかし、この国はまさに正当な手続きによる誠実な政治が不在しているのではないでしょうか。
この国の主権者は何があっても私たち国民一人一人です。
議会制民主主義において、国会議員は僕たちの代表であるべきです。
僕たちの代表が選んだ総理大臣もまた、僕たちの代表であるべきなのです。

残念ながら安倍政権はもう僕たちの代表ではありません。
僕たちの代表ではない以上、安倍政権が政権の座に留まり続ける意義も大義名分もありません。

やはり僕たちは「日本を取り戻さなければいけないんじゃないか」と強く思うんですよね、総理の安倍晋三からです。
彼の全時代的な駄作、そして歪んだ、そしてやっぱりダサいイデオロギーに立脚した政治に「NO」を叫びましょう。
彼が声高に叫ぶ「戦後レジームからの脱却」とは一体なんなのか?
それは戦争への回帰なんでしょうか?
戦争から抜け出すということは現在の対米追随の外交ではなく、独立した主権国家として責任と誇りを持ち、国家運営を行うことこそが「戦後からの脱却」であると、僕は強く思います。

誰が言ったのか、ちょっと僕にはわからないんですけど、
「政治とは国民の写し鏡である」という言葉があります。
ヘイトスピーチがあふれ、中国や韓国が嫌いだと訴えている本が売られている国は、果たして美しい国なのでしょうか?
ナショナリズムを煽り強い●を掲げつつ、尻尾を振って覇権国家のパシリになるような政権があり続けることはこの国の本質に他なりません。

安全保障の危機を煽る演説の中には「抑止する」ということばがありますが、
「争いを抑止する」のは互いに剣を突きつけあい兵器開発を競うことではなく、互いを深く理解し合うことこそが争いの抑止です。
これは理想論でも、非現実的な話でもありません。
一千数百億円のイージス艦を買って抑止力なるものを高めた気にならず、一千億円規模の文化交流をすればいいんです。
これは相当な規模の文化交流になるでしょう。
歴史に残るような規模になるでしょう。
そしてそれを通してお互いの胸に言葉や国籍を超えた共通の認識が刻まれるでしょう。
それはもし、もしも外交的な危機が訪れた際に、イージス艦よりもはるかに争いを抑止する力に僕はなるんじゃないかと思います。


戦後70年目を迎えました。
あの言葉にすることすらできない悲惨な戦争の記憶のことと、日本国憲法の崇高な理念の存在はこの国を戦場から遠ざけてきました。
現在とは過去の上にあり未来に繋がる場所です。
この国の戦後70年の歩みとは「再び国民を戦争に送らない」という先人の願いであり、現代の誓いです。
戦争の記憶、崇高な理念、先人たちの願い、そして不戦の誓い。
それは一政権にないがしろにすることは決して許されることではありません。


「民主主義ってなんだ」って
昨年から僕たちが叫んでいたこの問いの答えを、僕たちはこの夏の戦いの中で見つけました。
この数ヶ月のこの国の民主主義の前進は決して過大評価ではありません。
正直「ダルい」と思っていた政治の話を、「面倒くさい」と思っていた投票に行き意志を示すことの大切さを。
「よくわからないけど大事だね」ぐらいの感じだった民主主義や立憲主義といった崇高な理念をいま日本社会は再び見つめ直しています。


杖を片手に「憲法を守れ」と力強く叫ぶ老夫婦。
会社帰りに抗議に参加するスーツを着たサラリーマン。
地方の小さな町で開かれた小さな抗議集会。
おしゃれをしながら渋谷でデモをする学生。
子供の手を引き一緒に行進する母親。
えー、やっと研究室から出てきた学者。

誰に付いてきたわけでもなく、見返りを求めるわけでもない。
自らの意志で路上に立ったこの国の主権者の強い意志を持つ彼らの姿に、僕はこの国の民主主義の未来を感じずに入られません。

デモクラシーの大義を得たこの運動はこの先も広がり続けます。
安倍総理大臣が後世に伝えられるときは「集団的自衛権を行使できるようにした総理大臣」としてではなく、「悪政によって日本の民主主義を再び目覚めさせた人物」として伝えられるでしょう。

最後に学問と政治、についてちょっとこの場でせっかくなので話したいのですが、
安保闘争から東大紛争に至る50年代から60年代の紛争は、世間に「政治を語る学生は過激であり危険」という認識を植え付けて終わりました。
一方それを生み出したカウンターカルチャーともいうべき「学生は政治を語るべからず」のような風潮が生まれ、学生は社会から切り離された「ただ学べばよい存在」となりました。

いま学生は、社会が抱いている「学生と政治」という二つの言葉の組み合わせが持つ一つのアレルギー反応から解放され、再び路上に立ちました。

では、かつてのように強い心情や思想を持たない私たち現在の学生を動かしているのはなんなんでしょうか?
それは3.11以降、実感を持って突きつけられた、放射能といったリアリティーのある恐怖や、侵されようとしている自らの権利に対する現実的な危機感であり、立憲主義や憲法の破壊に対する怒りに他なりません。

それは決して首都東京だけの問題ではなく、東京から始まったこの学生緊急行動は全国の同世代の若者の共感を呼び、今や全国で学生や若者が動き出しています。

学生と学者。
同じ姿勢、学問を拠り所にしながらも距離が遠かった両者は、いま悪政を前に肩を並べ路上に立ちました。
僕たち学生はより良い学者に問いかけ、学生はその知性・学問の偉大さを説くでしょう。
人類が数多の歴史を重ね紡ぎ出した英知。
それこそが学問です。

この国の民主主義に対する重大な挑戦を決して許してはいけません。

僕たちは、言葉を剣にして、知識を盾にして、崇高な日本国憲法の理念を共に手を取り守り抜きましょう。
不勉強で不道徳、そして不誠実な政治にNOを叫びましょう。
反民主主義、反主権主義、反立憲主義の政治にNOを叫びましょう。
僕たちは立憲主義を、平和主義を、この国の戦後70年の歩みを諦めません。
僕たちはもう声を上げることを恐れません。
決して立ち止まりません。
この国の民主主義は歩みを続けます。

私は安倍政権の改憲と安全保障関連法の即時撤回を求めます、ありがとございました。



法学館憲法研究所 中高生のための憲法教室
第42回<戦後レジームからの脱却>


安倍首相は総理大臣に就任して以来、「戦後レジームからの脱却」が必要だとして改憲を主張してきました。今月はこの意味を考えてみましょう。まず、戦後レジーム(戦後体制)とはどういうことなのか、第二次世界大戦に負けて60年前に現在の憲法が施行される前後、つまり明治憲法下の戦前と戦後を比べながら明らかにしてみましょう。
 
戦前は、1874年の台湾出兵に始まり、71年間もアジアに向かって軍事侵攻し戦争をし続けた国でした。
戦後は新憲法の下で、「再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」た上で、9条2項によって戦力を持たず、一切の戦争を放棄しました。その結果、60年間直接的な戦争をしない国でい続けることができました。
 
戦前は、国のために犠牲になることはすばらしいことだと教育するために、国家が教育内容を決めて介入してきた国でした。
戦後は、教育基本法を作り、教育は不当な支配に服することがないようにし、教育行政も条件整備に限定しました(旧教育基本法10条)。
 
戦前は、戦死という悲しい出来事を、国のために戦って死ぬことは名誉あるすばらしいことだと讃えるために靖国神社という仕組みを作り、宗教を戦争に利用した国でした。
戦後は、政治は宗教に関わってはならないという政教分離原則を採用しました(20条3項)。
 
戦前は、思想良心の自由は保障されず、君が代や日の丸を通じて、天皇崇拝や軍国主義思想が強制されました。表現の自由も法律によって自由に制限できる国でした。
戦後はこれらの人権を憲法で保障し(19条、21条)、国会が作った法律でも不当に人権を侵害できない国になりました。
 
戦前は、都道府県は政府の出先機関のような役割を果たすだけでしたが、
戦後は、地方自治を憲法で保障し、政府が地方自治の本質を侵すことができないとしました(92条)。
 
戦前は、障害者、女性、子どもを戦争に役立たないとして差別した国でしたが、
戦後は、差別のない国をめざしてきました(14条)。
 
戦前は、華族・財閥・大地主のいる一方で貧困に喘ぐ人々も大勢いた格差のある国でしたが、
戦後は、貴族制度を禁止するとともに(14条2項)、財閥を解体したりする一方で、すべての国民の生存権を保障し(25条)、格差の是正をめざす国となりました。
 
そして何よりも、戦前は、天皇が主権者であり、その国家のために個人が犠牲になることがすばらしいという価値観の国でしたが、
戦後は、主権者は一人一人の国民となり(1条)、その個人の幸せに奉仕するために国家があるのだという個人を尊重する国になりました(13条)。
 
国民は60年前に憲法を制定して、こうした戦前の旧体制に決別して新しい国になることを決意したのです。
これが戦後レジーム(戦後体制)です

この新憲法下の戦後体制のもとで、国民は、一人一人を大切にする新しい時代の日本に生まれ変わろうと努力してきました。戦前のように教育に国家が介入したり、宗教を利用しようとしてきたら、憲法がそのような国家の行為を禁止し、これを止めてきました。
政府が海外で軍事力を行使しようとするときに、憲法がそれをくい止めてきました。
憲法は国家権力を縛って、私たちの権利・自由を守り、平和を守ってきたのです。
 
この戦後レジームから脱却するということは、これらの価値を否定して、つまり、60年前に戻ることを意味します。
 
安倍総理はまず教育基本法を改正して、教育の目的を「国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた国民の育成」(新教育基本法1条)としました。
つまり国を支えるのに相応しい国民の育成を教育の目的とし、国家のための教育としました。
その結果、国を愛する態度が教育の目標として掲げられ(2条)、靖国神社を参拝して宗教との関係を復活させようとします。
また、有事立法の下では地方分権も名ばかりです。
女性蔑視発言をする閣僚を抱え、女性差別をなくすための民法改正に消極的です。
医療制度改悪、障害者自立支援法という名の弱者切り捨てを強行し、アメリカ流の極端な自由競争の結果、所得格差、教育格差、情報格差が広がっています。
そして何よりも、個人よりも国家の価値を大切にすることを国民に押しつけようとしています。
これが戦後レジームからの脱却の意味であり、その集大成が「戦争ができる国」にするための憲法改正です。
 
ですが、戦後の日本が歩んできたこの憲法の体制を維持し発展させるか、それとも大きく変えて昔に戻すかを決定するのは、あくまでも主権者たる国民であることを忘れてはなりません。















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