1「水素爆発の可能性は全くありません」菅元首相&広瀬隆氏 対談(文字起こし)




2015年 11月 1日  菅元首相&広瀬隆氏 対談

菅直人広瀬隆

https://youtu.be/HbYSys-u2jU?t=55s

菅直人広瀬隆1
広瀬隆:
菅さんともあちこちで会うようになって、前回が川内原発のスピーチでしたね。
あの時の菅さんの演説はすごかったです。
川内原発のゲート前で、やめなかったですね、もうずーーっと、始まったら。

菅直人:はい。

広瀬隆:
いやだから、この人は変わったな、と。
いや、正直なことを言わせていただくと、福島の事故が起こる前は僕は批判してたんですね。
ベトナムへ行って(原発を)売り込んだりしてたから。
でも最初は、簡単に感想を言わせていただくと、
菅さんというよりは枝野、彼が出てきて健康問題をね、かなりいい加減なことを言っているので、
その辺から、僕はともかく政府そのものより、本当にみんなをどうやって助けようかって、ま、そっちの方に頭が言ったんですけど。
5月でしたよね、菅さんがはっきり「浜岡止めよう」ということを言ってくださって、
ものすごく嬉しかったんです。


速報!!浜岡原発全て停止(追記あり5/7)
6日19時すぎからおこなわれた菅総理の記者会見の全文


僕はその時、こういう風に。
失礼かもしれないけど「菅さんは変わったな」と、僕はそう思って。
それからは菅さんを支持するように、みんなに言ったんですが、

菅直人広瀬隆2
菅直人:ありがとうございます。

広瀬隆:
ところが、なんですか、マスコミが。
むしろあの頃から菅さんを引き下ろすような、なんか動きになってきて、
結局最後、マスコミに殺されたような形でね、


菅直人:はい

広瀬隆:
菅さんが辞めることになって、
「やめるなー!」って僕は家の中でずーっと。
喧嘩しても、社会を敵に回しても辞めるな、って叫んでたんですけど、ま、結局野田政権になってあの通りできたんでね。
そのあと菅さんが各地で本当に反対の演説をなさっていて、
その中身が非常に濃いので、私もいつも心を打たれているんです。
特に、今日もそうですけど、川内原発の時の、
要するに事故経過をきちっと語ってくださるんですよね。


菅直人:はい。

広瀬隆:
で、改めて菅さんに、ようするに当時、いわゆるマスコミに流れたことは私から見ると、
菅さんにちょっと一回言ったことがあるんですが、菅さんに「絶対やめなければよかったのに」申し上げましたよね。

菅直人:はい。

広瀬隆:
だけれど、いろいろ内幕があったと思うんですけど、思い切って。
自由な身ですから。
少し、その当時のことを喋っていただけませんでしょうか。

菅直人:はい。

広瀬隆:
それから今日最大のテーマである伊方の問題ね。
お互いに意見をかわしていただきたいです。

菅直人:
まず私は広瀬さんの、30年以上前の本ですが、「東京に原発を」というのをかなり前に読ませてもらって、
当時から広瀬さんの存在はずーっと、実は自分の中にあったんです。
で、うちの家内もそういう広瀬さんの意見とか、いろんな、同じような意見を持った人たちからいろいろ言われていて、
これは私自身の、ある意味での反省でもあるんですが、そういうことをある程度心配しながら、しかし、日本の技術というのはかなり高いからチェルノブイリのような、ああいう事故は起こさないだろうと、どこかで自分自身を、ま、納得させたというか、それは政治的にはいろんな、結果的には廃炉もあったのかと自分でも思ってまして。


広瀬隆:いや、過去はいいです。


菅直人:
だからま、そこは。
いやわかりました。
だからそこは別として、私としては広瀬さんにはあって初めてこういう機会なんですから。
その原点だけは申し上げておこうと思ってですね。
そういう意味では、今日はいい機会を与えていただきました。

それで今早速の話ですが、
まず情報がですね、非常に、あの。
報道はもちろんですが、私が、官房長官がいろいろ発信したことも含めていろいろ。
場合によったら「隠したんじゃないか」とかいろいろなことがありました。

で、私なりに整理してみますと、まず事実関係でいうと、
3種類の間違った情報が出てきた理由があるんです。

第1のパターンは、これは広瀬さんはよくご存知だと思いますが、例えばメルトダウンがまだ始まっていないというのがですね、11日の夜まで、つまり夜の10時頃までですね、もっと遅くまで水があると、1号機に。
そういう報告がきていました。




広瀬隆:当初は2号機でしたよ。

菅直人:
2号機も危ないと言われていて、ええ。
2号、1号が行ったり来たりするんですけど、ええ。


広瀬隆:それが途中で消えたんですよね、2号機が。

菅直人:そうです。

広瀬隆:で、われわれは「おやっ?」と思ったんですよ。

菅直人広瀬隆3
菅直人:
まず、一つのパターンをまず言いますと、
まず1号機が夜の10時頃まで水があると言っていたのは、結局水位計がもうまともに動いていなかったものを、現場も気がつかなかったんです。
だから吉田所長も「まだ水がある」とあの時は思っていて。
それともう一つはICが動いていると、どうも。
これは後でわかるんですが、思ってた。
だから現場が思っていればですね、それを本店を経由して私の方にきた時に、それを前提に考えますから。
そういう一つの、今考えてみれば間違った情報がきたというのの第1パターンです。

第2のパターンはですね、現場はわかっていたんだけど、本店を経由してくる情報、あるいはどこかを経由してくる情報が、それが正確に伝わらなかった。
で、その一番の典型が、やはり11日の夜「ベントをしたい」と。
班目安全委員長なんかにも意見を求めて。
「格納容器が壊れちゃうといけないから、ベントは仕方ないだろう」と。

で、やることになっても、何時間たってもやらないわけですね。
それで私が東電から来ていた竹黒フェローに「なぜやらないんだ?」と、「やらなきゃいけない」と言いながら。
そしたら「わかりません」と、彼も答えたんですよ。

つまり、原発のオペレーションは東電の責任なんですが、避難については減災本部、本部長は当時総理の私ですが。
そうすると、避難を考える時に原子炉がどういう状況なのかというのが全くわからなかったら、考えもられないんですね。


広瀬隆:それはそうですね。

菅直人:
そういう意味でベントが、やらなきゃいけないと言いながら始まらない。
なぜか理由がわからない。
それが実は私が翌日の朝一番で福島に飛んだ、第一サイトに飛んだ直接の最大の理由なんです。


菅直人広瀬隆5
広瀬隆:
それで私も菅さんに申し上げたこと、あれを言ってね、正しいと。
「私でもそうしただろう」と言いましたけど、
私の自分の体験で言いますと、ともかくもう夕方「これはやばい」と思って。
私はスリーマイル島の事故も頭に浮かんだので、まず一番最初に水素爆発を考えたんです。
で、テレビ局も11時頃だったと思うんですけど、電話をかけてくるので、
ぼくは「100km圏全部避難を始めさせろ」って言ったんです。
もちろん爆発する前ですけど。


菅直人:はい。

広瀬隆:
このまま保安院の、ああいう連中とね、やっていたら爆発しちゃうと思ったので。
夜はずっとまんじりともせずテレビつけっぱなしで、
朝すぐに写真家の、原発ロードを撮っている樋口健二さんに電話して、もう水素爆発するから、このままじゃダメだからいってくれって言って、福島県民に逃げるように。
樋口さんが言えば逃げ出すからってすぐにいったんですけど、
樋口さんは「今自動車制限で入れないから」。
で、あきらめて。
それで朝になって新聞社がいろいろ電話をかけてくるんだけど、
当時会見をやってましたよ、テレビで。


菅直人:はい。

広瀬隆:
それがね、水素爆発を誰も言わないんですよ。
これはもうダメだと思って。
ぼくは確信を持っていましたから、これはもう時間の問題だというのを。
なんであなた達、あんなバカな記者会見をやって。
水素爆発がもうすぐ起こるぞ。
「早く追求しろ」って言ったんです。
その直後ぐらいにボンといっちゃったんですよね。
だからその頃菅さんは本当に大変で、
要するにわからないわけでしょ?

菅直人:
ちょっと話すとですね、もう一回順番に戻しますと、まさに今の問題につながってくるんですけど、
さっき言ったように現場がわからなくて、間違った情報が出てくる。
それから現場はわかっていたけれども、伝達がうまくいかなくて、例えばベントが遅れた理由がわからなかったり、
これは会って吉田所長に聞いたらですね、非常にはっきり言ってくれました。
つまり、「スイッチ一つで普通だったらベントができるんだけど、電気がなくてできない」と。
で、「手動でやろうと思って人を送ったら、線量が高くて、作業が本当に短時間しか、交代でしかできない」と。
「それで遅れているんだ」と。
「最後は決死隊を作ってでもやる」と。
それで私は現場から離れたんですが、そういう二つ目のパターン。

3つ目はですね、やはり東電が自分たちの責任を免れたくて、嘘を言った。
あるいは隠した。
その一番わかりやすい例が、清水社長が、例の撤退問題ですね。
わざわざ何回も海江田経産大臣に電話をかけているわけです。
官房長官にもかけているわけです。

で、私は撤退を考えること自体はたいした撤退でもいいんですが、
職員の安全性を考えたらそれは考えることは当然だと思うんです。

広瀬隆:それはそうですよね。

菅直人:
ただそれをどうするかはね、退避されたら後がコントロールできないわけですから。
ですから撤退を考えたことを悪いと言っているんじゃないんです。
しかしその後になって、「自分はそんなことは言ってません」と。

広瀬隆:ああ、そうですよね。

菅直人:
清水さんはいろんなところで言っているんです。
国会でも。
だからそういう風に後になってですね、「自分たちが撤退を考えたことはないんだ」というようなことをですね、嘘をつくというのはですね。

この3つなんです。
だからいろんな報道なり、その時の私や官房長官の発言が、事実と必ずしも、後になってみたら一致していないのは、大体この3つのうちのどれかになります。

それで今言われた水素爆発の問題もついでに言いますと、
実は12日の朝、ヘリコプターで行く時に班目原子力安全委員長に同行していただいて、
実は私も、法律的には政府の方でいうと、原子力安全保安院が事務方として総理をサポートする。
つまり減災本部長をサポートすると。
それから原子力安全委員長が助言をするという仕組みになっていたので、そこに助言を求めたわけですが、
それ以外にもかなり専門的な人に、個人的には聞いていました。
例えば、もう今なら言ってもいいでしょうけど、大前研一さんですね。
彼はもともと原子力の専門家ですから

大前研一(一部抜粋)
おおまえ けんいち、1943年2月21日 -  日本の経営コンサルタント、起業家。
神奈川県立横浜翠嵐高等学校を経て、早稲田大学理工学部卒業。東京工業大学大学院原子核工学科で修士号を取得。1970年マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所へ入社(原子力開発部技師)




広瀬隆:彼は私の同期です。

菅直人:
あ、そうですか。
だから水素爆発の話とか、それからメルトスルーした後の再臨界の危険性とかを彼から聞いていたんで、
それでまず水素爆発についてヘリコプターの中で班目さんにハッキリ聞いたんです。
「水素爆発の可能性はないですか?」って言ったら、
「いや、それは全く心配ありません」と。
「格納容器の中はチッ素で充填されているから、たとえ圧力容器から格納容器内に水素が漏れても反応しないから全く心配ありません」と。
専門家の安全委員長が言われるんだから、


広瀬隆:彼は格納容器の専門なんですよ。本当は。

菅直人:
そうなんですか?

それで結局翌日の午後3時頃にボーンッ!といったのを一緒にテレビを見ていまして、
で、結局彼(班目)が言うのは、
「格納容器からさらに出るというのまでは頭が回らなかった」と言われたんですけど。


ま、いずれにしてもそういうですね、ことがあって、初日、二日と推移するわけですね。
ですからあの、ま、後で事実関係はいろいろありますけど、先ほどの話にあえて戻るとですね、
報道は情報のいろんなミス、なんていいましょうか、いろんな理由で正しいことが伝わらなかった部分と、
ある時期からかなり意図的な部分が起きました。



つづく






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